※拙作は喫煙を推奨するものではありません。
※喫煙はあなたにとって肺がんの原因の一つになります。
※喫煙はあなたにとって心筋梗塞の危険性を高めます。
※喫煙はあなたにとって脳卒中の危険性を高めます。
※肺気腫を悪化させる危険性を高めます。
※妊娠中の喫煙は胎児の発育障害や早産の原因の一つになります。
※たばこの煙はあなたの周りの人、特に乳幼児、子ども、お年寄りなどの健康に悪影響を及ぼします。
※ニコチンにより喫煙への依存性が生じます。
※未成年者の喫煙は健康に対する悪影響やたばこへの依存度を高めます。
スマートフォンのインカメラに自身を写す。
ここまで早足で来てしまったせいで、髪や服装に乱れがないか気になったからだ。
それも仕方ない。今日は久しぶりに先生と二人きりの当番だから。
シャーレに入部する生徒は雪だるま式に増えた。
創立当初は静かだったシャーレも賑やかになった。が、その分、降ってくる依頼も増えた。慢性的な人手不足には変わりない。
「うん。完璧」
ハーフツーサイドアップに結った青みのかかった髪を軽く撫でつける。
制服にシワもない。
計算よりも二十分は早い入室だが、想定内ではある。
オフィスのカードリーダーに読み込ませた。
「おはようございます」
彼女──早瀬ユウカのシャーレでの一日が始まる。
◇◆◇◆◇
「おふぁよう。ユウカ」
「おはよー」
「おはようございま……す?」
微かな違和感を覚えた。
本来なら居ない筈のムツキにではない。暇な生徒、いや、無理矢理に暇を作り出した生徒が執務室に入り浸っているのは、いつものことだ。
改めて先生に視線を向ける。
ややクセのかかった髪。スクエアフレームのメガネ。深く刻み込まれたクマ。
ここまではいつも通り。
「飴、ですか?」
「ああ、少し口寂しくてね」
違和感の正体は唇から飛びだした、白い棒だった。
棒を器用に人差し指と中指で摘まみ、口から取り出す。
白い棒の先には、また白い一口大の球体が刺さっていた。
珍しく棒付きキャンディを咥えながら仕事している。
ユウカの記憶では、先生は甘味をあまり好まなかった筈だった。
興味を引かれてデスクに近寄る。
「ユウカも一つ、どう? スーパーハッカ味」
「いえ、大丈夫です」
差し出されたキャンディが引き出しに戻っていく。
デスクの端には封の開いたコーヒー缶にエナジードリンク、ミントタブレットが積まれていた。
「って、先生! また徹夜なさったんですか!?」
「うっ……」
「もう……忙しいのは私も身に染みて理解してますけど、先生が体を壊してしまう方が大変なんですからね!」
バツが悪そうに、キャンディが再び口に戻っていく。反論しません。反省してます。とでも言うかのように。
だが、その手の動きにどうも違和感を覚える。
「くふふふっ。でもさー、先生」
いつものやり取りに耳を傾けていたムツキが加わった。
「その持ち方、けっこー変わってるよね?」
ようやく違和感の正体が解った。
普通、いや、おおよその人はキャンディの棒を握るように持つ。摘まむ場合でも人差し指と親指だ。
しかし、先生は違う。
人差し指と中指で棒を挟み込んでいる。
「タバコみたいだね!」
そう、映画作品で出てきた煙草だ。
確か──張り込み中のダンディな刑事役が、その相棒と一服していたシーンだ。影となり身を隠すべき役柄で、赤々と光る煙草を嗜むのはいかがなものか、とツッコミを入れたことを覚えている。
ユウカも知識としては知っているが、キヴォトスで見たことはほぼない。不良たちを追いかけて路地に入った際に、吸い殻が落ちているのを数度見たことがある程度だ。
ましてや吸っているシーンに遭遇することなど、今まで一度もなかった。
学園都市であり、住民のほとんどが未成年であるキヴォトスで『大人』向けの嗜好品を見かけることは、まずない。
専門の商店も存在しないし、不良たちもブラックマーケットでの密輸品を手にする程度だろう。
普段からアウトローが跋扈する作品を嗜んでいるアウトロー集団 便利屋68のムツキだからこそ、一目で『タバコの持ち方をしている』と気付くことができたといえる。
先生が再び同じ持ち方をして、キャンディを取り出す。
悪戯のバレた子供のような苦笑いと、煙草と同様に扱う手付きのアンバランス。
ユウカの視線はキャンディ、いや、先生の指先に奪われていく。
「以前は吸ってらっしゃったんですか? キヴォトスに赴任される前とか」
「いや、その……まあ」
「クセってなかなか抜けないんだねー」
「頑張って出さないようにしてたんだけどね……こうも忙しいと」
へにゃり、と目許を緩ませる。
ユウカやフウカ、カヨコといった世話焼きたちにクリティカルを与える表情。
「どうしたの? やっぱりユウカも欲しかった?」
「すっごいスースーするよー」
「ああ、いえ、そういうわけでは……」
三度、キャンディが先生の口に入っていく。
持ち方は先ほどまでと同じ、人差し指と中指に挟んだ持ち方で。
軽く曲げられた指先。ゴツゴツした関節。手の甲に浮かぶ骨と血管。くっきりと浮かぶ喉仏。
少女である自身たちとは違う『大人の男性』を象徴する表情に見惚れていただけだった。
「えっと、そろそろ始めますね」
「うん。今日もよろしくね。ユウカ」
~⏰~
もうとっくに日が暮れていた。
朝は穏やかだった。先生を構いたがるムツキに注意したり、非当番生の相手をしたり、書類を捌きつつもそういった些事に構う余裕があった。
先生に書類を渡す際、少し緊張する余裕すらあった。
昼休みを目前にした頃、一気に慌ただしくなってしまった。
トラブルを持ち込んでくるトリニティ生。ヴァルキューレ警備局からの応援要請。手に負えないゲヘナでの喧騒。
積み重ねられていくタスクに追われ、気が付けばもうこんな時間になっている。
先生と二人きりだったはずの当番は儚くも消え去り、いつも通りのシャーレ当番になってしまった。
ミレニアム自治区への道すがら、どこか上の空なユウカ。
隣を歩くハレがジッと見つめていても、全く気付く気配がない。
それどころか、目の前で手を振っても反応がない。
「大丈夫? ユウカ」
「へっ!?」
「さっきからボーッとしてさ。確かに疲れたけど、いつもこのくらいでしょ?」
「え、えぇ。そうね。ちょっと疲れちゃったかも」
「ふーん……ま、いいけど」
疲れたのは事実だ。
だが、疲れたからボーッとしていた訳ではない。
考え事、しかも先生についての考え事だった。
まさか、先生が喫煙者だったなんて。
煙草は『百害あって一利なし』だと聞く。
キヴォトスの外ではグロテスクな喫煙者の肺の写真をパッケージに貼り付け、その毒性を訴えていたりもするらしい。
さらにはその依存性も高いと聞く。
先生がキヴォトスに来て半年以上が経っている。
生徒の中で先生が喫煙者だったと知っているのは、ユウカとムツキくらいのものだ。
そんなにも吸わないでいるのに、未だに先生は煙草を忘れられていないように思える。
大人は、喫煙者は忙しくなると煙草が恋しくなるのだろうか。
そういえば、禁煙のためにガムやキャンディを口にしたりするらしい。先生は眠気覚ましではなく、禁煙のために珍しく棒付きキャンディを食べていたのだろうか。
先生が仕事中にお菓子を食べているなんて、あまり想像出来ない。
カフェに寄ってもチーズタルトやキッシュといった、甘味の少ないものを好んでいたように記憶している。
いや、今日は甘くない『スーパーハッカ味』だったか。“最強ハッカ味!”なんて宣伝されていたような。
「じゃ、私こっちだから──って、聞いてる? 大丈夫?」
「あ、うん。お疲れさま。気をつけてね」
「ユウカこそ、気をつけてよ。ボーッとして、事故にあったりしないでよね」
「えぇ。大丈夫よ。ありがとう」
~⏰~
──シャーレオフィス・第三談話室
円卓に座するは六名の生徒。
「──では、エンジェル24での新規入荷商品は以上で。後で連邦生徒会に申請します。次の議題ですが」
ユウカが議題変更を告げる。
ユウカから右にノア・アコ・カヨコ・ハナコ・アヤネの順で座っている。
「ユウカさん。コレ、正気ですか?」
「正気を疑われても仕方ないけど、私は本気です」
「へぇ……でもまぁ、先生も“大人”だしね」
「あはははは……お忙しいと仕方ないんですかねぇ……」
「仕方なくはないですよ。奥空さん。だいたい煙草なんて」
次の議題は『先生の喫煙について』だった。
この六名──シャーレ生連合組合──には事前に資料が配布されている。
この資料で先生が喫煙者であったことを知った者もいた。
「はい。では、まず先生の禁煙、になるのかな。
禁煙を応援するか、それともしないのか。
そこを議論していきたいと思います」
「私は禁煙を応援します」
手を挙げ、指される前にアコが宣言する。
「煙草なんて百害あって一利なし。ただでさえ日常的に激務をこなされている先生に、コレ以上負荷を与える必要なんてありません。
それに、煙草なんて吸ったら先生の寿命が縮んでしまいますし、体力も低下します。あの人が普段の運動不足も加えてもっと走れなくなったら、任務にも支障をきたします」
正論だ。
キヴォトス基準で考えてしまえば、先生は極度の運動音痴となる。
たった十キロメートルの全力疾走も出来ず、持ち上げられる重量は精々八十キログラムが関の山。持ち上げられるのは本当に持ち上げるだけで、そのまま走るなんて以ての外。たった一発の弾丸が致命傷になり、手榴弾程度の爆発に巻き込まれただけで三十分どころか数日、いや、数週間は行動不能になり、最悪の場合は二度と目を覚まさないかもしれなくなる。
「これ以上先生が虚弱になるのは見過ごせません。禁煙を応援します」
アコの弁論を明確に否定できる者はいない。
戦闘任務に参加する事もある面々にとって、前線指揮官である先生の体力低下は大問題だ。
「ですが、もう先生は喫煙者なんですよね? 既に吸っている、といいますか、吸っていた事実があって今こうなっているなら、あまり改善は見込めないのではないでしょうか」
ハナコが告げる。
「ハナエちゃんに少し調べてもらったのですが、喫煙の影響がなくなるまで十年以上かかるそうです。先生がいつから吸っていたのかはわかりません。喫煙の年数と年齢が進めば進むほど、期間が必要なんだとか。
それにもし、先生のストレスの原因の一つが“禁煙”なのであれば、ここはひとまず落ち着くまで解禁して、ゆっくりお仕事が出来るようになってから、改めて。というのはいかがでしょうか。近頃の先生は、キャンディやタブレットの消費ペースが上がっていると聞いています。
そうですよね? ユウカさん」
「そうね……先々週は一日一個くらいだったけど、先週は一日に二・三個とタブレット一箱を消費しているわ」
先生から提出される、私物も公費も混ざったレシートの内容を思い出す。
「このままだと先生が虫歯になったり、とってもふくよかさんになってしまうかもしれませんよ☆」
それはそれで見てみたいですが、と付け加える。
「やはり健康面での──」
議論は『禁煙を続けてもらう』方向に傾いていく。
生徒たち、いや、せめてキヴォトス一般市民レベルの耐久性と身体能力があれば、結果は違ったかもしれない。警備ドローン程度を殴り飛ばせる実力さえあれば。
「でもさ。タバコ吸ってる人って、ちょっとカッコいいよね」
カヨコの一言で議論の波が引き、談話室が静まり返る。
「例えばさ、仕事が終わって、先生が屋上でD.Uの夜景を見下ろしながらさ──」
◇◆◇◆◇
◇◆◇◆◇
「──やっぱり、こちらでしたか。先生」
重く堅牢なドアの先。シャーレの屋外テラスで彼は紫煙を燻らせていた。
中庭として開放されているテラスの方ではない。そちらはサンクトゥムタワーが一望出来る、景観の良い側となっている。
シンプルな打ちっぱなしのコンクリートと転落防止柵、スタンド灰皿だけのテラス。中庭テラスとは真反対に位置し、キヴォトスの外に面した場所。先生の喫煙所。
「やあ、ユウカ。遅くまでご苦労さま」
「本当ですよ。もう」
来客に気付いた先生が振り返った。
柵に身体を預けたまま、顔だけをユウカに見せる。
その口元には、ユウカが思っていた物がなかった。
ユウカも柵に近寄り、先生と並んでキヴォトス外郭の夜景を眺める。
先生との距離は人二人分。生徒たちへの副流煙の影響を心配した、先生との約束の距離だった。
先生が上体を柵から離し、胸ポケットから紙箱を取り出す。
一度上下に振り、一本だけ煙草を取り出して咥えた。それとほぼ同時に、サマーコートの左ポケットから鈍色の金属の箱──オイルライターを取り出した。
キンッと小気味のいい音が響き、先生の顔がオレンジ色に照らされる。
風で消えないよう、右手で手元を覆っている。
間もなく焼ける音が聞こえ、先生の右人差し指と中指の間に、赤く小さな灯りが出来た。
「何本目ですか?」
「一本目だよ。ちょっと……ね」
薄く青みがかった煙が月明かりに照らされている。
先生が一口吸う度に、手元と顔が赤く見える。
初めて先生が喫煙者だと知ったあの日、目が離せなかった、先生の指も、関節も、手の甲も、横顔も。
今、この瞬間だけはユウカが独り占めしているのだ。
先生の時間を独占出来るこの時間が、ユウカにとっても、精神的清涼剤となっていた。
ゆっくりと紫煙を吐き出している。先生の顔が赤から月明かりに照らされたものに変わる。
「どうしたんだい? ユウカ」
「あ、いえ。なんでもありません」
口元から離れた煙草の先が、風に煽られて赤く光る。
柔らかな青さに照らされ、郊外の夜景を眺める先生の横顔。
今夜は特に静かで、先生が一口吸うと煙草葉の焼ける音すら聞こえてくる。
赤く照らされ、目を細める先生の横顔。
静かすぎて、自らの心音が先生に聞こえてしまっていないか心配になるほど。でも、それは嫌な心配ではなかった。心地良い静けさ。
「今年も忙しい夏でしたしね」
「うん。色々あったね」
また一口、明かりが灯る。
火口から昇る煙と先生が吐き出す煙の色が異なる。
先生の口許から揺蕩う紫煙を目で追う。どういう仕組みで色が変わるのか、不思議に思った。
何度も先生の一服を観察している。
最初は『臭いがつくよ』『副流煙って知ってる?』『こんなの見ても、面白くも何ともないでしょ?』などとやんわり退出を促された。
ユウカ自身もこの時間だけは拒絶されていると知っていた。
それでも煙草を楽しむ先生を眺めるのが好きだった。
二人並んで柵に背中を預けたり、蹲踞のような姿勢だったり、今みたいに肘を預けて夜景を眺めたり。
こうして夜が更ける寸前まで先生と二人でシャーレの事務作業に勤しむのも、この二人きりの時間のためでもあった。
表向きは“残業しすぎる先生負担軽減と無理しすぎない&吸い過ぎないようにするため監視”なのだが。
ユウカ以外の生徒は午後六時には帰されている。
それ以上残ろうとすると、先生が送っていくと言い出すからだ。実力で比較すれば、シャーレで最も非力なのが先生だが『大人としてこのまま帰す訳には』などと言い出すので、六時には全員帰宅させられる。ユウカによって。
結果、ユウカと先生だけが執務室に残ることになる。
こうなってようやく、先生は“喫煙所”に足を向け始める。
その日の忙しさ次第だが、平均で一時間に一回のペースで喫煙所に向かう。
一回の平均時間は五分。十分経っても戻ってこない場合は、ユウカが迎えにいく。ただし、仕事が片付いた場合はこの限りではない。
「夜は大分涼しくなったね」
「えぇ。夏ももう終わりですね……」
お互いに視線を交わさずに話す。
普段はユウカよりも三十センチ以上高い先生の顔が、こうして柵に肘を預けるだけで、ほとんど変わらない高さにくる。
ちらりとまた横顔を盗み見る。
普段は見上げるか、見下ろすかのどちらかが多い。並び歩く際は見上げるばかりだし、先生に注意するときは見下ろすばかりだ。
見慣れたようで見慣れていない、先生の横顔。シャーレに出入りする生徒たちが知らない、ユウカだけの横顔。
気怠そうに煙を吐き出す、大人の色気を、男の色気を感じる横顔。
ユウカの視線を感じたのか、視線を向けられる。
目があった先生がくしゃりと笑う。
表情のあどけなさとは裏腹に『ユウカはしかたないな』と見抜かれているような気もする。
胸の奥がキュンとうずく。
少し強めの風に吹かれ、ユウカが軽く身震いした。
身体の芯が冷えたわけではない。身体の奥は熱を帯びたままだから。むしろ熱を冷ましてくれて良かったかもしれない。
先生が煙草を咥えたまま、コートを脱ぐ。
まさか、とは思っていたが──そのままコートがユウカに掛けられた。
先ほどまで先生が纏っていた温もりが伝わってくる。
暖かい。
セミナーのジャケットを貫いて、先生の体温が伝わってくる。
「ごめんね。付き合わせちゃって」
もう少しで終わるから。
そう言って短くなった煙草を示す。
ごゆっくり、と言うべきか迷った挙げ句、ユウカは首を横に振った。
言葉が出ない。
先生の残った体温と、汗とホワイトムスクと煙草の残り香がユウカを包む。
鼻腔を通って先生の情報が脳に流れ込んでくる。
胸の奥だけではない。
胎の奥の、もっともっと身体の芯が熱くなってくる。
少し早い程度だった心臓が早鐘を打つ。
コートの影響以上に身体が暖まってくる。
先生の方を見られない。
少し冷えていたはずの、耳の先まで熱くなってしまっている。
朴念仁気味な先生でも気付かれてしまうだろうか。この赤い表情の意味を。
悟られないよう、コートの前を合わせて顔を埋める。
より強く先生を感じる。
後ろから先生に強く抱きしめられているような気分になる。
さっきよりも強く感じる残り香が──
◇◆◇◆◇
「──カちゃん……ユウカちゃん?」
「はへ……?」
「あら。おかえりなさい。ユウカちゃん♪」
「へっ!? い、あれ? いや、おかえりってなんのことかしら!?」
「ふふふっ。大丈夫ですよ。ほら」
ノアが指し示した先では、まだ二名ほど『戻ってきてない』者がいた。
片方は顔を真っ赤にしながら両頬に手を当て、くねくねと身悶えしている。
もう片方はテーブルに肘を突き、組んだ両手を額に当てながら考え事をしている風を装い、百年の恋も覚めそうなマヌケ面をしている。
考え事が深くなると腕を組む癖がある。と自覚しているユウカは、自身の醜態を晒していないかと青ざめた。
「ユウカちゃんはああまでなってませんでしたよ。考え事してるな~って感じでしたけど」
「そ、そう……ならいいけど……」
残り二名を覚醒させるため、ユウカが大きくテーブルを叩いた。
大きな音と振動に襲われ、幸せの世界から復帰出来たらしい。
「それでは、決を取ります。
先生の喫煙に反対の方は挙手をお願いします」
~⏰~
「先生、ちょっとお時間いただけますか?」
「それはいいけど……どうしたの? 皆揃って」
執務中に話しかけてきたユウカを筆頭に、アコ・アヤネ・カンナの四名が並ぶ。
「では、私から。おい」
カンナの後ろに控えていたヴァルキューレの生徒二名が敬礼と共に一歩前に出る。生活安全局でも、警備局でもない制服に身を包んでいる。彼女たちの右手首には、手錠で繋がった小さなジェラルミンケースが握られていた。
カンナの左手首にも手錠があり、一般的な大きさのケースが繋がっていた。
カンナが彼女たちの手錠を外し、カード大のケースからそれぞれ鍵を取り出す。その鍵を使って、今度はカンナが自身の手錠とケースを開ける。
「そんな厳重に運ばなきゃいけない物って……」
先生の目が見開かれる。
ジェラルミンケースの中身は、透明なフィルムで包装された濃紺の下地に金色の鳩が刻まれた紙箱が二十個。
「え、えぇ……? どうしたのコレ……」
「以前先生が吸われていた銘柄ですよね? ノアが記憶してましたので、間違いないと思いますが」
何気ない雑談で話したような気がする。
流石は生塩ノア、といったところか。
「こちらは後ほど、先生の部屋の金庫に納めさせていただきます」
「それと私たちから」
ユウカが小さな箱を差し出した。
待ちきれない様子で箱を開く。
箱の中央に鎮座しているのは、銀色に光を放つ小さな箱。
そこにはシャーレのエンブレムと『S.C.H.A.L.E』の刻印。
アヤネが差し出した箱には、同様の意匠の施された細い銀色の箱。
「携帯灰皿です。喫煙者のマナーだって、ネットに書いていたので……」
「無くされると困りますから、こちらに入れてくださいね」
アコが差し出した箱にも、同じ意匠が入った鳶色のケースが。おそらくタバコケースだろう。
それとライターオイルにストリング、コットンなどの消耗品も同梱されていた。
「……ありがとう。大事に使うよ」
咳払いが響いた。
カンナが鋭い目つきで先生を見下ろしながら告げる。
「先生。ご存知だとは思いますが、念のため。
キヴォトスは全域禁煙です。吸われる際はシャーレの屋外テラスかご自身のお部屋をご利用ください。
公道や私有地であっても、喫煙は原則禁止となります」
「そうだね。皆を副流煙に巻き込むわけにはいかないし、悪影響だからね」
「ご理解いただき幸いです。
タバコは月に二十個、連邦生徒会から支給されます。それ以上はご用意いたしかねますのでご注意を。“外”のように商店やコンビニでの販売はありません」
「私しか吸わないしね」
「仰る通りです。では、先生。例の金庫の生体認証はお済みですか?」
「え……アレ、そんなのいるの?」
数日前、私室に工務部が押しかけてきて据え付けられた金庫を思い出す。建物の基礎に打ち付けられ、取り外すには建物を破壊するしかない、と彼女たちが言っていたのを思い出した。
だが、彼女たちは設置しただけ。何か説明書があったような気がするが、まだ手を付けていない。
「参ったなぁ……ユウカ。出来る?」
「無理です。ハレを呼びますね」
ヴェリタスとエンジニア部お手製の解錠セキュリティが組まれているはずだった。
ユウカも優秀ではあるが、彼女たちのセキュリティを突破出来るとは思えなかった。
ひとしきり作業を終えて、解散となった。
早速テラスに向かうとばかり思っていたが、先生はデスクに戻った。
曰わく『仕事終わりの一服の方が美味しいからね』とのことだった。
その一言で、残った三名がそわそわと落ち着きを無くした。
ユウカの妄想はBGM『Aira』を聞きながらお楽しみください
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