ルドルフが『領域未満』と評しているのは☆1固有スキルの一歩手前みたいなところにまで来ているくらいの意味合いで、ふんわりお考えください。
なお、GⅠ、GⅡなどのグレードをどうするかは悩みましたが、アプリ版からの人でも分かりやすいように、今作において大阪杯はGⅠという評価で進めさせて頂きます。物語的にも使いやすいですし。
(史実ではこの時期は大阪杯はGⅡでした)
―――
ウマ娘がいうところのそれは、定義するならば『レース中に特定の条件で到達する超集中状態』。限界の先の先にある、自分すら知らない剛脚を引き出すもの。
時代を作るウマ娘は例外なく“領域”に到達したウマ娘であるとは、とあるウマ娘の言葉である。
敢えて科学的に分析しようとすれば『火事場の馬鹿力』に近いものになるだろうが、詳細は分かっていない。
そもそも統計や分析が可能なほどの人数が到達していない上に、“領域”に入る条件も“領域”に入った際に浮かぶイメージも、ウマ娘個人によって差が大きすぎる。
シンボリルドルフが“入った”際に脳裏に浮かぶイメージは雷霆なのだが、マルゼンスキーは『高速道路をカッ飛ばしている感じ』で、ミスターシービーは『高原を自由に駆けているような』という表現を首を傾げながら絞り出していた。
見るものが見れば『こいつは領域に入った』と分かるのだが、分かるのはそこまで。入る条件や効果などは千差万別でよく分からない。
結局はそこに至ったシンボリルドルフをして、『そういうものがある』という認識で止まらざるを得ない未知の世界が“領域”だ。
或いは“領域”という現象を科学や理論で解明しようということが、とことん野暮なのかもしれない。
(……近いところに来ているウマ娘は意外と居るのが、今となっては分かる。感覚的なものだけど)
しかし上を見上げれば未知であれども、下を見れば自分が辿ってきた経験を元に俯瞰・分析はできる。
シンボリルドルフ、ミスターシービー、マルゼンスキー、或いは昨年ジャパンカップの1度のみだが、ルドルフとシービーの両者を相手に正面から打ち勝った“反逆者”カツラギエース。
そういった面々が踏み入っている鮮烈な“領域”には及ばないながらも、未分化で朧気な“領域未満”のようなものを纏う時があるウマ娘は各世代の上位にはちらほらと存在していることに、今のルドルフは気付くことが出来ていた。
(ニシノライデンは、その域には手をかけつつある)
今はスズマッハと併走しているニシノライデン。彼女のレースの映像と併走の様子から、ルドルフはニシノライデンが“領域未満”をレースで発動させていたことを確信している。
……正解であってほしくない、少なからず頭を抱える分析結果ではあるのだが。
「ニシノライデンさん。思ったより、斜めに行きませんね」
「……そうだね」
練習コース横にあるベンチに自身と並んで腰掛けているスズパレードの言葉に、ルドルフは言葉少なに頷きを返す。
クラシック期のニシノライデンの走りは若干斜めに逸れる癖こそあったものの、シニアに入ってからのように斜行クイーンと化してURA史上初の重賞1着からの失格という生き恥を晒す程の天衣無縫っぷりは存在していなかった。
そしてルドルフやスズパレード、スズマッハという面々との練習では意外なくらいに綺麗にまっすぐと走っている。日頃のトレーニングを生真面目にやっていることがよく分かる、お手本のようなフォームだ。
その事に首を傾げながらの
「天皇賞春、そして朝日チャレンジカップ。双方ともに相当な斜行を見せているが、それらは共通して最終直線での競り合いの際に起きていた現象だ。私も君もそうだと思うが、最終直線ともならば残る全ての力を振り絞って走るだろう?」
「そうですね。何か考える余力すらも脚に込めて―――……あ、もしかして」
「こういった練習ではなく実戦、それも強者と
―――結論。
ニシノライデンが無意識的に“領域未満”を発動させた際、彼女は速度を上げながら斜めに進み始める。
クラシック時期にこの問題が顕在化しなかった理由も、これならば説明がつく。その時期の彼女は“領域未満”に手が届いていなかったから、最終直線のトンデモ斜行が発生しなかったのだ。
なお、それが分かったからなにか解決手段があるわけではなく、逆にこの分析は解決手段の無さを証明するものでもある。対策がレース本番で全力を出さないくらいしかない。
強敵とのギリギリの勝負で潜在能力を開花させた結果に飛び出してくるのが加速と斜行という、三女神様も驚愕の悪質抱き合わせ商法だ。公正取引委員会はどこだろうか。
「ルドルフさんがニシノライデンさんの立場で、ご自身にそのような癖があると理解していたなら、どのようなレース運びをされますか?」
「……最終直線の展開が斜行を取られないような位置取りになることを祈りつつ、なるべく外側に出る」
「逆に次のレース……秋の天皇賞のように、ニシノライデンさんが敵に回ったレースではどうしましょうか?」
「……最終直線の展開でニシノライデンが目の前で斜行しないことを祈りつつ、なるべくライデンの後ろを避ける」
「やたら祈りますね」
「チェスでも序盤の展開は読みやすく定石化しやすいが、後半の展開になればパターンが多すぎる。ましてチェスのように動きが決まっているわけじゃない以上、最終直線でどのような形になっているかは運の要素もかなり大きいだろう。つまり、祈れ」
もはや対策を諦めてのお祈りゲー宣言をしつつ、併走するスズマッハとニシノライデンを見るシンボリルドルフ。
本番レースを前にしての調整でもあるので、疲労や消耗を残さないように7割程度の力で走るようにしようと言っていたはずが、いつの間にやら両者ともに結構本気で走っているように見えて眉を顰める。
ルドルフやスズパレードと併走した時には起きなかった現象であり、つまりはスズマッハの方が熱くなって競りかけていっている形だ。
「あれはそろそろクールダウンさせたほうが良いかな」
「ですね。もう、マッハちゃんったら熱くなっちゃって……」
「そう言わないでくれ、パレード。そうなった時の彼女の爆発力を私は高く評価している」
スズマッハは『皇帝』
勝ち星の数や賞金額ではルドルフはおろか、スズパレードやニシノライデンにもかなり水をあけられているスズマッハであるが、その爆発力から同期の中でも強豪として見做されている―――のだが、ルドルフがスズマッハを高く評価しているのは、それに加えて『ルドルフ』ではなく『ルナちゃん』的な子供っぽい、それもガキ大将的な感性が混じっている。
これにはルドルフ
―――『皇帝』と呼ばれるウマ娘と言えばシンボリルドルフのことを指すものである。
史上初の無敗三冠に加えて、クラシック級でありながらも年末の有馬記念に勝利。天皇賞春という国内最長距離にして権威あるGⅠにも勝ち、ここまで5冠。*2
ジャパンカップでカツラギエースに初めての敗北を喫するものの、有馬記念でしっかりやり返しており、勝ち逃げは許してはいない。先代三冠ウマ娘であるミスターシービーとの直接対決においては3戦全てで先着しているなど、もはやこの時点ですらその功績と実力は国内に比肩するものが居ないのが、シンボリルドルフというウマ娘だ。
しかし『皇帝』の前に『マイルの』という枕詞を付けると、途端に『皇帝』という単語は別のウマ娘を指すものとして扱われる事になる。
中長距離路線に比べると裏街道として扱われがちだったマイル・短距離路線において、圧倒的な実力とスター性を以てレースを沸かせたニホンピロウイナー。人呼んで『マイルの皇帝』である。
デビュー世代はミスターシービー、カツラギエースと同期であり、強豪だらけの同世代の一角を担っている。
全てのウマ娘が幸福になれる時代を目指すルドルフにとって、これまで脚光を浴びにくかったマイル・短距離という路線において、圧倒的な実力とスター性を持つウマ娘が生まれてその路線そのものが活気づいたというのは非常に好ましい出来事だ。
それもあって『生徒会長』や『ウマ娘の代表』という視点でのシンボリルドルフはニホンピロウイナーに対して路線開拓の感謝を直接述べているし、メディアのインタビューでは尊敬するウマ娘の一人として挙げてもいる。
一方で『一人のウマ娘』として―――より正確に言うと『シンボリルドルフ』というより『ルナ』的な幼い感性で見れば、ニホンピロウイナーというウマ娘は彼女からすれば複雑な感情を向ける対象でもあった。
短距離からマイル、特に良バ場のそれにおいては無敵といえる実力者であった彼女は、『良バ場のマイルであればシンボリルドルフにも勝てる』という評価をされていたからである。*3
目下に対しては庇護欲丸出しであるが、勝負事に対しては負けず嫌いのライオン気質を併せ持つシンボリルドルフ。その評価を耳にした時は安田記念あたりに殴り込んで白黒を付けに行こうかと本気で検討したやつである。自分より強いと言われている奴がいると面白くないという、ルナちゃんのライオンメンタルが出ている時の思考だ。*4
ちょうど宝塚記念あたりの過労で色々といっぱいいっぱいになった末の深夜テンションに近い発言であったが、あの頃のルドルフの体調とメンタルで乗り込んでいた場合は、流石に彼女であろうとも惨敗を喫していた可能性が高いだろう。
そんなわけで結局実現しなかった、『皇帝』VS『マイルの皇帝』によるマイルレースでの直接対決であるが―――。
桜花賞ウマ娘に対して1400mで7バ身差をつけたりという無双っぷり*5を発揮していたニホンピロウイナーに対して、『1600m』『良バ場』という条件でありながらも、3/4バ身差まで詰め寄ったウマ娘が居た。
「マッハちゃんの安田記念、ルドルフさんが一番喜んでいたんじゃないでしょうか?」
「同期の活躍を喜ばないのは
「それはそうなんですけど……」
それこそがスズマッハ。日本ダービーでは20番人気からルドルフに1と3/4バ身差まで詰め寄り、安田記念では9番人気からニホンピロウイナーに3/4バ身差まで追い詰めたウマ娘だ。
中長距離が得意なルドルフに対しては長めの中距離で、マイルの皇帝に対してはまさにマイルの良バ場で、各々完全に相手の得意状況でありながらも、大きな差を付けられず2着に迫っている辺りがとんでもない。
総合力は劣るが爆発力が高く、人気下位のノーマークからいきなりすっ飛んでくるタイプの奴である。上位者からすれば心臓に悪いタイプの相手だ。
「マッハちゃんの安田記念以降、ルドルフさんとニホンピロウイナーさんがマイルで対決したらという論調は減りましたよね。両方と戦って2着に追い込んだマッハちゃんがいい感じの物差しになりましたし」
「彼女の全身全霊を物差しと評価するのはどうかと思うけど……同期の力を示してくれたので、誇らしくはあるな。欲を言えば、勝ってくれれば更に最高だったよ」
「ルドルフさん的にはそうですよね」
「……パレード、なにか含みがないか?」
「いえいえ、とんでもございません皇帝陛下。……ふふっ」
妹であるマッハに対してやるのと同じように、微笑ましいものを見る目でルドルフを見ているスズパレード。明らかに含みがあるとは分かるのだが、その含みの内容は分からずに耳をピコピコ動かして落ち着かない様子の皇帝陛下。その反応がまた、スズパレードには面白い。
同期ゆえに付き合いが長く、特に過労事件後はルドルフが他者に頼ることを覚えたがゆえに見えてきた、シンボリルドルフという絶対強者が持つ子供っぽい部分が面白くて仕方ない
『
要はこの皇帝陛下、自身の同期が『マイルならばルドルフに勝てる』と評価されていた相手の牙城を崩す瀬戸際まで追い込んだことが嬉しいのだ。自覚は殆どないが『よく私の代わりにアイツと勝負して良い結果残してくれたな!』という子供っぽい称賛だ。
ガキ大将が他のガキ大将と喧嘩していい勝負してきた子分を褒めるような感性である。勿論、勝てばもっと嬉しいやつだろう。
「では、マッハちゃんを止めてきますね」
「……うん、じゃあよろしく頼む」
釈然としないまま頷いた
「ぬぉぉぁあぁぁあ!! てめぇこら、私の前を走ろうとか頭が高ぇってなモンですよぉ!!」
「だああ、本番前だから7割の力でって話だったろマッハ!?」
丁度いいことに、コースを回ってこちらに近付いてくるところだ。
これを止めて―――さて、どうにかルドルフが言っていた『祈りながらなるべく外に出る』という対策で、ニシノライデンのレース結果は改善するだろうか?
小首を傾げながら考えるスズパレードであるが、
『全身全霊での直線勝負になると、速度が上がる代わりに外に斜行する癖がある』
というルドルフの推測は、ニシノライデンからは納得とともに受け入れられた。
正確には現象そのものはライデンも把握していたのだが、どういう時に斜行してしまうのかが自分ではよく理解できていなかったので、状況が特定できて助かったという反応だ。
“領域”というものについては―――そこに到達したウマ娘に対してならばともかく、そうじゃない相手に話したら実在を疑われてただの中二病だと思われる(マルゼン談。珍しくガチ凹み)という先達の犠牲から得た経験則で、説明には含んでいない。
実際、ルドルフとしても自分が“領域”を体験する前にそれについて誰かに言われていたならば、絵空事か―――もしくはあくまでその語った個人が到達した境地として切り捨てていた可能性が高いだろう。
ともあれ、“領域”を知るが故の分析も含めたルドルフのアドバイスは、彼女自身が『対策あるのかこれ』と思っていた割に、ニシノライデンにとっては役立った。
不動の1番人気、最強の実力者ゆえに周囲からのマークが激しいルドルフと、比較的マークされにくい立場のニシノライデンという立場の差と、ニシノライデン自身のレース勘や経験によるものが大きいだろう。ライデンはルドルフからのアドバイスを上手く実戦で運用し、多くのレースで結果を残したのだ。
天皇賞秋こそ2桁順位に沈んだものの、年内のうちにGⅡ京都大賞典で2着。GⅡ阪神大賞典で1着。
そして年末のグランプリである有馬記念においては、1着シンボリルドルフから4バ身差で、1世代下の2冠ウマ娘ミホシンザン。そのミホシンザンから3/4バ身という僅差まで迫り3着に食い込んだニシノライデンは、中長距離においてルドルフに次ぐ世代No.2の立場を確固たるものとした。
シニア2年目ではルドルフの海外遠征と前後して脚を故障し、長期休養に追い込まれるが、その後に再起してシニア3年目の大阪杯での悲願のGⅠ勝利。
それは彼女個人の悲願であると同時に、シンボリルドルフ以外のウマ娘が『他の世代と争う事になるGⅠ』を誰一人として取れていない“弱い”世代と評されていた彼女たち同期全員の悲願でもあった。
特に同期の活躍を希求していたルドルフの興奮ぶりたるや、『あれはルナちゃん』『ルドルフっていうよりルナちゃん』『皇帝様もっと落ち着いてもろて』と同期の集まりでは延々と擦られ続ける鉄板ネタとなった程だ。
―――そして迎えた、シニア春三冠の2つ目となる天皇賞(春)。
三冠ウマ娘シンザンの娘にして、皐月賞と菊花賞を勝ち取っている1つ下の世代の代表格、ミホシンザンが1番人気。2年前の有馬記念では3/4バ身差での敗北だったニシノライデンは春三冠の1つを制した2番人気として、彼女とのレースに臨む事となった。
名門メジロ家が悲願とする、国内最長のGⅠレースにして天覧レース。
3200mを走り抜けた末のミホシンザンとニシノライデンの差は、長い長い写真判定になるほどのほんの僅かなハナ差で、ミホシンザンの勝利。
両者ともに全霊を出し切った素晴らしいレースだったと万雷の喝采を受けながら―――ニシノライデン、誰がどう見てもアウトな大斜行により失格。
最終直線で外側に居た後方のウマ娘の進路を塞ぐどころか、思いっきり横切って逆に進路が開いたレベルの大斜行である。最初は外側に居たウマ娘が、ゴール前では内側に居たやつだ。
重賞1着が失格となった朝日チャレンジカップも前代未聞だが、GⅠで2着にまで食い込んだウマ娘が失格となるのも前代未聞であった。なんなら今回は天覧レースである。
マリキータ事件よりおよそ1年。シンボリルドルフがまたも膝から崩れ落ちて地面に手をつくレベルのやらかしだった。これまたマリキータの時同様に、同期の謝罪行脚に自分も付き合う事にしたルドルフに対して、
しかし彼女の斜行はレースを台無しにしたり他のウマ娘に怪我をさせる程のものではないというラインものであった事から、春のシニア三冠のラスト―――グランプリレースである宝塚記念出走ウマ娘のファン投票では、まさかのファン投票1位。(前後するタイミングで引退を決めたミホシンザン除く)
同期のスズマッハ曰く、
『ゴメンでグランプリレースのファン投票1位に成り上がったのは、後にも先にもライデンくらいのモンですよ』
と揶揄混じりに言われる同情票の後押しに、本人もありがたいやら恥ずかしいやらで、レース前のインタビューでは顔を真赤にしていたやつである。
なお、彼女がやらかした朝日チャレンジカップと天皇賞(春)の2回の失格によって、URAの『失格かお咎めなしの大振りな2択しかない処罰制度』が疑問視されることとなり、降着制度が数年後に正式にURAに導入されることになる。
ニシノライデン。26戦7勝2失格。
まさしく降着制度の母として、ある意味ではシンボリルドルフ以上にURAの歴史に名を残したウマ娘であった。
・ニシノライデン
26戦7勝。GⅡを引退までに4勝。
今作においてはレースの格をアプリ版に寄せる意味で大阪杯をGⅠという設定にしているため、GⅠで1勝、GⅡで3勝となっております。
降着制度の生みの親といわれる盛大な斜行癖の持ち主で、騎手からも『斜めに走ったほうが調子が良い』といわれる稀代の癖馬だったとか……。
・スズマッハ
21戦3勝。主な勝鞍はGⅢエプソムカップ。
勝ち星の数や賞金で言えば作中で言っていたとおりにもっと強い馬も居るのですが、これまた作中で言っていたとおりに『なんか強者と相手の土俵で戦うと異様に善戦する』という馬です。
安田記念2着、日本ダービー2着という大健闘以外にも、有馬記念でルドルフ、シービー、エースの3強の次に食い込んでくるなど、相手が強くて自分が人気下位の時に限って妙に善戦しております。
なお、引退後は種牡馬のちに功労馬となっており、従兄弟のスズパレードとはお隣同士。繊細なスズパレードに比べて、心身ともにタフであるとは牧場長のお言葉です。