“皇帝”と愉快な同期たち   作:カミカゼバロン

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 初手、ウマ娘実装はまず有り得ない12戦2勝馬。
 なお、経歴の異色っぷりは割と凄い。端的に言えば「アメリカで5年行方不明になった後で発見されて帰国した」。



マリキータ 1

 シンボリルドルフと同世代でデビューしたウマ娘の中に、マリキータというウマ娘が居た。

 小柄で細身。黒みがかった艶やかな黒鹿毛を持ち、長いストレートヘアも相まって、日本人形といった風情のウマ娘だ。

 

 12戦2勝という戦績は特筆するほどのものではないように感じるかもしれないが、2勝のうち1勝は重賞。GⅢ、新潟ジュニアステークスである。

 しかもメイクデビューでレコードタイムでの大差勝ちを記録し、新潟ジュニアステークスでは前走で自分が出したレコードを更に1秒以上短縮するというオマケ付きだ。

 ルドルフと違ってティアラ路線を志望していたウマ娘であるが、彼女がそのポテンシャルを継続して発揮できていれば。或いはこの世代はクラシック路線のルドルフと、ティアラ路線のマリキータの両者の世代と呼ばれていたかもしれない。

 

 しかしマリキータというウマ娘は、決して身体が強いウマ娘ではなかった。

 ジュニア級を走り切った後で骨膜炎を発症し、ティアラ三冠を回避。レースを得意の短距離からマイルに絞るも、クラシック以降はオープンでの入着が限界となり、シニアの夏に出たGⅢ関屋記念を最後としてトゥインクルシリーズでのレースを終えた。

 

 ―――と、ここまでであればジュニア級で非常に高いポテンシャルを発揮しながらも、クラシック以降は力を発揮できなかったウマ娘という、『よくある』とは言わないまでも『たまにある』経歴の持ち主なのだが。

 彼女、ある意味ではシンボリルドルフをすら上回るトンデモ事件を巻き起こした、同期最大のお騒がせガールであったのだ。

 

 

■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■

 

 

 話は1年ほど遡り、未だシンボリルドルフがジャパンカップや有馬記念を勝利する前の5冠ウマ娘であったころ。大きなスーツケースだけをお供に連れた和服のウマ娘が初秋のアメリカ西岸カルフォルニアを訪れていた。

 彼女は空港から出た彼女は燦々と照りつける太陽に対して、睫毛が長い目を僅かに細める。雑踏から聞こえる言葉が自身にとっては耳慣れない言葉であることに落ち着かないように、ウマ耳はくるくるとせわしなく動いている。

 

「……ここが……アメリカですのね……」

 

 ウマ娘にとっての『最初の3年』を走り切ることなく、同期の活躍や日本のレースについてのニュースをスマホ越しに眺めるだけ。日本にいれば嫌でも同期の活躍を目にしてしまい、自身の境遇と比較して気が滅入ってしまうからと、一念発起して傷心旅行に来たマリキータである。

 

 エキゾチックな雰囲気を持つ和服のウマ娘。その存在は周囲の耳目を集めているが、すっかり気落ちしている彼女はそれに気付くことはない。

 慰留するトレーナーを振り切って中央トレセン学園を自主退学し、ルドルフなどの最上位とは比べるべくもないまでも、重賞勝者という上澄みとしてそれなり以上に通帳に振り込まれていた賞金を引っ掴んで、勢い任せの旅に来た身である。ある意味では自暴自棄とすらいえる精神状態だ。

 そして勢いとスーツケースだけをお供にしてきた以上、なにか目的があるわけではない。しかし彼女の脚が向かったのは、なんの因果か或いは本能か―――サンタアニタパークレース場という、アメリカウマ娘のレース場だった。

 

「………」

 

 レース場の中から聞こえてくる歓声に彼女は俯いた。レースの歓声、熱気、そういったものは日本も海外も変わらない。それにあてられて、日本でのレース生活が思い出される。

 羨望、悔恨、そして『まだ走りたい』という心の奥の渇望。内心から湧き上がるそれらの感情と、どう向かい合って良いのか分からない。

 

 そうしてどれほど俯いていたか、マリキータは覚えていない。数時間ということはないだろうが、数分で済むほど短い時間ではなかっただろう。

 だが、その時間も永遠には続かない。立ち尽くすウマ娘に気付いたレース場のスタッフが、困惑した様子と共に英語で声をかけてきたのだ。

 

『どうしたんだい? なにか調子が悪いのか?』

「……ッ……!?」

 

 英語でかけられた言葉と若いレース場スタッフの存在に気付き、尻尾と耳をピンと跳ねさせたマリキータは、慌てて顔を上げた。

 明らかに心配した様子の、人が善さそうな異国の男性。言葉が分からなくても、自身を心から案じているであろうことはマリキータに伝わった。

 

(ああ、いけない。心配させてしまいましたわ……)

 

 恥じ入りと申し訳無さが、彼女の胸中に去来する。そうして再度俯くマリキータの反応をどう捉えたのか、レース場スタッフは心配そうに、やはり英語で言葉を続けた。

 

『もしかして、関係者口が分からないのかな? エキシビジョンのちびっこレースの参加者とか……』

 

 余談ではあるが、アメリカの方からすれば日本人は童顔に見える傾向があるという。それはアメリカウマ娘と日本ウマ娘の関係でも変わらない。なんならマリキータは和服が似合うほっそりとした体型である事も無関係ではないだろう。

 失礼極まりない話ではあるのだが、異国の青年の目には既にシニア級までレースを走っているマリキータの年齢が、トレセン学園入学以前の年齢に見えていたのだ。

 ことによれば怒られても仕方ない、少々デリカシーを欠いた異国の青年の言葉。それに対してマリキータは意を決した表情で―――

 

「オーケーオーケー! イエース! イエース!!」

 

 ―――力の限り精一杯、知っている英語を言ってみた。そして彼女は青年が何を言っているかを聞き取れていない。合計で見れば英語の成績は悪くないが、リスニングが壊滅的だったマリキータである。

 この時彼女が発揮したのは、ウマ娘であろうとヒト娘であろうと、なんならヒト息子であろうと共有できる学生的な悪あがき精神。『分からないなら、とりあえず知っている英語でどうにかしようとする』精神である。足掻き次第でときどき部分点が入るやつだ。

 なぜこのタイミングで無闇に前向きにその精神を発揮してしまったのか、後にルドルフ含めて関係者すべてが頭を抱える案件であった。

 

『ああ、やっぱりか! アジアからの移民ウマ娘なのかな? その服、エキゾチックで可愛いね!』

「イエース! サンキュー! アイムオーケー!」

 

 青年は眼前の少女がなぜ困っていたかが分かったと思い、パッと顔を輝かせて頷いた。マリキータも青年の表情を見て『心配いりません』という意図が伝わった思い、笑顔で頷いた。

 このとき両者の間には会話が通じたという安堵感があったが、全身全霊で気のせいである。なんなら青年の認識に至っては合っている部分を探すほうが難しいが、それを指摘できる者は誰もいない。

 

 力強く『イエースイエース』と答えた和服少女(マリキータ)を前に、納得がいったという様子の青年は手早く業務用のスマートホンを取り出して、どこかに連絡を取りはじめる。

 当然ながらネイティブがネイティブに向けて英語で喋っているので、マリキータは会話の内容をミリも理解できていない。だいぶ後の世代の話となるが、『完膚』という単語をゴールドシップから振られたトーセンジョーダンくらいの理解度と表情である。

 

『先輩に確認したらもう参加者は全員来てるみたいだけど……飛び入り参加希望かな?』

「イエースイエース」

『分かった、伝えておくよ。ちょっと急いだほうが良いから、そろそろ行こうか』

「オーケーオーケー」

 

 だいたいマリキータ側がイエスとオーケーの2択で押す会話であるが、運良く、或いは運悪くやり取りの意味が通ってしまっていたのは何の偶然か。

 幼い子供の手を引いて案内してあげるくらいの感覚でマリキータの手を優しく握り、関係者用の入り口からレース場へと彼女を案内していく青年。

 対するマリキータは若い男性からいきなり手を握られたという事実に対して羞恥で顔を赤くしながらも、青年が向かう先が通常の入り口ではなく、『STAFF ONLY』と書かれた関係者用の入り口(リスニングが苦手なだけで、これくらいは読める)であることに気付いて瞠目した。

 

(関係者用の入り口。……この方はまさか、アメリカのトレーナーですの……?)

 

 レース場の警備員さんであるが、それを訂正する者は誰もいない。

 

 そしてアメリカ人からすれば日本人が童顔に見えるという言葉の逆に、日本人から見ればアメリカ人は年上に見えがちだ。体格差などの面もあるだろう。

 トレーナー(仮)に手を引かれて、渡されたゼッケン付きの体操服(世界共通規格)に目を白黒させながら着替えて、流されるままに驚きと共に送り出されたレース場においてマリキータを迎えたのは、彼女を上回る体躯を持つ小学校高学年のウマ娘女児達だったのだ。

 マリキータ視点、完全に同年代である。なんなら彼女たち視点でもマリキータが同年代か、いっそ年下に見えたやつだ。非公式のちびっこレースならではのおおらかさから、年齢確認などがされなかったのも運が悪かった。

 

『わぁ、お人形さんみたい! 貴女、可愛いね!』

『今日はよろしくね!』

 

 日本人形のような雰囲気を持つマリキータに対して、アメリカ女児ウマ娘たちは気さくに声を掛けてくる。お国柄もあるだろうが、子供特有の距離の近さだ。

 それに面食らったマリキータであるが、彼女は先の青年相手の会話でアメリカにおける会話方式を確立していた。

 

「イエースイエース!」

 

 ―――とりあえず肯定しておく精神である。

 話をとりあえず合わせておこうという、和を以て貴しとなす精神を素材のままのナマの味で差し出した結果がこの有様だ。

 

 なんにも伝わっていないのだが、アメリカ女児ウマ娘らは楽しそうにマリキータの黒鹿毛尻尾や髪を撫で回している。エキゾチックで可愛いとのことらしい。マリキータ側も彼女達の雰囲気からは全く悪意を感じないどころか剥き出しの好意が見て取れるため、『アメリカの人はスキンシップが激しい』という雑な理解で納得してしまっている。

 その納得よりも先に、もみくちゃにされながらもマリキータが目をつけたのは別の部分だ。

 

(この子たち、体格は良いのですがトモの鍛え方も足りていないですわ。空気も弛緩しきっていますね。これからレースに挑む空気ではない……嘆かわしい)

 

 小学生ウマ女児のちびっこレースに対する着目点としては些か不適切であるが、マリキータは大真面目である。

 彼女はもみくちゃにされながらも鋭く周囲のウマ娘を観察し、マークすべき相手を見定める。更に借り物のシューズ(※ウマ娘アメリカ女児用サイズ。でもぴったり)に包まれた足で2度、3度と地面(コース)を叩いて、感触を確認したところでマリキータは瞠目した。

 

(……不思議な感触のコースですわね。日本ではダートコースは砂を意味しますが、アメリカのダートコースは固い地面。しかしどちらでもなく、なんならウッドチップでもない。噂に聞くオールウェザー? ……悪くありませんわ)

 

 オールウェザーとは主にアメリカやイギリス、ドバイなどで導入されつつある、人工素材を使ったバ場のことだ。主に電線の皮膜剤や合成ゴムの破片などをワックスで混合した素材が主流であり、『全天候』(オールウェザー)の名の通りに悪天候にも強く水はけが良い。

 表面をならすのが容易でクッション性も高く、コストも安い。言ってしまえば『理想的なコンディションを求めて、人工的に作ったコース』である。仮にこのコースが日本に導入されていれば、URA理事長が必死になって芝を作るような事態は発生しえなかっただろう。

 

 アメリカにおいてはダートとオールウェザーの双方のバ場でのレース結果を比較した場合、オールウェザーはダートに比べて重篤な故障が発生する比率が7割ほどであるという研究結果もある。

 ただし、ワックス等の人工素材が雨などを通して土壌に流出するのではないかなどの懸念については研究・検証段階であり、日本においてはごく一部の練習コースで使用されている程度なのが現状だ。少なくともマリキータは走ったことがなく、座学のみでの知識であった。

 

(衝撃吸収性が高く、脚への負担が少なそう。(わたくし)にとっては、相性が良さそうですわね。―――そしてこの弛緩した空気。体作りが甘い他の子たち。ゴール板の位置も近い。恐らくデビュー前の子たちによる選抜レースか模擬レースでしょうか)

 

 12歳以下のウマ娘による800mちびっこレースである。

 

(あのトレーナーさんが私を連れてきた意図も明白。恐らく私の脚を見て、このバ場に対する適性を見抜いてくれていたのでしょう)

 

 警備員の青年の意図は迷子案内である。

 

(見ていてください、トレーナーさん。……(わたくし)の、アメリカというコースでのスタートを!!)

 

 ちなみにGⅠやGⅢというのは日本やアメリカなどのその国だけで定められる評価ではない。レースに対するグレード付けは、国際的な機関で審査・評価されてのものである。

 適性の差という問題を除けば、GⅢを獲った重賞ウマ娘であるマリキータは、理論上はアメリカの重賞ウマ娘と同格の存在であるのだ。

 

 幾ら1年以上にわたる不振が続いていたとはいえ、ほんの1ヶ月ほど前までバリバリとシニア級で走っていたそんな存在が、小学校高学年のちびっこレースにうっかり異物混入すればどうなるか。

 ―――出した結果は、貫禄を通り越して大人げない大差勝ちであった。

 

 これが非公式のちびっこレースだったから最終的には笑い話で済んだのだが、公式レースにうっかり混入されていた場合、ルドルフやURA幹部が受ける胃痛と苦労は数倍になっていただろうことは疑いない。

 他国の公式レースに元URAの重賞ウマ娘が年齢詐称で入って大差勝ちとか、想像しただけでルドルフの尻尾の毛が何本も抜けるやつである。

 

 そしてこの後、マリキータというウマ娘は暫しの行方不明期間を経ることとなるのだった。




参考資料:人工馬場の予後不良事故率は 低いとの調査結果(アメリカ)[その他]( http://www.jairs.jp/contents/newsprot/2011/3/2.html

 オールウェザー馬場については、アメリカでも導入され始めたのは21世紀になってから。実馬としては1984年デビュー組であるルドルフ世代の頃は存在しないはずですが、この辺りはウマ娘の世界ということでご容赦を。

 日本では高温多湿な天候が品質に及ぼす影響なども懸念されており、実際に導入されたとしても欧米のそれと同じような効果を発揮できるかは不明のようです。
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