仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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どうも、初めましての方は初めまして。以前から私の作品を読んでくださっている方はありがとうございます。黒井です。

自作仮面ライダーシリーズの第三作品目、その名も仮面ライダーコガラシが始まります。

忍者で仮面ライダーの主人公の戦い、どうぞお楽しみください。


第一筆:闇夜の書初め

 人々が寝静まった深夜の街。

 

 その街の一画にある銀行から、突如として甲高い警報が鳴り響いた。何事かと中を見れば、そこに居たのは黒衣の集団とその足元で血の海に沈んでいる警備員らしき男達。それだけを言えば強盗と言えなくもないが、その者達の服装を見るとただの強盗とは言い難い。

 

 その黒衣の集団は皆一様に同じ格好をしていた。目だけが見えるような覆面で顔を覆い、腰の後ろには刀を差した出で立ち。そいつらの姿を見れば誰もがこう思うだろう。

 

 忍者…………と。

 

 黒衣の忍者の集団は、銀行の金庫を力尽くで破ると中にある物を全て片っ端から奪っていく。

 

 それこそ札束は勿論、厳重に保管されている筈の金品から何まで文字通り全てだ。

 物の数分ほどで金庫の中はすっからかんになり、黒衣の忍者達は満足そうに立ち去ろうとした。

 

 その時、複数の光が忍者達を照らした。

 

「お前ら動くなッ!」

 

 忍者達を照らす光の光源は現場に急行してきたライトスコープ達の銃に取りつけられたフラッシュライトの輝きだった。運良く別の場所を巡回しており難を逃れた警備員が警報を聞きつけて駆け付け、そこで見つけた忍者達に普通の警察では対処できるような相手ではないとS.B.C.T.に通報したのである。

 

 通報を聞いた当初、S.B.C.T.の隊員達は何を馬鹿なと思った。この現代日本で忍者など居る訳がないと。だがそれが忍者の格好をしただけの強盗であればともかく、忍者と見間違えるような容姿の怪人の類であった場合、それは間違いなく自分達の仕事だとこうして急行したのである。

 そして彼らは己の目で目撃する事になる。現代の闇夜を往く本物の忍者達を。

 

「おいおい、本当に忍者じゃねえかッ!?」

「コスプレの類、じゃないのか?」

「無駄口を叩くなッ!」

 

 眼前に佇む忍者達の姿に半信半疑になる隊員達を隊長のスコープが一喝する。こちらを見て身構える忍者達の佇まいから、スコープは忍者達がただのコスプレの類ではない事を見抜いたのである。

 

 隊長のスコープは忍者達に銃口を向けつつ降伏を促し警告した。

 

「貴様ら全員、武器を捨ててその場に伏せろッ! 大人しくすれば――――」

 

 スコープの言葉が全て終わる前に忍者達が動いた。徐に数人の忍者が何かを投擲してきた。手裏剣だ。十字の刃が回転しながらスコープに向けて飛んでいく。

 

「隊長ッ!」

 

 手裏剣がスコープに向けて投擲された際、1人のライトスコープが素早く反応しスコープの前に立ち手にした短剣ガンマソードで切り払った。弾かれた手裏剣は壁や天井に突き刺さったが、一つは捌き損ねたのか隊長の守りに入った隊員の肩の装甲を小さく切り裂いた。

 

δ(デルタ)5ッ!?」

「隊長、大丈夫ですかッ!」

「問題無い、助かった!」

 

 突然の攻撃に浮足立つS.B.C.T.。容姿だけでなく武器も忍者、それも威力はライトスコープのパワーでやっと弾ける程度のそれに、他の隊員達も漸く敵が只者ではないと気合を入れ直す。

 

 だが忍者達の方にはここでS.B.C.T.と戦う理由が無い。彼らの目的は金庫の中身なのだ。

 

 忍者達が懐から小さなボールを取り出すと、それを思いっ切り床に叩き付けた。ボールは床に叩き付けられると弾け、中から色とりどりの煙が噴き出し部屋を包む。

 

「煙幕ッ!?」

「総員警戒しろッ! 視界を通常モードから赤外線にッ!」

「駄目です隊長ッ!? この煙、赤外線も遮断しますッ!?」

「だったら暗視でも何でも使えッ!」

「ッ! そこだッ!」

 

 突如視界が塞がれた事に隊員達が慌てふためき、隊長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。そんな中、隊員の1人が周囲を煙で包まれた中発砲した。先程隊長の窮地を救った、δ5と呼ばれた隊員だ。

 

「止せδ5ッ!? この状況では味方に当たるッ!」

 

 隊長が慌てて発砲を止めさせたりと、現場は大混乱。それでも時間が経てば煙も晴れ、それに伴って混乱も治まっていった。

 

 室内を満たしていた色とりどりの煙が換気されて流れていった時、そこに居たのはS.B.C.T.のみで先程まで居た忍者達は影も形も無かった。後に残されたのは扉を破られ、中がもぬけの殻となった金庫のみ。

 

 忍者達にまんまと逃げられた事に、スコープは溜め息を吐いた。

 

「くっ、逃げられたか」

「一体何だったんですかね、連中は?」

「さて、な? 少なくとも格好だけの素人という訳ではないらしい。δ5の肩を見ればそれは確実だ」

 

 スコープの指摘に、隊員達の視線がδ5の肩の傷に集中する。当のδ5は、肩に付けられた傷を軽く撫でヘルメットの奥で悔しそうに歯噛みした。

 

「チクショウ、せめて1人だけでも捕まえられれば……ん?」

 

 その時、δ5がふと何かに気付いた。床に何かが落ちている。近付いてそれを拾い上げれば、それは布の切れ端であった。一瞬それが何なのか分からなかったが、少し考えてピンときた。これは先程の忍者達の衣服の切れ端だ。煙幕で視界が塞がれたあの時、直感に従ってδ5が撃った銃弾が忍者の体を掠めて衣服を一部だけ千切り取っていたのだ。

 

「隊長、これッ!」

 

 δ5から布切れを受け取る隊長。まじまじとそれを見て、それが先程の忍者達の残した物であると確信すると気合を入れるように大きく頷いた。

 

「うむ……それを後方に回して、直ぐに解析してもらおう。何か手掛かりがあるかもしれん」

 

 そしてこれ以上の手掛かりは望めず、彼らはその場を後にする。銀行を離れる際、隊長のスコープは破られた金庫を今一度眺めた。一体どうやって破ったのか、金庫は鍵が破壊され開かれている。どう考えても普通の人間に出来る事ではない。

 

「……こいつは長引きそうだ」

 

 隊長はぼそりと呟き、他の隊員が呼ぶ声に改めて踵を返し銀行から出た。

 

 銀行を出ると、待っていた移動車両のライトが彼らを照らした。一仕事終えた彼らを出迎えるように先頭のワンボックスカーがクラクションを一つ鳴らし――――――

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 突如街中に大きくクラクションが鳴り響く。道行く人が何事かとそちらを見れば、何と1台のトラックが何度もクラクションを鳴らしながらおかしな挙動で爆走している。よく見ると運転手はクラクションを鳴らしてハンドルを切りながら、何かを必死に踏み付けるような動きをしていた。

 察しの良い者はその様子だけでトラックのブレーキに異常が発生し、止まる事が出来なくなったのをドライバーが何とか事故を起こさないようにと制御していることに気付いた。

 

 次第にただならぬ様子に人々は恐怖に顔を引き攣らせながら爆走するトラックを遠巻きに眺め始める。他の車も、巻き込まれて事故になる事が無いようにと車間を空けたり路肩に寄って車を停めたりと難を逃れようとしていた。

 

 だがそれでも、最悪の事態とは起こるもの。トラックが交差点に差し掛かった時、1人の子供がその場に転んで泣き始めた。トラックはあっという間に子供に近付いていく。我が子が泣く声に親が助けに向かおうとするが、トラックはもう子供の目と鼻の先。今からでは間に合わないと周囲の人が引き留め、その間にトラックが子供に接触し――――

 

「……執筆忍法、空蝉の術」

【忍法、空蝉の術ッ! 達筆ッ!】

 

 突然子供の姿が霞の様に掻き消えた。人々がその光景に我が目を疑うよりも前に、今度はトラックの前輪の片方がパンクしその衝撃で横転。火花を上げながら慣性の法則に従いトラックが路面を滑り数メートル進んだところで漸く止まった。

 

 何が何だか分からぬと言った様子で呆然としていた人々の耳に、先程の子供の泣き声が聞こえてくる。その声に子供の両親が反応しそちらへ向かうと、そこには転んだ拍子に擦りむいた膝以外無傷の子供の姿があった。

 我が子が無事であった事に、両親は涙を流して子供を抱きしめる。

 

 一方トラックの運転手も、横転の衝撃で意識を失っていたらしいが命に別状は無いらしい。

 

 その突然巻き起こった非日常の光景を、眼鏡を掛けた1人の男子高校生が暫し見つめ離れていった。

 

 高校生の少年はそのまま事故により起こった喧騒の中を縫うように進んだ。周囲の人々は、自分達の間をするりと進む1人の少年を気にする素振りを見せない。

 

 少年はそのまま騒ぎから離れると、先程の事故など無かったかのように目的の高校の門を潜った。

 門には看板が立てられており、それには達筆な字で高校の名前が書かれている。

 

 看板に書かれたその高校の名前は、”皆正(かいしょう)高校”と言う。

 

 先程の少年は、校門をくぐると下駄箱で靴を履き替え真っ直ぐ自分の教室へと向かった。教室では既に先に登校していたクラスメートが雑談に興じたりまだ終わっていない課題を大急ぎで仕上げたりしている。

 少年が教室に入ると何人かのクラスメートは彼に気付き、軽く挨拶したりしてくる。少年はそれに答えつつ、窓際にある自分の席に座った。

 

「ふぅ~……」

 

 席に着いた少年は椅子の背凭れに体重を掛けながら天井を仰ぎ見つつ大きく溜め息を吐いた。少年の脳裏を過るのはやはり先程のトラックの暴走事故。

 

(あ~……やっちまったか? あんな往来で忍法使っちまった。まぁ、気付いた人は誰も居ないだろうけど……父さん何て言うかな~……)

 

 少年が帰った後に待っているだろう父からの言葉を考えげんなりしていると、隣の席の少年が身を乗り出すようにして話し掛けてきた。

 

「なぁなぁ、南城ッ! ここに来る途中で事故見なかったか?」

「あ~、見たよ。何かトラックがひっくり返って騒ぎになってた」

 

 少年……南城(なんじょう) 千里(せんり)は、隣の席の学友である山崎(やまざき) (まなぶ)からの問い掛けに面倒くさそうに答えた。見たも何も、現場に居たのだ。だが詳しく話せる訳が無いので、嘘は言わず詳しい事は省いた。

 だが学が本当に聞きたい事はそれではなかった。

 

「いや、それじゃないんだって! 何か今SNSに上がってるんだけど、その事故で危うくトラックに轢かれそうになった子供がいきなり消えたかと思ったら安全な場所に居たって言うんだよ。見た人は皆子供が突然消えたって言うんだけど、お前何か見てないか?」

 

 まぁ噂にならない訳がない。見ていた人は子供が消える瞬間をバッチリ見ていただろう。もしかすると動画で残っているかもしれない。術者がバレる事はまずないだろうが、当分騒がれる事は確実だ。そして自分が原因で騒ぎになっているだろう事は、とっくの昔に父も気付いている筈。

 

 あぁ、これは帰ったら折檻が待っているなと内心でげんなりしつつ、千里は素知らぬ顔で関与を否定した。

 

「いやぁ? トラックがひっくり返った所は見てたけど、子供が消える瞬間なんて見てないな?」

「くっそぉ~、結局謎は謎のままか」

「何かの間違いとかじゃ――――」

 

 それでも過剰に噂にならないように、千里は事実を否定し見間違いの類であったと思考を誘導しようとする。

 

 だが彼が何かを口にする前に、1人の女子生徒の怒声が教室内に響き渡った。

 

「何を読んでるのあなた達はッ!?!?」

「っと!? え? 何?」

「小鳥遊さん?」

 

 2人が見た先では、1人の黒髪を肩より下まで伸ばした女子生徒が3人の男子生徒に向けて怒りを露にしていた。彼女から怒りを向けられている3人の男子は、面倒臭そうと言うかバツが悪そうな顔をしている。その3人が身を寄せ合っている机の上には、千里の位置からは良く見えないが雑誌の様な物が置かれている。

 それだけで2人は彼女の怒りの理由を察し、怒られている3人に同情と呆れを向けた。

 

「学校にこんな不埒な物を持ち込むなんてッ!?」

 

 女子生徒――小鳥遊(たかなし) (ゆい)が指さす先には、全裸の女性が胸を腕で隠した姿が載ったページが開かれた雑誌がある。それは所謂エロ本と言う奴であった。この3人は学校でエロ本を読んでいたのだ。

 一応周りに見つかる事は無いようにと身を寄せ合って見てはいたのだろうが、一瞬の油断があったのか唯に見つかってしまった。

 

 それでもただの女子生徒に見つかったのであればまだ良かっただろうが、今回は見つかった相手が悪かった。何しろ唯はこのクラスの風紀委員。しかも彼女自身潔癖症と言う程ではないが、曲がった事が嫌いでルールに反したことが許せない性質の人間であった。そんな彼女に見つかってしまっては、ただ事で済まなくなるのは火を見るよりも明らかであった。

 

「これは没収しますッ!」

「あ、ちょっ!?」

 

「あ~ぁ~、馬鹿だね~アイツらも。大人しく家とか公園で見ればいいのに」

「スリルが味わいたかったんだろ」

 

 エロ本を没収された事で3人の内1人が抗議の声を上げる。恐らく彼の私物なのだろう。その光景に学は呆れを隠せなかった。彼の言う通り、学校でエロ本を見ると言うリスクの大きな事をするくらいなら校舎の外で見た方がずっと安全だ。

 千里は彼らの迂闊さをスリルを求めての物とフォローしたが、内心では学に同意し3人の迂闊さに呆れてすら居た。

 

 そんな事を考えていると、唯は3人から没収したエロ本をゴミ箱に放り込んでしまった。3人はエロ本をゴミ箱に放り込む唯に恨めしそうな目を向けていたが、振り返った唯が一睨みするとサッと視線を逸らした。これ以上面倒は御免だと考えているのだろう。それが分かる程度には彼らも冷静だった。

 

 バツが悪そうに身を縮こませて俯く3人の姿に、唯は鼻を一つ鳴らすと教壇の前の自分の席に座った。その光景を見ながら、学は千里に顔を近付け彼女に聞こえない程度の声量で口を開いた。

 

「にしてもよ? あの小鳥遊さんが風紀委員ってのも皮肉が利いてるよな?」

「何で?」

「見りゃ分かんだろ、あの委員長の我儘ボディッ!」

 

 風紀に厳しい唯ではあるが、その唯は同年代に比べて発育が良い方であった。ブラウス越しにも見て分かるほどの豊かな乳房を始めとした起伏に富んだ体型は、正直に言って年頃の男子学生には目に毒である。実際陰で彼女に向けてそう言う目を向けている生徒が多数居る事は千里も知っていた。

 流石に実際に手を出すような輩は居ないが。

 

「あんなの見せつけられたら、なぁ?」

「何がなぁ? だよ。俺にそんな同意を求めるなって」

「お前気にならないのかよ、あの委員長の制服の下に隠された国宝級の「シッ」、ッ!」

 

 段々とヒートアップしてきたのか、声量が大きくなってきた。その声は唯の耳にも届いたのか、彼女がこちらに意識を向け始めたのを千里は察し学を宥めた。千里の制止に学も己の迂闊さに気付き、慌てて口を噤み息を潜めるように彼女の様子を窺った。唯は暫く耳を澄ませるように首を傾げていたが、次第に興味を失ったのか息を一つ吐くと一限目の授業の予習を始めた。

 それを見て学は腹の底から息を吐いた。

 

「うほぉ~……ちょっと焦った~」

「気にし過ぎなんだよ。ほれ、そろそろチャイム鳴るぞ」

 

 千里がそう告げると同時に、HRの始まりを告げるチャイムが鳴り響く。それを合図にしたかのように、担任の教師が教室に入って来た。

 

「おはよう皆。さ、朝のホームルームを始めよう」

 

 千里のクラスの担任教師、加藤(かとう) 孝蔵(こうぞう)が教壇に立つ。彼は若く顔が整っており、しかも担当する古文の授業も分かり易い為主に女子生徒からの人気が高い。今朝もクラスの女子生徒の内、何人かが日直の声を待たずに教壇に立った彼に向けて挨拶をする。騒がしくなった生徒達を、孝蔵は手を上げて困ったような顔をして宥めた。

 

 こうして今日も平和な日常が始まった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 それから数時間経ち、特に滞りなくこの日の授業を終えると千里はさっさと家に帰った。

 

 学校を離れて十数分、千里は一件の屋敷に辿り着く。ここが彼の家だ。彼が生まれる前からこの地に建っていた屋敷の、年季の入った門の隣にある小さな扉から入り帰宅した。

 

「ただいま~……」

 

 千里が家の中に向けて帰宅を告げるが、特にこれと言った反応は帰ってこない。こんな立派な屋敷だが、使用人の類はおらず彼と彼の父親との2人暮らしであった。

 

 父からの返答が返ってこない事に、千里はちょっぴり安堵した。もしここに父である(とおる)が居れば、朝の忍術の事でお叱りの言葉が飛んでくるだろう。それが無いという事に、千里は面倒が無いと安心した。

 安心のあまり、千里は思わずホッと胸を撫で下ろして息を吐く。

 

「ふぅ~……」

「隙ありだ」

「いッ!?」

 

 千里が安堵の溜め息を吐いた直後、その首筋に刃が当てられる。視線を近くの鏡に向ければ、そこには何時から居たのか自分の背後から首筋に苦無の刃を当てている徹の姿を見る事が出来た。

 最初からそこに居たのか、それとも千里が返ってきた事で気配を断ち彼の背後に回り込んだのかは定かではないが、兎に角千里は徹の接近に気付く事が出来なかった。己の迂闊さと未熟さに、千里は歯噛みしながら大人しく両手をゆっくりと上げた。

 

「降参、降参だよ父さん。だからとりあえず、苦無下ろしてくれない?」

 

 鏡越しに千里がそう告げると、徹は彼を一睨みして苦無を逆手から順手に持ち帰ると柄の部分で彼の背をドンと突いた。刃ではない方で突かれたので衝撃だけだったがそれでも鈍い痛みが背中から胸に突き抜け一瞬呼吸が止まるかと思った。

 

「うぐっ!? ご、ほっ……」

「話がある。直ぐに居間に来るんだ」

「は、は~い……」

 

 この後に待っている説教を思い浮かべて千里は気が重くなるが、ここで逃げようものならそれこそ折檻が待ち受けているのは明白。そして何より今の自分には徹から逃げ切るだけの技量が無い事もよく分かっているので、千里は覚悟を決め大人しく玄関を上がり真っ直ぐ居間へと向かった。

 

 そして数分後、居間には正座しながら頭を押さえている千里と、その対面で座禅の際に和尚が座禅をしている者の肩を叩く警策(けいさく)を持って正座している徹の姿があった。あの後徹は案の定千里に今朝方の事の顛末を聞き、そしてその判断の甘さを(たしな)める意味で彼の頭を一発殴ったのである。決して強い力で殴った訳ではないが、それでもその一撃は脳天からつま先まで突き抜けるほどの痛みを千里に味合わせた。

 

「つぉ~……!?」

「全く、あんな往来であのように忍術を使うなど……まだまだ修行が足りん」

「で、でもさ? ああしないと子供が助けられなかった訳だし……」

(たわ)けッ!」

「ッ!?」

 

 咄嗟に言い訳をする千里だったが、徹はそれを一喝。迫力のある怒声に千里が身を縮こませて言葉を詰まらせると、徹は何故ここまで厳しくするのかの理由を話した。

 

「俺は何も子供を助けるな等と言っているつもりはない。だがそのやり方が至らぬと言っているのだ」

「至らないって、具体的には?」

「何故空蝉を使う前に周囲の視界を塞がなかった? 煙玉や閃光など、周囲の視界を一時的に塞ぐ手段は幾らでもあった。そうしてから子供を救えば、忍術が露呈する危険性はずっと下がる」

 

 忍者と言う存在が過去を通り過ぎて架空の存在になりつつある現代、不可思議な事が起これば人はそれに対して何かしら科学的な理由を付けようとするものとなっていた。だから子供が突然消えるのではなく、煙や光で一瞬姿が消えさえすればそこから移動していたとしても忍術とは別の何かが疑われた可能性が高い。徹は千里がその一手間分の判断を怠った事を責めているのだ。

 

「良いか千里? 我らは影に生きる忍びだ。その存在は何も知らぬ者の目に入ってはならない。例え1人の人間であってもだ」

「うん……」

「その事、努々忘れぬよう胸に刻んでおけ。分かったな?」

「うん……ごめんなさい」

「分かればいい」

 

 千里からの謝罪に、徹は何度か頷くと静かに立ち上がり背後の襖を開けた。

 

「少し待て。席を外す」

 

 そう言って徹は襖の向こうへと消えていった。徹は時折こうして襖の向こうへと姿を消す。一体襖の向こうで何をしているのか知らないが、兎に角動く訳にはいかないので千里は大人しくその場で待ち続けた。

 

 徹は数分ほどで戻ってきた。居間から出ていった時と特に変わらぬ様子だったが、一体何をしてきたのか千里は気になって仕方が無かった。

 

「何時も思うんだけど、父さん襖の向こうで何してるの? そっちトイレないよね?」

「お前が気にするようなことは何もない。それより本題はこれからだ」

「え? 朝の忍術が本題じゃなかったの?」

「あれは別件だ。本題はここから」

 

 徹が持って来たのは今日の朝刊だ。渡されたそれを、千里は受け取り記事の内容を眺めるように読む。

 読み進める内に千里の顔が険しくなっていき、それを見て徹が口を開いた。

 

「その銀行には、大金の他にある秘宝が保管されていた」

「それって前に聞いた、里の?」

「そうだ」

 

 朝刊に書かれていたのは、先日起こった忍者の集団による銀行強盗である。現代で忍者による強盗など、話題にならない訳がない。ただ学校では直ぐ近くで起こった交通事故の方が話題に上がっていた為、千里が耳にする事が無かっただけだ。

 

「お前も知っての通り、ここ最近卍妖衆の動きが活発になっている。連中は各地に保管されている里の秘宝を手に入れるつもりのようだ」

「でも、何の為に?」

「さて、な。奴らが何を目的としているのか、何をするつもりなのかは知らん。だが何かをするつもりなのは確かだ。千里、お前も努々油断することなく警戒しておけ」

「分かった」

 

 徹の言葉に頷き、千里はもう一度新聞に目を落とす。新聞には忍者の集団とS.B.C.T.の戦いがあった事の他に、金庫から持ち出された物のリストが載っていた。

 千里はその中の一つ、”深淵の(すずり)”をジッと見ていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その日の夜、唯は部活を終えて自宅への帰路についていた。日はすっかり暮れ、暗くなった道を唯は街灯の明かりを頼りに歩いている。

 周囲に人の気配はない。ここは住宅街が近いという事もあって、この時間帯になると人通りが少なくなる。そんな道を、唯は臆することなく歩いていた。

 

 すると何処からか、ザワ…………と何かの気配を感じた。

 

「ッ!? 何…………?」

 

 別に明確に何かが聞こえたとかそう言う訳ではない。だが感覚、直感に近い感じで全身が何かを感じ鳥肌が立ったのだ。

 

 何だか分からないが身の危険を感じた唯は、足早に歩を進めて少しでも早く家に帰ろうとする。だが進むに従って段々と気配がはっきりしていくのを感じた。足早だった歩みは次第に歩走りになっていき、仕舞いには全力で走って迫る気配を振り払おうとした。

 

「はぁっ!? はぁっ!? はぁっ!?」

 

 一秒でも早く家に帰ろうと走る唯の目に、公園の入り口が見えた。あの公園は自宅への近道になる上に、比較的人が多い。あそこに逃げ込めば…………

 

 だがそれが間違いであった事を唯は直ぐに察した。普段であれば自分同様学校帰りの学生や、早くに仕事を終えた大人達が一休みしたりしているのでそれなりに人が居る筈なのだが、この日に限って人っ子一人見当たらない。不自然なまでに人気のない公園に、唯の心は最大限の警鐘を鳴らした。

 

 兎に角早く公園を抜けてしまおうと唯は足に力を入れる。この公園を抜けてしまえば自宅は目と鼻の先だ。

 

 だが唯が公園を抜けるよりも先に、複数人の人影が公園の出口を塞いだ。前方に複数人の人のシルエットが立ち塞がった光景に、唯は思わず足を止める。

 

「わっ!?」

 

 足を止め、唯は前方に立ち塞がる人影を見た。ただの人であれば良し、警察であったなら尚良しと思いながら見るが、そこに居たのは警察でも一般人でもなかった。

 

 そこに居たのは夜の闇に溶け込むような黒衣の忍者。顔を覆面で隠し、全身を黒衣で包んだ忍者が数人前方で唯の行く手を塞いでいた。

 

「ひっ!?」

 

 咄嗟に唯は、コイツ等はヤバいと踵を返す。が、戻ろうとした先にも忍者達が居た。それだけでなく、公園のあちこちから忍者が姿を現し唯は忍者の集団に取り囲まれた。

 

「あ、あぁ……!? な、何ですかあなた達ッ!? 私に、何の用ですかッ!?」

 

 ただの趣味の悪いコスプレ集団がドッキリを仕掛けてきたと言うだけであってくれと願う唯であったが、彼らが手に忍者刀や鉤手甲などを持っているのを見てそれが望み薄である事を嫌でも感じた。

 

 忍者達はじりじりと唯に接近し、包囲を徐々に狭めていった。追い詰められた唯は、逃げ場を失いその場に腰を抜かしたようにへたり込んだ。

 

「あぁ…………助けて、誰か…………!?」

 

 唯の助けを求める声は空しく夜の闇に消えて行き、忍者の1人が彼女に手を伸ばす。無駄な抵抗と理解しつつ、唯は伸ばされた手を拒もうと腕を上げ顔を守った。

 

 その時、公園の入り口に千里が駆け寄ってきた。日課のパトロール中、卍妖衆の下忍達の姿を見つけた彼は急いで現場に駆け付けたのである。

 そして彼は、誰かが卍妖衆の忍びに襲われているのだと知る。

 

「アイツら……!!」

 

 千里は懐から忍筆と巻物を取り出し、片手で素早く巻物を開いた。開かれた巻物は何も書かれていない白紙。その無地の巻物に、千里は素早く文字を書き込んだ。

 

「執筆忍法、変身の術ッ!」

 

 千里が巻物に”変身”の文字を書くと、書かれた文字が形を変えていく。そしてある程度文字の形が変わると、巻物がドロンと言う音と共に形をベルトに変えた。バックル部分に水晶が煌めく、銀色の無骨なベルト。

 それを千里は勢いよく腰に巻き付け、再び忍筆を振るい”空中に”文字を書いた。

 

「コガラシ、変身ッ!!」

【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】

 

 書かれる文字は”(こがらし)”の一文字。その文字が水晶に吸い込まれると、ベルトを起点に全身に緑色の布が広がり千里の姿を覆い隠す。布は衣服となり、その上に墨が浮き出るように手足と両肩、胸に鎧が纏われていく。額には銀色の額当てが装着され、二本の角が突き出る。口元には銀色の口当てが付き、額当てと口当ての間からは赤い複眼が覗いていた。

 

 次の瞬間、そこに居たのは忍者であった。千里が変身した忍者・コガラシは腰の後ろから忍者刀を抜くと、卍妖衆の忍者の輪の中心に飛び込み今正に人に襲い掛かろうとしていた忍者を切り捨てた。

 

「ぐあっ?!」

「…………え?」

 

 突然聞こえてきた悲鳴に一体何がと唯が腕を下ろし顔を上げると、そこには予想外の存在が佇んでいた。

 

 色は違うが、周囲の忍者達と似た深い緑の衣装。体の各部には黒い鎧を身に纏い、その手には短めの忍者刀が握られている。そして足元には、今し方唯に手を伸ばしていた忍者が倒れているのが見えた。

 

 同じ忍者に見えるが、この忍者は唯を助けてくれたらしい。その事に唯は呆然となりながら緑の忍者を見上げた。

 

「だ、誰……?」

 

 唯が訊ねると緑の忍者……コガラシが振り返った。コガラシは周囲に警戒しながら振り返り、一度唯の顔を見て彼女の無事を確認すると再び黒衣の忍者達に視線を向け…………

 

「ん? え?」

「え?」

 

 まさか助けた相手がクラスメートの唯であったとは思っていなかった為、驚きのあまり再び唯の方に振り返った。二度見してきたコガラシに唯も首を傾げるが、彼は直ぐに気を取り直し黒衣の忍者達の方に視線を向け忍者刀を構えた。

 

 それを合図にしたように黒衣の忍者達が唯とコガラシに襲い掛かる。手に忍者刀や手甲鉤、苦無などを持ち一斉に襲い掛かって来た黒衣の忍者達に、唯は思わず体を丸めてその場に伏せる。

 

「きゃぁっ!?」

「くっ!」

 

 唯は視界を塞いだが、コガラシは黒衣の忍者達を迎え撃った。忍者刀を左手に持ち替え、右腰から一本の筆を取り出すと目にも留まらぬ速さで筆を振った。

 

「執筆忍法、風遁の術ッ!」

【忍法、風遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 彼が筆を振るうと空中に”風遁”の文字が描かれ腰のベルトに吸い込まれる。その状態で彼が空中で体を捻る様にその場で蹴りを放つと、それに合わせて突風が巻き起こり襲い掛かって来た黒衣の忍者達を薙ぎ払った。

 

「ハァァッ!!」

「「「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」」」

「う、くぅっ!? な、何?」

 

 視界を塞いでいる間に何かが起こっている事に、唯は目を開けたくなるが風が強くて開けるに開けられない。風が納まった頃合いを見計らって目を開ければ、周囲を取り囲んでいた黒衣の忍者達が軒並み倒れている光景に目を丸くした。

 

「何、これ?」

 

 突然の非日常に理解が追い付かず呆然と呟く唯。コガラシはそんな唯を一瞥するが、まだ余裕のある忍者達が再び立ち上がったのを見て忍者刀を構え飛び掛かった。

 

「ハッ! ヤッ!」

 

 コガラシは素早い刀捌きと体術で黒衣の忍者達を相手取る。多勢に無勢と言うハンデを物ともせず、時には何処からか取り出した手裏剣を投げ牽制しつつ1人ずつ確実に数を減らしていった。

 

「くっ!?」

 

 とは言え黒衣の忍者も負けてはいない。黒衣の忍者の何人かは、コガラシから距離を取ると印を結び火球や水流、突風を放って反撃した。何人も居る黒衣の忍者を相手しているコガラシは、自分に迫る攻撃に気付いていない。

 

「危ないッ!?」

 

 唯の警告も空しく、火球、水流、突風がコガラシの体を捉え……次の瞬間その体が煙となって弾けて消えた。

 

【忍法、空蝉の術ッ! 達筆ッ!】

「えっ!?」

 

 目の前で起きた光景に唯は目を見開き、コガラシを仕損じた黒衣の忍者達も狼狽えた様に周囲を見渡す。

 

 その奴らの背後に煙と共にコガラシが姿を現し、手にした忍者刀で一瞬で切り裂き倒してしまった。

 

「ハァッ!」

「「「ぐはぁぁっ?!」」」

 

「す、凄い……」

 

 目の前で繰り広げられる非日常な光景に唯はただ圧倒されていた。まるでテレビか漫画の中にしかないような光景、そしてコガラシの卓越した動きに、唯はただただ見惚れていた。

 

「執筆忍法、分身の術ッ!」

【忍法、分身の術ッ! 達筆ッ!】

 

 コガラシが新たな術を使う。空中に書かれた”分身”の文字が分裂し、それが次々とコガラシ自身となり黒衣の忍者達に攻撃を仕掛ける。

 

 技術で負けていた黒衣の忍者達が唯一勝っていた数と言うアドバンテージが失われた。この状況に黒衣の忍者達は撤退を決意したのか傷付いた仲間に肩を貸しながら足元に玉を叩き付ける。色とりどりの煙が立ち上る光景に、コガラシは素早く唯の傍に近寄り守る様に彼女の肩を抱いてその場に伏せた。

 

「わっ!? ちょっ!?」

「静かに……!」

 

 何が何だか分からぬと言った様子の唯の言葉をコガラシは一言で黙らせる。その声に聞き覚えがある様な気がしたが、その疑問を口にするだけの余裕は彼女にはなかった。

 

 どれ程伏せていたか、コガラシが自分の肩から手を放したのを感じた唯はそっと顔を上げた。

 

 彼女が顔を上げると、先程まであんなに居た黒衣の忍者達は影も形も見当たらなくなっていた。ただ公園内のあちこちにある破壊の爪痕だけが、戦闘があった事が現実であった事を確信させた。

 

 その光景を呆然と眺めていると、コガラシが立ち上がりその場を離れようとしていた。唯はその背に慌てて声を掛け引き留めた。

 

「ま、待って!? あなたは一体何なの? あの連中は何? 何で私が襲われたの?」

 

 頭に浮かぶ疑問を片っ端から口にする唯であったが、彼は何一つ答えないまま大きく跳躍してその場を離れた。月が浮かぶ夜空をバックに、家屋やビルの屋上を飛び石の様に跳んで離れていくコガラシの後ろ姿を、唯は見えなくなるまで見送っていた。




tips
・S.B.C.T.:7年前に傘木社の生物兵器『ファッジ』に対抗する為日本警察内で組織された特殊部隊。嘗ては警察の一組織でしかなかったが、傘木社崩壊後世界中で頻発するようになった特殊生物災害に対抗する為国連下部組織として再編。現在はαからωまで、全部で24の部隊が世界中で活動している。

という訳で第1話でした。

前作は大人な雰囲気のギャンブルがテーマの仮面ライダーでしたが、今回は打って変わって割と王道な高校生主人公のヒーローものになっていく予定です。書道と組み合わせて忍術を使う仮面ライダーの活躍を描いていきますので、どうかお付き合いの程よろしくお願いします!

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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