仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第十九筆:突撃の狼煙は突然に

 唯の風邪は本当に軽いものだったらしく、数日と掛からず快復して学校に復帰した。

 

 意気揚々と登校した唯は、視線の先に千里を見つけたので声を掛けた。

 

「南城君、おはよう!」

「小鳥遊さん! おはよう。もう大丈夫なの?」

「うん!」

 

 上履きに履き替えた2人は揃って教室に向け歩いていく。互いに顔を合わせる事は無く、会話も無いがそれでも寂しいとか気不味いとかそんな気持ちは2人の間には無かった。

 2人の間にあるのは、淡く甘酸っぱい何か。互いに肩と肩が触れ合いそうな距離で、よく見なければわからない程ほんのり頬を赤く染めている。

 

「そ、そう言えばさ?」

「ん?」

「お見舞い、来て……くれてたんだね。ありがとう。ゼリー、美味しかったよ」

「あ、あぁ……! あんなので良いかなって思ったんだけど、気に入ってくれたようで良かった」

 

 徐に唯が口にしたのは彼が見舞いに来てくれた時の事。あの時、千里は唯が寝たふりをしていた事を知らずに彼女に想いを伝えてしまっていた。千里は寝ている彼女に告白した事の気恥ずかしさを、唯は意図せず彼の想いを知ってしまった事に対する気恥ずかしさで、互いに心臓をドキリと跳ねさせた。

 

 互いに隠し事をしている形になるので、揃って背中に変な汗を浮かべる。だがそれが逆に、2人の間に漂う雰囲気の甘さを強くしていた。

 決して目に見える形ではないにも拘らず仲睦まじくしているのが分かる2人の姿を他の生徒が見たら、あの唯が男子と付き合っていると我が目を疑った事だろう。

 

 だが幸いな事に、この時2人に声を掛けてきたのはそんな色恋に鈍感と言うか興味の無い人物であった。

 

「南城殿……」

「うぉっ!?」

「ひゃぁっ!? は、長谷部さん!?」

 

 出し抜けに後ろから声を掛けてきたのは、ここ数日学校を休んでいた椿であった。音もなく背後に近寄り声を掛けてきた彼女に、2人は先程とは違う意味で心臓が飛び跳ねシャレにならない位驚いた。

 

 本来であれば文句の一つでも言うべきところなのだが、振り返り彼女の顔を見た千里は喉元まで出掛かった文句を飲み込んだ。何と言うか、彼女の纏う雰囲気がいつもと違う。普段の掴み所のない飄々とした雰囲気が鳴りを潜め、触れれば切れてしまう抜身の刃の様な雰囲気を漂わせていた。

 唯もその雰囲気に何となく気付いたのか、文句を言う事は止め代わりにここ数日姿を見せなかった理由の方に話題を振った。

 

「長谷部さん、学校休んでどうしたの? 風邪……とは思えないけど?」

 

 彼女が風邪を引く姿が想像できない。何時でも元気というか、兎に角ちょっとやそっとの事ではへこたれないような強さを持っていると言うのが唯から見た椿と言う少女だった。その彼女が、理由も無く学校を休むとは思えず首を傾げた。

 

「2人には関係の無い事でござる。それより南城殿、本日は放課後にお主の家に向かわせてもらうでござるよ」

「え、何で? 何かあった?」

「それは、お主の父上の口から語ってもらうのが良かろう」

 

 それは穏やかではない話だ。今朝、朝食を共にしていた時には徹からは何も聞かなかった。その時点で徹がこの事を把握していたのであれば、それはその件は可能な限り秘密にしておかなければならない事と言う意味となる。

 逆にその時点で徹すら把握していない事だったとすれば、事は予想外で突発的かつ相応に急を要する事と言う事になった。どちらにしろただ事ではない。

 

「分かった。小鳥遊さんは……」

「病み上がりって事で部活は休むわ。一緒に居た方が安心でしょ?」

 

 実際同じ学校の生徒からクセジが何人も出ている。マンダラと直接相対した上で生き延びている彼女を、卍妖衆が始末しに来ないとも限らない現状彼女を1人にする事は可能な限り避けたかった。

 確かに彼女の言う通り、一緒に居た方が安心できる。

 

「分かった。それじゃあ、放課後に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方こちらはS.B.C.T.の支部の一つ。そこにδチームが集まり、ここ最近頻発している忍者による騒動への対策を練っていた。

 

「正直、連中の目的が分からんと言うのが痛いな」

 

 そう呟くのはδチームの隊長の男だ。ただでさえ厳つい顔が、渋面を作っているので迫力を増している。何も知らない者が今の彼の顔を見ればそれだけで委縮し足が竦むであろう。

 尤もこの場に居るのは彼と付き合いのある部下達だけで、彼らからすればそんな厳つい顔も最早見慣れた物なのでどうという事は無い。怖い顔という印象は変わらないが。

 

「何らかの実験……と言う線は?」

 

 隊員の1人が意見を述べる。その言葉の裏には、言外に傘木社残党の関与を疑っていた。

 

 事実つい先日もファッジの存在が確認され緊急出動する事になった。該当のファッジは発見時点ですでに倒され、変異していたと思しき男と破壊されたベクターカートリッジを回収した事で事なきを得たのだが。

 しかし未だにベクターカートリッジが出回っていると言う事実に、δ5などは忌々し気に拳を握り締めていた。

 

「ったく、あんなもんに頼りやがって……」

 

 δ5のボヤキに、隊長は一瞥くれただけで何も言わずに話を続けた。

 

「その中で、やはり異質と言えるのがこの風を操る忍者だな」

 

 オペレーターが隊長の言葉に合わせて、正面のモニターに映し出される映像を切り替えた。これまでに確認された卍妖衆の下忍や影忍、マンダラなどに並べる形で映し出されていたコガラシがアップになって表示される。

 

 これまでの戦いの中で、コガラシは一貫して人々を守る戦いを貫いて来た。対して下忍・影忍・マンダラは人々を襲ったりなど、嘗ての傘木社を彷彿とさせる行動ばかり繰り返している。これらの事から、彼らS.B.C.T.の中でも忍者には二つの勢力がありこの両者が敵対していると言うところで概ね意見は纏まっていた。

 

 だがその中で分からないのが、ゲッコウとツララである。ゲッコウはコガラシと争っている姿こそ確認されているが、コイツ自身が人々に危害を加えていると言う報告はない。しかし下忍を助けていたと言う報告もあるので、卍妖衆――尤もS.B.C.T.はその存在を知らないが――寄りの存在であると予想されていた。

 

 またツララだが、こちらはコガラシと共闘する形で卍妖衆と戦っている姿を何度も目撃されている。その事から彼女が卍妖衆と敵対している存在であると言う事は確実とされているが、先日の不意の遭遇戦においてS.B.C.T.に対して攻撃し負傷者を出した事は記憶に新しい。

 

 これが彼らの判断を迷わせていた。果たしてこの忍者達は敵なのか味方なのか。

 

「隊長、良いですか?」

「何だ、δ5?」

 

 隊長が悩んでいると、δ5が手を上げた。全員の視線が集中する中、δ5は己の意見を口にする。

 

「他はともかく、この風を操る緑の仮面ライダー……忍者は、話の通じる奴だと思います。次にコイツと会えたら、その場で話を聞くくらいはできるんじゃないでしょうか?」

 

 δ5の意見に隊長は唸り声を上げた。これまでに確認された報告を見る限りにおいて、コガラシだけは行動が一貫していると言うのは先に述べた通り。加えてコガラシは以前一時的にとは言え、S.B.C.T.と共闘した過去がある。これらを踏まえれば、なるほど確かに話が出来そうな気はする。

 

 懸念があるとすればやはりツララとの一件だ。あの時のツララの行動は、自分達の秘密を守る為の行動であったと言う見方も出来る。事実あの時、ツララの姿を見つけた隊員は彼女に向けて銃口を向け威嚇行為をしていた。それに対する反射的な行動をとり、結果的に隊員に負傷者を出させたと言う可能性もあった。何しろあの時、ツララはあれ以上追撃することなくその場から離れている。自分達の秘密を守る為、最低限度の抵抗をして逃げると言う事は十分に考えられる事であった。

 

 しばらく考え込む隊長を、δ5含めた隊員達が見守る。彼らの視線に気付いた隊長は、咳払いを一つするとδ5からの意見に答えた。

 

「状況にもよるだろう。彼らが秘密主義的で、外部の組織との接触を拒む性質という可能性も否定できない。接触が可能であれば試み、彼らが拒絶するようであれば深く踏み込むのは避けろ。今この状況で敵対関係を増やすのは、得策ではない」

 

 勿論彼はこの後、これに関する件を上層部に報告し意見を求めるつもりであった。流石にこの場だけで判断するには内容がデリケート過ぎる。

 

 結局この日のミーティングでは、特に大きな内容が決まる事も無く彼らは解散するのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 場面は戻って放課後、千里は唯を連れて徹の待つ自宅へと戻っていた。最初椿も一緒に行こうと思っていたのだが、授業が終わった時点で彼女は姿を消していた。恐らく一足先に千里の家へと向かったのだろう。そんなに急がずとも、一緒に歩いて行けばいいのにと思わずにはいられない。

 

 というか、ここ最近椿との間に千里は溝を感じないではなかった。ハッキリと距離を取られたとか露骨な何かがあった覚えは無いのだが、椿との間に目には見えない壁の存在を感じる。

 

 彼女に何かあったのだろうかと心配になりつつ、千里は唯と共に屋敷の門を潜り客間へと入った。2人が客間に入ると、そこでは既に徹と椿の2人が待っていた。

 

「ただいま、父さん」

「お邪魔します」

「お帰り千里。小鳥遊さんも、いらっしゃい。まぁ座って」

「はい」

 

 唯が床に敷かれた座布団の上に座ると、千里が茶を淹れ湯呑に人数分注ぎ机の上に置く。全員の分のお茶の用意が終わり、千里が席に着いたところで徹が話し始めた。

 

「さて、今日突然呼んだ理由だが……千里、以前秘宝の一つが卍妖衆に奪われたと言う事は知っているな?」

「暁の硯の事?」

「そうだ」

 

 以前新聞に載っていたから覚えている。勿論新聞記者は盗まれたそれが秘宝である等とは知らず、ただの美術品としての価値しか見出していなかったが。

 

 だがそれがどうしたと言うのか?

 

「実はな、下忍の地道な調査により、その秘宝が持ち込まれた場所が何処だか分かったらしいのだ」

「マジでッ!?」

 

 まさかの情報に千里が思わず身を乗り出す。勢いをつけすぎたせいで彼の前に置かれた湯呑が倒れそうになったが、唯が横から手を伸ばしてギリギリのところで事なきを得た。

 

 逸る我が子を宥め、徹は話を続けた。

 

「場所はここ、街中にある雑居ビルだ。ここが卍妖衆の拠点となっているらしい」

 

 その場所の写真があるとの事で見せてもらったが、見る限りにおいては本当にどこにでもあるただのビルにしか見えなかった。ここが卍妖衆の拠点と言われても、正直ピンとこない。

 だがそう言うところが逆に良いのかもしれないと唯は思った。パッと見てすぐ忍者のアジトと分かってしまえるような拠点では、隠れ家として失格であろう。こういう街中に普通に溶け込むさり気無い場所の方が、敵対する者達からバレる事は無い。

 

 だがここで一つ疑問が。ここが卍妖衆の拠点と言う事を疑ってはいないが、ここに秘宝の一つがあると言う情報は何処から入ったのだろうか?

 

「あの、ちょっと良いですか?」

「ん? 何かな?」

「何でここに、その……秘宝があるって分かるんですか? 中に入って見つけたんですか?」

「あぁ、いや。そうじゃない。近辺にあるアジトがここだけで、事件後このアジトに卍妖衆が入っていったのを見た事。それと、それ以降ここから何かが運び出された様子がない事が秘宝があると判断された理由だ」

 

 勿論万閃衆もアジトだからと言うだけで秘宝があると思った訳では無い。綿密な調査の結果、事件現場から一番近いアジトはここ以外に存在せず、そして本拠地と思しき場所に持ち込まれた形跡が見られないと言うのが大きな判断理由だ。

 だがそれは100%を保証するものではない。もしかすると監視や調査の目を掻い潜って、卍妖衆の本拠地に秘宝が運び込まれた可能性はあった。

 

 そう考えると、無暗に乗り込むのはリスクが高いと言わざるを得ない。

 

「どうするの?」

「無論、乗り込んで卍妖衆を蹴散らすのでござる。仮に秘宝が既に運び出された後でも、連中の拠点の一つを奪い組織力を低下させることが出来るでござるからな」

 

 椿が鼻息荒く答えた。何だか随分と気合が入っている。頼りになる反面、唯は何だか不安になる何かを感じずにはいられなかった。

 

「長谷部さんが答えたが、そう言う事だ。千里、近日中に秘宝奪還と拠点制圧の為、動いてもらう事になる。そのつもりでいてくれ」

 

 大きな作戦の接近を感じ、千里も顔に緊張を走らせ小さく頷く。

 

 そんな中でやや困惑した顔をしているのが唯だった。意気込む千里と椿の隣で、場違い感を感じていた彼女は遠慮がちに手を上げた。

 

「あ。あの~……」

「何かね?」

「小鳥遊さん?」

「あ……私は、その……どうすれば?」

 

 話を聞く限り、どう考えても自分はお荷物にしかならない。流石に今回は一緒について行っても出来る事は無いどころか、邪魔になる危険性すらある。戦いの余波で怪我をするだけならともかく、最悪人質となり千里達の作戦行動に支障を来す危険すらあった。前回の秘宝の回収の際は結果的に問題なかったが、今回は戦闘が避けられない為唯の存在がどうしても邪魔になる。

 

 その事に関しては徹も考えているのか、特に考え込む事も無く答えを口にした。

 

「小鳥遊さんには、少し不自由を強いるかもしれないが作戦中はここに居てもらう」

「ここ? 南城君の家に?」

「その方が安全だからな。千里達が忙しい間は、俺が君を守ろう」

 

 と言う事は、今回の作戦で徹は待機と言う事になる。この決定に千里は首を傾げずにはいられなかった。

 徹の変身する『ホムラ』は現時点万閃衆の最高戦力、経験も能力も千里は勿論椿とも比べ物にならない。彼が居れば卍妖衆のアジトへの攻撃もより確実になるだろうに、その彼が何故待機なのだろうか?

 

 それとも今回の作戦には彼らの他に誰か中忍以上の忍びが同行してくれるのだろうか?

 

「疑問なんだけど、作戦に参加するのって俺と長谷部さんだけ? 他には誰もいないの?」

 

 千里の中で既に彼と椿が参加する事は決定事項となっていた。だがここで徹は表情を険しくすると、千里の言葉に首を左右に振った。

 

「いや、長谷部さんは今回参加しない。と言うより、彼女は暫く謹慎となる」

「はっ!? 謹慎ッ!? どういう事ッ!?」

「~~~~、くっ!?」

 

 まさかの発言に信じられないと声を上げる千里。一方謹慎を言い渡された椿は、こうなる事を薄々感付いていたようだがそれでも現実に突き付けられると辛いものがあるのか奥歯を食い縛り呻き声を上げる。

 

「長谷部さんは先日、S.B.C.T.と不用意に小競り合いを起こした。相手方は少し負傷する程度で済んだらしいが、だからと言ってなぁなぁで済ませていい問題ではない。長谷部さんには暫く頭を冷やしてもらう。分かったな?」

「…………承知、致したでござる」

 

 苦虫を100匹くらい一気に嚙みつぶしたような顔で椿が深く頭を下げる。その様子からは己の不甲斐無さに対する苛立ちと後悔がこれでもかと滲み出ていた。

 

 そんな姿を見せられては、それ以上首を突っ込む訳にもいかない。本当は何がどうしてそうなったのかなど、聞きたい事は山ほどあったがそうも言ってはいられなさそうだ。

 だがこうなると戦力をどうするかで問題となる。流石に卍妖衆のアジトに乗り込むのに、千里1人と言うふざけた事は言わないだろう。

 

「…………俺意外に、誰か来るの?」

「サポートとして下忍が数人同行する予定になっている。それと、増援で『イカズチ』が来るそうだ」

「イカズチ…………長谷部さん、知ってる?」

「名前だけは。ただ実際に会った事は……」

 

 見た事も聞いた事も無い忍びと共に仕事をしなければならないと言う事実に、千里は不安を感じずにはいられない。ロクに言葉も交わした事の無い相手と連携をとれと言われても、そう簡単に出来るものでは無いのだ。信用できないし、動きの癖も分からない。そんな相手と組む事はリスクが大きかった。

 流石に卍妖衆のスパイと言う事は無いだろうが、新参者を招くくらいなら徹に同行してほしかったと言うのが千里の正直な気持ちである。

 

「何で父さんが来てくれないの? 今一番強いんでしょ?」

「総本山からの指示だ、仕方ないだろう? それにお前も何時までも子供じゃないんだ。俺が居ない程度であれこれ言うんじゃない」

「へ~い」

「んん~?」

「んっ! 分かった、分かりました」

 

 やる気なさそうな返事をする息子に、徹の厳しい視線が飛ぶ。下手するとそのまま折檻と言う流れになりそうだったので、千里は慌てて背筋を正し返事をし直した。徹は暫く千里を睨んでいたが、取り合えず許されたのか小さく溜め息を吐くと発していた怒気を引っ込めた。

 

「では千里、当日は頼むぞ」

 

 力強く頷く千里。その横で唯は気合を入れた千里の横顔を何処か不安そうに見つめ、椿は彼の顔を色々な感情が綯い交ぜにした顔で見つめていた。

 

 

 

 

 一方、その街中に隠された卍妖衆のアジトでは…………

 

「失礼します」

 

 外から見るとただの雑居ビル、しかし内部はまるで日本の城の内部の様な内装をしたそのビルの一室に、孝蔵と隆司、そしてもう1人の男が思い思いにたむろしていた。そこに下忍の1人が音もなく入り、一言声を上げると隆司を除く全員の視線がそちらに向いた。

 

 向けられた視線に何事かと言う問いを感じ取った下忍は、跪いて頭を垂れながら報告した。

 

「どうやら万閃衆にこのアジトの場所がバレたようです。この近くを嗅ぎ回っている万閃衆の下忍を確認しました」

「意外と早かったな」

「奴らの目的は恐らく、この秘宝の硯だろう。そう遠くない内に乗り込んでくる」

 

 下忍からの報告に、孝蔵ともう1人の男が考察を述べた。実際他に彼らが乗り込んでくるとすれば、それが一番の理由として考えられた。全て集まれば恐るべき力を発揮する秘宝は、それ一つだけでもとてつもない力を発揮する。奪い返そうと考えるのは当然の思考だった。

 

「だが奴らも、俺達がそれに気付いているなどとは思うまい。”ドクロ”、念の為硯を持ってオボロ様の所へ行け」

「お前はどうする? ここに居ては奴らが乗り込んでくるが?」

「来るならば望むところ。待ち伏せして仕留めるさ」

 

 万閃衆は恐らく奇襲を狙ってくるだろうが、そういう連中は逆に罠に嵌められると弱いもの。一網打尽にして返り討ちにしてやると孝蔵は鼻息荒く意気込んだ。

 きっとコガラシもやって来るだろう。ならば好都合、今までの分も含めてお返ししてやろうと考えた。

 

 だが同時に油断ならないのも事実だ。事実以前は勝てると思っていたのに、火事場の馬鹿力のような力で反撃され撤退に追い込まれた。彼を相手には、万全を期する必要がある。

 

「……おい、ゲッコウ」

「断る」

「何だと?」

 

 孝蔵は暫し考えた結果、どうするのが彼らに一番有効かを考えそれを実行する為に必要な準備を隆司に頼もうとした。だが隆司はその考えを呼んだのか、何かを言われる前に拒絶の意思を示した。当然孝蔵の視線は鋭くなり、声はトーンが下がった。

 

「聞こえなかったか? 断るって言ったんだ」

「……理由を聞かせろ」

「大方お前らの事だから、人質になる様な奴を連れて来いってんだろ? お断りだね。俺はそう言う姑息な手段が大嫌いなんだ」

「オボロ様に逆らうつもりか?」

「お前はオボロじゃねえだろ」

 

 次の瞬間、孝蔵は苦無を抜き隆司に一瞬で近付き首筋に刃を突き付ける。あと少し彼が力を籠めればそれだけで首が搔き切られると言う状況で、しかし隆司の顔には恐怖も焦りも存在しない。ただ冷めた目で孝蔵の事を眺めるだけであった。

 

「貴様も卍妖衆だろう! ならば、勝利の為にその力を振るえ!」

「勘違いすんな。俺はお前たちの仲間になったつもりはねえ。そっちこそ履き違えないでほしいもんだな」

「貴様……!?」

 

 一向に従おうとしない隆司に痺れを切らし刃を首に突き立てようとした孝蔵だったが、気付けば自分の体がピクリとも動かない事に気付いた。目だけで下を見れば、彼の手には何時の間にか忍筆が握られていた。

 

【忍法、影繰人形の術ッ! 達筆ッ!】

 

「貴様ぁ……!?」

 

 激昂する孝蔵だったが、影繰人形の術を破ることは容易ではない。今の彼は文字通り隆司の操り人形、生かすも殺すも自由自在だった。

 

 そこで、突如1人のスーツを着た男が2人の間を割る様に入り込み引き剥がした。

 

「まぁまぁ、そこまでにしましょう」

「あ?」

「お前は……」

 

 この場に似つかわしくないスーツ姿の男が割って入った事で、2人は強制的に引き剥がされ影繰人形の術も解けた。新たに現れた男に対し、隆司は胡散臭そうな目を、対して孝蔵は落ち着いた目を向けていた。

 

 この男は本当に異質だった。変身していない孝蔵もスーツ姿だが、それでも戦う者としての気迫が感じられる。

 だがコイツからは、戦う者としての気迫や強さが全く感じられない。正真正銘非戦闘員と言った感じだ。隆司なら変身せずに素手で無力化できると自信を持って言える。

 

 にも拘らず、隆司はこの男から言いようのない不気味さと不快感を感じずにはいられなかった。

 隆司は思わず舌打ちし、棘のある声で話し掛ける。

 

「何しに来やがった?」

「いえいえ、私はただ仲裁したかっただけです。ここは私の顔に免じて、お互い矛を引いてはいただけませんか?」

 

 (へりくだ)るような物言いをするが、隆司は彼との間に確かな壁の様な物を感じていた。奴は心からそんな風に思ってはいない。その張り付けたような笑顔の裏で、こちらを値踏みし時に嘲笑っている。

 

 そう感じた彼は、コイツの前には一分一秒も居たくないとその場を離れた。勝手に去っていこうとする隆司に、孝蔵が後ろから手を伸ばす。

 

「おい待てッ!」

【忍法、影潜りの術ッ! 達筆ッ!】

 

 だが一歩遅く、隆司は影の中へと入り込み孝蔵の手は何もない空間を掴むだけに終わった。

 

『安心しろ、ちゃんと戦ってやる。攻めてきた奴らは俺が相手してやるから心配するな』

 

 姿は見えずとも、影の中から隆司の声が響く。隠形の技術は彼の方が圧倒的に上と言う事実に、孝蔵は面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 

「フンッ! あいつめ……」

「まぁまぁ落ち着いて。それより、耳寄りな情報を掴んだのですが……」

「ふむ……幾らだ、”ブローカー”?」

 

 その男……ブローカーは孝蔵の言葉に商人の顔になると、電卓を手に己が手に入れた情報を口にする。

 齎されたその情報に、孝蔵の口元には笑みが浮かぶのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 作戦決行当日……この日千里はコガラシに変身し、万閃衆の下忍達と共に卍妖衆のアジトの近くで待機していた。下忍の中には物陰などに隠れている者が居る中、コガラシはアジトの目の前にあるビルの屋上で身を低くしている。

 時刻は朝方、日が昇って少しと言ったところ。まだ街の人々も目覚めたばかりで道行く人もまばらだが、コガラシ達は人々の目を逃れるように隠れ潜み作戦開始の時間を待っていた。

 予定では時間が来ると同時に一斉に各々突撃し、秘宝の硯を奪還する事が目的だった。間違えてはならないのが、目的は戦闘ではなく秘宝の奪還であると言う事。戦闘は避けられないが、目的の物を手に入れたら即座に撤退する予定である。

 

(そろそろか……)

 

 懐から時計を取り出し現在時刻を確認。そろそろ開始時刻が近付いてきた事に、緊張からか生唾を飲み軽く深呼吸をする。

 

 彼が緊張している理由は、作戦の決行が近いからと言うだけではない。原因は彼の隣に居る中忍と思しき黄色い忍びの存在にある。

 

「えっと……よろしく……?」

 

 この忍びの名はイカズチと言う。先日徹が言っていた増援の忍びだ。だが彼は同じ作戦を共にすると言うのに、コガラシと一言も言葉を交わさない。ただ時折頷いて反応を返してくるだけであった。

 

 今もコガラシが同じ作戦を共にするからと言う事で親睦を深めようと声を掛けたのだが、イカズチは一つ頷くだけで何も言わなかった。

 

 コイツは気難しい奴なのかもしれない。そう思ってコガラシは溜め息を吐くと、気持ちを切り替えて任務の事だけを考えた。

 

 今のところ、卍妖衆に感付かれた気配はない。このまま何事も無く作戦に移れるか……と思われたその時、何やら周囲が騒がしくなる。何事かとコガラシ達が辺りを見渡していると、数台のトレーラーがやって来た。そのトレーラーには何れにもS.B.C.T.のエンブレムが刻まれていた。

 

「S.B.C.T.ッ!? このタイミングで……!?」

 

 どうやら彼らもこのビルが怪しいと嗅ぎ付けたようだが、よりによってこのタイミングで行動が被る事に万閃衆の忍びは誰もが顔を顰めた。今回の作戦、最終的には強襲と言う形になる事は予想済みで彼らもそのつもりだったのだが、それが初手からそうなると言うのは流石に予想外。しかもそれが彼ら自身のミスなどによるものではなく、第三者の介入によって強制的にそうさせられると言うのだから堪ったものではない。

 

 とは言え、ここでS.B.C.T.を責めるのは筋違いと言うものだろう。彼らは彼らで職務を全うしようとやって来たのだ。寧ろ忍者でもないのに、卍妖衆のアジトを突き止めてやって来た分称賛されるべきかもしれない。

 どちらにしろコガラシ達にとって迷惑である事は変わりないが。

 

「くそ……イカズチ、どうする?」

 

 思わず問い掛けてから返答は望めないのではと危惧したが、予想に反して先程とは打って変わってイカズチは静かに答えを口にした。

 

「こうなっては仕方ない。作戦変更、突入は自分とコガラシで行い、他は待機。コガラシと自分は迅速に秘宝を奪還して速やかに脱出する」

「ぉ、おぉ……了解!」

 

 予想以上に喋って来たイカズチに圧倒されながらも、コガラシは彼の提案に頷いた。

 強襲の上に最悪の場合乱戦となる。そうなるとあまり大人数で突入するのはリスクが高い。この際だから大きな戦闘はS.B.C.T.に丸投げして、自分達は目的のブツだけを頂戴しようと言う判断だ。

 

 作戦に修正を加えていると、トレーラーから降りたS.B.C.T.の部隊が一斉にビルの内部に突入。それから数秒と立たずビルの内部からは無数の銃声が響き渡った。

 

 それがコガラシ達の作戦決行の合図となった。

 

「行くぞ」

「応ッ!」

 

 3人は待機していたビルの屋上から飛び移り、アジトのビルの屋上に飛び乗った。内部では余程激しく戦闘が行われているのか、銃声と共に怒号などが響き渡っている。屋上に立った時点でここまで聞こえるのだから、中に入れば耳をつんざくような音を聞く事になるだろう。風を読む為音を頼りにするコガラシには、ちょっとやり辛い事になりそうだ。

 

「下は五月蠅そうだな」

「さっさと秘宝を回収する」

 

 辺りを見渡し中に入る為の扉を見つけると、罠が無い事を確認して扉を開け中に入る。

 開けた瞬間下から轟く無数の銃声に、一瞬気圧されつつ2人は秘宝を探して内部の探索を始めるのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その頃、千里の家では唯が客間で彼らの帰りを待っていた。この日は朝から千里が任務なので、彼女も朝から千里の家へと赴き徹により迎えられていた。

 

「朝ご飯は、もう食べたのかい?」

「はい。簡単にですけど……」

 

 朝早くから来させてしまったからか、徹は彼女を心配して声を掛ける。実際は千里が心配であまり食欲が湧かなかったのだが、食べないと後が困るので適当なものを腹に詰め込んである。

 

 今日は千里が危険な任務に赴く日。隣に千里が居ない状況がそれを否応なく理解させ、不安に胸が押し潰されそうになった。今頃彼は卍妖衆のアジトに乗り込んでいるだろう。と言う事は、そこにはマンダラも居る可能性が高い。前回は何とか退かせることが出来たが、それでもツララと2人掛りで圧倒された時の光景は未だ脳裏に焼き付いている。今回、彼は大丈夫だろうかと言う不安が彼女は拭えなかった。

 

「心配するな、小鳥遊さん」

「え……?」

 

 そんな不安が顔に出ていたのだろう。徹が湯気を立てる緑茶の入った湯呑を片手にやって来た。差し出された湯呑を受け取り一口飲むと、程良い温かさと美味しい苦みがほんのりと口中に広がり緊張が解れるのが分かった。

 

「ほぅ……ありがとうございます」

「気にするな。君は巻き込まれたようなものなのだからな。心配する気持ちも分かるが、千里も立派な忍びだ。大丈夫、信じてやれ」

「はい……」

 

 千里に対しては基本厳しい父親と言う姿を見せてばかりだが、彼が関わらなければ他人に気遣いが出来る穏やかさを見せていた。

 尤もそれはあるいは、相手が千里と互いに好意を寄せ合っている唯だからと言う理由もあるのかもしれないが、彼の顔からそれを察するのは少し難しい事だった。

 

「とにかく君はここに居る事だ。ここなら安全だから」

「はい、ありがとうございます」

 

 そうだ、心配だけしていても仕方ない。今の自分に出来る事は、千里の帰りを待ち彼の無事を祈る事だけなのだ。

 

 唯は縁側に座り、大分高くなってきた太陽に照らされた庭を眺めながら千里が無事に帰ってくることを祈っていた。

 

 そして…………そんな彼女を、離れた所からマンダラが見つめていたが、その事に彼女だけでなく徹も気付いてはいなかった。




と言う訳で第19話でした。

椿は以前の一件で謹慎処分を喰らう事になりました。おかしいな、最初はこんなキャラになる予定じゃなかったのに……。
椿が動けない状況下で、それでもやらねばならない作戦。万閃衆としても椿を謹慎にしたくはなかったでしょうが、あれはなぁなぁで終わらせるには大きすぎるミスだったのでケジメを付ける意味でも今回の処分と相成りました。大事な作戦に参加できず見ているしか出来ないと言う事は、椿にとっても辛い事でしょう。

その代わりに参戦したイカズチ。今のところは顔を伏せた、味方だけど謎の多いキャラと言う事でいきます。何れ素顔を晒していただくのでお楽しみに。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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