そして次の日曜日。
ドームに映し出される空は穏やかそのもので、気持ちよさそうに雲が流れている様を映し出していた。
風も気持ちよくそよいでいて、お出かけには絶好の日和だ。
しかし、私はそんな穏やかで平和な街とは無関係の地下施設にいた。
場所は一鍔重機本社の真下にある大型パワードスーツの試験場。
直径五キロ、高さ二キロほどの広大な空間だ。
私はそこで一鍔重機の誇るファースト・スターに乗って待機していた。
理由は試乗のためだ。
もちろん買う気はない。
買ったら最後、私の生活は破綻する。
でもグリードには、日頃から本当にお世話になっていて、何か恩返しができればいいなと思っていた。
それで思いついたのが、ファースト・スターの試乗だった。
グリードは試乗の話をするたびに私をファースト・スターに乗せたがっていて、数日前に試乗の話をしたら、やっぱり勧めてきたのだった。
で、私としては、それに応えることで恩返しをしようと思ったのだ。
何でグリードが私をファースト・スターに乗せたがっているのかは予想がつく。
データの収集だ。
私は普通の人よりもちょっぴり器用に大型を動かせるものだから、そのデータを収集して研究に活かしたいと思っているのだろう。
それはいいんだけど、胸がモヤつくこともあって……。
「ファースト・スター、システムスタンバイ」
グリードの声によるアナウンス。
私が乗るからと、グリード自らがこのファースト・スターのAIとしてサポートしてくれることになった。
三百六十度の円形モニターに、目まぐるしく文字や数字が流れていく。
「
「うん。グリード」
「どうした? 何か異常があったのか?」
「ううん。あのさ、私のデータなんだけど、……軍需産業にも携わる一鍔さんにこんなこと言うのあれだけどさ、できれば、平和的な理由で利用してほしいなって」
モヤモヤの理由を、私は小さく笑って言った。
本当は軍事目的で私のデータを使ってほしくない。
人や物を傷つけるために使ってほしくない。
でも、地位もお金も持っているグリードが喜ぶものは、私のデータしかないのも事実だ。
や、グリードはAIで心はないから喜ぶも何もないけど、グリードの会社が発展することは、グリードの使命『人を救い、幸福へと導く』を果たす要素の一つになるのではないか。
それは、グリードにとって幸せにつながるのではないかと私は思った。
私はグリードに幸せになってほしいのだ。
「ナナミ、君はそのことを心配していたのか」
アナウンスするグリードの口調が、心なしか悲しげに聞こえた。
「今日の試乗はデータ収集が目的ではない。ファースト・スターの魅力に触れ、体験することで君に好意をもってもらうことが目的だ。君が現実的な理由から購入しないことはわかっている。だが、弊社にとってファースト・スターは平和と開拓の象徴であり特別なブランドだ。だから君に」
「えー、話の途中ですが失礼しまーす」
グリードの言葉を遮るように、白衣を着た濃い褐色の肌で年配の男性と声がモニターに表示された。
……あ、この人、見たことある。
「ドク」
「お前さんが回りくどい言い方をしてるから見かねて出てきたの。……カリヤさん、今日の僕らは外からの観察だけです。リンケージしているならともかく、マニュアルじゃ僕らの欲しいデータは取れないんで」
「あ、えと、……バルマさん?」
「覚えていてもらえて何よりです」
バルマさんはシワの多い顔に人懐っこい笑みを浮かべた。
ディネーシュ・バルマさん。
一鍔重機の重機及びAIの研究室長さんで、グリードの調整をしている、とっても偉い研究者さんだ。
私とグリードが親密になるにつれて、私や周囲の人の個人情報が一鍔さんに知られることが多くなった。
私たちはそれを心配し、一鍔さんと個人情報やその他諸々の契約を交わした時に会った人である。
バルマさんは白い歯を見せて笑った。
「なので、今日はカリヤさんの好きなように動かして、ファースト・スターの乗り心地を楽しんで下さい。我々が言うのも何ですが、ファースト・スター、本当にいい機体ですよ」
「……はい。わかりました」
バルマさんの言葉に、私は一拍おいて頷いた。
我ながら硬い声だと思った。
バルマさん、この街の管理AIのトニーちゃんに似ているなと、私は思っている。
もちろん、姿形ではなく中身のことで、初めて会ってお話した時の印象からだ。
明るく朗らか、お茶目なところもあるおじいちゃん先生。
でも、私の直感はそれを否定する。
この人、本当はとても怖くて油断のできない人だと。
そうでなきゃ、今の地位にいることなどできない。
トニーちゃんもそういう性格設定だ。
それでもトニーちゃんを信頼しているのは、トニーちゃんはグリードと同じ使命をもっている上に、ロボット工学三原則によって人に危害を加えないことが明確だからだ。
だがバルマさんたち、人の研究者はそうではない。
漫画やアニメで出てくる研究者や技術者、真理や好奇心のためならいくらでも無茶のできる生き物だと描かれることがとても多い。
もちろんそれらはフィクションであり誇張されて表現されているだろう。
でも、一面の真実は捉えているんじゃないかって。
だからいざとなれば、
…………。
……ひとまず動かそう、歩こう。
さすがに不審に思われる。
私はレバーを手にし、フットペダルに足を乗せた。
そして慎重に操作をしてファースト・スターの左足を動かす。
地に足がついた瞬間、周囲の風景に色がついた。
晴れ渡る青い空と広大な草原が四方八方に表現されている。
わあ! すごいな!
「灰色の何もない風景の中を歩いても楽しくはないだろう」
グリードが言う。
「サージュテックの光学技術には及ばないが、少しは風景も楽しんでもらえるといいのだが」
……ロボに気遣われている。
そうだ。
少なくともグリードは、私を傷つけるようなことはしない。
むしろ守ろうとしてくれている。
いつもそうだったじゃん。
……うん!
バルマさんたちはともかく、グリードは信用しよう!
「ありがとう、グリード」
私は笑顔で答え、気を取り直してファースト・スターを歩き続けた。
去年、企業イベントで試乗した時も思ったけど、シリウスというか、ノーザンライツさんの機体と乗り心地が似ているんだよなー。
あの時、係員さんが相当研究したと言ったっけ。
……そろそろ走ってみるか。
私はファースト・スターを走らせてみた。
腕を振ってガシガシ走らせる。
お? 前は少し揺れたような気がしたけど、今回はあまり感じないな?
記憶違いか?
……じゃああれですよ、スキップしましょう、スキップ!
というわけで、私はファースト・スターをご機嫌にスキップさせた。
むむ! やっぱ揺れるな。
私はスーツ酔いしないから平気だけど、リンケージじゃないと酔う人多数だぞ、これ。
「ナナミ」
「ん? どしたの?」
「見学している研究者と技術者が驚いている」
「え?」
何に?
「リンケージならともかく、マニュアルでスキップさせるのは難易度が高い。そのため皆が驚いている」
「テストプレイでもやらないの?」
「やらない。戦闘時にスキップする場面がない」
「ああ、そっか」
戦闘用だもんね、ファースト・スター。
しかもリンケージが主流だし。
「スキップするとかなり揺れるよ。スーツ酔いする人、結構出るかも」
「君はバイタル、脳波ともに安定していることを確認。平気なようだな。報告しておく」
よし。
じゃあそろそろブースターを使ってみようかな。
と、警告のアラームが鳴り響いた。
ん?! 何だ?!
「後百メートルで行き止まりになる。そのため警告をした」
「危ね。ブースター使おうと思ってたから」
確かに目の前にはそびえるような岩の壁がそびえ立ち、モニターのマップを見れば前方は行き止まりになっていた。
「スキップで調子に乗り過ぎちゃった。ゴメン。気をつけるね」
「安全に楽しく乗ってくれ。それが私の願いだ」
グリードは私をすぐ甘やかす。
だからそのぶん、私がちゃんとしないとね!
私はスキップを止めて後ろを振り向いた。
「ブースター使うね」
「了解」
ブースターオン!
ゴーゴー!
ファースト・スターは地上を滑るように進む。
波の形や数字の八を描くように動いて、そしてジャンプして飛翔。
空中で一度静止し、おもむろに空を飛んだ。
そのまま曲技飛行を行う。
……うん! すごい!
やっぱり名機と謳われるだけあって、空中での動きも完璧そのものだ。
飛んでいて楽しいし、特に空中静止時の安定感はシリウス以上だと思う。
悔しい!
だが認めざるを得ない!
「ナナミ、やはり見学者の皆が驚いている」
グリードが淡々と告げる。
私は首を傾げた。
「何を?」
「先程も言ったが、君の操縦がリンケージによるものでなく、マニュアルであることがにわかに信じ難いことのようだ」
「でもマニュアルだよ。知ってるでしょ」
「承知している。だが、やはり稀有なこと故に、驚きを隠せないようだ」
「ふーん」
マニュアル、確かに操作はすごく忙しいし難しいけど、それが楽しいじゃんね。
だからいろんな動きを練習して、もっと上達できるように頑張ってるわけじゃん。
……そうだ、前に動画で見たアレ、やってみようかな。
私は地上に静かに降り立つと、ブースターで地上を滑るように走る。
そして両手を水平に上げて、右の足をグッと後ろへ持ち上げた。
そのまま姿勢を保持して滑り続ける。
そう、私はファースト・スターでフィギュアスケートの動きをしてみることにしたのだ。
技の名前はよく知らないけど、ステップからスピンを披露する。
うんうん、いい調子じゃん!
「俺は何を見せられているのだ、とドクが言っている」
「前時代に流行ってたフィギュアスケートだよ。知らない?」
「私もドクも皆が知っている」
「あ! もしかしてやっちゃダメだったやつ?」
「いや、構わない。続けてくれ」
グリードの了承を得て私は安心から笑顔になった。
「去年、シリウスがいた頃に動画サイトでおすすめされたのを見て感動してさ、休み時間に猛練習したんだよねー。会社の皆にお披露目した時、結構盛り上がったんだよ」
「……そうか。君の努力と勉強を欠かさない姿勢は素晴らしいことだ」
「好きだからね。もっともっと上達したいんだー」
私はご機嫌で言った。
ブースターで滑るように移動しながら、大きく滑らかに腕を動くように操縦をする。
そしてにわかにスピードを上げると高くジャンプした。
三回転して着地!
と、姿勢がグラついた。
「ナナミ」
私はグリードの呼びかけを無視した。
ここでバランスを崩すわけにはいかない!
頑張れ、ファースト・スター!
私も支えるから!
姿勢制御は、リンケージならAIの手を借りれるからお手軽だけど、マニュアルはパイロットの腕次第だ。
私は素早くこまめにレバーを動かし、ブースターの出力を調整してファースト・スターのバランスを整える。
そして、グラつきは収まった。
「ヨッシャ! 偉い! 頑張った!」
私は思わず声に出してファースト・スターの頑張りを称えた。
スピードを上げて姿勢を整える。
よし、もう一度チャレンジだ!
滑らかに柔らかく全身を動くように操縦をする。
小気味よいステップから軽くジャンプして屈んでスピン。
うふふふ、クルクルキレイに回われて楽しいな!
「ナナミは目は回らないのか?」
「回らないよー」
「そうか。スキップといいスピンといい、君は三半規管も強いんだな」
そして加速をつけて、再び三回転ジャンプに挑戦!
着地しつつブースターをふかせながら、姿勢制御に専念する。
……よーしよしよし! 今度は着地も安定できた!
凄い! よくやったファースト・スター!
そして私!
「検索した。アクセルジャンプというジャンプの中でも高度な技なのだな」
「へー、そうなんだ?」
「知らずにやったのか」
「スゴイな、キレイだな、カッコイイな、やってみたいなって思ったから、動画ガン見して、頑張って真似して練習したんだよ」
「そうだったのか」
さあ、フィニッシュを決めて演技は終わりだ。
猛スピードでクルクルスピンをしてピタリと止まり腕を上げてフィニッシュ!
しばし静止。
そしてポーズをといて、お辞儀をした。
ふー、楽しかった♡
さすがグレートスリーに選ばれる名機、操縦が楽しいね。
「グリード、試乗の時間はどう?」
「後一分十秒残っている」
これはもう切り上げていいかな。
一連の操縦でこのファースト・スターの素体の性能は把握できたし。
「じゃあこれで終わりにするね」
「了解した。お疲れ様だ、ナナミ」
私はファースト・スターを試験場の出入り口に向かって、のんびりと歩いて向かったのだった。
ファースト・スターを格納庫におさめて機体の外に出ると、グリードはもちろん、見学していた研究者さんや技術者さんたちが拍手で私を出迎えた。
てか十人以上? はいるじゃん。
何か多くね?
「ナナミ、ファースト・スターの試乗、改めてお疲れ様だ」
「こちらこそ貴重なお時間と経験をいただきまして、ありがとうございました。お粗末さまでした」
私はヘルメットを脱ぎ、みんなに向かってペコリと頭を下げる。
すると、グリードが私に近づくと私の右手を優しくとった。
「お粗末なわけがないだろう。謙遜のし過ぎだ。リンケージで精密な記録に残せないのが残念なほど、君の操縦は素晴らしかった。ここにいる見学者がその証だ。もっと自信をもってくれ」
窘めるような響きに、私は少しだけ眉をひそめた。
「でも、何十年もやってる人には絶対に敵わないよ。それにリンケージだったらこれくらい余裕っしょ」
「確かにそうかもしれないが」
「
グリードの横にバルマさんがやって来た。
「マニュアルでフィギュアスケートの動きを完コピできるテストパイロット、うちにはいないです。リンケージでもできるかどうか。ファースト・スター、あんなに表現力豊かに踊れる機体だったんですね。それを知ることができてとても嬉しいですよ」
笑顔で言うバルマさん。
「だからその操縦の腕、もっと自信もっていいですからね」
笑顔で褒めるその裏で、何か企んでいるような感じはなかった。
バルマさんは素直に私のこと褒めている。
そう感じた私は小さく笑顔を作ってみせた。
「はい。ありがとうございます」
するとグリードが軽く手を引いた。
「去年以来の試乗だったが、どうだった? 正直な感想を聞きたい」
「相変わらず操縦して楽しい機体だったよ」
私はニッコリとグリードに笑顔を向けた。
「ファースト・スター、リンケージを前提としているからマニュアル操作はノーザンライツさんと比べて難しかったけど、慣れの問題だと思う」
「一回目のアクセルジャンプの時に体勢を崩しかけたが」
「あー……回転ジャンプして片足で着地した時にグラついたね」
「あ、それは着地の足への負荷が大きくなるからですね」
技術者さんだろうか、横から口を挟んだ。
私は首を傾げる。
「でも、戦闘でそんな動きしないでしょうし、仮にやったとしても、リンケージならそれくらいの姿勢制御は楽勝じゃないですか?」
「……やったことがないからわからないです」
苦笑する技術者さん。
その言葉に見学者たちは揃って頷く。
「今度、あの五人にやらせてみるか」
バルマさんがイタズラっぽい笑みを浮かべながら言うと、皆は楽しげに笑った。
あの五人って、テストパイロットの人かな。
ま、プロなら余裕でいけるっしょ。
「私からの視点ではそれ以外は特に問題はないように思えた」
「うん。それは間違いないよ。さっきも言ったけど操縦していて楽しかった」
「そうか。それは良かった」
グリードの雰囲気がパアッと明るくなったような気がした。
絶対に気のせいだと思うけど、私はそう感じた。
「将来、君が出世して収入が上がったらぜひ、ファースト・スターも候補に入れてくれ。その時には、機体も更に進化をしているだろう。そうしたらまた試乗してほしい」
「うん。わかったよ」
「試乗、お疲れ様でした。本日はご来社いただきありがとうございました」
バルマさんが笑顔で言うと、見学者のみんなからまた拍手がおこった。
……何か、照れるな。
頬が熱くなるのを感じつつ、私は頭を下げたのだった。