痛苦と絶望のアングラゲーム ~凄惨たる死を想う少女の過激で危険な電脳遊戯~   作:兎乃葵

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第五十話:人類の敵対種『魔族』(後編)

 何故シヅキは魔族(ニェラシェラ)に接近戦を挑むのか。

 魔族(ニェラシェラ)の男は見たところ徒手空拳と尾以外の攻撃手段を持たず、そうである以上は速度で勝るシヅキが引き撃ちに徹すれば対抗手段はないのだ、わざわざ自分から近寄る必要はないようにも思える。

 だが、距離を取って戦う場合、シヅキの取れる攻撃手段は蛇腹剣と血の刃の二つだけだ。

 そのどちらも攻撃の軌道が非常に分かりやすく、どれだけ数を重ねたところで全て魔族(ニェラシェラ)の権能で消し去られるのがオチだろう。

 

 その上、シヅキは赤き鮮烈なる死(レッドラッドデッド)のスリップダメージという時間的制約をも抱えている。どうやら魔族(ニェラシェラ)の権能で攻撃を破壊された場合赫血武器の「攻撃命中時確率回復」は発動しないらしく、先ほどからずっとHPは減少を続けていた。

 

 以上のことから、いくら有利であろうとシヅキに距離を取って戦う選択肢はない。接近し、手数をもって権能の守りをすり抜けねば勝機はないのだ。

 

「〈血の鎖〉!」

 

『同じ手が何度も……なぁっ!?』

 

「くぁはっ──引っ掛かったぁ!」

 

 先ほどの奇襲時とは真逆、シヅキは動作ショートカットで血の刃を飛ばしながら使用宣言で血の鎖を生み出す。魔族(ニェラシェラ)は使用宣言を聞いた瞬間、鎖に首を捕らわれまいと身を屈め────足元に出現した鎖に引っ掛かり、大きく体勢を崩した。

 

 魔族(ニェラシェラ)は膂力こそ高いが、以前戦ったミスリルゴーレムのように踏み出すだけで鎖を破壊するほどの暴力的な質量は備えていない。それに、あのとき(ミスリルゴーレム戦)とは違い今の血の鎖には脱力という制限が存在せず、長さを稼ぎ耐久性を増すことも容易だ。

 だからこそ執拗な首狙いで意識をそちらに向けた後に足を掬う、極めて単純なひっかけが機能する。屈んだ瞬間に足首を取られた魔族(ニェラシェラ)は、つんのめり、無様に前へと転びかける。

 

 それを確認した瞬間、シヅキは即座に追撃を行う。動作ショートカットで素早く鎖を呼び出し、魔族(ニェラシェラ)の背を抑える形に配置し立ち上がる動作を阻害する。

 魔族(ニェラシェラ)地面に手を付けられない(・・・・・・・・・・・)。破壊の権能は無差別だ、触れたが最後、自ら足場を崩し致命的な隙を晒してしまう。

 それ故に、まるでシヅキへ向けて跪くような体勢となっており────頸を取るには絶好の姿勢だ。

 

 シヅキは大きく飛び上がり、魔族(ニェラシェラ)の頭上で身を捻って蛇腹剣を振るう。

 

()ったぁ!!」

 

 分割された刃が魔族(ニェラシェラ)の頸へ迫り────

 

『ク、ソが……舐めるなァ!』

 

 最早回避は不可能。自らが致命打を受けるのは避けられないと悟った魔族(ニェラシェラ)が、破壊の権能が宿った両手を胸の前で叩き合わせた(・・・・・・)

 

 万物を破壊する矛同士が衝突し、世界の法則(法典)が異常をきたす。

 矛盾し、破綻し、崩壊した権能は魔族(ニェラシェラ)(制御)を離れて拡散し──周囲にある、遍く総てを破壊する奔流と化した。

 

 そして世界は軋み、罅割れ、破壊の嵐が巻き起こる。

 

 

    ◇◇◇

 

「……めちゃくちゃやるなぁ。勝ち目を失ったからって自爆するなんて……」

 

 破滅的な奔流に巻き込まれ、しかしシヅキは生きていた。……いや、正確に言えば一度死に、そして蘇っていた。

 暴走した破壊の権能。拡散されたそれを全身に受けたシヅキは身体を粉々に砕かれ、一瞬で死亡した。だが、シヅキには一度だけ死を拒絶できる〈リィンカーネーション〉がある。その点を考慮するのならば、一瞬にして死に絶えたのはむしろ隙を晒さずに済んで幸運と言えるだろう。

 

 粉微塵と化した際に吹き飛ばされたのか、シヅキの復活地点は少し離れた曲がり角の辺りまでズレていた。先ほどまでシヅキが、そして魔族(ニェラシェラ)がいた辺りは、血色の霧と土埃────粉々に粉砕された遺跡構造体の残渣────に覆われており、肝心の魔族(ニェラシェラ)がどうなったかはここからでは伺い知れない。

 

 おそらくは魔族(ニェラシェラ)も決して無事では済んでいないはずだ。もしあの広域攻撃が自爆を伴わないものなら、最初からあれだけを連打していれば良い。それだけでシヅキは為す術もなく敗北していた。

 それに外器(オーバーヴェセル)の効果が切れ冷静になった今思い返してみれば、戦闘中、魔族(ニェラシェラ)自らの手で自身に触れないよう(・・・・・・・・・・・・・・)明らかに意識して立ち回っていた。

 そうである以上あの権能は無差別的なものであると考えられ、そしてそれが制御を離れ拡散したのだ。シヅキ以上の至近で受けた魔族(ニェラシェラ)が耐えられるものでは────

 

「と、まぁ……あれで死んだと思いたいところなんだけど……。まだ素材やら経験値やらが入ってないんだよねぇ。はぁー……。〈血の剣〉」

 

 赤き鮮烈なる死(レッドラッドデッド)の効果も切れ、高揚感が途絶えた今のシヅキに希望的観測は難しい。シヅキと共に完全に破壊され、予想通り一時的に使用不能となっている二つの片手剣から赫血の短剣へと武器を切り替え、そして『赤き呪縛』により激減したHPを切り詰めてでも血の剣を用い、ささやかながら攻撃力を増強する。

 これで武器攻撃力は130と少し。正直言ってかなり心許ない値だが、魔族(ニェラシェラ)は人型エネミーだ。いくらなんでも、瞳や口内が金属よりも堅いということはあるまい。多分。

 

 血の剣の脱力でその場に崩れ落ちた後、のそりと起き上がったシヅキ。辺りには相変わらず血色の霧と土埃が立ち込めており、魔族(ニェラシェラ)の姿は確認できない。

 おそらくは相当な手傷を負っているはずだが、それでも今のシヅキは非常に貧弱なのだ。視界の悪い中、赤き鮮烈なる死(レッドラッドデッド)を使用して尚拮抗、あるいは微有利程度にしかならない化け物を相手に正面切って戦えるとは思えない。

 

「うーん……出てくるのを待つのもアレだし…………ま、どうせ一撃貰ったら終わりなんだから、多少HP使っても問題はないかなぁ。〈血の刃〉!」

 

 血の剣の効果時間や、逃走リスクを考慮するなら待ちの選択もあまり得策ではないだろう。シヅキは蛇腹剣を伸長させ、比較的大きな血の刃を地面と水平に撃ち出して相手の出方を────

 

『ガアアアァァァ!!』

 

「オワー!!」

 

 シヅキが剣を振り切った瞬間。空気を震わす咆哮をあげながら、魔族(ニェラシェラ)がシヅキへ向けて突撃してきた。おそらくは土埃に身を隠し、静かに様子を窺っていたのだろう。意識の隙間を突く、完全な不意打ち。

 前腕の中ほどから先の無い腕(・・・・・・・・・・・・・)、そこから飛び出す鋭利に尖った骨をシヅキへ突きささんと飛び掛かり────しかしがくりと膝が折れ、攻撃がほんの僅かに遅れる。

 だが、その僅かな差がシヅキにとっての活路となった。シヅキは身を投げ出すように横へ向けて跳び込み、間一髪で回避に成功する。

 

「あっっっぶな!!」

 

 着地など考えずに反射的に跳んだため、シヅキは跳び込んできた魔族(ニェラシェラ)から目を離してしまった。

 これは致命的な隙だ。だが、何故か背中に追撃を受けることはなかった。

 疑念を抱きながらも急いで反転し、魔族(ニェラシェラ)を捕捉し直そうとするシヅキ。その目に映ったのは────両手の前腕から先を失い、全身の罅から青い血を垂れ流しながらもこちらを睨む満身創痍の魔族(ニェラシェラ)の姿。

 だがその右目は潰れ、もう一方の瞳も血に染まりどこを見ているのか判別すらできない。顔の向きからしてシヅキの位置を把握してはいるようだが、視覚以外にも探知方法があるのだろうか。

 

 完全に喪失した腕はもちろんのこと、足や身体も大きな罅割れによって肉が脱落し、部分的に骨が見えていた。もしあの傷を負ったのがシヅキだったのなら、悶え苦しんで死を懇願するような凄まじい傷だ。羨ま……悍ましい。

 先ほどの攻撃時に姿勢が崩れたのも決して偶然ではなかったのだろう。戦意こそ未だ高いようだが、肉体は最早死に体だ。足取りはおぼつかず、構えも軸がぶれている。それに、今の魔族(ニェラシェラ)は明らかに正気を逸している。その口からは獣のような叫びばかりが飛び出てくるばかりだ。

 

 だが────殺意だけは、肉体が十全であったときよりずっと、ずっと純度を増している。

 シヅキは溢れんばかりの圧力を感じ、首筋にはちりちりとした特有の感覚。第六感が危機を告げている。

 

 きっとこの男は、未だに戦いを、勝利を諦めていない。

 

「あのおっそろしい両手がないのは不幸中の幸い……か、なっ!」

 

『アァッ!!』

 

 瀕死であっても尚、身体能力ではシヅキよりも遥かに上。だが、少なくとも得物では明確に勝っている。此方は一対の蛇腹剣、だが相手は前腕の半ばまでしかない腕が唯一の加害手段。

 リーチに明確な差があり、なおかつ魔族(ニェラシェラ)は最早それしか振るえるものはない。足指は欠け、体幹はガタガタ────もし蹴りを繰り出せば、そのままバランスを失い転倒するだろう。

 それに、シヅキは格上を相手取るのは慣れている。赤き鮮烈なる死(レッドラッドデッド)を習得するまでは相対するすべての敵がシヅキより身体能力で勝る存在だったのだ。先ほどのように不意打ちでさえなければ、正面切って戦うことも不可能ではない。

 

 魔族(ニェラシェラ)はがむしゃらに腕を突き出し、肘を振るい、シヅキへ一撃を加えんと迫ってくる。だが、その動きは何れも見切れないほどではない。傷のせいで動きの速さが大きく減じているのだろう。

 シヅキは突き出された腕に沿うように剣を置き(・・)魔族(ニェラシェラ)のぼろぼろの腕に更なる傷を増やそうと試みる。

 相手の勢いを利用した隙の少ない攻撃。だが、見たところ腕が切れた様子はない。置き技では勢いが足りないのか、あるいは今のシヅキにはどうやっても体表には傷が付けられないほど強度に差があるのか。このままでは打倒するには些か厳しいものが────

 

「いづっ……!? 尻尾!? 忘れてた……!」

 

 右足の甲に鋭い痛みを感じ、シヅキは思わず足を浮かしそうになる。だが、右足はまるで地面に縫い付けられたように動かない。

 反射的に視線を向ければ、魔族(ニェラシェラ)の腰から伸びた黒い尾がシヅキの足の甲、その中心を貫いていた。

 じくじくとした痛みが走る。だが、そんなことはさして重要ではない。それよりも動きを封じられたことの方がよほど拙い。これでは彼我のリーチの差が活かせない。

 焦るシヅキ。だが無情にも、魔族(ニェラシェラ)の男は好機と見て至近で腕を振るい────

 

「舐っ……めんな! 〈血刃変性〉!!」

 

 蛇腹剣を曲刀に変え、左の刃で魔族(ニェラシェラ)の刺突を受け流す。同時に右の刃を逆手に持ち、魔族(ニェラシェラ)の喉へと刺突に近い斬撃を見舞う。

 厚みのあるゴムのような感触。全力を持って突き付けた刃は、僅かに数ミリほど食い込んだだけだ。────だが、僅かでも通ったのだ。つまり、これを繰り返せば殺せる。何も問題はない。

 

 魔族(ニェラシェラ)の男も自らが手傷を負わされたことに気付いたのだろう。一層攻勢を強め、まるで嵐のような怒涛の連撃を繰り出してくる。

 だがそれは、焦燥の裏返しに他ならない。未だ優位はシヅキにある。

 躱し、逸らし、流し────攻勢に移る隙はないが、問題はない。

 そうこうしている間に魔族(ニェラシェラ)ががくりと姿勢を崩す。それを見逃さず、再び全力で首に刃を叩き付ける。

 相手は満身創痍で、対するシヅキはほぼ無傷。故に、耐えてさえいれば自然と好機は訪れるのだ。

 

「ははっ……どうした上位存在! 足が震えてるよ!」

 

『アアァ……』

 

 外器(オーバーヴェセル)の残渣、高揚感の名残がシヅキに笑みを浮かばせる。だがその瞬間、魔族(ニェラシェラ)の動きが変わった。

 お互い立ったままの打ち合いでは勝ち目がないと悟ったのだろう。シヅキを押し倒し、寝技に持ち込もうと全力で突進を────

 

「それを待ってた!!」

 

 突き刺された右足を軸に身体を左へ転回、同時にぱちりと指を鳴らす(柄を指で打つ)。シヅキと魔族(ニェラシェラ)を隔てるように、二者の足元に赤い鎖が生じる。視覚を失っている魔族(ニェラシェラ)は、それに気付かず足を取られて転倒した。────丁度シヅキの眼前で、うつ伏せに。

 

『グッ!?』

 

「〈血刃変性〉! ────これで、終わり!!」

 

 最初の死亡時に〈生命転換〉は解除されている。そして生命転換のCT三倍化がなければ〈血刃変性〉のCTは10秒しかない。連続使用も容易だ。

 故にシヅキは両手の刃を組み合わせ、一振りの長大な斧を生成する。最も一撃の威力が高くなる形状。

 

 そして────魔族(ニェラシェラ)の頸へ、全身全霊を込めて振り下ろした。

 

──────────

Tips

『ダメージ計算』

 UGRにおいて、相手に与えるダメージはかなり複雑な計算でもって算出されている。

 当然攻撃の速度や質量なども計算には含まれており、だからこそただ形状を変えるだけで武器攻撃力は変化しない〈血刃変性〉でも実質的な威力を増すことが可能となるのだ。

──────────

 

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