“皇帝”と愉快な同期たち   作:カミカゼバロン

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 今回、結構独自設定が入っております。ご了承ください。

 アプリ版のオールスター時空ではなく、年代順に進むシングレタイプの世界設定である事と合わせて、どうすれば整合性が取れるかと前々から色々捏ねてた設定です。


閑話 シリウスシンボリ 2

「当初はテイオーちゃんはローマンさんに憧れて、ティアラ路線でオークスを目指すんだと言っていたらしいんですけども……」

 

 事情を知らないシリウスシンボリに対して、生徒会室のソファに行儀よく腰掛けながらスズパレードが説明を開始する。

 対面のシリウスをはじめ残りの面々は思い思いに周りに座っており、第三者がその姿を見たならば各々の振る舞いから育ちや性格の差、あと角度次第ではマッハのパンツが見えるだろう。

 ガッツリと脚を開いて、主不在の生徒会長席のテーブルにあぐらをかくように行儀悪く腰掛けているスズマッハであった。見るものが少し屈めば、本来であればスカートの中に隠されているべき領域が見えてしまう格好だ。とはいえこの場の面々は先程までの議事録動画で、もう要らんというくらい見ているのだが。

 

 この場の誰もマッハの作法を指摘しないのは、パレードとライデンはもはや諦めの境地に達しており、シリウスから見れば斜め後方の位置で視界の外だからである。シリウスの対面のソファにて両膝を揃えて背筋を伸ばし、御令嬢のような座り方をしているパレードと実の姉妹なのだから、教育や環境が性格に与える影響というものは色々な意味でよくわからない。

 

 シリウスも緩く脚を組んでふんぞり返った座り方であるが、教養や礼節がしっかりしているウマ娘がある程度意識的にやっている振る舞いである。斜め後方に見える素材の味を活かしきった総天然の無作法と比べると、少々パンチもパンツも足りていなかった。

 最後の1人であるライデンは、パレードの横で長身を猫背に丸めて、テーブルの上に置かれた欧州土産のクッキーに手を伸ばしている。自分で淹れた紅茶に『あちち』と声を上げて慌てて息を吹きかけている事まで含めて、ある意味では一番標準的な学生少女らしい振る舞いだ。或いは他が少々変わり者ばかりなのかもしれない。

 

「気を良くしたローマンさんがテイオーちゃんをレース場に連れて行ったら、そこでルドルフさんのレースを見ちゃったみたいで」

「……どうなったかっていうのが分かりやすいな」

 

 そしてスズ姉から伝えられた事情に対して、シリウスが口元を歪めるように苦笑する。

 ここまで聞けば経過はシリウスの立場からも想像しやすく、そして起きた現象も概ね想像通りのものだった。

 

 トウカイという家門は古くから続く家柄でありながらも、グレード制(GⅠ、GⅡ、GⅢなどの国際格付け)導入後には未だGⅠ勝利ウマ娘が居なかった。

 そこで本家の御令嬢による初めてのGⅠ勝利―――それも格式高いクラシックのGⅠ勝利を齎したのがトウカイローマンだ。歳が近い叔母のその活躍に、姪のテイオーは憧れの目を向けていたという。

 溺愛する姪っ子からのその憧れの視線に気を良くした樫の女王は『レースの解説をしてあげるので一緒にレース場に行こう』と姪を誘い、オークスの翌週にテイオーを連れてレース場へとウキウキで向かった。

 

 オークスの翌週―――つまり、シンボリルドルフの日本ダービーである。

 

 それを見たテイオーは、一気にシンボリルドルフの走りに魅了された。更にルドルフが菊花賞を制しての無敗三冠ウマ娘となり、通算で7冠を取って生ける伝説のような結果を残し―――。

 最初にレースを見てから1年も経てば、もはやすっかりテイオーの目標は、オークスを勝った叔母からカイチョー(シンボリルドルフ)のような無敗三冠へと変わっていたのだ。

 

 トレセン学園に入学してカイチョーのような無敗三冠ウマ娘を目指すのだと気炎を上げているテイオーは、まだまるで身体が出来上がっていない年齢でありながらも、天性の柔軟性を活かした走りは既に見る者に才能の片鱗を感じさせている。

 いるのだが、恐らく彼女がトウカイローマンの後を追ってオークスでその走りを披露する事は無いだろう。GⅠレースというものは出ることすら簡単ではないというのは前提とした上で、仮にトウカイテイオーが出てくるとしても日本ダービーの方だと思われる。

 

「そういえば今日ルドルフが居ないのって、そのローマンに仕事任せに行ってるからだよ。聞いてなかった?」

「所用でトレセン学園を留守にするとしか聞いてなかった。だが、やっとあの皇帝サマも他人を使うって事を覚え始めたようだな。自分が上手く出来すぎるから、大体の物事は自分がやるほうが他人に任せるより良かったんだろうが……。責任と裁量の範囲が広がってくれば、それじゃ成り立たなくなるっていうのが子ウマ娘でも分かる道理だろ」

 

 悲嘆に暮れる(狂乱する)樫の女王から繋がる話をライデンが思い出して口に出すと、シリウスは呆れたような小馬鹿にしたような笑いを浮かべながら、吐き捨てるようにルドルフへの批判を言い放った。

 とはいえ内容をよく聞けばルドルフの能力の高さを認めた上で、彼女が他人に仕事を任せられるようになった事を安心しているものでもある。なんともひねくれた関係である。

 

「ふふっ」

「……チッ」

 

 それを聞いたスズパレードが微笑ましいものを見るような視線を向けてきているのに気付いて、シリウスは舌打ちしながらそっぽを向く。

 レースでの強弱ではなく単純な対人関係においては、シリウスもルドルフもどうにもパレードと相性が悪いというか、強く出られないような部分がある。この辺りもシンボリの両名は似た者同士なのかもしれない。

 

「他人に仕事振るようになったってぇのもそうなんですけど、今回に限っては元々ルドルフよりローマン向きの仕事(ヤツ)なんですよ。トゥインクルシリーズを走るウマ娘による、レース場紹介を書くみてぇな奴です」

「へぇ、なるほどな。…………。だが少し疑問が残る」

 

 シリウスから見れば斜め後ろ、会長席の椅子ではなく机の方にあぐらで座っているスズマッハからの声に、シリウスが振り返りながら言葉を返す。その言葉の中に含まれていた不自然な沈黙は、スカートで堂々とテーブルの上であぐらをかく姿に対しての驚愕と困惑によるものだろう。

 不自然ではない程度に身じろぎして、ゆるく組んでいた脚をそっと揃えて座り直すシリウスである。自身のスカートの裾を引っ張って脚を隠そうとする動作から考えると、高度的にマッハより低い位置に座っている後輩からは、先輩のスカートの中身が見えていた可能性が高い。

 人のふり見て我がふり直せ。実に優秀な反面教師である。シンボリの本家が頭を痛めているシリウスの奔放な振る舞いの矯正に、ごく一部とはいえこの短い時間でスズマッハは成功していた。したからといって、何がどうしたというわけでもない。

 

「そういう堅苦しそうな仕事こそ、お堅い皇帝サマの得意分野だろう。トウカイローマン先輩とは会ったことないんだが、なにか文章力でも凄いのか?」

「あー。大記録っちゃあ大記録なんですけど、GⅠ勝利とかと比べて目立つタイプの記録じゃないですから知らんのも無理はねぇですか。シリウス、アンタはURAが管轄する全10場のレース場のうち、どこで走ったことがありますか?」

 

 質問に質問を返すスズマッハであるが、シリウスは特にそこを指摘はせずに、自身の顎に手をやって軽くレースを思い出す。

 ルドルフに対する反発心のみならず、そうじゃない相手に対しても舐められる事を嫌うシリウスであるが、スズ妹(スズマッハ)の雑な性格に対して細かいことをいちいち指摘したり反発しても無駄だと理解したのだろう。

 そもそも些細でないことに対しても雑な基本生態なのが、スズマッハというウマ娘である。恐らく言っても暖簾に腕押しだ。

 

「私は日本では6戦だからな。レース場ごとに特徴・特性もあるから、メイクデビューから慣れる意味でもダービーや皐月賞が行われる東京・中山の両レース場に絞ってたんで、その2箇所だけだ」

「芝GⅠは東京、中山、阪神、京都あたりに集中していやがりますからねぇ。かくいうアタシも東京、中山、京都の3場だけです。これでも20戦近く走ってんですけど、やっぱ地の利って意味でもある程度固めるモンですね」

「僕は札幌記念行ったことあるよ。メイクデビュー中京だったし、東京、中山、阪神、京都、札幌、中京で6場。22戦だけど、結構あちこち回ってる部類かなぁ」

「あら、ライデンさんはそういえば福島には行ったことがありませんでしたか。私は16戦のうち福島で3回走ってますので、東京、中山、福島の3場ですね*1。ルドルフさんはメイクデビューだけ新潟で、あとは東京、中山、阪神、京都の主要4場だった筈です」

 

 各々が自身の戦績・戦歴を思い出しながら、トゥインクルシリーズを走る者ならではの言葉を交わすウマ娘たち。そしてこの話題が出てきた以上、シリウス側も概ねトウカイローマンがルドルフに勝っている点というものを予想することができた。

 ローマンがルドルフに勝る点。それはレース場を巡った経験数だ。

 

 スズマッハの言う通り、レース場はそれ毎に特徴がある。『中山の直線は短いぞ!』などがその典型として挙げられるだろう。故にある程度レース場を絞り、そのレース場の特徴に合わせた走りを覚えるというのは、勝利を求めるための一般的な努力といえた。

 特に芝のGⅠレースは東京、中山、阪神、京都に集中しているため、世代を代表するGⅠ級のウマ娘であれば概ねその辺りばかりを走ることになる。ルドルフなどはそのタイプだ。

 むしろメイクデビューで新潟を選んだ分、GⅠを複数取るようなウマ娘の中では種類が多い部類ですらある。上の世代でいえばミスターシービーやカツラギエースなどは、上記主要4場のみしか走っていない。

 

 トゥインクルシリーズ10レース場の中でも大都市圏にあるそれら4場は『中央場所』とも呼ばれる主要なレース場だ。逆にそれ以外の6場で開催されるレースは『ローカル戦』と呼ばれたりもする。

 それとは別に笠松やら苫小牧やら高知やら大井やらにあるレース場はローカルシリーズのレース場であり、URAではなく地方のレース団体が管理・管轄している。それら地方団体のレース場であっても、地方交流重賞というレースにおいては中央のウマ娘がそちらに走りに行くこともあるため、少々ややこしい。*2

 

「……なるほどな。レース場の経験数っていう意味では、世代の頂点“ではない”方が多いか」

「新潟や函館、札幌に小倉、あとは中京と福島か。そういうローカル開催のオープン戦や重賞に挑みに行くことってあんまり無いからね、そういう頂点のウマ娘って」

「だからローカル開催のレース場についての紹介を書くなら、新潟以外のローカル開催は走ったことがないルドルフよりも、トウカイローマン先輩が適任ってワケだ。納得した。……だが、ルドルフとローマン先輩はトウカイテイオーって子ウマ絡みで仲が悪いんじゃあないのか?」

「テイオーちゃん絡まなければ割と友好的ですよ。だからこそテイオーちゃん絡んで狂乱した時のローマンさんは、見てる分には結構面白いのですけども」

「……段々分かってきたが、アンタなかなか“イイ”性格してるな、パレード先輩」

「ありがとうございます、性格が良いだなんて」

「そういうトコだよ……」

 

 渋面を作る後輩に対して、パレードは穏やかなニコニコ笑顔である。

 やりにくさを感じながらも、シリウスはスズマッハに話を振って本筋へと流れを戻すことにする。パレードにパスを戻さなかったのは、逃げたわけではない。多分きっと。

 

「……ルドルフとローマン先輩が不仲じゃないなら、私からは特に言うことはないが。マッハ先輩のさっきの話だと、6場を走ったライデン先輩とかじゃなくローマン先輩に話が行ったって事だろう。トウカイローマン先輩は何種類のレース場を走っているんだ?」

「全部ですよ」

「……は?」

「だからローマン、全部走ってます。主要4場以外に、新潟、函館、札幌、小倉、中京、福島。以上、全部」*3

 

 てっきり7~8場くらいだろうと予想を立てていたシリウスであるが、流石にオールコンプは予想外だったようで、口から意味のない疑問符が漏れて出た。

 思い出しやすいところで自身とルドルフ以外のシンボリのウマ娘のレース戦歴などを思い返してみるシリウスであるが、やはりせいぜい5~6場だ。ライデンが言っていた通り、世代上位の戦歴を持ちながら6場を転戦していれば十分に多い部類である。よしんば世代のティアラ路線の頂点といえるオークスを制したウマ娘が、よくぞそこまでドサ回りをしたものだ。

 

「……それって相当に凄いんじゃないか?」

「URA史上2人目の記録だって事でちょっと話題になってやがったんですよ。誇張して言えば、史上4人いる三冠ウマ娘よりレアな成績です。それに加えてオークスウマ娘っていうネームバリューもあるから、この仕事には自分より適任だろうってルドルフが言ってやがりました」

「ああ……それなら確かに、私でもローマン先輩に仕事を頼むな」

「ローマンってば旅行好きだから、レース場だけじゃなくてその周辺の話も出来るんだよね。そういう意味でもホント適任。お客さん向けの紹介だと、そういう感じで間口広げられるし。僕も6場巡ったけど、レース終わってから観光とかしてなかったから話題がなぁ」

 

 ぼやくように言ったライデンが、『それに』と呟いて言葉を付け足す。

 

「引退したルドルフ相手に、そういうレース場周りの面白いトコとか仕事にかこつけて案内したり紹介したり出来ないかって、実はこっそりローマンに打診して協力の確約貰ってたり。そういう感じにしないと、今でもやっぱりルドルフって仕事中毒(ワーカホリック)な部分あるからね」

「ハッ! 皇帝なんて言われておきながら、こんな感じに下に支えられてるんだな、アイツは。大変だったら私に言えよ? しっかり文句を届けてやる。……アイツにとってのこんな仲間、そうそう居ないだろうからな」

「ありがと。でも、逆に君の方こそ安心して欧州挑戦に集中してほしいかな。そっちはルドルフが引退しちゃった以上は、今の日本ウマ娘すべてを見回しても―――恐らく君にしか出来ないことだから」

「―――……それは」

 

 ニシノライデンが苦笑と共に告げた言葉に対して、シリウスシンボリが言葉に詰まった。だがライデンはそれを気にせず、その場の―――或いは日本のウマ娘を代表するように言葉を続ける。

 

「僕やパレード、マッハは下から支える事はできるけど、君のようにルドルフに近い視座や能力が求められるような挑戦をする事は出来ない。他に可能性がありそうなシービー先輩、エース先輩は引退済み。ニホンピロウイナー先輩は適性距離が短すぎる。僕で勝負になるミホシンザンでは、まだ足りない。たぶん、君しか居ないんだ」

「……ルドルフの代わりという役柄を、私にやれってか?」

「無理を承知で、出来ればそれ以上をお願いしたいかな。それが出来る可能性があるのは、今は君しか居ないと思う」

「……ライデン先輩は、人を乗せるのがお上手なことで。良いぜ、その言葉に踊らされてやる。上手なおべっかに対する『褒美』だ」

 

 戸惑いから解放されたシリウスが、くつくつと喉を鳴らすような笑い声をあげる。歯を剥くようにして口角を上げた、挑戦者の笑みだ。

 語る言葉は先輩に向けるものとしては不遜で傲慢なものであるが、しかし彼女らしさに溢れた物言いでもある。端的に言えば、ノッてきたのだ。

 

 彼女にとって目標でもあったシンボリルドルフが、海外挑戦の1戦目で脚を故障しての引退という結果となってしまったことに対して、彼女の方も思うところはあった。

 怒りや失望ではない。ルドルフも全力を尽くしていたという信頼はあるし、かつてのようなある種の傲慢さで失策を犯したわけではなく、同期からの諫言を容れて被害を最小限に抑えたというのも聞いて、その判断は評価している。

 攻撃的・否定的な感情ではなく、ふわふわと浮いたような、蹄鉄がターフを噛んでないような、そんな感情だ。いきなりゴール板が消えてしまったかのような感覚だったのだ。

 

 シンボリの家門における共通目標であったそれを共に担う相手が、それも自身がどうしようもなく認めるルドルフが脱落したことに対して、シリウス自身もどう気持ちの整理をつけていいか分からなかった。或いはそれに対する自覚すらも、どこか曖昧だったのかもしれない。

 このタイミングでの一時帰国はルドルフに対する心配もあったが、シリウス自身がどこか浮ついた精神状態になっていることを見抜いたトレーナーの判断もあった。

 

 ―――それに対する答えが、意外な相手から意外な形で与えられた。

 

『ルドルフに近い視座と能力が求められることであり、君にしか出来ない。できればルドルフ以上の成果を出して欲しいし、それが出せる可能性があるのも君だけだ』

 

 概ねシリウスにとっての満点回答であり、やる気が一気に絶好調に上がる言葉だった。

 

 ルドルフの代わりをやれと言われていたら、シリウスは反発していただろう。型に嵌めるのも嵌められるのも嫌うのがシリウスシンボリというウマ娘であり、ましてや『シンボリルドルフ』という型は誰に模倣できるものでもないと、シリウスこそが誰より高く評価している。

 

 ルドルフより上だと持ち上げられていても、シリウスは反発していただろう。シンボリルドルフという幼馴染を誰よりも高く評価しているのは、ある意味においては彼女だからだ。その相手よりも上だと持ち上げられては、おべっかか無見識だと切り捨てられるのがオチである。

 

 ルドルフの代わりにはならないが代打として行ってくれと言われても、シリウスは反発していただろう。ルドルフに対する評価とは別に、自分自身に対するプライドがある。同期と戦い勝ち取った世代の頂点、ダービーウマ娘の栄冠は軽くない。それごと軽く見られる事は、自分の同期をも軽く見られることだ。

 シリウス自身は認めないだろうが、ルドルフと彼女の似通った部分として、自らの“群れ”と定義した相手に対する庇護欲の強さがある。ルドルフはそれがウマ娘全体という馬鹿げた広さを持っているが、対するシリウスシンボリにとっては同期や自身を慕ってくれる後輩などの比較的狭い対象が自己の“群れ”だ。そういう相手を貶めるような物言いは、ルドルフに対するものとは別軸のシリウスにとっての逆鱗である。

 

 だが、この答えはどうだろう? ルドルフの事もシリウスの“群れ”の事も貶めることなく、それでいてシリウスに対して望むことを明確に訴えてきていた。

 ―――出来ればルドルフを超えてくれ。それが出来る可能性があるのは、もはや君しか居ないのだ。

 

 なんとも上手くやる気を煽るおねだりだと、シリウスは笑みを深める。

 ターフを噛んでいなかった蹄鉄が、がっちりと芝を掴んだような感覚だ。見失ったゴール板(目標)が、再度見えるようになってきた。

 シンボリルドルフが居たとしても出せないような成果を、欧州遠征で成し遂げる。それが恐らく、シリウスシンボリというウマ娘が描くべき目標だ。

 

「最大限の成果を持ち帰ってやるよ。楽しみにして待っていな」

「ハハッ! 大きく出たじゃないか。うん、頼むよシリウス。楽しみにしてる」

 

 強気で傲慢な笑みを浮かべたシリウスシンボリと、人好きのする笑顔を浮かべたニシノライデンが握手を交わす。

 ―――シリウスシンボリが再度の遠征に旅立つ数日前のことだった。

 

 その後も続いたシリウスシンボリの海外遠征は、14戦して0勝という結果と終わる。

 特に最大目標であった凱旋門賞における14着という大敗から、『シリウスシンボリの海外遠征は失敗だった』とする声も少なくない。

 

 しかしそうした論調が耳に入った時には、ルドルフやライデン、スズ姉妹、あとはミホシンザンを代表とするシリウスの同期たちなどは、その意見に対して頑強に反論した。

 確かに凱旋門賞は大敗であったが、そのレースは凱旋門賞史上最強とすら言われる豪華メンバーが揃ってしまっていたのだ。それに加えて遠征の不利を鑑みると、その1戦だけで彼女の遠征を総括するのは暴論であるというのが、ウマ娘たちの主張である。

 

 加えて遠征14戦のうち9戦は入着しており、勝利こそ無かったものの多くのレースで好走という結果を残していた。

 レース場や対戦相手の情報も少なく、それを調べられるツテもなく、ノウハウも全く蓄積されていない。そんな状況でGⅠでの3度の入着含めた健闘を、それも丸2年に渡って続けられる精神的・肉体的な強靭さを持ったウマ娘がどれほど居るのか。

 

 そして何よりも重要なのが、シリウスシンボリが体感した欧州と日本のレース文化の差異という“活きた”経験が日本URAに持ち帰られたこと。それを元にシンボリルドルフらとの協議の上で対策・対案が練られ、後に1つの制度が導入されるようになったというのは、三女神様ですら覆せない事実である。

 

 ―――アオハル杯、共同創設者。

 シリウスシンボリとシンボリルドルフの両名の名前は、後にURAの記念展示館にそう残される。彼女たち両名は日本ウマ娘による海外挑戦の礎を作ったウマ娘として、後世からも高く評価されることとなるのだった。

 

 とはいえアオハル杯の設立も遠征の終了も、この時期からすればまだまだ先の話であり―――

 

 

■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■

 

 

「ここが大通公園か。()が飛んできてはっと(・・・)したよ」

「気をつけなさいルドルフ。あいつら人を舐めきってるから、変に食べ物を見せて歩いていると囲まれるのだわ。この付近に住んでるカラスとか、もう襲撃して実力行使で奪いにくるのだわ。奈良の鹿もそうだけど、人を舐めてる動物ほど厄介なものはギャァァァァ!! 私のじゃがバターがぁぁぁぁ!!」

「手を狙って叩き落としに来ていたな。確かに相当手慣れているようだ」

 

 ―――このときのシンボリルドルフは、同期のダービー・オークス両ウマ娘揃い踏みという豪華な組み合わせでローカル開催のレース場を視察に行っており。

 隣で悲鳴をあげる樫の女王(トウカイローマン)相手に奇襲を成功させたカラスに、どこかズレた感心を向けていたのだった。

*1
シニア2年目半ばのこの時期ではその3場だが、スズパレードは引退までに新潟や阪神も走る模様。

*2
ファル子ことスマートファルコンは、それら地方交流重賞で暴れ回っている。彼女の育成シナリオ出てくるレースは、現実であればGⅠではなくJpnⅠという表記をされるものも多い。Jpn表記のものが地方交流重賞である。

*3
JRA2頭目。1頭目のヤマノシラギクは全レース場の『重賞』なので記録としては更に難易度が高い。一方、ヤマノシラギクはGⅠの勝鞍は無い。




 シリウスシンボリの海外遠征については、いろいろな意見や解釈があると思います。
 この小説においてはこういう解釈という事で。アオハル杯がどういう意味合いや立ち位置を持つかは後々。

 なお、トウカイローマンが全レース場を制覇するのは史実においてはこの翌年の話ですが、これはお話の都合ということで。

 大通公園でのカラスの襲撃は実際に見た光景を元にしています。
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