多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十話 スカウトされた 4

有言実行。

翌日の副業の時、店長のリヒトさんにシフトの相談をした。

リヒトさんは突然の話にビックリしたようだったけど、私の前向きな挑戦には好意的に受け止め、仮に引き受ける際には調整してくれることになった。

 

「ナナミちゃんはまだ若いからね。いっぱいいろんな経験をしたほうがいいよ」

 

にこやかに言うリヒトさんの隣で、話を聞いていたアンドロイドのサヤネさんが少し眉をひそめて首を傾げた。

 

「ですが大丈夫なのですか? モデルは食事の管理がとても重要です。ナナミさんは食べることがお好きだと推測しておりまして」

「あーうん、僕もそこは心配してた。今だって結構節制してるでしょ。これ以上はどうかなって」

 

サヤネさんの言葉に、リヒトさんはうんうんと頷く。

……私、どれだけの人から食いしん坊だって知られているんだろう。

頬が熱くなるのを感じた。

 

「えっと、それを明日、ジムのトレーナーさんに聞こうと思ってます。素人判断は危険だと思うので」

「それがよろしいでしょう。心と体の健康を維持しなければ挑戦も何もありません」

「ちゃんと話、聞いてくるんだよ」

「はい」

 

一人と一機の助言を受け、私は改めて身の振り方に慎重になるよう努めた。

さらに有言実行。

翌日、仕事を終えるとスティック型の完全栄養食を半分だけ食べてジムへと向かった。

一通りのトレーニングをこなし、私はトレーナーのリーさんにモデルの食事について聞いた。

リーさんは私の前向きな姿勢に顔をほころばせた。

 

「前向きに検討しているみたいだね」

「はい。でもやっぱり食事のことが気になって」

「だよね。そうだな……」

 

言って、私から視線をそらした。

誰かを探しているようだ。

と、リーさんの視線がローイングマシンでトレーニングしている男の人に止まった。

汗をかきながら、グイグイとバーを引っ張ったり戻したりを繰り返している。

──そこだけ光が降り注ぎ花々が咲き乱れていた。

おっ、おっ、おおおおおっ?!

かっ、かっこ良ー!!

思わず見惚れる。

私よりも年上で顔の彫りが深く、体つきは筋肉モリモリのマッチョさんではなく、さりとて細マッチョと呼ばれる部類でもなく、バランス良くついている感じだ。

肌のハリもよく見える。

うわー、うわー、外見は間違いなくストライクゾーンだ!

しばらく真剣な表情でトレーニングを続けていたイケメンさんだが、やがて動きを止めて水分補給をはじめた。

 

「カールソンさん、ちょっといいかな?」

 

そのタイミングでリーさんが、そのイケメンさんに声をかける。

カールソンさんなるイケメンがこちらを見た。

 

「はい、いいですよ」

 

こ、声もイケメンとは!

グリードの美声に慣れていなかったら、完全にノックアウトしてたぞ、あっぶねー!!

カールソンさんが立ち上がりこちらにやって来る。

背ぇ、たっか!

しかも立ち姿も歩く姿勢もきれいだ。

私はその存在に完全に圧倒され、硬直した。

 

「カリヤさん、この人はカールソンさん。現役のモデルさんで、二刃さんの新型パワードスーツのモデルもやることになってるんだ」

「あ、あ、はひ!」

 

新型のパワードスーツは男女別のデザインで、この人が男性型のモデルさんなんだ。

しかもプロのモデルかよ!

道理でハンパないイケメンなわけだ。

 

「カールソンさん、この子が女性型のモデルの候補になっているカリヤさんだよ」

「ああ、君が二刃の社長さんが一目惚れしたっていう女の子か」

 

するとカールソンさんは彫りの深い顔にニッコリと笑みを刻んだ。

 

「初めまして、カールソンです。よろしく、カリヤさん」

「はい! カ、カリヤです。よろしくお願いします!」

 

私は顔を真っ赤にしながら頭を下げる。

くううう! カッコ良ー! まともに見られん!

それでも何とか顔を上げようとして、カールソンさんの左手が目に入った。

薬指に指輪。

…………ですよねーっ!!

もしくは人避けかな?

どちらにしても、その事実に私は半分くらい落ち着きを取り戻した。

そんな私に構わず、リーさんがカールソンさんに私の事情を説明をした。

カールソンさんは真剣な表情で話を聞き、そして再び私に目をやる。

 

「なるほど、食べるの好きなんだ?」

「は、はい! 大好ちです!」

 

元気よく噛む私。

や、もう、恥ずかしくて死にたいんだが?

でもカールソンさんは気にする様子もなく、にこやかに言う。

 

「それで食事のことで話を聞きたいと」

 

私は顔を赤くしながら、浮足立つ思考を取りまとめ、固まる舌を頑張って動かす。

 

「そうです。その、短い期間ではあるんですけど、ちゃんと食事の管理できるのかな、というのが疑問というか不安というか、モデルを引き受けるかどうかの鍵になると思いまして」

「そうだね。というか、人のモデルなら絶対にぶつかる壁だよ。体形の維持と直結するから」

 

やはりネットの情報の通り、体形維持が難問になるようだ。

カールソンさんはジムのベンチを指し示した。

 

「立ち話もなんだから、そこに座って話そうか」

「あの、お時間、いいんですか?」

「もちろん。うまく話せるか、うまく伝わるかわからないけど、参考になったら嬉しく思うよ」

 

わあ! 現役のモデルから話を聞ける!

ストライクゾーンのイケメンとお話ができる!

私は一も二もなく頷いた。

 

「はい! お願いします!」

 

そしてリーさんを見ると、パチリと爽やかにウィンクしたのだった。

そうか、これが狙いだったんだ。

リーさん、いろんな意味で感謝!!

そしてカールソンさんのモデル生活の話を聞いた。

カールソンさんも食べることが好きで、体形の維持には日々苦労をしているとのことだった。

街から支給される完全栄養食では、モデルに必要な栄養素が過剰だったり不足していたりして、別で料金を払い、自分で栄養素を調整して支給をしてもらっているとのこと。

盲点だったのが女性の月一のイベント。

カールソンさんの奥様──やはり妻帯者だった!──は元モデルだったそうだが、その期間は暴飲暴食をしてしまう傾向にあり、それを我慢するのに相当心を砕いていたという。

……やばい、私もその傾向、ある、かも。

私の気も知らず、カールソンさんは話を続ける。

毎日毎日体組織を測り、スリーサイズと筋肉量のチェック。

トレーニングは当然欠かせない。

美肌のためにエステに通い、決められた時間に質の良い睡眠を取る。

深夜まで飲み食いして遊び歩くなどご法度だ。

その上で仕事でやることがプレッシャーになり、結果、メンタルの不調を招くモデルもいるのだという。

私は話を聞きながら、イケメンパワーで浮かれた気分が地に沈み、すっかり及び腰になっていた。

な、何て地道で禁欲的な生活なんだ!?

健康的なはずなのに、何故だろう、不健康なイメージを受けるのは気のせいか。

 

「それでもね、その自分との戦いの先にあるのは、苦労を帳消しにする達成感と光の世界だよ」

 

カールソンさんは笑顔を浮かべ、明るい声で言う。

 

「光の世界」

「そう。それと、モデルは人の長所を引き出す仕事なんだ。自分だけでは見えなかった魅力に気付かせてくれる。未知の自分を知ることができる。あとは人と接する機会が本当に多くて、その出会いが自分の視野を広げてくれることかな。僕はそれらに魅力を感じていて、だからこの仕事を続けているんだ」

 

カールソンさんの笑顔は自信と誇りに満ちていた。

が、不意にカールソンさんは片手を頭にやってうつむいた。

 

「いやあ、ガラにもなく何か語っちゃって恥ずかしいな」

 

その照れた可愛い表情は反則だろ、このイケメンめ!!

またテンションが上がっちゃうじゃんか!

だが、カールソンさんは私を見て表情を改めた。

 

「仮にカリヤさんがこの仕事を引き受ける場合、短期間で体を絞らなきゃだから、食事管理はリーさんと相談して、生活全般は専用のアプリで管理することになるだろうね」

「……はい、そですね」

 

あっという間にテンションが落ちた。

カールソンさんの言うとおり、私自身では管理は絶対に無理だ。

てか、耐えられるか? 私。

カールソンは続ける。

 

「間違いなく物凄く窮屈で大変な生活になるよ。だけどね、挑戦ってきっとそういうものだと思うんだ。君が今まで良しとしてきた枠を越えるんだから当たり前だよね。枠を超えた先に何があるかもわからない。怖いよね。でも、きっと君にとってかけがえのない時間と経験になるはずだ」

 

カールソンさんは力強い笑顔を向けて言った。

意志のみなぎるその表情、気持ちが浮かれるだとか蒸発するだとか、そんなミーハーな思いを突き破って私の心に揺さぶりをかけた。

応援してくれているんだ。

今日あったばかりのミーハーな小娘に真摯に対応してくれているのだ。

カールソンさん、中身も超イケメンだ。

すげー!!

感動していると、カールソンさんは立ち上がった。

私も慌てて立ち上がる。

 

「君と仕事ができること、楽しみにしているよ」

「は、はい! お時間、ありがとうございました! よく考えておきます!」

「うん」

 

カールソンさんはニッコリと笑って頷くと、片手を上げて更衣室へと向かった。

私はその美しい背中と歩き方に見惚れる。

アンドロイドと遜色のないはずなのに、感動してしまうのは、それが生身の人(オリジナル)だからだろう。

それも究極とよんで差し支えはない。

そこまで到達するのに、どれほどの苦労と経験をしてきたのか。

体の厚みだけでなく、心の厚みも段違いだった。

……私も、そうなりたい。

と、私の側に人の気配が近づいてきた。

リーさんが例の爽やかな笑顔で問いかける。

 

「参考になったかな?」

「はい! とても有意義な時間でした。ありがとうございます」

「いいんだよ。引き受けるにしろ、そうでないにしろ、君にとって良い時間になったのなら僕も彼も嬉しく思う」

「はい」

 

この機会、絶対に無駄にはしない。

私は心に固く刻む。

私は、考えなくてはならない。

そして決断をするのだ。

 

「だいぶ固くなってるね」

 

リーさんが私の様子を見て笑って言う。

……そんなに私、わかりやすいか?

 

「気張りすぎても良くないよ。少し体動かさない? 良ければスパーリングの相手するよ」

「はい、お願いします!」

 

リーさんの提案に、私は笑顔で頷いた。

私は体を動かして、いつもの脳筋モードに切り替える。

何も考えずに目の前のことに集中。

パンチパンチパーンチ!

リーさんの時間が許すまで体を動かし、私はシャワーを浴びて服を着替えてジムを出た。

家に到着して、半分残していた完全栄養食を食べつつネットで検索する。

カールソン、男性モデル。

そして画面に表示されたのは、様々な髪型をして色んな洋服を着たカールソンさんだった。

はあああああ!? かっこ良ー!!

ホント! 凄い!!

顔が自然とニヤける。

きっと今の私はこの社宅で一番キモい女になっていることだろう。

私は身悶えながら画像を食い入るように見つめる。

どんなものを着せても抜群に似合っている。

シーンによってまとう雰囲気すら変化させている。

素人目でもわかる。

モデルは彼の天職だ。

公開(オープン)されている経歴も華々しかった。

私でも知ってる超有名ブランドのモデルを、十代の頃から数多くこなしてきたオリジナル。

同じくオリジナルのモデルだった今の奥様と結婚しても、フリーで精力的に活動を続けていると。

そして気付く。

カールソンさん、小型パワードスーツのモデルの経歴はない。

へー、初めてなんだ。

超意外。

あの社長さんの熱意に押されて、この仕事を引き受けたのかな。

私は画面から目を離し、椅子の背にもたれかかって天井を見上げる。

挑戦。

自分の枠を越える。

未知の光の世界。

既にいくつもの世界を見てきた彼は、さらにそれを求めたのだろうか。

だとしたらその美貌に合わぬ、何とも貪欲な話だ。

凄いな。

いや、私も他人事ではない。

私も望めば、その挑戦権が得られる。

それはとても幸運なことではないだろうか。

と、無意識に欠伸が一つ出た。

夢中になって気づかなかったが、いつもの寝る時間をとっくにオーバーしている。

……よし、また明日考えよう。

私は目の前の画面をすべて消し、歯磨きをして、ぬいぐるみたちが待つベッドへと向かった。

私は充実感を感じながら声に出した。

 

「おやすみなさい」

 

部屋の照明が落ち、世界は漆黒に包まれた。

翌日以降も私は考え続け、約束の日の前日、意志を固めた私は、真っ先にグリードにそれを伝えた。

この世界で一番、私を思ってくれているAIに真っ先に知らせたかったのだ。

そして約束の日。

二刃の社長さんと、その息子さんであるジムの社長さん、二刃の研究員さん、そしてリーさんとで応接室で私を待っていた。

 

「どうですか? 考えていただけましたか?」

 

挨拶もそこそこに二刃の社長さん、マリーさんは単刀直入に切り出す。

予想はしていた。

だから、私は目に力を込めてマリーさんを見つめ頷く。

 

「はい。考えてきました。今回のお話、お引き受けしたいと思います」

 

すると、部屋の雰囲気が一気に明るくなった。

マリーさんはニッコリと笑って頷く。

 

「そうですか。引き受けていただいて本当にありがとうございます。弊社にとっても貴方にとっても良い機会になるよう尽力いたしましょう」

「はい!」

 

言ってしまった。

もう取り返しはつかない。

引き返せない。

後は後悔ができるだけ少ないよう、前に進むだけだ。

と、マリーさんは少し眉を下げて私を見た。

 

「実を言うと、貴方がそう答えることはわかっていたんです」

「へ?!」

 

何それ。

私が呆気に取られている横で、ジムの社長のウォンさんも、トレーナーのリーさんも戸惑った表情を浮かべてマリーさんを見ていた。

 

「社長?」

「カリヤさん、貴方、昨日グリードさんにモデルを引き受けることを話したでしょう?」

「え?! あ、はい。……あの、まずかったでしょうか」

「いいえ。それは大丈夫。そのグリードさんから昨日の夜に直々に連絡があったんですよ。『ナナミをよろしくお願いします』と。そして『決して粗雑に扱うことのありませんように』と念押しをされました」

 

グリード。

白銀の多脚ロボットの姿が思い浮かぶ。

……本当に私に対しては心配性というか、甘いんだから。

マリーさんは苦笑した。

 

「懇意にしているとは聞いていましたが、本当に大切にされているのですね」

「……みたいです」

 

私ははにかみながら頷いた。

こうして、私の挑戦が始まったのだった。

 

<スカウトされた 完>

 

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