仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第十七筆:儘ならぬ恋路

 激動とも言える一時から早数日が過ぎた。その間、千里と唯の間には奇妙な緊張感が漂っていた。

 

 襲撃してきたゲッコウに激昂し、思わず唯が口走ってしまった千里への告白と言う言葉。その後の唯の反応から見ても、その告白が愛の告白である事は明白である。

 

 唯が自分の事を友達以上の存在と見てくれていた事を嬉しく思う千里ではあったが、それを理解すると今度は彼女にどう接していけばいいか分からなくなってしまった。

 ここは千里も自分の気持ちを彼女に打ち明けるのが筋なのだが、彼女が想ってくれていると考えると体温が上がり言葉が上手く口に出来なくなってしまう。彼女の姿を見た瞬間、動悸が激しくなり思考が纏まらなくなる。これでまともな話など出来る訳がない。

 

 思考が纏まらないのはうっかり想いを打ち明けてしまった唯も同様であった。こちらはあんな形で千里に想いを知られてしまった事へのショックに加えて、あの場から全力で逃げてしまった気不味さから彼と顔を合わせるのが難しくなったのだ。

 見方を変えればどんな形であれ千里に自分の気持ちを知ってもらう事が出来たのだが、唯だって夢見る乙女。告白のシチュエーションにはもっとロマンチックを求めていた。あそこでゲッコウがしゃしゃり出てこなければ、人の居ない夕日に照らされた道の上で彼に告白する事が出来ていたのにと思うと、ゲッコウに対して言いようのない怒りを抱かずにはいられない。

 

 とは言え互いに過去を今更無かった事には出来ない。人生にリセットボタンは無いのだ。やり直しは利かない。となると、前向きに考えていかなければならない事になるのだが、これが意外と難しいのだ。

 

 ここ数日、千里と唯は何度も顔を合わせる機会があった。登校した時は勿論、授業中や休み時間、学校が終わってからも千里には唯を安全に家に送り届けると言う使命がある。そう言ったタイミングで唯とは顔を合わせるし、下校の時なんかは2人っきりになる事も出来た。そう言う時間に話せた筈なのだが、千里と唯の間には驚くほど会話が無かった。

 先日の一件もあり、お互い相手に対して何を話せばいいのか分からないのだ。

 

 それでも千里は何とか唯に話し掛けようと思いはするのだが、唯の方は彼と話す事を拒絶しているような雰囲気を醸し出しているので結局彼女とは話が出来ずにいる。

 

 堪らず千里は、空いている時間に七篠庵に駆け込みジェーンに意見を求めた。

 

「――――と言う訳で、どうしようかと……」

「ん~……」

 

 千里から問われたジェーンの表情は読めない。決して無表情と言う訳では無く、その顔に浮かんでいるのは間違いなく笑みなのだが、その笑みの意味が千里には読み取ることが出来なかった。千里の悩みを聞いて楽しんでいるのか、それとも笑みの裏で真剣に考えてくれているのか。忍びとして相手の考えを読む術も学んでいる千里ではあるが、そんな彼であっても彼女の心の内を読む事は非常に困難だった。

 

 それでも千里は何かアドバイスが貰えないかと期待して固唾を飲んで見守っていると、唐突に彼女の口から笑い声が零れ落ちた。クスクスと言う笑い声が店内に静かに響き渡る。

 

「あ、あの……?」

「あぁ、ごめんなさいね~? ただ2人揃って同じ悩みを相談してきたものだから、ちょっとおかしくって~」

 

 千里は知らない事だが、つい先日唯も同じような悩みをジェーンに相談しに来ていたのだ。互いを想い合う2人が、揃って自分に相談を持ち掛けてきた事が可笑しくて仕方ない。ジェーンはそう言って笑っていた。

 

 悩みを相談して笑われたのだから本来は機嫌を悪くして然るべきなのだが、改めて唯が自分の事を好いてくれている事を理解すると怒りよりも嬉しさと恥ずかしさが先に出て顔が熱くなるのを感じずにはいられなかった。

 

 一頻り笑ったジェーンは、自分の分のコーヒーを一口飲み小さく息を吐くと自分の考えを口にした。

 

「取り合えずこれだけは聞いておきたいんだけど~、千里君は唯ちゃんの事をどう思ってるの~?」

「どう、って……」

「君にとってあの子はただのお友達なのか~、それとも心から愛してるのか~。千里君はどっち~?」

 

 改めて言われて、千里は自分にとっての唯を真剣に考えた。

 

 まず大前提として、唯の事を好きと嫌いの二択で分けるのであれば間違いなく好きに分類される。これは絶対だ。自分は間違いなく唯の事を好きだと言える。

 

 ではその好きはどう言う意味での好きなのか? 友達……現時点での2人の間柄を言い表すならそれが最適なのだろう。だがそれを千里は物足りないと思わずにはいられなかった。ただ友達で好き、と言う言葉が千里の中で不満となって膨らんだ。

 

「むぅ……」

 

 知らず千里の口からは唸り声が上がる。その彼の様子にジェーンは口角を上げると、こんな事を言ってきた。

 

「千里君って~、男の友達は居る~?」

「え? そりゃ居ますけど……」

「そのお友達と~、唯ちゃんが仲良くしてる様子を想像してみたら~? そうすれば君があの子の事をどう思ってるのか分かるんじゃないのかしら~?」

 

 彼女の助言を聞いた瞬間、千里はなるほどと思う間もなく顔を顰めた。学の事は友達だと思ってるし、大切だと思ってはいる。だがその彼が唯と仲睦まじくしているのを傍から自分が見ている様を想像したら…………何だか物凄く嫌な気分になった。これがただの妄想でしかないと分かってはいるが、今すぐ2人の間に割って入り学を唯から引き剥がしたくなる。

 

 まるで駄々をこねる子供の様な振る舞い。だがその想いが何よりも雄弁に千里の気持ちを代弁していた。

 ジェーンも彼が顔を顰めたのを見て、答えが出た事を確信する。

 

「分かったみたいね~」

「はい。俺……小鳥遊さんの事が好きだ。ただ友達だからじゃなく、1人の女の子として……」

 

 その気持ちを認めると、千里は無性に唯に会いたくなった。彼女ともっと触れ合いたい、彼女の笑顔が見たい。心と体が彼女と言う存在を強く求めて止まなくなる。

 自分がこんなに彼女の事を好きだったことに、千里は驚くがそれと同時に言葉に出来ない心地良さを感じていた。

 

 気付けば千里は立ち上がっていた。

 

「ジェーンさん、ありがとうございます!」

「頑張ってね~」

「はい!」

 

 ジェーンからのエールを受け、千里は力強く頷くとコーヒーの代金を置いて店から出て行った。明日、唯と会ったらこの気持ちを伝えよう。

 

 そう心に決めた千里の顔は希望に溢れ、心なしか輝いている様にも見えた。

 

 意気揚々と店を出た千里を見送ったジェーンは、静かな店内で1人残ったコーヒーを飲み干した。冷めて酸味が増したコーヒーを何食わぬ顔で飲み干すと、椅子から立ち上がり店の入り口に向かい外のドアノブに掛った『open』と書かれた札をひっくり返し『close』にして店の鍵を閉めた。

 

 ジェーンはドアに鍵を掛けると、そのドアに凭れるように寄りかかった。胸がドアに押し潰されて形を歪めるのも気にせず、彼女はドアの窓から千里が去っていった方を見つめている。

 

「頑張ってね…………●●●●●●●●●●♪」

 

 ジェーンの呟きはドアに阻まれてよく聞こえず、吐息が掛かった窓ガラスを白く曇らせた。そし曇りが消えた時、そこに人の気配はなく店内も真っ暗になっていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 翌日、千里は朝の鍛錬を終え汗を流し、徹と共に朝食の席についていた。徹が新聞を広げる前で、千里は納豆をかき混ぜつつどうやって唯にこの気持ちを伝えようかと思案する。

 

 まず学校について唯と顔を合わせ、それから教室に向かうまでの間。あの時間帯なら廊下にも人は少ないから、唯に想いを告げるタイミングはあるだろう。だが誰かと接触する可能性もゼロではない。つい先日、唯と廊下で2人きりになっていた時も孝蔵に学が合流してきた。朝とは言え廊下は人と出会う可能性が少なくない。と言うより考えてみればあの時は本当に偶然人が少なかっただけなのかもしれなかった。普段は朝にもっと人の姿を見る。

 

 では昼休みに屋上で……と考えたが、あそこは椿がよく居る場所だと言う事を思い出した。

 

 ならば校舎の端、人のあまり来ない使われない教室はどうかとも思ったが、そう言うところは素行の悪い生徒が(たむろ)しに来る。何よりそんな所に唯をどうやって呼び出せと言うのか。最悪如何わしい事を彼女にしようとしていると勘違いされる危険性があった。

 

 では放課後、彼女の部活が終わった後に校舎裏ではどうか? その時間のその場所であれば、人が来る可能性も低いしベストなタイミングだと思えた。

 

 そこまで考えた所で、そもそも学校で告白と言うシチュエーションを唯がどう考えるかと言う事に思考が向いた。彼女は自他共に認める不純異性交遊に厳しい少女。そんな彼女に不純異性交遊の最たる愛の告白なんてしようものなら、逆に彼女を怒らせて嫌われてしまいかねない。その可能性に思い至り、千里は思わず肝が冷えた。

 

(ダメダメ、学校はダメだ……!? となると、下校中がベストか……?)

 

 と言うより他にタイミングはないだろう。校内での男女の交友に厳しい彼女も、一歩学校の敷地から出れば口煩くは言わない。告白するのであれば下校途中か、若しくはデートに誘ってするのが一番だ。

 

 唯とデートと考えた瞬間、思わず気恥ずかしくなり顔を赤くしそうになる千里だったが、頭を振って邪念を振り払い納豆を掛けた飯をかき込んだ。

 

 そんな息子に遂に徹が口を開く。

 

「千里……何かあったか?」

「んぐっ……何かって?」

「この間から様子がおかしい。変にぼんやりしたり、今みたいに顔を赤くしたり……」

 

 異変を父に気付かれていた事に千里は恥ずかしくなった。自分では何とか隠しているつもりだったが、父にはとっくの昔にバレていた。流石と思うと同時に、色恋にかまけて修行を疎かにしているなどと思われないよう徹にはこの気持ちに気付かれないようにしなくてはと気を引き締める。

 

「そう言えば最近、小鳥遊さんとは仲良くしているのか?」

「た、小鳥遊さんと? う、うん……悪くはない、よ……」

「そうか……」

 

 徹から唯との関係を訊ねられるとは思っていなかったのか、思わず動揺してたどたどしい答えになってしまった。これで怪しむなと言うのは無理な話だが、徹はそれ以上深く聞くようなことはせず再び新聞に視線を戻した。

 

 父の興味が逸れた事にホッと胸を撫で下ろすのも束の間、千里はふと父と母の馴れ初めを知らなかった事を思い出した。共に忍びだった2人だ、戦いの中で仲を深めていったとかそんな感じだろう。

 だが唯への告白で悩んでいる今、何か参考程度になればいいと、気付けば千里は徹に楓との馴れ初めを訊ねていた。

 

「……ねぇ父さん? ちょっと気になったんだけど……」

「何だ?」

「父さんと母さんって、何が切っ掛けで付き合う事になったの? どっちがどう告白したの?」

 

 千里からの問い掛けに、徹はチラリと息子の顔を見る。真剣に、何かを期待した目を向けている千里。それを見て徹はふむと小さく息を吐くと、新聞を畳み昔を懐かしみながら妻との馴れ初めを離した。

 

「そうだな……あれは確か…………」

 

 徹と楓の最初の出会いは、千里の予想通り忍びの任務の最中であった。若くして既に天才と言われていた楓に、徹はサポートとして行動を共にする事になった。

 

 目的は国家転覆を狙う過激派の鎮圧。傘木社も無く、卍妖衆も存在しなかった当時の万閃衆の相手はこうした人間の過激な組織が主であった。忍びからすれば赤子の手を捻るよりも簡単な仕事だ。

 

 だがこの時、過激組織は最早これまでと悟ると楓たちを巻き込んで自爆しようとしたのだ。楓はそれに気付かなかったが、徹が一足先に気付き難を逃れた。

 この時徹に助けられてから、楓は彼に一目置く様になり向こうから接触してくることが多くなった。或いは徹の誠実さに楓が惹かれたのだろうか。楓は事ある毎に何かと理由をつけては徹と接触を図った。

 

 一方徹の方も次第に楓の事を意識し始めた。楓は強く、そして美し女性でもあった。そんな彼女と触れ合う事を徹は楽しみ、そして彼の方も次第に楓に惹かれていった。

 

 気付けば2人は一緒に居る事が当たり前の様になっていたのだ。

 

「うんうん、それでそれで?」

「あ~……お前が聞きたいのはどちらが告白したのか、だな? それなら確か、切っ掛けは俺の方だったな」

 

 最初は友人として楓と付き合ってきた徹だったが、次第に彼女への想いが大きくなり抑えが利かなくなった。何より彼女と共に居る事が増えると、彼女に言い寄ろうとする男の存在が目に付くようになってきた。

 このままだと他の男に先を越されるかもしれない。そう思った徹は居ても立ってもいられず、楓に告白する事に決めたのだ。

 

「ある任務に2人で赴く事になってな。大した事のない簡単な奴だったから、特に何事も無くさっさと終わった。その帰りに、周りに誰もいないタイミングを狙って告白したんだ」

 

 意を決して徹が楓に想いを告げると、思いの外あっさりとOKの答えが返って来た。話を聞くとどうやら楓の方も徹に告白する機会を伺っていたらしい。同じ任務の帰りに告白しようと思っていたら、なんと徹の方から告白してきたから驚いたと言っていたとか。

 

 一通り話を聞き終え、千里はほぅっと息を吐いた。父と母の馴れ初めを、彼はここで初めて知ったのだ。

 

 だが予想してはいたが、これがそのまま参考になるかと言われると微妙なところだ。徹と楓は共に危険を潜り抜けてきた事からくる信頼感がある。告白成功の裏にはそれも関係しているのだろう。

 一方千里と唯はどうかというと、唯の方は完全な一般人だ。基本的に千里に守られているだけであり、彼と並び立って危険を潜り抜けるなど以ての外だ。

 

 しかし、千里と徹で違うところがあるとすればそれは相手の女性が既に自分に好意を持っている事を知っているか否かだろう。唯は先日うっかり口を滑らせて千里に告白しようとしていた事を明かしてしまった。つまり、唯は千里に告げようとしていた想い……好意がある。

 

 ならば、それに乗っかるようだろうと何だろうと、自分から告白すれば唯に届く可能性は高い。

 

 改めて千里は唯に告白する事を決意し、今日の放課後帰りの道で彼女に想いを告げる事を決めた。

 

 意気込む千里の様子から徹は息子が男として一歩前に進もうとしている事を察し、彼にバレないようにしながら暖かな目を向けた。

 

「……ところで千里、時間は良いのか?」

「え?…………!?」

 

 徹に言われて時計を見れば、時間は始業10分前。このままでは完全に遅刻する。

 

 千里は大急ぎで朝食をかき込むと、鞄を持って学校へと向かった。

 

「いってきまーす!?」

「うむ」

 

 ドタドタと慌ただしく今から出て玄関に向かう千里を徹が見送る。彼が廊下に出て暫くして、廊下からドカンと言う大きな音と千里の悲鳴が聞こえてきた。恐らく、屋敷のトラップをうっかり作動させてしまったのだろう。それでも何とか玄関から出る事は出来たのか、扉を開け閉めする音が聞こえてきた。

 

 千里が家を出て行ったのを確認すると、徹は静かに立ち上がり自室へと向かった。そして仏壇の前に腰を下ろすと、そこにある楓の写真に向けて手を合わせた。

 

「楓ちゃん、千里が好きな女の子に告白するらしいよ。俺も会った事あるけど、優しい良い子だった」

 

 息子が人並みの幸せを手にしようとしてくれている事は勿論だが、徹が何より嬉しいのは唯がただの一般人であると言う事だった。戦いとは何の関係も無い1人の女の子が、忍びとして日夜戦っている千里に理解を示し好いてくれている。

 それが徹にとっては何よりも嬉しい。

 

「楓ちゃん。千里の告白が上手くいって、小鳥遊さんと幸せになれるよう、天国から見守ってあげてくれ」

 

 静かにそう告げると、徹はりん棒を手に取り鳴らした。

 

 徹しかいない屋敷の中に、おりんの澄んだ音が響き渡った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 徹の楓との馴れ初めの話を糧に、唯への告白に踏み切ろうと意気込む千里。

 

 そんな彼は現在、教室にある自分の机の上に突っ伏していた。顔を見ると意気消沈している様子が伺える。

 

 先に説明しておくと、これは別に彼が唯に振られたからではない。告白のタイミングと定めたのは学校が終わった後、部活を終えた唯と共に帰宅する帰路での事と決めている。

 

 彼がここまで意気消沈しているのは、その肝心の唯が今日は学校に来ていないからだ。勿論卍妖衆により攫われたからとかそんな理由ではない。それが理由であれば、意気消沈している暇など無くそれどころか授業も何もかもほっぽり出して唯の救出に向かっている。

 

 彼女が今日学校に来ていないのは、単純に風邪を引いて休んでいると言うだけの話だった。これは別に誰が悪いと言うものではなく、ただ純粋にタイミングが悪かったと言うだけの話である。だが意気揚々と学校に来たら目当ての人物が今日は学校に来れないと言うのだから、千里としてはこの言葉を零さずにはいられない。

 

「ついてね~……」

 

「どした南城~? 珍しく今日はやる気皆無じゃんか?」

 

 色々とやる気を無くした千里の様子が気になるのか学が話し掛けてきた。別に普段はやる気に溢れている訳では無いが、かと言って千里はダウナーなタイプでもないので、こんな風にやる気なくだらっとしていたら友としては気になる。

 

 色々とやる気を無くしていた千里は思考も若干投げ捨てていたのもあってか、ついポロっと口を滑らせてしまった。

 

「あぁ、いや……今日は小鳥遊さん来てないな~って……」

 

 自分の目当てが唯である事をうっかり口にしてしまった千里は、たっぷり数秒時間が経ってから自分が失言した事に気付きガバリと体を起き上がらせる。そして今の話を聞かせてしまった学の方を見れば、一瞬意外そうな顔をしていたが直ぐにその顔を面白いものを見つけたとでも言う様な笑みに変えた。

 

「そっかそっか~。南城、小鳥遊さんが来てないのがそんなに残念だったのか~」

「いや!? あの、え~っと……今のはな? その~……」

 

 何とか言ってごまかそうとする千里ではあったが、その慌てぶりが何よりも全てを雄弁に物語っていた。これで何でもないとか言う事は出来ない。

 

 千里の慌てぶりが面白いのか、一頻り笑うと学は手を上げて彼を宥めた。

 

「分かった分かった、皆まで言うなって奴だ。この事は俺の心の内に仕舞っておくよ」

「そうじゃなくてッ!? あ~……はぁ、もういいやそれで」

 

 もう弁解するのも面倒臭くなった。唯が居ない事はそれだけ千里からやる気を奪っていた。

 そんな彼に、学は少し考えるとある事を提案した。

 

「そんなに小鳥遊さんが気になるんだったら、見舞いにでも行ったらどうだ?」

「見舞い~? いや、ただの風邪ってだけで見舞いなんて……それに俺、小鳥遊さんの家に行った事なんてないぞ?」

 

 これが同じ女子であるならば、風邪と言えど見舞いに行くことは珍しいかもしれないがおかしな事ではないだろう。だが言うまでも無く千里は男だ。立派な男子が、風邪で心身共に弱った年頃の女子の元へ赴くのは如何なものか。

 

 仮に親公認で付き合っているのであればともかく、千里と唯は現時点ではまだただの友達程度でしかない。そんな関係性の彼が風邪を引いた唯の元を訪れても、彼女の親が警戒するだろう。

 

 そう思っていると、学は何も気にするなとでもいう様に千里の肩を叩いて来た。

 

「な~に、心配すんな。行けば案外受け入れてもらえるかもしれないぞ?」

「んな無責任な……」

 

 口では渋る千里だったが、その実内心では名案だと思っていた。確かに、来ないのであればこちらから赴くのは至極当然の事。しかも唯の家で、唯の部屋に入る事が出来ればそこは2人きりの空間となれる。告白するなら打って付けだ。

 

 唯一懸念があるとすればやはり唯の家族に警戒されたりする事ではあるが、そこは口先で何とかするしかないだろう。忍者としての鍛錬の中には、相手の懐に潜り込む為口先で上手く相手を乗せる事も含まれる。場合によってはその鍛錬の成果の見せ所だ。

 

「ま、頑張れって!」

 

 学のエールを受けて、千里は意を決して放課後唯の家へと赴く。何度も送っていったこともあり、既に彼女の家の場所は分かっている。

 

 手ぶらで行くのもあれなので、道中コンビニでゼリーなどを買っていく。

 

 歩きながら唯の親をどう説得しようかと考えていると、前方に公園が見えてきた。確かあそこを通り抜ければ唯の家への近道になる筈だ。

 

 千里は迷うことなく公園に入り、通り抜けようとして…………

 

「行くぞ~……そぅ、れい!」

 

 何故か子供達に混じって遊んでいる隆司の姿を見つけた。予想外とかそんなレベルではない光景に、千里も思考が停止しその様子を凝視してしまう。

 

 今、隆司が子供達とやっているのはコマ遊び。コマと言っても子供達の方は最新のベイブレードを使っているのに対し、隆司が使っているのは何とベーゴマ。あまりにも時代に格差があり過ぎる玩具を使った勝負だが、勝敗は隆司の勝利で決着した。

 

「あぁ~っ!? また負けた~ッ!?」

「兄ちゃん強すぎ~ッ!?」

「バカ野郎。プラスチックの塊と鉄の塊がぶつかり合ったらこうなるのなんて当たり前だろうが」

 

「お、お前……何やってんの?」

 

 何かよく分からないが子供達と普通に親し気に遊ぶ隆司の姿に、思わず困惑した声を上げてしまう千里。その声に彼も漸く千里の接近に気付き、顔を上げると一瞬驚いた様子だったが直ぐに嬉しそうな顔になった。

 

「おっ! やっと来たか。つう訳だ、お前ら。今日はここ迄な」

「え~! もっと遊ぼうよ~!」

「勝ち逃げズルい~!」

「だぁぁぁ、うるせぇ! こっちはこっちで忙しいんだっての」

 

 渋る子供達に隆司は千円札を握らせることで黙らせようとした。

 

「ほら、お駄賃やるから。これで何か菓子でも買ってさっさと帰りな」

「「「わ~い!」」」

 

 千円札を渡され、子供達は喜びながら走り去っていく。賑やかに去っていく子供達を見送ってから、隆司は千里と向き合い首を鳴らしながら身構えた。相手に戦意が満ちていくのを感じ、千里も素早く忍筆を抜く。

 

「お前、こんな所で何やってんだ?」

「お前を待ってたんだよ。この時間お前があの女の子とこの辺を通るって事は調べてあるんでな、待ってたって訳さ! あ、そう言えばあの娘大丈夫か?」

「今日、風邪引いたんだって」

 

 だから今日はお前の相手をしてる暇はないと言おうとしたのだが、千里が言葉を口にする前に隆司が口を開いた。

 

「何!? そりゃ大変だな。ならこれ持っていってやれ。俺特製の風邪に効く丸薬だ」

 

 そう言って隆司は小さい巾着袋を投げて渡してきた。千里は反射的にそれを受け取ってしまう。

 

 何だか話のペースを完全に向こうに取られてしまっている。取り敢えず話題を変えようと千里は直近で気になっていたことを彼に訊ねた。

 

「あの子供達は?」

「ありゃただの暇潰しで相手してやってただけだ。別に大した事じゃない。んな事より、コガラシ! この間はちょっとトラブルあったが、今回は邪魔も入らねえだろうし決着付けようぜ!」

 

 結局こうなってしまった。思わず肩を落として額に手を当て空を仰ぎ見る。

 こんな事をしている場合ではないと言うのに、千里は溜め息を吐きながらコンビニで買った物が入ったビニール袋を邪魔にならない所に置いて忍筆を構えた。今更見逃してくれそうにもないし、ちゃっちゃと終わらせて見舞いに行こうと気持ちを切り替える。

 

 緊張感で張り詰める空気。何か切っ掛けがあれば即座に両者変身して戦いが始まると言う、その時…………

 

「「「兄ちゃ~ん!」」」

 

「んがっ!?」

 

 突如先程去っていった筈の子供達が戻って来た。千里もそうだが、隆司は帰らせた筈の子供達が戻ってきた事に驚き思わず脱力してしまった。

 

「何だよ、何で戻って来たんだよ! 帰れっつったろうがッ!」

「ねぇねぇ兄ちゃん、明日もまた来る?」

「また遊ぼうよ!」

「あ~? ここに来たのは偶々だっつってんだろ。ちょっと用事があったから来ただけだ。んな約束できねえよ」

「「「え~!?」」」

 

 隆司にとってはただの一期一会の出会いでしかないが、子供達にとっては滅多にいない年上の遊び相手。ここで取り逃すのは惜しいと言わんばかりにごねた。

 

「兄ちゃんまた遊ぼうよ~!?」

「まだ俺兄ちゃんに勝ててな~い!?」

「兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃ~ん!!」

「だぁぁぁぁぁっ!? もう、うるさいっつの!」

「また来てやれよ、減るもんじゃないし」

 

 子供達に取り囲まれせがまれる隆司は、逃げ場がないのでその場で叫んだ。相手がただの子供達と言う事もあってかその声に迫力はなく、タジタジになっているのが見て取れた。

 

 そんな彼らを見て千里が隆司の方を宥めてやった。ここで子供達を突き放すのは流石に可哀想だ。さっきの様子を見ただけでも隆司と子供達の関係は悪くなさそうだったし、偶の遊び相手にくらいはなってやれと言ってやった。

 

 事が他人事だからと暢気な事を言ってくる千里に、隆司が恨めしそうな目を向け大きく溜め息を吐いた。

 

「あ~、もう分かったよ。また今度来てやるから、今日の所はもう帰んな」

「「「わ~い!」」」

 

 隆司が折れて頷いたのを見ると子供達は満足そうに去っていった。

 子供達が居なくなると、隆司は心底疲れたと言いたげに溜め息を吐いた。

 

「はぁ~……ったくもう」

「お疲れ」

「あぁ、待たせたな」

 

 とにもかくにも邪魔は居なくなった。これで戦いに集中できると、互いに身構え戦いに備えた。

 

「さ~て、仕切り直しだ!」

「出来ればこのまま忘れてほしかったよ、チクショウ」

「んな釣れない事言うなって。さぁ、今度こそ決着を――――」

 

 今度こそ戦いが始まるかと思われた、その時である。

 

「「「兄ちゃ~ん!」」」

 

 満足して帰っていった筈の子供達がまだ戻って来た。狙ったかのようなタイミングで戻って来た子供達に、千里も思わず脱力し隆司は頭を抱えた。

 

「~~~~っ、何だよ今度は! また今度来てやるっつったろうが!」

「これ見てこれ!」

「くじ引きで当たり出た!」

「兄ちゃんにあげる!」

 

 見ると子供達の手にはビニール袋には入っていない菓子パンが握られている。そう言えば近くのコンビニでは今千円以上買うとくじ引きが出来るキャンペーンをやっていたのを千里は思い出した。あれはそれで当てた物だろう。

 

 一応ちゃんとした理由あって戻って着た子供達に、隆司は仕方がないと言う様に溜め息を吐きそれを受け取った。

 

「お前ら……はぁ、ったくもう。あ~あ~ありがとうよ。後で食べっから、ほれ! 早く帰んねえと母ちゃん心配するぞ」

「は~い!」

「兄ちゃんまたね~!」

「バイバ~イ!」

 

 やる事やって今度こそ帰っていった子供達。騒がしい存在が居なくなった事に隆司は改めて疲れたと言いたげに溜め息を吐き、貰った菓子パンを眺め懐に仕舞った。

 

「った~く、もう……」

「お疲れさん」

「全くだ。あのガキ共め」

 

 そうは言うが、隆司の顔に浮かんでいるのは満更でもなさそうな笑みだ。

 

 やはり彼は卍妖衆の忍びとしては異質なのではないか? 千里の脳裏にそんな考えが浮かんだ。

 

「さ~て……待たせたな」

「ホントにな」

 

 思えば自分は唯のお見舞いに向かうつもりだったのに、何でこんな所で足止めをくらっているのかと疑問に思わずにはいられない。

 

「俺、今急いでんだけど?」

「そう言うなって。今日こそ俺達の戦いに決着を…………」

 

 そこまで言ったところで隆司は周囲を警戒し辺りをキョロキョロと見渡した。思わず千里も釣られて周りを見る。

 

 今度は子供達の乱入はなさそうだ。その事に隆司はホッと一息つくと、気を取り直して身構えた。

 

 今ここに、千里と隆司の戦いに決着がつく戦いが――――――

 

「よし。さぁ! 今日こそ俺達の戦いに決着を――――」

 

 

 

 

「「「兄ちゃ~ん!?」」」

 

 始まらなかった。

 

「だぁぁぁぁっ!? もうっ!? さっきから何だよッ!? 帰れっつったろうがッ!!」

「まあまあ、落ち着け落ち着けって!」

 

 流石にブチ切れたのか暴れる隆司を見兼ねて千里が宥める。だが子供達は隆司の怒りなど気にもせず向かってくると、何かから逃げるように隆司の後ろに回り込んだ。

 

「助けてッ!?」

「は?」

「どうしたの?」

「怪物ッ!? 怪物出たッ!?」

「あれ!?」

「「怪物?」」

 

 子供達が指さす先を見ると、そこにはこちらに向かってくる異形の存在が居た。

 

 一見すると狼男の様な半人半狼と言うべき怪物。それを見た千里はそれをクセジの1体かと身構えた。

 

「クセジ!?」

「ん~? いや、あれ違うんじゃねえか?」

「何で?」

「何処にも墨が付いてねえじゃん」

 

 言われて怪物をよく見てみると、なるほど確かにあの狼男の体には変化の影響で体に付着した筈の墨が無い。クセジはその変化の過程で必ず体の何処かに墨が付く筈なのだが、奴は異形であるにも関わらずその特徴がない。

 

 という事は…………

 

「あいつ、ファッジって奴か!」

「ふぁっじ~? あぁ、あの昔なくなった会社からばら撒かれたって言う……」

 

 嘗て傘木社が崩壊した際、捕縛から逃れた関係者の手に寄り傘木社の技術の多くが裏の社会に流出した。その最たる物がベクターカートリッジであり、特に裏ルートに流出したベクターカートリッジは裏社会に生きる者の武器や資金源となり流通していた。

 ファッジは訓練を受けていない人間にも常軌を逸した力をインスタントに与える事が出来る手頃なアイテムだが、その制御は難しく特に直挿しだとまず確実に力を振りまくだけの獣と化す。

 

 嘗ての傘木社もそれに対する対策として人体に直接手を加えたりベクターカートリッジの力を制御し易くするベクターブレスなどの装備を開発していた。裏社会にはそのベクターブレスのデータも流出していたが、大抵の場合ベクターカートリッジとベクターブレスは別々に販売される。そして購入者の中にはベクターカートリッジを買うだけで精一杯の者も居り、ベクターブレスを使わずにカートリッジを使用して無作為に暴れると言う事件が未だに度々起こっていた。

 

 あのファッジ、ウルフファッジもその類なのだろう。

 

 兎に角このままでは子供達が危ないと、千里はコガラシに変身してウルフファッジと戦う姿勢を見せた。

 すると驚いた事に、隆司も彼の隣に立ち戦う構えを見せたではないか。彼にとっては何のメリットも無い戦いをしようとする事に、千里は意外そうな顔を彼に向けた。

 

「え? お前も戦うの?」

「当たり前だ。俺は俺のやる事を邪魔されるのが何よりも嫌いなんだ。あんな訳分かんない野郎に邪魔されるなんて冗談じゃねえ」

「あ、そ……それじゃ」

 

「「執筆忍法、変身の術ッ!」」

 

 2人揃って巻物を開き、忍筆で文字を書く。

 

「コガラシ、変身ッ!」

「ゲッコウ、変身ッ!」

 

【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】

【忍法、変身の術ッ! 夜の闇、差す影の中、忍ぶ者……ゲッコウッ! 達筆ッ!!】

 

 並び立って変身したコガラシとゲッコウ。仮面の忍者2人が目の前に立ちはだかる光景に、ウルフファッジは唸り声をあげて半歩後退り、後ろの子供達は目を輝かせていた。




と言う訳で第17話でした。

相変わらず相談する相手として頼もしいジェーンですが、ただ頼りになると言うだけで終わらないのがジェーンクオリティ。今回はちょっぴりミステリアスな感じに演出してみました。

それと今回、徹と楓の馴れ初めについて描いてみました。2人はこんな感じに出会い、そして最終的に千里を授かると言う訳です。

そして再び登場した隆司は今回もギャグテイスト。子供達相手にベーゴマでベイブレードを蹴散らす大人げない姿を見せてくれました。ただギャグだけでは終わらせず、今回は千里と共闘する形での同時変身です。
次回はコガラシとゲッコウの共闘を描いていきます。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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