「約束通り、飲みに来たでー」
アクア・ラグナの気配を感じて、ウォーターセブンに戻ってみれば、馴染みの酒場で海賊が待っていた。
「んががが。義理堅いやつは好きらよ。ブルーノも待っててくれたのかい?」
言いながら、違和感がある。警戒心が首をもたげた。ブルーノはこんな男だっただろうか。チムニーの肩に手を置いた。
背後の水路に飛び込めば、なんとか。
「こいつは政府の回しもんや。ちょいと困っとるらしくてな」
スッと酔いが醒めた。あの日以来、酒が切れたことはない。目の前の小娘は、なんでもないように吐く。
「助けて欲しいんや」
「アタシがかい?」
「そう。元トムズワーカーズ秘書、ココロさん」
「帰るよ。チムニー」
「キミが」
龍驤は呼び止めた。
「キミが交わした約束や。一杯だけでも付き合えや」
ココロさんは背を向けたまま、そいつを睨みつける。ヨコヅナより厚い面の皮は、ニヤケた顔のまま受け止めた。
「アタシが誰だか、わかって言ってんのかい?」
「知らんといや、知らん。せやけど、この島を救うのに、トムズワーカーズ以外の誰を頼る?」
「アイスバーグは?」
「心労で死にそう」
「んがッ」
ココロさんは笑ってしまった。スーツのブルーノへ目を向けた。ウスノロで人の好い、とぼけた酒場の主人はいなかった。
いつもとろんとしていた目つきが違う。隙がなく、自信に満ち、しかし主張せず、油断のならない紳士がそこにいた。決して、下品な職人の中に混じる男ではない。
ブルーノは潜入にあたって、一人だけ別の誰かになれた。見た目以外を、すべて変えられた。それで生活してきた。
単純に演技が上手いのではない。生活とは、まんま人生だ。任務のために、自分を殺せる男なのだ。
ルッチがアーティストだとすれば、ブルーノはプロフェッショナルだ。
だから龍驤は、ルッチよりもブルーノを交渉相手に選んだ。
「あんた、この島をどうする気だい?」
「さあな。未来はわからん。だが、約束しよう。これだけは請け負うてくれる」
「なんだい?」
「地獄を見せたるよ。世界政府に。それだけは保証する」
隣のブルーノは、顔色一つ変えていない。ココロさんは、腹の底から沸き上がるものに身を任せた。
「んががが!! いいねえ!! いいじゃないか。話だけは聞いてやるよ」
「あんまり高いのは勘弁やで。今、ちょっと手持ちが」
「俺の酒場だ」
「あたし、ジュース!!」
ベテランどもが集まった。
ウソップは困っていた。
龍驤から頼まれたのは、メリーの保護だった。なんか、スゴイ大潮が来るらしい。
そして、去っていった。一緒にいたチョッパーは、ルフィが海へ吹き飛ばされたと聞いて、二もなく駆けて行った。
なんで、能力者が。
わからない。
で、難しい話を聞かされて、今はフランキー一家とやらを探している。
捕まってたはずのやつが、一体なにをしているんだろう。手枷をつけたまんまだった。隣のやつは、確か龍驤を空気の中に押し込んだやつだ。
わからない。なにもかもが追いつかない。
もし、これが信頼だと言うなら迷惑だ。それでもウソップはやり切る。
「えーと。変態、変態」
フランキー一家は、網タイツが制服らしい。わかりやすいが、他に特徴はなかったのだろうか。裏町をうろついていれば見つかると言っていた。狭い道にも、水路にもたくさん人がいた。
みんな忙しくしている。大潮が来るのは本当のようだ。物珍しげなウソップへ、親切に避難を勧めてくれる住人もいる。
ありがたく断って、探すのが変態。
ウソップは黄昏ている。
なにをやっているんだろう。一味がバラバラになって、仲間が攫われて、メリーを見送る算段もつけずに、こうやって街を歩いて、探すのが変態。
「いやいや、ついていけねえよ。どうなってんだろな?」
有能な男は、自分が役に立てないことを嘆いていた。一人なのも不安だった。
臆病だから耳を澄まし、キョロキョロと周囲を確認して、視線を定めることなく移動した。
勇敢な海の戦士にはほど遠いかも知れない。
でも、ウソップのやっていることはSEALsとそんなに変わらない。素人くさいだけで。
だから気づいた。水路を渡る橋の下から、小さなうめき声。
空耳にも思えたが、ウソップは確かめる手間を惜しまなかった。気になった。
好奇心にかられて覗き込めば、石橋にしがみついて、大開きの海パン。その尻。
「変態だ」
「え? あ? しまった!?」
変態はドボンと落ちた。
なぜだろう。悪魔の実の能力者だったらいいなと思った。海に嫌われるべきだと、心から信じられた。その場合、助けに行くべきだろうか。
じっくりと考えることにする。
しかし残念ながら、変態は変態なだけで、能力者ではなかった。水の中から飛び出した。
「なにをしやがる!!」
「なにもしてないが?」
汚い尻を見ただけだ。
フランキーは露出狂である。被害者はウソップだ。言いがかりであろう。
二人は勢いで睨み合いながら、これからどうしようか、真剣に考えていた。
「たぶん、反抗期なんよね」
貸し切りの酒場で、ある艦娘が思いっきり自分を棚に上げていた。
「んがが。大将がかい?」
「敵を甘く見て、味方を過大評価しとる。んなもん、世間知らずなだけやん」
ここに関係者がいなくてよかった。流石のルフィですら、龍驤の首を絞めそうなことを言っている。
青キジは常識の範囲で、見事にロビンを追い詰めた。あとは現場の、海兵よりも高度な訓練を受けたCP9に任せればいい。
そんなところまで、策を用意した。
残念なことに、ルッチさんたちは確かに有能だが、人手が足りなかった。少なくとも、戦略兵器を自認する小娘の相手をするには、どう考えても不足だった。
今、この世界は時代が変わろうとしている。いい加減、説明に疲れたので、皇国の守護者かオルクセン王国史を読んで欲しい。
要は騎兵の、英雄のいない戦争が始まる。銃砲が前装式から後装式になって、兵が散兵で、覇気を使う機械が戦場を支配する。
どうせそうなる。そのうちになる。天竜人じゃなくても、人を資源にする時代が来る。
なにが違うかは、それぞれの作品が詳しく教えてくれるので、この世界に関わることだけ述べる。
英雄とは勇敢な者だが、それだと死ぬ。騎兵で先頭を走る派手な武者など、ただの的だ。
尊敬されるべきとされていた性質が、あるときから逆になる。ルフィ、ゾロ、サンジのような、無鉄砲な人間に頼ってきた世界で、ウソップこそがキャプテンの資質ありと認められる。
力ではなく、頭の良さ。勇気ではなく、臆病な慎重さ。これが戦士や兵士が備えるべき、肉体と精神になる。
こうした世界で、本物の海賊は、ただのバカだ。
ガープはその中間にいた。臨機応変、部下を手足のように操り、自らも前線へ踊り出た。
まさに、皇国やオルクセンの英雄だ。
それから三十年。いやさ、六十年だろうか。
ガープに師事した青キジは、まったくそのような常識を身につけ、そのように作戦を展開した。
海軍は時代に適応しようとしたのだろう。求める兵の質が、ルフィとウソップぐらい違う。
しかし、海軍はなんらかの理由で訓練が不足したまま、頭数を揃えている。非常識なことがあると驚き、えーッて言う。とてもではないが、ウソップのような機転は期待出来ない。そして、もはやガープのような英雄は育てていない。
だから赤犬は、海軍をソ連のように運用して、誤魔化している。
海軍はマリーンだ。海兵隊が大陸軍の真似をしても、あまりよい結果は出ない。だが、仕方がないのだ。現実がそうなのだから。
青キジも、ソ連軍でドイツ軍の真似が出来ないことはわかっている。だが、培った常識が邪魔をする。前提がどうしても、ガープと彼が育てた兵になる。
単純にロビンが強いというのもあるが、普通の海兵では青キジの期待に応えられない。だから、CPを使ったが、そこまでだ。
わかっているのに、発想が常識に囚われてしまう。
それは甘えなのだ。持っている戦力でなんとかするしかない。それが戦争であり、戦闘だ。
状況に合わせて作戦を立てるべきで、作戦のために状況を誤魔化してはならない。それでは色々不足する。
兵がない。情報がない。意思疎通がない。別組織だから、方針の共有さえない。
青キジの作戦は、CP9の長官によって歪められ、設計図強奪作戦へ利用された。
ルッチさんは、ニコ・ロビン捕縛と設計図強奪の両方をやらなくちゃあいけなくなった。加えて、人がいいからだろう。
部下も守る。任務が二つある。
本当に辛いところである。
せめて、人生は取り戻して欲しい。
よくある現場と上層部の乖離だ。出来なくはないようなギリギリのタスクを、簡単に押しつけてきやがる。
冗長性を確保していない業務など、崩壊するに決まっている。
けれど、やれるはずだと思い込むのだ。だって、常識だから。
大将という地位にあって、みんな言うことを聞いてくれる。周囲には元帥を始め、考え方が違っても優秀な人材がいる。彼らはすでに、時代へ適応している。
だから、わからない。無能がなにをするか。
もちろん、CP9の長官がそれほど無能とは思わない。
ただ、有事になると急にダメになるというか。むしろ、有事に冷静で的確な判断を出来るやつが稀というか。
ただでさえ手柄を前にした人間は、結構な個人的有事である。その意味で、ルッチさんも自分で思うほど、有事向きでもない。
なにせ、日常生活の中に潜入する工作員である。機会があれば突然、殺人鬼になれる程度のメンタルでは、軍人になれない。
そして、要人、または重要機密の略取は、紛うことなき、軍事作戦である。
海軍はすげー組織だ。戦国武将と参謀将校が、一緒の前線にいる。みんな中将である。
世代間格差にもほどがあるが、いかんせん、技術だけは残っているもんだから、なにか問題を解決すると、一気に時代が進む。
自転車で一人、海を放浪するような大将だ。結局のところ、ちゃんと組織を運営していないし、管理していない。だから、現場がわからない。
よって大失敗をぶっこいて、ウォーターセブンを危険に晒している。
「いーや、もう、他人事やないねんな。ウチらもホント、色々やらかしたから」
「あんた、何歳だい?」
「0歳」
不思議生物である。
「冗談やないねん。麦わらはウチだけやなく、みんな若いくせに古い常識に生きとってさあ。とてもやないけど、最近の海賊に慣れた人間では対応出来んのよね。アホ過ぎて」
訳知りで語っているが、異世界人である。
「愚痴を聞かせたかったのか?」
ブルーノは怒っていた。しかし、楽しくおしゃべりしていた女性二人は、怯むことなく見返した。
むしろ、話の腰を折ったことを、責める様子だった。
「人は情で動く。なぜなら、それが判断を下すための機能やからや。自分の好みでものを喋るな。キミの思考は、訓練されたものに過ぎん」
偉そうにものを喋っているが、意味するところは、存分に愚痴を言わせろということである。ココロさんは楽しそう。
「同情を買うしかないねん。ウチらには、信頼がない」
海賊と海軍、または世界政府が戦えば、この島は被害を被る。
だが、職人たちに守られてきた島だ。ココロさんに限れば、島を救った側の人間である。
ここで海賊が暴れたら危ないよと言われても、海賊如きと思われかねない。
なんなら、ブルーノもどこかそう思っている。身の危険を感じてはいるが、疑心暗鬼でもある。
それがマズい。
なにかきっかけ一つで、際限なくエスカレーションしかねない。負けられないからだ。
「海軍は負けに慣れとる。海賊には何度も逃げられ、キャリアの最中に仲間が何人も死んで、間に合わんかった場所で仕事して、それでも大将だの中将になる」
ところがどうだろう。海賊は負けられるか。仲間を奪われ、失って一味が存続出来るか。
デービーバックファイトでは、しょうもない海賊ですら本気になる。白ひげですら、鉄の掟がある。
ロビンがいなくなって諦める、なんてことは、絶対にない。
政府の役人はどうだろう。失敗は許されるだろうか。偶発的な出来事だからと、言い訳は通じるだろうか。
上司の機嫌一つで消されてしまうほど、人生を握られている。
それが、青キジにわかるか。
「生きてさえいれば、なんとかなる。それが海軍に通底する哲学や。特にガープはそうや」
だから、ルフィもエースも生かされている。
でもね、死んだほうがマシな世界なんですよ、ここ。
「文字通りや。必死に生きとる。必死や。必死やぞ? 海軍は理解しとらん。そういう人間が、どんだけバカなことをするか。そんでそいつらはな。世界を滅ぼすんや」
核相互破壊。
鼻くそのような国家でも、核を持つだけでアメリカと同じテーブルにつける。
では、覇気や能力を持った個人が、大将と同じテーブルで話せるのか。
そんなことはない。むしろ、正面からぶつけ合う。
そうやって、いくつもの島や国家が滅んできた世界だ。
それなのに、歴史を残さない世界なのだ。
「後悔しとるよ、まったく」
もう遅い。龍驤は教えてしまった。そのように謀略を巡らせた。
クロコダイルは生き残り、麦わらは覇気を覚え、海軍は白ひげと戦争を行う。
「ウチらが、今日、ここで始めかねんのは、ただの戦争やない。世界大戦や」
聞いている二人の表情は変わらない。チムニーはホットケーキを食べている。無駄に料理が上手い、この諜報員。
「信じられんか? ウチらもそうやった。終わるまでな。一度目も二度目も、気づいて振り返ったときには、数千万の死体が積み上がっとった」
「前世ってやつかい?」
龍驤は首を振る。否定したのではなく、そんなところを信用してもらっても仕方がないからだ。
「目の前のことに集中しようや。少なくとも、放っときゃこの島でドンパチが始まる」
「だから、フランキーらって?」
「男なら、責任をとるべきや」
託されたのはフランキーだ。それをどうするのかだけでなく、それが引き起こすものさえ、飲み込まなければならない。
最先端の技術に彩れた都市。そこで息づく表と裏。様々な組織の思惑が、隠された設計図を巡って交差する。嵐が迫り、唯一の交通手段も失われる。相乗する欲と打算は、暴走する。平和さえ脅かす。
「あいつはバカだけどねえ。トムさんが育てた男さ」
「そりゃ結構やけど、要は、ガープ世代の弟子筋が大集合なわけやん?」
バスターコールを、島の命運を、古い盟約と受け継がれた約束と、世界平和のなにもかも。
変態がすべての鍵を握る。
龍驤は、露出狂のおっさんを探し出さねばならない。
ふざけんな。ロビンと代われ、その位置。
「死んだらあかんよね?」
「ちゃんと帰すんだよ?」