「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
ルドルフとトレーナーが聞き取った会話内容と、そこから推察される真実を英語でアメリカURAに伝え、確認された事実関係を今度は日本語でマリキータに伝えたら、
頭を抱えて羞恥にもだえ、海老のように反りながらぐねぐねと身体を左右に動かし、くぐもった悲鳴をあげている。見た目は日本人形なのに、アクションはロックフラワーの類である。音に反応してシャカシャカ動くやつだ。
ここがアメリカURAが保有する宿泊施設であり、落ち着いて話せる場所でなければ周囲の耳目を集めていたかもしれない。否、防音貫通して悲鳴が通路に漏れてたらしく、目を丸くしたアメリカURA職員が部屋を覗き込みに来たのに対して、ルドルフが『大丈夫です』と説明する必要が発生した。
ひとしきり事情を確認してみたところ、アメリカURAの方でもマリキータが警備員さんの家にホームステイしているのは把握していたので、その事自体は大きな問題にはならなかった。
では何故日本URAからの問い合わせに対してアメリカURAが『把握していない』と返答したのかというと、勿論嫌がらせや悪意ではない。マリキータの英語力の不足と、逆に過剰なくらいの思い切りの良さと思い込みの強さが主原因ではあるが、それ以外にも文化と人種の差からくるすれ違いが原因として挙げられたのだ。
―――日本ウマ娘としても小柄なマリキータの身長は140cmと少し*1。警備員さんの妹であるウマ娘(11歳と10歳)より少し背が低いくらいである。なんなら発育の良さから11歳と10歳のウマ娘姉妹をマリキータが『トレーナーさんの担当ウマ娘』と勘違いしていたやつだ。
つまり彼女はアメリカURAからは、『家出してきてレース場で保護された、小学生くらいのアジア系ウマ娘』という認識で把握されており、日本URAから問い合わせがあった『トゥインクルシリーズをシニアまで走った後でアメリカ旅行中に行方がわからなくなった10代後半のウマ娘』だとは誰も考えていなかったのである。
アメリカURAは彼女を『酷い家から逃げ出してきた家出少女』と認識しており、『こんな幼い子を虐待していた親は誰だ!?』とお怒りで、サンフランシスコにあるだろうマリキータの実家を探しているやつであった。比較的早期のこの段階で勘違いが判明したのは、誰にとっても不幸中の幸いだったといえるだろう。
「久しぶりの勝利!? 大差勝ち!? それはそうですわね! アレ、ちびっこレース大会だったのですものね! 仮にも重賞ウマ娘がちびっこに混ざって大差勝ちできなかったら、それはそれで大問題ですわね!」
「……せ、先手必勝。日本のウマ娘の力を……私に先んじて示してくれたんだな。うん……」
「この場合示されたのは
小学生と間違われてちびっこレース大会に出走し、周囲のレベルの低さを嘆きながら大差勝ち。そしてトゥインクルシリーズで2年ほど勝ち星から遠ざかっていた事もあり、久々の勝利に号泣しながら、小学生に勝ったことを誇るメールをトレーナーと家族に送信。
事実関係を正確に把握した今となっては、本気で失踪してやろうかとマリキータが思うくらいの生き恥である。武士ならば腹を切ると主張するだろうし、10年くらい後の世代の薙刀とか似合いそうな武士っぽいウマ娘*2も腹を切ると主張しかねないやらかしだ。
おおらかなアメリカURAの方々が、事実関係を知っても怒るどころか大爆笑で済ませてくれたのが救いである。『アメリカの人って本当にHAHAHAと笑うのか』と、皇帝は変なところに感動していた。なお、トレーナーの方は日本URAにマリキータ発見と事情判明の一報を入れるために離席中である。
「よもや
「なんでもかんでもイエスイエスと返答するからだよ。家出かと聞かれたときにもイエスイエスと肯定していたとのことだし、皇帝としてそこは注意させて貰うぞ。……皇帝が、肯定を注意する。ふふっ」
「……落ち着いて話すのは初めてですが、ビゼンニシキさんから聞いていた通りのセンスですわね」
胡乱なものを見るような目を向けてくるマリキータに対して、ルドルフは耳をピンと立てる。表情にこそ出ていないが、反応としては『驚き』に分類されるものだ。意外な名前が出てきた事に対するものである。
ビゼンニシキ。皐月賞まではルドルフにとって最大のライバルと目されていたウマ娘であり、皐月賞ではルドルフと最終直線で接触するほどの激闘を繰り広げながらの2着となっている。
その皐月賞での接触は日本ウマ娘のレースとしてはかなりのラフプレーとなっており、結果的に不利を与える形となったルドルフを失格処分にするかどうかという審議が発生した程のものだった。怪我にこそ繋がらなかったが、ビゼンニシキ側が最終直線での接触で外に弾かれる形になったからである。
この時ばかりはルドルフも生きた心地がせず、トレーナーや家族、ファン、そしてビゼンニシキ本人に対する申し訳無さや悔恨で、顔面蒼白かつ頭真っ白という状態でターフに立ち尽くしていたほどだ。
しかし皐月賞の前哨戦といえる弥生賞で、逆にビゼンニシキ側がルドルフに対して不利を与える形の接触をしていた*3のにビゼンニシキに対して処分が無かった事を持ち出して、当のビゼンニシキが審議に対して猛抗議。
『仮に接触がなくても勝てないほどの走りだった』*4と誰よりも強くルドルフの1着を主張して、結局はURAもそれを受け入れる形で順位確定。流石にお咎めなしとはいかずトレーナーに対する2日間の謹慎処分*5が言い渡されたものの、これによってルドルフ本人の経歴には瑕疵なく無敗三冠への道を歩むことになったわけである。
その経過とその際に見せた清廉な在り方から、ルドルフが最も尊敬している同期だと公言し、今でも会えば頭が上がらない相手だ。
残念ながらビゼンニシキは皐月賞の2000mがスタミナの限界であり、日本ダービーでは凡走。その後に短距離路線に切り替えてスワンステークスに出走するが、そこで足を故障してしまい、トゥインクルシリーズからは引退することとなった。
とはいえレースにこそ出られないものの再起不能というわけではなく、地元に戻って幼いウマ娘に走り方を教えたりしているようだ。『笑いながら走る、凄く足が速い子が居る』『この子は絶対にトゥインクルシリーズに通用する』とは彼女の弁である。*6
「……ビゼンニシキとは親しいのか?」
「あの方も
「それを知っていればURAのこの勘違いも無かったのだろうが……。いや、これは気付かなくても仕方がないか」
他のウマ娘を不安がらせたくないからと話を広めなかったURAであるが、どうやらそれが裏目に出たようである。とはいえ最悪の事態を想定する判断は必ずしも間違いではないため、運が悪かったとしか言いようがない。
「そのビゼンニシキさんに対抗して、
「そこは仕方なくはないので、どうか気付いてほしかった」
それに気付かず『妹たちと歳が近いウマ娘だから放っておけなかった』という青年に半年近くも家出幼女として保護されて、小学生に走り方の指導をしつつ家事手伝いをしていたのは、運ではなく思い込みの強さが問題だろう。
なお身振り手振りとニュアンスが頼みの指導であるが、重賞ウマ娘によるフォーム指導などは的確であった。それを受けたウマ娘女児らはアメリカにおける中央トレセン学園的な立ち位置のところに入学できそうなレベルにまで仕上がってきており、それはマリキータを保護した青年を殊の外喜ばせていた。
その辺りの兄妹のやり取りが、マリキータからは『担当ウマ娘のタイムが上がってきたことを喜ぶトレーナー』に見えていたらしい。残念ながら兄と妹のやり取りだ。後のトレセン学園における『お兄様』や『お兄ちゃん』と違って、トレーナーと担当ではなく実の兄妹である。
「だが、これで意識的に考えないようにしていた心配事も無事に解決した。レース当日までに調子を整え、乾坤一擲の覚悟で挑ませて貰おう」
「そうしてくださいませ。
「……んん?」
肩の力が抜けた様子のルドルフの言葉。それにリラックスした様子で応じたマリキータの言葉に、シンボリルドルフは首を傾げた。
この同期はまた何か勘違いでもしているのかと不安になったのは、皇帝側の立場としては致し方ないところであろう。念の為にと確認込めて、皇帝は肯定せずに否定を返す。
「何を勘違いしているのか、言葉の綾かは分からないが……。私が出るのは芝の12ハロン*7だよ。GⅠ、サンルイレイステークス。……まさか別のレースと勘違いしていないだろうね?」
「………」
しかしその否定に対して、マリキータが顔色を変えた。リラックスした表情から一気に真剣に、勘違いとはいえ半年間『トレーナーの補助』を自認して他のウマ娘を指導してきた経験が、猛烈な警鐘を鳴らし始めたのだ。
頓珍漢な経緯であるが、『いずれこの子達もこのレースで走るのだ』と思い、自分より発育が良い小学生ウマ娘のためにサンタアニタパークレース場に何度も足を運んでいるし、最初の1回以外にも幾度か模擬レース(と、本人は思いこんでいたちびっこレース大会。大差圧勝)に出走させて貰ったこともある。
―――遠くから調べるだけではわからない、サンタアニタパークの“活きた”情報と経験値をマリキータは持っていた。半年に渡る現地での下調べは、未だ海外遠征の経験やノウハウが薄い日本ウマ娘、ひいては日本URAのそれを上回るだけの活きた経験を彼女に積ませていたのである。
「シンボリルドルフ。レース、並びにレース場についての下調べはどの程度?」
「……芝12ハロン、左回り。アメリカ西海岸の芝は比較的日本の芝に近く、海外遠征の最初の目標として相応しいと考えた。25年ほど前に、日本ウマ娘が初めて海外重賞を制した*8のもここだ。縁起が良い」
「サンタアニタパークではダートコースを横切って最後の直線に入るヒルサイドターフコースが使われており、芝レースであろうともダートコースを少し走る事になります」
「それは流石に調べているよ」
一方のシンボリルドルフは困ったような顔で苦笑を浮かべるが、その落ち着いた―――悪く言えば危機感がない様子に、マリキータの中の警戒度が更に上がる。
日本から海外への遠征に関しては、まるでノウハウが整っていない。それこそシンボリルドルフやシリウスシンボリがやろうとしているのは、ノウハウの不足が分かった上でも自身が先駆けとなることだ。それそのものはマリキータも分かるのだが、恐らく現時点での遠征計画には重要情報が抜け落ちている。
「日本でもダートレースが芝コースからスタートして、途中でダートコースに合流するような形になっていることはよくありますわ。だからこそ貴女は恐らくこのヒルサイドターフを字面や映像だけで見て、甘く見てしまっている気がします。
「……話を聞こう。論旨明快であるなら、それは拝聴に値する」
両者にとって幸運なことに、シンボリルドルフは挫折を経験した上で、トレーナーや他のウマ娘に支えられて再起してきていた。デビュー当時も今も彼女は“皇帝”という称号で呼ばれているが、その在り方はかなり変わってきている。
ルドルフはシニアの一時期には宝塚記念出走を取り消すほどの長期の不調に悩まされたのだが、結局それは生徒会の業務含めた膨大な仕事とウマ娘としてのトレーニングやレース出走を平行し、それらを可能な限り独力で片付けようとしての過労によるものだった。
そこから彼女がジャパンカップと有馬記念を制するまでに復調したことは、彼女を支えたいと集まったトレセン学園のウマ娘たちが生徒会の仕事などを積極的に受け持つようになり、トレーナーもまたシンボリルドルフというウマ娘の気質や思想を理解した上で、無理をさせずに負担を分担して受け持つという担当方法を確立したからだ。
―――シンボリルドルフはデビュー以来の数年で、誰かに頼るということを覚えていた。
これがデビュー当時やクラシック期のルドルフならば、『心配無用』と逆にマリキータを安心させるような言葉をかけ、走りで示そうとしただろう。
しかし担当トレーナーと二人三脚で歩き、その背を多くのウマ娘に対して示しながらもその背を支えられてもいるという自負と理解が、この時のルドルフにマリキータの意見を聞き入れるだけの心の余裕を与えていた。
ルドルフの頷きに対して目礼を返し、マリキータは部屋に備え付けられてあったメモ帳を1枚取って、問題のヒルサイドターフの図を書く。
俯瞰図をまず描いて、その隣に高低差が分かりやすいように横から見たコースを描く。最終直線へ向けて下り坂になっているコース構造が、この形だと分かりやすい。
「ヒルサイドターフの部分までは、下り坂が続きます。貴女にレースの云々を語るのは釈迦に説法でしょうが、下り坂は速度が出ます。特に最終直線前の下り坂ともなれば、そこで加速を付けて最終直線に入るのが重要になりますわね」
「私もそう考えて、レースに臨みに来ている。それで懸念事項は?」
「そうして加速して下り坂を降りきった先が、ヒルサイドターフです。そこでウマ娘は20mほどダートを走り、そしてすぐさま芝に戻ります」
シンボリルドルフは元々非常に聡いウマ娘である。ここまで説明された段階でマリキータの懸念を察し、先程までリラックスしていたはずの皇帝は表情に緊張感を滲ませて眼前の図に視線を落としている。
「下り坂を利用してのトップスピードだと、ダート部分を横断する時間はおよそ1秒だな」
「ええ。1秒で芝→ダート→芝と足場が激しく切り替わります。そして日本のダートは砂ですが、欧米のダートは固い地面。サンタアニタで最も多くの故障者が出来る危険な場所がここです。脚にかかる衝撃は、恐らく貴女の想定より上だとお考えください。これがオールウェザーなら大分楽なのですが……」
耐衝撃性が強いオールウェザーにされている練習用のコースではない。本番で使うのは、芝とダートのコースである。つまり、脚への衝撃も相応だ。
ルドルフもトレーナーも馬鹿ではないし増長もしていない。サンタアニタパークについては当然調べていたし、レースのビデオも何度も見て対策を練っていた。ヒルサイドターフという特徴も聞き及んでいた―――のだが、マリキータのように実際に走ったことはない。
日本でシニアまで走った経験の上で、実際にこちらのレース場を走ってみたというマリキータからの、『恐らく想定より衝撃が強い』『最も多くの故障者が出る場所』という警鐘は、強い現実感がある危険として感じられた。
「……対策はどう考える?」
「サンタアニタパークのレースに慣れて、ヒルサイドターフ部分での力の入れ方と抜き方を覚えること。ですがこれは今からでは現実的ではないかと」
「だろうね。あと1週間もすれば本番だ」
「であれば走る時に、『危ない場所である』ということを強く意識した上で走ってください。それだけでも大分違います。後は負担を分散させるバンテージを推奨しますが、それは
育てられる側ではなく、まがりなりとも育てる側に立った身としての意見。それに対して、シンボリルドルフは心からの感謝と敬意を込めて深く頭を下げる。
内容も道理が通っているし、押し付けではなく懸念とした上で情報を伝え、トレーナーとルドルフを信頼して判断を預ける形だ。心情的にも受け入れやすい。
「まさしく道理だ。……ありがとう、マリキータ。現地のウマ娘、それも日本とこちらの双方のレース場で走った君からでなければ出て来ないタイプの“活きた”情報だった。
「それ最後の一文必要ですか?」
心の底から胡乱な物体を見るような同期の目に対して、何故そんな目を向けられるか理解していない皇帝は小首を傾げたのだった。
■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■
―――結局、シンボリルドルフはマリキータが懸念していた通りの場所で足を取られ、
繋靭帯炎というウマ娘にとって厄介な故障を起こしてしまった。
だが日刊トゥインクルの記者の前でその話をするシンボリルドルフの目には暗い色はなく、包帯が巻かれている脚を優しく撫でながら同期との思い出を語る声には、ある種の誇らしさすら感じられた。
「……あの時、彼女からその懸念を聞いていなければ。私の脚は取り返しがつかなくなっていたかもしれません。この脚は、同期の仲間が守ってくれた脚です」
マリキータが伝えた懸念と情報は、無駄ではなかった。衝撃を分散させるためのバンテージを勝負服のソックスの中に巻き、問題となるヒルサイドターフでルドルフは『ここは危険だ』と警戒しながら踏み込んだ。
結果的に怪我そのものは防げなかったが、マリキータからの情報で急場ながらも心身両面から対策を取っていなければ、
「おかげで私は―――まだ走れる。来年のドリームトロフィーリーグでは、同期に支えられての復活劇をお見せしましょう」
―――夢のレースは、まだ続く。
史実:繋靭帯炎を発症して引退
この世界:事前情報のおかげで軽症で済み、ドリームトロフィーリーグに活躍の場を移しながら走る予定
夢のレースだもの。こんな事があってもいいじゃない。
……基本的に孤高の王者感があるルドルフが、同期に苦労させられたり支えられたりしている姿を見たかった。後悔はしていない。
▼マリキータ(史実馬)
・12戦2勝。主な勝鞍は(今でいうところの)新潟2歳ステークスで、GⅢを勝っている。
・2歳時(旧馬齢では3歳時)はめっちゃ走った。レコード2回出した。
・それ以降は調子を落としてしまい、『環境が変われば或いは』と馬主が一念発起してアメリカ遠征。
・遠征先でのトラブルで連絡がつかなくなり行方不明に。
・5年後、別の馬主さんが偶然繁殖牝馬セールで発見。本来の馬主に慌てて連絡し、費用を立て替えて購入。日本へ戻る。
・結果、日本とアメリカの双方に産駒が残っている珍しい馬。
なんならアメリカでは15万ドルとか30万ドルくらいは稼いでた孫も。青年の妹2人はその2頭がモチーフ。
▼マリキータ(このウマ娘世界)
・日本人形のような可愛らしい外見をしたウマ娘。しかし結構イチかバチかで話を転がす向こう見ずなところがある。思い込みも激しい。
・ジュニア級ではティアラ路線の主役かと思われたが、故障に悩まされて調子を落とし、シニア級ではオープン入着が限界となる。傷心旅行へ。
・このエピソードの後はひとしきりお騒がせした各方面に謝罪行脚(療養に入ったルドルフも付き合ってくれた)の後、再度渡米。
・5年後くらいに件の警備員氏と良い仲になり、入籍。日本に連れて帰ってくる。
その後も日本とアメリカの双方を行き来し、幼いウマ娘に走り方の基本を指導する仕事をしているようだ。
・余談ではあるが、彼女の指導を受けた後の義妹2名は双方ともにアメリカで立派にオープン級ウマ娘としての実績を残している。