多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十二話 挑戦をした 1

挑戦の日々は、ついに一か月を迎えた。

今日は電子雑誌や広告に載せる写真と動画を撮る日。

つまりモデルデビューの日だ。

本業と副業の合間の厳しいトレーニングとモデルの勉強。

そして何よりも辛かった食事制限の日々。

その努力の甲斐もあって、本当にギリッギリだけど目標の数値に到達出来たのだった。

間に合って本っ当に良かった!!

新型のスーツもバッチリフィットし、それを見た二刃(フタバ)工業の社長マリーさんを始めとして、関係者のみなさんが口々に私の努力を褒めてくれた。

もちろん嬉しかった。

でも、勝負はここからなのだ。

既に新型のスーツを着て、専用スタジオで撮影をされているカールソンさんを見つめる。

頭のパーツはフルフェイスタイプなので顔は見えない。

でも、ポーズの一つ一つが実に様になっていて、撮影を見守る誰もが息をのみ見惚れていた。

もちろん私も例外じゃない。

古代の金星のイメージ。

夜明けの空に煌々と輝く不吉で獰猛なモーニングスター。

邪神、戦神、悪しき神。

カールソンさんは、それを見事に体現していた。

さすがはプロのモデルだ。

普段の私ならファンモードになっていて、そりゃもう舞い上がっていただろう。

だが、今の私には凄まじいプレッシャーになっていた。

…………あんなふうにできるのか?

あまりの実力差に私は震えが止まらなくなった。

呼吸が早まる。

頭のフルフェイスのパーツを胸にギュッと抱いた。

私のせいで上手く撮れなかったらどうしよう。

ここまできて失敗したらどうしよう。

……怖い。

私の努力もあったけど、みんなの協力があって今日という日を迎えることができたのだ。

それが、無に帰すのが怖い。

皆に迷惑をかけるのが怖い。

皆に失望されるのが怖い。

失敗するのが怖い。

 

「カリヤさん」

 

遠くで声がする。

 

「カリヤさん」

 

ポンと肩を叩かれて、ビクリと我にかえる。

いつの間にかカールソンさんが目の前に来ていて、私の肩に手を置いていた。

頭のパーツを取っているので、彫りの深い整った素顔が見えていたが、その表情は心配そうな表情をしていた。

 

「カリヤさん、大丈夫か?」

「あ……、え、と、……はい、大丈夫、です」

 

言葉とは裏腹に身体はガチガチのまんまだし、声は震え上がっていた。

やだやだ!

憧れの人を前に、こんなのみっともなさすぎる!

思わず泣きそうになって歯を食いしばる私に、カールソンさんは安心させるように微笑んだ。

 

「最初から完璧を目指す必要はないよ。君が初心者だってことは皆わかっている。わかっていてこの仕事を君に任せたんだ。みんなを信頼して、まずは撮られることに慣れることから始めよう」

「……はひ」

「じゃあ深呼吸だ」

 

言われるがまま深呼吸を始める。

何度も何度も深呼吸して、気休め程度には落ち着いた。

 

「それじゃカリヤさん、やってみましょう」

「はい」

 

雑誌の編集さんに声をかけられ、私は撮影ステージへと足を運んだ。

現実感がない。

やっぱり怖い。

これから始まることは全て未知のことだ。

未知のことを喜べる人って、どんな強心臓してんだ?

 

「カリヤさん、背筋を伸ばして目の前のことに集中して」

 

背後からカールソンさんの声が聞こえた。

私は言われるがまま背筋を伸ばす。

そして一歩一歩踏みしめるように、光が降り注ぐステージへと立った。

数台のカメラと編集さんとカメラマン、そして関係者全員が私を見ている。

 

「大丈夫ですよ。全然怖いことはありませんからね! まずは軽く何枚か撮ってみましょう」

「はい。よろしくお願いします」

 

言って頭のパーツを被ろうとして、

 

「あ、頭はまだそのままで。いつもどおりのカリヤさんでいてください」

「……わかりました」

 

私は頭のパーツを胸の前に抱えたまま、棒立ち状態でカメラを見つめる。

シャッターが切られる音を聞いた。

あ、早速撮られた。

編集さんとカメラマンさんの指示を受けて、横を向いたり、後ろ姿を見せたり、ピースしたりした。

少しずつガチガチだった身体が温まって、呼吸も楽になってきた。

同時に心の余裕も少し出てくる。

頭のパーツを持ち替えて、勉強したモデルのポーズをとってみた。

 

「あ! いいじゃないですか! その調子でいろんなポーズをとってみてください!」

 

褒められてまた少し心に余裕ができた。

そして写真を撮られ続け、五分ほど休憩することになった。

ライトが熱い上に乾燥し喉が乾いた。

お水飲みたい。

すると、カールソンさんがお茶を差し出した。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます!」

 

助かるー。

私はゆっくりとお茶を飲んだ。

 

「ね。大丈夫だったでしょ?」

「はい」

「ポーズもバッチリ決まってたよ。本当に短期間で頑張って勉強したんだね」

「はい。頑張りました」

 

憧れの人に褒められて嬉しかった。

でもまだ、カールソンさんと同じ場所にはたどり着けていない。

道のりは遠い。

 

「じゃあ今度はヘッドパーツを被って撮影しましょう。大丈夫! さっきと同じように自由にポーズをとってみてください」

「はい」

 

ではヘッドパーツ装着。

ボディパーツと接続した途端、腰骨から脊椎を伝って脳に電流が走り抜けた。

AIとの神経電気信号接続(リンケージ)だ。

この一瞬だけど全身がピリッとしたこの感覚、あんまり好きくない。

真っ黒だった視界が一気に開けて、ヘッドパーツをつけていない状態よりも鮮明になる。

そして、目端に表示される情報群。

編集者さんとカメラマンさんたちに視界を固定すると、彼らの簡易情報が表示された。

視界良好。

システムもオールグリーン。

よし、行くか。

歩く。

……歩く。

…………歩く。

………………反応、遅っ!

リンケージしているときの方が体の動きが鈍いってどういうこと?

私はスタジオの端で控えていた、技術者のラーションさんに目を向けた。

ラーションさんが私の視線に気付く。

そして察したのだろう、駆け足でこちらにやって来た。

私が現状を説明すると、ラーションさんは腰と後頭部にプラグを刺し、端末で操作を始めた。

 

「カールソンさんと同じ反応速度にしたんだけど、君はまだまだ上げても大丈夫そうだね」

「このままだと結構ストレスなので調整お願いできますか」

「もちろん。ちょっと待ってて」

 

そうして調整してもらい、システムを再起動した。

リンケージのし直しにちょっとウンザリしつつ、体を軽く動かしてみる。

お、今度はいい感じ?

習ったモデルの歩き方をしてステージに向かう。

……うん、今のところはいい感じだ。

 

「お待たせしました。よろしくお願いします!」

 

私は一礼をした。

 

「はーい! では撮っていきましょう!」

 

そしてモデルさんがよくやるポーズを取り、写真や動画を撮られた。

撮られながら、ふと閃く。

私は考えるよりも早く、その閃きを口にした。

 

「あの! 格闘のポーズとか技とかやってみてもいいですか?」

 

するとカメラマンさんと編集者さんは顔を見合わせた。

だがそれも一瞬。

二人とも大きく頷いた。

 

「いいですよー。さっきも言いましたけど、自由にやってみてください」

「ありがとうございます!」

 

お礼を言い、私はジムで習っている格闘技の型や技をやってみたけど……遅っ!!

反応、マジおっそ!

私は途中でやめて、再びラーションさんをガン見した。

察しのいいラーションさんが小走りにやって来る。

 

「すみません、ラーションさん」

「みなまで言わなくても大丈夫。もう少し調整するよ。てかカリヤさん、本当にオリジナルとは思えない反応速度だね」

 

ラーションさんは感心したように言いながらも、作業の手は止めない。

そして再びリンケージの再起動。

不快だけど、もうこればかりはどうしようもない。

そしてシャドウボクシングをしてみる。

周囲の人たちが驚いた表情でこちらを見てたけど、私はまだ納得できていなかった。

さっきよりはマシになったけど、もっとイケる。

 

「ラーションさん、もっと上げてもらえますか」

「はいはい。ふふふふふ、これはいよいよ一般人離れしてきたぞおーう」

 

何故か嬉しそうなラーションさん。

やっぱ研究者さんや技術者さんって、なんつーか独特なんだな。

少し引きながらも調整を受ける。

で、再起動。

 

「この場でできる最大値まで上げてみたよ。これでまだ足りないなら、研究所(ラボ)案件だね」

「わかりました」

 

ラーションさんがステージから離れて、私だけになった。

軽くシャドウボクシングをしてみる。

おおっ! さっきよりもいい感じじゃん!

ボディとパーツが今までの中で一番噛み合っている。

私は調子に乗って、シャドウボクシングを一通りこなし、そしていつもジムでやっている格闘の型と技を披露した。

 

「モデルポーズよりも様になってますね! メッチャかっこいいですよ!」

 

編集者さんが上機嫌で言うのを見て嬉しくなった。

初心者モデルの私には、カールソンさんのように古代の金星の神様をイメージした雰囲気もポーズもとれない。

だから基本に戻ることにした。

そもそも、このスーツは格闘技専門のスーツだ。

格闘の型や技が様にならなきゃ意味がない。

古代の金星の神様にも、先日見た澄んだ光を放つ明けの明星にも程遠いかもだけど、まずは基本を押さえよう。

そう閃いたのだ。

私は無心で体を動かし続けた。

 

「はい! 休憩しまーす!」

 

編集者さんの声に私は我に返った。

ふー、あっつ!

ヘッドパーツについている長いエクステが放熱の機能を果たしているらしいけど、結構本気で動いたからなー。

私はリンケージを切ると、ヘッドパーツを外した。

はあああ、涼しー!

ステージから降りると、カールソンさんがニコニコ笑顔で出迎えてくれた。

 

「凄く良かったよ。このスーツの性能がわかるポーズと動きだった。いいアプローチの仕方だと思うよ」

「はい! ありがとうございます!」

 

わーい、カールソンさんに褒められた!

私は思わずニコニコ笑顔になった。

ラーションさんからお茶を受け取り、水分補給しながらデータの回収作業を見守る。

 

「放熱機能、もう少し上げたほうがいいかな。実戦はもっと動きが過酷だろうし。あとこの機能も改善の余地があるし、ここもラボに持ち帰って詰める必要があるぞ」

 

などとブツブツ言っているラーションさんに、私はまたしても少しだけ気持ちが引いた。

それはともかく、体を動かしたことで緊張は解けたけど、古代の金星の神、明けの明星をどう表現するのかという課題は残った。

カールソンさんの真似をすればいいのかな?

……ダメだ。

間違いなく劣化する。

それに明らかにカールソンさんのイメージする金星の神様は男神だった。

金星は古代から女神をイメージするのが一般的なのに、カールソンさんはそれを塗り替えるような戦神っぷりを見せつけてきた。

プロ、やっぱ凄い。

 

「カリヤさん、何か問題でも?」

 

のぞき込んでくるカールソンさんにドギマギしつつ、私は正直に自分の課題を告げた。

 

「明けの明星、実際に見に行ったんだ?」

「はい。ドームの映像ですけど、イメージの助けになるかなって思って。あと、実際の金星のデータや知識を友達に教えてもらいました」

「真面目で偉い! そうか、カリヤさんは実際の明けの明星からイメージを得ようとしたんだ」

「はい。金星ってものすごく過酷な環境で、今でも人の手がつけられていない状態だそうで」

 

今わかっている情報も宇宙に進出していろんな観測機から得たものなのに、古代の人たちはそんな観測機がなくてもそれを見抜き、神格化したのだ。

そんな古代の人たちの観察力と想像力の凄さに驚いたことを話した。

 

「なるほどね」

 

カールソンさんはニッコリ笑う。

 

「その金星の情報からイメージするの人や架空のキャラクターがいたら、カリヤさんの参考になるんじゃないのかな?」

 

……おお! そういう考え方もあるのか!

私はオタクな脳をフル回転させる。

情報を整理しろ。

そして思い出せ。

遠目からは美しく澄んでいるのに、近づけばその苛烈さで周囲を圧倒する近づきがたい女性キャラクター。

その時、脳裏に真っ黒で優美な影がよぎった。

それはあるゲームのキャラクターだった。

本当は美しい女神なのに、侵略者によって歪められて悪魔の王として私達(プレイヤー)の前に立ちはだかった。

悪魔だから不気味なはずなのに造形が完璧で、ゲームのキービジュアルにもなっている。

ゲームの名はロード・オブ・ディアボリカ。

略してロディア。

そのラスボスであるカスティタス。

……コレだ!

コレしかない!!

 

「何か思いついたようだね」

「はい! これでいきます!」

 

私はお茶をグイとあおった。

そして目を閉じて深呼吸をする。

カスティタス。

侵略者によって認識を歪められた私達を迎え撃つ、バハギア世界最後の(ロード)

最後にして最強の守護神。

酷いエンディングの方がインパクトに残っていて、カスティタスの記憶は薄れがちだ。

でも思い出せ。

その第一形態の振る舞いを思い出せ。

悪魔のはずなのに、今思えばその立ち姿も歩く姿も攻撃をする姿も総じて上品だった。

優美でありながら何者も寄せ付けない圧倒的な覇気があった。

あれに限りなく近付くんだ。

 

「では撮影再開しまーす! カリヤさん、よろしくお願いしますねー」

「はい」

 

私は目を開きヘッドパーツを被った。

即座にAIとリンケージされ、真っ暗だった視界が開かれる。

ここからだ。

ここからカスティタスになるんだ。

背筋を伸ばす。

胸を張る。

でも肩はリラックス。

歩幅は狭く、少し外側に出すイメージで。

視線は前方に、今はステージに向けよう。

私はイメージを固めてゆっくりと歩き出した。

いつものようにザクザク歩きたい気持ちを抑える。

皆が黙って私の挙動を見ているのを感じた。

ステージの段差を足元を確認しながらゆっくりとあがり、カメラマンの前に立った。

左足を少しだけ引き、カメラマンを見つめる。

カスティタスは、どんな気持ちでプレイヤーを見つめたのだろう。

世界を混乱に陥れた怒りか、侵略者の操り人形と化している哀れみか。

でもはっきりとわかるのは、この世界を必ず守るという強靭な意志だった。

今になってカスティタスの気持ちに思いを馳せるなんて、想像すらしてなかったな。

私はカスティタスに倣ってカメラマンと編集者さんに冷たく強い笑顔を浮かべる。

……できてるかな?

ヘッドパーツによって素顔は見えない。

だけど気持ちの問題だ。

 

醜く哀れな傀儡どもが。

この世界を蹂躙し、万物を鏖殺しつくした罪と恥辱にまみれた姿でよくも我が前に現れたものだ。

その無邪気なまでの蒙昧さと厚顔無恥さ、いっそ清々しい。

 

編集者さんは呆然とし、カメラマンは無心で撮影しているのが見えた。

私は周囲を見渡し、そして心の中で宣言する。

 

我が名はカスティタス。

バハギアの最後の王にして守護神である。

さあ来るがいい哀れな傀儡ども。

その罪と汚辱にまみれた姿を存分に晒すといい。

 

私はリーさんから習っていた演武を披露することにした。

美しく鋭く、そして重く。

まだうろ覚えな部分があったけど、あえて自信を持って身体を動かした。

カスティタスは迷わない。

世界を守る最後の守護神として、侵略者の傀儡と化したプレイヤーと戦うのだ。

動画のカメラが冷徹に私の姿を捉え、シャッター音が連続して聞こえる。

そして演武を一通り終えると、元の毅然とした姿勢へと戻った。

 

「カリヤさん! 最後に目線をお願いします!」

 

私はその声に最大限の冷笑を顔に浮かべた。

……ちゃんと、できてるかな?

カスティタスに、私のイメージする明けの明星に少しでも近づけたかな?

 

「はい! OKです! 撮影終了でーす!」

 

編集者さんが腕を上げて大きな丸を作ってみせた。

その言葉を聞いた瞬間、憑き物が落ちたように脱力した。

関係者のみんなが拍手をしている。

 

「お疲れ様!」

「凄かったよ! あの姿が君のイメージする暁の王の姿なんだね。素敵だったよ」

「この数時間でよくここまで詰められましたね。本当に素晴らしい王の姿でした」

 

カールソンさんを始めとしてみんなが口々に言う。

私はそんなみんなに向かって丁寧にお辞儀をした。

ここにいるみんなのおかげで、ここまで来れた。

長い時間をかけて、素人の私をここまで導いてくれたのだ。

心から申し訳なく、そしてありがたかった。

 

「ありがとうございました!」

 

私は心からの感謝を込めて頭を下げた。

こうして私は初のモデルの仕事をこなしたのだった。

 

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