痛苦と絶望のアングラゲーム ~凄惨たる死を想う少女の過激で危険な電脳遊戯~   作:兎乃葵

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◇第三十四話:トラウマ

 二層の探索を進めるシヅキ達一行。しばらく探索した印象として、どうにもこの階層では分岐路や扉が一層よりも多く配置されているように思えた。

 ふと見れば、今まで脇道として配置されていた木や石の扉とは違う、鈍い光沢をもつ金属製の大きな扉があるのを発見した。

 

「……なんかレアっぽい感じ。どうする? 開けてみる?」

 

「金属の扉は……モノ自体は罠か宝箱、ショートカットの三択で変わらないが、傾向として、他の扉よりより良い中身な場合が多いはずだ。宝であっても、罠であっても、ショトカであってもな。 ……これは賭けだな……」

 

「ほぉん……。んじゃちょっと見てくるね~」

 

「あっ、ちょっ、シヅキ?」

 

 聖野生から金属の扉に関する情報を伝えられたシヅキは、イルミネが止める間もなくするりと部屋の中に入り込んでしまった。

 その途端、開け放しにされていたはずの扉が、がちゃりと音を立てて閉まる。だが、扉には誰も触れていなかったはずだ。つまりこれはシヅキが自ら閉めたか、あるいは────

 

『ちょっとー、なんで扉閉めたの? 開けてよー。…………ちょっ、て、天井が迫ってきてるんだけど! イルミネー! 助けてー!』

 

「ちょっと! これ罠部屋じゃないの!? シヅキー! 大丈夫!?」

 

 扉の向こうから、くぐもったシヅキの声が響いてくる。その直後に聞こえてくる、ごりごりという石の擦れる音と、おそらくは素手で扉を叩く音。

 

『あーもう、ダメだこれ! 〈血の剣〉……!』

 

 重圧な金属製の扉は、多少のことでは小動ぎもしないだろう。焦れたシヅキが血の剣を使用し、扉を斬り付ける音がした。だが、扉に大きな変化はない。

 

『うっそでしょびくともしないの!? 攻撃力300って板金鎧余裕でブチ抜ける打点なはずなんだけど!?』

 

「危機的状況だな! 〈ペネトレイトウェポン〉……、〈スピードアップ〉……! イルミネくん、これでどうだね!?」

 

「このっ……くそっ、〈岩壊閃〉! ……は!? 防御貫通でも破壊できないの!? なにでできてんのよこの扉!!」

 

 攻撃力に優れた二人が両面から攻撃を繰り返しているにも関わらず、金属の扉には目立った損傷はない。ただ、ひっかき傷程度とはいえ僅かな傷は付いている以上、破壊不能属性持ちという訳でもないはずだ。

 

『あっ、そういうこと!? 扉のこっち側に鍵穴っぽいのが開いてる! つまりこれ、正攻法は破壊じゃなくてDEX参照の……いやピッキングツールなんて持ってないが!?』

 

「どいてなさいシヅキ! 金属、つまり土属性……土には風と雷! 〈外器(オーバーヴェセル):風雷槍エル・トール〉! からの……〈ストレイトピアッシング〉!」

 

 イルミネが躊躇なく最大火力である外器(オーバーヴェセル)を切り、武器属性依存スキル〈ストレイトピアッシング〉によって扉を穿つ。だが、それでも扉に僅かな穴が開いただけだ。破壊するには程遠い。

 

「固すぎ!!」

 

『えっ嘘でしょ外器(オーバーヴェセル)でも壊せなかったの!? こ、れは……無理、かぁ…………』

 

「諦めちゃダメよシヅキ! 〈スパイラル──」

 

『いや~、もういいよイルミネ。……多分わたしが死んだら扉は開くだろうし、そのあと蘇生だけお願い」

 

 必死に扉へ攻撃を繰り返すイルミネへ、扉の向こうから諦めたような声色の呼びかけが掛かる。

 この場でリソースを粗方吐き出してまで自身を助け出すより、死んでから蘇生した方がよほど安上がりだろうとシヅキは判断したのだ。

 

『……いやぁ悪いね、流石に迂闊だったよ』

 

「本当だよ……もうちょっとこう、警戒心とかないのか?」

 

 聖野生が呆れたように呟くが、扉の向こうからの返答はない。ごりごりという石が擦れるような音は、既にイルミネ達の腰ほどの位置から聞こえるようになっている。部屋の中では、天井がもうそこまで迫っているのだろう。

 

『はぁ……ふぅー…………。くっそ、これめちゃくちゃ怖いな…………』

 

「ひえぇ……想像するだけでこわいです……」

 

『あぁ、わたしの胸がまったいらに…………』

 

「……いやアンタ元々胸ないでしょ。何? 割と余裕あるの?」

 

『ふ、ふ……。…………や、やっぱり怖い! イルミネ、助け──え゙ぎっ』

 

 シヅキのくだらない冗談に一行がくすりと笑いを零す。だが、次の瞬間、恐怖に塗れた本気の拒絶の声が響き──

 ごしゃり。人体が圧し潰される、聞くに堪えない音。

 

 再びごりごりと石臼のような音が鳴り響き、間もなく金属の扉がひとりでにがちゃりと開いた。

 部屋の中には惨状が広がっていた。部屋の床面全体が血に濡れ、薄く広がったなにかの破片(・・・・・・・・・・・・)で覆われている。

 

「うえぇ……」

 

「う、うぅむ…………」

 

「……いくら自ら望んでのことだとしても、こんなこと繰り返してたらそのうちホントに壊れるわよ……。バカ…………」

 

「助っ人としては強いし助かってるのは確かなんだが、それはそれとして戦闘中以外の僕へ掛かる負担が大きいんだよな……。〈リザレクション〉」

 

 

    ◇◇◇

 

「うーん、閉所恐怖症……」

 

「あんなことあったんだからトラウマになるに決まってるでしょ。いい加減学習しなさいよ」

 

 あの後無事蘇生されたシヅキ。時折不安そうに天井を眺めては、自らを抱きすくめる仕草を取るようになった。本人が言うように閉所恐怖症気味なのだろう。

 

「いーや、まだだね! 確かにトラウマが増えたし、最近はリアルでも尖ったものが怖くなったりしてるけど──」

 

「は!? アンタそんなことになってるの!? リアルに後遺症引き摺るとか、やめなさいよホントに……」

 

 シヅキはトロールチャンピオンに負け、処刑されて以降、リアルでも先端恐怖症を患ってしまった。おそらく心因性の一時的なものだろう。

 つまり時間が経てば克服ができる類の症状であり、心配するほどのことではない。話の主題はそこではないのだ。

 

「まぁ聞いてよ。確かに心は大いに傷付いているけど、こんなんでもわたしという自我は喜びに溢れているんだよ。だから……死んでもやめない!」

 

「じゃあもう死んだんだから止めなさい」

 

「いやそうじゃなくて────」

 

「なぁ、話し込むのはいいんだが、とりあえず歩きながらにしないか?」

 

 わーぎゃーと言い争うシヅキ達に聖野生から声が掛かる。確かに、ただでさえシヅキがトラブルを誘引していて無駄に時間を食っているのだ。あまりこちらの都合で時間を割いてもらうのも問題があるだろう。

 

「あぁ、うん。ごめんね~? わたしのせいで時間掛かっちゃって」

 

「自覚はあったんだな……」

 

「いや、これでも私達三人の時より遥かに順調だ! 気にするほどのことはないよ、うん」

 

 アタッカーが増えた結果エネミーへの対処も早くなったが、それ以上に罠への対処が早くなっている。

 とは言っても、実態はシヅキが無警戒に踏み込み作動させた罠を避ける、あるいは食らうことによる短縮であり、一概に良いとも言い難いのだが。

 

「もうちょっと強く言ってやってよ。でないとこの子ずっと繰り返すわよ」

 

「起きたこと自体はほとんど不可抗力じゃーん!」

 

「あはは……」

 

 

    ◇◇◇

 

「あっ、いた! 〈シルフィード〉!」

 

 その後順調に探索を進め、シヅキ達は黒い体毛を持つ、手の長い猿の姿をしたエネミー、識別名『邪なる手』の集団を遂に発見する。敵意を燃やし、一気呵成に襲い掛かるイルミネ。

 

 だが、それとは対照的にシヅキはぶるぶると震え出し、遂にはその場にしゃがみ込んでしまった。

 

「うっ、うっ……わた、わたしの身体……食べられ…………」

 

「完っ全にトラウマになってるじゃないか! おい、大丈夫か……?」

 

「ひっ、やっやだっ! わたしに触らないでぇっ……うゔぅ゙ぅう……」

 

 見かねた聖野生がシヅキの肩に触れ問いかけると、弾かれたように肩を跳ねさせ、かと思うとよたよたと四足歩行で聖野生から離れていき、遂には地面に突っ伏して泣き始めてしまった。

 明らかに尋常の様子ではない。

 

「うゔぅ゙ぅ……やだぁ……ひぐっ、ぐすっ…………」

 

「これは重症だね……」

 

「なんだか親近感を感じます……」

 

「いやお前はあんなに繊細じゃないだろ……はぁ。とりあえずあいつは置いておいて、先にエネミーを殲滅しないか? 居なくなれば多少は落ち着くだろ、多分。〈破邪の祈り〉」

 

 希望的観測でしかないが、その推測に頼り聖野生は聖属性の範囲攻撃を使用する。それを皮切りに、他二名も戦闘態勢に移り、一人で多数のエネミー相手に大立ち回りを繰り広げていたイルミネを援護し始めた。

 

「まぁ、そうだね。〈マジックアップ〉……〈ホーリーブラスト〉!」

 

「えぇとえぇと、〈ヘイトチャージ〉……!」

 

「……あれっ? シヅキは?」

 

 後方からの支援が飛んでくるが、その中にシヅキの姿がないことに気付きイルミネは怪訝な顔をする。だが、それでも『邪なる手』への攻撃の手は緩めていない。既にそれなりの数が光となって消えている。

 

「彼女は今取り込み中だ! 先にこいつらを殲滅しよう!〈エンチャント:ホーリー〉!」

 

 ひやむぎが魔法を発動し、イルミネの持つ槍が眩く輝きだす。

 聖属性のその輝きに『邪なる手』達は露骨に怯んだ様子を見せた。

 

「助かるわ! こいつら五属性の効きがどうにも悪いのよ!」

 

「なるほど、闇属性や聖属性のエネミーはそういう傾向があるね! 〈スピードアップ〉!」

 

「タフで数が多いが、個々の強さはそこまででもないみたいだな……。ま、闇相手なら楽ではあるが。〈浄化の光〉」

 

 

 

 聖野生達の活躍もあり、結局『邪なる手』は大した抵抗もできず殲滅された。だが、その間にシヅキが復帰してくるようなこともなく、四人の背後からはずっとすすり泣きが聞こえてきていた。

 

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