多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十一話 明けの明星を見に行った 後編

そして、待ちに待ったチートデーの日が来た。

この日をどんなに待ちわびたことか。

長かった……。

そんでとっても辛かった!

カールソンさんの奥様のおやつがなければ、私はギブアップをしていたかもしれない。

だが、栄養価は高くともしょぼい食生活と、厳しいトレーニングの甲斐はあって、また少し脂肪が減って筋肉量が増し、理想の体形に近づいてきていた。

その合間に新型スーツとモデルの勉強もこなし、周囲の人からも雰囲気が少し変わったと言われるようになった。

……良い方向に変わったと思われているといいな。

でだ。

私は今日この日に一つの計画を実行しようとしていた。

いつもより早起きをし、明けの明星を見に行くことにしたのだ。

新型のスーツのコンセプトが明けの明星と知り、実際に生で見たいと思ったわけ。

思いついたのは三日前。

早速調べたんだけど、街の外の天気予報は毎度おなじみの荒天で星どころか太陽すら拝めないことを知った。

あーあ、せっかくなら生で見たかったなー。

ガッカリする私に街の管理AIのラストさんが、唐突にビデオコールで連絡をしてきて、街の中で見ることを勧めてきた。

私の検索履歴から、私が明けの明星の観測をしたいことを知ったのだ。

街のドームに表示される天体運動は、基本的には街の外で見れる実際のものと大差はないとのこと。

素晴らしきかな、サージュテックグループの科学力。

そして、そつのない監視体制。

でも、今回はそれに甘えることにした。

明けの明星の出現時刻と、観測するための場所──私のお気に入りの場所、街の外縁にある見晴台付きの公園──までのルートを算出してもらった。

これなら一人でも行けそうです、と喜んだら、ラストさんは片手を頬にあてて大真面目な表情で言った。

 

「それなんですけど、グリードにも声をかけたほうがよろしいかと」

「グリードもですか」

「ええ。カリヤ様お一人で行かれたと後で知ったら、とてもとても面倒なことになりそうですよ。去年の七夕のことを覚えていらっしゃいますか?」

「あ……ええ、まあ」

 

去年の七夕の日、唐突に思い立って一人でプラネタリウムに出かけたら、人で言うところの拗ねた態度をとったのだった。

それに常日ごろから、一緒にいたい、邪魔はしないからそばに置いてほしいと言っている。

黙って行ったら、確かに面倒なことになりそうだ。

 

「時間が時間なので、誘うのはどうかなと思っていたんですけど」

「それでもあのAIは貴方について行くために調整をするでしょう。万が一断るとしても、黙って行かれるよりは印象は悪いものではないかと」

「……そうですね」

 

私はラストさんの忠告を聞き入れることにした。

ラストさんとのビデオコールを終えると、早速グリードに明けの明星を見に行く旨をメッセで知らせた。

予想通り、ついて行くと即答をいただいた。

 

「時間、大丈夫なの?」

「問題ない。調整する。金星観測が終わったら朝食を奢ろう」

「や、その日の夕飯、奢ってくれるんでしょ? 朝と昼は自分でまかなうよ。お気持ちだけ頂いておくね」

 

こうして、グリードも一緒に明けの明星を見ることになったのだった。

私は起きて白湯を作り、一杯飲んでから支度を始める。

毎日の日課になった身体と体組織を測定し、肌の調子もチェックした。

モデル用に調整したアプリの診断は良好の結果を出してホッとする。

昨日はこの予定のために早めに寝たもんね。

抜かりはないのだよ。

そしてこれからの山歩きに備えて、モデル用に調整した味気のない完全栄養食を食べた。

……食べるたびに心が枯れるような気がするんだよな、これ。

でも今はこれでいい。

公園で明けの明星を見て、日の出を拝みながらオニギリを食べてお茶する予定なのだ。

ふふ、オニギリの具、何にしようかな。

ウキウキ気分になりながら服を着替える。

ジム行くようになってから、汗かきやすくなったんだよねー。

なので通気性と速乾性のあるTシャツとジャケット、ズボンをチョイス。

全体的な雰囲気はカジュアルというよりスポーティなものになった。

と、端末が震えてメッセの着信を告げた。

間違いなくグリードだ。

 

「おはよう、ナナミ。今君の最寄り駅に着いた」

 

ほらね。

端末の時計は待ち合わせの時間、三十分前だ。

私は急いでテキストを打ち込んだ。

 

「おはよう。早いね。私はまだ支度をしてるところだよ」

「地下鉄の時間の都合で早く来ただけだ。君は時間通りに家を出てくれ」

 

了解するカワウソさんのスタンプを送り、私は急いで支度を済ませる。

履きなれたスニーカーを履いて家を出ると、まだ夜が支配する外へと出た。

駅前のお店でオニギリを買うべく、私は軽く駆け足でお店へと向かう。

と、お店の前へ着く直前、多脚ロボットが店の前へとやってくるのが見えた。

 

「グリード、おはよう」

「おはよう、ナナミ。買い物か?」

「うん。朝ごはんを買うの。オニギリ」

 

私は思わず笑顔になりながら言う。

 

「駅ではなく、この店に一直線に向かっていたのはそのためだったのか」

「日の出を見ながら朝ごはん食べるつもりでいたんだよ。エモいでしょ」

「私にエモいという感覚は理解不能だが、君がとても楽しみにしていることは理解できる」

 

話しながら店の自動ドアをくぐると、早速オニギリのコーナーへと足を向けた。

数多の種類のオニギリを前に、私は無意識に両手を胸の前で握りしめる。

オニギリたちが! 光り輝いて見える!

何にしようかな!

だが私の目は、表示されるカロリーや栄養成分に真っ先に向いてしまう。

自由に選べばいいのに、完全に意識がダイエットモードに入っていて、カロリーや脂質の高いものを避けるようになっていた。

好物のマヨネーズ系や加工肉、焼肉系は本来はアウトなのだ。

ううう、悩むー。

でも、明けの明星を見るという最大の目的があるから、あまり時間をかけることはできない。

悩んだ末に、脂質が低くクエン酸が豊富なウメボシと、ダイエット中はご法度のツナマヨの二つ、それとお茶を買ってお店を出た。

我ながら中途半端なチョイスだと思う。

 

「それで良かったのか? 焼肉のオニギリもあったようだが」

「うん。最初から飛ばさないことにした。お昼は『グラットン』のハンバーガー食べるつもりだし」

「推測だが、新作のひな祭りバーガーのセットを狙っているのか」

「よくわかったね」

「君は流行りものに弱い傾向にある。推測は容易い」

 

そして二十四時間運行している地下鉄の駅へ向かい、一路、目的の公園を目指して出発した。

明け方近くだが、ポツポツと人が乗っている。

その大半が酒気帯び状態で、酒量過多で街から注意を受けている状態だとグリードが言った。

一晩中飲んでいたんかな?

身体、大丈夫か?

今の私からしたら考えられない状況だ。

そして、グリードがこれから見に行く金星の話をしてくれた。

前時代の人々から『ヴィーナス』と称えられ、明け方と夕方にしか見られない美しい星。

大きさや密度、内部構造はこの星とほぼ同じで、故に『双子星』とも呼ばれていたらしい。

しかし、金星には二酸化炭素を主成分とする厚い大気があり、その温室効果によって表面温度は四百度をこえる灼熱の世界なんだとか。

また、高度四十五キロから七十キロメートルには、金星全体を覆うように濃硫酸の雲が覆っている。

濃硫酸の雲は太陽光をよく反射するので、金星は明るく輝いて見えるのだそうだ。

 

「何で濃硫酸の雲に覆われてんの?」

「先程も触れたが、金星の大気の組成は二酸化炭素が九十六パーセントを占める。その二酸化炭素と窒素、二酸化硫黄などが太陽光と反応して硫酸の雲をつくると推測されている」

「推測」

「前時代から金星の調査は進められてきたが、現在はこの星が壊滅的な状態にあるため、金星の全容の解明は停滞している」

「……そっか」

 

そりゃ、他の星を調査する前に自分とこの星を何とかしろって状態だもんなー。

何か、残念な気持ちになった。

 

「グリード、AIだから調査は得意なのは当然だけど、やっぱよく調べてるんだね」

「八剱グループには航空宇宙工学に特化した研究所もある。そして超大企業(スーパーメジャー)の中でも、宇宙事業に最も積極的だった企業だったのだ。私はその蓄積された過去の知識を拝借しているに過ぎない」

「そうだったんだね」

 

……あ、そういえば、アパテイアのマニアな施設の中に、七鞘(ナナツサヤ)航空宇宙博物館があったっけ。

あそこ、名前からして八剱グループの施設だよね。

私は傍らにいるグリードに目をやった。

 

「今度さ、七鞘航空宇宙博物館に行こうか?」

「実に君らしい突然の提案だな」

「変? もしかして私みたいな素人は行かないほうがいい感じの場所?」

「そのようなことはない。むしろ君のような人のために開放された施設だ。今の状況が落ち着いたら是非一緒に行こう」

 

グリードは心なしか前のめり気味に言った。

何だ? 食いつきがいいな?!

グリードご自慢のファースト・スターと同じかそれ以上じゃないか?

でも私は思い直す。

さっき、八剱グループは宇宙事業に積極的だったって言ってた。

だからかな?

……ま、いっか。

そして目的の駅に到着した私達は、最終目的地の展望公園を目指して歩き始めた。

ケーブルカーは普段はこの時間は動いていない。

初日の出を見にきた時と同じく街灯はついていたけど、ドローンやホログラム、電飾の明かりはないため暗さの方が勝って見える。

でも、すかさずグリードが備え付けのライトで道を照らしてくれたので、安全に進むことができそうだった。

グリードが作業用多脚ロボットで良かった。

アンドロイドなら懐中電灯が必要になっちゃうもんね。

前半は緩やかな上り坂で、グリードがまた金星の話をしてくれた。

金星の地表の気圧は九十気圧で、この星で例えるなら水深九百メートルの水圧に相当する場所であること。

金星の表面は溶岩流で覆われていることに加え、コロナとよばれる地形やパンケーキ状の地形など金星独自の地形が確認されていること。

そして、高さが十一キロをこえる山があるのだとか。

 

「遠目からだと全然わかんないけど、本当に過酷な場所なんだね」

「その過酷さ故に、この星が全盛期の時代でも探査もままならなかった。濃硫酸の雲にスーパーローテーションと呼ばれる自転をはるかにこえる気流の存在。地表は半端な探査機を容易に破壊する気温と気圧。テラフォーミング計画もあったようだが火星よりも難しいと判断され、現在も人の手が付けられていない星なのだ」

「何か古代の人が金星を神様化した時に、美しさだけじゃなくて不吉さや猛々しさを設定したの、すごい偶然じゃん?」

「そうだな。ただ、宇宙は今も膨張を続けており、星座も古代と今とでは形が変わっていると推測される。故に、金星も古代と今とでは違って見えていた可能性がある」

「……何か想像が追いつかないんだけど」

「歩きながらする話題ではなかったか。七鞘の施設に行ったときに改めて話そう」

 

そんな話をしているうちにケーブルカー駅が見えてきた。

ここから坂道がキツくなるのだ。

腕を振って少しでも推進力を上げる。

でも心なしか以前来たときよりも楽に感じた。

トレーニングの影響だろうか。

でも、汗もかいてきた。

あれっ? 結構ゆっくり歩いてんのになー。

 

「ナナミ、汗を抑えたいなら、もう少しペースダウンすることを推奨する」

「えっ? 今よりもっと?!」

「そうだ」

「うーん、そっかー」

 

私はタオルを取り出し、汗を拭きながら意識してペースダウンをした。

……本当にゆっくりだな。

もどかしい。

それでもゆっくりゆっくりと歩く。

ゆっくりゆっくりゆっくり。

そうして歩いている間にも、周囲が少しずつ明るくなり始めた。

 

「間に合うんか、これ」

「あと約八十メートルで目的地に到着する。つく頃に丁度見え始めていると予想する」

「それってギリギリじゃん」

「そうとも言う」

 

あっさり淡白に言うグリードを、私は軽く睨みつけた。

 

「余裕を持って見たかったんだけど」

「しかし、汗冷えによる体調不良は看過できない。今の君は、普段以上に健康を第一に行動することを強く推奨する」

 

冷静かつ事務的に言うグリード。

うぬぬぬ、否定できない!

思い出せ、あの窮屈で辛い努力の二週間を。

ここで体調を崩したら、その努力が全て水の泡になる。

それどころか挑戦どころではなくなる。

それは何としても避けなければならない。

逸る心を抑えて、私は残り八十メートルをゆーっくりと歩き続けた。

そしてようやく公園に到着。

東の空に目を向ければ、白味を帯び始めた群青色の空に、一際輝く星が見えた。

私は一目散に展望台へと向かい、その星を指差す。

 

「あれがそう?!」

「そうだ。その左斜め下に小さく輝く星が見えるだろうか」

「うん。うっすらとだけど」

「あれが土星だ。今日は金星と土星が最接近する日でもある」

「そうなの?」

 

グリードは言いながら私の前に動画を展開した。

するとピッカピカに輝く金星の左下に、小さいながらも白く輝く星が見えた。

 

「私の望遠カメラからの映像だ。土星がよりわかりやすく見えるだろう」

「そだね。ていうか、金星って本当に明るいんだ」

「ああ。太陽光の七十八パーセントを、例の濃硫酸の雲が反射している。大陽、月についで明るい天体だ。そして四十五分後に日の出を迎える」

 

これが、明けの明星かー。

夜明けを告げる本当に美しい星だったんだな。

ネットの画像で予習はしていたけど、実際に見るのとでは印象が違って見えた。

例の新型のスーツを思い出す。

古代の不吉で不穏な星をイメージしたデザインだったが、今の私の目に見える星は、闇の底でも明るく輝き、その光は澄んで見えた。

それが例え泥沼の最悪の夜であろうとも、穏やかで安らかな夜であろうとも、明けぬ夜はないと声高らかに主張しているかのようだ。

慈悲深くも苛烈な姿。

私に表現できるだろうか。

 

「ナナミ」

「うん。見に来てよかった。私には絶対に必要だったよ」

 

あ、写真撮ろう。

端末を取り出して構えてシャッターボタンを押す。

でも、何か上手く撮れない。

今目の前で見える金星を撮りたいのに、調整がものすごく難しい。

 

「ナナミ、良ければ私の画像を共有しよう」

 

モタモタする私に、グリードは私の前に画像を展開した。

あ! すごい!

まるで空間を切り取ったかのようにキレイに撮れてる!

 

「……ありがと。遠慮なく頂くね」

「ああ。カメラを新調した甲斐があったというものだ」

「え? カメラ、新しくしたの?」

 

初耳なんだが。

するとグリードの複眼がキラリと輝いたように見えた。

 

「そうだ。君がモデルをやると決めてからすぐに最新型に新調したのだ。君の晴れの姿を正しく、美しく、あらゆる記録媒体で後世に残したいからな」

「大げさだよ。普通のカメラで見てくれるだけでも十分に嬉しいよ」

 

てかカメラって高いんでしょ?

下手すると沼るんでしょ?

大丈夫なの?

聞こうとして止めた。

もしかしたら、これを機にグリードがカメラと写真、動画撮影を好きになるきっかけになるかもしれない。

グリードには、好きなものをたくさん作ってもらいたい。

それが私のグリードに対する願いの一つなのだ。

よし! 好きにさせよう!

私は再び明けの明星を肉眼で見る。

金星は太陽の光に押し上げられるように、ゆっくりとしかし確実に空へと上がっていく。

いずれ太陽の光によって見えなくなってしまう。

グリードの画像だけでなく、私の記憶にもしっかり焼き付けて忘れないようにしよう。

私が黙って見ていると、グリードが私の右手を握ってきた。

ドキリとしつつグリードを見る。

複眼の光と目があった。

 

「グリード?」

「今この場は私と君だけしかいない。だから手を繋いでいいと判断した。……嫌か? 邪魔か?」

 

前から思ってたけど、そういう言い方は反則だと思う。

否定できないじゃんか。

まー、別に嫌じゃないし否定する理由もないからいいけどさ。

 

「じゃ、日の出までね。ご飯食べたいから」

「了解した」

 

グリードはすんなりと提案を受け入れた。

こうして私達は手を繋いで金星を見て、そのまま日の出を迎えた。

楽しみにしていた朝ごはんタイム。

久しぶりのオニギリの味にガチで涙し、グリードがベソをかく私を不器用に慰めてくれたのだった。

 

<明けの明星を見に行った 完>

 

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