この世界は動画再生サービスに支配されている。
今や誰もが自分のチャンネルを持ち、ところかまわず配信をしている。海外にも通用するような配信者を育成するべく、日本はとある法律を決めた。
それが、国民一人1チャンネルシステムである。
これはその法律が施行されて少しした頃のお話。
※また、こちらのお話はフィクションですプッチン。実在の人物・団体・出来事とは関係ありませんプッチン。
※さらに、こちらのお話はフィクションですプッチン。似たような人物・団体・出来事とは関係ありませんプッチン。
※電車で移動中の際に作成をさせていただきましたため、誤字脱字をお許しくださいプッチン。
それでも、愛と呼ぶのか
この世界は動画再生サービスに支配されている。
今や誰もが自分のチャンネルを持ち、ところかまわず配信をしている。海外にも通用するような配信者を育成するべく、日本はとある法律を決めた。
それが、国民一人1チャンネルシステムである。
チャンネルアカウントはもちろん、マイナンバーカードや保険証などの個人情報は全て首の後ろに埋め込んでいるマイクロチップで管理。チャンネル登録者の多い国民には様々な栄誉が贈られることになる。国民動画投稿チャンネル栄誉賞、人間国宝チャンネル受賞、主演男チャンネル主賞、主演女チャンネル主賞などなど。また、チャンネル登録者数はそのままその人の寿命へとつながるシステムなんだとか。
そして、そのシステム法案が施行されてから1年。
私のチャンネル登録者数は現在、30人。
……もともと、ゲーム配信は好きだった。参加者…リスナーとしてよくゲーム配信者のところに遊びに通ったほどだ。毎日毎日お気に入りのゲーム配信に向かうことが楽しかった。今では…見る影もない。今は誰もが死にたくないと言いながら簡単なゲーム配信からはじめているのでゲーム配信も多くなり、人もまばらになってしまった。チャンネル登録者の奪い合い…とまではいかないが、それぞれのゲームチャンネルは30人~60人くらい登録されていればいいほうだろう。
この法律が作られてから1年の施行猶予期間中に自分のゲームチャンネルを作り、機材をそろえた。ゲーム機にパソコン、マイクも高性能なものを選んだつもりだ。そうして、ようやく自分のチャンネルが出来上がり、自分のチャンネル登録者も40人くらいになってきた時だった。
「結婚してほしい」
付き合っていた彼氏からプロポーズを受けたのだ。学生時代から付き合っていた彼も、社会人として働いている。生放送とはまた別で、私たちは仕事をしているのだ。彼は私とは違い、顔出しをして面白い動画を毎日投稿している。
そんな彼と、私は一緒になれるのだろうか。
仕事の時間をとりながら、生配信もしなくてはならない。いや、毎日の放送はしなくてもいいのだろうが…。彼からのプロポーズをとても悩んでいた。
自分がそれを受けてもいいものなのだろうか。
自分のチャンネルでさえ、今ようやく40人になったところなのに。自分の寿命はあと39年。十分に暮らしていける人数は集まっているはず…だ。この薄給時代だと、私も働かなくては食べていけないだろう。だが、生配信をしないといけない。今後、人数が増えるのはいいとしても、減っていくのはよくないのだから。そう、登録者は減りもするのだ。そしてその分、寿命も確かに減っていくらしい。
数週間ほど考えてから、彼へとのデートの時にプロポーズを受けることを彼に伝えた。
「よっしゃ!」
本当に喜んでくれていたと思う。ガッツポーズをする彼は直ぐ様、携帯電話を取り出し、嬉しいことがあったと暈しながらツイート。
そして、きっと幸せにするからね、と抱きしめながら伝えてくれた。彼とともに歩んでいける。
そう、喜んでいた。
……1年の時が流れ。
二人暮らしは喧嘩もすることはあったが、それなりに楽しい暮らしをしていた。お互いのチャンネル登録者に伝えるか否か悩んだが、結局伝えた。彼のほうはガクンと登録者数が減ったようだが、私のほうはさほど影響はなかったらしい。そして、お互いの生活リズムがようやくわかってきた頃。
『あ、ちょっと…ごめんなさい。トイレに行ってきます』
生配信中の出来事だった。
急な吐き気に襲われ、トイレへと急いだ。便器に向かって顔を向ければ、せりあがるものを吐き出した。
ばしゃり。
ぱしゃ。
ぐっ、…ばしゃ。
とても生々しく、水音だけが堕ちる。落ちていく。胃の中のものがひっくり返った。配信中に飲んでいたお茶やら昼に食べたおにぎりが粉々と。次々と。
二日酔いの時のような感覚と似たもので、頭の中で「もう酒は飲みませんごめんなさい」と呟いた。しかし、よくよく考えてみると私は昨日酒は飲んでいない。悪いものを口にした…とも思っていない。
では、何か。この気分の悪さはなんなのか。
知る由もなかった。
「ご懐妊されていますね。おめでとうございます」
「ありがとうございます…?」
子供…?まさか、と。
あまりの気持ちの悪さに耐えられず、次の週末に病院を受診した。医者がいうには、もう三週目だと。実感があまり湧かないまま、あれよあれよと手帳やらなにやらと書類の手続きまで終わらせた。彼に連絡をいれれば、とても喜んでくれて、ありがとうありがとうと、何度も電話口で感謝された。
いや。まあ。…どういたしまして。あの気持ち悪さを思い出すと……そこまで感情は沸かなかった。
手続きも色々と必要だったが会社も産休・育休がとれるとのことだったので、申請をしておくことにした。配信もしばらくお休みをすることにした、とリスナーたちに伝えた。子どもを抱えての仕事に配信は忙しすぎてやっていけないからだ。そこに加えて家事もある。稼ぎを旦那に任せてしまう分、家事は完璧にこなすように心がけた。ごはんの匂いに気持ち悪くなりながら料理を作り、掃除をして選択をこなした。毎日買い物にいき、特売のチラシとにらめっこ。時折かかってくる会社からの電話にあーでもないこーでもないと伝える日々。簡単だと思っていた。だが、家事くらいは…と考えていたのが甘かったのかもしれない。
しばらくその生活を続けていたら、倒れてしまった。
彼…もとい旦那にはしっかり怒られ、病院の先生にもしっかり叱られてしまった。とにかく、妊娠中は安静にして、適度な散歩くらいでやめておくこと、と。適当に相づちを打っていたらすぐにわかるんだから、と釘を刺された。全く、旦那に愛されているな。
私の体調とはまた違って、お腹の子はすくすくと大きくなっていった。腹を撫でればトン、とそこを足で蹴ってくる子。それが愛おしくて堪らなかった。
旦那も同じように私の腹を撫でては、動く子供の様子にいちいち笑っていた。それが、とても幸せだ。
そして、ようやく臨月になり、大きなお腹を擦りながら生まれる日をまだかまだかと待っていた。予定日はもう一週間ほど遅れている。
陣痛が来ない限りは病院で門前払いを食らうため、仕方なく自宅で日々を過ごしていた。旦那は変わらず仕事。いつもどおり、ショート動画を見ていたときだった。
ばしゃり。
ばしゃ。
破水だ。腹も痛くなかったのに。
急な破水に困惑しながら、一応、病院へ電話をかける。
「陣痛ももうすぐ来るかもしれない。破水をしてしまったならもうすぐ生まれる可能性があるので、病院にお願いします」
予め用意しておいた入院用のバッグをひっつかみ、旦那へと電話をかける。電話はつながらない。
こうなったら、タクシーでいくしかない。いくら緊急だとしても救急車はきてもらえないらしい。タクシーアプリを起動して、タクシーに来てもらった。
「お客さん、どちらまでですか?」
「ゆうじん産婦人科までお願いします」
「あ、もしかして産まれそうなんですか?」
タクシーに乗り込む私に運転手が聞いてきた。
とにかく急ぎたいのだ。その質問すら、煩わしい。
「…あの、早くしてもらっていいですか」
「いやあ、配信させてもらってもいいかな?」
「どうでもいいんで、はやく」
どうでもいい、といった矢先にタクシー運転手は配信をはじめたようで、先程とは違った声色で挨拶をしている。
「ハァーイ!タクシー松本のタクシーちゃんねるだよ~!今日のお客さんは妊娠中の女性!行き先は産婦人科とのこと。はーい今日もタクシー配信をしながらお客様を運びますよ~!」
本当にそんなことはどうでもいい。はやく。とにかく急いでほしい。
いまだに出発していないタクシーにイライラしていると、急に腹に激痛が走った。
「……っっは、あ、っ!」
いたい。痛いどころの話ではない。
息も出来ないほどの痛みに耐えながら、ペチャクチャ何かを話している運転手を睨んだ。はやく、はやくついてほしい。
「お子さんは男の子と女の子どちらなんです?」
うるさい。
「お子さんのお名前ってもうお決まりですか?たくみなんてどうです?…って、私の名前なんですがね!」
うるさい。
返事など出来るほどの余裕などない。この陣痛に耐える声を、この男の配信になぞ乗せてやるものかと、そんなことを考えることしかできなかった。そして、私は意識を失った。
気がつくと病院についていて、分娩台の上にいた。
回りの看護士が気がついてこちらに駆け寄り、事情を説明してくれた。病院についた時にはもう私の意識はなかったと。代わりに支払いは同時刻に到着した旦那がやってくれたのだとか。なんともタイミングがいい男。
「子宮口はもう全開ですね。このまま産んじゃいましょう」
看護士はそのまま医師を呼びにいった。それと同時に、また再開される腹部の痛み。はっ、と息をするのも忘れるほどの苦痛。ぐつぐつと何かに圧されている感覚。腹部の痛みが腰にも伝わり、いきみたい感覚。
何時間とその感覚にチクチク苦しめられながら、医師と看護士に応援されながらお産を続ける。途中、何度か何かを確認されたが、なにも聞こえずにコクコクと頷いた気がした。それどころではない。
気がついたときには、旦那が隣にいてこちらに向かって携帯を向けている。
「がんばって…!」
がんばっている。いやまて。何を向けているのだ。私は、それをヨシとしたのか?がんばるってなんだ。もう私はがんばっている。がんばっているのだ。十分すぎるほどがんばっている。やめろそれを向けるな。私ががんばっているときになにをして。
「ああーっ!」
激痛。痛みに耐えきることができずに声をあげてしまった。
なにかがぶちっと千切れるような感覚がして、しばらくしてから声があがった。
おぎゃあ、ぎゃあ。
それは待ち望んでいたもの。自身の腹の中にいた愛しい愛しい子であった。何時間、ここで苦しんでいただろう。ようやく会えた。私はこのために。この子に会うために…
「さあ、お母さん。お子さんに最初の愛情をあげましょう」
産まれたばかりのふにゃふにゃの子供をこちらの胸の上におく。産まれたばかりのそれは小さく小さくまだぎこちなく動いている。
看護士は、そんな小さな生き物に注射器を取り出し…。そして、首の後ろに小さな注射器で何かを注入する。
「なっなにを…!」
手で子を守ろうと、振り払おうとしたときにはもうそれは終わっていて。件の看護士はタブレット端末を目の前にだし、
「さあ、お子さんに最初の愛情を注いであげてください。」
その画面は、動画再生サービスのチャンネル登録欄。は?と口に出す。急になんだ?どうしてこれが、最初の愛情になるのか。
「あと一分以内に、お母さんのアカウントでチャンネル登録してあげてね。しんじゃいますよ、この子」
「は、あ?」
こんなに早くチャンネルが開設されるものなの?これが、愛情?これが。こんな、産まれた瞬間から人に命を握られているような、これが、愛だというの?
子を見つめながらついつい考えてしまう。
「お、おい…!」
旦那に肩を揺すられて、ようやく我に帰った。急いで画面のチャンネル登録をおして、子のチャンネル登録者数が1になる。
ほ、と息をしたのは自分だけではない。旦那も同じように子のチャンネル登録ボタンを押していた。これで、チャンネル登録者は二人。つまり、この子の寿命は今の時点で2年だ。
「お子さんが2年の寿命の間に、チャンネル登録者数を増やしてあげてくださいね。みなさん、通ってる道ですからね」
微笑みながら看護士がいう。
これが本当に愛なのか。
これを愛と呼んでいいのか。
胸に乗ったままの子を見ながら想う。
人に生死を握られるこの子。
産まれたばかりの子のチャンネル登録をしないとこの子は死んでしまう。
そんなの。それでも。
『それでも、これを愛と呼ぶのか。』
私は未だに考えている。
Fin