セイウンスカイとスマートファルコンはバレンタインデーチョコレートをトレーナーに渡したかった。
2月14日のバレンタインデー。
ウマ娘たちは、それぞれ華やかなバレンタインムードに包まれていた。
「お待たせ~! キミだって忙しいのに、いつも合わせてくれてありがとうなの☆ 優しいキミに、はいプレゼント!」
コンビニで待ち合わせをしたトレーナーへ、可愛らしくラッピングされた包装箱を手渡すアイネスフウジン。
中身はチョコチップが入ったカップケーキだ。小麦粉の代わりにおからが入っており栄養価も高く、健康面にも配慮されている。
トレーナーは、特別なバレンタインデープレゼントを用意してくれた彼女に心の底からの感謝を伝えた。
「うふふ、そんなに感謝しなくてもいいの」
アイネスフウジンは、逆にトレーナーへ感謝を伝えたいといわんばかりの微笑みを浮かべている。トレーナーは意図が分からず笑みを返しながら首を傾げるが、アイネスフウジンはそれに関しては多くは言わず。彼の手をとってトレセン学園への帰路を歩き始めた。トレーナーも、少々頼りなさげな仕草ながらも彼女の足取りに合わせて歩いていく。
こうして二人は微笑ましく手を繋いで歩いていくわけだが、その光景を虚ろな目で見つめている逃げウマ娘の二人が居た。
「アイネスちゃん、すっごくキラキラしてて幸せそうだねー……」
「うん、そうだねー…………」
スマートファルコンとセイウンスカイである。
二人ともバレンタインデーという事で、トレーナーに渡すチョコレートをコンビニへ買いにきたというわけであるが。バレンタインデー当日、しかもトレセン学園(女子校)の近くにあるコンビニのプレゼント用チョコレートなんて、放課後にはとっくに売り切れていた。
彼女達が手に入れられたのは一枚百円にもならない板チョコである。しかもバレンタインデーという事もあり、いつもより割引品だ。前年のように、この味気ない板チョコを渡す事しか出来ないのだ。
スマートファルコンとセイウンスカイは、トレーナーの事を異性として好意を抱いている。それは尊敬する教師への憧憬や感謝と取り違えた代物かもしれないが、それでも今の自分達にとっては掛け替えのない存在なのだ。
……だからこそ、二人はそれぞれのトレーナーに想いを込めたチョコレートを渡しかった。しかし既に出遅れてしまった感があり、彼女達は肩を落としてしまう。この日のためにコンセントレーションを習得するべきだったのか。
今となってはどうしようもない後悔ばかりが浮かんでは消えていく。自分達の手のひらには、安っぽい見た目の板チョコがあるだけだ。
そんな彼女達を前に、大袈裟に腕を振る仕草で勇敢に歩いている女児が一人。ハルウララだ。
「うっらら~♪」
彼女は上機嫌であった。おそらくは、慕っているトレーナーへ渡すためのチョコレートを買いにきたのだろう。スマートファルコンやセイウンスカイと同じように。
しかしコンビニに残っているのはこの日においては”駄菓子”と呼べる代物である。スマートファルコンとセイウンスカイは顔を見合わせて、思わずハルウララへと声を掛けた。
「う、ウララちゃん……」
「あ、ファルコちゃんにセイちゃん!! 二人もチョコレート買いにきたの!?」
嬉しそうに笑顔を見せるハルウララ。そんな彼女に、セイウンスカイは苦笑いをする。
「いやぁ、そうなんだけど。まともなのは買いそびれちゃって。もうこんなのしか残ってないよ?」
ハルウララは不思議そうな表情を浮かべるが、二人の手元にある板チョコを見てすぐに納得したような笑みを見せた。
「よかった~! まだ売り切れてなくて!」
彼女が口にしたのは意外な言葉であった。大好きなトレーナーに渡す代物がこんな安っぽい代物で彼女はいいのだろうか。そんな風に考えるが、ハルウララの話す続きを聞いて二人とも合点がいった。
ハルウララは十数枚の板チョコレート、それに小麦粉やバニラエッセンスなどの素材を抱えていた。
その様子が危なっかしいものだから――という体でセイウンスカイとスマートファルコンは彼女についていく。
そして彼女達が辿り着いた先は……トレセン学園の調理室だ。
「セイウンスカイさん? それに、スマートファルコンさんまで」
そこにいたのはキングヘイロー。それに数名のウマ娘。彼女達は皆エプロンをつけていて、いかにもこれから料理を始めるといわんばかりの身なりである。
「や、やぁやぁ皆さんお揃いで~」
「キングちゃん! 二人が荷物を持つのを手伝ってくれたんだよ~!!」
ハルウララの言葉に、ウマ娘たちは微笑ましいものを見るかのような視線を向ける。
しかしキングヘイローにおいては、セイウンスカイにやれやれといった視線を向けてきた。
「……スカイさん。あなたも一緒に手作りチョコレートを作りにご参加はどうかしら?」
セイウンスカイは、困ったような、助かったような、そんな微妙な表情で頬を掻く。
「あ~……そういえば今日はそんな日だったね~。そうだねー、トレーナーに感謝を伝えるのも悪くないかな~?」
別に感謝を伝える相手はトレーナーに限った事ではないが、そこに突っ込みを入れるのはこの場において藪蛇であるのは皆も心得ていた。
彼女達が集まっていた理由はいうまでもなく、『皆でチョコレートを手作りしよう』という理由である。それぞれ渡したい相手は親兄弟、あるいはトレーナー、あるいは……と様々だが、全員チョコレートを手作りしたいという目的は一緒だ。
ハルウララはその為に材料のチョコレートを買い出しに行っていたというわけであるが、セイウンスカイとスマートファルコンは幸運にもその御使いに鉢合わせたのである。
「ふぁ、ファル子も一緒に作っていいかな……?」
「えぇ、もちろん」
キングヘイローは鷹揚に首肯する。その上でスマートファルコンに「誰に渡したいの?」などと無粋な事は聞かないでくれた。
セイウンスカイとスマートファルコンはまた顔を見合わせる。お互いの表情は先までの所在なさげな暗い顔つきでなく、一筋の光明が見えた晴れ晴れとした顔である。
「わーい!! 二人とも、一緒にがんばろうね~~!!」
二人にとって、ハルウララはその光をもたらしてくれた天使といえようか。
さておき。それぞれエプロンに着替え、手洗いも終え、『手作りチョコレート』の制作を開始である。
「まずは溶かさないといけないんだよね……」
セイウンスカイは、おもむろに鍋に板チョコレートを砕いて入れると、それを火にかけ……
「ちょっとスカイさん!!!?」
キングヘイローの制止が飛ぶ。ハルウララもセイウンスカイもスマートファルコンも、何がいけないのだろうかと言わんばかりの顔で彼女の顔色を伺った。
「ど、どうしたの? キングちゃん?」
三人が目を丸くしているのを見つめ、キングヘイローはなんともいえないような表情をする。
「……直接火にかけてはだめよ。50度くらいのお湯でボウル越しに湯煎するのよ」
「へっ?」
「それに大雑把に砕くんじゃなくて、包丁で細かく砕いてから」
「えっ」
「そうすると溶けた時になめらかになるわ」
だんだん、母親が娘に料理を教えるような優しい声色で説明するキングヘイロー。
「ふむふむっ。なるほど、そうするとおいしくなるんだね~!」
たぶん、教えられる側にハルウララが居たからだろう。キングヘイローとハルウララはそういう仲だ。
「ほら、スカイさん。まな板にチョコレートを移して。ファルコンさんは、お湯の管理をお願いね?」
……きっとそれが原因なのだと、セイウンスカイとスマートファルコンはそう信じたい。信じていたい。
「エル。奇を衒ってデスソースを入れたりしないわよね……?」
「そんなことしないデース!!?」
「スペシャルウィークさん!!!! 余ってるからってチョコをつまみ食いしないこと!!」
「は、はひぃ!!!」
手作りチョコレート作りはキングヘイローやそのほかのウマ娘主導で順調に進み、いよいよそれぞれの形づくりとなってきた。
セイウンスカイは今回ばかりは面倒臭がらず、ちょっと手の込んだモノを作ろうとしていた。チョコミントのドームケーキだ。
「わぁ~! スカイさんのケーキ、すっごくおいしそうですねっ!」
唇の端っこにチョコをつけたスペシャルウィークが、ご馳走を目の前にした子どものようなキラキラとした瞳を向けてきている。
さすがのスペシャルウィークでも他人の手作りチョコレートに手は出さないだろうと信じながらも、スカイはドームケーキを庇うような仕草をしながら繕うような笑いを浮かべた。
「ありがと~。料理が下手だって思われたくないから、今回ばかりは本気出しちゃわないとね~……」
別に、セイウンスカイだって壊滅的に料理が下手なわけでない。レシピ本通りにやればちゃんと上手く出来るのだ。……ただ普段面倒だからやらないだけで。
「……それに、たまには女の子らしいところ見せないと……」
そのせいで、自分のトレーナーからは女の子扱いされていないのではないかと思う時がある。『物臭で、いつもだらけているセイウンスカイ』とみられているのではないかと。
「え? スカイさん、十分女の子らしいですよ」
セイウンスカイはスペシャルウィークの言葉に耳を疑った。思わず庇う仕草を解いてしまう。
「だって、近頃のスカイさんってトレーニングをサボった事がないじゃないですか。あれって『今日もトレーナーさんと一緒に頑張ろう!』っていう気持ちの表れですよ。私はそういう風に誰かの為に一生懸命になれるの、女の子としてもとっても素敵だと思います!」
おべっかを使わない性格のスペシャルウィークがそんなことを言いながら真っすぐに見つめてくるものだから、セイウンスカイは恥ずかしくて頬を指で掻く。
「そ、それは~……そんなことしたら一緒に走るスペちゃんたちに対して不誠実かなーって……」
実際、それも一つの理由である。だがそれ以上に、図星だった。ジュニア期においてはよくトレーニングをサボる事もあったが、今はトレーナーを失望させたくない気持ちの方が強い。思えばそれもこれも……スペシャルウィークのようなライバル(友人)達が共に居てくれたから……。
「だから、お料理の方もいつも頑張ってくれたらな~って……」
スペシャルウィークが物欲しそうに視線をケーキの方へ下げている。セイウンスカイはこのライバル(宿敵)にレースで真後ろに迫られた時のような気持ちで、またケーキを腕で庇った。
「う~ん……」
順調に料理を終えたセイウンスカイに対して、スマートファルコンは思い悩んでいた。
ハート型のチョコレートを作り終えたまではいい。しかし、セイウンスカイやそのほかのウマ娘と比べるとどうも味気ないのだ。
これでは形を成型し直しただけではなかろうか。
「ふふふ~ふ~んふ~ん♪」
そんな彼女の耳に、ハルウララの鼻歌が聞こえてくる。彼女の手料理を見てみると、可愛らしいパンケーキにチョコレートペンや生クリームを使ってトッピングを描いていた。
「わぁ、ウララちゃん! すっごく可愛らしくできてるよ!」
「えへへ~。キングちゃんに手伝ってもらったんだ! どうどう? 上手に焼けてるでしょ~」
パンケーキを上手く作れているのもそうだが、スマートファルコンにとっては彼女のトッピングセンスが輝かしく見えた。チョコレートペンでハルウララのキャラクターを描き、『トレーナーへ』という文字も添えて……。
(そうだ。ファル子もウララちゃんみたいにチョコレートに文字を描いてみればいいんじゃないかな……)
素体のチョコレートとは別に、イチゴチョコレートやホワイトチョコレートも使ってみれば味のアクセントにもなるだろう。そうと決まれば迷う事はない。
「ウララちゃん! 次はファル子もその道具使っていいかな?」
「うん、もっちろん!! ファルコちゃんは何を描くの? きになるきになるーっ」
「へっ」
天使改めハルウララにキラキラとしたまなざしを向けられて、ファル子は戸惑った。彼女の瞳が眩しいのもそうだが、実際何を描けばいいのだろう。
ここは王道を征く『I LOVE YOU』? いや、そんな露骨な真似をしたら引かれてしまうかもしれない。ならばハルウララのように『トレーナーへ』でよいのだろうか。それはそれで伝えたい気持ちとは違う気がする……『愛しています』……も、ちょっと押しが強すぎる……『チョコが一番ですわ!』は、全然目的と違うし……。
「ファル子は~……えぇっと……」
「あぁ、そっか。迷うよね。うーん、うーん……」
ハルウララがファル子と一緒になって首を傾げている。まるで自分の事のように本気で迷うものだから、彼女の事を遠巻きに見守っていたキングヘイローが心配そうに近寄ってきた。
「二人とも。何か困り事?」
「あ、キングちゃん! えっとね、ファル子ちゃんのでこれーしょんをかんがえちゅう!」
キングヘイローはスマートファルコンのチョコレートを見て、どういう状況かおおよそに察した。
「……そうねぇ、私からはなんとも言えないわ」
キングヘイローが突き放したような事を言うものだから、スマートファルコンはぎょっとしかけた。
「こういうのはファルコンさんが伝えたい事を素直にそのまま書くのが一番よ。『その人に伝えたい想いをそのまま』ね。……私からの提案だと、それがズレてしまうかもしれないもの」
しかし淡々と続けられたその言葉を聞いて、ハッとした。確かに、その通りだ。何も難しく考える事はないのだ。
「そっかー! でもファルコンちゃんの伝えたい事って?」
「う、うん……それなら……」
ハルウララとキングヘイローが見守る中、スマートファルコンは色違いのチョコレートを使ってトレーナーに伝えたい文字を描いていった……。
「よし、あとは綺麗にラッピングするだけ」
「わーい!! 可愛いバレンタインデープレゼントがたっくさんできたねっっ!!!」
それぞれのウマ娘の手作りプレゼントが完成して、大喜びを全身で表現するように飛び跳ねるハルウララ。その横でセイウンスカイはわざとらしく肩をすくめる。
「まー、こういうのもちょっとだけ楽しかったかなぁ~?」
トレーナーの為に一生懸命頑張って作ったなどと、他のウマ娘には茶化されたくない。そういうポーズが見え隠れしているから、彼女の事をよく知る者は微笑ましさの笑みを堪え切れなかった。
「……あはは。ちょっと、手洗ってきますねー」
周囲の反応にセイウンスカイも恥ずかしくなったのか。部屋の外へすごすごと出て行った。水場なら調理室にもあるというのに。
「まったく、ラッピングが面倒臭くなったのね。スカイさんったら」
キングはこれ見よがしにそういって、周囲もそういう事にしておこうという態度で事態を流した。
「じゃあセイちゃんのはウララがラッピングしといてあげるね!!」
「頼んだわウララさん。あとは、メッセージカードを……」
そうして使った器材の後片付けやラッピング、そしてメッセージカードを用意する時間をしばらく経て。
「……それじゃあ後片付けも終わったし。あとは皆さんそれぞれ箱を持ち帰って解散としましょうか。ご健闘を」
キングヘイローは殊勝な態度でそういう言葉を各々に述べると、それぞれのウマ娘は部屋の外へ去っていく。受け取ってもらえるか緊張した面持ち、喜々として楽しそうな表情、好意を伝える事にドキドキとして顔が赤らんでいる子もいる。
「…………はぁ……」
スマートファルコンは、そのどれもが入り混じったような複雑な表情をしていた。
「ファルコンちゃん! ふぁいとだよ! ふぁいと、オー!!」
ハルウララが元気づけようとしてくれている。しかし、どうにも気後れしてしまう。
「……うん、ありがとウララちゃん。……でも、やっぱり不安になっちゃうな……」
「だいじょうぶ! ファルコンちゃんのチョコレートとってもおいしそうにできてたから!!」
「あはは、ウララちゃんがいうなら大丈夫だねっ」
実際、味については何の問題もないだろう。今回は上手く出来てると確信がある。しかし、問題は……。
「……ウララちゃん、『トレーナーさんにずっと自分の事を覚えていてほしい』って変かな」
「え?」
ハルウララは素っ頓狂な顔色を浮かべる。それを見て慌てて説明するようにスマートファルコンは続けた。
「だ、だってトレセン学園から卒業したらそれぞれのトレーナーさんと離れ離れになっちゃうから、それでトレーナーさんが、自分のファンじゃなくなったら、ファル子は寂しいなーって……」
実際問題、教職員のトレーナーと学生であるウマ娘の付き合いは長くてもせいぜい6年程度か。トゥインクルシリーズで好成績を収めた者が挑戦できるドリームトロフィーリーグなど、それ以上の付き合いが続くケースも決してないわけではないが。
「うーん……」
ファルコンの言葉を聞いて……ドリームトロフィーリーグと縁が遠いウララは、頭に両手の人差し指をあてて必死に考え込む。
三十秒か。一分か。それ以上だったかもしれない。お互いそれくらい黙り込んでから、ハルウララが何か思い至ったかのように。
「ウララね! トレセン学園に入学する、ずっと前からファンだったウマ娘さんがいてね!!」
そう切り出してきた。
「へぇ、ウララちゃんが憧れてたって。私達みたいにダート路線の人?」
「ううん、芝のマイル路線の人。ウララがデビューする前に引退しちゃって、一緒に走る機会は一度もなかったんだけど……」
ハルウララは目を瞑って、瞼の裏に過去の映像を思い返すような仕草をしてから。口を開く。
「テレビで見たその人が走ってた姿は、ぜんぜん忘れたりできないよ! すっごく速くて、すっごく恰好よくて……」
瞼を開いた彼女の桜模様の瞳孔が、スマートファルコンにはキラキラと輝いて見えた。彼女にとって"そのウマ娘"は、何か感じ入るものがあったのだろう。
「でも一緒に走っている相手だったら、今のファルコンちゃんの走る姿もそうだよ! ばびゅーんって一番走ってて、すっごく力強くて、みんなから『赤鬼』って呼ばれてて……」
……なんか最後のは褒め言葉に聞こえないのは気のせいか。
「……とにかく、一度ファンになったらぜったい忘れられないよ! ウララが保証する!」
「あはは、そっか……。うん、そうだよね。ありがとう、ウララちゃん」
スペシャルウィークと同じく、ハルウララも上手におべっかを使いこなせるような性格の人物ではない。それだけに、スマートファルコンにとってはそれがありがたかった。
自分の不安は杞憂なのだろう。そう願いたい。
「ところで、ウララちゃんがファンだった子の名前って?」
スマートファルコンにとって鮮烈に他者を惹き付けるウマ娘というのは、ウマドルとして純粋に興味がある。
「うん! えっとね、アキ――」
「ウララさーん、そろそろ帰るわよー」
キングヘイローの間延びした声。ハルウララがそれに気づき、元気よく「はーい!」と明るい声を返す。
「えへへ、その子についてはまた今度話そうね! ファルコンちゃん!」
「うん、またね。ウララちゃん」
そうしてハルウララは手を振って部屋を出て行く。スマートファルコンは小さく息を吐いてから、改めてメッセージカードを見つめ直す。
(……よし)
スマートファルコンは"これ"を渡す決意ができた。
そうして、彼女は意を決した表情で待ち合わせの場所へ向かう。トレーナーダンス練習ステージの前。
私服姿のスマートファルコンが澄ました姿でそこに立っていると、しばらくしてようやく急ぎ足で男性がやってきた。
その様子にファルコンは怒る様子もなくいたって余裕ぶった風にクスリと笑い、手元のハート型の箱にちょんと指を乗せる仕草を取った。
「……ハッピーバレンタイン☆」
その男性――トレーナーに対して、スマートファルコンは想いを向けた。
ハート型の箱の中に入っていたのは、『ファン一号限定チョコレート☆』だ。
そのチョコレートには、イチゴとホワイトのチョコレートの描き文字で彼への言葉が綴られている。
『ファン第1号』
『ずっと推して♡』
そして添えられたメッセージカード。
『☆トレーナーへ☆
だれよりもイチバン支えてくれてありがとね!
いつまでもず~っと推し続けたくなるような
すっごい活躍、いっぱい魅せてあげるから、
きたいしててね♪ ファル子より☆』
これらを見て、トレーナーは快く頷いた。自分の自慢の教え子の輝かしい軌跡から、離れるわけもない。離れられるわけもない。
トレーナーとは、そもそもそういう生き物ものだ。少なからずそうでなくては、務まらぬ。スマートファルコンのチョコレートに描いた事柄への不安は杞憂であったと断言出来よう。
「ありがとう、トレーナーさん……!」
スマートファルコンは、自分の気持ちを相手から拒絶されずに内心ほっとした。
(………………にぶトレーナー……………)
内心ほっとしたと同時に、トレーナーの清々しい表情を見るにメッセージカードについての"もう一つの不安"は予感的中といったところだったが。
『☆トレーナーへ☆
だれよりもイチバン支えてくれてありがとね!
いつまでもず~っと推し続けたくなるような
すっごい活躍、いっぱい魅せてあげるから、
きたいしててね♪ ファル子より☆』
トレーナーに「難しい顔をしてどうしたんだ?」という旨の事を心配そうに訊ねられ、スマートファルコンはキラキラの笑顔のままぶんぶんと首を振る。
「ううん、なんでもないよ☆ トレーナーさん、これからもファル子の事よろしくね♪♪♪♪ しゃいしゃい、しゃーいっっっっっッッッ☆☆☆☆☆☆☆☆☆」
……スマートファルコンのバレンタインデーは、良く悪くも相変わらずのムードで締めくくられていくのであった。
一方でセイウンスカイは、夜の海岸で自身のトレーナーと待ち合わせていた。
(……こういう時間帯なら、誰にも見られないよね)
誰にも見られたくないだとか、夜景を見ながら好意を伝えたいだとか、乙女チックな目的があると見せつけるのではなく、セイウンスカイはあくまで自分勝手の物臭然として振る舞う。
もしかしたら、こういった行動をトレーナーは教員として好意的に考えてくれないかもしれない。それでも、セイウンスカイにはこういう振る舞い方しか出来なかった。
昔からそうなのだ。トレーナーと出会ってからも、彼に好意を抱いた今に至っても。
(…………まぁ、そりゃあ、"女の子"として扱われないわけですよ)
そんな振る舞いがトレーナーの異性たらしめないのだと、セイウンスカイは思っている。
そして、「そのままでいい」と思っている。どうせ教員と学生の間柄なんてそんなものだ。一方的な、実らない恋路である。そういうものだと、セイウンスカイは思っている。
自分の恋心が虚しく感じて、涙が出てきた。
こういう時間帯を選んで正解だったと、セイウンスカイは改めて思う。
虚しさのあまりチョコを渡さずに、帰ってしまおうかとも思った。
思いかけてから、「ざっざっ」と砂浜を歩くような音が聞こえてくる。
「……!」
セイウンスカイはハッとした表情で振り返る。泣いている姿が見られてないか不安だったが、気さくに笑って彼に歩み寄った。
「ハッピーバレンタイン」
明るい声色でそう言いのけた。だがトレーナーの顔色が芳しくないのを見て、セイウンスカイはピタリと止まった。
「…………やっぱり、セイちゃんみたいな女の子からのチョコはあんまり嬉しくないですかね」
セイウンスカイは思わず苦笑いをして、頬を指で引っ掻く。
しかし、セイウンスカイの思いとは裏腹にトレーナーはすぐ首を横に振った。
そして「女の子がこんな時間に一人で出歩いていたら危ないぞ」と、困ったような素振りで指摘してくる。
「……あはは、なにそれ。セイちゃんこう見えてもウマ娘ですから。熊に襲われたって逃げ切っちゃいますよ~」
実際そうだろう。熊に襲われたって、暴漢に襲われたって、お得意の脱出術を披露してみせる。
だがトレーナーが言いたいのはそういう事が出来るかどうかの話ではないのだ。
「まったく、相変わらずトレーナーは先生然としていますねぇ~。セイちゃん頭があがりませんよー」
頬に手を添えて、もう片方の手のひらをヒラヒラと冗談ぶった風に振るセイウンスカイ。
トレーナーは相変わらず困った素振りで、ヒラヒラと振られるセイウンスカイの手を引いた。
「え、あ、ちょっと」
トレーナーは自分の乗ってきた車へ歩きながら「送るよ」と言葉を向ける。
「それって"送り狼"ってやつー? ちょっとは女の子扱いしてくださいよー。まったくぅー」
セイウンスカイは先ほどからの調子を続けるように、冗談を続けた。その冗談には自嘲も混じっていたのかもしれない。
「女の子扱いしているから送るんだ」
心配そうな態度でそう言いのけるトレーナーに、セイウンスカイは何も言い返せなくなった。
(……参りましたねぇ。こんな人じゃなきゃ、わたしもとっくに諦めついてたのに……)
抵抗する気も失せて、彼と一緒に車へ乗り込む。このまま何事もなく、トレセンの寮へ車は直行するのだろう。このトレーナーに限って、このまま素敵な夜のデートにしゃれ込むなんて事はない。
……ただ、トレーナーからは女の子扱いされてないのだとセイウンスカイは思っていた。それが思い違いだったのが確認出来ただけ、今日の事は幸せだったのかもしれない。
ここで、少し時間を巻き戻してスペシャルウィークへ視点を移す。
「と、トレーナーさん! ハッピーバレンタインデー!」
沖野トレーナー改め、西崎リョウは驚いた顔でスペシャルウィークの顔を見つめる。
「おいおい、渡す相手間違えてんじゃねぇか」
照れ隠しなのか、本気でそう思っているのか。リョウは疑り深そうな顔を浮かべている。
「そ、そんな態度はひどいですよ~! 私だって、トレーナーに感謝してないトンチンカンなわけじゃあないんです! か、『感謝はイケイケフィーバー! チョベリグなチョコでバッチグー☆』というわけで…………」
スペシャルウィークらしくない"言語"を使う。リョウはその言葉で合点がいった。
「……東条のトコの子に唆されたな?」
そう指摘され、スペシャルウィークはいたずらっ子のように笑う。
「あはは……作り方はマルゼンさんに教わりました。でも、感謝しているのは本当ですよ!?」
そういわれては、改めて拒むのは無作法だろう。リョウとてスペシャルウィークの自尊心を傷つけて、スピカの面々にプロレス技を掛けられたくもない。
「それじゃあ、ありがたくもらっておくぜ。どれどれ……」
リョウは受け取った箱の包装紙を外し、中身を取り出す。
「おお……」
「ど、どうですか? 私の手作りです! 悲しい時も、苦しい時も、私を励ましてくれたトレーナーさんはまるで……」
「あぁ驚いたな。ドームケーキなんて手の込んだものを作ったじゃないか」
「そう、ドームケーキみたいだなって…………へっッッ!?!!?」
スペシャルウィークは驚愕する。自分は、ドームケーキなど作った覚えがなかった。にんじん型のチョコを作ったはずである。
「えっ!? えぇっ!! ええええええ! じゃ、じゃあ、私のチョコレートは……」
車が寮へ到着して、セイウンスカイはいつもの様子を取り繕って降りていく。
「あぁ、そうだ。セイちゃんのチョコレートちゃんと食べてくださいね~」
あくまで重要でない事柄のように振る舞う。トレーナーから逸らした顔が熱く感じる。
だが、胸の内にあるものは虚しくはない。むしろ心地よい。
トレーナーはそれを知ってか知らずか、セイウンスカイに感謝を述べて。チョコレートに添えられたメッセージカードを手に取って読み上げた。
『私の気持ちを、チョコに詰めました!
悲しい時も、楽しい時も元気にしてくれた
トレーナーさんは、にんじんみたいだなって!
だからこれまでも、これからも走れるんです。
この想いが、伝わりますように! スペより』
「え??????????」
セイウンスカイは澄ました声色が剥がれ、素っ頓狂な声をあげた。
セイウンスカイもトレーナーもしばらく呆然としていたが、トレーナーの方が合点がいったような、少し残念そうな態度で「あはは、スペちゃんに作ってもらったのかぁ」と漏らした。
『セイウンスカイの特別チョコ
スペシャルウィークの手作りチョコ。*1
使用するとTPが30回復する。』
「え、違……いや……え……?」
セイウンスカイは混乱する。自分のチョコは間違いなくトレーナーへ贈ったはずだ。
だが、セイウンスカイの目の前には、スペシャルウィークの作ったにんじんチョコである。
まるで……これは、そう……『セイウンスカイは物臭で、トレーナーにプレゼントするチョコをスペシャルウィークに制作代行を頼んだ』のだと受け取られても仕方ないような状況で……。
「違……違うんです……トレーナーさぁん……これは、えぇっと……」
しかし自分の作った実物がないから、ハッキリとどうこう言えない。トレーナーは苦笑いしつつも「早く寝るんだぞ」と優しい声色でセイウンスカイに言いつける。
セイウンスカイは、また、何も言い返せなくなった。
寮室へ戻ったセイウンスカイの元へ、スペシャルウィークから事態を説明する電話があった。
「ホンッッットごめんなさい!! 明日返しにいきますから!!!!!」
「あはは、いいの、いいの……ただ……もう……セイちゃん、ちょっと横になりますね……」
セイウンスカイは、この日は幸せだったと思っている。……セイウンスカイは、そう思いたい。
そういう形で、彼女のバレンタインデーも締めくくられていくのであった……。