多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十話 スカウトされた 1

友人だったエリちゃんとの再会から二週間ほどが経った。

アイちゃんとロイさんも、表向きは元通りの生活に戻っているように思えた。

でも、私の生活は少し変わった。

仕事終わりの副業がない日に、ジムに通うようになったからだ。

理由は単純明快、ダイエットのため。

いくつかのジムを見学し、体をビシバシ動かせる格闘プログラムのあるジムに決めた。

パンチパンチ、キックキックでストレス解消ですよ!

私は本業に副業、ジム通いと予定をとにかく詰め込んだ。

暇な時間が増えると、エリちゃんのことを思い出すから。

違法行為に手を染めるエリちゃんとその恋人の、強くも危うい覚悟にショックを受け、幸せとは何なのかを改めて考えさせられていた。

エリちゃんたち、今は幸せでも未来に待つのは間違いなく破滅だ。

でも、止められなかった。

 

「街の管理AIを見返してやればいい。管理AIなんかいなくても、お節介な使命を持ったAIなんかいなくても幸せになれるんだぞってね」

 

エリちゃんのこの言葉にも、私の心は大きく揺れていた。

この街において、管理AIの存在を疑問視する声を聞くことはない。

少なくとも表向きは、管理AIと法律を受け入れて人々は生活を送っている。

それは間違っていることなのだろうか。

街の管理AI抜きにして、人の判断だけで数多の問題を抱えるこの街の状況をなんとかできるのか。

幸せになれるのか。

逆に、街の法律と管理AIたちの与えるものは、本当に人を幸せにするものだろうか。

考えだしたら止められず、でも私は答えの出ない問いかけに疲れてもいた。

ジム通いは、そんな私の心をリセットしてくれるとてもとても大切な役割を果たしていた。

我ながら脳筋だなとつくづく思う。

 

「ナナミ、ジム通いはどうだ?」

 

日曜日の午後、ジム帰りにいつものカフェで、多脚ロボ姿のグリードとお茶をしていた。

もちろん、デザートはナシだ。

私は笑顔で頷く。

 

「楽しいよ。今日はね、格闘プログラムの日だったんだけど、きれいなフォームですごく良いって褒められた」

「そうか」

「あと、技の飲み込みがすごく早いって。あともう少し頑張れば、大会に出られるかもって」

「楽しんでいるようで何よりだ」

 

多脚ロボの時は当然顔に表情はない。

だが声の調子からして、人型ロボット(アンドロイド)だったら穏やかな微笑みを浮かべているんだろうな、と想像をする。

複眼の目の光も優しく見えるのは、もう何ていうか、心の目が愛着みたいなもので歪んでいるからなのだろう。

要は正しく見えていないのだ。

でも、一年前に比べて格段に表現力が上がったのは事実だと思う。

 

「ところで、三日後のことは覚えているだろうか」

「うん。バレンタイン、一緒に過ごすんだったよね。今年はどうするの? また風俗街に行くの?」

 

そう、一年前のバレンタインデーの時は、グリードが人の観察をしたいからと風俗街に行きたいと言い出して、別行動を取ったのだ。

で、何故かグリードが、アイちゃんの彼氏であるユーゴさんの部下、私にとっては天敵のジョン・ライルの弱みを握って戻ってきたのだった。

 

「今年はドローンを飛ばすだけにして、君と過ごしたいと考えている」

「え、そうなの? 遠慮せずに行って来たらいいよ。私はまた映画を見て過ごすからさ」

 

すると、グリードの雰囲気が変わった、ような気がした。

 

「……君は最近ストイックな生活を送っている」

「だって、ダイエット中だもんよ」

「私は君の欲望と快楽を観察したい。欲望のままにデザートを美味しく貪るナナミの姿を久しぶりに見たいのだ」

「グリードさん、何度も言うけど言い方」

「バレンタインデーはチートデーにするつもりなのだろう?」

「うん。チョコ食べたいもん」

 

私は素直に頷く。

末永くダイエット生活を続けるための大切な日だ。

 

「食べたいチョコレートはあるのか?」

「うんとね、……これとこれ」

 

私は端末を操作し画像をピックアップした。

一つ目は三個入りのトリュフ。

去年の私なら手が出なかったチョコだけど、副業で稼いでいる今の私なら届く値段だ。

で、もう一つはオレンジピールの入ったチョコレート!

私の大好物なのだ!

 

「わかった。一緒に買いに行こう。買い終わったら夕食だ。既に店に予約はしてある」

「早っ!」

「ドレスコードのない店だから安心してくれ。後、値段の心配もしなくていい。私が奢る。それが今年の私のバレンタインプレゼントだ。本当は君の欲しいチョコレートも奢りたいところだが」

「そこまでしなくていいよ」

「君も稼いだお金で目当ての商品を購入し、達成感を得たい気持ちもあると判断した。故に、今年は夕食だけを奢ることにする」

「来年以降もそうしてください」

 

全く、スキあらば奢ろうとするこのロボ、何とかしてほしい。

私はコーヒーを飲んだ。

いつもの味に安心感を覚える。

で、グリードと他愛のない話をして過ごす。

これが、私の望む日曜日の午後の過ごし方だ。

……また、頭の中にエリちゃんのことと例の疑問が頭をもたげた。

私は目だけを動かして周囲を見渡す。

数日後のバレンタインデーに向けてデコレーションされた街並みと、行き交う人々の姿。

平和だ。

そして目の前にはグリードがいて、のんびりと時間が流れている。

 

「どうした?」

「うん。この時間好きだなって、しみじみ思っていたんだよ」

「そうか。私も君と二人で過ごす時間が好きだ。三日後、楽しみにしている」

「うん」

 

そうしてこの日は平和に時間は過ぎていった。

その翌日のこと。

私を担当するトレーナーのリーさんに呼ばれ、荷物を抱えて一緒に応接室に向かっていた。

ドアが開くと、室内にはとても高そうな身なりの白髪がキレイな女性と、街のデフォルトスーツを身にまとった男性二人、そしてこのジムの社長さんがいた。

……何が、起ころうとしているのかな?

私の緊張が伝わったのだろう、リーさんがいつもの爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「大丈夫だよ、カリヤさん。とりあえず、ここに座って」

「はい。失礼します」

 

促されて私はソファに腰を下ろした。

いや、本当に何が起ころうとしているの?

 

「今日はカリヤさんに紹介したい人がいます」

「……はい」

 

すると、向かいに座っていた女性がニッコリと笑った。

 

「初めまして、カリヤさん。急にごめんなさいね。私はマリー・ウォンと申します」

 

言って空中に名刺を展開する。

……二刃(フタバ)工業のロゴだ。

マリー・ウォンさん。

肩書はニ刃工業の代表取締役社長……代表取締役社長?!

えっ?! 二刃工業の一番偉い人?!

周囲を見渡すと、みんなニコニコしている。

……えっ、何これ怖い。

聞けば、私に短期のアルバイト、小型強化外骨格(パワードスーツ)のモデルをお願いしたいとのことだった。

私の担当トレーナーであるリーさんが、私のスタイルと身体能力の高さを見抜いてそれを社長に報告。

社長もビデオとデータでそれを見て、母であるニ刃の社長の母に雑談で話したところ興味を示し、研究員とデータを確認。

驚きの動きと数値、そして見た目に感動し、直接私と会うべく足を運んできた、とのことだった。

話を聞いた私の正直な感想は、困惑八割、喜び二割、といったところだった。

褒められることは素直に嬉しい。

嬉しいんだけど、私はそれに大した価値を見いだせなかった。

だって私のそれって、遺伝子操作したりサイバネティクス技術を施せば、容易に身につくものだからだ。

ついでに言えば、ロボットを操縦するのが大好きで、それに関連した将来しか考えていなかった。

急にそんなこと言われても困るんですけど……。

経験豊富な大人からしたら、私はわかりやすい子どもだ。

表情や態度から、私がどう思っているのか丸わかりだろう。

マリーさんは笑顔を浮かべつつ、目線が真剣になった。

 

「急なお話で驚かれるのも無理はありませんね。ですが、貴方のその類まれな才能を弊社のために活かして頂きたいと真剣に思っております」

 

私はその気迫に圧倒されて返事ができない。

……返事しないと。

でも、うかつに返事していいものなのか。

すると、ジムの社長のウォンさん──ニ刃工業の副社長を兼任しているそうだ──は苦笑した。

 

「社長、カリヤさんが困っていますよ」

「あんな素晴らしいデータとこの実物を見たら、小型パワードスーツに関わる企業(メーカー)なら誰だって食いつきます。むしろ、今まで何故誰も手を出さなかったのか不思議なくらいです」

「彼女のことを街の管理AIが気づかないとでも? 聞けば、一鍔(ヒトツバ)重機の専務兼管理AIと懇意にしているとか」

 

グリードのことだ。

この一年以上、人の多く集まる場所に出現し、我関せずと人々を観察する不気味カッコイイ多脚ロボットは、ちょっとした有名ロボットになりつつあった。

そんなグリードの姿をSNSに掲載する人も多い。

その側には私がいることが多くて、確かに仲良くしてもらっている。

私のこと、ちゃんと調べているんだな。

 

「下手に手を出して、街の大物AIの不信を買いたくないのでしょう」

「意外と皆さん臆病、もとい、慎重なのですねえ」

「……社長が豪胆すぎるだけです」

 

一連の会話で、二刃の社長さんが物凄い行動力をもっていることはわかった。

息子さんがそれに振り回されて苦労していることも──。

で、その息子さんであるウォンさんが私を見た。

 

「突然のお話で戸惑っていることでしょう。こちらとしてもカリヤさんの不安を煽るつもりはありません。まずは条件等をご覧いただけますか」

「はい」

 

了承すると、ウォンさんがタブレット型の端末を操作し、程なくして私の目の前に電子書類が現れた。

副業を探す時に見た求人票とそっくりなそれ。

えーと、仕事は新型の小型パワードスーツのモデル。

……ん?!

 

「あの、ポスターと雑誌のモデルはともかくとして、展示会でのパフォーマーとは?」

「来月の半ば、小型パワードスーツの展示会が開催されます。その際に、カリヤさんにはモデルとして出演をし、格闘のパフォーマンスをしてもらうことになります」

「格闘の、パフォーマンス」

「そうです」

 

ニッコリ笑うウォンさんに、私は硬直する。

……格闘のパフォーマンスって何ぞ?

思いっきり顔に出ていたのだろう、トレーナーのリーさんが小さく笑った。

 

「大丈夫。いつもやっているトレーニングを見せるんです。違うのは、小型パワードスーツを装着していることくらいですよ」

「あ、そうですか」

 

それなら、できる、かな?

問題ないように思える。

で、再び電子書類に目を通す。

来月半ばまでの期間限定で、肝心のお給料はと……うん?!

私は目を凝らす。

んんんんん?? 桁が一つ多くありませんかね?

それとも、モデルのお給料ってこんなに高額なもんなの?

 

「すみません、このお給料の額って」

「少ないですか?」

「いえ! モデルのお給料の相場を全く知らなくて」

「そうですか。これが平均的な額ですよ。成果によっては報酬アップも視野に入れています」

「……そうですか」

 

私は脳筋気味の頭を働かせ、想像を巡らせる。

こんだけ高額ってことは、内容はかなりキツいってことだよね。

としか、考えられない。

何がキツイんだろう。

モデルの仕事、したことないから想像もつかない。

だから素直に聞くことにした。

 

「あの、モデルの仕事したことなくて、というか、興味も関心ももってなくて、不勉強で恐縮なんですけど」

「はい」

「モデルをやるにあたって、私の課題って何がありますか」

 

私の質問にウォンさんは右手の指を三本立てた。

 

「カリヤさんの課題は三つあります。一つは小型パワードスーツの基本的な知識はもちろん、弊社の新型スーツについての知識を学んでいただきます」

 

それは当然だな。

私は頷く。

 

「もう一つはモデルの所作、キャットウォークやポージング等を身に付けていただきます」

「……確かにそれは勉強が必要ですね」

 

私は記憶を掘り起こす。

キャットウォークってアレでしょ、たまにエンタメ番組に出てくるモデルさんが足をこう、クロスさせるような歩き方のことだよね。

……何であんな歩き方すんのかな?

それとポージングかー。

映えるポーズとか知らんもんね。

私は頷いた。

 

「そして最後の一つ。これがカリヤさんにとって一番の難関かと思います」

「難関」

 

その場にいる全員の目が鋭くなった。

 

「来月半ばまでに今の体形を調整し維持していただきます。……カリヤさんの今の体形、健康的で個人的にはありなのですが、モデルとしてはもう少し絞っていただきたいのです」

「カリヤさん、ここに入会する時に言っていたよね。お腹と太ももが気になるって」

 

ウォンさんに続いて、リーさんが私のトレーニングウェア姿の立体画像を展開しながら言った。

お腹と太もものぽっちゃり気味があまりに恥ずかしくて私は俯く。

 

「はい、おっしゃるとおりです」

「今回の二刃さんの新型、僕も詳しくは知らないけど体の線が結構出るタイプらしいんだよ。だから、お腹や足だけじゃなくて、背中やお尻も意識して調整してほしいってことらしいんだ」

「胸の大きさは理想的でそこは維持していただきたいところですけどね」

 

マリーさんがくすりと笑う。

嫌な予感がした。

えーと、つまり。

 

「この一ヶ月半で胸の大きさは維持しつつ、全面的に筋肉をつけて脂肪を減らすと」

「理想の体型はこれだよ」

 

すると私の目の前に、体の線がメチャメチャキレイな私の姿が現れた。

 

「わあ! 凄い!」

 

私は思わず身を乗り出して、ホログラムを見つめる。

これで水着着たら、すっごく映えるよね!

体の線が出る薄手の服も余裕で着れるじゃん!

これが夏までにー、だったら俄然やる気に繋がっただろう。

でも、期間は一ヶ月半しかないのだ。

自然と姿勢が元に戻った。

ついでに血の気が引く音を確かに聞いた。

……ヤバくね?

……キツくね?

リーさんが気さくな微笑みを浮かべる。

 

「カリヤさん、食べるの大好きだって話してたよね」

 

でも、目が全然笑っていなかった。

 

「はい……」

「食事制限、結構厳しくなるし、トレーニングの内容も難易度の高いものになる。カリヤさんの想像以上にキツイものになるよ」

 

えっ?

今も結構ギリギリなのに?

 

「しかもカリヤさんは副業もなさっておいでですよね。規定の労働時間を超過することで街から注意を受けることになります。その注意を無視して就労をすることになるのですから、それなりの覚悟が必要です」

 

ウォンさんの言葉に私はハッとする。

そうだ。

その件もあった。

この仕事は、街の信頼を犠牲にしてもやるに値するものなのか?

食欲だけでなく、街の信頼も天秤にかけなきゃならないのか。

するとマリーさんは鋭い眼光のまま微笑んだ。

 

「弊社はこの新型に社運をかけています。ですから貴方にも人生をかけて考えてほしいです。貴方は若く、その才能は稀有なもの。その才能を開花させて人生の選択肢を増やし、街のAIではなく貴方の意志で人生を切り拓いてほしいのです」

 

マリーさんの言葉に私はエリちゃんのことを再び思い出した。

 

『管理AIなんかいなくても、お節介な使命を持ったAIなんかいなくても幸せになれるんだぞってね』

 

背筋が伸びる思いをした。

……本気だ。

本気で私の才能を見込んで、社運をかけた新型を託そうとしている。

私は改めてこの場にいる全員の顔を見れば、皆怖いくらいに真剣だった。

そのプレッシャーに身体が震えた。

生半可な返事はできない。

私は口を開き、縺れる舌を動かして言葉を発した。

 

「御社の考えはわかりました。こちらでも検討をしたいのでお時間を頂けますでしょうか」

「もちろんです。一週間後にお返事を頂けるかしら」

「わかりました」

 

私は電子書類を端末に取り込んで立ち上がると、マリーさん達も立ち上がった。

 

「今日はお時間を頂きありがとうございました。お返事、お待ちしております」

「どうかよろしくお願いします」

 

丁寧にお辞儀するマリーさんたちに、私も深くお辞儀をする。

 

「はい。よく考えてご連絡いたします」

 

そう答えるのが精一杯だった。

既にジムは終わっており、リーさんの案内で従業員用の出入り口から出ることになった。

リーさんは労るような微笑みを浮かべた。

 

「本当にお疲れ様。とりあえず今日はゆっくり休んでね」

「ありがとうございます」

 

普段なら爽やかなイケメンに気遣われて心が弾むところだが、そんな心の体力は残っていなかった。

出入り口を出ると、手を振り見送るリーさんに頭を一つ下げて街頭の輝く歩道を歩き出した。

……あーあ、どうしたもんかなー。

私は歩きながら頭を抱えた。

 

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