痛苦と絶望のアングラゲーム ~凄惨たる死を想う少女の過激で危険な電脳遊戯~   作:兎乃葵

21 / 84
◇第十五話:血と風の相対

「そういえば、わたし知り合いとマッチングしたのこれで二回目なんだよね~。このゲームってもしかしてわたしが思ってるより人口少ない?」

 

「……そうでもないはずだけど。偶然じゃない?」

 

「そう? そっか、それならいいや。過疎は全てのオンラインゲームの敵だからね。……しかし、イルミネが相手かぁ。満を持して、というにはちょっと物足りないな。対人戦できるほどこのゲームやってるの?」

 

 イルミネはUGRをサブのゲームとして遊んでいたはずだ。対人戦を行えるほど育成が進んでいるのだろうか。

 

「……アンタのそのナチュラルに他人を下に見る姿勢、改めた方がいいって昔言わなかったっけ? 現実ならともかく、ここはゲームの世界なんだから。私だってアンタに勝てるくらいの強さを得られるのよ」

 

「いや、単純にプレイ時間の話をしてたつもりなんだけど……。まあわたしと違ってイルミネは真っ当なビルドなんだろうし、稼ぎ効率はわたしの比じゃない、か」

 

 血の剣を習得した今でこそシヅキの稼ぎ──討伐効率は改善されたが、それより前のときは本来遥かに格下であろう雑魚敵を相手に何とか渡り合っていたのだ。

 シヅキがそうやって足踏みしている間に、イルミネが追い抜いていたとしても不思議ではない。

 

「……あぁ、そういう? いえ、このゲーム、痛覚がリアルな緊張感を与えてくれて、最初に思っていたよりかなり面白かったから。なんだかんだ結構やってるのよ。どこかの誰かさんは誘い文句の割には全然食材集めてくれないし」

 

「ゔっ……それについては本当にごめん、今のわたしにちょうど良い狩り場所の敵、食材落とすタイプの敵じゃなくって……」

 

 当初イルミネと交わした約束は、食材を供給する代わりに、生産関連とゲームそのもののプレイを頼むというものだった。しかし、シヅキは最初に猪肉を提供して以降は食材をほとんど何も渡せていない。

 これでは怒られても仕方がないだろう。

 

「……ふむ。よし、じゃあこうしましょう。この戦いで私が勝ったら、しばらくは食材集めに専念しなさい。その代わり、シヅキが勝ったらなにか一つ言う事を聞いてあげる」

 

「えっ……なんでもいいの!? じゃあじゃあ、こっちで朝から晩まで一日中────」

 

「あっ、流石に限度はあるわよ? ……私が叶えられる範疇にしてね」

 

「うん大丈夫! イルミネがいればできることだから!!」

 

 望外の条件だ。これは全力でやらねばならない。

 享楽に塗れた一日を夢想し、シヅキは決意を新たにする。

 

「そ、そう……。何考えてるかはなんとなく想像つくけど、私だってそう簡単に負けるつもりはないから」

 

「ふふふ……楽しみだなぁ、どんなふうにしてあげようかなぁ……」

 

「……あ、聞いてないわねこれ」

 

 端正な顔を歪め、邪な笑みを見せるシヅキ。イルミネは呆れた顔をしているが、長い付き合い、最早見慣れたものだ。その反応は薄い。

 ──そして、試合開始のブザーが鳴り響く。開始直後、両者ともに後ろへ飛び、距離を取ってスキルを使用する。

 

「〈血の剣〉! うぅーん……」

 

「〈シルフィード〉、〈スピードアップ〉、〈風の舞踏〉、〈シャープネスアサイン〉……」

 

 シヅキが一つのスキルを使用している間に、イルミネは多数の自己強化と思わしきスキルを発動していた。

 聞こえてきた名前からして、主にAGIを強化するスキルの重ね掛けだろうか。AGI──知覚速度に差があればあるほど正面戦闘で不利を背負うだろう、急いで止めるべきだ。

 

「うわやばっ! バフ盛り型か! 〈マナシールド:強度300〉……からの〈セルフヒーリング〉!! でもって即突撃~!」

 

「……〈ホークアイ〉! よし準備完了、今更焦ったって遅いわよ、シヅキ!! 一瞬でケリをつけてあげる!」

 

 事前準備を手早く済ませ、イルミネに向かって駆け出すシヅキ。それに対し、イルミネは超高速の踏み込みによって強引に先手を取る。

 踏み込みの勢いを乗せた音速の突き。シヅキの胸部を狙って放たれたそれを、上体を捻り、両手の血の剣を交差させて受けることで無理矢理横に流す。

 

「うわ早っ!?」

 

「チッ……なんでっ……今のを、避けられるっ……のよ!!」

 

 残像が見える速度で次々に刺突を繰り出すイルミネ。シヅキの知覚をも上回り、魔力の壁の自動防御が間に合わない速度のそれを、先読みと勘でなんとか受け流していく。それでも時折イルミネの槍から生じる風の刃までは躱しきれず、身体を掠め、シヅキの身体に小さな切創が次々と増えていく。

 

「くっそ、冗談抜きで強いなっ…………〈血の刃〉!!」

 

「くっ!?」

 

 今のイルミネはあまりにも行動速度が速く、攻撃後の隙が事実上存在しない。無理矢理にでも隙を作るため、血の刃も重ねた全力の斬撃を刺突に合わせ、槍を弾き上げた。

 幸いにもイルミネのSTRはそこまでの値ではなかったのか、かち上げられた槍に引っ張られ、上体が後ろに大きく泳いでいる。

 シヅキはがら空きの胴体を狙って突撃し──腹部に衝撃。大きく吹き飛ばされ、地面に転がる。

 

「うっ……ごぷっ、おえぇぇ…………」

 

「はぁ、危ない。……うわ、吐いてる……。あぁ、痛覚100%ってそういう弊害もあるんだ……」

 

 イルミネの全力の蹴りを腹部に受け、シヅキは吐瀉物を撒き散らす。大きな隙だが、イルミネはシヅキの様子に引いており、追撃は飛んでこない。

 状態異常回復のセルフキュアで不快感を多少癒してから、シヅキはなんとか立ち上がった。

 

「うぅ……ごほっ。酷いよ、イルミネ……。乙女のお腹を蹴り付けるなんて……」

 

「AGI200超えに素の反射神経で食らいついてくる方がよっぽど酷いでしょ。なんでまだ生きてるのよ」

 

「流石にほとんど見えてないよ? イルミネのことはよく知ってるから、それでなんとか先読みできてるだけ。他の人だったらとっくの前に死んでるよ~」

 

 イルミネの動きは目に焼き付くほど見ているし、特徴的な癖も覚えていて、狙いや立ち回りの好みも知っている。これだけの前提知識があってなお、現状は防戦一方、シヅキはまるで歯が立っていないのだ。

 

「それにしてもおかしいでしょ……。前から思ってたんだけど、アンタの反射神経どうなってんの?」

 

「うん? そうだね……これは、秘密特訓の成果、かな? 〈血の刃〉!」

 

 シヅキの発言に考える様子を見せたイルミネに、血の刃を飛ばす。会話の最中であり、構えを取らず自然体だったはずだ。だが、刃が当たる直前イルミネが左右にぶれ、次の瞬間には槍を構えこちらをねめつけていた。

 

「うーん、速度差がありすぎて攻撃が全く通らない……」

 

「……今度私にもその特訓方法教えてくれない? ──〈雷鳴突き〉」

 

 視認できない超速度の刺突。しかし、事前にスキルの宣言は聞こえている。躱せない道理はない。

 シヅキは体を沈めて回避し、同時に脛を薙ぐように血の刃を飛ばす。いくら高速で動けるといっても、重力の頸木からは逃れられないはずだ。跳んで躱したところに追撃を行えば──そう考えて行った攻撃を、イルミネは大袈裟に斜め後方へ飛ぶことで躱した。追撃を警戒しているにしろ、嫌に慎重だ。

 

「いやぁ、イルミネがこれできるようになっちゃったらいよいよわたしの優位性がなくなっちゃうから……。それより、こんな悠長にお喋りしてていいの? 効力の強いバフっぽいし、そろそろ効果切れるんじゃない?」

 

「……えぇ、そうね。やっぱりアンタ相手に速攻は無理があったみたい。正直これを使う気はなかったんだけど……」

 

「おっ、なになに? 切り札の開帳?」

 

「さぁ、来なさい――〈外器(オーバーヴェセル):風雷槍エル・トール〉」

 

 イルミネは手を掲げ、スキルの名前を静かに宣言する。すると、その手に持った槍が解け消え、左手に雷と、風を模した緑色のエフェクトが収束していく。

 エフェクトの暴風が収まると、掲げた手には黄緑の燐光を湛えた絢爛豪華な銀の槍が顕現していた。

 

「うわっ、なにそれ~! かっこいい!」

 

「……あはっ」

 

「……?」

 

 槍を呼び出し、戦闘を続行しようとしているはずのイルミネ。しかし、様子がおかしい。スキルを使用した直後から、顔を伏せて硬直している。その姿はどこから見ても隙だらけだ。

 訝しむシヅキの耳に、微かな笑い声が届く。

 

「──はははっ、あははははは!! そう、これよ! これが私の本来の武器! これさえあれば……シヅキ! アンタなんかに負けはしないんだから!!」

 

 高笑いをあげ、イルミネはシヅキにびしりと指を突き付ける。その瞳孔は収縮しており、およそ尋常の様子ではない。

 

「……えぇ? こんなハイテンションなイルミネ初めて見たなぁ。何? 使う気がなかったのってもしかして性格が変わるから? なにそれぇ」

 

「えぇ、そう! そうよ! 外器(オーバーヴェセル)はわたしに比類なき力と強い自信を与えてくれる、偉大なるスキルなのよ!」

 

「……あ、ゲーム側の影響? これ健康面とか大丈夫なのかな。思考制御……とまでは言わないけども。技術的にだいぶアレなのでは~?」

 

 使用すると思考、あるいは感情に影響を受けるスキルとは、なんとも怪しい。

 とはいえ、脳と直接情報をやり取りするVRシステムの設計上、そういうものを作ること自体は確かに可能なのかもしれない。シヅキもそのうち手に入れることになるのだろうか。

 雑念に気を取られるシヅキに、目を爛々とさせたイルミネが迫る。その足取りは先ほどまでと比べて非常に粗雑で、まるで素人のそれだ。だが、速度だけは異様に速く、まるで雷のような速度で刺突が飛んでくる。

 

「そらそらそらぁ! 考え事なんてしてる暇があるのかしら!!」

 

「っ……!」

 

 格段に速度を増した、しかし雑で粗い攻撃。かえって読みやすくなった刺突を、シヅキは血の剣で受け流そうとするが──槍と短剣が接触した瞬間、腕に走る熱と痺れ。感電したかのようなその感覚から、槍の性質を推測する。

 

(あの槍、電気を纏ってるのか! いやそれにしても金属ですらない血の刃を伝って来るなよ! これじゃ受け流せないじゃん!!)

 

 直接刃を交わすことによる受け流しは諦め、〈血の刃〉をぶつけなんとか刺突の軌道をずらしていく。シヅキは普段のように言葉を発する余裕すらなく、口を噤み、無言で超高速の連打を捌き続ける。

 

(くそっ、あの召喚スキルっぽいやつ、何秒続くの!? これで五分とか言われたらもう死ぬ気しかしないけど!)

 

 正気を失っているような動きをしている割に、魔力の壁を避けて攻撃するだけの理性は残っているのが厄介だ。これでは無理矢理押し切って刺し違えることも難しい。

 圧倒的な速度による全力の力押しという、単純かつ強力な戦法。彼我の身体能力に差がありすぎて、突破口が全く見つからない。血の刃まで用いた一時的な拮抗はすぐに劣勢になり、シヅキの身体に傷が増えていく。

 

(あっ……これ、無理!)

 

 そして、遂にイルミネの槍がシヅキの身体、その中央を貫いた。

 

「ぅぐ……ごふっ…………」

 

 速度の乗った刺突の余波で内臓がずたずたに破壊され、シヅキは吐血する。槍に胸部を貫かれたまま、たまらずその場に膝をつく。

 

「ははっ! やった、私の勝ち!! 見たでしょシヅキ! これが私の実力よ!」

 

「う、おぇ…………。や、る……じゃん」

 

 イルミネの勝利宣言に、震える手を差し出して応えるシヅキ。

 

 その身体を回復エフェクトが包み込み、癒えて盛り上がった肉が槍を捕らえる。

 

「……えっ?」

 

「捕まえ、たっ……!!」

 

 動作ショートカットによる〈セルフヒーリング〉の行使。自らが致命傷を負う事と引き換えに、絶大な力を持つ武器を奪い取る。

 シヅキが最も好まない戦術であり、シヅキの行える最も有効な戦術。突然の奇策に、イルミネの高揚しきった思考に空白が生じる。その隙を見逃さず、シヅキは動作ショートカットを用い、イルミネに全力で血の刃を撃ち込んだ。

 血の刃の直撃を受け、イルミネの首には大きな裂傷が刻まれる。頸動脈が傷ついたのか、心拍に呼応してぶしゃぶしゃと血が噴き出した。

 

「うぁ……」

 

 イルミネは震える手で傷を押さえ、流血を留めようとしている。だが、血の噴き出す量は尋常ではなく、あまり効果的な抑制にはなっていない。

 ──そして、程なくHPが尽き、イルミネは光となって消えていった。

 

「う、ぐ……。なんとか勝った……けど、これわたしも死ぬ…………ごふっ」

 

 [WINNER:シヅキ!!]

 闘技場内に勝者を示す機械音声が響き渡り、シヅキの胸を貫いていた槍が消滅する。

 丸く穿たれた傷口から大量の血を噴き出し、シヅキはその場へ倒れ伏した。

 

──────────

Tips

『感情制御』

 脳と情報をやり取りするVRシステムの設計を悪用した機能。

 あくまで『強大な力を行使するという状況にプレイヤーが自然に高揚している』という体裁を取っており、法的にはグレーゾーン。

──────────

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。