仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第十筆:その執筆は嵐の如し

 ゲッコウ……隆司の影遁 影繰人形の術により体の自由を奪われ、自分で自分の首を絞めつけている椿。忍者として鍛えたフィジカルで意識を失う事は何とか耐えているが、それももう時間の問題となりつつあった。頸動脈と気道が締め付けられ、酸素と血流が滞り血の気の失せた顔で口の端から泡を吹いている。

 

「ぐが……!? か、は……!?」

「踏ん張るな。もう諦めて楽になっちまえよ」

 

 なかなか意識を失わない椿に隆司は呆れていた。今の椿は気合とタフネスで持ち堪えているようなもので、本来であればとっくの昔に意識を失っていてもおかしくはない。その根性には舌を巻くが、それはそれこれはこれ。何時までもこうしているのも飽きてきた。

 

 もうサクッと腹でも殴って堕としてしまおう、そう思った時だ。

 

 不意に椿の口から笑い声が零れた。

 

「が、く…………フ、フフフ……」

「ん? 何だ、何がおかしい?」

「ふ、ふふ……先程拙者の、事を……大した事ない、と宣った。そのお主が、あっさり拙者の術中、に……嵌るのがあまりにも滑稽で……」

「あ?…………ッ!?!?」

 

 最初椿が何を言っているのか分からなかった隆司だが、ふと足音に違和感を感じて下を見て気付いた。

 何と何時の間にか、隆司の両足は地面と共に凍り付いていたのだ。

 

「何ッ!? コ、コイツは……!?」

「お主は拙者を、ここに誘導したつもりでござろうが、それはこちらも同じ事……! この林の中は街中よりも拙者にとってやりやすい!」

【忍法、氷遁 霜走りの術ッ! 達筆ッ!】

 

 椿は影繰人形の術を掛けられる前に、隆司に向けて術を使っていたのだ。この氷遁 霜走りの術は壁や地面の水分を伝って氷を伸ばし、相手をゆっくり氷漬けにする忍術。夜半人が寝静まり気付かぬ内に降りてくる霜や地面から伸びる霜柱の様に、相手が気付かぬ内に相手を氷漬けにする恐ろしい技だ。

 

 このままだと足だけでなく全身が氷漬けになってしまう。隆司は椿に掛けている術を中断し、足元に火遁を放って地面を焼いて氷を溶かした。その際に自分の足も焼かれるがこれくらいなら耐えられる。

 

「クソッ!?」

【忍法、火遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 足元の氷を溶かす事に隆司が意識を向けた瞬間、椿に掛けられていた影繰人形の術が解けた。自由を取り戻した椿は、首を絞めている手を放して気道を確保し血流を元通りにした。

 

「がはっ!? はぁ、はぁ……げほっ……」

 

 気道が元通りになった事で呼吸が可能になり、椿は久方振りの空気を肺一杯に吸い込んだ。林の中だから空気が美味しい。

 

 一方自分で自分の足を焼いた隆司は、ズボンに付いた火を必死に消していた。氷漬けにされるよりはマシとは言え、自分に火を付けたのだから今度は火傷の危険が迫ってきた。隆司は術を使って急いで火を消し、被害が大きく広がらないようにした。

 

「はぁ、はぁ……くっ! やってくれたな、ツララ……何時の間にか足を凍らされるとは思ってなかったぜ……!」

 

 そう言う隆司の顔に浮かんでいるのは、悔しさではなく楽しさだった。口調に反して顔には笑みが張り付いており、目は爛々と輝いている。その彼の様子に呼吸を落ち着けた椿は小さく溜め息をついた。

 

「ふぅ……お主、戦闘狂の類でござるか」

「あんな節操無しと一緒にするな。俺はただ、お前みたいな強い奴と戦いたいだけだ」

「それを世に戦闘狂と言うのでござるが……まぁ良い」

 

 話にならないと呆れる椿であったが、反して彼女の口角は薄らと吊り上がっていた。

 今、隆司は確かに椿の事を強いと評した。以前コガラシを相手に引き分けに持ち込まれた、あのゲッコウに変身する隆司がである。それは何だか自分の方が千里よりも忍者として上だと認められているようで、椿は何だか気分が軽くなったような気がした。

 

「千里殿はお主と引き分けたそうでござるが、拙者はそんな不始末はせぬ。ここでお主を倒し、卍妖衆の戦力を削いでくれるでござる」

「出来るか? お前に?」

「直ぐに分かる」

 

 睨み合う椿と隆司。共に忍筆を構えた2人は、一瞬で巻物に文字を書いた。

 

「「執筆忍法、変身の術ッ!」」

 

 巻物がベルトに変化し、ベルトを腰に巻く。そして2人の眼前にそれぞれ、”氷柱”と”月光”の文字が描かれた。

 

「ツララ、変身ッ!」

「ゲッコウ、変身ッ!」

 

【忍法、変身の術ッ! 微かな音無く、鋭く冷たく、忍ぶ者……ツララッ! 達筆ッ!!】

【忍法、変身の術ッ! 夜の闇、差す影の中、忍ぶ者……ゲッコウッ! 達筆ッ!!】

 

 忍者としての姿に変身した2人は、一気に接近すると抜いた忍者刀で相手に斬りかかった。振るわれた刃がぶつかり合い、ぶつかった刃が相手の斬撃を逸らし結果的に互いに一撃も入れる事無く相手の隣を通り過ぎる。

 

 すれ違った2人は素早く振り返るとそのまま忍者刀での斬り合いに移行。互いの鋭い斬撃がぶつかり合い、林の中で幾つもの火花が散った。

 

「くぅっ! やはり強いッ!」

「ちぃっ! このままじゃこの間の繰り返しだ。それなら!」

 

 ゲッコウは一瞬の隙を突きツララから距離を取ると、忍筆を取り出し術を発動した。

 

「執筆忍法、影潜りの術ッ!」

【忍法、影潜りの術ッ! 達筆ッ!】

「ッ! しまった!?」

 

 マズイと思ったツララが手裏剣を投げるが、それより早くにゲッコウは影の中に潜り込んでしまった。

 

 この事態にツララは危機感を抱いた。太陽の光を遮る木々が生い茂る林の中は、相応に影も多い。それはつまり影に潜り込めるゲッコウにとっては隠れる場所に困らない事を意味する。この場に存在する全ての影の中にゲッコウが隠れ潜み、ツララの不意を打てると言う事。

 

 このままここに居ては嬲り殺しにあうと、ツララはせめて日の光がある場所に移動しようと警戒しながら動いた。しかしその足元からゲッコウが手を伸ばし、ツララの足を掴んで転倒させた。

 

「うあっ!? ぐぅっ!?」

 

 地面に引き倒され、体を強かに地面に打ち付けた。木の根が飛び出してボコボコな地面に豊満な胸が押し潰され、束の間ツララは痛みと衝撃で呼吸が止まる。

 

「捉えたぁッ!!」

 

 倒れたツララに、影から飛び出したゲッコウが襲い掛かる。水から上がる様に影の中から出てきたゲッコウが、逆手に持った忍者刀を突き立てようと振り下ろす。

 ツララはそれを蹴りで弾くと、忍者刀をゲッコウの顔に向けて投擲した。この至近距離、まともに喰らっては堪ったものではないとゲッコウが忍者刀で弾くと、その瞬間に生まれた隙をついてツララが蹴りを放つ。しなやかなツララの足から放たれた蹴りが、ゲッコウの胸板を蹴り飛ばす。

 

「ぐほぉっ?!」

 

 これには対応しきれず、ゲッコウは影から引きずり出されるように蹴り飛ばされた。しかし彼はそのまま別の影の中へと入り込み、再び姿を消してしまった。

 

 また影の中から奇襲を仕掛けてくる。そう察したツララはそれを許さぬと、忍筆を取り出し術を発動した。

 

「執筆忍法、口寄せの術ッ!」

【忍法、口寄せの術ッ! 達筆ッ!】

 

 ツララが口寄せの術で取り出したのは、背の高い彼女の身の丈に匹敵する自慢の大十字手裏剣。持つだけでも大変そうなそれを彼女は軽々と振り回し、投擲すると林の中の木々を何本か切り倒した。

 木が何本か切り倒された結果、林の影に太陽の光による穴が開く。しかしそこにゲッコウは居らず、別の影の中に潜んでいるゲッコウはツララの行動を無駄な事をと嘲った。

 

(馬鹿が……隙だらけだぜッ!)

 

 影を伝ってツララに接近し、奇襲を仕掛けようとした。

 

 だが次の瞬間ツララはその場から飛び出し、日の光が当たる所に出ると新たな忍術を使用した。

 

「執筆忍法、氷遁の術ッ!」

【忍法、氷遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 ツララは真っ直ぐ真上に向けて氷遁の術を使用する。すると彼女の頭上に氷の塊が形成された。作り出された氷は不純物の無い水晶のような美しい氷で、太陽の光を綺麗に透過させる。

 それだけでなく、光は氷の中で乱反射を繰り返し見る見るうちに光量を増していく。そして乱反射により幾つも枝分かれした光は、氷を飛び出すと周囲に広がり林の影を照らす光となった。

 

 その光はゲッコウにとって厄介この上ない存在であった。氷により乱反射し周囲に投射された光は、影を照らすには十分な光量を持つ。その光で照らされてしまえば、ゲッコウは立ちどころに影から引きずり出されてしまう。

 

 ここでゲッコウは、ツララが木を何本か伐採したのは十分な量の光を取り込み、氷のレンズを使った乱反射で影を照らす為だと言う事に気付いた。

 

「やるじゃねえか……!」

 

 こんなやり方で自分の動きを制限してくるとは予想外だった。コガラシとはまた違うやり方で影潜りの術による奇襲を防いだ。ゲッコウは素直にツララを評価し、彼女に対し敬意を抱いた。

 

 大人しく影から出ると、物陰から姿を現しツララの前に出た。このまま影の中に居ても戦いにはならない。次のステージにシフトする時が来た。

 

「やるな、ツララ」

「出て来たでござるな。かくれんぼは終わりでござるよ」

「らしいな。じゃあここからは、チャンバラと行くか」

【忍法、口寄せの術ッ! 達筆ッ!】

 

 ツララ同様、ゲッコウは口寄せの術を使い武器を取り出した。彼が取り出したのは大型の鎌。死神の鎌を彷彿とさせる大鎌を取り出し、その切れ味を試す様に彼は近くにあった木を切り裂き倒した。倒れた木は真っ直ぐツララに向けて倒れて行き、彼女の頭上の氷を粉砕した。

 

 自分に向けて倒れてくる木をツララは大十字手裏剣で切り裂く。投擲することなく振るわれた大十字手裏剣の一撃で細切れにされた木の、欠片を振り払うようにしてゲッコウが飛び出し大鎌をツララに向けて振り下ろした。

 

「おぉぉぉぉっ!」

「フンッ!」

 

 大鎌と大十字手裏剣がぶつかり合い、互いに相手を吹き飛ばす。空中で体勢を整え着地した2人は、それぞれ武器を構えて体勢を整えた。

 

「はぁ、はぁ……クククッ!」

「ふぅ、ふぅ……フフン」

 

 武器を手に睨み合うツララとゲッコウ。その顔は互いに仮面に隠れて見えないが、しかしどちらも相手が自分と同じ顔をしているだろう事は何となく感じていた。

 

 仮面の下に浮かぶ表情、それは笑み。互いに相手に全力で挑める、その爽快感を感じ笑みを抑える事が出来ずにいた。

 

 そのまま2人は、誰の邪魔も入らない林の中で自分の全てを相手にぶつけるように戦い続けていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 倉庫から逃げた唯は、漸く人が多くなりそうな場所に出ていた。耳を澄ませば少し離れた所から人の営みの音が聞こえる。そこまで行けば、椿に連絡して助けを呼べる。

 

 そう思っていたのだが、マンダラは彼女の希望を打ち砕いた。突如前方から人々の悲鳴が聞こえたので、何事かと唯が角から顔を出すとそこでは卍妖衆の下忍が暴れ回っていた。車を破壊し、逃げ惑う人々は殴り飛ばし、建物には火を放つ。

 

「あ……あぁ……!?」

 

 既に先回りされていた事に唯が絶望し呆然としていると、彼女の背後にマンダラが降り立った。その気配に唯が肩を震わせて背後を振り返ると、マンダラは”手に持っていたもの”を彼女の前に向け放り投げた。

 

 マンダラが持ってきて彼女の前に放り投げたもの、それは戦いに敗れ全身傷だらけで倒れた千里であった。

 

「南城君ッ!?」

 

 唯は倒れた千里に近付くと、手や服が血で汚れる事も厭わず動かない彼を抱き上げた。

 

「南城君、南城君ッ!? しっかりしてッ!?」

「ぅ……うぅ……」

 

 まさか死んでしまったのかと危惧した唯が必死に声を掛けると、千里は瞼を震わせ呻き声を上げた。どうやらまだ死んではいないらしい。その事に唯は安堵の溜め息をつく。

 

「ここまでだ。諦めろ」

 

 そう告げてくるマンダラに、唯は恐怖し慄いた眼を向けるがそれでも諦める事はしなかった。もう目の前にまで迫られていると言うのに、唯は千里を引き摺ってマンダラから離れようとした。

 

 この期に及んで足掻く唯の姿に、マンダラは嘲るように鼻を鳴らすとゆっくりとした歩みで彼女を追った。歩みはゆっくりだが、千里を引き摺りながら動く彼女はあっという間に追いつかれてしまう。

 

 そしてマンダラは追いついた唯の手を掴んで片手で吊るす様に引っ張り上げた。その際に千里が唯の手から滑り落ち、彼女の下で地面に倒れる。

 

「あぅっ!?」

「無駄な足掻きだ。もうお前に逃げ場などない」

 

 事実だろう。周囲は既に下忍により制圧されており、鼠一匹通れる隙間はない。そして唯はマンダラに手を掴まれ、それどころか片手で吊り下げられている。空いてる手で叩き足で蹴るが、その程度で参るマンダラではない。マンダラにとって唯の抵抗は子猫がじゃれている程度の物でしかなかった。

 

 しかし煩わしいことに変わりはないのか、黙らせるつもりでマンダラは唯の腹に掌底を叩き込んだ。

 

「う゛ぶっ!?」

 

 腹に感じた苦痛と込み上げてくる吐き気に、唯は涙を流して呻き声を上げて大人しくなった。咳き込みながらも動かなくなった唯にマンダラは満足そうに息を吐くと、手を放して落とすようにして彼女を下ろした。

 

「あぐっ!? げほっ!? げほげほ、おぇ……!?」

 

 今までこんな風に腹を殴られた事等ある筈の無い唯は、その場で腹を押さえて吐き気を堪えていた。その最中、彼女の胸中を占めるのは己の無力さへの不甲斐無さであった。

 

(何で……何で私はこんな弱いの……!? 私にも、南城君達みたいな力があれば……!?)

 

 苦痛を堪える為、唯は意図せず筆の入った小箱を握り締めた。あまりに強く握りしめたからか、小箱からミシリと軋む音が聞こえる。

 

 彼女を見下ろすマンダラは改めて箱を回収する為にか、膝をつき手を伸ばした。その手が唯に触れそうになった、その時…………

 

 起き上がった千里の手が、唯に伸ばされていたマンダラの手を掴んだ。

 

「ッ!? 貴様……!?」

「うぅ……え? あ、な、南城君ッ!!」

「はぁ……! はぁ……!」

 

 まさか千里が起きるとは思っていなかったのか、マンダラは初めて驚愕の声を2人に聞かせた。唯は千里が目を覚ましてくれた事に、腹の奥から響く鈍痛も忘れて顔に喜色を浮かべた。

 そして肝心の千里。彼はまだ体力が回復しきっていないので、呼吸は荒く今にも倒れてしまいそうな様子であった。

 

 しかし傷付きながらもマンダラに対して向ける視線には底冷えするような鋭い敵意が宿っており、腕を掴まれているマンダラは万力の様に腕が締め付けられている事に困惑を隠せなかった。

 

(なんだこいつはッ!? これがついさっきまで死にかけてたガキの力か……!?)

「おい、お前…………」

「ッ!?」

 

 千里は怒っていた。マンダラに負けてしまう自分の未熟さ、弱さに対しては勿論だが、それ以上に許せない事。

 

 それは……唯を傷付けた事であった。

 

「小鳥遊さんに、何してやがんだ…………!!」

 

 怒りを込めた拳がマンダラの顔面を捉え、生身で放ったとは思えない一撃が叩き込まれる。その一発でマンダラは大きく吹き飛ばされ、背中から地面に落下した。

 

「がはっ!?」

「はぁ、はぁ……コガラシ、変身ッ!!」

【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】

 

 再びコガラシに変身し、忍者刀を抜きマンダラに挑む。それを阻もうと周囲の下忍が襲い掛かるが、コガラシは素早い動きで下忍達を翻弄した。正しく風の様な素早い動きで下忍達の間を縫って動き、すれ違いざまに次々と切り倒していった。その姿はとても先程マンダラに敗北し死にかけていた者の戦いには見えない。

 

 あっという間に下忍達は倒され、残るはマンダラただ1人。

 

 仲間の下忍達が全て倒れたことに、マンダラは仮面の奥で奥歯を噛みしめると忍筆を取り出し術を発動した。

 

「雑魚共が……!」

【忍法、血躁手(けっそうしゅ)の術ッ! 達筆ッ!】

 

 術の発動と共に、マンダラの足元から血で出来た腕がコガラシを捉えるべく何本も伸びてきた。向かってくる無数の血の腕をコガラシは紙一重で回避し、それだけでなく忍者刀で切り裂きマンダラへと突き進んだ。

 

 これだけでは足りぬと、マンダラはさらに多くの血の腕を伸ばしコガラシを捉えようとした。しかしコガラシは止まらない。一撃一撃に風を纏ったコガラシは、血の腕を次々と切り落としていき辺りには血の海が広がっていく。

 

 そして遂にマンダラを捉える事が出来るほどの距離にコガラシが到着した。

 

「オォォォォッ!」

 

 術の制御で精一杯だったのか、今のマンダラは無防備だ。ここで決めるとコガラシが忍者刀を振り下ろした。

 

 その時、背後から唯の悲鳴が周囲に響いた。

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!?」

「ッ、しまった!?」

 

 後ろを見れば、そこには無数の血の腕に掴まれ持ち上げられた唯の姿があった。マンダラはコガラシが止められないと見て、狙いを後ろに居る唯に変えたのである。

 

 唯が捉えられた事に動揺し動きを止めてしまったコガラシに、マンダラは今が好機と噴血槍でコガラシを串刺しにしようとした。

 

「馬鹿めッ!」

【忍法、噴血槍の術ッ! 達筆ッ!】

「くっ!?」

 

 ギリギリのところでマンダラの狙いに気付いたコガラシが回避するが、反応が遅れた為完全に回避することは叶わなかった。

 

 結果、血の槍はコガラシの体を貫く事は無かったが、代わりに彼の腰に収納されていた忍筆を貫き砕いてしまった。

 

「筆がッ!?」

「これで貴様はもう術を使えまい」

「くっ、チクショウ……!?」

 

 悔しいがマンダラの言う通りだ。今の千里は最大の武器を取り上げられたも同然。一切の忍術も使わず、マンダラ程の相手を倒すどころか退かせる事も今のコガラシには不可能だ。

 万事休すか……そんな事をコガラシが考えた時、マンダラに捕らえられ上空に持ち上げられた唯が自由に動く腕を振ってその手に握られていた小箱をコガラシに向けて放り投げた。

 

「南城君、これっ!」

「ッ!」

 

 唯が投げたのは秘宝の筆が入った小箱だった。それを見てコガラシは反射的に手を伸ばし、投げられた小箱を掴んだ。

 

 互いに、大きな考えがあった訳では無い。ただ、筆が無くなったのなら次の筆を使えばいいと言う、ただそれだけの考えであった。

 

 マンダラはそれをさせまいと血躁手で横取りしようとしたが、コガラシが血の腕を切り裂き無力化して小箱を掴んだ。

 

 その瞬間、コガラシが掴んだ小箱に罅が入り砕け散った。それは彼が握り潰したと言うより、小箱が内側から破裂したような壊れ方だった。

 そしてコガラシの手には、万閃衆の秘宝の一つである晴嵐の筆が握られていた。

 

「ッ!!」

 

 筆を手にした瞬間、コガラシは奇妙な感覚を覚えた。筆から得も言われぬ、力の様な物が伝わってくるような感覚。まだ何も書いていないと言うのに、それだけで彼はこの秘宝の力を感じ取った。

 

「す、スゲェ……これが、秘宝の……」

「そいつを渡せぇッ!!」

 

 1人秘宝に感動していると、それを奪い取ろうとマンダラが鋸剣を振り下ろしてくる。同時に噴血槍が多数突き出てきて、コガラシを穴だらけにしようと迫ってきた。

 

 それに対し、コガラシは咄嗟に筆を振るい文字を書こうとした。せめて何か、目くらましになればと思いながら書こうと筆を振る。しかしタイミング的に間に合わない。

 

 そう思っていたのだが…………

 

「くっ!」

【忍法、風遁の術ッ! 速筆ッ!】

「ん?」

 

 発動する風遁の術。それは確かに今の瞬間、コガラシが意識した術ではある。しかしそれはこのタイミングで発動する筈の無い術だった。何故なら何時もの執筆速度では、マンダラの攻撃を許す前に術の発動が間に合わないからだ。

 

 それが今はこうして間に合った。一瞬で発動した風遁の術が、血の槍諸共マンダラを吹き飛ばした。

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 血の槍を消し飛ばされ、マンダラは大きく吹き飛ばされビルの壁に叩き付けられる。その結果に誰よりも驚いているのは、これを成し遂げたコガラシ本人であった。

 

「術の発動が、早くなってる…………!」

 

 これが晴嵐の筆の効果だろうか。何時もの倍の速度で術が発動できる。

 

 これならば……!

 

「へっ! 一筆書きより簡単に終わらせてやるぜ!」

【忍法、火遁の術ッ! 速筆ッ!】

 

 思った次の瞬間には術が発動してくれる。術を自由自在に扱う感覚に、彼は爽快感に近い感覚を覚えた。

 

 マンダラに向けて放たれる火球を追って突撃するコガラシ。自分に迫る火球を見たマンダラは、痛む体に鞭打って体勢を整えると血躁手で飛んでくる火球を受け止めようとした。だが晴嵐の筆を用いての術は威力そのものも上がっているのか、火球は血の腕に受け止められる事も無く逆に血の腕をかき消してマンダラに襲い掛かった。

 

「なっ!? チィッ!?」

 

 まさか一瞬でかき消されるとは思っていなかったので、一瞬呆気にとられたがマンダラはギリギリのところで回避する。

 

 その瞬間にマンダラは大きな隙を晒していた。コガラシはそれを好機と見て、必殺の術を発動する。

 

「書かせてもらうぜ、俺の勝利をッ! 執筆忍法、疾風激烈脚ッ!」

【必殺忍法、疾風激烈脚ッ! 速筆ッ!】

 

「クソッ!?」

【執筆忍法、噴血槍の術ッ! 達筆ッ!】

 

 風を纏い、飛び蹴りを放つコガラシ。いや、それはもう風とかそう言うレベルではない。言うなればそれは嵐……最早風などと言う生易しいレベルではなく、触れたもの全てを切り裂き掻き回す小さな台風をコガラシは纏っていた。

 

 マンダラはそれに対抗しようと、噴血槍の術で対抗する。

 

 ぶつかり合う嵐の蹴りと血の槍。その軍配は、破壊の権化と化した嵐の蹴りを放つコガラシの方に上がった。血の槍が触れた瞬間砕かれ、蹴りはそのままマンダラへと向けて突き進む。

 

「何ぃっ!?」

 

 最早防ぐものの無くなった蹴りが、真っ直ぐマンダラに突き進み直撃する。マンダラは大きく吹き飛ばされていった。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 蹴り飛ばされたマンダラはその先にあった車に激突し、ガソリンに引火したのか大きな爆発を起こす。

 

 着地したコガラシはその様子をジッと見つめていた。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 呼吸を整えながら燃え盛る炎を見つめていると、炎の中から人影が出てきた。言わずもがなマンダラだ。あの爆発の中、コガラシの一撃を喰らっても尚己の身を守っていたのだ。

 

「き、きさ、まぁ…………!?」

「まさかまだやる気か? いい加減帰れよ」

 

 と言うかもう帰ってほしかった。正直コガラシ自身もう限界で、こうして立っているのがやっとと言う状態なのだ。これ以上は戦うどころか変身を維持するのも難しい。

 

 だがマンダラはまだ戦うつもりなのか、新たな噴血槍と血躁手でコガラシを攻撃しようとした。だが次の瞬間、血の槍と腕が突如形を失って崩れ落ち、同時にマンダラが苦しみだした。

 

「うぐっ!? ぐぅぅぅぅぅぅ!? くっ、流石に血を使い過ぎたか……」

「あ?」

 

 マンダラの言葉にコガラシが仮面の奥から訝し気な目を向けていると、奴は懐から無数の苦無を投擲した。コガラシの周りに何本も突き刺さり、内一本はコガラシ自身を狙って飛んでくる。それを彼は腕の鎧で弾こうと腕を上げる。

 

 ガキンと弾かれる苦無。それを何気なく見たコガラシは、苦無の後ろに爆弾が括りつけられているのに気付いた。

 

「ッ!? ヤバッ!!」

「え?」

「伏せろッ!!」

 

 マズイと後ろに下がり、唯を抱きしめるようにしてその場に伏せる。直後に苦無に括りつけられていた爆弾が爆発し、周囲で幾つもの小規模な爆発が起こった。爆発は威力自体は小さいが、同時に多数起こるとそれだけで十分な威力となり周囲は爆炎で何も見えなくなる。

 

 唯を守るべく彼女に覆い被さったコガラシは、襲い掛かる爆風をその身に受けた。熱と衝撃を感じるが、爆弾1つ1つは小さなものだからかそこまでダメージを受けるようなものではない。

 程無くして爆風は収まり、煙が風に流されるとそこにはマンダラは勿論下忍の姿も無くなっていた。その光景にコガラシは敵が撤退してくれたことを察して、小さく息を吐きながら立ち上がった。

 

「退いてくれたか……ふぅ」

「南城君、大丈夫?」

「ん? あぁ、俺は何とか…………ぁ」

 

 唯に対して強がろうとしたコガラシだが、敗北し受けたダメージはやはり相当深かったらしく勝手に変身が解除されると脱力して倒れそうになった。唯はそれを慌てて支えようとして、しかし失敗して彼に押し倒されるように倒れてしまう。

 

「南城君ッ!? しっかり、きゃっ!?」

 

 背中から倒れてしまった唯は最初痛みに呻いていたが、自分の上に千里が倒れ込んでいる事に気付いてそれどころではなくなる。千里に押し倒された形になっている事に、唯は顔を真っ赤にして彼を起こそうとした。

 

「ちょ、ちょっと!? 南城君、しっかりして!」

「ご、ごめん……俺、そろそろ……限界かも……」

「えぇっ!?」

 

 千里の声に力が無くなって来た。意識が途切れそうになっているのを見て、唯はどうしようと慌てている。そうこうしている内に、千里の意識はどんどん薄れて行き、唯の首筋に顔を埋めるように彼は意識を失った。

 

 静かに寝息を立てる千里に、唯は顔を赤くしながらも仕方がないなと溜め息をつく。

 

「もう、仕方ないなぁ……お疲れさま、南城君」

 

 唯は子供をあやす様に自分に覆い被さって眠る千里の背中を優しく撫でた。傷だらけになりながらも、唯に撫でられる千里の顔はとても穏やかなものになっていた。

 

 それから暫くして、2人は異変の通報を受けてやってきたS.B.C.T.により救助されるのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方街から離れた林の中では、未だにツララとゲッコウの戦いが続いていた。

 

「執筆忍法、氷遁の術ッ!」

【忍法、氷遁の術ッ! 達筆ッ!】

「ぐぉぉぉぉっ!?」

 

 ツララから放たれる吹雪がゲッコウに襲い掛かる。向かってくる吹雪は周囲の木諸共ゲッコウを氷漬けにし、その場には人型の氷柱が出来上がった。

 氷漬けになったゲッコウにトドメを差そうと大十字手裏剣を投げるツララ。回転しながら飛んでいった手裏剣は氷柱を木端微塵に粉砕し、小さな氷塊を辺りにばら撒く。

 

 その光景にツララはあれがダミーである事に気付いた。

 

「分身か!?」

「その通りッ!!」

 

 砕いた氷柱の中にゲッコウが居ない事に気付いたツララが警戒するよりも早く、影を伝って彼女に接近したゲッコウは彼女を切り裂こうと大鎌を振り抜いた。三日月形の刃がツララを袈裟切りにしたが、直後に彼女の体は細かい雪の塵になって消えた。空蝉の術だ。だがそれだけでなく、相手を氷漬けにする氷晶雪塵の術も同時に使われている。

 

 ゲッコウはこの雪の塵が触れると不味いものだと即座に気付き、鎌を使って雪を吹き飛ばした。しかし雪の塵による氷漬けを完全に防ぐことはできず、雪が触れた鎌は所々が氷漬けになり重量が増してしまった。

 

「ぐぅ……」

「隙あり!」

 

 重くなった得物に呻くゲッコウを見て、ツララは戻ってきた大十字手裏剣を掴み取り直接斬りかかった。体を弓なりに反らして、全身の筋肉を使って振り下ろす。

 

 その寸前、ゲッコウは忍筆を抜き術を発動させた。

 

「執筆忍法、影遁 影刺しの術ッ!」

【忍法、影遁 影刺しの術ッ! 達筆ッ!】

 

 ゲッコウが術を発動させると、彼が接している全ての影から黒い刃が飛び出してきた。影その物が武器となって襲い掛かって来る攻撃に、ツララは仮面の奥で目を見開く。

 

「くっ!?」

 

 咄嗟に攻撃を中断し大十字手裏剣を盾に防ごうとするツララだったが、完全に防ぐことは叶わず影の刃の幾つかは防御をすり抜け彼女の腕や足を切り裂き貫いた。

 

「うあ、あぁぁぁぁぁっ?!」

「貰ったぁ!」

 

 手足を傷付けられ、地面に落下するツララに追撃しようと迫るゲッコウ。だが迫ろうとした時、ゲッコウの足が何かに取られ動きを止められる。

 

「ッ、何だッ!?」

 

 足元を見ると、そこでは何時の間にか足が凍り付き地面に縫い留められていた。この技はついさっき使われたばかりの術、霜走りの術だ。ツララは攻撃を受けて地面に落下する最中、この術をゲッコウの進行ルート上に仕掛けていたのである。彼が即座に自分に追撃を仕掛けてくることを予想していたのだ。

 

 徐々に氷が侵蝕してくる。このままだと氷漬けにされると鎌の柄で足と地面を繋げている氷を砕きその場から離れた。だが氷漬けにされた足は完全には治らず、ゲッコウは機動力を奪われた。

 

「くぅ!? はぁ。はぁ……」

「うぅ……ぜぃ、ぜぃ……」

 

 互いに相手に手傷を追わせて、相手を睨み付けるツララとゲッコウ。

 

 その時、双方の耳にサイレンの音が聞こえてきた。街の方で起こった騒動にやってきたS.B.C.T.の車両のサイレンだ。

 

 それを聞いた2人は、どちらからともなく戦闘態勢を解いた。どうやらここが潮時らしい。

 

「今日はここまでだな」

「その様でござるな……」

「勝負は預ける。あばよ」

【忍法、影潜りの術ッ! 達筆ッ!」

 

 ゲッコウは影の中に潜り込み、影を伝ってその場を離れていく。気配でそれを察したツララは、肩から力を抜き変身を解除した。

 

「はぁ…………くっ!!」

 

 徐に椿は近くの木の幹を殴りつけた。

 

 ゲッコウと千里は戦い、2人は引き分けに終わった。そして今、自分もゲッコウとの戦いに決着をつける事が出来ず互いに手傷を負わせただけで結果は引き分けと言う終わりを迎えた。あれほど大口叩いて見せたと言うのに、結果は千里と何も変わらないのだ。

 

 普段自分が未熟未熟と宣っている、千里と同じ結果に終わってしまった事が椿は許せなかった。

 

「次は……次こそは……!」

 

 誰も居なくなった林の中で、椿が1人呟く。当然それを聞く者は誰も居らず、彼女を宥めてくれる者も誰も居ないのだった。




という訳で第10話でした。

ここら辺からコガラシに対してのテコ入れをしていきます。取り合えず今回は新たな能力と言うか、順当に能力の強化って感じです。次回以降はコガラシの専用武器の入手に着手したりと強化されていきます。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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