「そんなことがあったんだ」
翌日、私は仕事が終わったあと、アイちゃんをカフェに誘ってモデルのことを話した。
昨日の夜、自宅に帰った私はモデルのことを早速調べたのだけど、知れば知るほど大変な仕事であることがわかった。
経験者の話によると、体形の維持がキツいことを筆頭に上げていた。
後は肌質や筋肉の量にも気を使う必要があるとか。
そりゃそうだ、肌の露出があるかもだからな。
そうなると、食事制限だけでなく質も求められるし、睡眠時間も管理しなきゃならない。
お金も必要になる。
華やかな世界のその舞台裏は、己を知り節制が求められる自分との戦いの場なのだと知った。
私はコーヒーを一口飲み、ため息をつく。
「モデルの仕事、アンドロイドがほとんど担っているけど、理由がわかったような気がする」
「そうだね。人が苦労している部分をあっさりクリアできちゃうもんね」
体形の調整も人より遥かに自由自在だし、肌質も完璧に維持される。
それにアンドロイド、ロボット、AIは心を持たない。
この街の常識だ。
そして欲望もない。
モデルに調整された機体なら、間違いなくそう設定する。
だから欲求やメンタルに左右されることもない。
人付き合いによるスキャンダルもない。
つまり不確定要素がない。
安心、安全、安定したモデルとして存在することができるのだ。
アイちゃんは顎に指をあてた。
「それでも人のモデル職なくならないよね。人気もあるみたいだし。やっぱアンドロイドにはない魅力みたいなのがあるのかな」
「それもあるかもだけど、小型パワードスーツは人が着ることを想定しているからね。でもまさか通っているジムで、そのモデルにスカウトされるのは予想外だった」
私が言うと、アイちゃんは呆れた表情を見せた。
「まあそうだけど、ナナちゃん、そろそろちゃんと自覚しよ? ナナちゃんは小顔でスタイルもいいからね。スマートカジュアルの服のレンタルに行った時も店員さんから絶賛されてたでしょ」
「リップサービスじゃないの?」
「あれはどう見ても本気だった。謙遜のし過ぎは逆に嫌味になるよ」
「そんなつもりはないんだけどな」
しょぼくれる私。
だってさ、私の才能なんて本当に大したことないもん。
遺伝子操作、サイバネティクス、美容整形。
お金をかければ、時間をかけずに手に入るものばかりだ。
私はそれを、たまたま運良く無料で手に入れているに過ぎない。
ただラッキーなだけで、私の自信につながることはなかった。
「ナナちゃんの自己評価の低さは今に始まったことじゃないけど、もうちょっと自分を褒めてあげてもいいと思うよ」
「……うん、そうなんだけどさ」
どうやって褒めたらいいのかわからないのだ。
アイちゃんは真面目な表情で言う。
「だからね、今回のモデルの話、私は受けてもいいんじゃないかって思ってるよ。目標が明確で、その達成のためには間違いなく努力が必要でしょ。達成できたら、きっとナナちゃんの自己評価も上がると思うんだ」
と、アイちゃんは眉をひそめた。
「でも、だいぶキッツイことになるだろうし、街の注意もあるしで、手放しにはオススメできないけど」
「うん。食事制限でまず躓く」
「ナナちゃん、食べること大好きだもんね。でも甘いものたくさん食べている割に、肌質も悪くないし、ホント、羨ましいよ」
私の顔を見つめながら、しみじみとアイちゃんは言った。
私は照れくさくて、アイちゃんから視線をそらす。
そして、胸にわだかまる思いを打ち上げることにした。
「あのね、二刃の社長さんが言ってたんだ。『街のAIではなく貴方の意志で人生を切り拓いてほしい』って」
「うん」
「それでさ、その時エリちゃんの言葉も思い出したんだよ。『管理AIなんかいなくても、お節介な使命を持ったAIなんかいなくても幸せになれるんだ』ってやつ」
「……あー、言ってたね」
アイちゃんの表情が真剣なものになった。
「ちょっと似てるなって思ったんだよ。AIとか法律とか他人の言葉とか、そんなん一切関係なくて、自分で将来とか幸せとかを決めるってことだよね。……うまく言えてるかな?」
「わかるよ。自分の将来や幸せを他人任せにしないってことだよね」
「そうそう!」
私が大きく頷くとアイちゃんは微笑んだが、すぐに真剣な表情に戻った。
「言ってることは理解できるよ。私もエリちゃんと会ってお話して、……結局すぐに別れることになって、それで考えてたの。街のこととか幸せのこととか」
私は驚く。
「アイちゃんもエリちゃんのこと考えてたの?!」
「当たり前だよ。あんなこと言われて、反論もできずに引き返してきたの、今だって悔しくて悲しいんだから」
そうだったんだ。
私は内心でホッとした。
エリちゃんのこと引きずっていたの、私だけじゃなかったんだ。
「でも、二人とも自分たちの世界に閉じこもって完結しちゃってる。それを外側からこじ開けるのはかなり難しいことだと思う」
「……だね」
あの二人の覚悟は半端なかった。
その覚悟を持って、あるかもしれない可能性を私達ごと切り捨てた。
声をかけても、手を伸ばしても、二人が応えることはついになかった。
私達は何もすることができなかった。
私は脳裏に想像を巡らす。
「二人だけの世界かあ……。恋愛の漫画とかアニメとかだとさ、超幸せそうな世界なのにね」
「エリちゃんたちもそのはずなんだけど、私にはそうは見えなかったよ。だって、二人とも目が辛くて悲しそうだったもん」
そう言うアイちゃんの表情は物憂げなものだった。
「人の幸せにあれこれ言うのは失礼っていうか、あんま良くないことだってわかってるんだけどさ、でも、あの二人見てたらどうしても色々考えちゃって」
「わかる。すんごくわかる、それ」
私は深く何度も頷いた。
でも、考えることしかできない。
たらればの想像しかできない。
それがとってももどかしい。
と、不意にアイちゃんが微笑んだ。
「話がそれちゃったね」
「ゴメン、私のせいだ」
「ううん。話せてちょっとすっきりした」
「私もー。話せてよかった」
私達はお互いに笑顔になった。
「ナナちゃんのモデルの話ね。私はいいと思うよ。ナナちゃん、大型のパワードスーツのパイロットは間違いなく天職だと思う。でももっといろんな世界を見るのもありじゃないかな?」
「エリちゃんたちのこともあるから、説得力が増し増しですわー」
私は苦笑いを浮かべた。
間違いなく、私は世間知らずのお子様だからな。
「あ、でも、グリちゃんにもこのことは話したほうがいいね」
「そうするつもり。
「あーね。でも、ナナちゃんの将来の可能性を広げることには賛成すると思ってるよ」
うーん、グリード、どんな反応をするのだろう。
「グリちゃんとバレンタイン、一緒に過ごすんでしょ」
「うん。その時に話そうと思ってる。アイちゃんはユーゴさんと過ごすんでしょ」
すると、アイちゃんの表情が曇った。
あれっ? 何、この表情。
「ユーゴ、当日夜勤だからまた別の機会にって」
「えっ?! そうなの?」
「うん。ほら、例の小型パワードスーツの取り締まりの件で駆り出されちゃったみたいで」
「あー、そうきたかー」
そう言って見るからに萎れるアイちゃん。
以前の報告会の時にスロウスさんが言ってた。
違法の小型パワードスーツやサイバネティクスの取り締まりを近々実行するって。
まさかその影響が及んでくるとは。
と、私の脳裏に光が閃いた。
「じゃあ、私とグリードと一緒する? 私は全然問題ないよ」
「それはない」
キッパリとアイちゃんは言い切った。
「グリちゃん、どう考えてもナナちゃんと一緒に過ごしたいと思ってるでしょ。私はお邪魔するつもりはないよ。グリちゃんに心があったら、間違いなく疎まれるパターンだもん」
ナナちゃんと、の部分を強調してアイちゃんは言う。
……そうかな?
グリードと私は友達で、友人が一人加わることくらい何とも思わないと思うけど。
私が首を傾げると、アイちゃんは盛大にため息をついた。
「ナナちゃん、恋愛漫画やアニメ大好きなのに、どうしてかその辺が鈍いよね」
「恋愛音痴スキル、レベルマックスだからね!」
「胸張って言うことじゃないって」
「だから日々、漫画やアニメで学習してるんだよ! 努力してるんだよ!」
「努力の方向性がズレてると思うよ」
ユーゴさんの事情を知ったアイちゃん、当日はネットの女友達と有名チョコレート店でお茶をすることにしたそうだ。
「いいなー。楽しそうじゃん」
「ナナちゃんはグリちゃんと楽しんできなよ。後で報告待ってるからね」
「あいさー」
その後も私達は、お茶をしながら雑談で盛り上がったのだった。