イベント二日目にして最終日になった。
私の体調と肌の調子は今日も絶好調だ。
支度を済ませて、昨日より一時間早く会場入りした。
というのも、スーツの調整があるため早めに来てほしいと連絡があったからだ。
挨拶をして控室に入ると、ラーションさんたち技術者さんたちが揃って待ち構えていた。
その表情はみんなして鬼気迫るものだった。
「お、おはようございます」
「おはよう、カリヤさん! 結果から言うとレギュレーションギリッギリのカリヤさん専用スーツになっちゃった!」
完徹したのだろう、目が血走りテンアゲ状態でマネキンに着せたスーツを指し示すラーションさん。
私はその状態に内心怯んだ。
「あの、徹夜したんですよね。街から注意は」
「ここにいる全員受けたよ! 人数がアレだから社長にも警告がいってるね! でも大丈夫! ちゃんとゴメンナサイして始末書も書いたから!」
ラーションさんは親指を立てて笑顔全開で応える。
この人たち、徹夜の常習犯なのでは?
何かこの状況に慣れているように感じた。
「最終調整するから、まずは着替えてきてくれる?」
「わかりました」
言われるがまま私はスーツを更衣室へ運び、インナースーツを着てパーツを装着した。
着心地は昨日と変わりはない。
相変わらず上乳が強調され、ウェストパーツのハイレグデザインがちょっと恥ずい。
鏡とホロで全身を確認し、ヘッドパーツを抱えて更衣室を出た。
今のところ異常なし。
控室に直行し、ラーションさんたちが見守る中、ヘッドパーツを装着した。
リンケージ特有の刺激に顔をしかめる。
中々慣れないなー。
リンケージは無事に完了して、真っ暗だった視界が一気に明るく開けた。
すぐさま周辺状況の解析が行われ、視界の端にそのデータが表示される。
ラーションさんが私をのぞき込んでくる。
「どう? 今のところ異常はなし?」
「大丈夫です」
「データ上でも異常はありません」
「よし! じゃあステージに上がって動いてもらえる? 異常があったらすぐに言ってね」
「はい!」
私はステージに向かって歩き出した。
普通の歩行は問題なし。
そしてステージに上がった。
周囲のブースを見渡すと、準備に追われている人たちが動いているのが見えた。
「じゃ、自由に動いていいですか?」
「うん。できれば昨日スパーリングや演武と同じくらいの動きがほしい」
「わかりました。徐々に負荷上げてきます」
私は準備運動をし、軽くシャドウから始めることにした。
パンチパンチパーンチ!
……うん、今んとこいいんじゃね?
体が温まるまで続けて、腰を落として構えを取った。
目の前にシールドを構えたカールソンさんがいることをイメージしてパンチを繰り出す。
ん! 昨日と違った手応えを感じる。
スーツが私のボディにしっかり付いてきてくれている感覚。
その後もパンチとキックの連打を繰り出した。
すごいすごい!
絶好調だ!
これなら、今日のパフォーマンスは何の心配もなくできそう。
一息ついたところで、ラーションさんが声をかけてきた。
「スーツの調子はどう?」
「バッチリです! すごい! 昨日とダンチです!」
「よおっしゃあ!!」
ラーションさんはガッツポーズをとり、他の技術者さんたちも笑顔でハイタッチしたり握手をしたりしていた。
でもそこはお仕事。
すかさずデータを取得し、細かい調整を行う。
一度ヘッドパーツを外し、タオルと飲み物をもらって休憩を取った。
「本番に支障がない程度で本気で動けそう?」
ラーションさんとしては、技術者としてスーツを完璧に仕上げたいのだろうけど、中々難しい注文だ。
正直な人だな。
私は苦笑しつつ頷いた。
「じゃあ、もう少しがんばります」
「ありがとう。それじゃ五分後にまたよろしくね」
五分の休憩後、改めてスーツの調整のために体を動かし続けた。
動けば動くほどしっくりくるのがわかる。
「おはようございます。カリヤさん、動き、凄いことになってるね」
カールソンさんがフル装備でステージにやって来た。
私は動きを止めてカールソンさんに頭を下げた。
「おはようございます! ラーションさんたちが頑張ってくれたおかげで、昨日よりも調子いいです!」
「そう。今日のパフォーマンス、楽しみだよ」
ヘッドパーツをつけているので表情は見えないが、それでもあの素敵な笑顔を浮かべているのが想像できて嬉しくなった。
するとラーションさんがカールソンさんにニヤリと笑った。
「カールソンさん、今日のカリヤさんは一味違うよ。油断していると食われるよ」
「忠告、ありがたく受け取っておくよ」
私はカールソンさんたちが見守る中、身体を再び動かし始めた。
十分ほど動いてスーツの調整を終え、私達は控室へと戻る。
マリーさんとウォンさんも混じえて今日の打ち合わせをし、開場に合わせて私とカールソンさんはブースの前に出た。
「さあ、今日がラストだ。昨日以上に楽しくいこうね」
「はい!」
開場のアナウンスが流れ、周囲から拍手が沸き起こる。
そして見学者たちがゾロゾロと会場へと入ってきた。
人の流れはやはりマハタリを始めとした有名な会社へと向かっていく。
そんな中でも真っ先にこちらへやってくるロボットがいた。
「グリードさんだ。今日も来てくれたんだね」
カールソンさんが隣でひっそりと言う。
「はい。あのレーナさんは?」
「レーナは今日は一日仕事だから来ないよ。ていうか、昨日グリードさんへの謝罪メールを書くのに徹夜して、街の注意を受けてた」
レーナさん……。
「グリード、謝罪はいらないって言ってたけど」
「レーナにとっては一大事だから」
カールソンさんは苦笑した様子だった。
そしてグリードが私達の前にやって来た。
「おはよう、ナナミ、ミスター・カールソン。今日がラストだな。悔いのない仕事ができるよう願っている」
「はい、ありがとうございます」
私達は揃って頭を下げた。
「午後はアイラたちも来るそうだ」
「はい。知ってます」
アイちゃんと、その彼氏のユーゴさん。
ユーゴさんの部下のジョンとニコラさんとフラヴィオさんも来るとのこと。
「午後は彼女たちと合流して見学することになっている。私は午前のパフォーマンスまで場内を一通り回ってくることにしよう」
「はい、行ってらっしゃいませ」
そうして去っていくグリードを見送る。
グリードに釣られたのだろう、二刃のブースに人がボチボチとやって来た。
さあ、暁の王になるぞ!
私達はポーズを決めると、早速見学者の撮影が始まる。
午前のパフォーマンスまで私達は見学者の呼び込みを続け、そして午前のパフォーマンスの時間となった。
ステージが光に彩られノリの良い音楽が賑やかに鳴り響く。
見学者がステージ前に集まってきた。
私はスーツに、トレーニング用のシールドを装着し、ブースの袖からステージの見学者を確認した。
……心なしか女性が多いように思える。
昨日のネットの情報でカールソンさんの美貌を聞きつけたのだろうか。
すると、社長のマリーさんが私の隣に立った。
思わず背筋がピンと伸びる。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です、カリヤさん。今日は女性の見学者が多く来ていますね。やはりスーツを着ていてもカールソンさんの美貌は隠しきれませんか」
「……それ、狙っているんですよね」
私が恐る恐る言うとマリーさんはにっこり笑って頷いた。
「もちろんです。小型パワードスーツのモデルは未経験とのことでしたけど、彼のカリスマは本物です。それを見込んで、頑張って口説き落としました。雇うことができて本当に良かった。弊社は女性の顧客が非常に少ないですから」
今までの二刃さんのパワードスーツは、本当に作業用の色気も何もないデザインだったからなー。
女性のファンが少ないのは理解できる。
マリーさんの目論見は見事当たったというわけだ。
「カールソンさんの準備完了しました」
技術者さんが言い、フル装備のカールソンさんがこちらへやって来た。
……昨日よりも気合が入っている印象を受けた。
マリーさんがニコニコとカールソンさんを迎える。
「あらあら、カリヤさんが絶好調だから、火がついたようですね。いいことです」
「朝のカリヤさんの動きを見て、昨日以上のパフォーマンスを演じないと王になれないと思ったので」
「ええ。カリヤさんのスーツは街の警告と引き換えに、弊社の技術力で最大限にまで引き上げています。……貴方の限界を超えた先を見せてください」
「はい!」
カールソンさんはマリーさんの言葉と態度に怯むことなく、力強く頷く。
強い!
何度も思ってきたことだけど、本当にカールソンさんは強い。
眩しいな。
カッコイイな。
ますますファンになっちゃうじゃんか!
思わずファンモードになりそうになるが、カールソンさんの視線を受けてそれは即座に引っ込んだ。
「じゃあカリヤさん、よろしくね」
「はい! こちらこそよろしくです!」
ステージでMCさんがパフォーマンスの開幕を告げると、ステージ前から大きな拍手があがった。カールソンさんに続いて私もステージへと上がる。
熱心な女性見学者に混じって最前列にグリードがいた。
ん? 両手に何か持っている。
あ! ファンがよく持っている電子ウチワだ!
電飾で光り輝き、文字が華やかにライトアップされている
『ナナミ、大好き♡』
『ナナミ、いつもありがとう!!』
グリード、昨日作ったのかな。
可愛いウチワと作業用多脚ロボットのミスマッチぶりよ。
集中力が失せそうになるが、対峙したカールソンさんの気迫に私は気が引き締まった。
カールソンさんを暁の王にする。
それがこのパフォーマンスにおける私の役割だ。
でも、ほんの少しでも気を抜いたら取って食われる。
私もまた、暁の王でなくてはならないのだ。
昨日の比ではないカールソンさんの気迫に、私は怖じ気づきそうになる心を叱咤する。
頑張れ私。
グリードも応援してくれている。
負けるわけにはいかない。
私はシールドを展開し、腰を少し落として構えた。
さあ、来るがいい、暁の王とやら。
私も王として、そなたの全てを受け止めてみせよう。
イメージの芯にいるカスティタスが冷たく笑いながら言う。
相変わらず影響されまくりで我ながらキモいが、上手くイメージできている証でもある。
そしてMCさんの合図と共にゴングが鳴った。
早速カールソンさんの攻撃が始まる。
む!? 昨日よりも動きが良くなっている!
攻撃の全てに無駄がなく、洗練されたものになっている。
もしかして昨日の仕事が終わったあと、急遽トレーナーのリーさんと練習したのかな。
だけどここまでレベルが上がっているのはどういうことだ?
重く鋭い攻撃を受け止め続けて気付く。
カールソンさん、昨日も本気だった。
だけど想定外の成果を上げる私を見て、闘志に火がつき、カールソンさんの実力以上の力を引き出しているんじゃないか。
凄い! さすがはスーパーモデル!
激烈な競争社会を生き抜いてきた生粋の負けず嫌い!
まだだ。
カスティタスが、私の暁の王のイメージが厳かに言う。
私にはまだ余力が残されている。
そなたの動き、目で追えているぞ。
私は素早く距離をとり、昨日マハタリのパフォーマンスで見た仕草をやってみた。
挑発の仕草だ。
観客が大きくどよめく。
カールソンさんの動きが一瞬固まったが、次の瞬間には先程以上の気迫をたぎらせてきた。
凄まじいプレッシャー!
震え上がる自意識を、カスティタスのイメージにしがみついてやり過ごす。
猛烈な攻撃が始まった。
しかし、ここでカールソンさんの身体とスーツのバランスが崩れたのを感じた。
昨日の私と同じだ。
身体は絶好調なのにスーツがそれについていけていない。
カールソンさん、さぞもどかしい思いをしているだろう。
観客は盛り上がっているのに、この機会を逃すのは痛い。
カールソンさんの気迫とは裏腹に、スパーリングは無難な形で終わりの時間を迎えた。
私は一礼をしてステージを降り、ブースの袖へと引っ込んだ。
控室へ行くと、皆が笑顔で拍手して出迎えてくれたが、技術者のラーションさんたちの表情は苦いものだった。
「カリヤさん、スーツの調子はどう?」
「私は問題なかったですけど、カールソンさんの方が」
「だよねー」
やっぱり気付いていたか。
ラーションさんたちは、ステージを映すモニターへ視線を向けた。
演武を行うカールソンさん。
先ほどの気迫はそのままに、演武をするカールソンさんはカッコ良かった。
だけど、身体とスーツのちぐはぐ感は、わかる人にはわかるレベルのものだった。
すぐに調整が必要だろう。
「カリヤさんに引っ張られる形でカールソンさんも昨日以上に好調になったから、スーツの反応速度が追いつかなくなっているんだな。あとで調整しないと。あ、カリヤさんさんのデータ、取っておいて」
ラーションさんの指示で、データの取得が行われる。
私はモニターを見ながら、もどかしい思いをしているであろうカールソンさんを思う。
悔しいだろうな。
調整で午後のパフォーマンスが満足なものになればいいけど。
こうして私の午前中のお仕事は終わった。
一時間の休憩だ。
そしてカールソンさんの演武も終わり、カールソンさんが控室に戻ってきた。
皆が拍手で出迎え、ヘッドパーツを取ったカールソンさんも笑顔で応じていたが、ラーションさんと話すその顔は厳しいものだった。
やっぱそうなりますよねー。
カールソンさんのデータの取得をした結果、カールソンさんのスーツは午後のパフォーマンスの時間まで調整を行うことになった。
私のもとへ来たカールソンさんは笑顔を向けた。
「ゴメンね、カリヤさん。一人にしちゃって。でも今のカリヤさんなら大丈夫だから」
「はい。がんばります!」
あ、そうだ!
謝らないと!
「あの! カールソンさん!」
「ん?」
「さっきのスパーリングの時、挑発の仕草をしてしまってすみませんでした! 昨日、マハタリのパフォーマンスを見たときにやっていたのを見て、やってみようかと思って」
「ああ、そうだったんだ」
カールソンさんは納得したように笑った。
「そこは全然気にしてないよ。むしろ場が盛り上がったから大丈夫。むしろ僕のほうがついていくのがやっとの状態で申し訳ないくらいだから」
「そんなこと」
「あるんだな、これが」
カールソンさんは苦笑した。
「可愛い後輩だと思っていたら、昨日で一気に並び立った上に、動きは明らかに君のほうが上だからね。これでもプレッシャー感じているんだよ」
可愛い。
可愛い!!
わーい! カールソンさんに可愛いって言われたー!!
じゃなくて!
私がカールソンさんにプレッシャーを与えているとは。
ちょっと信じられないけど、嘘やお世辞をついているとは思えない。
カールソンさんは表情を真面目なものに改めた。
「午後のパフォーマンス、遠慮はいらないからね。この会社のためにも、そして僕のためにも、本気でぶつかってきてほしい」
その真剣な表情はちょっと怖いくらいだったけど、私はその気持ちに応えたいと思った。
「はい! 全力でいきます!」
私はカールソンさんを信じ、力強く宣言したのだった。