仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第十八筆:眠り姫に告げる想い

 突如現れたウルフファッジ。今正に互いに決着をつけようとしていた千里と隆司は、突然の乱入者を排除し追われていた子供達を助けるべく変身した。

 

 2人の青年が仮面ライダーに変身する姿を、逃げてきた子供達は目を輝かせて見ていた。

 

「う、うわ~~っ!! 仮面ライダーだぁっ!!」

「あ? 仮面ライダー?」

「俺らみたいな戦士の事だよ。俺は仮面ライダーコガラシ、ってな」

「ほ~ん?」

「差し詰めお前は仮面ライダーゲッコウってところか」

「興味ねえな。そんな事より今は……」

 

 騒ぐ子供達とどこか誇らしげなコガラシから視線を外し前を見れば、爪と牙をむいて襲い掛かって来るウルフファッジの姿があった。涎を垂らしながら飛び掛かって来るウルフファッジを、ゲッコウは素早く近付き懐に入り込むとショートパンチを放ち拳を相手の腹にめり込ませた。

 

「フンッ!」

「グギャゥッ!?」

「ハァッ!」

 

 ゲッコウの一撃で体勢を崩したウルフファッジに、今度はコガラシの蹴りが炸裂する。体を捻り遠心力を利用した蹴りは、ウルフファッジの頭に直撃し脳を大きく揺らした。ファッジは既存の生物に比べれば圧倒的に頑丈な体の作りをしているが、それでも基本的な構造が同じである以上弱点も非常に近い。脳を揺らされたウルフファッジは、昏倒こそしなかったが酔っぱらったようにその場でフラフラとしていた。

 

 そこで攻撃を止めるようなコガラシではなく、着地と同時に忍者刀を腰の後ろから抜き素早くがら空きの胴体を切り裂いた。さらにゲッコウも忍者刀を抜いて参戦し、2人の仮面ライダーから放たれる斬撃によりウルフファッジは瞬く間にズタボロになっていく。

 

 戦っている2人は勿論、傍から見ている子供達もこのまま倒せると……そう思っていた。

 

 だが彼らは知らない。ファッジと言う怪物の本当の恐ろしさを。

 

 ファッジは生命の力を引き出された存在。それ故作り出した本人達にも予想外の出来事が起こり得る。

 それが顕著なのは、ファッジが生命の危機を感じた時。強敵を前に危機的状況に陥った時、生存本能が働いたファッジは生き残るために自らの体を変異させるのだ。

 

 このファッジになっているのはその日食べるのも苦労するほどの貧しい男だった。満足に稼げない男は生きる為とは言え借金に手を出し、そして借金取りから恐喝同然に借りた金を取り立てられる毎日に精神的に滅入っていた。

 そんな時、裏ルートで出回るベクターカートリッジの存在を知った。精神的に限界が近付いていた男は、自暴自棄になってベクターカートリッジを購入し借金取りを襲ったのである。

 

 だが直挿しで、精神的に不安定だった男はファッジの力を制御できず、借金取りを襲った後もそのまま暴走。そして子供達に襲い掛かろうとしたのであった。

 

 そして今、コイツは2人の仮面ライダーにより窮地に立たされている。この状況が生存本能を刺激し、この状況を生き残る為に予期せぬ変異を齎した。

 

「ガルルルルル…………!」

「ん?」

 

 突然ウルフファッジが抵抗を止め、身を縮こませる様にして全身に力を込めた。明らかに異常なその様子に、コガラシは危険を感じ攻撃の手を緩めた。

 だがゲッコウは逆に、奴が抵抗をしなくなったのを見て今がチャンスとトドメとなる一撃をお見舞いしようと忍者刀を振るった。

 

「貰ったぁぁっ!!」

「あ、待てッ!?」

 

 飛び掛かるゲッコウをコガラシが止めようとするが一歩遅く、鋭い斬撃がウルフファッジに迫る。

 

 その時、ウルフファッジがカッと目を見開くと、放たれた斬撃を腕の爪で弾き反撃に足の爪でゲッコウを切り裂いた。

 

「ぐぉあっ!? な、何だ……!?」

 

 突然動きが変わったウルフファッジに、流石に警戒したのかゲッコウも後ろに下がり様子を見る。

 すると2人の前で、ウルフファッジの姿が徐々に変化していった。

 

「グルルルル……グゥゥゥゥゥ……!」

 

 全身から湯気を立てながら、筋肉が盛り上がり体が一回りも二回りも大きくなる。肥大化する筋肉に皮膚が付いていけなくなったのか、あちこちの皮膚が裂けその下にある赤い筋肉が顔を出す。その変異はウルフファッジ自身にも苦痛を齎すのか、奴の口からは苦しそうな呻き声と共に血の泡が零れ落ちる。

 

「ガ、ゴボボ……!?」

「何だ何だ? あいつどうしたんだ?」

「俺が知るか。だが、あれがヤバいって事だけは分かる……!」

【忍法、口寄せの術ッ! 速筆ッ!】

 

 なんにせよ足を止めている今がチャンスと、コガラシは口寄せの術で轟雷を取り出し銃口をウルフファッジに向けた。狙うは無防備な頭、あそこに一撃をくらえばどんな奴だろうとイチコロだ。

 

 引き金を引く瞬間、ファッジはクセジとは違うのだから殺めるつもりの一撃を喰らわせて本当に大丈夫だろうかという不安が脳裏を過る。だが彼は迷いを即座に振り払った。彼らの後ろには無垢な子供達が居る。ここで彼が躊躇して、子供達に被害が出る様な事があればそれこそ悔やんでも悔やみきれない。

 

「ッ!」

 

 コガラシが引き金を引き、放たれた銃弾がウルフファッジへと向け飛んでいく。銃弾は真っ直ぐウルフファッジの眉間へと向かい…………

 

「ガウッ!」

 

 直撃する寸前、牙の生えた口で受け止められた。

 

「なぁっ!?」

 

 まさか銃弾を口で受け止めるとは思っていなかったので、コガラシは勿論ゲッコウも呆気にとられる。

 

 その間にウルフファッジは受け止めた銃弾を吐き出すと、更に大きくなった体躯からは想像もつかないほどの速度で2人に接近した。

 気が付いた時には既に目の前、とても反応できる状態ではない。

 

「く、がはっ!?」

「ぐあっ?!」

 

 一瞬で近付いてきたウルフファッジのタックルにより吹き飛ばされた2人だったが、ゲッコウは空中で体勢を立て直すとそのままの勢いで影の中に飛び込んだ。

 

「チィッ! 執筆忍法、影潜りの術ッ!」

【忍法、影潜りの術ッ! 達筆ッ!】

 

 今の時間帯は夕方から夜になろうとしている。つまり周囲にはゲッコウが入り込むのに都合がいい影で溢れかえっていた。どの影にも入りたい放題で、どの影からも好きに出られる。

 

 影に潜り込んだゲッコウは、地面に叩き付けられて悶えるコガラシを放置して影の中を進みウルフファッジへと接近。街灯が照らす事で生じる濃い影を上手く伝って近づき、死角になる背後から三日月を手に飛び出した。

 

「ハッ!」

 

 鋭く大きい鎌がウルフファッジの背中を切り裂かんと迫る。だが彼の一撃は空を切り、空中で無防備な姿を晒した。

 

「何ッ!?」

「上だッ!」

「いぃっ!?」

 

 直ぐ近くに居たゲッコウには分からなかったが、離れた位置に居たコガラシにはあの瞬間何が起きたかがよく分かった。

 ゲッコウが背後の影から飛び出した瞬間、ウルフファッジは上に跳ぶことで彼の攻撃を回避したのだ。そして上に跳んだ者は、重力に引かれて地上に落ちるのが世の摂理。落下の勢いと増強された筋力を合わせた拳の一撃が、攻撃を空振って隙を晒したゲッコウに叩き付けられる。

 

「ぐぁぁっ?!」

 

 幸いな事に三日月を間に挟む事で直撃は免れたが、しかし強烈な一撃は彼を地面にめり込ませるほどの威力を発揮した。

 

 ゲッコウを中心にクレーターが出来上がり、その中央に立って彼を見下すウルフファッジ。体が地面にめり込んだ上に今の一撃のダメージもあって満足に動けない彼に、ウルフファッジは殆ど筋肉で出来ているような足を上げて踏み付けようとする。

 

「オォォォォッ!」

 

 それを黙って見過ごすコガラシではなく、立ち上がりながら轟雷を鞘から抜き背中を向けているウルフファッジに斬りかかった。

 

「ハァッ!」

「グルッ!」

 

 背後から振り下ろされた刃を、ウルフファッジは素早く振り返り腕で防ぐ。一見僅かに皮が残った筋肉剥き出しの腕が、鋭い刃を受けとめガキンと言う音が鳴る。どうやらただ筋力が増強されただけではなく、その強度も増したらしい。その事にコガラシは仮面の下で舌打ちしつつ、攻め手を緩める事無く次々と攻撃を繰り出した。

 

「フッ! ヤッ! ハッ!」

 

 忍者刀とは違い、それなりの大きさの剣である轟雷をコガラシは素早く振るう。よく見ると手首のスナップを利かせ、刃の軌跡が柔軟な軌道を描いている事が分かった。銃のグリップとしても機能させる都合上、湾曲した柄は僅かな手首の動きで攻撃の確度を変化させることが可能であり、それがコガラシの得意とする風の様に素早い攻撃とマッチしたのである。

 勿論これを使いこなす為には相当の修練が必要であり、日々彼がどれだけこの武器の取り扱いを完璧にする為鍛錬に力を注いでいるかが分かった。

 

 彼がここまで頑張れたのも、偏に唯が近くで見守ってくれていたから。そう思うと俄然こんな所で足止めをくらう訳にもいかないと、コガラシは更に攻め手を強くした。

 

「タァァッ!」

「グギャァッ?!」

 

 上手からの振り下ろしが遂にウルフファッジの防御を破り胴体を切り裂いた。舞う血飛沫が、一瞬コガラシの視線を隠す。

 

 その瞬間に出来た隙をウルフファッジは見逃さなかった。理性など殆ど残っていない様なウルフファッジだったが、野生の本能で最適解が分かるのか今自分がどう動くのが理想なのかを察したのである。

 血飛沫により視界が僅かに塞がれた瞬間、コガラシが動きを止めその隙にウルフファッジはその場に伏せると両手で体を支え全身のバネを使って両足でコガラシの体を蹴り飛ばした。

 

「ぐほぁっ?!」

 

 内臓が押し潰されるかと思う様な一撃。胃の中の物が口から出そうになる苦痛を感じながら、蹴り飛ばされた彼の先にはようやく立ち上がる事が出来たゲッコウが居た。

 

「くそ、ん? うぉぉっ!?」

 

 三日月を杖代わりに立ち上がったゲッコウは、視界を埋め尽くそうとするコガラシの姿に面食らいつつも彼を受け止めようと両手を広げた。咄嗟の事で受け止める方向で動いてしまったが、彼自身先程のダメージが残っている為踏ん張りがきかず一緒に吹き飛ばされてしまった。

 

「どわぁっ!?」

「ぐぅっ!? わ、悪い……」

「いつつ……そう思ってるなら早く退け……!?」

 

 折角立ち上がってクレーターの外へと出られたと言うのに、コガラシが吹き飛んでぶつかってきた所為でまたクレーターの底へと逆戻りしてしまった。しかも今度は上にコガラシが圧し掛かった状態でというおまけ付き。

 

 このままではウルフファッジが何をするか分からないと、ゲッコウはコガラシを押し退けてクレーターから出た。

 

「わぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「あぁっ!?」

 

 やっとの思いでゲッコウがクレーターから出ると、今正にウルフファッジが子供達に襲い掛かろうとしている所であった。まるで獲物を甚振る様に、ゆっくりと近付き追い詰めている。

 

 その光景に、ゲッコウは咄嗟に苦無を抜き投擲した。

 

 飛来した苦無を、しかしウルフファッジは容易く弾き防いでしまった。

 

「グルル……!」

 

 この程度で自分を止めようとしたなど甘いなとでもいう様に、ウルフファッジは口の端を吊り上げ唸り声を上げる。

 だがその歪な笑みは次の瞬間凍り付く。クレーターの近くにゲッコウの姿が見当たらないのだ。

 

「よい、しょ……あれ? あいつは?」

 

 クレーターの中からコガラシが這い上がって来るが、彼もゲッコウの姿が無い事に首を傾げる。

 

 一体奴は何処に行ったのか? 嗅覚を活かし、姿の見えないゲッコウを探す。

 そうしている間に、弾かれた苦無は回転しながら弧を描き落下。街灯に照らされて出来た苦無の”影”がウルフファッジの影と重なった…………その時である。

 

「そこだぁっ!!」

「ッ!?!?」

 

 突如ウルフファッジの影の中からゲッコウが飛び出した。一体クレーターからどうやってあそこまで移動したのかと疑問を抱いていたコガラシだが、ゲッコウが投擲した苦無が地面に刺さった瞬間その絡繰りに気付いた。

 

「そうかッ! アイツ、自分で投げた苦無の影の中に入って……」

 

 先程ゲッコウが苦無を投げたのは、攻撃の為ではなく移動の為だったのだ。ゲッコウ自身に比べれば遥かに小さく軽い苦無が飛んでいく速度は、彼が走る速度に比べて圧倒的に早い。彼はその速度を利用し、弾かれる事を承知の上で投擲したのだ。

 

 彼の発想にコガラシは素直に感心した。互いに敵同士という間柄ではあるが、だが見るべきところはある。あの発想の柔軟さ、臨機応変な思考は例え敵であっても学ぶべきところがある。

 

「っと、感心してる場合じゃなかった」

 

 気を取り直したコガラシが、ゲッコウに加勢しウルフファッジを倒そうと轟雷を手に駆け出す。

 

 だがその瞬間、ウルフファッジは大きく跳躍して2人から離れた。いや、離れたと言うだけではない。敵意も感じない様子から、奴はどうやら逃げようとしている。流石にこれ以上は厳しい戦いになると察したのだろう。

 

 常識離れした跳躍力で夜の街の中へと消えていく。それを見送り、ゲッコウは悔しそうに地団太を踏んだ。

 

「クッソ!? あの野郎、逃げやがった!?」

「大丈夫」

「あ?」

 

 少しも慌てる様子を見せないコガラシにゲッコウが首を傾げるのも無視して、彼は仮面の下で目を瞑り風の動きに全神経を集中させる。

 

 仕事を終え、家に帰る途中のサラリーマンの疲れた足音……

 

 行き交う車のエンジン音……

 

 なかなか帰ってこない我が子を心配する母親の声……

 

 様々な音が風に運ばれてコガラシの耳に入ってくる。その中から彼は、先程まで戦っていたウルフファッジの荒い息遣いと着地し次の地点に向け跳躍する音を捉えた。

 

「見つけた!」

「マジか!?」

「あぁ、こっち……と、その前に」

 

 後を追おうとするコガラシだったが、その前にやるべき事を思い出し子供達の所に向かうと彼らに家に帰るよう促した。

 

「君達のお母さんが心配してるよ。早く帰ってあげな」

「仮面ライダーのお兄ちゃん……」

「それと、この事は皆には内緒な? 俺達と君達との約束だ」

「うん!」

「バイバイ! 仮面ライダーのお兄ちゃん達!」

「頑張ってね~!」

 

 コガラシに諭され、帰っていく子供達。それを2人は見送り、一息つくと頷き合って逃げたウルフファッジの後を追った。

 

 その最中、コガラシは奇妙な充実感を感じていた。理由は言わずもがな、敵である筈のゲッコウとこうして共闘出来ている事にある。

 

 万閃衆と卍妖衆、今は敵同士だが嘗ては同じ組織だった両者にそれぞれ属する2人。何事も無ければ本来仲間だった筈の2人が、今こうして同じ敵を前に手を取り合っている。

 それにコガラシは、おかしいかもしれないが安心感を感じていたのだ。彼となら仲良くできる、そんな気がしていた。

 

 だが同時に不安もある。この戦いが終われば、ゲッコウとは再び敵同士に戻ってしまう。その時、自分は彼と戦う事が出来るだろうか?

 

 そんな不安を抱えつつ、風がウルフファッジの姿を鮮明に捉えた。奴はどうやら逃げきれたと思って油断しているらしい。

 

 それはあまりにも致命的な隙となった。

 

「ゲッコウ、あそこだ!」

「おっしゃぁ!」

 

「グルッ!?」

 

 あるビルの屋上に居たウルフファッジは、真っ直ぐ自分の方に向かってくる2人の忍びに驚愕し動きを止めている。

 

 それを見逃す2人ではなく、忍筆を取り出した2人は必殺の一撃を叩き込んだ。

 

「執筆忍法、疾風激烈脚ッ!」

【必殺忍法、疾風激烈脚ッ! 速筆ッ!】

「執筆忍法、光闇螺旋蹴(こうあんらせんしゅう)ッ!】

【必殺忍法、光闇螺旋蹴ッ! 達筆ッ!】

 

「「ハァァァァァァァッ!!」」

 

 風を纏ったコガラシの蹴りと光と闇の螺旋を纏ったゲッコウ、2人の忍者の必殺技が同時にウルフファッジに炸裂する。先の戦いでコガラシとゲッコウに痛めつけられたダメージが足に回り、ウルフファッジは逃げるのが間に合わず直撃を喰らいその場で爆散した。

 

「ガァァァァァァァァッ?!」

 

 夜の帳が下りた街のあるビルの屋上に、コガラシとゲッコウは爆炎を背に降り立つ。

 

 ウルフファッジが居た所には、1人の男が気を失って倒れその近くにはベクターカートリッジが落ちている。コガラシは落ちているベクターカートリッジに苦無を投げつけ破壊し使用できないようにした。

 

「これでよし、と」

「や~れやれ、人騒がせな野郎だったぜ。さ・て・と……」

 

 肩を回して解していたゲッコウが、一息ついたと思った次の瞬間コガラシに挑戦的な目を向けてきた。その視線には気迫が籠っており、それを向けられたコガラシは仮面の奥で顔を顰めた。

 

「うげぇ……お前、まだやる気なの?」

「応よ。その為に待ってたんだからな!…………と、言いたいところなんだが」

 

 唐突にゲッコウは敵意を引っ込めると、そのまま変身を解いてコガラシに背を向けた。その姿からはこれ以上の戦いをするつもりは無いと言う意思がハッキリと感じ取れた。警戒しながらもコガラシは彼の背に声を掛ける。

 

「え? 何、お前? どうしたの?」

「もうこんな時間だし、今日はもう止めとくわ。お前、何か予定あったんだろ?」

 

 ウルフファッジの出現が無ければコガラシとの再戦をしたかったのだが、周囲を見れば日はとっくに暮れて空は真っ暗。自分に付き合わせてこの時間になってしまったのならともかく、予定外の戦いでこんな時間になってしまい更にここから時間を使わせるのは何だか申し訳なかったのだ。

 義理堅いと言うか、律儀な男である。

 

「今日の所は勘弁しといてやる。だが次はこうはいかねえからな。あばよ!」

 

 隆司はそう言ってその場から姿を消した。後に残されたコガラシは、先程まで彼が居た場所を眺め溜め息を吐いた。毎度思う事だが、本当に嵐のような男である。

 

 だが、悪くない。改めて思うが、彼は卍妖衆に所属する男にしては気持ちのいい男だ。願う事なら、彼とは敵同士ではない関係を築いていきたい。それが叶うかどうかは分からない、というか難しいだろう。コガラシがどう思おうと、万閃衆総本山がどう判断するかは別問題だ。

 

 詮無き事を考えても仕方ない。コガラシは本来の目的であった唯への見舞いを完遂すべく、変身を解き先程の公園に戻ると見舞いの品が入ったビニール袋を回収して唯の家へと向かった。

 

 程無くして辿り着いた唯の自宅。ごく普通の一軒家を前にして、千里は今まで感じた事のない緊張感に包まれていた。

 

(大丈夫、大丈夫……ただお見舞いに来ただけ。これ渡して少し話したらさっさと帰るだけだから……)

 

 心の中で何て事は無いと自分に言い聞かせ、落ち着くとインターホンを押した。インターホンから聞こえてくるチャイムの音を聞いて数秒、スピーカーから唯の家族の声が聞こえてきた。

 

『はい、小鳥遊です』

「あ、あの、小鳥遊さんのクラスメートの南城って言います。小鳥遊さん、今日学校休んでたんで、お見舞いに……」

 

 言っててやっぱり男子が女子のお見舞いに来るのはおかしくないだろうかと声のトーンが段々下がって来た。唯の親御さんから変な目で見られないだろうかという不安に、柄にもなく今すぐ逃げ出したくなるが肝心の足は地面に縫い付けられているかのように動かない。

 

 だが彼の心配とは裏腹に、スピーカーから聞こえてくる唯の母親だろう女性は弾んだ声を返してきた。

 

『あら、あなたが南城君ね! 娘から話は聞いてるわ。ちょっと待ってて!』

 

 そう言って少しして、鍵が開けられ扉が開かれた。扉からは1人の女性が顔を出し、笑顔を千里に向けてきた。

 

「唯の母の美沙(みさ)です。ありがとう、娘の為にこんな時間に来てくれて」

「南城 千里です。すみません、本当はもっと早くに来たかったんですが……あ、小鳥遊さん、大丈夫ですか?」

「えぇ、ちょっと風邪引いちゃったみたいで咳と熱が出ちゃってるんだけど、それ以外は問題無いわ」

 

 特に心配するほどの事が無いと聞いて、千里はホッと胸を撫で下ろした。心配し過ぎと思わなくもないが、やはり家族から大事ではないと聞くと安心感が違う。

 

「そうですか、良かった。あ、これ、お見舞いの品です」

「あら、ご親切にどうも。そうだ! 折角だからちょっと娘に会ってくださらない?」

「え!?」

 

 まさかの提案に思わず目を見開く。そりゃ確かにお見舞いに向かい唯と話す事が出来れば良いなどとは考えていたが、まさか親御さんからその提案がされるとは思っていなかった。そしていざその提案がされると、途端に一度は過ぎ去っていた緊張感が復活する。

 

「いや、え、それは……い、いいんですか?」

「唯、今まで一度もお友達を家に呼んだ事無いのよ。そんなあの子が何度も話すような子だもの、きっと仲が良いんでしょう。少しで良いから、話し相手になってあげて」

「わ、分かりました」

 

 美沙に促され、千里は小鳥遊家に上がり唯の部屋に案内される。部屋の前まで案内すると、美沙はそこで千里から離れた。

 

「ここが唯の部屋よ。それじゃ」

 

 リビングへ戻っていく美沙の背に千里は軽く頭を下げると、部屋を軽くノックした。

 

「た、小鳥遊さん? 俺、南城だけど…………。小鳥遊さん?」

 

 室内から返事はない。何度かノックと呼びかけを繰り返したが、唯がそれに答える事は無かった。

 

 まさか、部屋に1人でいる所を卍妖衆に攫われたのでは? そんな不安が過った瞬間、千里は居ても立ってもいられず部屋の扉を開けて中に入った。

 

「小鳥遊さん!?…………ん?」

 

 慌てて部屋に入ると、そこは特に荒されたような様子もなくベッドの上では唯が静かに寝息を立てていた。どうやら眠っているらしい。

 

 ただ眠っていたから、呼びかけに答える事が無かっただけの話。取り越し苦労、早とちりと言う事を理解し安堵すると同時にせっかちな自分に千里は呆れた。

 

「何やってんだよ俺は……」

 

 一頻り自虐した千里は改めてベッドの上で眠る唯を見る。風邪を引いたと言う話だったが、苦しそうな様子はなく寝顔は安らかなものだ。この様子なら明日か明後日には復帰するだろう。

 

 とは言え寝ているのであれば態々起こすのも悪い。このまま踵を返しお暇するのが普通なのだろうが…………何を思ったのか千里はそのまま部屋に入ると、ベッドの傍で膝をついた。

 すぐ目の前に唯の安らかな寝顔がある。その顔を見ていると、先日ゲッコウが襲撃してきた際に唯が口を滑らせて出てきた言葉を思い出さずにはいられなかった。

 

「告白、って…………そういうことで、良いんだよな?」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。千里が思いつく限りで、告白と聞いて結びつく内容は1つしかなかった。多分、告白の内容と言えば多種多様で時と場合に寄るのだろうが、その後の唯の反応や行動を考えると思いつくのは1つしか思い当たらない。

 

 唯は千里を好いている。のであれば、千里からの答えは…………

 

「俺も……俺も、小鳥遊さんの事が、好きだ。1人の女の子として、友達としてじゃなく…………」

 

 改めて想いを口にすると、千里は胸の中が温かくなるのを感じた。幸福感に近い感情が胸中を埋め尽くし、その心地良さに思わず笑みが浮かぶ。

 

 だがこの言葉は彼女が起きている時に告げるべき言葉だ。寝ている彼女に向けていっても仕方がない。これは言わば、予行練習のようなもの。彼女の風邪が治り、元気な姿を見た暁には…………

 

「ん、んん……」

「!」

 

 徐に唯の口から小さな声が上がった。軽く身動ぎすると、そのまままた寝息を立て始める。一瞬起きるのかとも思ったが、そうではなかったらしい。安堵したような、ちょっと残念なような複雑な感情を抱きつつ千里はお暇しようと立ち上がった。流石に寝ている女性の傍に、何時までも居座る訳にはいかない。

 

「今日はもうお暇するよ。また学校で。…………好きだよ、小鳥遊さん」

 

 部屋を出る前にもう一度、唯に対する好意を口にして千里は扉を閉めた。扉の向こうからは、千里が廊下を歩く足音が響きそれが段々と小さくなる。

 

 千里の足音が聞こえなくなると、それと同時に唯が目を開けた。起きたのではない、瞑っていた目を開いたのだ。そう、千里が部屋に入った直後に唯は起きていたのだ。起きようとしていた時に、直ぐ傍から千里の声が聞こえてきて驚き思わずそのまま固まっていただけだった。

 そして固まっていると、唐突に千里が告白してきた。千里も自分の事が好きなのだと知り、唯は嬉しさで頭の中が真っ白になり動けなくなる。

 

 そうこうしていると千里が帰っていった。だが部屋を出る直前にまた告白してきた。疑いようもなく、千里が自分を愛してくれている事が伝わり、唯の顔は真っ赤になっていた。

 

「南城君…………!!」

 

 唯はどうすればいいか分からなくなり、赤くなった顔を隠す様に布団を頭まで被り声にならない叫びをあげた。それでも感情が抑えきれず、ベッドの上で意味も無く暴れ回る。

 

 嬉しくて愛しくて仕方がない。自分と千里が相思相愛の関係だと言う事に、唯の心は歓喜に打ち震えていた。この感情をどう表せばいいのか分からず、悶える事しか出来ない。

 

 だが同時に己の不甲斐無さに情けなさも感じていた。起きていたのなら、何故千里が告白してきた時にそれに直ぐに答えてやらなかったのか。ここで起きて千里の告白に応えていれば、それで全てが済んでいたと言うのに。

 

 自分のここぞと言うところでの意気地の無さを嘆きつつ、風邪が治って千里と会えるようになったら絶対にこの気持ちを伝えようと唯は心に誓うのだった。




と言う訳で第18話でした。

前々作の貞助を想像された方もいらっしゃいましたが、今回登場したウルフファッジは彼とは無関係です。いや、もしかしたら大学卒業後にうだつの上がらない日々で貧乏になったかも……?いやいや……

ウルフファッジ撃破後、ゲッコウは一瞬コガラシとの再戦に臨もうかとも考えましたが、これ以上彼を付き合わせるのは申し訳ないと思う程度の思い遣りはあります。先日にうっかり唯の口を滑らせてしまった罪悪感もあったのかもしれません。

そして千里はこっそり唯に告白しちゃいました。片方は寝てると思って告白したら、実はその相手が起きてました、と言う展開もよくありますよね。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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