“皇帝”と愉快な同期たち   作:カミカゼバロン

3 / 14
 お騒がせマリキータさん。なお、史実の行方不明期間は年単位ですが、ウマ娘エピソードにするにあたってルドルフの遠征と絡ませるため、半年程度の行方不明で済んだ模様。


マリキータ 2

 マリキータの行方が分からない。

 

 最初にそれに気付いたのは、翌年3月のURA広報部である。

 ウマ娘にとって重要な最初の3年を終え、月間トゥインクルと協力して現時点での主要なウマ娘の戦績を纏めようとしたところで、重賞ウマ娘であるマリキータに連絡がつかなかったのだ。

 

 傷心旅行に出たマリキータについては彼女の元トレーナーが強く気にかけており、旅行に行った直後に彼女本人から、

 

『アメリカのサンタアニタパークレース場という所で、走る機会を頂きました。なんと大差勝ちです! 模擬レースだったようでウイニングライブこそありませんでしたが、久しぶりの勝ちですわ!

 レース場でこちらのトレーナーであるという方から出走を打診され、その方のご厚意で暫く泊めて頂ける事になりました。やっぱり私、レースが好きです! こちらのトレーナーさんのお手伝いをしながら、今後の事を考えてみようと思います!』

 

 というメールを受け取り、涙を流して安堵していた。同じような内容のメールを受け取った彼女の家族も同様である。なんなら家族やトレーナーはその後も何度かメールのやり取りをマリキータと行っている。

 

 ―――が。

 アメリカウマ娘のトレーナーの手伝いをしているという彼女について、アメリカURAに問い合わせても全く話が噛み合わないのである。所属しているトレーナーから、そのような報告は受けていないというのだ。

 

 更に調べてみると、アメリカのサンタアニタパークレース場において、マリキータからのメールが来た日に模擬レースなどは行われていない。その日は通常のレースの後に、小学生によるちびっこレース大会が行われていただけであるという。

 この事実に日本URAは愕然とした。送られてきたメールは本当にマリキータからのものだったのか? 電話ではなくメールでの連絡ということは、彼女の身を拐かした誰かがマリキータを装って送ってきたものではないのか?

 ―――惜しい、30点。国際電話は高いからメールで済ませただけである。

 

「憤慨ッ!! これは大事件である! URAの全力を以て調査し、彼女を救出するべきだ!!」

 

 しかしそんな事実には誰も気付かず、理事長の号令一下、URAが事件解明に動きだした。ただし現地警察やアメリカURAとも協議した上で、誘拐犯(仮)に気付かれないように、彼女のメールアドレスに対して直接的に問いただすような事は避けての水面下での調査となった。

 所属するウマ娘らへの精神的なショックを避けるべく、その事実はURA所属のウマ娘らにも伝えられることは1名を除いて無かった。その1名こそが、『アメリカのサンタアニタパークレース場に』遠征する事が決定しているシンボリルドルフだ。

 マリキータが行方不明になったその街、そのレース場に赴く彼女に対しては、URAも事情を明かして注意喚起をするという選択をしたのである。

 

「……殆ど接点はありませんでしたが、マリキータのことはよく覚えています。デビューから2連続のレコード勝利をきめた彼女が……。私に出来ることはありませんか?」

「感謝ッ!! だが君は、まずは自分のレースを優先して欲しい! 君のトレーナーとも協議し、伝えるかどうかは悩んだのだ。君の性格ならば、間違いなく彼女を深く心配するだろう!!」

「当然です」

「心配ッ!! それでレースに対する悪影響が出ないか! だが、それについては君を信用するしかない! 我々が君に求めたいのは、彼女のような拐かしに遭わないかどうか注意する事だ! 彼女の捜索は我々と警察に任せてほしい!!」

「………………分かり、ました」

 

 理事長室に呼び出され、理事長とその横に並んで座る自身のトレーナーからマリキータ行方不明事件について聞いたシンボリルドルフは、暫く悩んでから応諾した。

 

 日本ウマ娘の模範や規範、或いは先駆けとなる。そのための海外挑戦であり、日本のウマ娘が世界に通じるということを、ジャパンカップのように迎え撃つ形ではなく、海外に攻め込むことで証明する。

 それはシンボリルドルフのみならず、彼女に対して反目する立場を崩さないシリウスシンボリとも共有している大目標だ。あちらはアメリカではなく欧州への挑戦を決めている。

 

 その大目標の前に、1人のウマ娘の事を気にする余裕は無い。―――と、割り切れないのがシンボリルドルフがシンボリルドルフである所以である。

 他のウマ娘に対して優しすぎるくらいに優しいその気質は、時には過保護であると反発を受ける事もある。だが彼女が厳格な第一印象とは逆に『情』の人であることは、それこそルドルフにとっては幼馴染にあたるシリウスシンボリ辺りが小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら証言してくれるだろう。

 なお実際にルドルフを馬鹿にすると、烈火の如く誰よりもキレるのがシリウスシンボリである。

 

 ともあれURAで通達と注意喚起を受けてから数日。『専門家を信じて、自分はレースだけに注力するのだ』と並外れた克己心で自己に言い聞かせ、マリキータについて考えすぎないようにしながら、サンフランシスコに渡ったシンボリルドルフ。

 既にジャパンカップで海外のウマ娘を破っていた彼女は、流石に『熱狂的な歓迎』とまでは言わないまでも、何人もの海外ファンによる空港での出迎えを受けた。

 

『Welcome Symboli Rudolf』

『To the eighth crown』

『ようこそシンボリルドルフ、同期の星』

 

 アメリカ国旗と日本国旗を1本ずつ持って振っている若い女性ファンは、シンボリルドルフを歓迎する旨を手書きしたプラカードを首から提げている。ジャパンカップでの走りを見てファンになってくれたのだろうか。

 

 『8冠へ向けて』という景気のいい横断幕を掲げている集団の中には、見覚えのある人物が居た。ジャパンカップにまで自分の『推し』を応援に来ていたディープなファンであり、客席の最前列に陣取っていたことを記憶している。

 人の顔を覚えるのが特技であるシンボリルドルフは、それを見て嬉しくなった。これは明らかにジャパンカップでの自分の走りを見てファンになってくれた人と、その仲間たちである。

 

 そして同期を歓迎する旨の旗をバサバサやっている行方不明の同期が―――

 

「待って。……え、ちょっと待って」

 

 シンボリルドルフ、二度見である。鷹揚な笑みとともにファンに対して手を振りながら歩いていた所で急停止。少し後ろを歩いていたトレーナーが、ルドルフにぶつかりそうになってつんのめった。

 

「ルドルフ、どうした?」

「……トレーナーくん。マリキータについてのURAからの話は覚えているね?」

「ああ。だが、大一番を前にそれは一旦忘れなければならないということで、俺も君も合意したはずだ。もちろん君が望むならばレースの後に可能な限り探すことは出来る」

「……探すもなにも、あそこに居るんだけど」

「は?」

 

 ルドルフのトレーナーを務め、彼女から『同じ視座を持つ相手』という対等の同志と評価されている、日本URAの若き俊英トレーナー。些か目つきが尖すぎる青年が、ルドルフに対して返した反応は『呆然』である。普段は鋭い目つきが、大きく見開かれてまんまるだ。ルドルフが見たことがない表情だった。

 無理もあるまい。なんならルドルフの現在の反応も『呆然』である。URAにとっての重大事件の被害者とされている同期が、シニア級時代に最後に見かけた心折れかけた表情ではなく、元気に満面の笑みで旗を振っているのだ。誘拐された奴の表情と行動ではない。

 記憶力には自信があるシンボリルドルフだが、流石にこの時は自己の記憶を疑った。

 

(……まさか私は心配のあまり、似ているウマ娘がマリキータに見えているのだろうか?)

「シンボリルドルフ―――っ! レースは絶対に見に行きますわ―――っ! (わたくし)たちの同期の代表、“皇帝”の力を見せてあげてくださいませ―――っ!!」

(いや、これは本人だな。本人じゃなかったら自分をマリキータと思いこんでいる別人で、それはそれでヤバい)

 

 どう考えても同期でしかない物言いに、シンボリルドルフは自己の記憶を疑うのをやめた。同期でないのにこの物言いをしてくる奴は、自分がルドルフの同期だと思い込んだやべーやつである。流石にそんな極小の可能性は除外していいだろうし、そもそも存在してほしくない。

 であれば彼女についてURAから伝えられた情報と、今の彼女の姿の差異はどういうことか。少し悩んでから、シンボリルドルフは進行方向を曲げてマリキータに向かって歩き出した。

 マリキータが驚いて旗を取る手を止め、ルドルフ側も恐る恐るといった様子で声をかける。

 

「マリキータ……だよね?」

「あ、あら? 走る路線も違った皇帝様が、(わたくし)のことを覚えていらっしゃったのですか?」

「当然だろう。メイクデビュー、そして新潟ジュニアステークスで2度のレコードを出した君の事は、ジュニア級時代には強くマークしていた。でも待って、色々とそれどころじゃない」

 

 どう説明して、何を聞いたものか。聡明な“皇帝”であるが、流石にここまでよく分からない事態に対して即座に対応できるほど、人生経験そのものは練れていない。実年齢より落ち着いてこそいるが、彼女は未だギリギリ10代の少女である。

 結局彼女は言葉に詰まった上で、助けを求めるように背後のトレーナーを振り返る。眉を八の字にした困り顔で耳と尻尾を力なく垂らしての、世にも珍しい皇帝の完全降伏であった。人によっては『シンボリルドルフ』ではなく『ルナ』と呼びたくなる表情と行動だ。

 それを受けたトレーナーが、ルドルフと入れ替わるように一歩前に出てマリキータと向かい合う。

 

「失礼、はじめまして。シンボリルドルフのトレーナーだ。不躾な質問だが、君は今はどこで何をして暮らしているんだ? URAでは君の居場所を掴みかねており、ちょっとした騒ぎになっている」

「あら、はじめまして。……えーと、トレーナーにメールはしたのですが。URAには伝わっていなかったのでしょうか?」

 

 GⅠを7勝した皇帝、そしてその比翼といえるトレーナー。双方の目線を受けながら、マリキータは困惑した様子で首を傾げる。

 

(わたくし)、アメリカのトレーナーさんの元で、お手伝いしながらホームステイしているのですけども……」

 

 嘘を吐いている様子には見えないマリキータの返答に対し、理解が及ばなくなったルドルフが『ルナ』の表情で助けを求めるようにトレーナーの顔を見上げる。

 しかし10代であるルドルフより人生経験は豊富とはいえ、そのトレーナーも未だに20代半ば。世間一般にいえば『若造』でしかなく、このトンチキな状況は流石に理解が及ばない。いや、これはもう何歳であれば理解が及ぶかという問題ですら無いのかもしれない。

 助けて欲しいのは自分の方であるトレーナーだが、流石に担当ウマ娘の前でそれを口に出すことはせず、代わりに口から出したのは彼の立場においては当然の疑問だ。

 

「君からのメールについては、俺も聞いている。サンタアニタパークレース場での模擬レースで、アメリカURAのトレーナーに出走を打診され、大差をつけての1着を取ったと。だが、当日のサンタアニタではそのようなレースは行われていない。だから誰かが君の名を騙っているのではないかと、URAでは心配していたんだ」

「えっ……?」

 

 それを聞いたマリキータの表情が青ざめた。

 自身の体験していたことが、実は存在していなかった事だと伝えられる。ホラー映画の一幕のような体験に思わず身を震わせながらも、彼女はおぼつかない手付きで和服の懐から自身のスマホを取り出して、一枚の写真を表示した。

 

「……そんな筈は、ございません。だって、このレースの写真は。(わたくし)と一緒に走った皆様は、幽霊か何かだったとでも言うのですか!?」

 

 周囲に集まっていた他の出待ちファンが『なんだなんだ?』とでもいうように集まってきているが、それに構う余裕もない必死の表情で突き出されたスマホに表示されていた写真。

 そこには確かに10名ばかりのウマ娘達が笑顔で映っており、その中央には久々の1着に思わず涙しながらも笑顔を浮かべているマリキータが居た。

 

 このレースが、彼女たちが、存在しないとでも言いたいのか。青ざめた顔で必死に訴えかけるマリキータに対して―――

 

『おお、お嬢ちゃんちびっこレース大会で1着を取ったのか。いずれシンボリルドルフみたいになれるかもなぁ!』

 

 ―――横から無遠慮に覗き込んだアメリカのファンが、微笑ましいものを見るように笑って言った。

 なお、ルドルフもトレーナーも英語ができる。横から聞こえてきた声に対する反応は顕著なもので、トレーナーは片手で顔を覆って天を仰ぎ、ルドルフは公共の場にも関わらず膝から崩れ落ちて能面のような虚無の表情を浮かべた。

 

『おいおい、どうしたんだ? 飛行機疲れか? レース本番まで日がないんだ。しっかり休んだほうが良いぜ』

『あー……失礼、ミスター。お伺いしたいのですが、彼女が見せている写真はちびっこレース大会のものなのですか?』

『そうだよ! おお、こっちのこの子は今年からサンフランシスコにあるトレセン学園の中等部に入るんだ。応援してるんだぜ!』

『……ありがとうございます。実はこの子、日本でのルドルフの知り合いでして』

『そうなのか? じゃあ、久々の再会なんだな。野暮な真似はしないで俺たちは帰るか。おーい、皆ー!』

 

 無遠慮であるが民度は良いらしいアメリカファンが、周囲の他のファンに『ルドルフとこっちの小さい子は日本での知り合いらしい』『積もる話もあるみたいだから、俺らは解散しよう』と説明し、三々五々と散っていくアメリカのファンたち。

 いつものルドルフであれば彼らに手を振ったり挨拶をしたりくらいのファンサービスはあるかもしれないが、地面に膝をついて虚無の表情をしている皇帝にそれを求めるのは流石に酷だろう。

 

「マリキータ、今の話は聞こえていただろうが……」

「えーと、(わたくし)は難しい英語はまだあまり」

「……まさか君はアメリカでホームステイして生活していながら、英語が出来ないのか?」

「日常会話レベルならばどうにか。オーケーとイエスが言えれば、案外どうにかなるものですわよ?」

 

 アメリカ慣れを誇るかのように胸を張るマリキータ。愕然とするルドルフのトレーナー。

 この両者の会話が聞こえてきた辺りで、遂にルドルフは膝を地面につくどころか、両手を地面について「orz」のポーズで空港の地面に突っ伏したのだった。




ルドルフが人の顔を覚えるのが得意なのは、ウマ娘のTipsより。
史実馬のほうのルドルフも非常に頭が良く、人をしっかり見分けていたそうです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。