ある日の夕刻……街中にあるとあるビルに、S.B.C.T.の車両が集まり内部にδチームが入り調査を行っていた。
ビルの周囲は警察により規制線が張られ、その向こうからは何事かと野次馬に来た一般人だけでなくカメラを抱えた報道機関が居て、リポーターが緊張を顔に張り付けて状況をカメラに向けて説明している。
「現場からの中継です。ここで、複数の男性の遺体が発見されたと警察に通報があり、警察の調査の結果特異生物による事件の可能性が高いと言う事で要請を受けたS.B.C.T.のδチームによる調査が行われています。発見された遺体はどれも血液を全て抜かれたようだと言われており――――」
リポーターが時折背後のビルを振り返りながら説明している。落ち着かない様子なのは、その事件がただ特異すぎると言うだけの話ではないだろう。
何を隠そうこの事件、今回が初めてではないのだ。ここ数日急激に増え始め、その遺体の特異性から現代の吸血鬼事件とまで呼ばれるようになっていた。
そんな事件の現場に入り込んだS.B.C.T.の隊員達は、日が傾き暗くなった屋内を銃に取り付けたライトで照らしている。幾つもの光芒が電気の通っていない室内を切り裂き、舐めるように壁や床、天井を行き交う。
周囲を警戒する彼らの前に、幾つもの遺体が姿を現した。スーツを着た男性に見える、ミイラの様にカラッカラになった人々の遺体。普通に生きていたらまずこんな死にざまを迎える事は無いだろう遺体の有様に、隊員の中には顔を背けたりしている者がチラホラでる。
そんな中で隊長の紺色のスコープは、周囲を警戒しながら遺体に近付きそっと触れる。脈をとるまでもなく死んでいる、人々の遺体に触れながら何か犯人の痕跡は無いかと調査をした。
他にも度胸のある隊員が遺体を調べたりする中、数人の隊員は周囲に何か痕跡などが無いかとビルの奥へと向かって行く。
その中の1人δ5は、ある部屋の前を通った時その室内で何かが動く気配を感じた。
「ッ!?」
δ5が素早く銃口とその下に取り付けられたライトを向ける。だが照らされた所には誰も居ないし何もない。それでもδ5は警戒を怠らず、ゆっくりと部屋に入り室内を隈なく見渡した。
部屋の中は解体途中だったのか、天井が階二つ分ほど抜けており見た目以上に広い空間となっていた。吹き抜けとなっている天井にはまだ残っている骨組みや古い配線、配管が残っており、出来の悪いアスレチックの様な様相を呈していた。
これではライトから死角になる所が出てくると、呻き声を上げながら何か異常が無いかと目を凝らす。が、結局おかしなものは何も発見できず気の所為だったかと視線を下ろし部屋から出ようと踵を返し――――
突如彼の直ぐ傍に何か大きなものが落ちてきた。
「ッ!!」
δ5は素早く銃口を向けると、そこにあったのは別の遺体であった。さっき見たのとは別の人の遺体、恐らく何かに襲われ逃げたは良いものの結局は追いつかれ他の男達と同じ末路を辿ったのだろう。そして死んだ状態で下からは死角になる場所に引っ掛かっていた。体から水分が抜けきったから、軽くなってなかなか落ちてこなかったのだ。
このタイミングでこの遺体が落ちてきた事がδ5には偶然とは思えなかった。やはりここにはまだ何かが居るのではないかと、彼は油断なく吹き抜けとなっている天井を見上げた。
見落としが無いようにと忙しなくライトがあちこちを照らす。が、そこに見えるのはやはりただ残った骨組みや配線などが行き交うだけの光景。動くものは見当たらない。
それでも彼の勘は違和感を訴え続けていた。確証がある訳では無いが、ここには何かが居ると警戒を続けていると、出し抜けに誰かが彼の肩を引っ張った。
「うっ!?」
口から心臓が飛び出るかと思う程驚愕しつつ銃口をそちらに向けようとすれば、それは相手の手により止められ代わりに眩いライトの光に照らされた。
「どうしたδ5?」
そこに居たのは仲間の隊員であった。部屋に入って戻らないδ5を心配して中に入って来たのだろう。相手が仲間である事に気付いたδ5は、緊張を解きほぐす様に大きく息を吐き肩から力を抜いた。
「はぁぁ~~……ビビらせるな」
「そいつは悪かったな。で、そちらさんは?」
仲間の隊員・δ8は彼の足元に転がっている新たな遺体に目を向けた。δ5は気を取り直す様にしゃがみその遺体にそっと触れた。
「あぁ、どうやら逃げようとした人が居たらしい。だが逃げきれず襲われ、この上に引っ掛かってたんだろう。たった今上から落ちてきた。他は? 何か分かったか?」
「何も。とりあえず、この事は隊長に連絡しとけ」
「分かってるよ。隊長、δ5です。新たな遺体を発見しました」
報告しながらδ5は再び吹き抜けに目を向ける。だが会話しながらだと集中力が削がれるのか、その精度は先程に比べて落ちていた。
彼が隊長との通信に気を取られている隙に、
その人物……椿は、惨劇の現場となったビルを険しい表情で見やり、そして音もなくその場から姿を消した。
***
この事件の事はそう間を置かず千里と徹の耳にも入ることになり、そしてこの事件の背後にマンダラが居る事を2人は即座に見抜いた。
「体中から血を抜かれた遺体……か。父さん、これって……」
「あぁ。まず間違いなくマンダラの血遁の術だろうな」
マンダラが扱う血の忍術『血遁』が禁術と言われるのには理由がある。
千里達忍者が扱う忍術は基本的に五行相克を基本とし、天然自然の力を借りたものとなっている。千里が扱う風遁や火遁は言わずもがな、椿が扱う氷遁は陰陽五行の水に属し水遁の上位互換。あのゲッコウ=隆司が扱う影遁の術ですら、火遁の亜種忍術と考えられている。何れも天然自然あってこその力であり、神羅万象の力を借りて彼ら忍者は戦ってきたのだ。
だがマンダラの血遁は話が違う。この術は血液と言う人間の体の一部を操る忍術。人によっては人間も天然自然の一部と言う意見もあるだろうが、忍術の括りに於いて人間の体の一部に含まれる血液などは陰陽五行に含まれない。
そうするとどうなるかと言うと、この術は使用に際して術者の血液そのものを媒体とする。つまり術を使う度に自分の血が消費されるのだ。
当然だが戦えば戦う程術者は血が足りなくなり、最悪戦いの最中に失血で死んでしまう。これだけなら欠陥忍術として消え去るだけだが、この術には恐ろしい抜け道が存在した。
それは、消費するのは本人の血でなくとも構わないと言う事。事前に術で使用する為の血を集めてストックしておけば、術者の血を消費しなくて済むのである。
戦う為に無関係な人々の血を、命を代償とする。そんな忍術を本来人々を守る為に戦う万閃衆が認める訳がなく、血遁の術は禁術として封印される事になったのだ。
「この犠牲になった人達はマンダラが術を使う為に血を抜き取ったんだ……くそっ!?」
あの時、マンダラが術を使えなくなった時に畳み掛けるべきだったかと千里が悔やむが、あの時は彼自身もう限界が近く術無しの地力で戦えばマンダラに敗北していた可能性も高い。何よりあの時は近くに唯が居た。彼女の安全確保を優先する為、戦うよりも彼女を守ることを優先させたのは決して間違いではない。徹はそれを分かっている為、自分を責める千里を珍しく慰めた。
「そう気に病むな。お前は十分頑張った。1人であの状況を生き延び秘宝と小鳥遊さんを守ったんだ、成果としては十分だ」
「それは……でも……」
「悔やみたいと言うのであれば、次に相対した時倒せるよう努力を積め。お前に出来る事があるとすればそれだけだ」
徹の厳しい言葉に千里は小さく頷くと、庭に出て轟雷を振った。鍛錬に励む我が子の姿に、徹が子を見守る親の目をしている事に千里は気付かなかった。
あくる日、唯は放課後の部活終わりに1人七篠庵を訪れていた。厳密にはここに来るまでは千里が共に居たのだが、彼は別件でやらねばならない事があるからとここに彼女を置いて1人別行動をしていた。今日は椿も居ない為、正真正銘店内にはジェーン以外は彼女1人だ。
「う~~……」
唯は冷めたコーヒーを前に、テーブルに突っ伏していた。今彼女が考えている事はただ一つ、千里への気持ちだった。
先日のクモクセジの一件以降、唯は殊更に千里の事を意識してしまう事が多くなった。ふとした瞬間に彼の姿を探してしまい、時に心此処に非ずとなってしまう事も珍しくない。その所為で普段はしないようなミスをしてしまう事も増えてきた。
全く持って情けないと唯は自分を嫌悪した。色恋に現を抜かすなど…………
(だって……無理だよ……)
だが唯は気付いていた。色恋に現を抜かす自分を嫌悪する自分が居ると同時に、それに対して否と答え千里への恋を諦めない自分が居る事に。
普段校内でこっそり付き合い不純異性交遊を行う生徒を厳しく叱り付け、学校は学ぶ場であると口煩くしていた自分が恋して異性に夢中になるなど思ってもみなかった。少し前の自分が今の自分を見れば、驚くと同時に何をしているんだと嫌悪し怒鳴りつけただろう。
(恋が……こんなに心地良いものだったなんて知らなかった)
恋や愛などただの幻想、そう思っていた頃が懐かしい。
しかし恋と愛を知った今、新たな悩みが唯を悩ませていた。この気持ちをどう処理すればいいのか分からないのだ。何しろ今まで恋や愛など意識せず、寧ろそれを嫌がって来たのだ。どう接すればいいのかが分からない。
この間は思いを口にしてしまおうとしていたが、落ち着いた今再び同じ事をしようとしても出来る気はしなかった。千里を前にすると動悸が激しくなり呼吸が乱れる。学校では何とか抑えられたが、こうして周囲の目がない今は彼の事を想うだけで胸が苦しくなり切ない気持ちになる。
「……どうしよう」
「何かお悩みかしら~?」
「うぇっ!?」
何気なく悩みを口から零すと、直ぐ傍からジェーンが問い掛けてきた。今日は和風メイドと言った感じの、大正時代の学生風の着物を着ている。
来るたびに恰好が変わるので、もうどんな姿で出てきても驚かなくなったがそれはそれこれはこれ。全く意識していないタイミングで声を掛けられたら、驚きもする。
ジェーンからの声に驚き跳ねる勢いで体を起き上がらせた唯の前で、彼女はコーヒーの入ったポットを軽く上げた。
「お代わり~、要る~?」
「え? あ~、はい」
コーヒーが冷めてしまったのを見て、代わりを持ってきてくれたのだろう。唯はすっかり冷めて酸味が強くなったコーヒーを一気に飲み干し、代わりのコーヒーをカップに注いでもらう。
湯気を立ててコーヒーがカップの中に入り、香ばしい香りが立ち上る。淹れたてのコーヒーの香りに心が安らぐのを感じていると、ジェーンが再び口を開いた。
「それで~? 何を悩んでいたの~?」
「それは……えっと……」
何と答えればいいか……。いや、答えは既に唯の中で出ている。悩みの種は千里への恋心。この気持ちをどう自分の中で整理すればいいか、それで悩んでいたのだ。
内容はたったこれだけなのだが、それを第三者であるジェーンにどう話すべきかで唯は頭を悩ませる。自分の恋心を他人に打ち明けるだけでも結構勇気が要ると言うのに、その相手がよりにもよって得体のしれないジェーンと言うのが唯の口をさらに重くしていた。
とは言え唯――千里もだが――の中で、ジェーンに対する警戒心は大分下がっていた。何だかんだしょっちゅう入り浸っている内に、彼女の雰囲気にも慣れてしまった。得体の知れない女性であると言う評価は変わらないが、危険な人物ではないだろうと言う程度には心を許していたのだ。
問題なのはその得体の知れない女性に恋の悩みを相談して、果たしてまともな答えが返って来るのかと言う事であるが…………
(いや、でも……)
しかし何時までも1人で悩んでいては答えが出る様子が無いのもまた事実。さっきっから同じ考えがグルグル回って、閃きも何も降りてこない。こんな状態では千里にも不甲斐無いところを見せて逆に恥ずかしい思いをしてしまう。
唯は藁にも縋る思いでジェーンに悩みを打ち明ける事にした。
「その、じつは…………」
「――――と言う訳で……」
「ふ~ん、なるほどね~」
あれから数分、唯はここ最近千里に対して抱いている想いやそれによる悩みをジェーンに話した。気付けばジェーンは唯の隣に座り、意外な程大人しく話を聞いてくれていた。
そして一頻り話し終え、一息ついた唯が温くなったコーヒーを一口飲むとそれを待っていたかのようにジェーンが口を開いた。
「一つ聞きたいんだけれど~、唯ちゃんは~千里君とどうなりたいのかしら~?」
「どう、って……」
「千里君と~、恋人同士になりたいとか~?」
「ッ!?!?」
ド直球に千里と恋仲になりたいのかと問われた瞬間、唯の顔がトマトの様に真っ赤に染まった。確かに、千里に想いを告げてそれを彼が受け入れてくれれば2人の関係はそうなる。だがそれを明確に、それも第三者の口から突き付けられるとそれは言葉では表現できない恥ずかしさとなって唯を襲った。
「そ、それは……えっと……はぅぅ~……」
感情がこんがらがり言葉が渋滞を起こして言うべき言葉が見つからなくなる。今にもぶっ倒れるのではと言うくらい狼狽した唯に、見ていられなくなったのかジェーンはピッチャーから水を注いで差し出した。
「はいは~い、落ち着いて~。これでも飲んで~、深呼吸~」
「は、はいぃ……んく、んく……ふぅ」
冷たい水を一気に飲み干したからか、体の内側が冷やされて心が先程よりも落ち着いた。まだ顔は熱いが、それでもまともな受け答えが出来るくらいにはなったようだ。
唯が落ち着きを取り戻したのを見て、ジェーンは改めて唯にどうしたいのかを聞いた。ただし、先程に比べれば幾分か柔らかな表現を使って。
「気持ちを伝えないと~、何時までも何も変わらないわよ~? このままお友達のままで構わないって言うなら~、私は何も言わないけど~?」
「それは……うぅ……」
本音を言えば、唯だって関係を進展させたい。前に里香が千里にアピールしている時でさえ、心が張り裂けそうなくらい苦しかったのだ。このまま友達として卒業して、進路が分かれた先で千里が別の女性と付き合ってしまう様になってしまったりしたら…………
そんな事を考えると、唯は胸が痛むのを感じずにはいられなかった。
「でも、私……今までずっといろんな人達に厳しい事言って来たのに……今更……」
唯が千里に想いを打ち明けるのを躊躇する、その最大の理由はこれだった。これまでの高校生活で、唯は風紀委員として校内でイチャつくカップルに対してかなり厳しい態度を取っていた。学校の風紀を守る為、学生の本分は勉強であると言う信念の下に、唯は時に弾圧とも取れる勢いで風紀を乱す学生達を相手にして来た。
そんな自分が、今更異性と付き合う等許される訳がない。それが唯が足踏みを止められない理由である。何より今まで厳しく接してきた彼ら彼女らに対しても申し訳ない。
義理堅いと言うか、自分にも厳しい唯にジェーンは顎に指を当てて首を傾げる。ん~、と考える仕草は傍目から見れば見た目の年齢にそぐわぬ可愛らしさを感じるが、彼女がやると次の瞬間何を口に出すか分からない怖さがあった。
だが幸いな事に、今回彼女の口から出てきたのは至極真っ当な意見であった。
「唯ちゃんは~、学校の外でも風紀委員やってるの~?」
「え? それは、どういう……?」
「例えば~、学校の中でイチャイチャしてたカップルが~、休みの日に公園とかで私服で仲良くしてても唯ちゃんは叱るの~?」
「そんな事は……」
唯が風紀委員として振る舞うのは飽く迄制服に袖を通し、学校の中に居る時だけ。流石の彼女も他人のプライベートにまでズカズカと踏み込むほど傲慢ではない。校舎内でならともかく、校舎の外で仲睦まじくする分には唯だって口煩くは言わない。
ジェーンにとってはそれが答えであった。
「なら~、それでいいじゃな~い」
「え……」
「学校の中ではお友達~、学校の外の風紀委員じゃない小鳥遊 唯としてなら~、千里君と恋人同士でも構わないでしょ~」
唯ちゃんは気にしすぎ~、とジェーンは唯の頭を優しく撫でた。子供扱いされているようで恥ずかしかったが、彼女の言葉は尤もであり同時に干天の慈雨でもあった。
そうだ、何をそんなに難しく考える必要がある。今までだって学外で仲睦まじくしているカップルに対しては何も言ってこなかった。自分が口煩かったのは学内での事だけ。幸いにして千里とは学外でも触れ合う機会が多いのだし、だったら別に構わないではないか。
その結論に至ると唯は、今まで難しく考えていたのが馬鹿らしくなった。胸につかえていた物が取れたような清々しい気分に、唯の口からは自然とジェーンに対して感謝の言葉が出ていた。
「ジェーンさん……ありがとうございます」
「答えが出たみたいね~」
「はい」
「それは良かったわ~。それじゃ~、頑張ってね~」
そう言ってジェーンは定位置のカウンターの裏へと戻っていった。それと入れ違いになる様に千里が店に入ってくる。
「お邪魔します。小鳥遊さんは?」
「あっちよ~」
千里の視線が自分に向くのを感じ、唯は彼に手を振った。そんな事をしなくても店内にはジェーンと唯しかいないのだから、見ればすぐに分かると言うのにアピールしたくて仕方なかったのだ。
何だか何時もと雰囲気が違って見える唯に、千里は内心で首を傾げつつ彼女に近付いた。
「お待たせ、小鳥遊さん」
「ううん、大丈夫。南城君の方は、用事終わったの?」
「まぁね。さ、行こうか」
「うん!」
コーヒーの代金を払って店を出る2人。その道中、唯はそっと千里の手に触れた。
「? 小鳥遊さん?」
「ん? 駄目、かな?」
急に手を触れてきた唯に千里は内心ドキリとしながらそちらを見ると、唯は若干上目遣いになりながら伺う様に訊ねた。
「その……こうした方が、離れないしいいかなって……南城君は、嫌?」
「そんな事は……! うん、分かった。それじゃ、失礼して……」
千里は唯が望むならと、彼女の手を優しく握り軽く引き寄せた。それだけで唯は胸が温かくなるのを感じ、気付けば彼に身を委ねるように寄り添っていた。
珍しく距離が何時もより近い唯に、ちょっぴりドキドキしながら千里はそのまま歩き続けるのだった。
***
千里と唯が仲睦まじく歩いている頃、椿は1人件の事件現場へと足を踏み入れていた。遺体が例外なく血液を一滴残さず吸い取られた状態での失血死で発見されたこの事件は、特異生物災害としてS.B.C.T.が調査に乗り出していた。が、彼らでは有力な調査を行う事が出来ず、捜査も難航。調査を一時打ち切り、その道の専門家に協力を要請しているとの事だった。
なので今この事件現場は封鎖こそされているが、捜査をしている者は誰も居ない。椿はその隙に潜り込み、犯人の手掛かりを掴もうとしていたのだ。
(血液を一滴も残さず抜き取る……そのような事をするのは、まず間違いなく禁術である血遁の術の使い手であるマンダラに間違いない。奴を仕留め、卍妖衆の戦力を削ぐ……!)
それは万閃衆の忍びの1人としての使命であると同時に、楓に鍛えられた椿の意地でもあった。楓から教えを受けた自分が、敗北するような事あってはならない。敗北をそのままにはしない、必ずリベンジしてみせる。
その為には、出来る限り敵の情報を集めなければならない。敵を知り、己を知れば百選危うからずとも言う。情報は何よりも大事だ。
しかし今のところ、マンダラに直接つながる様な手掛かりは何も見当たらない。腐っても相手は上忍、そう易々と自分の痕跡を残すような愚は犯さないと言ったところだろうか。
「せめて、下手人の正体の手掛かりでもあればと思ったが……この様子では望み薄でござるな」
手掛かりなしかと落胆し肩を竦める椿。だがそれでも諦め悪く何かないかと周囲を嗅ぎまわっていると、突然背後から声を掛けられた。
「こんな時間にこんな所でコソコソと……な~にしてるんだ?」
「ッ!? 何奴ッ!」
背後から聞こえてきた声に椿は素早く振り返り、同時に忍筆を構え何時でも術を使える状態にする。今の声のかけ方は警察やS.B.C.T.ではない。もしこの両者どちらかであれば、まず第一に彼女に対して制止を呼び掛ける。それが無いと言う事は、相手には椿を拘束しようと言う考えがない事の表れであった。
それともう一つ、椿がこの相手を只者ではないと判断した理由がある。それは声を掛けられる瞬間まで、椿はコイツの存在に気付けなかった。それはつまり、この声の主は椿と同等かそれ以上に隠形に長けていると言う事。要は同業者、同じ忍びが相手と言う事に他ならない。
だが振り返ってもそこには誰も居ない。既に日は落ち、照明の無いビルの中は暗闇に包まれている。しかし忍びとして、夜目も鍛えている椿には昼間と同じくらいとは言わずとも、そこに誰かが居る事を判別する位には中の様子が見えていた。
その目が、人の姿を捉えられない。俄然警戒し、周囲を油断なく鋭い視線で見渡す。
すると、不意に何者かの指が椿の右頬を突っついた。
「何処見てんだよ」
「ッ!? くっ!」
「おっと!」
咄嗟に右側に蹴りを放つ。学校帰りにそのまま立ち寄ったので、蹴りを放った瞬間スカートが捲れ上がるがそんな事を気にしている余裕は無い。相手は放たれた蹴りを体を大きく逸らす事で回避し、その勢いを利用してバク転し椿から距離をとる。
そこで漸く椿は、ここで自分に声を掛けてきた相手の姿を確認した。
「お主は……ゲッコウッ!?」
「よぉ、また会えたな?」
声の主の正体はゲッコウこと隆司であった。外から僅かに入ってくる街の光で薄っすらと浮かび上がった彼の顔には、不敵な笑みが張り付いている。
「お主、何故ここに……!」
「ここに居れば、お前かコガラシが来るんじゃねえかと思ってな? お前ら万閃衆の事だから、この件を見逃す訳ないと思ってた訳よ」
どうやら自分はまんまと待ち伏せに嵌ってしまったらしい。敵の手掛かりを見つけ出そうと焦った結果、逆に窮地に追い込まれてしまった。
が、かと思えば周囲には他の忍びの気配は感じられない。マンダラやクセジは勿論、下忍や影忍が出てくる様子も無いではないか。待ち伏せていた割には、戦力がお粗末と言わざるを得ない。
「まさかお主、1人でここに居たのでござるか?」
「あ?」
「お供の姿が見当たらないようでござるが?」
訝しんで椿が問えば、隆司は彼女を小馬鹿にしたように鼻を鳴らして肩を竦めてみせた。
「ハッ! 俺も甘く見られたもんだな? この俺が、態々他人の手を借りるような軟弱者に見えるってのか?」
「何を?」
「簡単な話だよ。俺にお供なんて必要ねえ……それだけだ!」
隆司はそう吠えると同時に、巻物を開き変身の文字を書いた。一拍遅れて椿も巻物を開き、ツララに変身すべく忍筆を走らせた。
「執筆忍法、変身の術ッ! ゲッコウ、変身ッ!」
【忍法、変身の術ッ! 夜の闇、差す影の中、忍ぶ者……ゲッコウッ! 達筆ッ!!】
「執筆忍法、変身の術ッ! ツララ、変身ッ!」
【忍法、変身の術ッ! 微かな音無く、鋭く冷たく、忍ぶ者……ツララッ! 達筆ッ!!】
2人はそれぞれゲッコウとツララに変身すると、ゲッコウは愛用の武器である大鎌『三日月』を取り出しツララは大十字手裏剣『四華』を構えた。
薄暗いビルの中、互いに大型の武器を構える2人。今が封鎖されているだけで人は配置されていないとは言え、こんな所で大物を振り回せばここもただでは済まない。
しかし2人は互いに、この相手には全力で当たらねば勝負にならないと理解していた。故に、忍ぶ事を早々に諦め騒ぎが起こる事も考慮に入れた上で専用の武器を取り出したのである。
共に摺り足で動きながら、徐々に間合いを詰めていくツララとゲッコウ。その最中、ゲッコウは笑みを堪えているような声で言葉を紡いだ。
「お前との再戦、楽しみだったぜ」
「今度こそ、お主を倒す……!」
「「――――いざッ!!」」
何を合図にするでもなく、2人は同時に駆け出した。そして互いに手にした武器を振り下ろし、ぶつかり合った火花が刹那の時間それぞれの姿を照らし出す。
若き2人の忍びが激しくぶつかり合う音は、ビルの外にまで響いていた。
と言う訳で第15話でした。
千里達は何だかんだでジェーンの雰囲気に慣れてきました。何だかんだ言いつつ他の人が居ない彼女の店は内緒話に打って付けだったのもあって入り浸り、気付けば慣れてしまった感じです。或いはジェーンが上手く千里達の心の隙間に入り込めたのかもしれません。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。