そりゃあ妄想なんだから、皆別々の空間を想像してるんですよ。
『シャーレオフィスビルならこの辺にテラス作れそうだなぁ』とか『作るとしたらこんな感じかなぁ』とか『夜景が見れるならここかなぁ』とか。
ということで、お楽しみください。
◇◆◇◆◇
「失礼します……先生は……あっ」
ビル風に煽られ、先生のサマーコートとタバコの煙がたなびく。
三日月とD.Uの夜景を背負い、遠い目でビルを見上げる先生。
まるで映画のワンシーンを切り抜いて落とし込まれた、非現実感に襲われる。
地面があやふやになったような。平凡で没個性な自分が、主人公になったような。
なんとも言えない高揚感が身体を満たした。
彼女──奥空 アヤネにとって、先生のタバコ休憩に遭遇することは、日常でありながらも特別な時間だった。
流されて顔にかかった前髪を後ろにかき上げながら、もう一度タバコを咥えた。
数秒吸い込み、ふぅーと吐き出す。
煙を感じたのか、メガネ越しに目を細めて来訪者を見やる。
「お疲れさま。アヤネ。
あんまりここに来てはいけないって、伝えたと思うんだけど……」
「えぇと……その、先生にご確認いただきたい書類がありまして……」
あはは、と苦笑いを浮かべた。
テラスの安全柵に背、いや、肘を預けていた先生が起き上がる。
アヤネにとって安全柵は顔の付近までの高さになるが、先生からすればちょうど良い高さの肘置きになるらしい。
申し訳なさそうな笑みを浮かべている。
書類に不備があった、と言われた先生はスタンド灰皿にタバコを落とす。
「あ! いえ! そんな急がな……あぁ……」
「え……あっ」
遅かった。
いえ! と言った瞬間には、ジュッと音がしてしまっていた。
そういえば、先生はそういう人だと言うのを忘れていた。
どうも普段アビドスの面々、特にノンビリとしたホシノやノノミたちとやり取りしていると、どうもこうなってしまう。
生徒から求められたら、何においても優先する。
それが先生だというのに。
「ご、ごめんなさい……私が……」
「いや、私が悪いんだ。アヤネは悪くないよ」
ほら、さっさと片付けてしまおう。
そう言いながら、先生がコチラに歩いてくる。
先生の憩いの時間を邪魔してしまった。
普段からキヴォトスを走り回っている先生の、貴重な休憩を台無しにしてしまった。
そんな申し訳なさから出た言葉だったのか。
「本当に大丈夫なんです! なんなら、明日でも良いくらいで……」
その言葉で、先生の歩みがスローになっていく。
「い、一緒に休憩しませんか?」
◇◆◇◆◇
そうだ、飲み物を買いに行こう。
そう言ってアヤネを室内に誘導した。
ビルの中に入り、自販機の前に並び立つ。
何の迷いもなく、先生は缶のアイスコーヒーを買った。
この自販機は先に商品を選んでから
アヤネは少し迷って、ホットのカフェラテを選び──先生が
ガコン、と無機質な音を立ててカフェラテが落ちてくる。
「あ、あの……」
「いいよ。いつも頑張ってくれてるお礼ってことで」
ユウカには内緒にしてね。
なんて付け加えられてしまった。
礼を言ってカフェラテを取り出す。
まだ熱い缶を落とさないよう、しっかりと両手で握った。
「じゃあ、戻ろうか」
「はい。先生」
お互いに一歩踏み出す。
先生は執務室の方に。アヤネはテラスの方に。
「……あれ?」
「え? テラスに戻るんじゃないんですか?」
「私はもう吸い終わったし、執務室に……」
「ダメですよ。先生。
執務室なんかに戻ってしまったら、先生の休憩にならないじゃないですか」
誤魔化すように先生が笑う。
誤魔化されませんよ、とアヤネが見上げる。
「ごめんね。アヤネ。
テラスに戻ろうか」
「はい」
二人きりでシャーレの廊下を歩く。
この特別な時間は、先生と二人きりの時間は、何事にも換えられない。
「じゃあ、改めて。お疲れさま。アヤネ」
「お疲れさまです。本当にいいんですか? ご馳走になってしまって……」
「むしろ缶コーヒーなんかでごめんね」
照れくさそうに先生が笑う。
普段からカリンやアカネが淹れた紅茶を、カンナが淹れたコーヒーを常飲している先生。
生徒に出すのが自販機の缶コーヒーで申し訳なく思っているらしい。
「いえ、そんな」
まだ少し熱いカフェラテを手の平で転がす。
プルタブを開ける音が響き、コーヒーの香りが漂う。
「ふぅ……もうアイスは厳しいかな……」
「そうですね……夜はかなり涼しくなってきましたし」
「夏も終わりだね。楽しかったなぁ……リゾート旅行」
「はい。まさかあんな形になるなんて、思いもしませんでしたけど」
「そうだね。アヤネは楽しめた?」
普段はアビドス復興のため、対策委員会一同で駆け回っている。
その最中に降って湧いた一大イベント。
先生に引率してもらった思い出を語り合う。
合間にコーヒーを含みながら、アヤネの言葉に相槌を打つ先生。
先生がいなかった時の裏話や、二人の内輪話で笑いあう。
「そういえば先生。タバコはもういいんですか?」
「いや、流石に今は……」
「どうぞ。気にせず吸ってください! 私、先生よりも丈夫ですから!」
タバコとコーヒーはセットだと、ネットの記事にあったのを覚えている。
いつものコーヒーとタバコをベランダに持ち出し、ゆっくりと朝の支度を整えるルーティンを持つ大人もいるらしい。
今、先生が吸わないのは、私に遠慮しているのだと、アヤネは理解した。
そんな遠慮をして欲しくない。
そんなことを言えば、先生はすぐに否定してしまうだろう。
だから、アヤネはハッキリと強く言葉にした。
少し気圧される先生。
いいの? と目で訴える先生に対して、真っ直ぐ、どうぞ! と目で返事をするアヤネ。
「じゃあ、失礼して……」
何度も繰り返しただろう、流れるようにタバコに火を付ける先生。
口元を覆い、下を向いて火を付けている。
ライターを仕舞い、指先でタバコを挟み、真っ直ぐに夜景を眺めている。
タバコを口から離し、音を立てずに煙を吐き出している。
マンガみたいに『フゥー』って言わないんだな。なんて感想を覚えた。
タバコを吸うときの癖なのか。それとも、タバコでリラックスしているのか。
少し目を細め、遠くを眺めるように先生がタバコを吸っている。
人差し指と中指でタバコを挟み、また一口吸い込む。
親指を顎に当てるのが先生の吸い方らしかった。
軽く握るようにしているせいで、手の甲に浮かぶ筋と血管。
ぷにぷにでまっ平らな自身の甲とは全然違う、大人の男を感じる手。
あまりにまじまじと見つめていたせいか、先生と目があってしまった。
リラックスしているだろう先生の空気に中てられて、口が滑ってしまう。
「どうしたの? こんなの、全然面白くないでしょ」
「いえ。私は好きです。先生がそうやって、タバコを吸ってる姿」
「ははは……ありがとう」
「本気で好きなんですよ?」
いつも先生はスルーしますけど。
流石に口にはしなかったが、言外に加える。少し拗ねたくなって、わざと口を尖らせた。
「駄目だよ。
こんなダメ男の、こんな姿が好きになっちゃ」
むう、とさらにアヤネの頬が膨らんだ。
一つは大好きな先生を自虐とはいえ貶したから。もう一つは、先ほどよりも子供扱いを受けたから。
「いくら先生とはいえ、子供扱いしすぎです!」
子供っぽいとは思いつつも、拗ねてあらぬ方向を見てしまった。
「アヤネ。“俺”も男なんだから……」
普段は耳にしない先生の一人称に、思わず振り返る。
生徒たちに威圧感を与えないための配慮だろうか。先生が“俺”と言うのを聞いたことがない。
先生が纏う空気が変わった。
いつものゆったりとした、余裕のある大人の態度ではない。
口にしたタバコを勢いよく、それこそ『フゥー』と音が聞こえるほどの勢いで吐く。
「そんな可愛いところを見せられたら、俺だけの生徒にしたくなる」
先生が一歩近付く。
胸が先生に触れそうな距離だ。
「ぁっ……」
タバコを持っていない方の手で顎を支えられる。
手に力が加わり、上を向かされる。
先生の腕力なら簡単に振り解けるはずなのに、そのまま従ってしまう。
ミモリ先輩から借りたマンガで見たような気がする。
キスシーンだ。
意識してしまった。
耳の先まで一気に赤くなり、脳を暴れ回る血流が聞こえる。
先生の瞳から視線を外せない。
先生の瞳に惚けた顔の自分が写る。
ゆっくりと、視界が先生でいっぱいになる。
目を閉じた方がいいのか。
わからない。
ハジメテは甘酸っぱいレモン味って書いてたけど、このままじゃ、タバコとコーヒーの味になるかも。
それはそれでオトナっぽくていいかも。
思考がまとまらない。
混乱しているうちに、先生はゆっくりと確実に近付いてくる。
鼻息なんてかっこ悪いよね。
息、止めなきゃ。
自然と力が抜けて、先生から貰った缶が滑り落ち、『バン』と大きな音を立てた。
◇◆◇◆◇
──バン?
ガラン、でも、ガン、でもない。
バン、とはどういうことだろうか。
耳に入った大きな音に、違和感を覚えた。
目の前に先生はおらず、いつものシャーレ生連合組合の皆がいる。
アコを除く全員が前を向いており、隣のハナコに至っては『あらあら♡』と言いたげに、生暖かい視線をアヤネに送っている。
アヤネの顔がさっきとは異なる理由で真っ赤に染まった。
「それでは、決を取ります。
先生の喫煙に反対の方は挙手をお願いします」
有り得ない妄想だとはわかっている。
だけど、万に一つもない可能性だったとしても。
アヤネが手を挙げるわけにはいかなかった。
あくまでも『妄想』ですから、なんでも有りです。
次はアルちゃんの妄想を予定してます
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