転生TS吸血鬼さんは灰になりたい   作:銀髪幼女

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第五話 私と私

「ヨルン様!!

 こっちです!!」

「いや、もういいよ。

 まずは落ち着こう?」

 

 私がそういうと、レインがハッとした顔をして「わかりました」と恭しく一礼した。

 

 私の名ははヨルン。始まりの吸血鬼として三十万を超える吸血鬼たちを統べる、吸血鬼の王だ。

 最恐だと思われているらしいが、私の中身はどこにでもいるジャパニーズで怠惰なハイスクールチルドレンだ。

 

 自分のことすらまともに自分でできないし、朝だってとことん弱い。

 それこそ、そのせいで単位を落としかけるくらいには起きるのが遅い。

 

 そんな、レインとユキにだけ見せるその姿が私の素だとしたら、きっと参謀のレーゲンを含めて、他の吸血鬼たちの前に出る時の私はいわゆる女王ロールプレイというやつをしているのだろう。

 

 私には三人の幹部がいる、らしい。

 レイン、ユキ、そしてレーゲン。もっとも私がそれを言ったことはなく、彼らが勝手に名乗っているだけだが。

 

 一人目は被虐のレイン、私の最初の部下(を自称している)だ。

 二人目は幻惑のユキ、私の血を吸ったとかで私の特別な存在(を自称している)だ。

 そして謀略のレーゲン、彼は三人の中でも特異的な存在で、彼だけは唯一昇進という形でこの地位まで登ってきた。

 

 私はこの組織を軍隊にするつもりはないし、別にいつ解体してもいいと思っているが、それでは私や三十万の吸血鬼たちのために働いてくれたあの三人が浮かばれない。

 特にレーゲンは、ほかの二人と違って精力的に働いてくれているのだ。その期待を裏切るわけにはいかないだろう。

 

 レインが、こんな功績を上げましたと、昇進させてくださいと、私のもとにレーゲンを連れてきたときに、あまりにもしつこかったから吸血鬼たちを集めて大体的に昇進式を行ったりしたのだ。

 

 まあその功績には興味がなかったからほとんど聞いてなかったが。

 

 昇進式といえど、端的に言えば担当する部署を与えて、それを私の権限から外す代わりにお前が全部仕切っていいよという命令の儀式だ。

 ただし何をするかは事前に報告することという条件付きでだけど。

 

 そんなことから彼は部下からの信頼が一番厚い。

 そんな彼も、私の幹部(を自称している)だ。

 

 彼らにはそれぞれ役割があり、その上でそれにあった吸血鬼たちを彼らの部隊につかせている。

 

 レインはお食事係。

 お食事刈りのほうがあっているが、魔物から血液を採り、三十万の吸血鬼たちのごはんを取ってくる係だ。

 

 ユキはかわいいから私のお世話係。部隊は静かな女の子吸血鬼たちを組ませてもらっている。

 

 レーゲンは参謀。

 もともとはレインの部隊の尖兵としてお食事係をしていたが、あまりにも戦闘力がなかったことから自ら『こうしましょう、ああしましょう』というだけの参謀という立ち位置を志望した。らしい。

 

 演説であったり、レーゲンみたく特別に昇進を言い渡す時、会議の時であったり、そういうときの私は女王を演じているのだ。

 

『よかろう』とか、『任せよう』とか。

 偉そうにしていればいいのだから、別段それが苦痛というわけでもない。

 

 むしろレインたちに自分が治癒魔術しか使えない弱い吸血鬼だと思われないために自分を強く見せている時の方が何倍も苦痛だ。

 

 本当は弱いのに無理に強がって自分を大きく見せている時の自分はなんとも惨めだ。

 前世の自分は中途半端に勉強ができた人間だったから自分を大きく見せるなんてことしなくともよかった。

 実際成績は良かったし。高校までは。

 

 だが今は違う、日本で言うところの弱者が自分だ。

 私は弱者を自覚している。誰にも勝てないどうしようもない雑魚だと自覚している。

 だから常に思っているのだ、そんな弱者で雑魚のどうしようもないヤツを神様とまで崇めているこの吸血鬼たちは大丈夫なのかな、と。

 

 結論だめだった。

 

 吸血鬼たちじゃない、私がだめだった。

 こんなにも強い吸血鬼たちを雑魚である私が従えて良いわけがなかった。

 彼らは私の身に余った。余ったものが今回の騒動を引き起こした。

 いつか、きっとこの取り繕った女王の仮面も剥がれ落ちて、本当の私が三十万人に露呈して、最後には吸血鬼にすら殺されてしまうんだ。

 

 なら、いっそ、もう終わりにしよう。

 

 私はもう二千年も生きた。

 それで十分じゃないか。

 二千年、吸血鬼たちが何年生きるのか知らないが、元が日本人の私的には大往生もいいところだ。20倍も生きてるわけだし。時間間隔は無しとして。

 天寿を全うした、私に残されたことなんて何もありやしない。

 

「よし、覚悟ができた。

 レイ、私が行くから、レイはこの辺りの吸血鬼を集めておいて」

「だめですヨルン様……。

 ヨルン様のお手を煩わせるわけにはいきません」

 

 ……ん?

 

「レイ、私じゃ、君たちをうまくまとめられなかったんだよ」

「……僕たちじゃ力不足で、ヨルン様のお手を煩わせてばかりで……。

 きっと、ヨルン様が出ていればもっと簡単に済んだことだって何度もありました」

「……ん?」

「ですがヨルン様、僕は必ず、必ずあなたのお役に立って見せます、だからどうか、僕に行かせてください……!!」

 

 私の意図がうまく伝わっていないような気がする。

 しかし、今までこんなにやる気に満ちたレインがいただろうか。いやいない。

 白い頬を紅潮させて、玉座の間に向かう足取りが軽やかだ。なにか、ただならぬ決意を感じる。

 

 強いて言うなら、告白前の高校生みたいな。

 

 ……これなら、なんとかなりそうだ。

 私の最後に、ふさわしいだろう。

 やる気に満ちた部下と大勢の討伐隊。

 

 部下をかばい死ぬことで、私がいなくなった後に残された吸血鬼たちを守ることすら可能になるのだ。

 

 これから私は女王としての私になる。この扉を開ければ、私は女王になる。

 まずは一回落ち着くんだ。これから私は、レインたちに説明するんだ。

 今日をもって、私は始まりの吸血鬼の座を退くのだと。

 人間たちに引き渡されて、そして処刑されるのだと。

 それで、ここにいる三十万人の吸血鬼が何もないまま無事に生きていけるのなら、私は始まりの吸血鬼としてそういう終わり方でもよかったんじゃないかって思う。

 

 一回深呼吸をしよう。

 

 そうだ、覚悟はできている。

 

 ――いや、できてない、嫌だ、嫌だ。

 痛いのは嫌だ、死にたくない怖い。

 

 魔物の死に方って、どんなのだっけ。

 前世の知識がどこまでいかされるのかわからないし、そもそも覚えてないけど、でも痛がってたことは覚えている。

 ユキに噛まれたときだって、鈍い痛みが体に広がっていたのを覚えている。

 

 死にたくはない。だが、勝てるわけもない。

 戦いにすらならないのだ。10万の部隊をわざわざ編制して送り込むくらいだ。精鋭を集めているに違いない。勝ち目など、あるわけがないのだ。

 

 レインが横にずれる。

 私は扉びに手をかけ、そして、ゆっくりと開けていく。

 

 埃の臭いがあたりに広がる。

 玉座の間。そこには、ユキとレーゲン、それと、彼らについてまわる部隊の吸血鬼たちがいた。

 

 

 やや明るめの部屋で、重く暗い雰囲気が流れている。

 壁は煤け、ひび割れている。

 高い天井には豪華なシャンデリアのような物が、光を失ってただそこにあるだけになってしまっていた。

 付近にある窓から差し込む光が、この部屋が埃にまみれていることを伝えている。

 

 ここにくるのはいつぶりだろうか。

 

 私は普段、この場所には来ない。

 形だけの女王で、会議の時くらいしかここに来ないのだ。

 

 この場にいる全員が重苦しい顔をしていた。

 それもそうだろう、だって人間が攻めてきたんだ。

 

 自分たちの命が危ないという状況であかるくなるやつなんていない。

 いたら見てみたい。

 

 私は、もう一度、私の自称幹部たちの顔をゆっくりと等分に見た。

 

 これは、私の指示を待っているのだろうか。

 私の指示?

 

 私は死にたくない、それはこの場にいるみんなも、討伐に来た人間たちも、誰しもがそうだろう。

 けれども、それがもし彼らに見えてしまったら、もし私の威厳が失われてしまったら。

 そう考えると、正直な私の意見を言ってはいけないような気がしてくる。

 彼らが望んでいる言葉は、私の弱音ではない。

 

 私の身を守れて、かつ攻めてきた人間たちを追い返せる。

 それでいて誰も傷つけずに、二度と彼らが攻めてこないようにする、そんな最高な指示を出さなければいけない。

 

 だめだ、ゲームの中なら最適解の選択肢なんて簡単に選べるのに、いざこの状況になって見ると頭が真っ白で何も考えられなくなる。

 

 私が変な指示を出して、ただでさえ少ない戦闘に向いている武闘派の吸血鬼を無駄死にさせるくらいなら、ここは専門家に任せるべきなのかもしれない。

 

「レーゲン、これは一体どういうことだ?」

「……はっ!!

 申し上げにくいのですが、わたくしどもも、なにがなんだかわかっていない状況にございます」

「そうか、では

 貴様ならこの局面をどう乗り切るか、聞こうじゃないか」

「ッは!!

 私なら、この場でヨルン様を守る形で籠城し戦力を集中させ、やってきた敵の殿のみ打ち取ることに全力を注いでまいります」

 

 いや、殺しちゃいけないんだよ。

 それをしたら本当に私たちが危険な存在だと思われて、今度は全精力を投下してくるかもしれない。

 

 追い返す意見の方も一応それとなく聞いておこう。

 

「……そうか。

 追い返す、という考えには至らなかったのか?」

「それは……。

 追い返す術がなかった故に……」

 

 追い返す術がなかった?

 そんな、それじゃあ詰んでるじゃないか。

 

「そもそも、ここに兵を集めたのは、敵勢力が圧倒的な力と数で攻め入ってきたからです。都市に住んでいた同胞たちは、もう……」

 

 そうつぶやいたレーゲンは沈痛そうな表情でうつむいた。

 沈痛といっても、彼は黒いローブをまとい、同色の仮面をつけているからその声色からしか感情が読めないわけだが。

 都市の吸血鬼が、もう手遅れ……。

 そんなこと考えたくなかった。知りたくもなかった。

 

「都市の吸血鬼たちは、敵の魔術師が放ったであろう何らかの魔法によりみな瀕死か、既に手遅れであるかと思われます故に、」

 

 レーゲンが言う。

 ここで戦わない選択をとっても懸命な判断にはならないし、ましてや追い返してはそれでも王か!! と言われてしまうだろう。

 

 どうすれば……。

 

 ――そうだ、テレポートの魔術を敷いて、城のそばまで送り返せばいいんだ。

 私は天才か?

 それなら城のそばだから、また入ってきたら戦闘せざるを得ないが、来なければそのまま放置して夜中に見回りにでも行けば何とかなる。

 殿を追い返せば、指揮を失った軍勢は一旦引くだろう。

 

 それに、よく考えたら私が唯一使える魔法は治癒魔術だ。

 もしかしたら、瀕死の吸血鬼くらいなら治癒できるかもしれない。

 

「……同胞たちなら心配いらん。私の治癒で何とかしよう」

「ヨルン様……」

「それと、みなに次ぐ!!

 本日の作戦は、テレポートによる城付近への送り返しだ!!丁重にお帰りいただくよう努めよ!!

 私は人間の来訪者を認めない!!」

「ッは!!!!」

 

 レイン、ユキ、レーゲン、そして他の吸血鬼たちが一斉に返事をした。

 

「ではレーゲン、それからの指示は君に一任しよう」

「任されました、ヨルン様」

 

 しかし怖い、どうしよう。怖い。

 女王ロールであれだけかっこつけておいて、顔が上がらないくらいに怖い。

 もう誰も何も見たくない。

 ずっと下を向いておこう、終わるまで、震えているのができれば誰にもばれないように――。

 

「ようやく、ようやく辿り着いた……!!

 お前が始まりの吸血鬼だな……?」

 

 ――は?

 いつ開いたんだ、あの重い扉が、一体いつ開いたっていうんだ。

 準備に取り掛かる吸血鬼たち騒がしいから、足音すら聞こえなかったんだ。

 最悪だ、心の準備ができていない。

 震えが最高潮だ。

 

 来てしまった。

 人間十万人の長が。

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