これはとある願いを叶えるために魔法少女となった少女の話。
ただ、なんとなく書きたくなりました。
かっこいい文体にしたいと思いながらも、絶望。
戦闘描写を書きたいと思いながらも、絶望。
危うく、作者が魔女になるところでした。
そんな作品ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
そこはファンシーな場所だった。
ピンクを基本色とした子供向けな色調に、ふわふわなレース付きのカーテンや布団。そして意思があるかのように自由に歩き回るお人形に、空中を自由自在に飛び回るシャボン玉や可愛らしい蝶々や小鳥。本棚には主人のために働く子犬のお話や勇者と魔王のお話などの絵本が収まっている。そしてそれらの本を楽しそうに読んでいる大きなクマのお人形。子供受けは間違いないだろう。
しかし、この空間には絶対に子供受けしない理由があった。それは何か? その答えは床やベッドに存在していた。
優しいピンク色で構成されているはずの空間、しかし一部の場所では、それが異なっていた。それが床であり、ベッドだ。
そこには真っ赤な色が広がっていた。否、広がっている。今現在も少しずつ少しずつ広がっているのだ。赤い何かが流れているかのように……。ベッドもそうだ。赤いナニカがふかふかのピンクのベッドを侵食している。しかし、床と違いベッドでは原因がハッキリしている。
―――人間だ
この赤い液体はベッドで寝ている人物から流れているようだった。その人物は熟睡しているのか、全く動く気配を見せない。
いや、動けないのだ。
何故なら―――
―――すでに死んでいるのだから。
どうやらベッドの上の人物には下半身が存在しないようだ。ベッドに膨らみが確認できない。
下半身はどこに行ったのか? それを推察するのは実に簡単だった。下半身の切断面から溢れたであろう血液や臓物が、道のように隣の部屋につながっているであろう扉まで続いていたのだから。
そして、その部屋からは何かを食べるような咀嚼音が聞こえていた。
■
「…………」
おとぎの世界とも言える場所を、少女が周囲を見渡しながら歩いている。
何も語らず、少女はただ歩く。
そんな少女の存在は、現在立っている場所とは全くマッチしていなかった。黒いショートカットの髪を持ち、ジーパンを着ているこの少女はラフな格好をしており、このメルヘンな部屋に合っていないのだ。その特徴的な真っ赤な瞳もこの少女趣味な部屋には全く似合っていない。
「…………」
何を考えて、この空間の魔女はこの部屋を構築したのだろう。子供でも狙っていたのだろうか。それならばなかなか頭が良いとも言えるかもしれない。
しかし、そのメンヘルな部屋も部屋中に飛び散っている血や肉片で台無しになっている。
「……」
少女は、血まみれの部屋を表情を変えることさえなく、部屋の中を見回す。
そしてあるものを発見した。
それは宙に浮いている人間であった。
四肢をだらんと力なく地面に垂れ、まるで腹部をなにかで縫い止められているかのようである。
しかし、少女は即座にその不思議な光景を原因を発見する。
それは人形であった。ふわふわなドレスを身に纏い、とても綺麗な人形。
人間は宙に浮かんでいるのではなく、空飛ぶ人型の人形によって運ばれていたのだ。
当然人間の心臓の鼓動は止まっている。あれは餌なのだ。
あの人形を使役する、本体とも言える魔女の餌。
それを認識していても、少女に同様は全く見られない。相変わらずの無表情で使い魔であろう人形を見つめている。
否。
相変わらずではなかった。よく見ると少女の体が震えている。瞳孔が露出するほど目を見開き、何かを堪えるかのように歯が鳴っている。
少女の反応は明らかにおかしい。
人間を、死体を運ぶ、空飛ぶ人間型の人形。今まで家族がいて、友人がいて、何不自由ない生活を楽しく暮らしてきた人間が、このような場面に遭遇したなら、それは体の1つや2つ震えもするだろう。恐怖もすることだろう。
しかし、それは普通の人間である場合だ。
そして、この少女は明らかに普通の範疇に収まる人間ではない。血肉が飛び散り、血だまりができている部屋を、何の動揺もなく闊歩することができる人間である。今更、死体や自動人形を見たところで驚くような人間とは思えない。
ならば、何故少女は今、実際に震えているのか。死体を見るのと、犯人らしきものが目の前にいるのとでは別物だということだろうか。
今現在も少女の震えは止まらない。それどころか徐々に激しくなっていく。
そんな少女の姿を眺めていた人形は、死体をその場に下ろしスイスイと少女のもとへと飛んでくる。理由は単純。餌は多ければ多いほどいい。つまり、少女は餌とみなされたのだ。
徐々に近づいてくる人形に、震える少女は、さらに体を震えさせるばかりで何も行動を起こせない。
そしてついに人形が少女のもとへとたどり着き、服の中からナイフを取り出す。そして身動きできない少女に、その人形特有の無機質な眼を向けナイフを目を見開き、数秒後には自分を殺すであろう人形を呆然と見つめる少女に、振り下ろした―――
「―――……す」
―――瞬間、何かが弾けるような音とともに人形の上半身が消え去っていた。
残るのは、まるで周囲を飛び回る虫を叩き落としたかのように、右手を横に伸ばしている少女、そしてポトリと力なく地面に墜落した下半身のみの人形だった。
何が起きたのか、まるで理解できない。
客観的に見るならば、少女がナイフを持った人形を右手で叩き、上半身を吹っ飛ばしたということだろう。
しかし、それは考えづらい。何故なら、少女は先程まで無様に震えていたからだ。ナイフを持った殺戮人形が目の前にいても何もできなかった人間だ。そもそも叩いただけで人形を消し飛ばす程の力が人間に備わっているとは思えない。
「―――…ろす」
少女が何かを呟くのと同時に、再び多数の人形が現れる。剣を持った人形、盾を持った人形、槍を持った人形など様々な武器を持った人形が、少女へと襲い掛かる。
しかし、少女に動揺は全く見られなかった。
「―――殺す!!」
少女の目にも止まらぬ一撃が、剣人形の右半身と左半身をサヨナラさせる。
「全て殺す!!」
少女の攻撃を防ごうと盾人形が少女の進行方向へと割り込むが、少女は一切攻撃の手を緩めず、一撃で盾人形ごと、後ろに控えていた弓人形を串刺しにする。
「アァァァァアアアアアアアア!!」
戦いの基本は、『心は熱く、頭は冷たく』
しかし、少女はそんな事には拘らない。
胸の内から溢れてくる衝動に従い、人形の尽くを粉砕し、串刺し、粉砕する。
全く冷静などではない。真逆。正反対である。冷静な頭で考えた戦略など、圧倒的な力の前では全く意味を持たないとでも言うかのように、少女のその細腕から生み出される一撃一撃は確実に人形を絶命させていく。1体の討ち洩らしもない。塵である。
数分後のその場に存在するのは、もはや少女のみであった。
「……」
すべての人形を破壊した少女は、死体を一瞥すらせずに、再び無言で結界内の探索を再開する。先ほどとは、まさに一変した様子だった。二重人格だと言われれば信じてしまいそうな豹変ぶりだった。
向かう先は1つ。先程から異音が漏れている部屋である。
扉の前にたどり着くと同時に、少女は扉を蹴破りダイナミック入室を果たすと、もはや壁と言っても差し支えない人形が、少女を待ち構えていた。
少女は、それを認識しても一切の躊躇を見せない。それどころか喜々として、その渦中へと身を踊らせる。
「殺し尽くす」
いずれ魔女となる貴様らの存在など許さない。許してなるものか。この場で一匹残さず散らしてやる。皆殺せ。
頭が、心臓が、体が、本能が、少女にそう命じてくる。そして少女にも、この本能に抗う理由がない。
少女がその腕を、脚を振るうたびに人形はその数を減らしていく。防御に長ける盾人形ですら、一撃も耐えることはできない。
「―――死ね」
少女の動きは全く理にかなっていなかった。
武道など形すら知らないだろう。ただの喧嘩の拳だった。
しかし、そんな喧嘩の一撃は、炎に対する水のように、まるで人形に対して特効性を持っているかのように人形を屠っていく。
少女は捨て身だった。
繰り出される攻撃を紙一重で躱している。剣が、槍が、矢が少女の体を掠め、薄らと血が浮かんでいく。
ただしそれは劣勢というわけではない。少女は人形どもの動きを全て見切っている。もっと多くの使い魔に囲まれたことも、触れただけで感電する雷を身に纏った魔女と戦ったこともあるのだ。この程度、問題にもならない。
つまりはわざとなのだ。少女は、敢えてギリギリで攻撃を避け、お返しだと言わんばかりに一撃必殺を見舞っていく。一刻も早く眼前の塵芥を視界から消すために、少女は身を削りながら人形を屠る。
無論、こんな戦い方では、すぐに限界が訪れるだろう。現に今でも人形の攻撃は些細とは言え、少女の体に傷を付け、そこから血を流させているのだから。
しかし、少女は止まらない。何故か。
その因は、それは少女の体にあった。傷が少なすぎるのだ。いや、全くないとも言える。
これはどういうことだろうか。人形の攻撃は、確実に少女の体に傷を刻んでいる。しかし、傷はないのだ。
正確には、傷ついたと同時に攻撃を繰り出し、次の瞬間には傷がなくなっている。まるで抗体でも持っているかのように瞬く間に癒えているのだ。
一撃で敵を砕く攻撃性に、一瞬で傷を癒す不死性。
もはやこれは戦いではなく、殲滅であった。
しかし、少女はここであることに気付く。
人形の数が一向に減らないのだ。粉砕した人形は、はや3桁に届くだろう。しかし、使い魔であろう人形は、それを上回る速さでどこからか出現している。
その現状に少女は1つの推測を立てる。
(使役タイプか)
―――使役タイプ―――
それは、場合によってはかなり厄介な敵である。
魔女が使い魔を使用するというのは知っていて当然の知識だが、中にはそれに特化した存在がいることがある。それが使役タイプだ(少女が勝手にそう呼んでいるだけだが)。自分は姿を見せず、使い魔を使い侵入者や獲物を捕らえ、殺し、自分の場所まで運ばせるタイプ。中には空間すらずらし、影も形も全く見せない魔女もいれば、姿を見せつつも攻撃を完璧に防ぐことができる場所に引き篭っている魔女もいる。
このタイプの何が厄介なのか?
言わずもなが、それは魔女本体を守る鉄壁の守り、もしくは潜伏場所の特定である。
使役タイプはその戦闘方法ゆえに、本体に高度で硬度な守りを敷いている場合や厄介な場所に隠れている場合が殆どである。魔女に攻撃を届かせるには、その障害を突破しなければならない。
しかも使い魔の相手をしながらである。
使役タイプの使い魔は、かなりの頻度で使われるだけあって結構な強さを持っている上に、他の使い魔との連携が上手い。4年という、それなりの魔法少女経験をしている少女でも油断をすればやられることはなくても、一度撤退する必要が出てくる場合もある。
少女は思考する。
これからどうするべきか。引くか進むか。
使役タイプの魔女は、成長するにつれて、鉄壁で身を守る『防御型』から、何らかの方法で身を隠す『潜伏型』に進化し、最終的に、それらが合わさった『暗殺型』になる。
この魔女が『防御型』ならば、結界の中心部に移動し、その防御を突破すればいいが、もし『潜伏型』以上だった場合、まずは、どこに隠れているか探すために結界内を隅々まで探索する必要がある。そのためには、今のこの使い魔に囲まれている状況を脱し、体勢を整えなければならないだろう。
しかし、その場合、体勢を整えている間に魔女が結界を移動させないとも限らない。
少女は決断した。
魔女を今、この場で倒す、と。
理由としては、この場の撤退は魔女が結界を移す可能性が高いこと、使い魔の弱さから言って『防御型』である可能性が高いこと、そしてなによりも、今この場で魔女を殺したいからである。
少女は、使い魔の相手をしながら周囲に目を向ける。
魔女の本体を探すためだ。
魔女との戦いは時間との戦いでもある。
どういうことか。それは魔法少女の魔力が、ソウルジェムという宝石を基に生み出されている、ということだ。
しかし、その魔法の素となるソウルジェムも無限ではない。魔力を使い続けていればソウルジェムが黒く濁っていくし、少女は経験したことがないので推測でしかないが、完全に黒く濁ってしまった場合は魔法を使えなくなる可能性もある。
そしてそのソウルジェムの濁りを除去するためには、魔女を倒し魔女の核であるグリーフシードを使用する必要があるのだ。
つまり魔法少女として生きていくためには、魔女を倒しグリーフシードを手に入れる速度が、ソウルジェムが濁っていく速度を上回っていなければならない。そうでなければ何時しかソウルジェムは真っ黒に染まってしまうだろう。
したがって魔女との戦いは短期決戦が好まれる。使い魔を倒してから本体の魔女を、では遅すぎるのだ。
そして、すぐに血の道が続いている扉に目を向ける。耳を澄ますと、中からは聞きなれた、そして耳障りな音が微かに聞こえてくる。
―――それは何かを咀嚼するような音、液体混じりな何かを啜るような音。
魔女を狩っていれば、それこそ日常に聞く音だ。当然少女も、こういった音は聞きなれている。しかし、聞き慣れていることと、それを不愉快に思わないことはイコールではない。大きな音に慣れていても、実際に聞けば不愉快だし、火に慣れていても、近づけられれば恐怖心が湧いてくる。それと同じで少女はこの音を嫌っている。それこそ台所に出現する黒い悪魔以上に嫌いである。
しかし、少女は思わず苛立つ心を意識的に静める。先ほどは、つい心に赴くままに暴れてしまった。
少女は、日常的に自分の心を落ち着かせるよう意識している。戦いで最も重要なものは冷静さ。それを十二分に理解しているからだ。
そして、十分に心が落ち着いたことを確認し、改めて周囲を取り囲んでいる使い魔どもを眺める。
瞬間、少女は使い魔の群れに飛び込んでいた。
つまり、まったく冷静ではなかった。やはり、魔女関係を視界に入れて冷静を保つなど少女には不可能だったのだ。もはや本能が、少女の魂ともいえるものが反応したのだ。
それでも、一応は扉に向かって進んでいることを冷静さを持っていると思うべきだろう。
使い魔ごと扉を吹き飛ばし開けたそこにはシノの予想どうりの光景が広がっていた。
先ほどの部屋と全く変わらない色調や可愛らしい人形、本棚。しかし、そこにはひと目で分かる違いが存在していた。
―――すべてが真っ赤に染まっているのだ。
前の部屋とは比べようがない血の量。人形はおろか天井さえも血で赤く染まっている部屋。
少女は何故か追ってこない使い魔に疑問を感じながらも部屋を見回す。魔法少女になって魔女をいくら殺しても、この光景に慣れることはない。慣れてしまったら人として終わりだとも思っている。このような体になり、心も常人とは大きくかけ離れてしまったが、できる限り人に近いままでいたいと少女は常々思っているのだ。
少女は、この惨状を作り上げた原因らしきものを発見した。天蓋とレース付きのベッド、そこから音が聞こえてくる。つまり、そこにはこの現状を引き起こした原因がいると考えるのが妥当だろう。
「……」
少女は、殺害衝動が高まるのを感じながら、無言のままベッドへと近づいていく。
そして、そのまま無造作に右手を一閃。
「―――チッ!」
少女はベッドを―――正確には天蓋から垂れ下がっているレースを―――見て舌打ちする。
少女のを受け続けたベッドは全く傷一つ負っていなかった。それどころかレースすらも無傷である。
「―――ッ!」
少女は、続けて追撃しようとするが、突如生じた殺気を感じて、咄嗟に飛びずさる。体制を整えながら先ほどまで自分がいた場所を見ると、そこにはランスや剣を地面に突き刺している人形が多数存在した。
恐らく、少女の攻撃が切っ掛けとなったのだろう。一撃喰らわなければ発動しない仕掛けなど、一撃で殺されたらどうするのかなどと疑問が浮かぶが、よほど自分の防御結界に自信があるのだろう。実際に少女の攻撃を耐えただけでも素晴らしいことだ。
しかし、それはただの傲慢だ。驕りだ。決して誇りなどではない。それを今思い知らせてやる。
「シッ!」
少女は背後から忍び寄っていたランスを持った人形を蹴り穿ちながら、そのまま奪ったランスを前方の斧を持った人形に向かって投擲する。盾を持った人形が前面に出て、それを防ぐが瞬く間にランスは盾ごと人形を貫通する。しかし、盾人形もただではやられない。一瞬の隙を生み出すことに成功し、その隙を突くかのように粉砕された盾人形の背後から弓矢やランスを構えた人形が突撃をかましてくる。少女はその場から動こうとするが、前方以外からも人形が近づいていることに気付き、逃げ道を探すがどうやら完璧に囲まれているようで、どこにも逃走経路は見当たらない。恐らくこの部屋に入った時から少しずつ包囲を完成させていたのだろう。
「……!」
武器を持った敵が逃げ道を無くし、現在進行形で攻撃を仕掛けてきている。
しかし、少女に焦りは見られない。見られるのは、相も変わらぬ憤怒のみ。
この程度の苦境、魔法少女をやっていればいくらでも味わえる。言うならば、囲まれることなど慣れきっているのだ。しかも、魔女関係のものを発見すれば、罠だろうが何だろうが突撃していく彼女は、恐らく普通の魔法少女の数倍は包囲された経験があるだろう。当然、毎回反省はしているのだが、改善は全く見られない。
そんな少女の囲まれた時の対抗手段、それは一点突破だ。包囲の脆そうな箇所を見つけ出し、そこを瞬時に壊滅させ脱出するのだ。
少女は一瞬で思考を巡らし、前方に突撃を仕掛ける。先ほどのランス投擲で盾人形がいないというのも前方を選んだ理由だが、それ以上の理由が魔女の存在位置が前方だからである。一刻も早く殺したい、そんな感じである。
「ハァッ!!」
一点突破をするには、周囲の使い魔どもが追いついてくる前に包囲を抜けきらねばならない。故に突撃には速度が求められ、速度を上げることは危険の上昇に比例する。自分に向かって突撃してくる敵に向かって、自分からも敵に向かって突撃するのだから当然である。求められるのは瞬時に敵の行動を読み切る観察眼、伝わってくる情報を処理できる頭脳、情報を体に伝えることができる反射神経、そして経験である。見て、考え、それを経験に基づき行動に移す。これが勝つための基本だ。
―――が、それは普通の魔法少女の場合である。
この少女は違う。普通ではない。
何故かその攻撃はどんな相手をも砕き、何故かどんな攻撃も、その体には通じない。
観察眼? 頭脳? 反射神経? 経験?
あぁ、もちろん必要だろう。それは大いに同意する。しかし、それが必要なのは、自分が相手より劣っているからだ。だから、そういったものを鍛える必要が出てくるのだ。
この少女に、そのようなものは必要ない。
なぜなら、魔女にとって、彼女は毒なのだから。ただ存在するだけで、魔女という存在を削っていくのだから。
そして少女は、人形劇へと身を投げ出す。
といっても、人形を操るのではなく、蹴散らしていく爽快劇だが。
相手は、武器にさえ当たらなければ怪我さえしないただの人形。つまり武器にさえ気をつけていれば問題ない、少女はそう判断し眼前に迫るランスの壁に向け右手を向ける。隊列が組まれいくら逃げ道を無くそうが、見たところ先端以外には攻撃箇所が存在しない丸いランスだ。右手をランスに当て先端をズラせば最早恐るものはない。熟練の人物が使えば薙ぎ払いなどを注意しなければならないのだが、使い手は使い魔である。そんな注意などする必要もない。少女は切っ先をズラしたことにより出来た隙間に何の戸惑いもなく身を突き込む。
勿論無防備にただ突き込んだのではない。少女は身を突き込みながらも、その場で回転し人形を切り刻んでいく。回転しているとは思えないほどの正確さで人形の武器や急所を突き、切り、刻んでいく。ランスをはじき飛ばし人形に風穴を開けながら少女は魔女本体に向かって前進する。
無事、大した怪我もなくランス人形の壁を抜けると今度は弓人形現れた。しかし、先ほどの弓矢で射ってしまったからか、弓には矢が番われていない。少女はさらに加速し、通りすがりにダブルラリアットで弓人形の首を刈り取る。
空中に飛んだ人形の首を視界の端に捉えながら、少女は悠々と本体の魔女が潜むであろうベッドまでたどり着いた。
しかし、相手は硬いガードに守られた使役タイプの魔女。更に、先ほどは少女の攻撃を完璧に防いでみせた。だが、ここで立ち止まることはしない。目の前に魔女がいるのだ。立ち止まるわけがない。
では、ここで1つ問題を出すとしよう。
問題の内容は至極簡単。堅い守りを破るにはどうしたら良いのか、だ。
そして回答も至極簡単。
『守り以上の攻撃力で打ち砕く』
これに限るだろう。
特に魔女に対して、ある種の特効をもつ少女なら、なおさらこの答えしかないだろう。
そう思考した少女は、魔力で全身を強化する。
その瞬間、少女の足元に罅が走り、それが壁や天井、本棚など部屋中に広がっていく。少女に近づくだけで、使い魔は、その体を崩していく。
魔力を全身に巡らせたことにより、少女の魔女に対する性質も強化されたのだ。魔女にとって毒ともいえる性質が。
それが魔女の結界を侵食し、結界を崩壊させていく。
同時に少女は、拳を無造作に振りかぶる。そして、その拳は、まるで紙を破くかのように、一切の抵抗もなくベッドのレースを貫通した。そのまま少女は、レースを掴み無造作に破り捨てる。
破られたレースが血まみれた絨毯に落下して、ついに露わになる魔女の姿。
ベッドの上で使い魔を操り自分は引きこもっていた魔女、その外見は豚だった。正確には豚のぬいぐるみなのかもしれないが区別がつかない。何故なら首から下は豚のぬいぐるみなのだが、首から上はリアルな豚だったのだ。ミスマッチを通り越してシュールすぎる。確かに、使い魔にすべてを任せて引きこもっていれば、豚にもなるかもしれない。
逃げようとしていたのか、その醜悪な体を起こし、こちらに背を向けていた魔女は少女の姿を確認すると、その場から離脱しようとするが、当然少女ははそんな暇は与えない。貫手で魔女の胸部を串刺し、そのまま掌が横を向くように回転。苦悶の悲鳴を上げる魔女を無視し、そのまま少女は貫手を頭部に向けて振り切ることで、その頭部までを両断する。
明らかに討伐した。しかし、少女は止まらない。
「―――シッ!!」
逆の手で首を刎ね飛ばし、そこから両手足を切断する。
しかし、少女に油断は存在しない。というか、油断とか関係なく少女はこの程度では止まらない。
―――踏む。踏む。踏む。踏む。踏む。踏む。踏む。踏む。
地面ごと潰してやった。
「…………」
魔女が、飛び散った肉片と飛び散った液体になったところで、ようやく少女は止まる。
周囲を見回し、足元に転がっているグリーフシードを拾い、今までの狂乱とうって変わって、崩れいく結界を興味なさげに虚ろに眺め続ける。
いや、実際に興味などないのだろう。その瞳からは何も感じることはできなかった。ほかの魔法少女が彼女の瞳を見たらこう思うだろう。
―――なんて無様なんだ
まるで人形だ。何かに操られていて、それを自覚できていないただの道化。
そして少女は、それを否定しないだろう。
魔女を殺すことを目的としている少女にとって、生きている時間とは魔女を駆逐しているときだ。それ以外の時間は、少女にとって次の魔女と会うために、ただ浪費するだけである。生きるために必要なことを、与えられたことを繰り返す人形のように繰り返し、唯々魔女を探し続けるのである。
「君は相変わらずのようだね。」
結界の崩壊を確認し、魔女を消滅を確信した少女は、その場を後にしようとするが、その後ろ姿に声をかけるものがいた。
聞き覚えのある声だった。
少女は、半ば確信しながらも、背後を振り返り声の主を確認する。
そこには少女が考えた通りの物体がいた。
「……インキュベーター」
―――インキュベーター―――
願いをかなえ、少女を魔法少女へと変じさせるもの。少女ももれなくインキュベーターによって魔法少女となった。
グリーフシードを回収しているもの。
体は白い猫みたいなのに耳から手みたいな毛が生えている(耳毛?)生物。
なんとなく愛嬌のある顔と、それに反する無感情な瞳がむかつくやつ。
少女にとって、インキュベーターとはこの程度の価値しかない。
魔法少女となり、ある程度の知識や技術を覚えた以上、この生物にはグリーフシード回収ぐらいしか価値はない。
故に、少女にとってインキュベーターとは、そこら辺を歩いている人間よりは役に立つ生き物ぐらいの認識である。
「……何か用?」
しかし、それはインキュベーターとて理解しているはず。
この生物は、魔法少女を生み出すことに執着している。それ故に、その技術に長けている。
たとえば交渉術。
この生物は、人の心に穴が開いたときに現れる。そして、こう呟くのだ。
―――僕が君の願いを叶えてあげる。だから僕と契約して魔法少女になってよ。
と。
それには人の心をある程度理解していなければならない。
だからこそ、インキュベーターは、少女が自分をほとんど必要としていないことを理解しているはず。
事実、これまでインキュベーターは、必要時以外で少女に接触はしてこなかった。
つまり、今回話しかけてきたのは、少女に何かしらの用があるということ。
「君に良い狩場を教えようと思ってね。」
その言葉に、少女はピクリと反応する。
―――狩場
それは魔女が発生しやすい箇所である。
魔女の発生原因は判明していない。しかし、それでも無限に湧くというわけではないらしく、ある程度同じ地域で魔女を狩り続けていると、魔女は少なくなっていく。
一定の地域に定着して、その地域のために戦っている魔法少女にとっては、それは良いことだろう。
しかし、少女のように、放浪しながら戦っている魔法少女にとって、それは都合が悪い。
そんな魔法少女にとって、必要なのは言うまでもなく新しい狩場である。
インキュベーターは、そんな喉から手が出るほど、欲している情報を少女に与えるという。
魔女の出現率の低下を感じていた少女が、つい反応してしまうのも無理はない。
「なぜ、そのようなことを教えたの?」
今まで、インキュベーターが少女に狩場を教えたことはない。
それなのに今回は異なった。少女が、この白い生き物を怪しむのも無理はないだろう。
「特に理由はないよ。今まで君に狩場を教えなかったのは、魔女の出現率が低下していなかったからさ」
そんな少女の考えを読んだかのように、インキュベーターは説明を始めた。
「今回は、たまたま時期があってたのさ」
偶々。偶然。
少女の狩場の出現率低下とインキュベーターの新しい狩場発見の時期が同じだった。
だから、少女に教えた。インキュベーターは、そう言いたいらしい。
「それに君にとって、狩場を変える理由にそんな複雑なものが必要なのかい?」
魔女がいるんだ。君にとって理由なんて、それだけで十分だろう?
インキュベータは、言外にそう呟く。
「……」
確かにそうだ。
少女にとって理由なんてそれだけでいい。
「新しい狩場の名前は『見滝原』。そこには『巴マミ』っていう魔法少女がいる。彼女と合流するといいだろう」
少女は、新しい狩場の名前を記憶し、それ以上話すことはないとでも言うかのようにその場を去った。
■
少女の願いは『魔女を殺すこと』
家族を、友人を、彼女から全てを奪い去った存在を殺し尽くすこと。
これこそが彼女の渇望。
願いを叶え、その代償として魔女を殺す魔法少女。そんな存在が『魔女を殺すこと』を願い魔法少女となったのなら、それはなんという悲劇だろう。
魔法少女は、魔女と戦い続けるという宿命を生涯負うこととなる。しかし、それでも魔法少女となったものたちが生き続けることができるのは、叶えることができた『願い』があるからだ。
例えば『目を見えるようにして欲しい』という願いを叶えた魔法少女がいたとしよう。
当然、この少女も例に漏れず魔法少女となり、歳も取らず死に絶えるまで魔女と戦い続けることとなる。当然家族とも離れることとなるだろう。そんな絶望に苛まされても彼女は生き続けるだろう。
何故なら、願いを叶えることができたのだから。
眼前には今まで見ることのできなかった、聞くことしかできなかった世界が広がっているのだから。その希望は、絶望に塗りつぶされない限り、彼女は生き続けるだろう。
絶望が希望を上回った場合は話は別であるが……。
例外もある。
それは願いを叶えたがゆえに、絶望した場合である。
例として、『事故で死んでしまった好きな人を生き返らせて欲しい』という願いを挙げてみるとする。
死んでしまった想いビトを蘇らせるため。素晴らしい願いである。しかし、同時にどうしようのないほど悲しい願いでもある。
生き返った後はどうするのか。
もちろん死んだ人が生き返るという社会的な問題もあるだろうが、それはどうとでもなるだろう。
問題は、願いを叶えてしまった魔法少女である。
繰り返しになるが、魔法少女は不老。外的要因でしか死ねなくなる。
2年や3年、もしくは周囲を欺ける能力を持っているのならいいだろう。しかし、そうでないのなら、これは何よりの苦痛となる。
愛する人と時を重ねることができない。愛する人が死んでも自分は生き続ける。すべての人が自分を置き去りにしていく。
つまりは魔法少女となった理由、魔女と戦い続けていくという宿命に耐えていくための礎を無くしてしまったということだ。
そんな魔法少女はどうなるのか。幸い少女は遭遇したことはないが、恐らく自ら死を選ぶのだろう。
戦い続けていく必要などないのだから。自分が守る世界に、自分が愛した人はいないのだから。
閑話休題
何が言いたいのかというと、少女が魔法少女となるには1つの過程があるということである。
つまりは、『願い』を叶えてもらい、その結果として魔法少女となるということである。
しかし、この少女は違う。
彼女は『願い』を叶えてもらい、魔法少女となったのではない。『願い』を叶えるために、魔法少女にしてもらったのだ。そして、その願いは決して叶わぬ泡沫夢幻。
ゆえにこの少女の先に希望はない。あるのは闘争の絶望のみ。
しかし、彼女の心に諦めはない。諦観という感情すらない。
何故なら、未だに魔女は存在しているのだから。『願い』を叶えるために、少女はこれからも戦い続けなければならない。死という万人に許された終わりさえもこの少女には存在しない。
そう、言うなれば彼女は縛られているのだ。『願い』という鎖に。
死のうとすれば、『魔女を殺す』という願いが、それを阻害する。
―――未だ願いは成就していない。故に死など許さない。戦え。魔女の悉くを破壊するのだ。
こうして無意識のうちに少女は、死という選択肢を除外する。
しかし、それゆえに彼女という存在は魔女に対して絶対性を持つ。
その攻撃は相手を確実に穿ち、その防御はあらゆる攻撃を防ぎ、癒す。その姿、まさに魔女を殺すためのあやつり人形。
魔王に対する勇者のように、相手が魔女である限り、彼女に勝利以外の道はない。
故に悲劇。少女は叶わぬ夢を追い求め、永劫疾走し続けねばならない。
「まぁ、そんなことも考えてはいないのだろうけどね」
そんな哀れな少女に、インキュベータは感情の一つも向けなかった。