えっ! 先生、煙草吸ってたんですか!?   作:大野 陣

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アルちゃんの喫煙シーンがありますが、あくまでも彼女の『妄想』の中です。
実際に吸っているわけではありません。

オマケは吸ってみただけで、もう懲りたということで。

石を投げないでください。


陸八魔 アルの妄想

 

 かなり遅くなってしまった。

 普段は遅くとも、会議が延びようとも、午後九時までには事務所兼住居に戻っているというのに。

 

 今回の会合で、小一時間議論がストップしたせいだ。普段ならユウカやハナコ、あるいはカヨコが止まった議論に続きを促したり、採決を取る。

 しかし、今回はそうならなかった。

 カヨコの一言を切欠に議論が止まってしまったからだ。

 ユウカは幸せの世界に旅立ってしまった。

 ハナコは幸せそうなアヤネを嬉しそうに眺めていた。

 本来ならカヨコが、皆を現実に引き戻す役を担わなければいけない。

 だが自分が切欠となったものを、自分自身で打ち消すのは、少し戸惑ってしまった。

 

 そんな具合で、シャーレ生連合組合会合最長議論時間という、非常に不名誉な記録を打ち立ててしまった。

 

 溜め息と共に鍵穴を回す。

 寝静まっているだろう、便利屋の皆を起こさないように。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「遅かったじゃない。おかえりなさい」

 

 組んだ脚の上に愛銃を乗せ、銃身を磨く社長──陸八魔 アルからの挨拶。

 既に眠っているとばかり思っていたカヨコの目が丸くなる。

 

「ただいま。社長」

 

 社長、と呼ばれ機嫌が良くなったらしく、アルの口角が上がる。

 

「どうしたのかしら? 何か問題でも?」

 

 銃を椅子に立てかけ、組んだ脚を大袈裟に解き、大袈裟な机に肘をつき、組んだ両手に顎を乗せる。

 アルとしては『キマった!』と思っているのだろう。

 ドヤりたい、と彼女の目が語っている。可愛らしいナイトウェアに着替えが済んだ状態で『キマっている』かどうかはさておき。

 

「問題は特に……ああ。うん。

 そうだね。大したことはなかったかな」

 

 ガンラックに愛銃を預ける。

 少し溜め息が漏れてしまったが、今ここで話すような事柄ではない。

 

「ひょっとして、先生のアレのことかなー? カヨコちゃん」

「アレ……?」

 

 ソファに寝転がったまま、雑誌をめくるムツキが話を振る。

 どうやらムツキは知っていたらしい。ならば隠す必要もなさそうだ。

 

 アルが眉をしかめる。“先生の秘密”を、ムツキとカヨコだけが共有しているらしい。

 仲間外れにされたようで物悲しくなり、テンションが急降下した。

 

「大したことない。先生が煙草吸う人だった、ってだけ」

「えぇ!?」

「そんな驚くことでもないじゃーん。先生も“オトナ”なんだから」

 

 詳しい年齢は知らないが、確かに先生は“大人”だ。

 便利屋の経営顧問であり、パートナーであり、依頼主でもある先生。

 彼女たち四人にとって大切な人物。

 朗らかで、笑顔を絶やさず、常に見守ってくれていて、色々と助けてくれる。勇気と希望を与えてくれる。

 

 そんな先生が煙草を吸う。

 

 アルにとって、煙草とは『ワル』『アウトロー』『ハードボイルド』の象徴だ。

 先生に少し陰を感じたことはあったが、そんな印象はなかった。

 似合わない……いや、そのギャップが良いかもしれない。

 

 アルがズブズブと思考の沼に沈んでいく。

 

 先ほどの会合でも目にした光景に、カヨコが溜め息を吐いた。

 

「……シャワー浴びてくる」

「はーい」

 

 猫のように素早く、ムツキがアルの前に移動する。

 それにさえ気付かないほど、ブツブツと独り言を繰り返すアルだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

──ゲヘナ 廃墟エリア

 

 スコープ越しにゼロハリを確認する。

 サングラスで素性を隠した者同士の取引。

 わざわざこんな廃墟群、しかも判りづらい奥の奥までやってきて行うような取引だ。

 真っ当な取引ではないだろう。

 

 瓦礫を組み立てて即席の射撃台を拵え、タイミングを計る。

 銃弾のコースを読み、呼吸を整える。

 最善のタイミングは手に渡った瞬間だろう。

 

 片方がカネの入ったバッグを開いて差し出す。億は下らない取引のようだ。

 何の疑いもなくカネを受け取っている。

 もう片方がゼロハリを閉じたまま差し出した。

 

 まだだ。まだ早い。

 

 彼らがゼロハリを水平にする。

 

 今だ。

 

 引き金を引き絞る。

 続けざまに三度、雷鳴が鳴り響いた。

 

 撃ち出された弾丸は彼らの周囲を跳躍し、三度ゼロハリを貫く。

 

 先生とのコンビネーションで産まれた、アルの跳弾狙撃。

 曲芸のような狙撃で目標を破壊した。

 

 向こうに見つからないよう、窓枠ギリギリに顔を出していた先生が望遠鏡越しに状況を確認する。

 

「……あちらさん、狙撃場所も判らずに大慌てだな」

「判るわけないじゃない」

 

 狙撃姿勢を解除し、アルが髪を払う。

 

「この距離じゃ銃声は聞こえない。仮に聞こえたとしても、この廃墟群のどこにいるかもわからない。

 跳弾は一発で六ヶ所。奴らからすれば、二十発近く撃ち込まれたと思っているんでしょうね」

「……よし。行こうか」

 

 乱暴に先生が瓦礫を蹴り崩す。

 ここに狙撃者が居た証拠を残す必要はない。

 

「あら。忙しないのね」

「狙撃したら即移動。基本だろう」

「三流の狙撃者(スナイパー)はそうでしょうね。でも、一流はもっと優雅に過ごすものよ? 先生?」

「そんな悠長な……」

「そうね……ひとまず、一服でもしましょうか。先生は持っているでしょう?」

 

 瓦礫に腰掛けて移動する気のないアル。

 念のため、再度望遠鏡で確認する先生。

 目標(ターゲット)たちがこちらに気付く様子はなく、見当違いの場所を警戒したり、右往左往している。

 依頼である『取引物の破壊、及び、取引の阻止』には成功した。

 慌てて移動する必要もないようだ。

 

 瓦礫に腰掛けたまま、アルが得意気に小首を傾げる。

 ね? 言ったとおりでしょう?

 そんな仕草に、先生が両手を上げた。

 アルの言ったとおりだ。降参だよ。

 無言のやり取りに、二人とも笑みを浮かべた。

 

 

 

 一仕事を終えた一服に、価値を見いだす喫煙者は多い。

 先生も例に漏れず、シャツの胸ポケットから煙草を取り出し、口元を手で覆う。

 小気味の良い音が響き、先生の煙草に火が灯る。

 オイルの香りと共に肺腑へと紫煙を取り入れ、ゆっくりと吐き出した。

 

「ねぇ、先生?」

 

 アルが手の甲を先生に向けたピースサインを作り、人差し指と中指を開閉させる。

 その仕草に先生が眉をしかめ、大きな溜め息と共に煙を吐いた。

 

「アル。何度も言ってるけど」

「そう……なら仕方ないわね」

 

 アルが肩にかけたコートから、黒い紙箱を取り出した。

 ブラックマーケットで流通している、粗悪品の煙草擬きだった。

 煙草の葉だけなら大当たり。他のよくわからない葉が混じっていて身体が痺れたらハズレ。

 そんな箱をアルが取り出したのだ。

 

「ああもう……」

 

 ガシガシと頭を掻き、意を決して先生が箱を振り、煙草をアルに差し出す。

 一本だけ飛び出たそれを、アルが抜き取る。

 手慣れた様子で咥える。

 そのままアルが人差し指で『コッチに来い』とジェスチャーを取る。

 先生が煙草を咥えたまま、ライターを取り出す。

 アルに熱が伝わらないよう、先生が手で覆うのはアルの側だ。

 キン、と音を立ててライターの口が開く。

 

「違うわよ。先生」

 

 一度煙草を自らの口から抜き取り、言葉と同時に先生の手を押さえ、ライターの口を閉じる。

 改めて煙草を咥え、先生の後ろ首に腕を絡めて恋人同士が口付けを交わすように──煙草の先同士を交わす。

 赤い火口が移ろう。

 ややあってアルが顔を背けて紫煙を吐いた。

 

「私たちはいつもこう、でしょう?」

「まったく……どこで覚えたんだか」

「あら。“大事な生徒”に煙草を覚えさせた、“悪い大人”に言われたくないわね」

 

 含み笑いを浮かべて、先生が再度煙草を吸い込む。

 先ほどよりも長く、深く、肺腑へと吸い込んでいるようだった。

 アルも倣って長く、深く、吸い込む。

 二人分の煙がゲヘナの廃墟を漂う。

 今日の依頼は無事に達成した。

 あとは依頼主に報告して、報酬が振り込まれるのを待つだけ。

 

 二人でゆっくりと煙草を呑む。

 お互いに無言で紫煙を吐き出す。

 心地よい静寂。

 

 アルが先生の視線に気付いた。

 アルから視線を外している。いや、厳密には、唇と余所を行ったり来たりしている。

 

「なぁに? 先生」

「いや、何でもないさ」

 

 気まずそうに、先生が顔ごと余所に向けた。

 相変わらず嘘の下手な先生だ。

 

「ねぇ、先生。私の唇は安くないわよ?」

 

 煙草を持ったまま、小指で自身の唇をなぞる。

 その言葉と仕草に先生が咽せ始めた。

 

「ふふっ。図星だったかしら?」

 

 アルが一口煙草を吸った。

 わざと唇を、キスする時のように尖らせ、煙を吐く。

 

「でも、今日は気分もいいし……ねぇ、先生? ご褒美欲しい?」

 

 ピンと煙草を弾き飛ばし、瓦礫から飛び降りる。

 一服はもう終わりだと理解した先生が、短くなった煙草を床に捨て、靴底で踏み消した。

 

 先ほどのシガーキスとは逆に、先生がアルの顎に手を添える。

 先生の胸板に柔らかく手を添えて、アルが首を少し左に傾けて目を閉じた。

 

 今日は良い日だ。

 大口の依頼も終えて、先生(共犯者)との秘密の継続も出来て、さらにキスまで──

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「……随分と長いね」

「あははっ☆ アルちゃんの顔、写真撮っちゃおうよっ」

「いや、流石にそれは可哀想……」

 

 一体どんな妄想をしているのか。

 ニヤニヤとだらしのない笑みを浮かべ、まさに夢見心地と言わんばかりのアル。

 

 カヨコがシャワーを浴び終え、髪や肌のケアが終わっても、まだ戻って来れていないらしい。

 確かに『あの』先生とタバコの組み合わせはミスマッチというべきか、妙なマッチングを感じるが……白昼夢から戻って来れない程だろうか。

 

「はあ……ベッドの用意が終わったら起こそう」

「だね! 私も手伝うよ」

 

 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるアルだけを事務所に残し、二人が居住スペースに移動する。

 

 もう間もなく日付が変わる。

 眠りこけているハルカを起こさないよう、ムツキとカヨコは三人分の寝床を整えた。




~オマケ~

n年後に先生の煙草を初めて吸ってみたアルちゃん

「ねえ先生。私ももう吸える年だし……」
「確かに年齢的には吸えるけど、吸わずに済むなら吸わない方がいいよ」
「むっ……そんなの、試してみなきゃわからないじゃない」
「それに私の煙草、結構“重い”よ」
「この陸八魔アルをナメないでもらいたいわね。
 それくらい平気に決まってるじゃない!」
「そこまで言うなら……はい」

 先生からもらった煙草を咥えてライターの蓋を開ける。
 何度も蓋を開け閉めするが、ライターから火が出ない。

「えぇと……そこの歯車に親指を当てて……そう。勢いよく回して」
「やった! 出来たわ!」

 火をそのままに、煙草を咥えて先に近付ける。
 先を炙っても、黒くなるだけで先生のように火が点かない。

「あれ? おかしいわね……」
「アルちゃん。火を近付けてからちゃんと吸わないと」
「吸うの? 先に? こうかしら……
 !?!?
 うぇほげほえほげっほっっ!!
 なにこれ!? えぇ!? ごほっ!
 まっず!? あ、ダメ!!  水!!」
「はい」
「ガラガラガラ……ぺっ
 ガラガラガラ……ぺっ
 なによコレ……先生、こんなの吸ってたの?」
「はははは……アルにはまだ必要ないってことだよ」
「コレはコレで子供扱いされてるみたいでムカつくわね……
 あ゛ー……まだイガイガする……」
「コレは没収」
「あっ……」

 先ほどまでアルが口にしていた煙草を、何の躊躇もなく先生が咥えた。
 白目をむいた、顔を真っ赤にしたアルちゃん型蒸気発生器が出来上がった。
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