そっと火に魅入られて
お火取り様は巡り行く
自分が住んでいた街の全てを見下ろせる位置
降り積もる白はまるで世界を塗り替える様で
瞳に映るそれが幻想的でとても綺麗に思えた
「はぁ……」
幸不幸、疲労か感嘆かそれ以外かも知れない
何の為にしているかも忘れそうな呼吸の合間
そっと漏れ出たかの様なか細い息吹も染まり
静かな空に漂ってその一時だけ煌めいている
「あはは、寒いなぁ」
それでも冷える身体を抱える事はしないのだ
無意味とは言わないが無駄には違いないから
そのままを口に出せどそれは正しく強がりで
吐露する言葉が聴かれる事のない独りの世界
それは辛さだけでなく確かな救いでさえある
この場の静けさに身を包まれ、安堵に浸った
楽しく話す相手は勿論、頼れる存在もいない
傷しかない身体が上げる悲鳴だけが頭に響く
しかし痛みなんて物は最早どうでも良いのだ
今の生にしがみつく程の魅力を感じないのだ
この平静な街に溶けて消える事が出来るなら
正誤は分からずとも導き出した答えに笑みを
乾いた笑みを虚空に浮かべながら目を閉じる
「まだ燃えれるのに勿体ないな」
「……だれ?」
諦めの悪い自分の決心を崩した音が聴こえた
開けられる事はなく、見える筈がなかった瞳
映るのは返す事なく、全てを呑み込む様な黒
その中に漂う様、浮かぶ様、ポツンと灯る白
一寸の先、鏡写しの様に同じ高さに浮かぶ球
一拍おいてそれが下がって漸く目だと気付く
頭を見るまで分からない程それは奇麗だった
「
「ひ、とり?」
それが指すのは名か役か、はたまた在り方か
受け取った言さえ正しいかは永遠の謎である
久しく受け取る応えには僅かに笑みが浮かぶ
「
「そう……」
訊くまでもなく答えたそれに暖かさを感じる
引かれると惹かれる、どちらが正しいのやら
寄せられるかの様な感覚だけが確かにあって
心地良さと気味悪さが相反して存在している
「今度は此方が訊こうか、君は消えたいのか?」
「死ぬとは思うけど?」
消えるが何の意を示しているのかは知れない
訪れるであろう事実だけを淡々と口に出した
それを聴いてかは分からないが困惑を感じる
「死では消えない。火は全てに存在する」
彼が言うには生物か非生物かなどは関係ない
そこらの石なんかにも火は宿されているのだ
そんな火を扱って、存在すると自身を語った
初めの声の通り、私にも火はあるのだそうだ
とはいえ、見て触れない物に想いは割けない
「君はもう自分の火を見ている」
そう言ってまた瞳の前まで頭を近づけられた
彼の眼の中で揺ら揺らと揺蕩い、灯る様な白
その目に映すのは彼が見た火そのものだった
ならば確かに私はこの白い火を見たと言える
何処までも真白でか細いそれには惹かれない
私は自己陶酔する人間ではなかったのだろう
白よりも黒に目を奪われるのは仕方ない事だ
「火が欲しいの?」
彼は火を扱うと言ったのだこの火も使うのか
それなら贈っても問題ないと私は答えられる
現れた理由もそれかと考えたが違ったそうだ
「消えそうな火が勿体無いと感じただけだ」
火は生死には関係ないとは先に聴いた通りだ
死のうとした事と火が消える事に同様でない
だが無関係でもないとの言葉に頭が痛くなる
同様近似か、必要十分か、または矢印なのか
謎掛けでない事を祈る中で続きに耳を傾ける
「火とは存在そのもの」
「火があるから存在する」
「存在するから火はある」
「死んでも消えなければ火はあるんだ」
ならば我思う故に我ありの言は間違いなのか
それとも死んでも私は在り続けると言うのか
もしくは私なんて火にとっては些細な一片か
分からないが私が消えかけなのは事実だろう
理由は検討もつかないが仕方ないと割り切る
火の事さえ今際の際に立って漸く知ったのだ
対処法なんて降って湧かねば知る術もないと
「もう少し生きてれば消えない」
思っていたら降ってきたのだから笑えてくる
されども生きてみろとはまた酷なことを言う
此時の此場所を死に場所と決めたというのに
望む望まないに関わらず臨む事になるのだが
最後に惜しまれて逝くのも粋かと一人愚痴る
「おそらくもう消えないだろう」
須臾より瞬よりも長い其れに意味があるのか
思考が実感させる今の生は果たして真なのか
果たす時の来ない問答には苦笑がよく似合う
乾けば尚良しと掠れ漏れ出る事なき喉を祝う
負けに溢れた道程で最後に白を得れた気分だ
得たのは輝けど瞬かず揺らめく白であったが
「素晴らしい白だ。君は世界に勝った」
それで良いと望まれて、薄れ崩れる此の世界
何処ぞ起承転を置き忘れ、結果てて楽しませ
独りではなく一人でもなくヒトリと火取りで
静かな終幕の一時、ただ笑みを浮かべ過ごす
「おやすみ」
終ぞ夢無き夢見の道行、優しく包むは闇の黒
喇叭も吹かれず、奏でられるは別れと子守唄
そっと交わされた一言は宙に雑り溶け消えた
荒廃し、形有れども姿なき、静寂だけの世界
揺ら揺らと吹けば消えるであろうか細き存在
「火が潰えるか、それも世界の」
居るは必然で知ったは偶然でただ降り立った
世界は死に絶え、火も消えるのを待つばかり
崩壊した世界に舞う灰がまるで火の終わりか
関連無きソレに禍々しい風情を見出し笑った
意義を失い、存在を失い、そして火が潰える
火の終わりと言うのは基本は全て変わらない
死んだ世界に意義を与えられる存在等居ない
姿失い境界薄れ、火を奪い取って耐えている
世界とは名ばかりの枠組みだけと化している
他の火なんて有りはしないと決めつけていた
未だ形を残す灯りを見付け、瞳とするまでは
「火の在る街が残るか」
意図の有無は知らぬが此れを護り支えるとは
街より国、国より星、星より世界のが強大だ
だが存在の器が大きい方に火が流れていない
あの街にはどれだけの想いが向けられている
この世界にはどれ程の絶望を抱いているのか
その火は何色でどの様に輝き、揺らめくのだ
「ぁぁ、みてみたい」
望むよりも早々とその身は火を目指し始めた
火の灯る街並みを歩けど生の気配は見られぬ
死に絶えた街は降り注ぐ灰をただ受け止める
その姿ある光景は弱々しくも確かに存在する
「こっちか」
火は存在、灯は導き、揺蕩う光を頼りにして
この幻想的な小さな炎の中をゆっくりと進む
そしてか細く、とても頼りない火を見付けた
それは純粋で真白な色をした暖かい火だった
意義を失えばこの火も世界に呑まれて消える
それを想うと惜しくて堪らなくなってしまう
惹かれるまま覗き込み、瞳に映し、声を零す
「まだ燃えれるのに勿体ないな」
「……だれ?」
名乗り、語り、尋ね、教え、終わりを過した
此方が火に惹かれる様に彼女は闇に惹かれた
互いに近くて遠いそれに向かって手を伸ばす
ほんの僅かな時間だがとても有意義な一瞬だ
そして彼女よりも早く世界から意義が消えた
残骸を呑み込んで、大きく街と燃え上がる白
枠組みも無くなって火を闇がそっと包み込む
「おやすみ」
とっくに聴こえてはいないだろうが紡ぐのだ
消え逝く別れに言葉さえ届く事なく躱される
それでも一人は独りでなく火取りに看取られ
恨んだ世界と愛した街を共にきっと巡るのだ