痛苦と絶望のアングラゲーム ~凄惨たる死を想う少女の過激で危険な電脳遊戯~   作:兎乃葵

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第六十四話:黒き侵略者『第六肢の眷属』(後編)

「制限時間はわたしが死ぬまで(約50秒間)! ぶっつけ本番、さて、どれだけできるかな……?」

 

 第六肢の眷属から距離を取る。それはつまり、眷属がシヅキの刃圏から外に逃れるということ。そうである限りはHPを補充出来ず、迫る死の刻限を遠ざける術を失うこととなる。

 回復量減少効果を絶え間ない連撃で強引に踏み越え充填し続けていたが故に、シヅキのHPは現在ほぼ全快。タイムリミットは凡そ50秒。

 今からやろうとしていることを考えれば随分と心許ない数字だが、勝利を掴むために命を賭ける程度、シヅキにとっては至極当然のこと。

 

 ……ああ、そうだ、全力で勝利を狙う心を持って、初めて敗北は至上の美味と化すのだ。自ら身を(なげう)ち、流れに従ってただ与えられるだけの敗北など、まったくもってなっていない(・・・・・・)

 本気で、全力で敵へと挑み、しかし僅かに力及ばずに敗れ、人としての尊厳を凌辱され、嬲られ、甚振られ、惨めな死を与えられる。それこそが最も、最も尊き痛苦。愛おしく甘美なるモノ。

 

 敗者の持つ全ては勝者へ権利が委ねられるべきものであり、その中には当然命も含まれている。故にシヅキは勝利のため、命を賭けることに一切の躊躇を持たない。

 どうせ負ければ失うものだ、温存する意味はどこにもない────

 

「なーんて、今考えることじゃあないなぁ。よっ……と。ふむ、このへんかな?」

 

 宙を駆け、シヅキは眷属から9mほど離れた位置へと着地する。そこは第六肢の眷属の巨大な体躯をもってしても手の届かない距離。

 未だ召喚地点から動かない眷属は、悠然と佇みながらも時折地面から突き出す触手でシヅキを狙う。だが、本体の攻撃は届かず、シヅキの攻撃に伴う飛沫も無い今、そんなものはさしたる脅威ではない。

 シヅキは軽く横に跳び、悠々と触手柱を回避した。即座に〈血刃変性〉を使用、蜥蜴丸とふぉーるんを組み合わせ、2m超の長大な蛇腹剣を生成した。

 

「さて……両手剣は久しぶりだけど、上手くできるかな? ……ま、わたしなら問題ないか」

 

 身の丈を優に超える大直剣を両手に構え、シヅキはぐるりと身を翻す。分割され、じゃらりと垂れた刀身が、回転の勢いを受けて水平の斬撃を空に描き────

 

「〈血の刃〉」

 

 シヅキの宣言に合わせて刃の軌跡をなぞるように、特大サイズの深紅の斬撃、不可視のものも合わせ、合計十六(・・)の刃が連なった飛刃が生み出される。

 

「〈血の刃〉」

 

 ぐるり。転回の勢いを減らさず、シヅキはもう一度刃を振るう。軌道は同じ、しかし高さだけが違う。思考発動により血の鎖を床面の真上に生成、回りながら一歩だけ前進、器用に血色の鎖の上へ。

 先に生じた深紅の刃、それと足並みを合わせるようにもう一層の刃が生じる。

 

「〈血の刃〉──」

 

 ぐるり。まるで円舞曲(ワルツ)を踊るよう、赤い階段を登りながらも血色の刃を重ねゆく。

 

「〈血の刃〉──」

 

 ぐるり。剣が舞踏の相手役(パートナー)。独りよがりなダンスであっても無機物ならば支障はない。

 

「〈血の刃〉──」

 

 ぐるり。ぐるり。少女の歩みは揺らがない。突き出す触手は容易く躱されダンスを彩る演出と化す。

 

 ぐるり。ぐるり。ぐるり。シヅキは無我夢中で剣を振り続け────

 

「くぁはっ────狙いどーり!」

 

 気付けばその眼前には、巨大な深紅の壁ができていた。

 ……否、これは血の刃が縦に重なって(・・・・・・・・・・)生じたものだ。血の刃はそのサイズに比例して弾速が減少する特性がある。その最低速はシヅキが歩くより遅く、故に技術さえあれば先に撃った刃に合わせてもう一つ刃を作り出すこともできる。

 シヅキが行ったのはその応用。血の鎖で作った階段を一段ずつ登りながら特大血の刃を放つことで、血の刃による壁を作った────線の攻撃を束ね、疑似的な面攻撃としたのだ。

 

 発話と動作、思考の各種発動方法を同時に行い生成されたそれは、一つ一つが十六発分の威力を持ち、なおかつ『ふぉーるん』の聖属性をも宿している。

 広範囲・超威力の聖属性面攻撃。まさにシヅキが求めていた攻撃手段だ。これならば、触れる端から第六肢の眷属の肉体を消滅させ、果てはその核にまで届くことだろう。

 

「……いやぁ、壮観だねぇ。こんなの動かないボス相手じゃなかったら到底できなかったよ」

 

 今や眷属の姿は血色の壁に覆い隠されシヅキからは確認することができない。だが、武人系エネミーでもあるまいに、まさかこれに対応できるはずもないだろう。シヅキはにやりと笑みを浮かべ────顔面から血を垂れ流し、その場に崩れ落ちた。

 

「ぁ、えっ……?」

 

 間もなくして現れた白い花がシヅキを包み込み、中から傷一つないシヅキが現れた。……そう、赤き鮮烈なる死(レッドラッドデッド)のスリップダメージによりHPが底を尽き、〈リィンカーネーション〉によって復活したのだ。

 

「……?」

 

 神殿の床に仰向けに横になっているシヅキはぱちりと目を開け、何が起きたのかわからないといったような不思議そうな顔を浮かべた。

 少しの時間を空け、シヅキは寝転がったままぽんと手を打ち合わす。

 

「……あぁ~、スリップダメージで死んだのね、なるほど……。そっか、そりゃあHP補充せずにいたんだからそうもな────ぁ」

 

 悠長に寝転がるシヅキの身体、その中心を黒い触手の柱が貫き屹立する。身を焼き焦がす莫大な快楽の奔流に、シヅキの意識は容易く押し潰された。

 

 

    ◇◇◇

 

「うぅん……冷たい…………はっ!?」

 

 神殿を揺らす轟音に、シヅキははっと目を覚ました。……なんだか下腹部の辺りに違和感を感じる。

 

「……? あっ、そういう…………。うわっ恥ずかしっ、一撃で気をやっちゃうなんて……」

 

 違和感の源に目を向けると、肌色の肉の床、その窪みにできた謎の水溜まりがあった。どうやらシヅキは、そこに臀部を浸けるような恰好で横になっていたらしい。それは冷える訳だ。

 

「……うぇ~、ショーツがぐしょぐしょだぁ。…………人いないし、前垂れもあるし……よし、脱いじゃおっと」

 

 シヅキは腰で結ばれた紐を解き、濡れたボトムスを脱ぎ払った。下腹部を覆う布はこれ一枚だ。当然ながらそれを脱げば局部を露出することになるが、血纏いの舞踏衣には黒い前垂れがある。

 それにここには誰もいない、今のところは脱いでしまっても問題はないだろう。

 

 顔を顰めながらもシヅキは起き上がり、自身の身体の検分を始めた。気絶する直前には胴体を触手に貫かれていたはずだが、どう見ても液化しているようには思えない。液化したはずの部位が治っている、それが意味するところは────

 

「眷属の姿が見えない……。これは…………無事倒せた、ってことでいいのかな?」

 

 血の刃を連ねたあの攻撃によって、第六肢の眷属は核ごと一撃で撃破できたということだろうか。

 シヅキがメニューを開いて確認すると、得た覚えのないアイテムがインベントリに存在していた。これはきっと、眷属のドロップアイテムだ。

 第六肢の眷属は倒れ、それに伴いシヅキに掛かっていた液化も解除された。おそらくはそういうことなのだろう。

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

世界災厄の黒色因子(劣化)

特殊アイテム

効果:身に宿す紫色権能を歪め、貶め、黒色に変ずる。

※使用すると習得している外器(オーバーヴェセル)及び絶対法則(オーバールール)が消滅し、該当スキルの内容に応じた専用の簒奪黒衣(劣化)スキルに置換されます

※劣化していない因子を入手し追加で使用した場合、簒奪黒衣の性能が改めて変更されます

※一度使用すると元に戻すことはできません

 

所持数:1

 

トレード不能

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「えぇ……? なにこれ……」

 

 ドロップアイテムは使用するタイプのもののようだが、その説明文には明らかに異様な内容が書かれていた。

 

外器(オーバーヴェセル)消滅……デメリットがヤバすぎる気がするんだけど……。黒色に変ずるって……つまりアレ(眷属)みたくなるってことでしょ? どう考えても人類の敵ルートじゃーん」

 

 効果としては外器(オーバーヴェセル)……シヅキで言えば赤き鮮烈なる死(レッドラッドデッド)が専用の別スキルに変更されるというものらしいが、『一度使用すると元に戻すことができない』という記述は、シヅキに二の足を踏ませるのに十分な圧力を有している。

 そもそも、シヅキは今の自身のビルドを気に入っているのだ。変動後がどうなるのかもわからない以上、少なくとも今すぐ使用するという選択肢はありえない。というか、使用を考えるにしてもまずは劣化でないものを入手してからにすべきだろう。

 

 シヅキはこのアイテムをインベントリの肥やしにすることを決め、そのままメニューを閉じた。

 

「眷属戦で得た実質的な収穫はEXPだけかぁ。倒した瞬間見れてないのもあって、どうにも達成感がないなぁ。……さーて、で、どうしたもんかな。もう帰っていいの?これ。……とは言っても、帰り道とか全然分かんないけど」

 

 十個のクエスト目標は全て達した。最早やり残したことはないはずだが、そもそもシヅキは誘拐されてこのマップへと来ることになったため、帰り道どころかこの建物の出入り口すら把握していない。

 だが、少なくともこの神殿に通用口があるということはないだろう。とりあえずは神殿から出ようとシヅキが踵を返すと、ちょうどそのタイミングで、神殿の入り口付近に人影が現れた。

 咄嗟に身構えるシヅキ。しかし、現れた人物────青髪の店主は無警戒に神殿へと踏み入り、辺りを見渡しながらのんびりと喋り出した。

 

『随分派手にやったものだねぇ。まさか、あれの先兵を呼び出すとは……。眷属とはいえ、相当に苦戦しただろう』

 

「あれ? 店主さん? なんでここに……」

 

『何故って、きみを助けに来たんだよ。忌まわしき黒色の気配がしたからね。それなりに急いで駆け付けたんだが……どうやら、私の出る幕はなかったらしい。うん、中々やるじゃないか。褒めてあげよう』

 

「ふぅん……」

 

 彼女が言っていることはシヅキにも理解できた。自身が投げた依頼の状況が怪しくなったため救助に駆け付けるというのは、純然たる善意の行動だろう。

 だが、それはそれとしてシヅキは店主に対して少し腹が立った。強キャラ……絶対者(ヅラ)をして上から目線で褒められるというのは、シヅキのような自己評価(プライド)の高い人物にとって、達成感に水を差す不快な行いに他ならない。

 

「……あ、そっか。もしかしてここなら行けちゃう?」

 

 ふと、シヅキの心に魔が差した。UGRにおいて、街中では基本的にNPCを含めた他人に危害を加えることはできない。────だが、この場は先ほどまでは紛れもなく戦闘が行われていた場なのだ。

 ここでなら、あの気取った顔を歪ませることも不可能ではないのではないだろうか。

 

『しかしこの残渣……黒蝕体、それも九の罪過を冠するモノの眷属とは。随分苦労したろう? 災難だったね。なに、その分報酬には色をつけてあげ────』

 

「おりゃあ!」

 

 シヅキは青髪の店主へ手を伸ばし────その薄い胸を覆う衣服の中へ、全力で両手を突っ込んだ。

 

「ふむ、ふむ……わたしと同じくらい? なんて揉み甲斐のない……」

 

『────きみはなにをしているんだい?』

 

 自らの胸を揉みしだく両手に、青髪の店主はちらりと目を向けた。その目には如何なる感情も見えてこない。

 

「あ、反応あるんだ……。これは……そう、眷属のせいだよ。……いやぁ、前々から顔も身体も綺麗だなーって思ってたんだよねぇ」

 

『……ふむ。まぁ、色冠鳥の真似もいい加減飽きてきたところだ。ここなら多少羽目を外しても問題はない、たまにはきみたち(・・・・)の話に乗ってあげようじゃないか。……それに、眷属のせい、というのもあながち間違いじゃあないようだしね』

 

 その瞬間、店主の目つきが変わる。先ほどまでの全てを俯瞰するような感情の見えない瞳は跡形もなく、そこにあるのは、まるで好奇の色を孕んだ一人の人間のような目で────

 

「シッカンチョウ? なに? なんの話?」

 

『きみが戦ったのは、たぶん第六肢の先兵だろう。遊蕩の肢であるあれの眷属から干渉を受けたのなら、発情してしまうのもある程度は仕方のないことだ。……ほら、私が鎮めてあげよう。こういうのは慣れているからね』

 

 青髪の店主はシヅキの疑問には答えず、自らの腰に回されたシヅキの手首を取ると、軽く力を込めた。それだけで、シヅキはくるりと床に組み伏せられてしまう。

 

「わっ、ちょ、ちょっと待っ────」

 

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Tips

『黒蝕体』

 漆黒の肉体を持つ特異な生物群の総称。触れた生物を融解・変質・同化させる異常な性質を持つ。

 その姿形は野生動物のような小型のものから『第六肢の眷属』のような大型のものまで様々。敵としての脅威度はおおむねそのサイズに比例する。

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