第七話
誰だよこんなスプラッタな祭りを考えたやつは。
思わずそう叫びたくなった。
「うおおおぉぉぉおおお!!」
私が巨大なヨルン石造に謎の赤い液体(中身が何かは考えたくもない)をぶちまけると、それを見ていた他の吸血鬼たちから歓声が上がった。
そのさらに奥では謎の巨大な鍋に入れられた赤い液体に身を浸ける半裸の吸血鬼たちが。わちゃわちゃと談笑に耽りながら他人事のようにこちらを眺めている。
懐かしい。故郷を思い出す。日本にもあったよね、ワイン風呂。にしてはちょっと色がブラッドすぎるけど。
「——ほらヨルン様、こっち!」
とか思いながら祭祀みたいな人に血の入ったグラスを手渡すと、レインがひょいと私の前に顔を出す。
「祭りが始まるまで、街の様子を見て回りませんか?」
「えー……」
そう嬉々として私の手を取ろうとするレインに渋々ついていく。
街は相変わらず荒廃した都市そのもので、廃墟に吸血鬼たちが住みついているといった状況だった。
いわれるがままレインの跡を追う。
と、そこにはいつできたのか不明の謎の公園があった。
公園というより、牧場のような……?
そう思っていると、その公園の管理者を自称する髭面の見るからに胡散臭い吸血鬼が中から現れる。
「これはこれはレイン殿……!! と、そちらの方はまさか、」
彼は私の顔を見るなり絶句し、手にしていた謎の赤い液体を足元にびっしゃーんとこぼした。
「ヨルン様じゃありませんか……!? 滅多に城から出ないでおられるあなた様が、一体どのようなご用件を……!?」
慌てた様子でまくしたてる髭面の吸血鬼をレインが窘める。
「勇者侵攻を退けた祝いに祭りをやるんだ。ヨルン様は今夜の祭りのために都市内を見回ってる」
「なるほど、そうでございましたか……! は、申し遅れました、わたくしはセバ・ス。レーゲン様にこちらの魔獣牧場の管理を任されました、一介の吸血鬼にございます……」
知らないうちに話が進む。
どうやら私は今、今夜の祭りのために都市内を下見に回っているらしい。
そもそも祭りが開かれていることも最近知ったし、それが今日開かれることもついさっき知ったのに。
「が、がんばってて偉いね」
何をしてるのかわからないけど、とりあえず適当に褒めておこう。
褒めてやらねば伸びないと大昔の偉い人が言っていたはずだし。
「は、お褒めにあずかり光栄にございます……。時にヨルン様、こちらの牧場で取れた魔獣の血はいかがです? 今しがた採取したものでして、流通しているどの血よりも美味である自負がございますが」
「バス、そこらへんにしておけ。ヨルン様がそんな下賤な血を飲むわけがないだろう?」
何言ってるのこの子。っていうかやっぱり牧場だったんだ、これ。
奥の建物はそのための物か。魔獣なんて気性の荒い生き物良く飼えるな。いや、吸血鬼からすれば下等種なのか。
人間が牛や豚を家畜化するのと同じような物かもしれない。
「いや、いいよレイン。せっかくだから飲んでいこう」
「は!? 何を言ってるんですかヨルン様!? 高潔な血に飲みなれているヨルン様が魔獣ら下等生物の血、生臭くて飲めたものじゃないですよ!?」
「え、いいよ。くれるって言ってるんだから貰おうよ。えっと、セバスさんだっけ、その魔獣の血お願いできる?」
いうと、セバスが恭しく一礼をし、奥の魔獣小屋に小走りでかけていった。
「本気ですかヨルン様……!? ここの魔獣の血は都市に住む平民が普段飲んでいる庶民のための物ですよ!?」
「……じゃあ私はいつも何を飲んでるの?」
レインが気まずそうな顔をする。
「それは、ほら。とても高潔な、庶民には到底手の出せない高級な血で、」
「へ、へぇ……」
「……」
あくまで無言を貫くつもりらしい。まあ、何の血かなんて聞きたくもないけれど。
どうせろくなことにならないし。
言い争っていると、奥から大量の赤い液体を持ったセバスが出てきた。
「ヨルン様、お持ちいたしましたぞ!」
そして、絶句した。
「ワイングラス……?」
セバスが抱えていた編みこみの笊の上には、私たちのよく知るワイングラスと、それに注がれた赤い液体もとい魔獣の血があった。
それはまるで高級店のドリンクとして出てくるような、絢爛豪華な物だった。
すごい。私の知らない間に吸血鬼たちの文明レベルが上がっている。
なのにあんな原始的な祭りやってるんだ。不思議でしょうがない。
「ささ、どうか一口」
セ・バスに促されるまま、グラスに口を付ける。そして、息を吸うのと同時に一口、注がれた血を口に含んだ。
その刹那、ツンと獣の匂いが鼻を突き抜け、濃厚な血が舌に絡みつく。
まるでラードを溶かした液体を直接飲んでいるかのようだった。
「こちら血はA級のベヒーモス、近づけば、並の魔族でも太刀打ちできない獰猛な魔獣から取れた物にございます。濃厚でしょう? 血に含まれる魔力量は、個体が強くなればなるほど多く、そして濃くなりますから」
セ・バスが誇らしげに言う。
だが確かに、レインの言う通り、城でたまに出される血に比べると少し生臭い。
飲めないとまでは言わないけれど、好き好んでは飲みたくない味だ。
「……」
「レイン様もいかがです?」
反応に困っていると、今度はレインに進め出した。
が、
「僕は魔獣の血など飲まない、もし僕に何か献上したいのなら、赤竜の血でも持ってくるんだな」
と不遜に言い放っていた。
セバスはそれを慣れたもののように適当にあしらい、丁度飲み干したグラスを私の手から取り、家畜小屋の奥に消えていった。
祭りが始まるのは、吸血鬼が活発になる夜だ。
私の手を引くレインについていく。
観ない間に、街がものすごく発展していた。吸血鬼の数も増えたし、商店街なんかもある。
だが、相変わらず建物はひび割れていたり、一部倒壊していたりと酷いありさまだった。
確か吸血鬼はもともと群れず単独行動を好むんだったか。彼らにしてみれば家など寝れればいいのかもしれないけれど、現代日本人的価値観で生きている私的にはちょっと酷いと思う。
いつかどうにかしなきゃな。
でもどうやって?
私は考えるのをやめた。あの子たちが楽しそうにしてれば別に何でもいいや。
***
街を巡っていると、いつの間にか日が暮れていた。城前の広間に集まる吸血鬼の数も増え、昼間のそれに比べて数倍はうるさい。もといにぎやかだった。
しかし、勇者の剣で灰になった吸血鬼たちはどこに行ったのだろう。
まさか風に飛ばされたとかじゃないよな。
寒気がした。これは季節的な物だ。冬も近いし、きっとそうに違いない。
レインは、待っててください! と城門前で私を置き去りにした。ユキとレーゲンは何やら別の作業をしているらしい。
……思えば、暇だな。テレビもスマホもゲームもない。深夜ラジオも無ければ、コンビニもカラオケも。この世界には何もない。
すこし外に出て人と話すと、彼らと別れた後のこの時間が寂しい。城に居ても大体は寝てるか、何故か布団に潜り込んでいるユキと戯れているかだけど。
思えばそうだ。城にいて、暇を感じたことが無い。
いつもユキかレインが傍にいて、何かと世話を焼いてくれる。
そうか、私は彼女たちに救われていたのか。そう思うと、なぜかありがたく思えてくる。勇者がやってきたのも祭りに出席させられているのも、レインとユキが部下をめちゃくちゃ増やしたからだというのに。もしかしたらそれも、悪くないのかもしれないな。
「——ヨルン様」
そんなことを考えていると、耳元で女の子が私の名前を囁いた。
私は思わず後ずさりして、驚いたままその声の主を探し、そして。
振り返った私が目にしたのは、浴衣を纏ったユキだった。
白を基調とした布地に、ピンク色で金魚や花の文様があしらわれた、少女然としたかわいらしい浴衣。
ユキはそれを纏い、動きにくそうにふりふりと余った布を揺らしていた。
「……待ちましたか?」
珍しく申し訳なさそうに萎れている。確かに、待ったと言えば待ったのだが、それはあくまでレインを待っていたのであって。
「ううん、えっと」
驚いて、何を話したらいいかわからなかった。
「この衣装、動きにくいです。ヨルン様の故郷の人達はみんなこの服を着ていたと聞いたのですが、これじゃまるで修行の類ですね」
ユキがお道化たように笑う。
いつも浴衣を着ていた? いつの時代の話だよ。
いや違う、そうじゃない。私の故郷? 誰がそんな話を?
まさか他にも転生者が。違う、だとしても私が転生者であることを知っているわけがない。
「……なにか考え事ですか?」
「——ああ、えっと。誰に聞いたんだろうなって、その話」
「さきほど城に来た魔法使いです。ヨルン様と同郷で、親友だったとかなんとか」
私と同郷で親友?
何の話だよ。私に親友と呼べるほど親しい友達なんかいなかったけど。
自分で思って悲しくなった。
「そうなんだ。誰かわからないけど、知り合いならあってみたい、かも」
「……それが、
バツが悪そうに言う。
何故か余りにもしゅんとしているので、思わず彼女の手を取った。
「行こう、祭り」
「……はい、ヨルン様!」
ユキの顔がぱあと明るくなる。
ところで、何かを忘れている気がするけれど。
ユキが楽しそうだから気にしないことにした。
***
城の前に幾つもの出店が並んでいる。魔獣肉の串刺しを売っている店や、魔魚掬い。血液射的など、どれもどこか懐かしい。
道行く吸血鬼たちも、店に足を止めては遊び、また次の店に足を止めては遊びを繰り返している。まるで本当の祭りのようだ。そろそろ神様の乗った山車が通ったりするような。マジで本格的な日本のお祭り。
「ヨルン様、あれ、あれ食べたい!」
「え、綿あめもあるの……!?」
ユキが指さす先には、綿あめがあった。店の壁に幾つもの小袋に入れられた綿あめがいくつもかけられている。その一つ一つに絵が描かれていて、そのうちの一つは明らかにあの巨大ヨルン石造に掘られているあのヨルン様(をめちゃくちゃデフォルメした物)だった。
「一個300ヨルンだよ」
店先まで行くと、店員が不愛想にそういった。が、私の顔を見るなり
「——ってヨルン様!? どうかご無礼を――! そうだ、そう! こちらの菓子は今しがた全てあなた様の物になりました!! 全部ご自由にお持ちいただいて結構ですのでどうか命だけは――」
命乞いを始めた。
「……ねえユキ、ヨルンってなに?」
「通貨らしいです。ちょっと前に人の国を真似るって言ってレーゲンが取り入れたんですよ」
「へぇ」
何故か怯えている店主の顔を見る。
「命なんていらないよ。でも、そのヨルンっていうお金を持ってなくて」
「金ならいくらでも上げます、だからどうか命だけは、」
「いやだから、」
まずは話を聞けよ。
「あとで絶対に払うから、一つだけもらってもいい?」
そういうと、店主は怯えた顔のまま、壁に掛けられていた綿菓子を一つ私に手渡してくれた。
礼を言ってその場を去り、渡された綿菓子をユキにあげた。
にしても、私の彼らにどう思われているのだろうか。神様になっていたり、めちゃくちゃ怖がられていたり、もう滅茶苦茶だ。
少し歩き疲れて、その辺のベンチみたいな形に加工された石に座った。
綿菓子をちまちま食べるユキの横顔を眺める。
こう見ると、ただお祭りデートしてるだけみたいだ。
……デートなんかしたことないからわからないけど。
「——なにか変ですか?」
眺めていると、ユキが唐突にそういった。
「え、いや、別に。ただ、綺麗だなって思っただけで」
何言ってんだ私。デートに引っ張られすぎだろ。と脳内の冷静なヨルンが突っ込む。
言うとユキは気恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「……ヨルン様。私、ヨルン様に言わないといけないことが、」
え。なんだろう。どうせろくな事じゃない気がするけど、でもお祭りフィルターがかかっててなんか照れ臭い報告な気もする。
わざわざユキが浴衣を用意したのも、それを着て私を祭りに誘ったのも、もしかしてこのため……!?
「ヨルン様、私――」
と思ったが、私がその話の続きを聞くことはできなかった。
「ヨルン様!! なんで置いていくんですか!! 僕!! 待っててって、言ったのに!!」
ものすごい速度で遠くから吸血鬼が走ってくる。
レインだ。そうだ、ユキの浴衣に呆気に取られてすっかり忘れていた。私は城門前でレインを待っていたのだ。
そして、そのレインを置き去りに、今度は私がユキと出かけてしまったらしい。
やっべ。どうしよう。
「……これから、この祭りの一大イベントが、始まるんですよ、ヨルン様。ヨルン様も、よければ、」
レインが珍しく息切れしていた。
「レイン、あんた一体どれだけ走ったの」
ユキがため息交じりに尋ねると、レインもまた息切れ交じりに「都市中全部」と答えた。
この短時間で都市中走り回れる速度と体力ってなんだよ。チートだろもう。
「よければ見に行きませんか? 目玉イベント!」
やっと息切れが落ち着いたらしく、レインが目を輝かせた。
「……まあ、見に行くだけなら」
そう返すと、ユキが私の手を握った。
「あ、えっと。その、話って……」
「……また今度、二人になる機会がある時に」
ユキはそう言って、上目遣いを悪戯っぽく歪めて笑った。
そして、私たちはレインに連れられて、最初の広間へと戻ってきた。
確かに、最初は祭りなんてと思っていたけれど、たまにはこういうのもいいかもしれないな。
レインとユキのおかげで暇にならないし、レーゲンたちがこういうイベントを開いてくれるから、飽きも来ない。
私が2000年もこうして飽きずに生きていられるのも、彼ら吸血鬼たちのおかげかもしれない。
そうしみじみ思っていると、レインが叫ぶ。
「見てください! あれが、あれがこの祭りの目玉!!」
その視線の先では、半裸の吸血鬼たち数人が、私を象った石造の前で八つ腕の魔族、
「——最強魔族血みどろ解体ショーです!!」
……?
「「彼の者の血肉を我らがヨルン様に!」」
私は帰ることにした。
お久しぶりです。お前文章だと面白いのに会って話すとクソおもんない、と言われて少し傷付いた作者です。最近はアーモンド効果にハマっていますが、いまいちアーモンド効果を実感できていません。アーモンドには一体どんな効果があるんでしょうか。
それでは、アーモンドを読んでいただきありがとうございました。次のアーモンドもぜひ読んでください。アーモンド。