今回は過去視点で、当時の会話。この一連の流れを見たシリウスと、見せた三人娘の会話は次回。
―――時は少々遡り、クリスマスパーティー当日の生徒会室。
ここで1つの方程式が場に出された。どこぞのモジャモジャ芦毛なバナナ好きが語る勝利の方程式ではない。もう少ししょうもない方程式だ。
絶対皇帝+クリスマスツリー = ???
この方程式で何が出来上がるか。
答えとしては、混ぜれば良いというものではないという教訓が生まれるというところだろうか。少なくともシンボリクリスマスを見た同期三者の脳裏に浮かんだのは、『もう二度とこんな悲劇は起こすまい』という教訓と、あとは後悔と絶望だった。宇宙を背景とした猫が心象風景としては適切かもしれない。*1
何故絶望かというと、この会話はルドルフ(と、ニシノライデン。3着)が有馬記念を走り終わった後の話だったからであった。より正確に言えば、22日の有馬記念を終えてからの諸々が落ち着いてからの会合だ。24日、クリスマスパーティー直前の最終打ち合わせである。
クリパ開催まで、あと30分。
それまでに胸ではなく幹を張るシンボリクリスマスをなんとかせねばならなかった。
「ルドルフ、有馬記念を勝ったばかりの君がその……なんというか……奇抜な格好で登場したら、他の生徒たちがどう思うか考えないのか?」
「親しみ易いと思ってくれると嬉しいし、そうなるようなチョイスをしたつもりだ。どうかな、ライデン」
「近寄りがたいよ」
「……弱ったな。レースの時の威圧感のようなものが、この格好でも出ているのだろうか……」
ルドルフとは呼びたくないシンボリクリスマスが、眉をハの字にして困ったような表情を浮かべる。というより、感情表現が分かるのが顔と声しかない。
『耳は口ほどに物を言う』とはウマ娘の感情が耳に出ることを評した
なんならクリスマスツリーからルドルフの顔だけ出てるこの絵面も酷い。説明抜きに見せられたなら、悪質なコラ画像だと言われたとしても、世論は言った者の味方だろう。
そのシンボリクリスマスは自分が近寄りがたい威圧感を出しているのだろうとお困りであるが、この場合に出ているのは威圧感ではなく、夜道で変質者が放出しているのと同系統の近寄り難さである。
仮に夜道でシンボリクリスマスが小粋なダジャレと共に声をかけてくるような事案が発生したらどうなるか。恐らく数日中には不審者出没の注意喚起が回覧板あたりでご町内に出回るだろう。世間の対応も変質者に対するそれと同系統だ。
ただし世にはTPOという概念があるので、クリパ用の仮装で夜道がどうこうという仮定はシンボリクリスマス不利な歪曲した仮定だといえる。
では次の仮定。本来の
三人娘はこれが登場した場合のパーティーの展開を、各々脳内でシミュレートする。真っ先にシミュレートを終えた様子で、額に手を当てて天を仰ぎながら言葉を発したのはニシノライデンだ。
「……あー、なんかパパが若い頃に遭遇したすんごい困った事態と同じ系統のことになりそう」
「オメーはオヤジの事をパパって呼んでやがるんですか、ライデン」
「別に良いじゃん、僕がパパとママをどう呼んでたって」
「まぁ、そうですね。それよりライデンさん、その事態とは?」
沈思黙考する
宝塚風(レースではなく歌劇団の方)の男装が似合いそうでありながらも両親をパパママ呼びしている
「会社で鬼の異名を持つ辣腕営業部長が、唐突にカツラ外して出社してきた時の部署の中の空気」
「触れて良いのか、触れるにしてもどう触れるべきなのか分からなくて、すっげぇ怖ぇ奴ですねソレ」
「もう気にするのをやめて外す事にしたらしいんだけど、部長のほうも誰か触れてくれたほうがありがたいのに誰も触れてくれないから、部署の空気が一触即発の爆薬庫じみてたって」
「シンボリクリスマスがクリパに降臨した際に予想される未来図と近いものを感じますね……」
概ねロクな事にはなるまいという結論である。誰も好き好んで一触即発の爆薬庫でクリスマスパーティーをしたいとは思わないだろう。
爆薬庫以外にその空気を表現するならば、肝練り辺りが近いだろうか。単発の火縄銃でも遊べるように考案された日本式ロシアンルーレットであり、戦国時代の九州の南の方の魔境で流行ったとかなんとか。*2
流石にクリパの空気を爆薬庫、或いは肝練りにするわけにはいかない生徒会であるが、であれば何をすれば良いのか。それは単純明快であり、ルドルフにツリーを脱がせれば良い。
その際に間違いを認めさせるとかどこが悪いのかを理解させるとかの余分を求めることは悪手であると、数年来の付き合いである同期たちは理解していた。
シンボリルドルフというウマ娘は強固な信念に基づいて行動するタイプであり、それは裏を返せば頑固で思い込みが強いという一面を彼女が持っている事でもあるからだ。長所と短所は表裏一体である。
そして明晰な頭脳と高い視座を持つが故に、だいたいの場合は彼女の考えは大筋で正しかった。それ故に考えを修正するという経験が不足しており―――言ってしまえばシンボリルドルフは『自己の誤りを認めて方向を修正する』という事に不慣れなのである。
他者と意見や思想が相違した場合、彼女は自己の正しさを言葉と行動で証明する方が圧倒的に多かったのだ。
シニア宝塚記念前後に発症した過労と不調、そしてそこから他者に支えられて復活したことから、今の彼女は自分が間違っていた場合にはそれを認めて改める事もできるルドルフであるし、その事によって自身の可能性が爆発的に広がった事を自覚したが故に忌避感もない。
むしろ他者の視点や考えを受け入れようと、積極的に『何故?』『どうして?』という質問を投げかけてくる事は疑いなく、それはシンボリルドルフというウマ娘が『最初の3年』を走りきって得た成長であり進化の形だ。
仮に彼女に対して同期たちが間違いを説いた場合、彼女は頭ごなしに否定するような真似は絶対にしない。何故、どうしてと疑問を返してきた上で自分に非があると納得すれば、謝罪して行動を改めてくれるだろう。
―――フザけんな、あと30分どころか25分と少しでクリパだ。
もはや議論に付き合う時間も惜しい同期どもである。
皇帝の成長と進化は嬉しいことだが、それとこれとは話が別だ。なんなら何かしら誰かの信念や在り方に関わってくる話でもない、ウマ娘とモミの木の融合生物をどう遠心分離するかという話なのだ。
これが生き様、信念、在り方など誰かにとって重要な話であれば、彼女たちもクリパよりそちらを優先するだろう。しかし残念ながら今はそういう話ではない。
真面目な話は真面目な時に。TPOの考え方である。
だからこそ、この時に同期たちがルドルフ相手の対策として選んだのは、適当に言いくるめてモミの木から皇帝への進化を遂げさせることであった。
「あー……ルドルフ? そういうわけで、メリハリをつけていこう。僕らは仮装で出るけど、君はそれ脱いで普通に制服で出て貰う。全員じゃなくても仮装して出ていけば、場の雰囲気を崩すという大目的は果たせるだろう。っていうかその仮装だと手も出ないから、君がやる予定の開始挨拶の時にマイクとか持つの無理だろうし」
「そこはほら、誰かに頼んでマイクを口元に持ってきて貰えば良いだろう。大同団結。誰かを頼り仕事を任せる事で、こうして可能性が広がるんだ」
「
ライデンの提案に対して、この3年間で得た新たな知見と可能性を幹を張って答えるシンボリクリスマス。
成長と可能性を見せるにしても、少々見せ方が雑すぎやしないだろうかと思うスズパレードである。
スズマッハの言葉が効いたというわけでもないようだが、シンボリルドルフの顔が表面にひっついているクリスマスツリーは困ったように眉をハの字にし、幹をゆさゆさと揺らす。
これはどういう感情表現なのだろうか。耳、胴体、尻尾、その他全てがモミの木の内部にあるため、肩を竦めるとか腕を組むとかの一切のボディランゲージが『幹を揺らす』に変換・統一されている。
「何故そんなに怒っているんだ、マッハ」
「時間がねぇんですよ時間が! クリパまであと何分か分かってやがりますかオメー!? アタシらも自分の仮装に着替えなきゃいけないんだから、アンタはとっととそれ脱いで制服に着替えてくれますかねぇ!?」
「……分かった。九腸寸断*3の思いだが、君たちの意見を容れよう。意図せず威圧感が出てしまっているなら、他の生徒達を萎縮させてしまう可能性もあるからね」
「もうそれでいいです! アタシらの着替えどこですか!?」
「ああ、そっちのダンボールだけど……」
「ハイ分かりました! パレード
「……ルドルフ相手にあそこまで捲し立てられるのはマッハくらいだなぁ」
「こういう時は助かりますけどね、マッハちゃんのあの雑な性格」
業を煮やしたスズマッハの説得―――と呼ぶには少々知性が足りていない雑なゴリ押しで、ルドルフが衣装替えを承諾。
そのルドルフより早く、マッハがスポポポポーンと擬音が付きそうな勢いで制服を脱ぎ捨て、生徒会室で堂々と下着姿になる。色気のない灰色のスポーツブラとスパッツであるが、うっかり誰かが生徒会室に来たら目も当てられない光景であるため、ライデンが慌てて扉に走り寄って鍵をかけた。
なお議事録映像にはしっかり映っているため、後に
「雑だよこういうところも! 恥じらいを持ちなよ、恥じらいを! 教師やトレーナーだと男性も居るんだから、そういう人が入ってきて見られたらどうするのさ!?」
「しかも脱いだらちゃんと畳みなさいと言っているんですけどね、常々……」
「普段は寝る前に脱ぎ散らかしても、朝になったらちゃんと畳んでるんですよアタシ。寝ぼけてやってるんですかね」
「それ私がやってるんですよマッハちゃん?」
ライデンの悲鳴めいた非難とパレードのジト目と小言がマッハに飛ぶが、自他ともに認める雑なウマ娘ことスズマッハ、気にせず下着姿でダンボールの蓋を開ける。
―――開けた所で、非難にも小言にも一切動じなかったマッハの動きが石化したかのように停止した。
「……マッハちゃん?」
「……嘘でしょ……」
それどころか、どこぞの最速の機能美のような言葉を震える声で吐きながら、ダンボールの中を覗いて固まっている。
いったい何があったのかと後方左右から顔を出して、パレードとライデンがダンボールの中を覗き込む。そして両者、スズマッハ同様に硬直した。
ただでさえ時間が足りない状況で、1分ほどの沈黙。それこそルドルフが内側からもぞもぞと頑張ってキグルミを脱ぎ去り、シンボリクリスマスからシンボリルドルフに進化を遂げるまで沈黙が続いていた。
樹木からウマ娘へと種族分類が変わった皇帝が、キグルミに入っていた時にも中に着ていた制服の襟を直しながら、沈黙している三者に対して声をかける。
「素晴らしいだろう? これほどの物が見つかるとは思っていなかった。それも、
「………」
「………」
「………」
ダンボールの中には、恐らくルドルフが先程まで着ていたものと同型だろうクリスマスツリーのキグルミが3着入っていた。
否、正確には同型ではない。未開封のそれらは折りたたまれた状態でも見て分かる程度にデザインの差異がある。ツリー飾りの色合いが、各々の勝負服に合わせるようなものなのだ。発注者のルドルフが、『同じのを4着』などという注文をしなかったのは明白である。
恐らくルドルフはウキウキと、同期の仲間と一緒にクリスマスパーティーでそれを着る姿を夢想しながらキグルミを選んだのであろうことは想像に難くない。少なくとも皇帝の同期3人娘は、ルドルフのその姿と心情を想像できてしまった。
「……着ますかぁ。皇帝サマが選んでくれたモンですし、絶対に100パー善意で選んでやがりますよアイツ」
「……そうだね。これで僕らまで拒否したら絶対落ち込むものね、ルドルフが」
「……次以降はこのような事は起こさないようにしますけど、今回は腹を括りましょう」
そうなるとルドルフに弱い……というより甘いのがこの3人の共通点だ。
ライバルというほどの存在にはなれなかったが、だからこそルドルフを自分たちの総大将だと認め、その理想の一助になろうとして生徒会活動への協力を申し出ているのが彼女たちなのだ。
時々天然ボケやコミュ障による奇行に走る癖や、妙な所で見せる『ルドルフ』ではなく『ルナ』的な子供らしい感性まで含めて、シンボリルドルフというウマ娘の魅力だと思えてしまう程度には―――結局のところ彼女たちは、ルドルフが大好きなのである。
三者三様、苦笑と絶望と開き直りの表情を浮かべながら、3人は各々の勝負服に似せた色の装飾が付けられたクリスマスツリーのキグルミを手に取った。
「ルドルフ、オメーこれ中に制服着て入ってましたけど、暑すぎたり寒すぎたりしましたか?」
「少々暑かったが、流石に下着で入ると今時期は寒いと思う。まして、クリパ会場は広い部屋を使う分だけ暖房も分散するからね」
「んじゃー制服着直しますかぁ……」
「僕は暑がりだから、ブラウスは外して入ろうかな……って、カメラカメラ! 議事録とる為に回してるんだから、着替えが映るよ! っていうかマッハの着替えがモロ映ってるよ!」
「はァ? 何をカマトトぶってんですかライデン。こんなん見られて困るモンじゃねぇですし」
「困れよ! ああもう、録画止めるよ!!」
その段階でカメラの存在に思い至ったライデンが、慌ててタブレットに走り寄って録画を停止する。
この場の話はまだ続くが、数カ月後のシリウスシンボリが見ている議事録動画はひとまずそこで終わりを告げるのだった。
クリスマス篇というか、ルドルフと同期の学生生活的な部分は次回まで。
最終章までにやるとすればあと1名、トウカイローマンをどうするかという感じです。
トウカイローマンはトウカイテイオーの母の姉であり、伯母にあたります。
戦績的にはパレードやライデンに劣るものの、その世代でオークスを勝った牝馬ですね。