痛苦と絶望のアングラゲーム ~凄惨たる死を想う少女の過激で危険な電脳遊戯~   作:兎乃葵

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◇第五十九話:ナイフでメッタ刺し

「はっ……はあっ…………」

 

 今のシヅキは以前のそれ(拘束椅子)とは異なり、長方形の台に仰向けに横たわる形で拘束されていた。両腕は真横に伸び、まるで横向きに張り付けになったような姿だ。

 台に横たわる形のため、背後──頭上の方にある扉から大男が入ってくる様子がしっかりと認識でき、それがシヅキの恐怖を強く煽る。

 息遣いは自然と荒くなり、鼓動は否応なしに高まってゆく。このまま行けば遠からず絶望的な痛苦がシヅキにもたらされる────その歓迎すべき事象が、今はこの上なく恐ろしい。

 

「あぁ……えぇと……。お、お手柔らかに……お願い……します…………」

 

『……』

 

 恐怖を紛らわそうと大男へ向けて声を掛けるが、当然返答は返ってこない。大男はのそりと部屋の中央にある台──シヅキの拘束されている寝台へ歩み寄り、シヅキの頭にそっと触れた。

 

「んひっ……」

 

 シヅキは恐怖に目を瞑るが、予想に反しいつまで待っても痛みはやってこない。代わりに感じたのは、顔──瞼に何か柔らかいものが触れる感覚。

 シヅキは恐る恐る目を開くが、何故か視界は闇に閉ざされたままだ。これはつまり────

 

「め、目隠し……?」

 

 これでは危害を加えられるにしてもタイミングが分からず、痛みに対して身構えることもできない。

 ……怖い、怖い、怖い。何をされるのか分からない、どこを狙われるのか分からない。それが恐ろしくてたまらない。

 未知という恐怖。暗闇という恐怖。既に張りつめていたシヅキの心は、ただの目隠し一つで破綻寸前にまで追い込まれる。

 

「はっ……! はぁっ……! ひぃっ……!」

 

 せめてもの抵抗として、大男の動きを聴覚で捉えようとする。だが、自身の荒い息遣いが、止めどない鼓動が邪魔で、外部の音を捉えられない。

 シヅキは大きく息を吐き、なんとか鼓動を落ち着かせようとして────その瞬間、大きな金属音が響いた。同時に左手の指先に振動が伝わり、シヅキは手の間近へ金槌が打ち付けられたのだと察した。

 

「ひぃぃっ!!」

 

 シヅキ自身には目隠し以外は何もされていない。それでも、その一撃でシヅキの心は恐怖に屈服した。

 引き攣ったような悲鳴をあげ、拘束から逃れようと無意味な抵抗を行う。ぎしぎしと拘束帯が軋み、唯一の情報源である聴覚は自らの心音に覆いつくされる。

 

 ぴたり。シヅキの右手の指に、何かちくちくとしたものが宛がわれた。それはまるで、鋸の刃のような────

 

「あ、あ、あっ! ご、ごめんなさい……調子に乗ってごめんなさい! ゆっ許して! 許してくださいぃ!!」

 

 最早シヅキに普段の余裕など欠片もない。大男へ向けて必死に謝罪と懇願を行い────当然のように無視される。

 だが、幸いにも宛がわれた鋸が引かれることはなく、そっと指から刃が離れた。

 

「ゔゔぅぅゔ……!」

 

 以前の拷問を想起させるようなフェイント。それだけで涙が溢れ、嗚咽が止まらなくなる。

 視覚は目隠しにより断たれ、聴覚も自らの出す音で満たされほとんど役には立たない。頼れるのは最早触覚だけしかなく、だからこそ何かが肌に触れるのがたまらなく恐ろしい。

 

「ぐすっ、ひぐっ……────ぁ?」

 

 シヅキの嗚咽は、不意に違和感を覚えたことによって中断されることとなった。

 感じた部位は腹部。もたらされたのは──灼熱。それに続いて、なにかで濡れたような(・・・・・・・)感覚が────

 

「あっ、あぁっ!? や゙っ、が、はっ……」

 

 腹部を刺されたのだとシヅキが気づいた直後、二度、三度と更なる追撃を受ける。腹膜内を刃が犯す、どうしようもない異物感。

 四度、五度、六度。内臓はずたずたになり、喉の奥から血の塊がせり上がってくる。腹部が傷付いたために、絶叫をあげて痛みを誤魔化すことすらできない。

 七度、八度、九度。

 

「お゙っ、ゔっ、ごぼっ…………」

 

 拷問としては本来ありえない、対象の生存を一切考慮していない(・・・・・・・・・・・・・・・)加害行為。腹部を滅多刺しにされ、シヅキは喘ぎにも似た水気の多い音を発し、急速に死に近づいてゆく。

 失血と激痛にシヅキの意識は混濁し、だらりと開いた口からは赤い血が垂れ落ちる。

 

 だが、これならまだマシ(・・・・)だ。死すら許されない拷問と比べればずっとずっと楽だ。朦朧としながらもシヅキの思考はそう結論付け、死という名の解放を待ち望む。

 

 ────口内に、何かが流し込まれる感覚。温い液体が迸り、喉の奥へと落ちていく。意識が急激に覚醒する。

 鈍った痛覚が戻り、腹部の灼熱がその規模を増し──しかし急速に収まっていく。

 

「あぇ……?」

 

 死の間近に迫った後遺症、今のシヅキのぼんやりとした頭では自身の身になにが起きたのか理解できない。だが、理解できないなりに思考を働かせようとして────腹部を再び襲う激痛に、強制的に考えを断ち切られた。

 

「ぎぁっ!?」

 

 視覚が塞がれているせいで、何が起きているのか把握することができない。

 分かっているのは自らが死の淵から戻っており、ずたずたに蹂躙されたはずの自身の腹部は今再び新鮮な痛みを伝えてくるということだけ。

 そこからなにかを導き出せる気もするが、絶え間ない激痛に襲われているシヅキには考えを練る余裕もない。

 

 ぞぷり、ぞぷり、ぞぷり。乱雑に腹部を耕され(・・・)、意識が混濁しては何かを口に注がれ(・・・・・・・・)強制的に死の淵から引き上げられる。

 

「ぉごっ……え゙っ…………ごぷっ」

 

 内臓を蹂躙され、意思とは無関係に身体が反応し胃液が逆流する。血の塊が気管に詰まり、呼吸が出来なくなっても加害行為は止まらない。

 たとえ呼吸困難によるダメージが加わったとしても、注がれるモノにより強制的に傷を癒される限り(・・・・・・・・・・・・)シヅキが死という安息に辿り着くことはない。

 

「や゙……ぇ、え゙ぇ…………」

 

 血に染まった口から、水気の多い濁った声で停止の嘆願が繰り出される。地獄の痛苦に苛まれながら、それでも自身の意思を示すことができたというのは驚嘆に値することだろう。

 だが、シヅキの腹部に短剣を振り下ろし続ける大男が動きを止めることはない。そもそも、この大男(機構)には他者の発言を受け取る機能など最初から存在していない(実装されていない)のだ。

 

「お゙っ……げ、ほっ、ぉぐっ……」

 

 ぞぷり、ぞぷり、ぞぷり。刃を振り下ろしては薬を注ぐ、その単純な反復が、回復薬の存在する世界においては死という安息すら許さない最低最悪の拷問として成立する。

 

 辛い、苦しい、痛い。自らが心から渇望している絶対的なまでの痛苦に曝されたシヅキの心にあるのは、そんな負の感情だけ。望みが叶った喜び、身を焼く歓喜などどこにもない。

 そんなシヅキが取った選択は────逃避。

 

「ん、ぐっ!!」

 

 反復の中で、回復され、一時的に鮮明な意識を取り戻すタイミング。その瞬間を狙い、シヅキは自らの舌を強く噛み締めた。

 舌を噛み切ることによる自殺。時代劇など、主にTVドラマなどで使われるその手法は、全身が拘束され身動きの取れないシヅキにとっては現状で唯一取れる自死の手段だ。

 舌に走る痛みも、腹部のものと比べればさしたることはない。

 この地獄の痛苦から逃れられる喜びに浸りつつ、失血による意識の混濁でシヅキは微睡の中に沈み────その口に回復薬が注がれ、何事もなく死の淵から引き上げられた。

 

 そう、実際には舌を噛み切ったところで即死などしない。

 ドラマと現実は違う。そして、UGRにおいて働いているのは現実の方に近しい物理法則なのだ。

 

「んぎっ! あ゙っ! たあ゙っ! だずげぇっ!」

 

 自らの思惑の失敗を悟り、シヅキは絶望するが────結局のところ、シヅキが絶望していようと、そうでなかろうと関係はない。シヅキの精神状態に関わらず拷問は今も続いており、これからも続くだけだ。

 

「あぇ、か……ごぉっ…………。ぁす……げぽっ…………け、ぇ……」

 

 完全に心が折れたシヅキは、ただただ他者からもたらされる救済を望み続ける。

 だが、その願いを聞き届ける者はどこにもいない。況や、救いの手を差し伸べる者も。

 

 結局この責め苦は、シヅキの喉が吐瀉物で完全に詰まり、回復薬が喉を通らなくなるまで実行され続けた。

 

 

    ◇◇◇

 

 三日後。シヅキはまるで何事もなかったかのようにスタート地点の牢屋の中に降り立った。ぐにぐにと伸びをした後は、剥き出しの腹部をしきりに擦っている。

 

「あ゙ぁ゙ぁ゙~~~……まだちょっと痛む気がする…………」

 

 仮想空間でのこととはいえ、受けた痛苦自体は現実のそれと相違ない。凄惨な拷問、そのあまりの痛苦に、ログアウト後に紫条皐月(・・・・)は精神の均衡を崩してしまい、正気を取り戻すまでに丸三日の期間を要していた。……そう、所詮は一般人であるはずの皐月が拷問のショックから立ち直るのに要した期間は、たったの三日なのだ。

 

 紫条皐月は痛苦を愛し、心から渇望している。……そして、痛苦を愛し、欲しているからと、その程度(・・・・)で受容できるようなものは痛苦とは呼ばないとも考えている。

 自ら痛苦を望んだ癖に、実際に直面したときには無様に取り乱し、逃避を試み、挙句の果てには心が軋み罅割れる。ああそうだ、それでこそ、絶望的な痛苦と言えるだろう────

 

 自らの破綻をすら厭わない、常軌を逸した思考回路。それこそが、凄惨な拷問から僅か三日で立ち直ることを可能としたのだ。

 

「……流石にアレは死亡扱いだと思うんだけど、その割には宿じゃなくてここがスタートなんだなぁ。攫われるときに眠らされてた扱いっぽいし、そこでリスポーン地点の更新が入った……っていうことかな?」

 

 先日ログアウトした際はシヅキはほとんど気を違えていたため、周囲の状況などは認識していなかった。その状況でログアウトができただけ奇跡のような気もするが、まぁそれはいいだろう。

 だが、ログアウトが行える──それはつまり、この場所、クエストスタート地点の牢屋はリスポーン地点の一つとして扱われているということに他ならない。

 専用のマップを用いて行われるクエストだからということなのだろうが、一度ログアウトしてもすぐに続きからできるというのはシヅキとしてもありがたい。

 

「……そういえば装備は取り戻したまま……? 手錠も復活してないし……前は捕まったら復活してたよね? うーん……拷問で死んだから拘束のし直しとかはされてない、とか……?」

 

 そもそも作中視点ではプレイヤーの行うリスポーンはどのような認識となっているのだろうか。シヅキはUGRの世界観にはまるで詳しくないので、その辺りはあまり分かっていない。

 

「ま、手間が減ったわけだし……別にいっか。さ、最後の資料と首輪の鍵を探しにいこー!」

 

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Tips

『UGR内の加害行為』

 フェイタリティフェーズやお仕置きモードなど、UGRにおける"度を超えた"加害行為は全てAIによって製作が行われている。

 倫理コードを解除され、そういうものを好む(・・・・・・・・・)性格付けが成されたAIが作るシチュエーションはいずれも残忍で凄惨なものとなっており、後に引く障害が起きる可能性などもほとんど考慮していない。

 だが、製作者が後から設定した痛覚反映度の制限解除(骨折の激痛を最初に体感させる)コマンドの貢献もあり今のところ(・・・・)事故死したプレイヤーは存在していない……とされている。

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