今更だけどバレンタインの話です。

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ハートのチョコを送り合う長良と阿賀野

 バレンタイン。この鎮守府では主に普段お世話になっている人や仲良くしてもらっている人にチョコを渡すイベントであり、チョコレートの調達は、大別して市販のものを購入する者と、自作する者の二つに別れる。

 

「よし!」

 

 ドカッと音を立てて、阿賀野は業務用チョコレートをキッチンテーブルの上に置き、袋を開けて1つ手に取り口に運ぶ。

 

「美味しーい!」

「阿賀野姉……」

「ちょ、何よ矢矧その目は! これはバレンタイン用の材料なんだから!」

 

 いつの間にか後ろから覗き込んでいた矢矧に阿賀野は反論する。

 

「ああ、そういえばそろそろだったわね……だからチョコレートそんなに買ってきたの……」

「そ、これは今年の最新鋭チョコの為の材料なの。阿賀野が自分で食べる為じゃなーいの!」

 

 そう言って阿賀野は袋のチョコレートの一部をゴロゴロとまな板の上に取り出すと、包丁でゴリゴリと音を立て、刻んでいく。

 

「阿賀野はバレンタイン好きよー! チョコレートいっぱい食べられるからー!」

「バレンタインじゃなくても食べてるでしょ」

「阿賀野はホワイトデーも好きよー! クッキーもマシュマロも好きだからー!」

「お菓子類なら大体なんでも好きでしょ」

「ちょっと! 変な茶々入れないでよ矢矧!」

「だって本当のことじゃない。食べることが目的」

 

 呆れたような声で言う矢矧に、振り返り、声を上げ、チョコを刻み続ける阿賀野。ある程度刻み終わると、阿賀野は鍋を取出し水を入れ、火にかける。

 

「……まあ、これを那珂ちゃんに言ったら『好きの理由が食欲に偏りすぎてる』って言われたけど!」

 

 そう言って阿賀野は刻んだチョコをボウルに入れ、ゴムべらでかき混ぜ始める。

 

「……阿賀野姉バレンタインのチョコはいつも手作りするわよね」

「まーね! やり始めると結構楽しいし!」

「……ちなみに一番楽しいところは?」

「味見!」

「阿賀野姉……」

 

 屈託の無い笑顔でそう言い切る阿賀野に矢矧は苦笑する。

 

「味見のし過ぎで足りなくなっても知らないわよ」

「失礼ね! それくらい我慢できるわよ!」

「我慢がいるのね……」

 

 冗談半分で言った言葉に予想外な返事が来て矢矧は再び苦笑する。

 

「大丈夫よ~。矢矧の分はちゃんと確保してるから~」

「そういう意味で言ったんじゃ……まあいいわ」

「あら? どこいくの矢矧?」

「演習。チョコ作り頑張ってね阿賀野姉」

「もちろんよ~」

 

 笑顔で手を振る阿賀野に手を振り返し、矢矧は部屋を出る。一呼吸置いて振り返り、キッチンを覗き見る。

 

「チョコフォンデュ~♪」

 

 そこには、湯煎で溶けたボウルのチョコに、ご丁寧にフォンデュ用フォークで刺したマシュマロをつけて満悦な阿賀野の姿があった。

 

「…………」

 

 その姿に不安と呆れが入り混じるが、時間が押している今は指摘する暇もない。チョコが足りないと泣きつかれないことを願い、矢矧はその場を後にした。

 

 

 

 

「阿賀野姉どう? チョコ作りのほうは……」

 

 数時間後、キッチンに戻ってきた矢矧は目を見開く。そこには、オーブンシートの上に乗っかっている、冷え固まったチョコレートを見て得意げに鼻を鳴らす阿賀野の姿があった。

 

「あ、矢矧。ちょうど今終わったところよ~」

「おお……」

 

 矢矧が覗き込むと、クッキーのように丸く形を変えたいくつものチョコレートが目に入る。

 

「美味しかった?」

「最初に言うことがそれなの……?」

「だって味見したんでしょう? 無駄に、いっぱい」

「した! 美味しかった! でもちゃんと足りてるわよ!」

「ちゃんと我慢できたのね。偉いわ、阿賀野姉」

「なんだろう……褒められてるのにあんまり嬉しくない……」

 

 そんな会話をしていると、矢矧の視界の端に、一つだけハートの形をしたチョコレートが映り込む。

 

「なにこれ? なんでこれだけハートにしてあるの?」

「ああ、それは長良さん用のやつよー」

「……何で長良さんだけハートなの?」

「……ハートにしたいからだけど?」

「え~……」

「……どうしたの?」

 

 困惑する矢矧をキョトンとした顔で見る阿賀野。そんな阿賀野を見て矢矧は更に困惑を強める。

 

(十戦隊の先輩で、普段お世話になってる長良さんにチョコレートを渡したいのは分かるけど……だって仮にもバレンタインで一人だけハート型って……それって……その……。阿賀野姉どこまで考えてこれを……?)

 

 気付いていないのか、分かっててあっけらかんとしているのか、阿賀野の真意が分からない矢矧は頭を抱えるようにして考え込んでしまう。

 

「……何考えてるの矢矧? 変なの……」

「だって……! 阿賀野姉が……!」

 

 抗議の声を上げる矢矧だが、阿賀野は既に矢矧に背を向け、自作チョコレートのラッピング作業に取り掛かっていた。

 

「…………」

 

 余りにも普段と変わらない阿賀野に矢矧はすっかり気力を削がれ、そのままキッチンを後にする。

 

「ちょっと~……矢矧も手伝ってよ~……」

「…………」

 

 だが、阿賀野に呼び止められ、ラッピング作業を手伝うことになるのだった。

 

 

 

 

 

「ねえ長良……」

「ん?」

「いつも思ってるんだけど……」

「うん……」

「毎年よくやるわよね。大変じゃない? 律儀に作らなくても誰も文句言わないわよ?」

 

 キッチンでバレンタインのチョコケーキ作りに勤しむ長良に、そう言って五十鈴が声をかける。戦艦、空母、重巡、旗下の駆逐艦達、そして妹達等、渡す相手が多い長良は毎年大量のチョコケーキを作っているのだ。

 

「まあね……でもやってると結構楽しいんだよね。チョコ作り」

「そうなの?」

「うん。それに長良チョコ好きだし」

「へえ……ちなみに好きな理由は?」

「エネルギー補給に良いから」

「味じゃないのね」

「いや……味も好きだよ……もちろん……」

 

 五十鈴の言葉に、長良は苦笑いで返答する。

 

「そういえば五十鈴はチョコどうなの? 今年もせがまれてるんでしょ? 主に多摩ちゃんと初月に」

「まあね。今年もつくるわよ。冗談で『犬と猫なんだからチョコ要らないでしょ』って言ったらこの世の終わりみたいな顔されたしね……」

「楽しみにされてるんだね」

「だからって反応がオーバーなのよ……」

 

 肩をすくめる五十鈴だが、その口角は僅かに上がっている。

 

「そっかぁ、じゃあ長良の後に作る?」

「そうね。そうさせてもらうわ」

 

 そう言うと、五十鈴は何の気無しに冷蔵庫を開けると、ある物を見つける。

 

「なにこれ? チョコケーキ以外も作ってるの?」

 

 冷蔵庫にあったのはオーブンシートの上に乗っかって、冷え固まるのを待っているハート型のチョコレートだった。

 

「なんか今年は随分と気合入れてるじゃな……」

 

 五十鈴がそこまで言うと、冷蔵庫の中のチョコレートが一つしかないことに気づく。

 

「……何で一つだけなの?」

「ああそれ、阿賀野用のチョコレートだよ」

「え……」

「……何?」

 

 声を漏らす五十鈴に、長良は不思議そうな顔をする。そんな長良を見て、五十鈴は口を開く。

 

「……バレンタインに渡すのよね?」

「そうだけど?」

「一人だけハート型のやつを……」

「そうだけど……。何かおかしい?」

「いや……」

 

 あっけらかんとした態度を崩さない長良に、五十鈴は言葉を詰まらせてしまう。自分が旗艦を務める十戦隊の後輩だからチョコレートを渡すところまでは分かるが、バレンタインに一人だけハート型とは……。一体どこまで分かってやっているのだろうか、五十鈴には推し量ることができなかった。

 

「まあ……頑張って……チョコ作り……」

「?」

 

 そう言ってパタンと冷蔵庫を閉じると、疑問符を浮かべる長良に背を向けて、五十鈴はキッチンを後にする。

 

「あ、ちょっと待って五十鈴!」

「……何?」

「チョコケーキ作り手伝って……少しで良いから……」

「…………」

 

 しかし、長良に呼び止められ、チョコケーキ作りを手伝うことになるのだった。

 

 

 

 

「ねえ矢矧~……長良さんからチョコ貰った~……」

 

 バレンタイン当日。チョコ配りから戻ってきた阿賀野は、手に長良から貰ったチョコを持ち、開口一番でそんなことを矢矧に言ってきた。

 

「……いつも貰ってるでしょ? 私もチョコケーキ貰ったし……」

「そうだけど~……」

 

 僅かに頬を赤く染め、もじもじと身体をくねらせる阿賀野と、何かを察したのか表情が死んでいく矢矧。

 

「いつものチョコケーキ以外にも~……今年はチョコもらったのよね~……」

「へえ……」

「それでね……そのチョコがね……ハート型だったのよ~!」

「…………」

「しかも阿賀野の分しか用意してないって……。それを聞いたら意識しちゃって~、どうしよ~!」

「…………」

 

 頬を更に赤く染め、声色と表情に嬉しさを滲ませる阿賀野を矢矧は死んだ目で見ている。

 

「ねえ、話聞いてる……?」

「もう私阿賀野姉が分からないわ……」

「?」

 

 そう言って机に突っ伏す矢矧。自分はあんなにあっけらかんとハート型を作っておいて、自分が渡されたらこの反応をする姉の複雑怪奇な情緒を矢矧は理解することが出来なかった。

 

 

 

 

 

「ねえ五十鈴……阿賀野からチョコ貰ったんだけど……チョコの形がハート型だったんだよね……」

「ふうん……」

 

 チョコ配りを終えて部屋に戻ってきた長良は、頬に朱を差した状態で五十鈴に話をしていた。

 

「最初は全部一緒だと思ってたんだけどさ~。那珂ちゃんとか駆逐艦の子達に聞いたらハート型なのは長良だけみたいなんだよね~……」

「そう……」

「やっぱりさ~、バレンタインだし、こういうことされると意識しちゃうよね~……」

「…………」

 

 顔を赤くして、まんざらでもない、嬉しそうな照れ笑いを繰り返す長良の話を、終始白けた表情で聞いている五十鈴。

 

「五十鈴はどう思う?」

「知らない」

「え……何か今日の五十鈴冷た……」

 

 長良の問いかけを一言で切り捨てて背を向ける五十鈴。作っているときはあれだけなんでもないことのように振る舞っていたのに、まるでそんなことは存在していなかったかのような振る舞いに、なんだか腹が立ってしまったのだ。

 

 

 

 

(なんなのよ矢矧……阿賀野なんか変なことした……?)

(なんなの五十鈴……長良なんか変なことした……?)

 

 しかし、当の長良と阿賀野はそんな妹達の思いなどつゆ知らず、ただ困惑しているバレンタインであった。


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