改めてデネットさんは、私に向き直った。
「で、今日は有休取って多脚のコーティングをしてたのか」
「はい。グリードからチョコ貰って、そのお返しです。これしか思いつかなくて」
「……人の男から貰う前にAIからチョコを貰ったのか。ある意味貴重だが、それってどうなんだ?」
「言わないでくださいよ。ちょっぴり気にしてるんですから」
痛いところを突いてくるぜ、このオッサン。
整備士長でなかったら、その薄くなりかけている髪をネタにイジってやったところだ。
「デネットさんも有休取っていたんですね」
「ああ、そろそろ消滅する有休があるってんで、無理やり取らされた」
肩をすくめるデネットさんに、私は腕を振り上げ、グリードを指し示した。
「あ、見てってくださいよ! 私、頑張りましたよ! ショールームに飾れるレベルを目指したんですけどいかがでしょう!?」
「下地処理がまだ甘ぇ」
即答、かつ一刀両断だった。
「えー、まだですか?!」
「毛の生えた素人にしちゃあ頑張ったほうだが、まだまだだ」
その言葉に私は肩を落とした。
「シリウス以上に頑張ったのにー」
「シリウスの下地処理はほぼ俺達がやってるだろうが。下地処理てぇのは一朝一夕で身につくもんじゃねえよ」
「シリウス?」
たずねるグリードに、デネットさんは私に向けて顎をしゃくった。
「こいつの乗っているパワードスーツだよ。ノーザンライツの」
「ああ、わかった。君はシリウス乗りだったのか」
「うん」
私は笑顔で頷く。
シリウスとは、大型パワードスーツのこと。
製造はノーザンライツ工業で、一鍔重機と比べたら小さな会社だけど、大型パワードスーツ界の小さな巨人と言われている。
その理由が、シリウスだ!
デザインはお世辞にもカッコイイとはいえない。
でも、耐久性と拡張性に優れ、整備も簡単!
おまけに低燃費で、極所以外ならどこでも活動可能!
健気な働き者で、懐にも環境にも優しく、いつでも庶民の側にいる安心感!
中小企業の使う大型パワードスーツは、ほぼシリウス一択状態になっている。
そう、シリウスは、庶民と中小企業に明るい未来と心の平安をもたらすのだ!
何でこんなに熱く語るのか。
会社も含めて私の推しだからだ!
「こいつはシリウスのファンなんだよ」
デネットさんが言うと、グリードの複眼が一斉にこちらを見た。
「……シリウスも確かに良い機体だが、弊社のファースト・スターも悪くないと思う」
「何もかもが高いよ」
「一鍔にしちゃあクセのない機体で、グレートスリーに数えられてる名機だけど、高ぇな」
「……そうか」
言われ、グリードは下を向いた。
ファースト・スターとは、一鍔重機の代表機とも言われる大型パワードスーツのことだ。
大企業の大型パワードスーツの中でも名機と呼ばれる三機、グレートスリーにも選ばれた名機中の名機でもある。
ただし、何もかもが高くて庶民には手が出せず、専ら傭兵たちの専用機となっている。
傭兵たちの間では、すこぶる人気があるんだけどね。
「高いだけで批評はしたくないけど」
「触る機会がねえからな。縁がなけりゃどうしようもねえ」
「縁がない。……なるほど」
グリードは頭の下に手をやった。
何やら考えている風だ。
……言いたい放題の私達だったけど、一鍔の重役としては聞き捨てならない意見だったかもしれない。
うーん、失礼だったかな。
「グリード?」
「ああ。君たちの意見も最もだ。少し弊社に持ち帰り考えようと思う」
「煽るつもりはなかったんだがな」
「煽られた覚えはない。忌憚なき意見、感謝する」
グリードはどこまでも淡々とした調子で言った。
デネットさんと別れ、ドームに映し出される映像も夕暮れのものになっていた。
道具を片付ければ、そろそろ解散の時間だ。
私は声をかけようとした時だった。
空からエンジン音がして、配送ドローンがこちらにやって来る。
ん? 何?
またたく間にドローンはグリードの横へとやって来た。
「グリード様、お待たせしました。ご注文のお品です」
ドローンからきれいな紙袋が現れ、グリードに手渡す。
「良いタイミングだ。ありがとう」
「はい。それではまたご贔屓にー」
言うや否や、ドローンは再び夕暮れの空へと飛び去って行った。
……何だったのかな?
思わずドローンを見送る私に、グリードが声をかけた。
「ナナミ、今日はコーティングをしてくれてありがとう。その礼だ。受け取ってくれ」
言って、グリードは紙袋を差し出した。
「え?! 私に?」
「そうだ」
「え、や、いやいやいや!」
私は両手を振って後退る。
「今日はチョコのお返しのために頑張ったのに、ここでまたお礼を貰っちゃったら意味ないじゃん!」
「意味はある。君とより仲良くなるために必要なことだと判断した。前回のチョコレートと比べたら大したものではない。受け取って欲しい」
うう、ここで受け取らないのも、何というか、気まずいよなー。
私は紙袋と、複眼をこちらに向けているグリードを見る。
複眼の圧に押し負けそう。
「いらないようなら廃棄するが」
……その言い方はずるいでしょ。
受け取らざるを得ないじゃん!
私はため息をついた。
「わかったよ、受け取ります。どうもありがとう」
「これからも仲良くしてもらえるとありがたい」
言い方が淡白すぎて、心が全くこもっていないように聞こえる。
いや、AIに心はないから、私の聞こえ方は正しい。
どんなに高い表現力を身につけても、多くの語彙を学ぼうとも、AIに心はない。
それが、この街の常識だ。
ちょっと寂しいことだけど、そういうことなのだ。
私は目線を上げて、グリードに笑顔を向けた。
「ね、中身見ていい?」
「構わない」
「ではではー」
私は紙袋に手をかけようとして、今更気づいた。
この紙袋、高いな?
ツルツルして張りがある。
少し盛り上がっている繊細な模様は和柄、というやつだろうか。
金色のシールを丁寧に剥がし、中身を見て仰天した。
「こ、これ、ドラヤキじゃん!」
「知っていたか」
「ユーゴさんから、もらったことがあるよ」
紙袋にはドラヤキが一個入っていた。
ドラヤキ!
それは、今まさに目の前にいる多脚ロボットの頭部のような形をした和菓子のことだ。
小麦粉の焼色は美しく、中身のアンペーストも上品な甘さで、美味しいけど超高級なお菓子の一つでもある。
そんな超高級なお菓子を、どうして一般庶民の私が知っているのか。
以前、ユーゴさんが仕事のお礼にと大量のドラヤキを貰ったらしく、友達と一緒にお裾分けしてもらったことがあるのだ。
「ユーゴ。彼に先んじられたか」
「いや、競争しているわけじゃないでしょ」
言いながら恐る恐るラップに丁寧に包まれているドラヤキを取り出し、ふと気付く。
「あれ? アンペーストの他に白いのが挟まってるね?」
「それはホイップクリームと言って、生クリームの一種らしい。それとアンペーストを一緒に挟んだものが人気の高いとのことだ」
「生クリーム!」
噂に聞く洋菓子の代名詞!
甘くて濃厚で美味しいと言われ、漫画やアニメでも幸せの象徴として出てくるクリームだ。
すごい!
ユーゴさんのよりきっと高い!
「ありがたいけど、お高かったんじゃ」
「グラトニーの台詞ではないが、値段を気にするのは野暮というものだ。後で家で食べてほしい。そして、味の感想を聞かせてほしい」
「そ、そっか」
ひえええっ!
またお高いお菓子もらっちゃったよ!
お返ししたら、お返しされちゃったよ!
私はドラヤキを紙袋に大切に戻した。
これは、直接手で持って帰ろう。
下手にカバンに入れて潰すわけにはいかない。
「ありがとう。お家でゆっくり食べるね」
「ああ」
「それと、そろそろ複眼は隠そ?」
「わかった」
グリードは素直に従った。
複眼がシャッターで隠れて見えなくなる。
「じゃあ、帰ろうか」
「ああ。駅まで送ろう」
私はステーションの利用料を支払い、敷地を出た。
しばらく黙って歩いていたが、気付いたことが頭に浮かび、たずねることにした。
「ねえ」
「何だ」
「このドラヤキ、もしかしてさっきの仕事の最中に頼んだ?」
「そうだ。君は集中しているようだったから、その間に頼んだ。サプライズになっただろうか」
「うん、バッチリ。いろんな意味でね」
「なら良かった」
良くねぇよ。
この多脚ロボ、油断も隙もありゃしねぇ。
いや、脳天気すぎる私にも問題はあるか。
これからは、もう少し注意力を働かせよう。
内心で気合いを入れる。
「私の周囲は和菓子好きの人が多く、そのドラヤキは中でも評価が高い。君の口にも合うといいが」
そのグリードの言葉に閃くものを感じた。
思うより先に声が出る。
「あのさ、グリードのその頭って──」
もしかしてドラヤキが元になってるの?
聞こうとして、反射的に口をつぐんだ。
もし本当にドラヤキだったとしたら?
自分の立場が、何となくちょっと塩っぱくて切ないなと思ったからだ。
「私の頭部がどうかしたか」
「や、何でもない」
……真実は闇の中に葬っておこう。
人は辛い真実だけでは生きていけないのだ。
グリードの問いかけに、私は笑ってごまかした。
<お返ししてお返しされた 完>