仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第十二筆:風を読め

 ここ最近、千里は奇妙な視線を感じる事が多くなったと感じた。

 

 朝のHR前や休憩時間、昼食の時は勿論の事、場合によっては授業中も強く視線を感じる事があり、その度に彼は気を散らされていた。

 気を散らされるのは煩わしいのだが、それ以上に気になるのは視線から感じる物だ。纏わりつくようなねっとりとした不快な視線。千里はその視線に既視感を感じていた。

 

 視線を感じているのは唯も同様であった。尤もこちらが感じる視線は、千里が感じているものに比べてずっと危険だと感じた。

 特にその視線を感じるのは休み時間や昼休憩の最中。背筋がゾワリとするような視線に、時に飛び上がるほど驚いた。思わず自分の体を抱きしめて周囲を見渡すほど、その視線は身の危険を感じさせるものであった。

 

「――――と言う訳なの」

「小鳥遊さんも?」

「え? も、って事は……」

「俺も最近変な視線を感じるんだよ。探しても誰がその視線を向けてるのか分からないんだけど」

 

 流石に居心地が悪くなった唯は、千里に相談しようと放課後に七篠庵に立ち寄りコーヒー片手に悩みを打ち明けた。するとそこで初めて千里と唯は互いに同じ悩みを抱えていた事を知った。ただし2人が感じる視線の種類は少々異なるものであるようだったが。

 

「一体何なんだろう……」

「確認するけど、小鳥遊さんが感じる視線って身の危険を感じるような奴なんだよね?」

「うん、そうなの。背筋がゾッとするって言うか、兎に角向けられた瞬間危ないって思う様な……」

 

 話しながら唯は溜め息をついた。この視線の所為で最近は授業にも身が入りきらず、黒板の内容をノートに写すのが間に合わなくなることが多々あった。その度に申し訳なく思いながら、千里にノートを見せてもらう羽目になっている。

 まぁ見方を変えれば、千里と公然と触れ合う機会を得られたので悪い事ばかりでもないのだが。

 

 幸いなのは、家にまでその視線が付いてくることは今のところない事だろうか。これで帰宅の道中や家に居る時も視線を感じるようであれば、襲われる危険もあるから警察に助けを求める事も出来るのだが、視線以外に実害がない為現状警察に頼れないと言うもどかしい事になっていた。

 

 唯の話と自分の現状を照らし合わせ、千里は難しい顔になった。普通に考えればこれはストーカーの類、それも恐らく犯人は同じ学校の生徒だろう。視線を感じるタイミングの多くが基本学校に居る時に限定されているのでそれは確実だ。

 ただ千里が気になっているのは、自分と唯に向けられる視線の種類の違い。ねっとりと嘗め回すような、まるで品定めするかのような視線を自分が感じて唯が身の危険を感じる視線を感じている。普通に考えて逆ではないだろうか?

 

 勿論唯が感じる身の危険が貞操の危機に直結するような類であれば決して間違いではないが、普段学校に居る時視線を感じた瞬間と思しき唯の反応を見る限り本当に悪意ある視線を感じているように思える。

 

(一体誰が……)

 

 考えながら千里はコーヒーを一口啜る。ちょっぴり冷めたのか温いコーヒーが喉を通って胃に落ちていくのを感じながら、千里は同じテーブルについている椿に意見を求めた。

 

「なぁ長谷部さん? 長谷部さんは最近変な人見かけなかった?」

 

 千里が問い掛けた時、椿は注文したケーキに舌鼓を打っている所であった。フォークを咥えながら満足そうに眠っているような瞼の目尻を下げている。

 

「ん~! このケーキ、ジェーン殿の手作りとは真でござるか?」

「そうよ~。自分で言うのもなんだけど、いい出来でしょ~?」

「実に!」

 

 会話にも入ってこず何をしているのかと思えば、1人だけケーキを頼み甘味を堪能していた。マイペースな彼女に、千里は脱力し唯は溜め息をついた。

 

「長谷部さんったら、もう……」

「まぁ長谷部さんには関係の無い話だし」

「おっと、それは心外でござるな。甘味を堪能しながらも拙者、2人の話はしっかり聞いていたでござるよ」

「本当に?」

「誓って。何やら不穏な視線を感じておられるとか。拙者、その視線の主を見たかもしれぬでござる」

 

「「えっ!?」」

 

 まさか椿から視線の主が明らかになるとは思っていなかったので、2人は思わず席を立ち彼女に詰め寄る。2人が席を立った瞬間椿はケーキとコーヒーを皿ごと持って2人から距離を取り、振動で倒れるのを防いだ。

 

「長谷部さん、それ本当!?」

「見たの!? ストーカー見たの!?」

「ストーカーと断じていいかは別として、2人をここ最近見ている者は拙者見たでござるよ」

 

 まさか椿からこんな核心を突いた情報が齎されるとは思っていなかったので、千里と唯は思わず互いに顔を見合わせた。

 その間に椿は残ったケーキを味わい、甘味をコーヒーで洗い流し満足そうに息を吐いた。その吐息に我に返った2人は、それは誰なのかと尋ねた。

 

「それで、誰なの?」

「私達を見てたのって……?」

 

 2人からの問いに対し、椿は直ぐに答える事はせずコーヒーのお代わりをジェーンに注文した。程無くして椿のカップに湯気を立てるコーヒーが注がれ、彼女がそれを一口飲んでほぅっと息を吐くと次の瞬間彼女の口からその名が告げられた。

 

「あれは、確か……間宮 里香殿でござるな」

「間宮……」

「里香……南城君、何か知ってる?」

 

 椿の口から出た里香の名前に、2人は顔を見合わせ情報交換した。勿論2人共、里香が同じクラスの生徒だと言う情報は持っていた。だからこの場合の情報交換とは、互いに里香とどの程度親交があるかとか、もっと単純に彼女の為人(ひととなり)をどの程度知っているかと言った意味合いである。

 

 それに対して、奇しくも2人の意見は一致していた。

 

「いやぁ……殆ど話もした事無いし……小鳥遊さんは?」

「私も、必要以上の事は何も……」

「間宮殿は他人と触れ合う事自体が少ないでござるからな。拙者が知る限り、彼女は自由時間の殆どを勉学に費やしているでござる」

 

 そうだ、言われて2人は思い出した。里香と言えば、普段から参考書と向き合っている印象が強かったのだ。三つ編みのおさげに丸メガネと言う風貌も相まって、彼女の事をガリ勉と呼ぶ者も少なくない。

 

 そんな彼女が自分達に視線を向ける理由が分からず千里も唯も首を傾げた。

 

「間宮さん……俺達に何の様なんだろう?」

「そもそも私と南城君、どっちに用事があるのかな?」

「接点が無いのであれば、順当に考えれば間宮殿の目当ては千里殿でござろう。案外間宮殿は千里殿に気があるのではござらんか?」

「えっ!?」

 

 里香が千里に気がある……つまり好意を抱いているのではと椿が口にした瞬間、唯の胸に気持ちの悪い感覚が渦巻いた。今まで感じた覚えのない感覚に、唯は困惑し表情を険しくする。

 

 一方の千里はと言うと、こちらは里香に好意を向けられる心当たりがなかった為首を傾げた。前述した通り彼と里香の間には接点と言うべき接点が殆ど無いのだ。その状態で好意など向けられる理由が分からない。これで千里が自他共に認めるイケメンであるのなら話は別だが、彼は普段目立つようなことはせず野暮ったい伊達眼鏡で地味な見た目になるように心掛けている。だから間違っても一目惚れされる様な事等も無い筈なのだが…………

 

「な~んで、間宮さんが……?」

「ただ拙者が見た限りだと、あまり穏当な感情を抱いている様には見えなかったでござるが」

「え?」

「あれはともすれば簡単に人が刺せる手合いでござった」

 

 あの時、周囲から騒がれている千里と唯に向けられた里香の視線は、椿からしてもゾッとするようなものであった。もしあの視線を自分に向けられていたら、時と場合にもよるが反射的に手裏剣か苦無を投げていたかもしれない。

 椿がそれほどの警戒心を向ける相手となると、用心した方が良いのかもしれない。千里は里香に対してそう認識を改めると、冷めたコーヒーを飲み干し明日から周囲への警戒度を引き上げる事を決めたのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 それから暫くの間、千里は椿から警告を受け里香の行動に警戒していた。学校に居る時は己の目で見て、学校が終われば口寄せ目張の術で監視していた。しかしクモクセジに襲われてから数日経っていたが、特に里香が卍妖衆と接触したような形跡はなかった。

 

 だが、では里香が全く怪しくないかと言われればそうとも言い切れない部分があった。

 

「キャッ!」

「おっと……間宮さん、大丈夫?」

「う、うん……ありがとう、南城君」

 

 これだ。ここ数日、里香からの千里への干渉が多くなっているのだ。具体的には千里の前で物を落とし、それに気付いた千里が拾おうとしたところで手を触れて来たり、今みたいに曲がり角でぶつかってきたりだ。

 その際にしおらしい反応を見せてくるのだが、椿からの情報もあって里香を警戒していた千里は彼女が何か仕掛けてくるのではと警戒を強めていた。

 

 里香の最近の行動に対し警戒と言うか面白く思っていないのは唯も同様であった。唯の場合は、明らかに千里に媚びを売る様な行動をしている里香に対し、言葉では言い表せない感情を抱き険しい顔になる事が多くなっていた。

 今も、千里と隣り合って歩いている時に曲がり角でいきなり彼にぶつかって来たと言うのに、里香は唯には見向きもしない。そして極めつけは千里にのみ向ける熱の籠った視線。恋愛に疎い唯でもあれは里香が千里に対して恋慕の情を抱いての物だと言う事が分かった。

 

 別に、だから何だと言うのが唯の考えであった。千里と唯は別に付き合っている訳では無い。日頃一緒に行動しているのは、唯が何時卍妖衆に襲われても即座に守れるようにと言う千里の優しさと使命感によるもの。恋慕は関係ない。

 

 そう…………関係ないのだ。

 

(その、筈なのに…………)

 

 だのに、千里に必死にアピールしようとしている里香の姿に唯は胸が苦しくなるのを感じた。唯は別に高飛車でも我儘でもなく、他人に対して差別的な感情を抱く事もしない。風紀や校則に違反していなければ、彼女が他人に対し嫌悪や排他的感情を向ける様な事はこれまでなかった。

 故に、唯は今自分が里香に対して抱いている感情を受け止めきる事が出来ないでいた。理解できず、受け止める事が出来ないから、もうこれ以上その光景を見る事が苦しくなる。

 

「ッ!?」

「あ、小鳥遊さん!?」

 

 何も言わず先に行ってしまう唯の背に、千里の呼び止める声が届く。しかし唯はこれ以上千里が他の女子と触れ合う姿を見ていたくないので、振り返る事も答える事もせず廊下の先へと消えてしまった。

 

 唯は千里から距離を取ったが、しかし胸の内に渦巻く気持ち悪さは一向に無くなる様子を見せない。それどころかもっと酷くなる一方で、結局その日は授業にも身が入らずノートはほとんど何も書かれない真っ白な状態で一日を終えてしまった。

 

 今日はもう何をしてもダメだ。こんな気持ちでは、部活にも身が入らないに違いない。そう感じた唯は体調不良を理由に部活を休み放課後は早々に帰宅する事にした。勿論千里には何も告げていない。

 だってあれからと言うもの、千里の傍には絶えず里香が居たのだ。まるで千里の隣は自分の場所と言う様に…………

 

(違う……違う違う違う……!?)

 

 何が違うのか、唯はハッキリとした答えを出す事が出来ずにいた。別に千里の隣は唯の場所などと言う訳では無いのに、そこに別の女子が立っている事が気に食わない。

 その事をハッキリと言葉に出す事が出来ず、吐き出せない気持ち悪さが唯の心を苛み傷付けていた。

 

 真っ直ぐ帰っていた筈なのに、足は自然と当てもなく街の中を彷徨い、気付けば唯は見知った道に出ていた。

 そう、千里の家へと続く道だ。

 

「ぁ…………」

 

 遠くに千里の家である屋敷が見える。それに気付いた時、唯は自分が無意識に千里の家へと向かっていた事を知り思わずその場に蹲った。

 

「何で……どうして…………!?」

 

 何故、こんなに胸が苦しいのか分からない。何故、千里の隣に自分以外の女子が立つのが気に食わないのか分からない。

 

 なぜ、何故、ナゼ………………

 

「……違う」

 

 そうだ、本当は分かっていたのだ。ただ現実から、その感情から目を逸らしていただけで。

 

 だって、今彼女が抱いている感情は学生が抱くには不純だから。学業に於いて、その感情は邪魔でしかない。風紀だって乱れる。風紀委員として、多くの生徒を取り締まり注意してきた自分が抱いてはいけない感情の筈なのだ。

 

 だが……あぁ、何と言う事だ。蓋をしようと押さえつければ押さえつけただけ、彼の……千里の顔が頭に浮かんで離れなくなる。彼への感情が溢れて止まらなくなる。

 

 やはり、自分は…………

 

「私……南城君。……千里、君…………」

 

 この場に居ない彼の名を呼ぶと、こんなにも心が軽くなる。胸の内が温かくなって、先程まで荒れていた心が静かに凪いだような気がした。

 

 それは何よりの証拠。唯が……1人の少女が、南城 千里と言う1人の少年に恋をしている証であった。

 

 一度自覚してしまうと、もうその気持ちを誤魔化す事は出来なかった。

 

「私……どうしたら……」

「小鳥遊さんッ!?」

「……え?」

 

 不意に唯の名が呼ばれた。聞き覚えのある声、聞きたかった声色、耳を打つだけで心地良い息遣いに唯が顔を上げれば、そこには血相を変えて駆け寄ってくる千里の姿があった。

 千里は地面に蹲っている唯を見て、彼女が卍妖衆に襲われ怪我でもしたのかと心配して駆け寄ったのだ。

 

「小鳥遊さん、どうしたの!? 大丈夫? 怪我は……!?」

 

 学校が終わり、何時もの様に下校途中で合流する前に唯の様子を一目見ようとバスケ部へと顔を出せば、唯の姿はなくどうしたのかと訊ねれば体調不良で帰ったと聞いた。そんな素振りも無かった筈なのに何も言わず学校を出た唯を心配して探してみれば、1人千里の家へ向かう道中で蹲っていたのだからそりゃ心配する。

 千里は我が事の様に狼狽して唯の身に異常が無いかを確認しようとしゃがんで彼女と目線を合わせた。

 

 そんな彼に、唯は堪らず抱き着いた。

 

「ッ!」

「わっ!? と、小鳥遊さん?」

 

 突然抱き着いて来るとは思っていなかったので、千里は驚きながらも何とか唯を受け止めた。バスケ部に所属している唯ではあるが、運動して鍛えている割には体重は軽く受け止める事は造作もない。だが発育の良い体、特に同年代に比べて豊かな双丘が胸板に押し付けられる感触に、千里も男として反応せずにはいられず一瞬顔を赤くした。

 

「た、小鳥遊さん!? えっと、その…………?」

 

 何とか唯を宥めて引き剥がそうとした千里だが、耳を澄ませば聞こえてくる彼女のすすり泣く声に羞恥も興奮も忘れていた。

 

「小鳥遊さん、泣いてるの?」

「うっ……ぐすっ!? ひっく…………」

 

 千里には何故唯が泣いているのか分からない。だが、ここで彼女を無理矢理引き剥がす事が悪手であると言う事が分かる程度には彼も人の心が分かった。

 生憎と忍者の修行では、女性の扱い方は教えてもらっていない。だから千里も手探りで触れるしかなかった。どうすべきか分からなかったから、彼は自分の直感に従って彼女に優しく接する事にした。

 

「大丈夫……大丈夫だよ」

 

 そう言って千里は唯の背中を優しく擦った。子供をあやしているようで申し訳なく思うが、生憎今の千里には他に良い触れ合い方が分からなかった。

 何が大丈夫なのかもよく分からず、これが正解だと言う保証も無かったが、彼はこれで唯が落ち着いてくれたらと願い只管優しく声をかけながら彼女の背中を撫で続けた。

 

 日が傾き、赤くなり始めた空の下。人気のない道路の上で2人は抱き合い静かな時間が流れていた。

 

 どれだけそうしていただろうか。千里が気付いた時には唯のすすり泣く声は止んでいた。

 

「小鳥遊さん?」

「うん……ありがとう、南城君」

「落ち着いた?」

「うん……」

「そっか」

 

 そこで2人の会話は途切れた。今更ながら、人気が無いとは言え道路の真ん中で抱き合っている状況に恥ずかしくなったのだ。恥ずかしくて気不味くて、2人は互いに相手の顔を見る事が出来ず明後日の方を見てしまう。

 

(お、思わず抱きしめて撫でちゃったけど……だ、大丈夫かなこれ? って言うか、む、胸……!? 小鳥遊さんの胸が……!?)

(どうしよう……!? 思わず抱き着いて泣いちゃった!? いきなり抱き着いて泣くなんて、面倒臭い女とか思われてないかな……!?)

 

 どちらも自分が相手に対してやらかしてしまったと言う気持ちにどう言い訳しようかと考えつつ、この状況が決して悪くないと思っている自分にも気付いていた。始まりはどうあれ、互いに想いを向けている相手に触れ合えているのだ。

 気不味いが、離れたくない。そんな複雑な気持ちもあって、2人はそのまま互いに抱き合ったまま離れずにいた。

 

 その様子を物陰から血走った目で睨み付けている者がいた。2人のクラスメートであり、ここ最近千里に矢鱈と接触してくる女子……間宮 里香であった。

 まるで親の仇でも見るような目で2人を睨んでいた里香は、その口で悪意の籠った言葉を紡いだ。

 

「妖蟲変化の術……!」

 

 里香の体から墨汁が染み出す様に彼女の体が黒い液体の様な物で覆われていき、その姿をクモを模した異形たるクモクセジへと変じさせた。

 

 里香が変化したクモクセジは、日が傾き濃くなった影の中に入り込んだ。すると溶け込むようにその姿が見えなくなる。

 そしてその状態で2人の傍に近付くと、影から飛び出して2人へと襲い掛かった。

 

「シャァァァァッ!!」

「ッ! 危ないッ!」

「キャッ!?」

 

 クモクセジからの奇襲。千里はクモクセジが影から飛び出す直前、奴が放つ悪意に気付き意識を警戒状態にしていた。それもあって彼は危ういところでクモクセジからの攻撃を回避する事に成功していた。

 

「出てきたな、クモクセジ……! またいつか出てくると思ってたぞ!」

「ハァァァァ……」

 

 ここで仕留めると言わんばかりに意気込む千里を前に、クモクセジはまるで排熱する様に大きく息を吐いた。

 そして8つある目を千里の後ろに庇われている唯に向け、再び千里に目を向けると大きく息を吸い勢いよく吐き出した。その勢いに乗る様に粘着質な糸の束が千里に向け放たれる。

 

 あんなものに当たったら身動きが取れなくなる。千里は唯を引っ張る様にして糸の束を回避し、体勢を立て直すと同時に忍筆と巻物を取り出した。

 

「あまり時間を掛ける訳にはいかないか。小鳥遊さん、下がってて」

「うん! 南城君、頑張って!」

 

 唯からの激励を背中に受ける。それだけで彼の心は昂り震えあがった。心地良い高揚感を感じながら、千里は巻物を開き文字を描く。

 

「執筆忍法、変身の術ッ! コガラシ、変身ッ!」

【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】

 

 千里はコガラシに変身すると、左手に忍者刀を持ちながら右手で忍筆を構えた。クモクセジとは以前も戦っている。その時の戦いで大体の奴の戦い方は理解したつもりだった。

 

 しかしそれは甘い見通しだった。クモクセジにはまだ隠された力があったのだ。

 

「プゥゥゥゥゥゥッ!」

「何だ?」

 

 突然クモクセジが上空に向けて糸を吐いた。吐き出されたいとは糸くずか何かの様に短い糸の塊となって、幾つも周囲に降り注いだ。

 

 忽ち周囲は糸で覆われたが、その糸はコガラシの動きを拘束するような効果は持っていない。触れてもくっつかないただの糸が、周囲の小さな突起などに引っ掛かる様に壁などにくっつき更に糸同士が絡まる様にして糸の壁を形成していく。

 

 そうして気付けば、コガラシの周りには糸で出来た迷宮の様な物が出来上がっていた。

 

「これは……ヤバいッ!?」

 

 やっとコガラシは危機感を抱いた。これは蜘蛛の巣だ。相手を絡め取る様な物ではないが、蜘蛛のテリトリーとなる蜘蛛の巣。クモクセジの姿は糸の壁に遮られて、何処から襲ってくるのか分からない。

 

「このッ!」

【忍法、火遁の術ッ! 速筆ッ!】

 

 目にも留まらに早さで幾つも火遁の文字を描いたコガラシ。放たれた無数の火球が周囲の蜘蛛の巣を焼き払おうとするが、今度の糸は耐熱性に優れているのか焼き切る事が出来ない。

 

 思わず舌打ちしてしまうコガラシを嘲笑う様に、クモクセジは死角から飛び出し爪で切り裂いて来た。

 

「シャァッ!」

「ぐっ!?」

 

 ギリギリで防御する事に成功したコガラシだが、クモクセジは攻撃が失敗したと見ると直ぐに彼から離れ糸の壁の中に潜り込んでしまった。糸の壁は直ぐに塞がり、後を追う事は出来なくなる。

 試しに糸の壁に忍者刀を振り下ろしてみるが、壁を構成する糸は伸縮性と防刃性に優れており切れる事無くコガラシの斬撃を受け止めてしまった。

 

「クソッ……」

 

 どうやらクモクセジの糸は、通常の蜘蛛の糸に比べて遥かに頑丈であるらしい。こんな忍者刀では切り裂く事も困難だ。何か術を付与すれば或いは何とかなるかもしれないが、どこからクモクセジが狙っているか分からない状況では迂闊に隙を晒すのはリスクが高い。

 

 どうすべきか……コガラシが悩んでいると、クモクセジは一気に攻勢に転じた。

 

「シャッ!」

「おっと!?」

 

 出し抜けに右隣の糸の壁を破って、クモクセジが姿を現した。飛び出したクモクセジは爪で攻撃し、ギリギリで反応したコガラシは忍者刀でそれを受け流す。

 そのまま反撃に転じようとしたコガラシだったが、クモクセジは即座にその場を飛び退くと糸の壁の中に潜り込んだ。そして気付けば、先程奴が飛び出してきた壁の穴は綺麗に塞がっている。

 

 思わずコガラシは歯軋りした。なかなかに厭らしい攻撃をしてくる奴だ。自分に有利な戦場で、しかし決して油断するようなことはせずヒットアンドアウェイに徹する。感情に任せる事の無い、正に蟲の様な堅実な戦闘だった。

 

 そのまま何度も飛び出しては引っ込んでいくクモクセジの攻撃に、コガラシは次第に防御が間に合わず攻撃を受けていく場面が多くなる。

 

「くっ!? がはっ!? チィッ!?」

 

 コガラシも何とか応戦してはいるが、このままではジリ貧だ。徹が気付いてくれればいいが、果たして彼は今日家にいただろうか?

 もし今彼が家に居なければ、頼みの綱は椿がこちらに来てくれること。彼女を頼みの綱にここを耐え忍ぶ…………

 

(……馬鹿、何他人任せにしてんだよ)

 

 そこまで考えた所でコガラシは父や椿を頼ろうとしていた己を恥じた。

 

 思い出すのはこれまで何度も世界を救ってきたと言う、仮面ライダー達。彼らは例え1人であっても、困難に立ち向かい戦い続けてきた。コガラシが……千里が”仮面ライダー”を名乗ろうと思ったのは、そんな彼らの強さと気高さに肖り、目標にしようと思ったからだ。

 何より彼らの在り方は正に千里の考える忍者の在り方に合致する。仮面ライダーを目指す事こそが、千里にとっての忍者道なのだ。

 

 ならば、他人の力を当てにせず己の力でこの窮地を乗り越えねば、仮面ライダーなど名乗れない。先輩ライダー達に対して、申し訳が立たない。

 

「執筆忍法、風遁の術ッ!」

【忍法、風遁の術ッ! 速筆ッ!】

 

 コガラシは風遁の術で風を巻き起こす。しかしそれは攻撃の為の風ではない。事実コガラシの周りを取り巻く風は、周囲の糸を切り裂くような強さではなかった。

 糸の壁の向こうからコガラシの動きを観察していたクモクセジも、コガラシの行動が分からず思わず首を傾げつつ次の攻撃の準備に取り掛かる。佇むコガラシの周りを動き、隙のある方向を見つけ出す。

 

 一方コガラシは、右手で忍者刀を構えると左手で印を結び両手を胸の前まで上げ仮面の奥で目を瞑った。静かに深く息を吐き、心を落ち着け神経を研ぎ澄ます。

 

(読むんだ……風を……)

 

 コガラシは風を操る忍者。彼は今までそれを攻撃にだけ使っていたが、それだけでは駄目だと言う事をここ最近感じていた。

 

 見えない攻撃をしてくる相手が居る。攻撃が読めない相手が居る。攻撃を悟らせない相手が居る。

 

 だがどんな攻撃だろうが、風を乱さず進む事など出来ない。その風の乱れを感じ取るのだ。そこに必ず敵が居る。

 

 目を瞑り余計な情報を閉ざしたコガラシの耳に、吹きすさぶ風の音だけが届く。木を揺らす音、建物を撫でる音、電柱と伝線に阻まれる音、そして張り巡らされた蜘蛛の巣の隙間を通り抜ける音。

 その音の中に、慌ただしく右往左往している音と息遣いが混じる。蜘蛛の巣の外でどうしようと焦っている唯の音だ。逃げず、しかし何もする事が出来ないから右往左往するしか出来ないでいるらしい。そんな彼女の様子にちょっぴり笑みが浮かんだ。

 

 と、彼の耳に糸をかき分け近付いてくる物の存在を風が撫でる音が入った。クモクセジだ。

 

(来た……!)

 

 逸る気持ちを抑え、コガラシはその時を待つ。どんな達人であろうと、攻撃の瞬間は無防備になる。あのクセジの元がどんな人間かは知らないが、攻撃の瞬間のカウンターであればどんな相手であろうと一撃喰らわせることは可能だ。

 

 じりじりとクモクセジが近付いてくるのが分かる。それをコガラシはジッと待ち…………

 

「――――カァァッ!」

 

 コガラシの背後の糸の壁を突き破ってクモクセジが飛び出してきた。両手の爪と背中から生えた脚の先端のナイフの様な爪で切り裂こうとしてくる。

 

 しかしその動きはコガラシに筒抜けだった。待ってましたと言わんばかりに、振り返ったコガラシの振るう忍者刀がクモクセジの攻撃をすり抜け、がら空きの胴体を切り裂いた。

 

「ガァッ?!」

「ヤァッ!」

 

 胴体を切り裂かれ痛みに動きを止めたクモクセジにコガラシの追撃が突き刺さる。返す刃の斬撃に回し蹴り……どちらにも風の刃が上乗せされ威力の倍増されたそれを喰らい、クモクセジは吹き飛ばされ糸の壁を突き破った。

 

 その際、コガラシは確かに聞いた。

 

「な、南城、君……」

「ん?」

 

 クモクセジの口から出たのは間違いなくコガラシに変身する千里の名前。絞り出す様に紡がれたその声は、直後糸の壁の向こうへと消えていった。

 

 千里の苗字を口にしたと言う事は、クモクセジは千里の事を知った人物が変異したのだと言う事。それが一体誰なのか、千里には見当もつかなかった。

 ここは直接本人に聞くのが早いと、コガラシは突き破られた糸の壁の向こうへと向かうが、そこにはクモクセジの姿は影も形も無い。

 また隠れたのかと風を読み居場所を探ろうとするが、探れど探れど今度はその姿を捉える事が出来ない。

 

「…………?」

 

 今度はどうやって隠れ潜んでいるのかとコガラシが首を傾げたその時、突然周囲の糸が凍り付き砕け散った。何事かと周囲を見れば、そこには唯の傍に立っているツララの姿があった。

 

「長谷部さん!」

「何やら騒がしかったようなので助太刀しに参ったのでござるが……どうやら余計な世話だったようで?」

 

 糸の壁が凍って砕けて崩れ落ちると、そこに居るのはコガラシだけでクモクセジは影も形も無い。どうやら先程の攻撃の後、自身の不利を察して逃げたらしい。逃げ足の速いクモクセジに不満気に溜め息をつきつつ、コガラシは変身を解いて2人へと近付いていく。

 

「逃げられちゃっただけだよ。とは言え、来てくれてありがとう」

 

 千里からの感謝に、ツララは小さく肩を竦めるだけで答えた。

 と、そこで千里は彼女の手に布で包まれた長い何かがある事に気付いた。

 

「長谷部さん、それは?」

「千里殿ご所望の品でござるよ。先程南城 徹殿より千里殿に渡すよう頼まれて」

 

 それだけで千里には中身が何なのか分かった。目を輝かせてツララが持つ荷物を見つめる千里に、彼女は苦笑しつつそれを渡した。

 

 一秒でも早く欲しいと言いたげに受け取った千里は、引き千切る様に包んでいる布を剥ぎ取った。

 

 その下から現れたのは、赤い銃身を持つ銃であった。長さは1メートル以上、ストックは無くグリップはやや角度が浅い。気になる所があるとすれば、銃口が銃身上部の先端から少し下がった位置にある点だろうか。銃にはあまり詳しくない唯ではあるが、銃口の下から意味も無く突起が突き出している形状には違和感しか感じない。

 

「その銃が、南城君の?」

「そ。まぁ、ただの銃じゃないけど……」

 

 どう言う事かと訊ねたかった唯だが、千里は使い心地を確かめる様に銃を構えてあちこちに狙いを定める様に銃口を向けている。念願の玩具を手に入れてはしゃぐ子供の様な千里の姿に、唯は毒気が抜かれた様に小さく息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コガラシの攻撃から逃げたクモクセジは、痛む体を壁で支えるようにしながら歩を進めていた。途中、変化を維持できなくなったのか元の姿に戻る。

 

「はぁ、はぁ……南城君…………!?」

 

 元の姿に戻った里香は憑りつかれた様に小さく千里の名を呼びながら覚束ない足取りで彷徨う。そんな彼女の姿を、チンピラと思しき男達が見つけてしまった。

 

「よぉ、どうした嬢ちゃん? 辛そうだな? 俺達が何処か休める場所に連れて行ってやろうか?」

 

 男達は里香を下卑た目でなめ回すように見ていた。邪な考えを持っている事が丸分かりである。

 

 しかし里香は男達をまるで見えていないかのように無視して通り過ぎようとする。眼中にないと言うかのように自分達を無視しようとする里香に、プライドが刺激された男達は怒りを露にしながら彼女の手を掴んで引き留めた。

 

「おいちょっと待てよ! 無視するんじゃ――――」

 

 里香を強引に引き留めようとした男だったが、直後に彼はあっという間に体が萎びてミイラの様になり倒れた。

 

「おぉ……ぁ……」

「え?」

「ひぃぃっ!?」

 

 仲間が突然ミイラになった事に、残りの男達は訳が分からず唖然としたり腰を抜かした。その男達に地面や壁から伸びた血の蔦が突き刺さり、彼らの体内の血もあっと言う間に吸い尽くしてしまった。

 

「ぎゃぁっ!?」

「ひぃぃぃっ!?」

「いやだぁぁっ!?」

 

 逃げる間もなく次々とミイラになっていく男達も気にした様子もなく歩き続ける里香。その彼女の前に、マンダラが降り立った。

 マンダラの姿を見た瞬間、里香は彼に縋りつき懇願した。

 

「ね、ねぇっ! もっと、もっと力を頂戴! 南城君を、私だけの物に出来るような力を……!?」

 

 まるで薬が切れた薬物中毒者の様に縋り懇願してくる里香に、マンダラは鼻を鳴らして忍筆を取り出した。

 

「いいのか? あまり多くの術を仕込むと、お前自身の脳に負担が掛かるぞ?」

「そんなのどうでもいい!? 南城君が私の物になるなら!!」

「いいだろう……」

 

 狂気に憑りつかれた里香にマンダラは仮面の奥でほくそ笑むと、新たな術を彼女の中に書き込んだ。

 

 夜の帳が降りた街の中で、狂気が更に熟成していくのだが千里達はその事を知る由もなかった。




と言う訳で第12話でした。

唯が千里への恋心を本格的に自覚しました。彼女はクソ真面目なので、今まで恋愛と化してきた事は無かったし学校は恋愛するところではないと考えていたので自分がいざ他人に恋をするとどうすればいいのか分からなくなってしまいました。今まで学校で恋愛してる人達を厳しく注意してきた事への後ろめたさもあります。

千里の新武器が今回登場しましたが、本格的な活躍は次回以降になります。どのような性能の武器なのかも次回以降お見せしていきます。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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