透明と滲み、どっちも試したんですけどどっちも微妙だったので、お試しで今回ぼっちちゃんが見えてないセリフは薄くしてます。
文句は受け付ける。
「に、虹夏ちゃん…な、何でわ、私なんですか?!」
こちらに伸ばされた虹夏ちゃんの手を、震える手で払おうとする。
しかし、それは成功することなく虹夏ちゃんのもう一方の手に捕まってしまった。
「ひぇ…」
『えー? だってさー…ぼっちちゃんの
「っそそそそんな…き、喜多さんだっているじゃないですか! 」
虹夏ちゃんが私の手に指を絡めて逃げられないようにする。あ、握力が強い…! これがドラマーとギタリストの筋力差…?!
残った手で喜多さんを指さすが、虹夏ちゃんは見向きもしない。
『喜多ちゃんには無いしねー。それに、喜多ちゃんはぼっちちゃんを助ける気なんてサラサラなさそうだよ?』
咄嗟に喜多さんの方を向くと、喜多さんは眉尻を下げて困った風に見せながらも笑顔で私に手を振る。
『ごめんね、後藤さん。今回は助けてあげられないかな…それに、私と伊地知先輩は、どっちかというと同盟関係だから…』
「そ、そんな! き、喜多さんだって、虹夏ちゃんの暴挙を許したら、この後標的になるのは喜多さんじゃないんですか…?」
私が悪あがきするが、喜多さんは揺るがなそうだ。うう、前後を挟まれてる…も、もう打つ手なし…?
『伊地知先輩、私にも少し分けてくださいよ?』
『もっちろん。ぼっちちゃんたら、こーんなに実ったものを抱えちゃってさ…そりゃ、欲しくなるってもんだよ』
虹夏ちゃんの視線が下がり、いやらしい目つきになる。
「あ、あ…や、やめ…」
『観念しなよーぼっちちゃーん…それで、私はさらに発展させちゃおうかな…?』
「こ、これ以上…?! 」
『さぁてこれでトドメ、かな?』
「あぁ、あああ…だめ、ダメ…! 」
『はいっ! 発展!! そしてここに街道建設だーーー!!! 』
「ああああああああ!!! 」
『これで後藤さんの進路が塞がれちゃいましたね』
『さっきのターンの独占でぼっちちゃんの小麦も貰ったし、しばらく発展の素材には困らないなー!!』
「…もう勝ち筋が…」
『伊地知せんぱーい、小麦分けて下さい! 鉄と交換で!』
『いーよー。最長街道も今の所あたしだし今回は貰ったかな〜』
『いえいえ、まだ最大騎士数は私ですし勝ち筋は残ってます!!』
これで私は脱落…狙ってた最長街道も取られちゃったしな…
何をしているかというと、カタンだ。今日はこの後リョウさんが作った曲を持ってくると言うので、それまでの暇つぶしに残った3人で遊んでいる。
あ、でもせっかく作ってもらった曲だけど、私はその場では聞けないな…ま、まぁ後でデータ貰えばいいか…
『10! …あーあたし10だと何もないんだよねー』
『10だと…私は羊だけですね。後藤さんは?』
「あ、はい。10だと…羊と小麦ですね」
『じゃあ次は私で…11かー、私何もないんですよねー』
『あたしも何もないや』
「11だと…小麦と鉄ですね。…あれ?」
今手元に…あ、あれ、もしかしてまだチャンスあ、ある?
「じゃ、じゃあ私振りますね…じゅ、11です」
『えーぼっちちゃんだけ資源獲得してずるーい』
「え、ええと…まず手に入れた小麦2と鉄3で都市を作ります。そ、それで、残った小麦と羊と鉄で発展します…あ」
引いた発展カードを見る。え、ええと今2、4、5、6…あ。
「あ、えっと…今引いたポイントカードと、伏せていたポイントカードで合わせて3点、都市2つと開拓地3つで10点なので…私の勝ち、です」
『『ええええええええええ!?! ?!? 』』
か、勝てた? 5戦目にしてようやく…!!
「や、やった!」
『ちょっとーダイスイカサマしてない? 11ばっかり出るじゃん! せっかくぼっちちゃんから小麦巻き上げたのに!!』
『抑えてた8が全然出ませんし!!』
「あ、ええと…」
そ、そんなこと言われても…
二人がこっちに詰め寄ってくる。ち、近い…!
『『ぬ゛〜〜〜ん』』
「ひ、ヒェ…」
「曲作ってきたんだけど…何やってるの?」
二人からなんとか遠ざかろうとしていると、後ろからリョウさんの声が聞こえる。
『あ、リョウ』
『リョウ先輩! お疲れ様です!!』
「お、お疲れ様です」
先日リョウさんの声が聞こえるようになったのは偶然ではないようで、あれからずっとリョウさんの声は聞こえる。他の人の声とか自分の声も聞こえないのに、なんでリョウさんだけなのか。
主治医の先生に聞いてみたところ、どうやらリョウさんもギターと同じで心の拠り所になったのではないかとのことだった。
…後輩に多めにお金を出させるような先輩が心の拠り所というのは何だか釈然としないけど、でもきっと心では信頼しているのだと思う。
「とりあえず一曲だけ出来たけど、まだ構想があるから何個かできそう」
『凄いです先輩! 素敵!!』
『おお〜さすがリョウ! 曲名は【小さな海】か、早速聞いてみよう!』
他のバンドメンバーの声も聞こえない。虹夏ちゃんや喜多さんのことを信頼してないわけじゃないんだけど…
[…ぼっち、LOINEでスコア送っておいたから見といて]
リョウさんが口パクで伝えてきたので頷く。LOINEを見ると確かに今回の曲のスコアが個人トークに送られてきていた。
リョウさんが空のゴミ箱の上に音楽プレイヤーを置く。どうやらゴミ箱をスピーカー替わりにするようだ。
しばらくして曲の再生が終わる。私もその間に、全員分のスコアを見て、頭の中で合成して曲を作って流した。
『素敵ですね…穏やかで、なんというか綺麗なメロディーでした。それでいて段々盛り上がってくるから飽きも来ないし』
『あたしも凄い良い曲だったと思う…けど…』
「けど?」
『なんというか、結束バンドとして初めて出す曲としては…』
「言われてみれば、そうかも。作ってる時はその辺考えてなかった」
…た、確かに、言われてみればそうかもしれない。
この曲、前半は穏やかというか、穏やかすぎて序盤ドラムのパートが無い。で、穏やかで綺麗な曲だからこそ、主体であるボーカルの負担がすごい。喜多さんはボーカルを完璧にこなして、なおかつギターのミスが絶対に許されない。音の数が少ないからこそ、一つ一つが目立っちゃうんだ。
他にも、この曲は後半になればなるほど盛り上がるけど、ライブという限られた時間の中で曲をフルでやる余裕はあるんだろうか…?
『良い曲なんですけどね…』
『それはあたしも凄く思うよ! もちろんこの曲だってあたしたちの曲として練習はしておきたい。でも、やっぱり一発目に出す曲はもっとインパクトが欲しいんだよね…。意地悪言いたいわけじゃなくて、あたしは、その、この結束バンドを大事にしたくて、そのためには最初で勢いづけたいし、だから…その…』
虹夏ちゃんの言葉の勢いが段々落ちていく。
でも、その口調と真剣な表情から虹夏ちゃんがどれだけ結束バンドを大事にしているか、成功させたいと思っているかが分かる。
「虹夏の言いたいことも分かる。うん、そういうことなら、もう少し考えてみる。まだ構想はあるし」
『お願いね! リョウのそういうところ
「だけ?」
『だけ。…あれ? そういえばリョウ、インスピレーションが浮かばないとか言ってなかったっけ? なんで急に曲書けたの?』
「ぼっちが書いた歌詞見てたら思い浮かんだ」
『ん? 歌詞?』
あ。
りょ、リョウさんにだけ見せて皆に見せた気になってたあああ!!!
『ぼっちちゃ〜ん? 』
「あ、ああいや、そのこれはその」
『あたし悲しいな〜? リョウが作曲とはいえ、あたしたちを仲間外れにするなんてさ〜?』
「そそそそんな意思はは」
『そうですよ〜、もしかして、私たちのこと忘れてたなんて言いませんよね〜?』
「いいいいやいやいや忘れただなんてそんな」
二人がずずいと寄ってくる。
ひ、ひぃ…さっきゲームで勝った時より迫力が…!
「あれ、ぼっち皆に見せてなかったんだ。もう一週間くらい前のことなのに」
りょ、リョウさん?! つ、つつ追撃しないで下さい?!
『ぼっちちゃんの書いた歌詞見たいな〜』
『私も見たいです!』
「みみみ見せます! 見せますからちょ、ちょっと離れて…」
迫り来る二人に対しアタフタしながらどうにか抜け出そうとする。
そんな中、リョウさんがカバンから一冊のノートを取り出した。
「あれ? ぼっちの歌詞ノートなら私が預かってるけど」
その声に反応して虹夏ちゃんたちの首がぐりんとねじ曲がる。こ、怖い…
リョウさんがそれを避けるようにノートを軽く投げると、亡者たちがそれに群がっていく。
『おお〜良いじゃん! 』
『私このフレーズ好きです! 』
おそらくノートを見て感想を言っているのであろう二人を尻目にリョウさんがこっちに来た。
「で、さっきああ言ったってことは新しい歌詞書いたんでしょ? 見せて」
「あ、はい」
差し出されたリョウさんの手に新しい歌詞ノートを乗せる。前回リョウさんに見せてから今日までに、新しい歌詞を書いたり前に書いたものを書き直したりした。今までのノートはリョウさんに貸していたので、新しく一冊買った。
「ど、どうですか?」
「…うん。いいと思う。これなら今構想にある曲ともマッチするし、早めに出来そう。ぼっち、これ借りてくね」
「あ、はい」
「じゃあ私、今日はもう帰って曲作るから。私の代わりにバイトよろしく」
「あ、はい。…はい? ちょ、ちょっとリョウさん?! 」
リョウさんは私に片手をあげてシュタッと去っていってしまった。
引き留めようとするも私が止めようとした程度でリョウさんが止まるはずもなく、ドアベルの音が無常に響く。
その音で歌詞ノートを見ていた二人が気づいたのかこっちを向いた。
虹夏ちゃんが周囲を見回して言う。
『あれ、リョウは?』
「…私に、今日のバイトを押し付けて、か、帰ってしまいました…」
『…あんのバカ…!』
上機嫌だった虹夏ちゃんが一転する。前髪で顔が隠れて見えないけど、見えなくてよかったかもしれない…こ、怖い!
い、いやそれより一番の問題は、私に押し付けられても私のバイトスキルが拙すぎてリョウさんの抜けた穴を埋められないということだ。
リョウさんの信頼の証かもしれないけど、今そんな形の信頼は要らなかった…!
『ご、後藤さん! それなら私もシフト入るわ!』
「あ、ありがとうございます」
喜多さんが入ってくれるならリョウさんが抜けても大丈夫か…というかそれなら私要らないのでは?
よ、よし、私は帰ろう!
「あ、あの喜多さ」
『後藤さんと一緒のシフト久しぶり! 楽しみね!』
「アッハイ」
だめだ、これは逃げられないやつだ…
その日のバイトは無事に終わった。いや喜多さんと自分との差を見せつけられてメンタルに大ダメージを負ったことを抜きにすればだけど…さ、差が埋まらない…
翌日。
喜多さんと一緒にSTARRYに来ると、そこには既にリョウさんと虹夏ちゃんの姿があった。
『お疲れ様でーす!!』
「お、お疲れ様です」
『お疲れー二人とも! 待ってたよー』
虹夏ちゃんが返事を返してくるが、リョウさんの方からは何もない。少し様子がおかしい…? な、なんか表現は悪いけどゾンビみたいな…50m走した後の私みたいな顔色をしている。
『珍しいですね、リョウ先輩が先に来てるなんて…リョウ先輩?! 大丈夫ですか?!』
『あー大丈夫大丈夫。リョウ昨日勝手に帰ったじゃん? そのまま徹夜で作曲してたみたいでさー。学校では目を開けたまま寝てるし、しょうがないから今日はあたしが引っ張って連れてきたんだよ。顔色は寝不足のせい』
虹夏ちゃんの説明の間にもリョウさんはこっちに反応を示さない。時折頭を前後に揺らしているけど…あ、もしかして今も寝ていらっしゃる…? た、確かに目は開いてるけど焦点があっていない…!
虹夏ちゃんが苦笑しながらリョウさんの肩をゆすると、大きくビクッと震えてリョウさんの目に光が戻る。
「あれ、どこ、ここ」
『起きないからSTARRYまで連れて来ちゃったよ。それで、新曲出来たんでしょ? 聞かせてよ!』
「新曲…そうだった。徹夜で作ったんだった。…郁代、手伝って」
『はいっ!』
リョウさんはふらりと立ち上がると、覚束ない足取りで昨日と同じようにゴミ箱スピーカーを用意しようとする。喜多さんはその設置を手伝い、虹夏ちゃんは全員分の飲み物を準備し始めた。
や、やばいこのままだと私だけ何もしてない人になる…! と急いで虹夏ちゃんの手伝いに向かう。
「に、虹夏ちゃん、運びます」
カルピス、オレンジジュース、コーラ、レモネード…別々の飲み物が入ったカップだ。も、もしかして虹夏ちゃん、全員の好きな飲み物覚えてる? 話したことなんてないはずなのに…こ、これが”出来る女”というやつ?!
『お、ぼっちちゃんありがとー。全く、リョウも普段からあのくらいやる気出してくれるといいんだけど。まぁ、今回はよっぽどぼっちちゃんの作った歌詞が刺さったんだろうねー』
「そ、そうですか、ね」
『そうだよー! あんなに頑張ってるリョウなんて久しぶりに見たよ。受験の時以来?』
虹夏ちゃんはカップを二つ私に手渡し、自分でも二つ持つ。
『だからさ、ありがとね、ぼっちちゃん。リョウがやる気出してくれたのも、元はと言えばぼっちちゃんが良い歌詞描いてくれたおかげだし!』
「あっ…えへへへ」
欲求が満たされる〜
『ぼっちちゃーん輪郭が歪むのは良いけど溢さないでね』
「はっ!」
リョウさんたちのところに戻ると、ちょうど準備ができたようだった。
喜多さんとリョウさんに飲み物を渡す。
『ありがとう、後藤さん!』
[また送っといたから見といて]
その口の動きに、スマホを確認すると確かにリョウさんからの通知があった。
曲名は【青春コンプレックス】、自分でつけておきながらひどい曲名だ…
「流すよ」
リョウさんの言葉に、私もスコアから曲を組み立ていく。
これは…昨日の【小さな海】とは全然違う曲調だ。小さな海はしっとりとした始まりで、中盤から力強くなるような曲だけど…この青春コンプレックスは最初からアップテンポ。
全体的に見てパンキッシュ、Jポップ寄りで、でもそれでいてギターを全面的に推すギターロックの心を忘れない。語彙力が少なくて言い表せないけど、複雑でかっこいい曲だ。
『これ…いいね! 流石リョウ、やるじゃん!!』
『かっこいいです!』
「ドヤ」
虹夏ちゃんや喜多さんの褒め言葉にリョウさんがドヤ顔しているが、それが許されるレベルの良い曲だ。
これは、昨日虹夏ちゃんが言っていた「結束バンドとして出す最初の曲」に相応しいんじゃないだろうか? インパクトがあって、キャッチーなメロディーで、テクニカルな各パート…凄い、完璧な出来かもしれない。
ただ、問題が一つ…
「あ、あの、これ…多分、喜多さんの担当するリズムギター部分も、け、結構難しいですけど、大丈夫ですか…?」
『え?』
「これスコア」
『…え?』
曲の難易度がかなり高い。私のやるリードギターも、ソロ部分は勿論、他のところもそこそこ難しそうだけど…リズムギターも決して簡単ではない。
合わせるのが死ぬほど下手くそな私とギター初心者の喜多さんで、この難易度のギターを弾けるのだろうか…
『…うん! 曲に関しては練習頑張るしかないね!』
『そ、そうですよね!』
「郁代はかなり上達早いし、すぐ弾けるようになるよ」
『先輩〜!!』
『ぼっちちゃんは…頑張ろう!!』
「あ、はい…」
フォローできないレベル…つらい…
い、いや落ち込んでる暇はない。とりあえず、今日はバイトもないしもう帰って一人で弾いてみよう。曲の感覚は掴まなきゃだし…
『よし、新曲もできたことだし、おねーちゃんにお願いして来月のライブに出させてもらおう!』
『あれ、まだ言ってなかったんですか?』
『うん、オリジナル曲できてからと思って! 大丈夫、前回もすぐ出させてくれたから!』
あ、あれ、もしかして思ったより時間がない? なら余計に無駄な時間は使えない…!
私が早く帰って練習しようとドアに視線を向けたそのとき、丁度店長さんが入ってきた。
『お疲れー』
『あ、おねーちゃん。丁度良かった! あのね、来月のライブに出たいんだけど…』
新曲ができて上機嫌な虹夏ちゃんがニコニコ笑顔で店長さんにお願いするが、店長さんは不思議そうな表情だ。
『え? 出す気ないけど』
『え?』
え?
『ライブの前に、まずオーディション。前は思い出作りのために特別に出してやったけど、今後も活動するってなら話は別だよ。言っとくけど、本来あのレベルのバンドが出演なんてありえないからな。五月のライブみたいなクオリティだったら出さないから』
『そんな…』
『あのさ。アタシだってこのライブハウスを遊びでやってんじゃないんだよ。お前らみたいな放課後仲良しクラブと違ってさ』
『何、その言い方!!』
『何だよ、違うのか?』
『違うに決まってんじゃん!!』
『なら尚更だ。…一端のバンド名乗りたいなら、オーディションくらい実力で抜けて見せろ』
『…!』
『何にせよ、来月のライブはもう予定が埋まってるし出るなら8月のライブだ。オーディションは今から丁度一ヶ月後、出たいならそれまでに形にしとけ』
『…分かった』
あの日、そんな会話があった。
厳しい言葉だったけど、店長さんの言ったことは正しいと思う。
店長さんから見れば、私たちはまだ放課後仲良しクラブで、バンドになっていないのかもしれない。
『もー、おねーちゃんったらあんな言い方しなくても…』
『でも、オーディションに合格すれば出してもらえるんですよね!』
『その通り。だから、オーディションに向けてみんなでたくさん練習するのだ!』
『おー!!』
虹夏ちゃんの言う通りだ。今はとにかく練習あるのみ。
実力をつけて、成長して、私たちが『結束バンド』なんだってことを証明して見せる!!!
で、それから三週間経った。
え、時間経つの早すぎ…?! うそ、もう今週末オーディション?!
この三週間、かなりの時間を練習に費やした。それは個人練習も、集まってやるセッションも両方だ。私も最近は中学の頃くらい練習してた。
結果、各人、それぞれのパートを演奏する分にはかなり安定して来たと思う。リョウさんは元々かなり弾けるから問題なく、虹夏ちゃんも一週間もすれば形になっていた。
難易度を心配されていた喜多さんも、リョウさんが言っていた通り驚異の成長速度で弾けるようになっていった。上達したギターを嬉しそうにリョウさんに披露する喜多さんはとても微笑ましかった。
問題は…
『ぼっちちゃーん、また走ってるよー』
「すみません…」
私だ。
引くこと自体の難易度は問題ない。ただ、分かっていたことだけど、元々走り気味の演奏に加え、音が聞こえないことで合わせるのがさらに難しくなっている。
…リョウさんの声は聞こえるのにベースの音は聞こえるようにならないらしい。リョウさんに貸しているお金がまだ帰って来ていないことと何か関係があるのだろうか。
一応、ドラムだけならば見ながら演奏できるので、練習期間が前回のライブよりも長いことと相まって、そこだけはかなり正確に合わせることができている。
でも、喜多さんは初心者なのにもうドラムとベースの両方と自然に合わせることができるようになっている。それなのに、喜多さんよりずっとギター歴が長い私は満足にみんなと合わせることが出来ていない…こ、これもコミュ力の差?
「ごめんなさい…」
謝罪の言葉ばかり口から出る。うう、虹夏ちゃんたちも苦笑いだ。謝って欲しいわけじゃないだろうに…もっと上手く合わせられるようにならなきゃ。
このままじゃまた、私だけ足手纏いだ。
「もっと頑張れ、ぼっち」
「はい…」
リョウさんの激励が身に沁みる。言葉はぶっきらぼうだけど、リョウさんの声色は優しい。本心から、もっと頑張れと言っているだけだ。そこに嫌味も呵責の感情もない。
『ちょっとリョウ、厳しすぎない?』
「ぼっちが合ってないのは事実」
リョウさんは言葉を飾らないけど、それが嬉しい。私にとっては、変に気を使われる方が辛い。
私が上手くなれば良い話であって、他の人に責任は無いからだ。中学の時の二の舞なんて嫌だ。
結束バンドでは絶対にそんなこと起こさせない。
しかし、そう思った時だった。
『だ、大丈夫よ後藤さん! 後藤さんだけのせいじゃないわ!』
『そうそう、どうしてもダメそうならあたしたちもぼっちちゃんに合わせに行けばいいし…』
「え? い、いや、私のせいで…」
そう、どう考えても私が合ってないせいだ。
だから虹夏ちゃんや喜多さんに非は全くなくて…
『私もまだ合ってないところあるし!』
『あたしとリョウもズレるときあるしねー! ぼっちちゃんもあたしたちに文句言って良いんだよ?』
『後藤さん、そんなに気にしないで? 一緒に頑張ろう?』
あ、だめだ。
この流れは、あのときと同じ。
私のせいじゃないなんて、私が悪いのに。
一度そう考えてしまうと、思考が囚われてしまう。
フラッシュバックする。
違う、私のせいなんです。私が。私が!
「ち、ち違うんです。わわ、わた、私が。私のせいで」
『ぼっちちゃん落ち着いて? ぼっちちゃんのせいじゃないよ!』
『後藤さん、深呼吸!』
訳もわからず呼吸がおかしくなる。
大丈夫、私は大丈夫ですから。だから他の人のせいには…
『リョウ! リョウが変なこと言うからぼっちちゃんがまた壊れちゃったじゃん!』
『そうですよ、リョウ先輩! あんまり後藤さんを責めすぎないでください! 』
「いや、これは…ぼっち、違う。落ち着いて」
だめ、だめだ。喧嘩しないで、私が悪くて、私のせいで。
涙で視界がぼやける。
「ひとり! 聞いて!』
『うるさっ! リョウの大声なんて久しぶりに聞いたかも。そんなに大きな声出さなくても目の前にいるんだから聞こえてるでしょ』
そして。
『そうですよ。
それだけが鮮明に見えた。
『郁代!!!』
『え?』
後から考えれば、冗談だったと分かる。
でも。
「う」
そのときの私には。
「う、おえ、うええええ…」
『ぼっちちゃん?!』
『後藤さん?!』
耐えられなかった。
「あ、ご、ごめんなさ…」
怪訝そうな目、目、目。
ああ、もう知られてたんだ。じゃあ、ここには私の居場所は、もう…
「っ!!!」
『ぼっちちゃん!!』
口を拭うこともせず、ギターを掴んで私は全力でSTARRYから逃げ出した。
あてもなく、ただ、どこか遠くに行きたかった。
「ぼっちちゃん、行っちゃった…」
「何かまずいこと言っちゃいましたかね…」
「とりあえず、床を掃除して…あれ、リョウ。自分から掃除なんて珍しいね」
「…虹夏、郁代。二人に話したいことがある」
「何、そんな改まって」
「ぼっちのこと。今まで秘密にしてたから」
「後藤さんの、秘密?」
「うん」
「え〜何それ。喜多ちゃんなんか心当たりある?」
「無いですけど…?」
「…ふざけないで、聞いてほしい」
「? 分かった」
「はい」
「ぼっちは────耳が聞こえない。難聴なんだ」
「え…?」
「え?」
後2話くらいで終わる予定です。