ファントム・ラプソディア   作:ジグ

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初めまして、ジグと申します。
当作には、原作1~18巻、外伝(ソード・オラトリア)1~12巻、アストレア・レコード1~3巻のネタバレが含まれますのでご注意下さい。


1.幻影

 ───始まりの景色も、こんなものだったのだろうか。

 

 目の前に広がる惨状に、黒い影は濁りきった瞳で追憶を辿っていた。

 悲鳴と叫喚(きょうかん)が絡み合う喧騒(けんそう)の中、眼下の街は燃えている。

 地獄、と形容するのが一番それらしいのだろう。

 灰と化した地を時に甲高く、時に野太い叫び声を挙げながら逃げ惑う人達の表情は恐怖で満ちていた。その中には当然、老人や子供も混じっていて、身体能力で劣る彼等は、大多数の大人達に比べて足取りが遅い。しかし、そんな彼らを嘲けるかのように狂人達の哄笑(こうしょう)は響き、それと同時に無数の爆発が引き起こされる。

 惨憺(さんたん)たる光景だ。見るのも堪える戦場だ。

 一方的な侵略、理不尽とも呼べる蹂躙(じゅうりん)。弱者が幾ら嘆いても轟々と炎は燃え盛り、叫喚は絶えず、破壊は続く。

 そうして一人、また一人と、逃げ遅れた人々が燃え盛る街に呑まれていく中、火の手が回っていない家屋の上に、静観を貫く一人の影があった。

 

「……下らないな、本当に」

 

 我が身大事と息も絶え絶えに逃げ惑っていく人々にはその影を捉える事など出来る訳もない。

 身を焦がすような熱風に揺らめく漆黒のローブに全身を包む影は、炎天下の中を必死に走る彼らを見ては言葉を吐き捨て、外れかけていたフードを被り直す。

 もっとも、被り直したところでその奥の瞳すら見ることは誰にも叶わず、それは影の元へと屋根伝いに渡ってくる彼女が嫌悪感を剥き出しにした表情を浮かべる要因になっていた。

 

「───なーにが下らねえんだ、【幻影(ファントム)】? 雑魚どもを見下ろす暇があるなんて、お前も偉くなったもんだなぁ?」

「いや何、実際貴方と同程度には偉くなっているのだからな。これくらいはいいだろう、【殺帝(アラクニア)】?」

 

 誰にも視認されなかった影を捉えるのは、長外套(オーバーコート)を鮮やかな赤色に濡らして、桃色の短髪を靡かせる女だった。

 軽い身のこなしで彼我の距離を詰めた彼女は秒を待たず影へと挑発を投げるが、すぐ様彼に皮肉じみた言葉を返されて、わかりやすくその表情を歪める。

 

「ちッ……相変わらずムカつく野郎だ、テメェが仲間じゃなけりゃすぐにぶっ殺してる所だってのに」

「それは怖い、神さえ恐れる殺人鬼に狙われたくはないものだ。いやはや、貴方と同じ組織に所属していて良かった」

「その胡散臭ぇ芝居みてぇな話し方もやめろ、いつかその顔が見えた時はぶん殴って殺すからな」

「ああ、ならば貴方には今後絶対に顔を晒さないようにしよう。残念だったな、【殺帝(アラクニア)】」

 

 のらりくらり飄々(ひょうひょう)と、ギルドの要注意人物(ブラックリスト)に載るような狂人を相手にしても影はただ風に揺らめくのみでその冷静を崩さない。

殺帝(アラクニア)】───ヴァレッタ・グレーデが睨む影のフードの奥には瞳どころか髪糸一本無く、そこにあるのはただ吸い込まれるような昏迷の闇だけだ。常人であれば卒倒ものの光景だが、見慣れてしまった彼女はむしろ苛立ちを覚えるようで、不快感を隠しもせずに屋根の瓦を蹴っている。

 

「それで、見知らぬ誰かの家宅破壊に勤しむのはいいが、そろそろ用件を聞かせてくれないか? わざわざ私の元に会いに来るような物好きでもないだろうに」

「はっ、よくわかってんじゃねぇか。お前との逢瀬なんざ死んでも御免だっての」

「奇遇だな、私も貴方が傍に居るなど耐えられたものでは無い。想像するだけで苦痛を覚えそうだ」

 

 冗談にしては(いささ)か内容が物騒すぎるものの、こんなものは最早二人の間ではこなれた軽口に過ぎない。零す言葉の勢いそのままに、ヴァレッタは乱雑に手に持つ文書を影へと投げる。

 それを難なく、手の代わりにローブの袖で吸い込むように受け取った影はそのまま丸く束ねられた文書へと視線を落とした。

 

死神(タナトス)からだ。こんなの普通なら下っ端にでも任せるんだがな、私が運んできたってことはそういうことだ」

「……なるほど。確かに珍しいな」

 

 闇派閥(イヴィルス)を束ねる神々の中でも上位に属する男神(かみ)直々の文書という事実を聞いて、微かに纏うローブが揺れたが特段その声色は変わらず、封蝋(シール)が開けられた様子が無いことのみを確認すると、すぐに懐へとソレを仕舞った。

 

「開けないのか? 特に開けるな、なんて命令は受けてなかったけどよ」

「後でいい。どの道、今は別の役割が与えられている。この文書の内容でどうこう動くことはないからな」

「ほー……ま、その件についちゃ私はもう知ったことじゃねぇ。お前の好きにしろ」

「ああ、そうさせてもらう。それに、そろそろ時間だ。私はもう動くぞ」

 

 影が再び市街に目を向けると、眼下に殺到していた筈の人混みはすっかり無くなっていた。

 耳を(つんざ)くほどに聞こえていた悲鳴も今は遠く、代わりに家屋が隆々と勢いを強めていく炎によって残酷に焼け朽ちていく音が聴覚を支配している。

 

「なら私も行くかァ、今日という今日はあの野郎の顔を歪ませてやる……ひひ、ひひひっ!」

「貴方は指揮官じゃないのか……? まあ、貴方の指揮系統に加わっていない私の知ったことではないが、【勇者(ブレイバー)】であれば街の北東部で指揮を執っている」

「本当か!?最高の情報だ、【幻影(ファントム)】! 待ってろよッ、フィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンッ! 」

「構わない、これが私の役割だか──ら……ああ、もう行ってしまった。アレでよく普段指揮など出来るものだな」

 

 途端に喜色を滲ませた声を挙げたヴァレッタを見送ろうとしたものの、瞬きの後に彼女は市街へと降りて影の視界から外れた。

 暴風、あるいは厄災そのもの。

 視界には見当たらないが、もし逃げ遅れた人々がまだ居たとするのならば失禁すら催しそうな勢いで疾走していった彼女だったが、影も影で呆れたように溜息を吐いた後、すぐに家屋の上から姿を消した。

 付近の路地にも屋根の上にも浮遊するローブは確認出来ず、ついぞ誰も捉えられなくなった彼の現在地はちょうど先程まで立っていた家屋のすぐ後ろの路地裏だ。

 陽の光もろくに射し込まず、燃えるものもない為に火の手も広がっていないその場所には当然何もめぼしいものはない。

 もしこの場にヴァレッタが残っていれば、それこそ何をしていると正気を疑われただろう。

 しかし、意図的に彼女を追い払った彼は、静寂だけがある閑散とした空間で一人佇み、そして──

 

「───よし、“もういいぞ”」

 

 静寂の中に、指鳴りの音が響く。

 微かな魔力反応を放出すると同時、誰にも見えない場所で一人影は呟き、その姿を変える。

 そうして、蛍光の如き輝きを放って霧散するローブから、一人の青年が現れた。

 くすんだ灰色の髪に、濁った銀色の双眸、そして、褪せた黒色を基調とした戦闘衣(バトルクロス)

 そのどれもが先程までヴァレッタが認識出来なかった、どれだけ睥睨しようとも見ることが叶わなかった彼の本当の姿だ。

 

「…………だからもういいぞ。あの女は【勇者(ブレイバー)】の元まで全力疾走中だ。ここに部下を置いていくなんて真似はしねえよ」

 

 先程の芝居がかった話し方とは打って変わって、見た目通りの歳相応な砕けた口調だが、先程から返る言葉が無いと思えば一つの方向に視線を向ける。

 瞳の先にあるのは、ただでさえ普段から人通りの無い路地裏でも、更に誰も利用しないような狭く廃れた埃被りの通路。

 当然今も人影一つ見えないのだが、彼から言葉が投げかけられ数秒が経つと、やがて空間に陽炎の如き歪みが生じる。ぐにゃり、と青年の視界が曲がってはうねり、そうして現れたのは暗かった色彩を埋める蒼光だった。

 

「───いや、すまないアクティス君。ここからじゃ周囲の状況なんて全くわからないんだ、多少の警戒をするのは当然の事だろ? 」

「いつも周囲の確認くらいはしてるっての。……というか、それだけ用心したいんなら毎回アンドロメダだけでいいって言ってるだろ、ヘルメス」

「おいおい、何を言ってるんだ、アクティス君! この(オレ)が───ヘルメスが! 全くリスクのない安全圏で見守るなんて事をする訳ないじゃないか!」

「…………おい、どうせそこに居るよなアンドロメダ。一発ぶん殴っても多分許されるぞ。というか殴ってくれ、頼む」

 

 空間の歪みから現れたのは、ネズミや虫が巣食うような汚い路地裏には到底似合わない、橙黄色の髪を揺らす容姿端麗な男神(おがみ)の姿だった。出会い頭早々、飄々とした素振りで青年──アクティス・グレイを弄んでいるヘルメスだったが、どうやら背後に迫るナニカ(殺気)を察知したらしい。優男を装った表情は消え、一転して焦った様に身体を翻すと、元々ヘルメスが居た場所にはもう一つの蒼がその色彩を取り戻した。

 

「……こういう時だけ勘が良いんですから、全く。すみません、グレイ。私も今殴る事が出来ればスッキリしたんですけどね」

「は、はは………おいおい、今かなり本気だっただろ、アスフィ……? アクティス君の冗談に付き合う必要は無いんだぜ?」

「冗談じゃねえし、アンドロメダのは普段からの私怨も籠ってただろ。焦った反応見れただけで俺は満足したけど」

 

 溜息と共に空振りに終わった拳を降ろすのはアスフィだった。ヘルメスと隣に並んでも見劣りしない美貌を誇る女性であるのだが、その眉間には皺が寄り、表情は苦労で満ちている。陽光を反射して煌めいている蒼の双眸にも陰りが見える中、その虹彩が映すヘルメスの額には汗が滲み、彼女の本気(マジ)の殺意に怯えているようだった。

 

「オレってそんな君達から恨み買うような事したかい……?」

「俺にはともかく、アンドロメダには幾らでもあるだろ?」

「ええ、それはもう。毎日毎日毎日、毎日変わらず振り回されていますね、本当に」

「ほらな? これだけ不満溜まってんだぞ、偶には休ませてやれよ、ヘルメス」

「う、ぐ……っ、な、なら、明日にでも休みを……」

「明日はヘルメス様に託された仕事がありますが?」

「うわぁ……」

 

 ヴァレッタと交わすそれとは違う、軽快な言葉の応酬が続く。揶揄うような声色に、にやりと吊り上がった口角。先程、一歩間違えば顔面が歪みかけたヘルメスの笑みは引き攣っているものの、アスフィと共に彼を挟むアクティスの表情は一転して明るいものだ。

 

「あ、あ〜、アクティス君? そんな話より、さっき貰っていたソレはタナトスからだったんだろう? 」

「……神とは思えねえ下手な誤魔化し方だな、おい。いつも通り、俺宛の指示書だ。男神(タナトス)直々ってとこは違うけどな」

「へぇ、よほど重要な事でも書いてあるのかな。まあ、どちらにせよやることは変わらないか。アスフィ、検査を頼むよ」

「はいはい、わかっています。全く、いつも紙一重な橋を渡りますね、グレイ」

「それはお互い様だろ? ……いやまあ、アンドロメダは巻き込まれてる側か」

「アクティス君、これ以上アスフィを煽らないでくれないか? 主にオレの身が危うくなるんだ」

「知るか。嫌なら大人しくホームに篭ってろって話だ」

 

 目の前にいる神物(じんぶつ)を神とすら思わないようなアクティスの不遜かつ的確な正論の(パンチ)は見事にヘルメスに痛打(クリーンヒット)、「オレに味方は居ないのか……?」と打ちひしがれ、それ以上は喋る事もなく遠い空を仰ぐのみとなった。

 そんな主神を他所目に、アスフィは拡大鏡(ルーペ)の形を模した『魔道具(マジック・アイテム)』を用いて託された仕事を淡々とこなし、分を待つことなく、検査を終えた文書をアクティスへと返却する。

 

「終わりましたよ、グレイ。封蝋(シール)神血(イコル)魔道具(マジック・アイテム)の痕跡があります」

「……げ、久しぶりに仕掛けられてたな。それで、効果は?」

神血(イコル)が肌に付着すれば、それを経由して魔道具(マジック・アイテム)の所持者に神血(イコル)を洗い流しでもしない限り、ずっと居場所がバレ続けます。恒常的かつ遠隔的な追跡といえばわかりやすいでしょう」

「……面倒臭え上にめちゃくちゃ遠回りな手段だな、おい」

「ええ。ですが、()()()()()()()()()()()()()()。もっとも、仕掛けがバレてしまえば意味が無いですけどね」

 

 一見すればただの文書を留めるだけの赤い封蝋(シール)。文書の中身を確認する時に、当然その封蝋(シール)に触れるのだから、文書へ施す仕掛けとしては狡猾だがこれ以上無い程最適だ。

 ただそれは、事前に対処する方法が無ければ、の話ではあるが。

 アクティスは、タネが割れてしまった封蝋(シール)を丁寧に切り離し、燃え盛るその辺りの家屋へと細心の注意を払って投げ捨てた。

 

闇派閥(イヴィルス)も未だ君には警戒心を抱き続けてる、って事だね。【殺帝(アラクニア)】はともかく、【白髪鬼(ヴェンデッタ)】は君をあまり良く思っていないんだろ?」

「主神も不明、素顔も不明で声は魔道具(マジック・アイテム)越し、それでいて自分よりも等級(レベル)が高い。まあ、こんな要素が揃ってたら、あの狂信者の気持ちもわからねえことはねえけどな」

闇派閥(かれら)に疑われない程度には仕事をしていても、それじゃあ怪しさは拭えないのは確かだ。……それに実際、君はあちら側ではないからね」

「誰があんなイカれたクソ共に賛同しなきゃいけねえんだよ。オレがあのゴミだめにいるのは、オレの目的を達する為だけでしかねえ」

 

 そう吐き捨てるアクティスの瞳には憎悪が宿っていた。

 蹂躙されたオラリオを一瞥しては、静かに拳を硬く握り締める。

 闇派閥(イヴィルス)への怒りもあるが、それだけではない何か。

 その感情の正体を知るヘルメスは、おもむろに彼の肩に手を置き、頷いた。

 

「わかっているさ、アクティス君。君の思いも、君の目的も知っている。ただ、それをオレ達は利用しているだけだ。それも、ギリギリの綱渡りを強いてまで」

「…………いいんだよ、ヘルメス。俺もこの役割は嫌いじゃねえ。ちゃんと対価も貰ってるし、色々と有名派閥の伝手も出来てるしな。悪くねえよ、闇派閥(イヴィルス)密偵(スパイ)ってのは」

 

 構成員、活動領域、その大半が謎に覆われた闇派閥(イヴィルス)の実態。それを探る為に数多の危険(リスク)を承知の上で内部に潜入し、情報を持ち帰る密偵(スパイ)が、アクティスに課せられた役割だった。

 封蝋(シール)の件に似た事例は以前にもあり、完全に信用を得ている訳でもないが、闇派閥(イヴィルス)の中でも一定の立ち位置は獲得し、その情報収集も現在では滞りなく行えている。

 特に、先程物騒な会話を繰り広げたヴァレッタには、苛立ちはされど疑われる様子は無く、闇派閥(イヴィルス)の指揮官として、アクティスから与える情報を信用しているようだ。

 ただ、それは主に彼女の宿敵である一人の小人族(パルゥム)の情報を中心に流しているという理由もあるのだが。

 

「まあ、毎度の如く【勇者(ブレイバー)】にあの女を押し付けんのは悪いと思ってるけどな」

「ははは、どうだろうね。むしろ彼も自分の名声を稼ぐのに丁度いいと思っているかもしれない」

「有り得る、って言えるくらいには内情を知ってるのは良い事なんだろうな……」

 

 闇派閥(イヴィルス)の襲撃を易々と跳ね除けるオラリオの希望。

 単純(シンプル)かつ高潔な二つ名とは裏腹に、腹黒い強かさを内に持つ都市最大派閥の首領なら、そんな民衆からの評価を受けられる事すら計算に含み、何ならついでに団員の経験値(エクセリア)も稼ぐ事も出来て一石二鳥だと考えている可能性も大いにある。

 ともすれば数秒前の懸念は無駄だったのかもしれないと、ヘルメスの指摘を受けたアクティスは苦笑い。しかし同時に自分の仕事を思い出したようで、戦闘衣(バトルクロス)の裏に潜ませていた手紙を取り出し、ヘルメスへと差し出した。

 

「ヘルメス。そうだった、これをフィンに。今度の闇派閥(イヴィルス)の襲撃予定とか、諸々の情報を書いてある」

「ああ、確かに預かった。アスフィ、頼めるかい?」

「ええ、この後に折を見て届けますが、アクティス。フィンからも貴方に伝言が」

「いつものだろ? 何時行けばいい?」

「3日後の正午に。誰にもバレないように、と今回も念を押されていますが」

「………じゃあ今回も窓を開けておくように伝えてくれ。忍び込むの大変なんだからな、あの館は」

 

 いつもの、とは、【ロキ・ファミリア】ホームへの招集。

 正確には、フィンとの対談だった。

 闇派閥(イヴィルス)から入手した情報は、こうして文書にまとめて渡しているが、文字だけでは伝えた情報の理解に齟齬が生じる可能性が当然生じる。

 故に、直接顔を合わせ、改めて情報を共有する事にしているのだが、あくまでアクティスの存在を知っているのはフィンを初めとしたごく数名のみ。

 所属派閥も名前も明かせないアクティスが正面から都市最大派閥のホームへと入れる訳もなく、フィンもまた、闇派閥(イヴィルス)に片足踏み込んでいる者を正式に来客として招く事も出来ない。

 何も知らない者が聞けば、なんとも奇妙な伝達に、アクティスは今日一番の溜息を零した。

 

「まあともかく、これでとりあえず一通りやる事は済んだし、俺はこの辺りでホームに帰らせて貰うぞ」

「ああ、気を付けて帰るんだぞ、アクティス君。それと、ティシフォネーにもよろしく伝えておいてくれ」

「いや、気を付けて帰るのはアンタの方だろ……」

 

 余裕綽々としたヘルメスだが、あまりにも現在のオラリオには、その身を脅かす存在が多すぎる。

 もっとも、アクティスの発言にぶんぶんと首肯を繰り返しては己が主神にジト目を向けるアスフィが居れば、大した危険も無いだろうが。

 アクティスは危機感のまるでないヘルメスに呆れた表情を向けた後、頭巾(フード)を深く被っては家屋と家屋とを隔てる塀に足を掛け跳躍する。

 そうして再び屋根へと着地する間に、纏っていた戦闘衣(バトルクロス)はヴァレッタと会話していた時とは異なり、完全に透明となって空気へと溶け込み、頭巾(フード)に覆われた頭部から、すらりと長く伸びた脚部まで全てが闇に消え、瞬く間にその姿は透明な幻影へと化した。

 

「じゃあまたな、ヘルメス、アンドロメダ」

 

 ともすれば、その声は何処から発せられたのかもわからず、一帯へささやかに零れては刹那の内に溶け消えてゆく。

 それから時を待たずして、ヘルメス達も魔道具(マジック・アイテム)の兜を装着すると、その姿は同様に掻き消え、微かな足音が数度地面を鳴らすものの、数秒後には何処に向かったかはさてわからない。

 そうして、誰も立ち寄ることの無い路地裏は、またその日々を繰り返すように、初めから誰も訪れてなどいないかのように、元来の暗闇を再び纏っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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