多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十二話 挑戦をした 2

そして五日後。

いつものカフェに行くべくグリードと合流した私だが、グリードが駅の壁面に設置されているサイネージ広告の前から動かずにいた。

 

「ねえグリード、いつまでここにいるの? そろそろお茶しようよ」

「今データを取得中だ。あと五十秒待ってほしい」

 

サイネージ広告には、二刃工業の新型パワードスーツの広告が展開されていた。

漆黒を背景に美しく輝くパワードスーツ。

カールソンさんの威風堂々たる男型のスーツと共に、演武をする女型のパワードスーツを来た私が現れる。

小型パワードスーツ業界に現れた明けの明星。

それを神格化した存在が、画面に燦然と表現されていた。

撮影現場は全く装飾なかったけど、編集でこんなに豪華絢爛になるのかー。

編集技術、凄えなあ。

感心していると、グリードがこちらを向いた。

 

「データの取得を完了した」

「よし! じゃあ行こ」

「待ってくれ。次は柱のサイネージのデータを取得する」

「え、まだ取んの?」

 

グリードは滑るように柱へ向かい、縦長のサイネージ広告のデータを取り始めたようだった。

もー、何この行動。

まるで推しにハマった人の姿じゃん。

しかも多脚の姿だから、何か不具合でもあったかな? て、ちょっと心配になる感じのやつじゃん。

実際は絶好調なんだけどさ。

私はため息をつき、改めて周囲に視線を巡らせた。

この日、二刃工業の新型パワードスーツの広告が主要な各駅に打ち出された。

社運をかけているだけあって、広告は人目を引きつけることには成功しているように見えるけど、少しは印象を残せているかな?

こうしてグリードの広告データの収集に付き合い、ようやくいつものカフェへと来ることができた。

場所はいつものテラス席で、頼むメニューは当然水。

おやつも無し。

でも、あともう少しでこの生活も終わりだ。

あと二週間ほどで小型パワードスーツの展示会がある。

そこでモデル兼パフォーマーとして出演すれば、契約は完了になるのだ。

頑張れ、私。

私は水を一口飲んだ。

グリードは私の向かいに陣取り、おもむろに手を差し出した。

 

「見てくれ。小型パワードスーツの専門誌に君が載っていた」

 

グリードが電子雑誌を展開する。

表紙はトラウィスカルパンテクトリ、略してトラウィスさんの男性型の上半身が大写しになっていた。

さすがは中身はプロのモデル。

メッチャカッコよくて、超サマになっていて、思わず見とれてしまうほどだ。

私は笑顔を浮かべた。

 

「買ってくれたんだ」

「もちろんだ。表紙こそ出ていないが、巻頭カラーでは君の姿も載っている」

 

ページをめくると、編集と加工でオーラ出まくりの私の立ち姿が載っていた。

……は、恥ずかしいな!!

私は目をそらそうとしたが、ページをめくりながら、ずずいとグリードが雑誌を見せつけてくる。

 

「特にこのページ。男性型よりも躍動感があると私の周囲からも好評だ」

「そなんだ」

 

私のことを大切な友達だと公言して憚らないグリードが、周囲の人たちに私が出ている雑誌を見せない理由がない。

頬が熱くなるのを感じた。

うわー、嬉しいけどマジ照れるー。

巻頭カラーのページが終わると、社長さんとラーションさんへのインタビューが書かれていて、その最後に社長さんとラーションさんを中央に置いて、私とカールソンさんが左右につく画像が載せられていた。

 

「ナナミの晴れの姿を余すことなく全て集めることが、現在の私の使命だ。その使命を果たすべく、電子雑誌だけでなく紙雑誌も購入した」

「は?」

 

グリードが言うやいなや、背面のコンテナが開き、棚が外へとスライドされた。

そこには、とーっても貴重な紙雑誌が載せられていて、グリードは後ろ手にそれを取ると私に見せた。

 

「電子版と紙版とではここまで表現に違いが出てくるのだ。研究室長を知っているだろう? 彼も紙版を見てスーツの質感が良い意味で生々しく、光沢と重厚感が実に素晴らしいと絶賛していた」

「はあ」

 

私は呆然と紙の雑誌を見つめる。

紙もインクも貴重品であり、それを惜しげもなく使われる紙媒体の書籍は裕福層にしか手に入らない。

それを間近で見せつけられて、私は空いた口が塞がらなかった。

 

「紙版を見せた周囲の人々も、電子版よりもナナミが美しくも艶めかしいと評判だった」

「……グリードさんや、これ、物凄くお高いんでしょ?」

「確かに電子版とは比較にならないほど高かった。閲覧用、保存用、アンケート用とで十冊ほど購入したが」

「十冊?!」

「ああ。だが換装したカメラほどの値段ではなかった。問題はない」

「比較の対象が庶民離れしてるよ!」

 

私は頭を抱えたい気持ちだった。

そんな私に、グリードは複眼を隠すシャッターを開け、その光を私に向けた。

絶対に気のせいだと思うのに、そうは思わせないものすごい圧力を感じた。

 

「言っただろう。ナナミの晴れの姿を余すことなく全て集めるのが、現在の私の使命だ」

「使命に忠実すぎる……」

 

そしてそれを実行できる財力と行動力。

ホント、とんでもねーロボだぜ。

そのグリードは左手を頭の下にあてた。

 

「皆が驚いていたのは君の表現力だ。身体の動きや反応速度については今更な話だが、これほどスーツと君の雰囲気があっているのは予想外だと話していた」

「ああ、それ、ヒントにしたキャラがいたんだよ。ゲームのロディアにカスティタスっていたじゃん」

「ラスボスだな。彼女を参考にしたのか」

「うん」

 

私はカスティタスを参考にした経緯を話して聞かせた。

 

「なるほど。実に興味深い」

「でしょ! でね、撮影のあとに設定資料集とホロフィギュアも買っちゃった」

「君も私に負けじと散財しているな」

「だって参考になると思ってさ」

 

私は電子の設定資料集を展開して、カスティタスのページをグリードに見せる。

ラスボスまで来てテンアゲしていたことと、エンディングのインパクトで薄れていたカスティタスの記憶をこれで補完したのだ。

 

「カスティタス自体は金星をイメージしたわけではないようだが、指摘されてみれば実際の金星に近しい気質なのだな。そしてイシュタルやアフロディテのような女神のように、欲望に忠実かつそれを周囲に煽り、諍いをおこす側面もある」

「そういやゲームの第一形態で、混乱や魅了の状態異常がえげつなかった記憶が」

「事前の動画研究で対策をしていたから一回で撃破できた。先人たちの厚意に感謝せねばなるまい」

 

グリードはページをめくり、第二形態になったカスティタスを鋼鉄の指で指す。

 

「第二形態の攻撃は凄まじかった。事前研究をしたにも関わらず、最初はなすすべもなく全滅した」

「うん。この記憶がバッチリ残ってて、それが金星の過酷さと獰猛さに結びついたの。グリード言ってたじゃん。前時代から人の手がつけられていない星って」

「確かに言った。そうか、そのように連想したのか」

 

私は熱心にカスティタスと金星の近しさをグリードに話し、グリードは時々合いの手をいれながら私の話を聞いてくれた。

 

「カリヤさん?」

 

反射的に声のした方に目を向ければあああっ! カールソンさんだあっ!

カジュアルな服もオシャレでかっこよー!

あ、見惚れる前に挨拶しなきゃ!

 

「こ、こんにちは!」

「こんにちは。……あれっ、そのロボットってもしかしてグリード、さん?」

「はい! そうです!」

「グリードさん!?」

 

と、カールソンさんの隣に並んでいた女の人がグイと前にのめり出てきた。

すんごい爆美女!

前にネットの画像で見た。

カールソンさんの奥様だ。

で、その奥様と言えばグリードを凝視している。

心なしか体も震えているようだ。

……どしたのかな?

と、奥様が口を大きく開けたのを、とっさにカールソンさんが大きな手で塞いだ。

 

「ううもがあああっ!」

「ごめん! ちょっと待っててね」

 

言って、カールソンさんは奥様を抱え急いで道の端へと移動した。

 

「ナナミ、彼らと知り合いか?」

 

ロボらしく冷静かつ無機質に尋ねるグリードに、私は紙版の表紙を指差した。

 

「この表紙の人だよ」

「……検索した。プロのモデルなのだな。そして連れの女性は彼の奥方のようだが、様子がおかしかった。どうしたのだ?」

「それ私が聞きたいよ」

 

道の端でカールソンさんが奥様を介護している様子だった。

体調、急に悪くなったとか?

だとしたら大変じゃん!

とか思っていたら、奥様の肩を抱いてカールソンさんがこちらにやって来た。

 

「突然、挙動不審でゴメンね」

「いえ。……あの、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。この人、僕の奥さんでレーナって言うんだけど、その……グリードさんの大ファンなんだよね」

「え?!」

 

私は反射的にグリードを見るが、グリードの様子に変化は全くなかった。

 

「私の大ファン」

「そうです。それで感極まって叫びそうになったから落ち着かせたところでして」

 

グリードはこの一年と数カ月、多脚ロボットの姿で人が多く集う場所、つまり欲望がたくさん集まる場所へ使命のためにと積極的に足を運んでいた。

で、多脚ロボとは思えない不気味なのにカッコイイデザインは、SNSでも話題になることが多く、すっかり一鍔(ヒトツバ)重機のマスコットのように扱われるようになっていたのだった。

それはいい。

問題は奥様のレーナさんだ。

顔を真っ赤にし、グリードを見る青い目がウルウルしちゃっている。

あ、これ、ガチだ。

ガチのファンだ。

グリードは左腕を上げた。

 

「それで、奥方の体調は大丈夫なのだろうか。バイタル、脳波共に、いわゆる興奮状態になっているようだが」

「はい。ご心配をおかけしてすみません」

(AI)に心はない。故に心配は」

「グリード黙って」

 

私はグリードのお決まりの文言を素早く遮った。

で、会えた感激のあまりフラフラになった奥様を休ませるべく、カフェに入って相席することになった。

わーい! カールソンさんとお茶できるー!

て言ってもご夫婦揃って注文したのは水だけど。

思わずニコニコする私に、視線がチクリと刺さった。

グリードの無機質な複眼の光が、私を射抜かんばかりに光っている。

 

「君も軽く興奮状態になっているようだな」

 

ギクリ。

や、なんで動揺してんの、私。

後ろ暗いこと何もないじゃん。

私は胸を張ってグリードを見た。

 

「私、カールソンさんのこと、お仕事の先輩として尊敬してるんだよ。いっぱいお世話になってるから、そのご厚意に報いたいなって思ってんの」

「それは間違いなく君の本心だろう」

 

グリードは納得したようだった。

 

「だがミスター・カールソンの容姿は、君が好みとする男性の容姿と非常に近いと推察した」

 

私は思わず真顔になった。

す、鋭い!

さすがはAI、観察力がパない。

グリードはピカリと複眼を光らせた。

 

「故に、ミスター・カールソンへの警戒度を最大まで引き上げる」

「何で!?」

 

呆気にとられるカールソンさんたちを尻目に、私はグリードに力説する。

 

「カールソンさん、外側も中身もメッチャできてる人だよ! しかも既婚者だよ! 警戒するとこ何もないじゃん!」

「しかし人は不確定要素が満載の生き物だ。何が起こるかわからない。最悪、不貞行為に及んだら──」

「ないから!」

 

私はキッパリと断言する。

 

「そーいうやましーものは全然なくて、ただ単純に応援したいだけだから! ファンなだけ!」

 

圧をかけてくるグリードを、私は睨むようにして見つめる。

しばしの沈黙。

 

「イルマリいいなー」

 

沈黙を破ったのは奥様のレーナさんだった。

 

「私もグリードさんに二十四時間警戒されたい」

 

言ってカールソンさんを新底羨ましそうに見つめる奥様。

……いろんな意味で大丈夫か?

カールソンさんははっきりと苦笑し、グリードに視線を向けた。

 

「えーと……、一応僕、奥さん一筋ですから」

 

いいじゃん!!

それでこそ、カールソンさんですよ!!

私は思わず拍手した。

だが、グリードの警戒モードは続いていた。

 

「口ではいくらでも言える」

「確かに、僕のこの言葉は未来までも証明できるものではないです。でも僕は奥さんと、レーナとなら一緒に幸せなれると確信して結婚しました。その時にした誓いの言葉はこれからも守っていきます」

「幸せ」

 

あっ!

そのワードはグリードの使命に火をつけちゃう!

 

「カールソン夫妻、今君たちは幸せか?」

「えっ? あ、はい幸せ──」

「幸せです!」

 

奥様が両手を胸の前に握りしめ、カールソンさんを遮るように言う。

 

「グリードさんと直接出会えて、こうしてお話できるなんて、私! 今間違いなくこの星で一番の幸せ者です!」

 

……あーうん、奥様は間違いなく今幸せデスネ。

推しに会えて交流できてるもんね。

カールソンさんは呆れたマナコでそんな奥様を見つめている。

グリードは再び頭の下に手をやった。

 

「では幸せについて話を聞かせてもらいたい。その上でミスター・カールソンの警戒度を最終決定しよう」

「はい! 喜んで!」

 

カールソンさんが答える前に奥様が嬉々として返事をし、グリードとのお話が始まった。

カールソンさんと奥様の結婚まで至る道は、周囲のやっかみや妨害、将来設計などで険しかったようだが、お互いの価値観を理解し受け入れられたのが決定打になったようだった。

特に、奥様の好みをカールソンさんが理解してくれたのが大きかったらしい。

 

「レーナは虫、特に節足動物が好きなんだよね」

「虫好き」

 

奥様は長い髪をいじりながら頬を赤らめ頷く。

なるほど合点がいった。

グリードの四脚の姿、虫というか節足動物っぽいもんね。

にしても、女性で虫好きなのは珍しい。

女性のロボ好きよりもさらにレアな存在じゃね?

 

「僕はレーナほど熱心なわけじゃないけど、同じように虫が好きだったから話が合ってね。デートはアパテイア科学博物館の中にある昆虫館が定番だった。今も年間パスポート買って、月一で通ってるんだ」

 

またマニアなところをデートスポットにしてるんだな。

スーパーモデルの意外な一面だ。

その奥様と言えば、グリードをとにかくカッコイイと褒め称え、カッコイイしか言えない語彙のなさを恥じていた。

 

「グリードさんのその姿がとにかく至高で唯一無二! 無機物とは思えない節足動物のような有機的なデザイン! 最オブ高! ホロじゃない実物のフィギュアが欲しくて、一鍔重機さんにメールを送ったんですけど」

「えっ?!」

「メールを確認中。……検索完了。広報から私に転送されてきたメールに該当のものを発見した。あれは貴方だったのだな」

「はい! 丁寧なお返事メールを頂いて、ますますファンになりました♡」

 

グリードに勝るとも劣らない行動力。

凄いな。

ちなみにグリードの実物フィギュア化は今のところないとのこと。

その後もカールソンさん夫妻の話を聞き、時折グリードが質問をして和やかに時間は流れた。

 

「僕は、欲望や欲求と幸福はまた別のものではないかと考えています」

 

カールソンさんが真面目な表情で言う。

 

「僕たちモデルは街の推奨する健康的な生活を送っています。人前に出ることで承認欲求も満たされてもいます。だけど、満たされたら今度は減ることを恐れるようになります。現状維持をしたいがためにメンタルを崩し、前時代では違法薬物の誘惑を振り切れなかったモデルもいたとか。だから、欲求を満たしても幸せになれるかは、また別の問題じゃないかと思うのです」

「なるほど、興味深い意見だ。ミスター・カールソン」

 

グリードはセリフとは裏腹に事務的に言った。

グリードも言っていたけど、ロボットやAIに心はないのだ。

だからそういう口調になるのは仕方がない。

レーナさんも、表向きは落ち着いた表情で口を開く

 

「私、モデルになる前、体動かすの大好きだからトレーニングは苦にならないと思っていたけど、実際になったら全然そんなことなくて。……義務になると途端に苦しくなるんです。だからこそ、達成した時の喜びもひとしおですけど、モデルは激烈な競争の世界です。上を目指せば目指すほど苦しみは増していく。私はその競争の世界に疲れてモデルを辞めたんです」

「そうだったんですね……」

「イルマリは間違いなく今は幸せです。その競争の世界を楽しめているからモデルを続けられているんです。だから幸せって多分、続けられるもの、継続できるものだと私は思っています」

 

その言葉に私は思いを巡らせる。

たった一ヶ月のモデルになるための生活で、窮屈で辛い日々を送ったのだ。

これをこの先もずっと続けていくとなったらと思うと心の底からゾッとした。

そして思う。

継続できるものが幸せとするなら、私の幸せはここにはないなーと。

グリードが両腕を軽く開いた。

 

「カールソン夫妻、私の話に付き合ってくれてありがとう。貴方たちとの対話で私の幸福への考察が深まった。じつに有意義な時間だった」

「こちらこそ、グリードさんとお話できて光栄でした!!」

 

カールソンさんが口を開く前に奥様がハイテンションに応じた。

私はグリードの方を見る。

 

「ね、グリード、カールソンさんの警戒度はどうなったの?」

「対話の結果、警戒度を五十パーセントまで下げることにした」

「えー、半分なの?」

「ミスター・カールソン自身も言っていただろう、今の誓いの言葉が未来においても保証できるものではないと」

「そうだけどさー」

「だが、彼が奥方と共に今の幸福を継続し考察を続ける努力を怠らない限り、警戒度が上がることはないだろう」

 

私はカールソンさんと奥様を見た。

ファンモード継続中の奥様の横で、カールソンさんは満面の笑顔を見せている。

意識が一瞬ふっ飛んだ。

 

「最高の祝福の言葉です。グリードさん、本当にありがとうございます」

 

そしてその笑顔のまま、カールソンさんは私を見た。

 

「カリヤさんもありがとうね。いい仕事ができるようお互い努力していこう」

「はい!!」

 

私は超元気よく返事をした。

グリードが複眼の光を私に冷たく光らせたような気がしたけど、ロボだし気のせいだよね?

 

「ミスター・カールソン、展示会終了までナナミのことをよろしくお願いしたい」

「はい、お任せください」

 

カールソンさんはしっかりと頷いた。

そして最後に奥様の希望で、グリードの写真撮影会が行われ、この日は解散となったのだった。

 

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