折原臨也と実力至上主義の教室 作:あいうえお
「あ、起きた~?」
覚醒と共に耳に届いてきたのは神室真澄の声だった。
手足が動かない。どうやら椅子に縛られているようだ。
顔を上げると、鼻先が触れ合うほどの至近距離に神室の顔が。
「今からあんたを全裸にひん剥いて情けない姿の写真を撮ろうと思ってるんだけど、別にいいよね?」
少女が張り付けていたのは、それはそれは晴れやかで楽しそうな笑顔で。
変態趣味の闇医者見習いに精神を心配されたことのある臨也ですら、少女の笑顔には悪寒を禁じ得なかった。
「……驚いた。本気で驚いた。本日二回目だ。どうやら今の状況は、俺史上最大のピンチのようだね」
「その薄ら笑いが泣きっ面に変わるのが今から楽しみよ。さて、まずは上からぬぎぬぎしましょうね~」
「何だか真澄さん、一皮剥けたね。俺に対して限定みたいだけど」
「あんたの皮が剥けてるかどうかも確かめてやるんだから」
「本当に、本当の本当に、それだけはやめてくれないかなぁ。本気で君のこと嫌いになるよ?」
「なれば?」
まさかこんなエロ同人のような展開に直面することがあろうとは。
流石の臨也も同級生の前でストリップ強要されて悦ぶようなことはない。必死に脱出を試みるも、荒縄でかなりきつく縛られており、自力で千切ることは不可能。
神室は臨也のブレザーを引っ張り──そこで嘲るように舌を出す。
「……嘘よ。誰があんたの裸なんて見たいんだっての」
「……おどかすなよな、全く……」
よくよく考えれば、縄で縛られた状態で脱衣なんて出来ない。
臨也はほっと肩を落とす。
「フフフ、あなたでも怯えることがあると知って安心しました」
少女が部屋の中央で橋本たちに囲まれながら、紅茶を呷っていた。
「わざわざ俺を捕まえて、こんな大所帯で一体何をしたいのかな、坂柳さん?」
──正直に言って、これは完全に不意を突かれた結果だ。
坂柳有栖がいずれ折原臨也の排除に動くであろうということは予想がついていた。しかし、それは長期目線での話。こんなに早く仕掛けてくるとは、想像すらしていなかった。
手早い少女の腹の内を探るように、そして不倶戴天の少年の心を抉るように、二人の視線が交錯する。
「目的を聞こうか」
「あなたとの対等で平和的な対話です。対話に武器は不要ですので、仕込みナイフは没収させて頂きました」
「なるほどね。麻酔薬とスタンガンで昏倒させられ、拉致軟禁された挙句、尋問みたいなこの状況が平和的、と……。いやぁ、程度を越えた暴力ほど恐ろしいものはないね。別に逃げたりしないのに」
拘束されても笑みを絶やさない臨也には、隠すつもりもない享楽の念が浮かんでいた。
「──あなたは言っていました。“人間が好き”だと」
「あぁ、そうだね」
「──だから構わずにはいられない、とも」
「その通り」
そう、臨也は欠片たりとも隠さない。
「俺は人間が好きだ。愛してる。だからこそ、俺は人間に何をしてもいい……そうは思わないかい?」
「では、仮に私があなたを愛していたら、私はあなたに何をしても許されるのでしょうか」
「そんなわけないだろ。逆さ。俺が人間を愛しているから、人間の方も俺に何をしたっていい。俺はそう思っているよ」
「……なるほど、独善的ですね。理解できました。──皆さん、席を外してください。ここから先は彼と二人きりで話します」
坂柳は片手で何やら合図をすると、部屋にいた複数の生徒を次々退室させていった。
最後にそれに続いて神室も退室しようとするが、立ち上がった瞬間何を思ったか、彼女だけは臨也の眼前にやってきた。
「……坂柳のこと、任せたよ」
「は?」
「虫が良いのは分かってるけど、アンタにしか頼めないし……それに、アンタが撒いた種なんだから」
「いやいや、意味不明」
懇願するような眼差しに、臨也は当惑するばかり。
一方的に言い終えると、神室はすぐさま退室していった。
──任せる、とはどういう意味だろうか。
部屋の中には臨也と坂柳の二人きり。
何故だか、いつもとは違う、少し寂しい雰囲気を感じた。
「……ちなみに有栖ちゃんさ、こんなことしてタダで済むと思ってるの?」
「済ませるつもりなど、最初からありませんよ?」
机の脚に立てかけていたサイドバックの中を漁ると、少女はそこからクリアファイルを取り出した。
その中に挟まれていた紙を見た瞬間、臨也の目の色が変わる。
──少女の覚悟が、その一枚の紙に現れていた。
「『退学届』です。署名は済ませておきましたので、あとはこれを提出するだけで私の退学は確定します」
「マジで? 学校辞めちゃうのかい?」
「はい。先日の一件で、私はあなたを恐ろしく感じました。私はあなたと三年間も上手くやっていく自信がありません」
「……ふぅん」
最初から退学を覚悟しているのなら、学校からの処罰など恐くもないだろう。
だから彼女は、こんな暴力的な手段に出たというわけだ。
臨也は神室の言葉の意味合いを察する。
──『坂柳のこと、頼んだから』
「そういうことか」
……要するに、退学しようとする坂柳を説得してくれ、と暗に伝えて来ていたのだろう。
臨也の気持ちは変わらない。不変の人類愛を掲げる彼には、
「俺が怖くて学校をやめるんだね。そりゃ結構。でもそれってさ、俺に負けたってことにならない?」
「“負け”? ……何をバカなことを……」
坂柳の声色が変わる。
明らかに機嫌が悪くなった。
挑発の意図すらなかった挑発に食いつくとは、大概幼稚な精神を持っているようだ。
「そもそも、理性も損得も通用しないあなたのような獣と、知性で戦うことの方が馬鹿げています。そんな相手とは競争も協力もできはしません」
「そうかな。でも俺は、俺の本性を知った上で、逃げることよりも挑んでくる人を知っているよ」
「挑んでくる人? 龍園くんのことですか?」
「! ────へぇ」
重ねて、今日三度目の驚きが臨也を襲う。
「あなたが龍園くんと繋がっていることは知っています」
「一応聞こう。根拠は?」
「コレです」
そう言って坂柳は、携帯を操作してとある通話記録を再生した。
くぐもった龍園の声が聞こえてくる。
【あなたから電話なんて珍しいですね、龍園くん】
『フン。談笑がしたい訳じゃねェ。クレームだ』
【と、言いますと?】
『テメェのクラスの折原臨也って野郎、どうにかしやがれ。どうも俺の計画の邪魔をしているように感じる』
【何があったのですか?】
『勉強会に乱入して、Dクラスの連中に助言を与えていきやがった。クソ、余計なことしやがって……』
臨也がADCの勉強会に突撃したのは、今から二時間半ほど前の話だ。
つまりこの通話は直近に行われたもの。
しかし、この会話内容からどうやったら臨也と龍園の繋がりが見えてくるのだろうか。
【自分で直接、本人に抗議をなさればいいでしょう。あなただって折原くんと交流はあるでしょう?】
『あぁ? ねぇよ。勝手に決めつけんな』
【……彼と交流はない、のですか?】
『何を驚いてやがる。そうだ。俺は折原臨也なんぞ今日まで会ったこともなかったぜ』
──ピッ。
そこで録音は途切れた。
「これは今から二時間ほど前に行われた通話内容です。私が違和感を感じたのは、今日まで龍園くんが折原くんと会ったことがなかった、という点です」
「本当のことかもしれないじゃないか」
「いいえ、あり得ません。あなたはDクラスにもBクラスにも交流者が多い。Cクラスのリーダーとも接点を持っているハズ。ではなぜ、龍園くんはあなたとの接触を私に隠したのか? 理由は簡単です──『私に知られると困るような関係を構築しているから』」
「……」
「違うなら否定してください」
「ハハハッ、いいや、大当たり」
もしも両手が自由なら、拍手喝采の雨だったことだろう。
臨也は感動していた。
「凄いじゃないか! 君は俺が出会った女の子の中じゃ、一番の頭脳を持ってる!!」
「更に付け加えるなら、私の知能はあなたよりも上ですよ」
「それを自分で行っちゃう所が小物臭して残念だけど、それはともかく俺は君を過小評価していたみたいだ。君となら、もっと楽しいことが出来ただろうに」
「……本気で身の危険を感じるラブコールですね」
少女は自身の身体を抱き寄せて、臨也から一歩離れた。
坂柳有栖も、本心ではこの学校を卒業することを望んでいない。途中脱落は彼女にとっても不本意な選択ではあった。
それでも退学を選択肢として視野に入れたのは、折原臨也という身内の中に潜んだ狂人に、少女が命の危機すら感じてしまっているから。
臨也から没収した手製の小型ナイフがその良い例だ。
「──人間を愛しているから、愛ゆえに自分は何をしてもいい。
そのように考えるあなたは、愛ゆえに誰かを殺してしまうかもしれない」
「怯えすぎだね。折原臨也は他人を殺すような悪人じゃないと思うよ。まぁ、誰かを救うほど善人でもないと思うけど」
臨也が直接的に人間を刺し殺すようなことはない。
だが、客観的に坂柳がそれを確信できるような材料はないし、臨也に間接的な他人の死であれば許容するという姿勢があるのは事実だ。
「龍園くんのことも、葛城くんのことも、私になら対処可能です。しかしあなただけは違う。再三言いますが、私はあなたが怖い」
「そうは言われてもね。……君の恐怖をやわらげる方法があるなら何でもするけど、心を証明する手段なんてないからなぁ」
「──」
事実として坂柳は検討違いの憂慮で学校を去ろうとしている。
確かに現実に起きたことだけを整理すれば、その憂慮は正しいとも言えるだろう。
その憂慮がただの懸念であると知っているのは、当人である折原臨也だけだ。坂柳の勘違いを解き、学校に残留させるためなら力は惜しまない。
しかし──
「──一度本人が正しいと思い込んだことを覆すのは、難しいことだ。君の言っていた言葉だったね」
「はい。そうでしたね」
坂柳有栖に他人を“信じる”という機能が希薄であるうちは、彼女の中で出された一つの解が逆転することはない。
あるとすれば、その解の上に別の解を乗せること。
だが……その方法も臨也には思いつかなかった。
「……どうせ学校を辞めるなら、最後に俺と賭けをしないかい?」
「賭け、ですか?」
「もしも俺が勝ったら君が退学し、君が勝ったら俺が退学する」
「それは願ってもないことではありますが……」
自身が退学せずに折原臨也という異分子を退けられるなら、それに越したことはない。
だが、坂柳有栖はどこまでも論理的で合理的な思考に終始してしまうため、分からなかった。その賭けのどこに折原臨也にとっての特があるのか。
「……折原くんにとって、メリットのある内容とは思えません」
「君には何も不都合はないだろう? 俺はただ、人間観察がしたいだけだよ」
「まぁいいですが……。賭けの内容はどうします?」
「今月の中間テストで1年生から退学者が出るかどうか、ってのはどうかな」
──それは折原臨也が、現在楽しんでいることでもあった。
「あなたは出ると思いますか?」
「思うよ」
「……私も十中八九そう思います。今回の中間テストをDクラスは凌げないでしょう」
龍園翔が画策していること。
葛城康平が未来に起こす行動。
それに伴って、周囲の人間がどう変わるか。
臨也と坂柳は全ての考えを合致させていた。
「俺も君も、退学者が出ると思っているわけか」
「その上で私は『退学者が出ない』方に賭けます」
「……わざわざ外れると思っている方にベットするのかい?」
「はい」
「面白い。だったら俺は『退学者が出る』方にベットしよう」
こうして秘密の賭けは成った。
もしも中間テストで誰かが退学すれば、同時に坂柳有栖も退学となる。
しかし中間テストで誰も退学しなければ、折原臨也が退学となる。
「……こんなイカれたギャンブルなんて、俺と君でなきゃ成り立たないだろうね」
「えぇ、全く」
どっちに転んでも、必ずどちらかが退学となる。
はっきりと優劣がつく勝負の成立に、少女の胸だけが高鳴っていた。
勉強会の話はたぶん次回で最後
今後の臨也の観察対象は?(参考までに)
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戸塚弥彦
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山内春樹
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山田アルベルト
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石崎大地
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家電量販店の店員
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神室真澄
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坂柳有栖
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葛城康平
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橋本正義