「マリキータさんの数奇な運命……運命? が、シンボリルドルフさんの脚を救ったんですね」
「運命と呼ぶには自己責任の自損事故感が強い案件かと。助けられた身で言うのはおこがましいですが」
若い記者の質問に対して、シンボリルドルフは割とピシャリとした反応で人騒がせな同期に対して苦言を呈した。
とはいえ口元には笑いが浮かんでいることや、URA含めたあちこちに対するマリキータの謝罪行脚に付き合ったことまで含めて考えると、これは同期ゆえの気安さからくる軽口と見るべきだろう。
これまでの“皇帝”のイメージとは少々異なる物言いに対して記者が瞠目するが、ルドルフは茶目っ気を大いに含んだ表情で小さく笑った。
「トゥインクルシリーズを走り終え、ドリームトロフィーリーグへと向かう身です。同期の友人に軽口を叩く程度の鼓腹撃壌*1は許されるでしょう」
「肩の荷が下りたということでしょうか?」
「ウマ娘誰もが幸福になれる時代を目指すという大義を下ろすつもりはありませんので、まだまだやるべき事、背負うべき責務は大きいと思っております。幾分かの荷を次の世代に受け渡す事が出来て、一息つけたという感覚でしょうか」
そう言いながら微笑むシンボリルドルフは、確かに『弛緩している』などの表現が当てはまるような、緩んだ雰囲気ではない。かといって張り詰めている風でもなく、『泰然としている』という評価が一番しっくり来るだろう。
デビュー前から大人びた少女であったが、トゥインクルシリーズを走り切った今となってはまさしく日本ウマ娘の未来を背負う大人物と呼ぶに相応しい空気を纏っている。ルドルフ本人の希望もあり、トレセン学園の生徒会長を暫く続けながら経験を積み、適切なタイミングでのURA幹部への就任が内定しているくらいである。
全てのウマ娘のより良い未来を考え、そのあるべき規範を自ら示す。ルドルフが掲げる理想に未だ陰りはない。自身のみでは成し遂げられないという挫折から、誰かに頼ることの強さと尊さを理解し、陰るどころか理想とそれに向けての情熱は輝きを増すばかりだ。
その主戦場はレース場から会議室へと変わっていくのだろうが、多くのウマ娘に背を支えられ、比翼連理のトレーナーが隣に居る以上、どんな場所であろうとも彼女は“皇帝”として在り続けるだろう。それも、無理をしていた頃よりもずっと自然に、あるがままに。
それはトゥインクルシリーズを走り抜けたルドルフが得た結果で、成果で、成長で、そして彼女にとっての宝だといえた。
「……ただ、いつまでも一息ついてはいられないでしょうね。我が麗しの同期の中にはマリキータとは別の意味で、私よりもURAに影響を与えそうな奴が居ます。そちらの制度関係がどうなるか……」
「えぇと……どなたでしょうか?」
「ライデンです。斜めに走る方の」
「ああ……」
なお、その変化の中で一部の同期に対しては気安い態度を見せるようになってきたルドルフが苦笑交じりにそのうちの1人のことを示唆してみせると、記者がなんとも言い難い困った表情を浮かべた。
正確にはそのウマ娘の戦績が相当に困ったものなので、下手な物言いをしてはそのウマ娘に対して陰口を叩くようなことになりかねないから言葉を止めたやつだ。
言いにくそうな記者に対して、気持ちはわかるというようにルドルフは頷きを返す。
「我が麗しの同期は制度変更のきっかけを作ったウマ娘として、URAの歴史にその名を刻むでしょう」
「……えぇと……」
同期という自身の宝に対して、気安さゆえの揶揄を含む代わりに容赦や遠慮が無い
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―――ニシノライデン。
艶やかな鹿毛を首後ろで纏め、たなびく白いロングコートのような勝負服が印象的なウマ娘。長身で快活な姉御肌であり、“皇帝”シンボリルドルフ相手にもデビュー当時から物怖じしなかった数少ないウマ娘の一人だ。
「真っ向勝負で、三冠を阻みに行く」
菊花賞トライアルを制した上でそう宣言し、菊花賞本番ではルドルフに次ぐ2番人気として推され、最終直線早めで先頭に立ち、まさしく真っ向勝負というレース展開を宣言どおりに作り上げたニシノライデン。結果3着に終わったものの、そのレースぶりはファンからの喝采を浴びた。
素人目にも盛り上がるレース展開であったと同時に、専門家からの評価も高い。実況していたアナウンサーが後に自著で褒め称えるほどに、正々堂々と皇帝に対して挑む走りだったのだ。*2
クラシック後期以降に頭角を現したウマ娘であり、菊花賞以降も特に2000m以遠の『長めの中距離から長距離』といったレースについては、同期の中ではルドルフに次ぐ実力を発揮している。
GⅠ勝利こそないがGⅡには『マリキータ事件』の時点で3勝しており、強豪揃いと言われる上の世代*3と争うようになってからも着実に重賞を勝利しているその存在は、殊の外ルドルフを喜ばせた。彼女の存在と戦績は、この世代がルドルフ“だけ”の世代ではないという強い証明になっていたからだ。
シニア1年目の天皇賞(春)においては、ミスターシービーに先着しての4着。流石に1着のルドルフと共にワンツーフィニッシュとはいかなかったものの、上の世代の三冠ウマ娘相手に真っ向勝負で競り勝っている。
だがルドルフはこのレースの後、ウイニングライブ前に彼女を心配して声をかけにいっている。他のウマ娘に対して少々過保護なルドルフらしい―――というわけではなく、これに関しては他のウマ娘も気にしている者が多かった。ニシノライデンの最終直線での走りに明らかな異常があったのだ。
「ライデン、脚は大丈夫なのか? 映像を見たら、君は最終直線でかなり斜めに走っていた。どこか怪我でもしたんじゃ……」
「ルドルフか。僕は問題ないが、勝者が敗者に声をかけにくるもんじゃあないぞ。人によっちゃあ、嫌味に感じることもあるだろう。この過保護が」
「過保護……いや、私は純粋に心配をだな」
「付き合いが長いんで、流石にそこは分かってるよ。問題どころか絶好調だったんだが、君にはまるで届かなかった。君の相手はもはや僕やスズ姉妹ではなく、君自身の記録なのかもな」
レース後の控室でシンボリルドルフを迎えたニシノライデンは快活に、しかしどこか寂しそうに笑った。それを見て申し訳無さで耳と尾が垂れたルドルフであるが、その反応に気付いたライデンが立ち上がり、その髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
ルドルフも165cmと比較的長身ではあるのだが、ニシノライデンは更に高い。自分より長身のウマ娘に髪をかき回されるという珍しい体験に、“皇帝”は目を丸くした。
「わっ」
「しょげるな、皇帝。君はそのまま走り続けろ。君が打ち立てた記録こそが、僕たち同期にとっての誇りであり、証明になる。君だけに背負わせないよう、僕たちも精一杯走るけどね」
「……ありがとう。でも、髪はやめてくれ。これからウイニングライブなんだぞ」
「トレーナーにでも整えてもらいなよ」
「……トレーナーくんにこのグシャグシャの髪を見られるのが、そもそも恥ずかしいのだが」
「おやおや、乙女ぶっちゃって」
揶揄するような笑いを浮かべるライデン。ムッとしたように唇を尖らせ、不機嫌そうに尻尾でバシバシと横の壁を叩くルドルフ。他のウマ娘が見たら驚く程度には年相応の少女の物言いと反応だが、これはルドルフがライデンを一定以上に認めているからこその態度である。
庇護対象―――悪く言えば目下として見てしまっている相手に対しては、このような隙を見せる彼女ではない。完全無欠の理想像を示しているからこその“皇帝”である。
だが流石に同格ではないまでも、ルドルフに対して『勝負』の形になる数少ない同期であるニシノライデンに対しては、過労による不調が出てくる前であるこの時期から、既にルドルフも砕けた対応を見せていた。
強者ゆえに他のウマ娘を自然と『庇護対象』として見がちなルドルフであるが、ニシノライデンは同期の中でも特に気質・実力ともにそこから外れやすい存在なのである。
ゆえに『せっかくセットしていた髪をグシャグシャにされた事に文句を言う』という年頃の少女らしい反応を見せたシンボリルドルフに対して、ニシノライデンは楽しそうに笑いながらも、降参とでもいうように両手を上げた。
「皇帝様のお怒りには敵わない。セットしてあげるから座りなよ。櫛ならあるし」
「……変な髪型にしないだろうね?」
「流石にウイニングライブ前にそれはやらないって」
「学園では」
「ノーコメント」
尻尾を逆立てて威嚇するルドルフ。笑うライデン。しかし半信半疑で任せてみれば、存外丁寧にニシノライデンはシンボリルドルフの髪を梳いていく。
これならば大丈夫かと警戒を解いたルドルフの耳に、独白のようなライデンの言葉が届いた。
「……斜めに走っても、まるで届かなかった。やっぱり強いなぁ、ルドルフは」
「……ありがとう」
やはりウマ娘の本能かアスリートとしての誇りか、負けたことに対する悔しさを滲ませた言葉は僅かに震えている。しかしそれは、彼女がシンボリルドルフという絶対強者に対して『勝ちたい』と未だに思っているからこそ出てくる言葉であろう。
その言葉と存在を嬉しく思いながら、ルドルフは目を瞑って同期の櫛に身を任せることにした。
「……え、待って。なにかおかしくなかったか!?」
「……何がだ? ルドルフ」
ルドルフがライデンの発言の違和感に気付いたのは、ウイニングライブも終わった後。トレーナーが運転する車の助手席にて、トレセン学園へと帰る途中の話であった。
『斜めに走っても届かなかった』≒『真っ直ぐ走るより斜めに走ったほうが速い』という変な癖を持つウマ娘、ニシノライデン。
引退までに6回の処分を食らった稀代の癖ウマ娘。人呼んで―――『降着制度の母』である。
「ニシノライデンは真っ直ぐ走るよりも、斜めに走る方が調子が良かった」と騎手が発言していたのは、ルドルフと走った天皇賞ではなくその2年後の天皇賞ですが、そこは取捨選択ということでひとつ。
なお、騎手にそう言われるレベルで外側にカッ飛びながら走っていたことそのものは史実です。