先に予防線を。
今回の話、解釈違いが結構出るかもしれんです。特にリョウ。
「山田はクズ、それ以外認めない」って方はそっ閉じしてください。
「かっこいい山田がいても良いじゃん、二次創作なんだから」って思ってくれる方は、作者と同じ気持ちです。見てください。
ぼ喜多、ぼ虹はあっただろう?
ぼリョウもそうさ!必ず存在する!
『ぼっちは、さ……耳が聞こえないんでしょ?』
その言葉を理解することを、脳が拒んでいた。
数時間前のこと。
昨日でバイトを始めて2週間が経った。まだまだ慣れないことも多くて、みんなに助けてもらってばかりだ。開店前の準備もまだ一人で出来ないし、ドリンクの位置もメモがないと不安が残る。
昨日は店長さんから「今までで一番良かった」なんて言われたけど、フォローされることも多かったし、そもそも同じ新人の喜多さんの働きぶりを見てると自信がなくなる…私、本当に前に進めてるのかな。
今日のバイトは休みで、朝からSTARRYのスタジオで練習のはずだった。空は曇って雨が降りそうだったけど、練習は屋内だから関係ない。
…なんて思っていたら、虹夏ちゃんに急用ができてしまい、練習に参加できなくなってしまった。もちろん練習そのものが取りやめになった。
解散になった時点で喜多さんは直ぐに別の予定が入り、リョウさんはいつの間にかいなくなっていた。コミュ障でバンドメンバー以外友達のいない私に新しい予定なんて入る訳もなく、一人ポツンと下北沢の街に取り残されしまった。
なら一人気ままにこのお洒落タウンで買い物でも────なんて、出来たらコミュ障やってない…。薄暗い曇天のなか、気配を消した私は人目を忍ぶように移動し、周囲に廃屋が多い寂れた公園へと身を隠した。
「どうしようかな…」
本格的にやることがない。このまま家に帰ってギターの練習をするのでも良いけど、それじゃいつもの休みの日とやってることが変わらないしなぁ。
あれ、そういえば歌詞っていつまでに書き上げれば良いのかな? この前虹夏ちゃんに作詞大臣とやらに任命されて以降なにも連絡とかないけど、こういうのって完成してたら自分から見せに行ったほうがいいんだろうか…
任命されてから今日までに歌詞はいくつか書き上げている。とは言っても、暗い歌詞ばかりになってしまったけど…陰キャコミュ障に陽気な歌詞なんて書ける訳ないんです…。
一応、これでも加減はした、と思う。あ、でも一番新しい奴は、バイトが出来ない私自身に対する鬱憤が詰まりまくってるから、改めて見たらめちゃくちゃ暗いな…
や、やっぱり売れ線バンドの歌詞を参考にした明るいやつとかの方がいいかな。実際、歌うのは陽キャの喜多さんなんだし。いやでもそんな歌詞書いてたら、書き上がるよりも先に私のメンタルが死んでしまう可能性が高い…
と、とりあえず今あるものを誰かに見せてしまおう。
それで意見とかもらって、ダメだったら書き直せばいいかな? こんなでも私なりに真剣に書いたし、いきなり没にするのはちょっと…
あ、でも気を使われて励まされでもしたらいたたまれなくなるしメンタルへのダメージもヤバい。そうなると…
リョウさんに見せよう。リョウさん作曲担当だし、はっきり自分の意思言うし、ダメだったらダメって言ってくれそう。よ、よし、そうと決まれば連絡を…
肩を叩かれる………?!
「ひぃぃぃぃいすみませんすみません怪しいものじゃありませんちょっと人目を避けたいだけで」
目を瞑って首をこれでもかと言うほど横に振るが、目の前の人の気配は消えない。
…ん? でもこの匂いって…
恐る恐る目を開けた。
『ぼっち、私』
「…あれ? リョウさん?」
『そう』
開けた視界の中に、私の数少ない知り合いが映っていた。
あぁ…こんなところで一人歌詞ノートを抱えてブツブツ独り言を呟いてたから警察が職質しに来たのかと思った…よかった知ってる人で…
「あ、でもなんでリョウさんはこんな寂れた区域に…」
『廃墟探索。趣味なんだ』
「あっ、そっ、そうですか…」
そんな趣味あるんだ…ちょっとよく分からないけど。…いや、それを言うなら理由もなくこんなところに居る私の方がもしかして怪しい…? やめよう、このことについて考えるのは。
で、でもちょうど良かった。これから連絡取ろうとしてたところだったし、このまま歌詞を見てもらおう。
何事かを考えているリョウさんに声を掛ける。
「あ、リョウさん、い、今お時間ありますか…? か、歌詞作ったので、みみ見てもらいたいんですけ、ど…」
『…うん、いい機会かな。私もぼっちと話したいことあったし、ちょっとその辺で話そう。着いてきて』
「え…?」
え、なになになに?! リョウさんが私に、話したいこと?
なんだろ、も、もしかして使えなすぎてバンドメンバー除名とか…?! い、嫌だ、せっかく仲良くなれてきたと思ったのに…
私がその場で硬直していると、首をかしげたリョウさんが私の手を取って歩き出す。ま、待って心の準備が…あ、指先、硬いな。ベーシストの手だ。
やばい、私手汗大丈夫かな…気になったら急に滲んできた気がする。い、一回手を拭わせてもらえません?
もちろんそんなことを言い出せるはずもなく。リョウさんに連れられるがまま、ボーッと歩いていく。
ふと、斜め後ろからリョウさんの顔をチラ見するけど、美形だなぁと思う。喜多さんじゃなくても憧れる人は多そうだ。
…というか、ひ、一言も話さない。口が動いてないから間違いない。いや口元が見えないと内容が分からない私にとっては好都合ではあるんだけど、それはそれとして物凄く気まずい…!
あ、顔に雨粒が…降ってきた?
『…着いたよ』
そう思ったと同時にリョウさんが立ち止まり、こちらに振り向いて言う。
ここって…お、お洒落カフェ?! 一人じゃ絶対入れないところだ…で、でも今日はリョウさんと一緒だし、良い機会かも? こ、こういうところ入ってみたい、とは思ってたし!
降り出した雨から逃げるように二人で店内に入る。
『いらっしゃいませ』
『二人で。奥の方空いてます?』
『こちらへどうぞ』
さ、流石に慣れてるなぁ。すごいスムーズだ…
店の前の看板にオープンしたばかりと書いてあったけど、今はまだお昼にもならない時間帯だし、立地も駅から遠いのもあってか店内に人はあんまりいない。雨降ってきたから増えることもなさそう。
店員さんの案内に着いて行き、奥の方のテーブル席に二人で座る。
リョウさんはメニューを流し見すると、もう決まったのか直ぐに私に手渡してきた。
『ぼっちは何にする?』
「い、今見てみます」
美味しそうなメニューを見たら小腹が空いてきたかも。で、でもメニューに乗ってる気になるスイーツは、名前がオシャレすぎて注文できる気がしない…
もうコーヒーでいいかな、と思っていたらメニューがリョウさんに持っていかれた。
『すみません』
『はい!』
『本日のおすすめカレーと…このアプフェルシュトゥルーデルで。ぼっち、あとは?』
「えっ? あっ、こ、コーヒーで…」
『かしこまりました!』
え…トゥクン…
リョウさんが私の見てたメニューを注文してくれた…!
メニュー表を店員さんに手渡すリョウさんがとてもかっこよく見える…あの名前を噛まずに注文できるなんて。
というか、私の視線を見て頼みたいのを察してくれたのかな。や、やっぱりリョウさんって、良い人…?
『あれで良かった?』
「あ、ありがとうございます!」
『なんでもいいけど、一口ちょうだい』
「あ、はい。も、勿論です」
待つこと20分ほど。焼き立てのお菓子がコーヒーと一緒に運ばれてきた。お、美味しそう…!
リョウさんのカレーは先にきていて、既に半分ほど無くなっている。私はお皿に2つ乗せられたお菓子のうちの1つをナイフで切り分け、小皿に乗せてリョウさんへと差し出した。
暫く美味しいスイーツを堪能し、食べ終わった後本題へと移る。
『で、ぼっちは私に何か用があったんだっけ』
「あ、そ、そうでした。歌詞が出来たので、一度見てもらおうと思って…」
リョウさんに歌詞ノートを渡す。すると、リョウさんはポーチから音楽プレイヤーとイヤホンを取り出してテーブルの上に置いた。
『私もぼっちに用があるって言ったよね。曲作ってきたんだ。私が歌詞読んでる間にちょっと聞いておいて』
「え?! あ、は、はい…」
え、ええええ?! きゅ、急展開に着いていけない?!
ま、まずい音楽プレイヤーなんて渡されてもどんな曲かなんて分からない…!
「りょ、リョウさん、スコアとかあります…?」
『印刷してない』
あ…詰んだ…
こ、こうなったらもうそれとなく雰囲気を褒めるしか、ない?!
役に立たない耳にイヤホンをあて、再生をタップ。
曲名は…『test4』。だめだ何も推測できない…
3分程度の曲が再生し終わり、停止する。
それとほぼ同時にリョウさんがこちらに問いかけてくる。
『どうだった?』
「あ、あああのええとそうですねとっとても良かったとお思いますハイ」
『どの辺が?』
「そそそそうですねベースラインがとても…」
『…そう。それは良かった』
え、なんですかその間…なんか変なこと言っちゃったのかな…
リョウさんは手元の歌詞ノートから目を逸らさないままだ。
なんとか乗り切れた、かな…?
あ、そうだ。歌詞はどうだったかな。
「あ、りょ、リョウさん。歌詞はどうですか…?」
『…うん。感想を言う前に。ちょっと確認したいことがあるんだけど』
「あ、はい」
『それを先に話してもいい?』
「あ、どうぞ…」
確認? なんかやらかしただろうか、私…ギター差し出したら許してもらえるかな…
それとも、や、やっぱり除名勧告? いやでもそれだったら歌詞見るなんてことしないだろうし…敢えて私を絶望させるために? いや、い、いくらリョウさんでもそんなことはしないか。
リョウさんの口元を注視して待つ。
いやにゆっくり時間が流れる中、リョウさんがようやく口を開いた。
『ぼっちは、さ。
リョウさんの一言に。
まるで世界が停止してしまったかのような、そんな錯覚を覚えた。
衝撃のあまり二の句が出てこない。
固まる私をよそに、リョウさんは淡々と語り出した。
『実は前から気になってはいたんだ。ぼっちは声をかけられても気づかないことが多かったり、演奏のときにずっと虹夏のドラムを見てたり…でも、それだけじゃ確信はできなかった。偶然かもしれないし、それがぼっちの演奏スタイルなのかもしれないしね』
「…そ、そうですよ! そ、そんな、み、耳が聞こえないなんて、そんなことああある訳ないじゃ、ないじゃないですか? だ、だって、わわ私はこうして普通に話せてるんですよ?」
言葉とは裏腹に、リョウさんの表情を見れば確信していることは分かる。そんなリョウさんを見て私の口から出たのは、自分でも弱々しいと感じる言い訳だった。
『うん。私もそれが一番疑問だった。…でも、聞こえなくても、ぼっちには見えてるんじゃないの?』
「…っ!」
『読唇術っていうのがあるって。私はその名前までは知らなかったんだけど、私と同じようにぼっちを疑ってた店長から聞いたんだ』
ああ。
もうそこまで調べられてしまっていたんだ。
『でも、これはこじつけって言われたら、そうだねって返すしかない。だから、私は確信を持つために、ちょっと嘘をついたんだ』
「…嘘、ですか?」
断罪を待つ咎人のように、じっとリョウさんの言葉を待つ。
『ごめんね、ぼっち。その音楽プレイヤー』
リョウさんがスッと私の手元を指さす。そして、トドメの言葉を放った。
『新曲なんて入ってないんだ。3分くらいの音のないファイルが入ってるだけ。だから、それを聞いてベースラインがどうとか、そんな感想が出る訳ないんだ』
その言葉を見て、全身から力が抜けた。
そっか、さっきの不自然な間はそういう…。確認だったんだ。
やっぱり、難聴を隠すのなんて無理だった。少なくとも、私には難しすぎた。
ああ、これで終わりか…せっかく、頑張ろうと思える場所を見つけたと思ったんだけどなぁ…
このまま結束バンドにいられるなんて、所詮私の都合の良い妄想だったんだ。
「…そうです。リョウさんが思っている通りで、私、み、耳が聞こえないんです。ごめんなさい…今まで隠してて」
もう誤魔化すのは無理だと悟ったからなのか、思ったよりスルスルと言葉が出てくる。同時に、涙も。騙してたのは私の方なのに、私が泣くのはおかしい。でもどうしても止まらなかった。
「やっぱり除名、ですよね…耳が聞こえないギタリストなんて。音を合わせるのも、意思疎通すら、簡単には成功しませんし…あ、そ、その前に、虹夏ちゃんに報告ですかね…」
『え、なんで?』
「え?」
『だから、なんで? 別に除名なんて思ってないけど。虹夏に言いもしないよ』
「…え?」
え?
頭の中に大量の疑問符が浮かぶ。同時に涙も引っ込んでしまった。
『今のところそんなに困ってなくない? ぼっちが耳が聞こえなくても。読唇術で会話はできてる訳だし』
「あ、え? じゃ、じゃあなんで私に耳が聞こえないかなんて聞いたんですか?」
『知りたかったからだけど』
「ええ…」
この人は何を言っているんだろう。そう思った私は悪くないはずだ。
え、じゃあ私はリョウさんの好奇心で無駄に秘密を暴かれたってこと? む、虚しい…
『それに…知ってる人がいた方がぼっちも少し安心できるでしょ』
「あ、な、なんですか?」
『ううん、なんでもない。あと、私は別に耳が聞こえないギタリストがいてもいいと思うよ』
「えっ?」
『だって、耳が聞こえないギタリストなんて、凄くロックじゃない?』
リョウさんが僅かに口角をあげて言う。
た、確かに言われてみればそう、かも?
耳の聞こえないロックスター後藤ひとり。彼女は音が聞こえず、なんの頼りのないまま、それでも音を弾く…か、かっこいい!!
いや、でも一人ならともかくバンドだとやっぱり欠点にしかならないような…
『ぼっち』
「あ、はい?」
『難聴もさ、一つの個性なんだって、私は思うんだ』
「個性…ですか?」
『うん』
リョウさんが雨模様の窓の外を見る。その目はどこか遠くを見ているような、ガラスに映る自分を見ているような…そんな曖昧な目だった。
『バンドっていうのはさ。バラバラな個性が集まって、一つの色になって…そうやって出来ていくんだ』
「一つの、色に…」
『逆に、個性を捨てたら、死んでるのと同じだよ。…ぼっちには言ってなかったっけ。私、前は別のバンドに入ってたんだ』
そうしてリョウさんから語られたのは、リョウさんの過去の話。入ってたバンドの歌詞が好きだったリョウさんは、売れようと歌詞を変えていったそのバンドと方向性が合わなくなり、脱退。その後、バンドも結局解散してしまったらしい。
リョウさんが私の歌詞ノートを軽く掲げる。
『ぼっちの書いた歌詞さ』
「あ、はい」
『私は、ぼっちらしくて良いと思うよ。特に、私はこれとか好きかな。一番ぼっちらしさが出てると思う』
リョウさんがノートを開いて指し示したのは、一番新しく書いた歌詞。
いつまでも成長できない、どうしようもない私のことを書いた、暗くて情けない歌詞だ。
そのタイトルは…
『【小さな海】、いいと思うよ。少なくとも、私にはこの歌詞は書けない。ぼっちだけの発想で、個性で。すごく良いと思う』
「あ…ありがとう、ございます」
その言葉は、何故だかストンと私の心に入ってきた。
良いのかな。
聞こえなくても。
コミュ障でも、陰キャでも。
少なくとも、この歌詞を肯定してくれたリョウさんの前では。
私は等身大の私でいて、良いのかもしれない。
「リョウさん」
『何?』
「あ、その。わ…私の話も、聞いてくれませんか?」
『自分語り始めたのは私だし、暇だし。いいよ』
「あ、ありがとうございます。ちょっと、長くなっちゃうんですけど…」
そうして私は自分のことを全部話した。
昔からコミュ障でプレッシャーに弱かったこと、突発的な難聴にずっと悩まされてきたこと、ギターを始めたきっかけ、そして────中学の、私が音を失ったあの件のことも。
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中学3年生の時の話だ。
その頃の私は、まだ音が聞こえていた。緊張すると聞こえなくなることが多いけど、それでも日常生活に支障は殆どなかった。
私は今と変わらずコミュ障陰キャで、教室の隅で静かにしている奴だった。
私のクラスは、結構仲が良かったと思う。いじめもなく、私以外の仲間外れはいない。いや、私も最初は仲間だった。
私は今とは違い、中学の時は難聴であることを隠していなかった。教師に公表されていたからだ。今だから思うけど、あれは必要な措置だったのだと思う。中学生なんて多感な時期に、難聴であることを隠していてそれがバレた時の方が事態がややこしくなるだろうし。
クラスメイトはそんな私を受け入れてくれていた。積極的に話しかけるとかは無かったけど、無視するわけでもなく、クラスの一員として。ただ自然体だった。私も常に聴こえないわけではないし、変に気を使われすぎるのは嫌だから、居心地は悪く無かった。
それが崩れたのは、新しいクラスになって数ヶ月経った後。体育祭でのことだ。
元々体育祭は嫌いだった。運動できないし、強制参加させられるイベントだし。
ただ、それまでの2年間とは違ったのは、クラスの仲がよかったこと。良すぎたことだった。
クラスメイトたちはみんな運動ができた。私を抜けば、簡単に学年優勝できてしまうくらいには。
私は足手纏いだった。
それはこれまでも同じ。でも、クラス仲が良すぎたからか、私をどうにか活躍させようとクラスメイトは躍起になった。止めようにも、コミュ障の私にそんな勇気はなかった。
適当に個人競技に出場させて捨て試合にしてくれれば良いのに。
リレーも、応援団も、組体操も。緊張しないわけもなく、練習で私はずっと何も聴こえていない状態だった。元々運動ができないのに、そんな状態では余計上手くいくはずはなかった。
クラスメイトたちは私をずっと励ましてくれた。私のせいじゃないと、きっと活躍できると。いっそ私に全部責任を押し付けてくれた方が楽だった。これまではそうだったから。
そんな不健全な状態が長続きするわけもなくて、暫くしてクラスがピリピリし始めた。それでも私に責任はないと言うクラスメイトたち。
そして体育祭の数日前、唐突に崩壊した。男子は怒鳴り、女子は泣き。仲が良かったはずのクラスメイトたちは責任を押し付け合い。
でも、誰も私のせいにしない。
気持ち悪かった。どう見ても足手纏いの私のせいなんだから、私のせいにして欲しかった。
そのあまりにもおかしい光景を前に、私は吐き気を抑えられず、クラスメイトの目の前で嘔吐して気絶した。
私はそのまま数日学校を休み、体育祭も休んだ。
その休み明け、教師の話では私たちのクラスは優勝したとのことだった。
でも、教室の扉を開けても、体育祭前の和気藹々としたクラスはもう居なかった。
崩壊したものは、元の形には戻らなかった。
そしてその日以来、私は音を失った。
──────────────────────────
リョウさんは静かに、一言も話すことなくじっと聞いていた。
「あ…終わり、です」
『そう』
リョウさんはそれだけ言うと、おもむろにこちらに手を伸ばした。
『頑張ったね、ぼっち』
「あ…」
頭を撫でられる。いつぶりだろう、撫でられたのなんて。それに、家族以外にされたのは初めてだ。
でも、嫌な気はしなかった。
いつの間にか雨は止んでいた。
「そろそろ出よう」
「あ、はい」
リョウさんが席を立つ。もう飲みものも食べるものもないし、何より結構長い時間居座ってしまった。
「あ」
「ど、どうかしました?」
「ごめん、足りない。ちょっと多く払ってくれない?」
「ええ…」
なんでこう、良い話で終わらないんだろうか…
「本当にごめん。来月返します」
「あ、い、いつでも良いので…」
リョウさんと並んで歩きながら話す。こちらに気を遣ってくれているのだろう、話すときはこっちを向いてくれる。…あれ?
「虹夏たちには、まだ言わない方がいい?」
「え? あ、そ、そうですね。や、やっぱりまだ、ちょっと勇気が出ないというか…」
「うん、ぼっちのペースで良いと思うよ。私からは言わないでおく。あ、店長には言う」
「あ、は、はい。店長さんももう知ってるんですよね」
「確信してたから隠しても多分無駄だと思う」
「な、なら大丈夫? です」
「じゃあ、私はここで。歌詞、新しいのも作っといてね。私も今度はちゃんと曲作ってくるから」
「あ、はい、がんばります」
「がんばれ。…また明日ね」
「あ、ま、また明日!」
リョウさんはそうして下北沢駅とは逆方向に歩いて行った。
私もリョウさんに背を向け、駅の方に向かって歩き出す。
「…やっぱり聞こえない、よね?」
相変わらず周囲は音のない世界。水溜まりを弾き飛ばすタイヤの走行音も、歩行者用信号機の音も、人の喧騒も、何も聞こえない。けど…
「リョウさん…あんな声だったんだ」
何故か、気遣い上手なベーシストの声だけは、聞こえるようになっていた。
文字のぼかしに関してですが、透明文字にした方がいいですかね?
見づらいという意見があったので。見返したら確かにちょっと見づらいですね。
あ、前回後二、三話って言ったんですけど、予定ではあと3話で終わります。
それまでどうぞよろしく。