仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

2 / 70
どうも、黒井です。

早くもお気に入り件数が10件を超え、さらに評価までいただきありがとうございます!


第二筆:千里の選択

 あの後、唯は騒ぎを聞きつけた警察により保護されそこで事情聴取を受ける事になった。だが当然と言うべきか、目の前で忍者達が戦い合ったなどと言われても警察は半信半疑。いや、何らかのショックにより意識を失って夢でも見ていたのだろうとあまり真剣に聞いては貰えなかった。流石にふざけているとは断じられなかったが、見たままの事を言っても信じてもらえなかった事へは不満を抱えつつ解放され、無事に帰宅する事が出来た。

 

 警察に送られて帰宅した唯を両親は心配した。事前に警察から何らかの事件に巻き込まれた可能性があると聞かされていたので、唯の無事を自分の目で確認するまで気を揉んでいたのだ。

 

 両親は傷一つない様子で帰宅した唯に安堵し、唯も漸く何時もの日常が戻って来たとやっと肩から力が抜けた。

 そしてそのまま唯は一日の疲れと汚れをシャワーで洗い流し、寝間着に着替えて自室のベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。同年代に比べれば遥かに豊満な胸が寝間着の胸元を窮屈そうに押し上げるが、唯はそんな事を気にせず先程の事を考えていた。

 

(あれ、一体何だったんだろう……?)

 

 ともすれば本当にあれは夢だったのではと唯自身疑いたくなったが、肩にはあの時緑の忍者が自分を守る為に抱いてくれた感触がまだ残っている。その感触が、あれは夢などではなかったと主張していた。

 では、あれは本当に忍者でさっき目の当たりにしたのは忍者同士の抗争とかそう言う奴だったのだろうか? そう言えば先日、忍者による強盗が起こったと新聞に載っていたが、その現場はここからそう遠くない場所ではなかっただろうか?

 

 いろいろな考えがグルグル回るが、疲労と安堵により段々と瞼が重くなりそれに伴って思考も鈍くなっていく。唯はそのまま瞼を閉じ――――

 

『唯ー? ご飯よー?』

「ッ!? はーいッ!」

 

 直後部屋の外から響いた母の声に飛び起き、急いでリビングへと向かった。部屋を出て食卓に着く頃には、直前まで頭の中でグルグル回っていた疑問などは綺麗さっぱり無くなっていたのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 翌朝、唯は何時も通りに登校した。その途中、近道となる公園を見れば、警察により封鎖され未だ現場検証が続いているらしかった。まぁあれだけ派手な破壊の痕があったのだ、間違っても自然現象の類ではない。特に日本では何年も前から怪物による事件が多発している。唯からは有力な情報が得られなくとも、何かしらそう言う事件が尾を引いている可能性は高かった。

 

 ぼんやりと封鎖された公園を眺めつつ道なりに進んでいると、ワンボックスカーを先頭にトレーラーが数台唯の横を通り過ぎていく。随分と物々しい車両に唯だけでなく道行く人が不思議そうに見ていると、停車したトレーラーからは明らかに警察とは異なる装甲を身に纏った兵士が降りて公園へと入っていった。

 

 あの集団は一応知っている。世界的な対特殊生物災害組織、S.B.C.T.だ。本格的に捜査する為、その道のプロが動き出したらしい。

 

 何だか随分と大事になってきたなと思いつつ、もう自分には関係ないかと視線を公園から外し唯はさっさと学校へと向かって行った。

 

 学校に着き、教室に入りクラスメート達に挨拶をして席に着く。鞄から教科書や筆記用具を取り出して机の引き出しに入れていると、唐突に話し掛けられた。

 

「おはよう、小鳥遊さん」

「ッ! あっ、南城君? うん、おはよう」

 

 唯に話し掛けたのは千里であった。クラスメートとして知ってはいるが、あまり話す方ではない彼がいきなり話しかけてきた事に唯は少し驚いた。

 いや、驚いた理由はそれだけではない。話し掛けられるまで、唯はそこに千里が来ている事に全く気付かなかった。まるで突然そこに姿を現したようだ。別に唯は特別他人の気配に敏感という訳ではないが、それでも机の前に堂々と立たれて気付かないほど鈍くもないつもりだった。

 

「大丈夫?」

「え? 何が?」

 

 少し驚きつつも普通に挨拶を返した唯だったが、唐突に何かを心配され首を傾げる。前述した通り、唯と千里の関係はただのクラスメートであり、親しく話すような間柄ではない。時々話す事はあっても、それは必要最低限の情報のやり取り程度だ。間違っても朝っぱらから訳も分からず心配される様な関係ではなかった。

 

 唯が首を傾げると、千里は一瞬しまったと言いたげな顔になった。だが直ぐに気を取り直すと、彼は鞄から新聞を取り出し唯に見せた。

 

「ここ、小鳥遊さんの近所だよね? 時間的に下校中だったんじゃないかって心配になって」

 

 新聞には小さく、先日唯が巻き込まれた戦いが何らかの事件が起きたと言う形で書かれていた。そんなに大きくない記事だから唯も見落としていた。

 

「あぁ、それね。大丈夫……うん、特に、何も…………無かったわ」

 

 本当は忍者に襲われ、忍者に助けられたのだがそんな事を話したって信じてくれる訳がない。それは先日の警察で学んでいた。ましてや相手はろくに話さない千里である。信用性は低いだろう。同じ愚を犯すほど唯は馬鹿ではない。

 

 その唯の返答に対し、千里は彼女の顔をジッと観察していた。取り繕ったその表情の奥に仕舞われた、本当の心を見抜こうとしているように…………

 

「あの……南城君?」

 

 あまりにもじっくり観察されるので、何か顔に付いていたりするのだろうかと唯は自分の顔をペタペタ触りながら首を傾げる。すると千里は小さく溜め息を吐き、新聞を鞄に入れながら手を振った。

 

「いや、何でもないよ。何も無かったんなら良かった。それじゃ」

 

 千里はそう言って唯からサッサと離れ、自分の席に座った。彼が席に座ると隣の席の学が茶化す様に話し掛けている。恐らく、普段会話しない組み合わせの2人に変な勘繰りをしたのだろう。

 

 それをチラリと眺めつつ、唯は顔を前に向けようとした。だがその最中に視界の隅にチラリとは言った、先日も見た集まって団子を作っている男子3人の様子に唯は懲りずにいかがわしい本を学校に持ち込んでいると思い込み立ち上がると足早にそちらへ向かった。

 

「あなた達ッ!? 今度は何を……!」

 

 肩を怒らせながら近付く唯であったが、唯が声を上げた瞬間3人は門を開けるように動き机の上が見えるようにする。

 そこにあったのは、いかがわしい本どころか何の変哲もないただの教科書であった。

 

「あ、え?」

「俺ら、ただ自習してただけだけど?」

「レッテル貼り付けんの止めてくんない?」

「あ~あ~、やる気なくなっちゃうな~」

「ご、ごめんなさい……!?」

 

 早とちりで彼らに不快な思いをさせてしまった事に、唯は自分の非を認め申し訳なさそうに頭を下げ踵を返した。どうも昨日から調子が悪いような気がする。忍者の集団に襲われると言う、非日常を経験したからだろうか。

 

 すごすごと自分の席に戻っていく唯を、3人はニヤニヤしながら見ている。そして唯が席に着くと、また3人で顔を寄せ合い机の上にある物を顔を寄せ合って見始めた。

 

 その様子を千里は鋭い目で眺めている。彼は3人が唯に机の上を見せる為に動いた瞬間と、再び顔を寄せ合う瞬間隙間から見えたある光景を見逃さなかったのだ。

 

(あれは……偏向の術……)

 

 少し距離はあったが、3人の隙間から僅かに見える光景の中で机の上に置かれた本の色彩が身を寄せ合う時とそうでない時で変わっている事を彼は目敏く見つけていた。その光景に彼は心当たりがあった。あれは忍法・偏光の術。光の当たり具合で物の見え方を変える術だ。本来は日の当たる所にある物に掛けておく術で、夜に使ったり運んだりする必要のある物を日中カモフラージュする為に使われる術であった。

 

 忍法としては基本に位置する術で、千里だって当然使える。問題なのは、昨日までは一般人であった筈の3人、若しくはその内の誰かが何故突然忍術を使うようになったのかだ。

 まぁその理由、大体想像はつくのだが…………

 

「どうした、南城?」

「ん? あぁ、いや。何でもない」

 

 鋭い目で例の3人を睨んでいるところを学に不審がられ、訝しげな顔を向けられ慌てて平静を取り繕う。気になる事はあるが、それを問い質すのは今ではない。

 

「そうか? にしても、厭らしい奴らだよなぁ。あれ絶対態とだぜ」

「昨日の仕返し、だな」

「情けな。そんなんだから安易な方法に走るんだよ」

 

 学の言葉に千里は同意した。確かに忍術は使えれば便利だ。だがそれを、下らない私利私欲の為に使えばそれは害悪に成り下がる。

 

 あんな風にならないように、そしてアイツらの悪行を見逃さないように、千里は机の下でコッソリ術を発動させるのだった。

 

 その後、授業はこれと言った問題も無く進んだ。

 千里を含め、誰もがこのまま何事もなく日常が過ぎ去っていくものだと思っていた。

 

 しかし、問題は突然発生した。

 

 それは午後の体育の授業での事。体操服を着てグラウンドで体を動かしていた時の事である。

 

 突如、唯の来ている体操服の上が切り裂かれ上半身が下着だけの状態となった。

 

「ッ!? きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 不可解すぎる事態ながら、自分が上半身裸に近い状態である事に唯は悲鳴を上げて自分の体を抱きしめその場に蹲った。周囲のクラスメート達も突然の事態に理解が追い付かず、教師も含め誰もが何が起こったのかと蹲る唯と切り裂かれた体操服を交互に見るだけしか出来なかった。

 そんな中、真っ先に動いたのは千里であった。彼は一早く動き出すと自分が来ていたジャージを唯の肩に掛けて露わとなった彼女の柔肌を周囲の目から隠した。

 

「小鳥遊さん、大丈夫? 怪我はない?」

「な、南城君……?」

「さ、立てる?」

「う、うん……」

 

 衣服が切り裂かれた恐怖と、衆目に下着姿を晒してしまった羞恥に顔を赤くして目に涙を浮かべながら頷きよろけそうになりながら立ち上がる。千里はそんな彼女を支え、そして呆然としていた体育教師に唯を預けた。

 

「先生、小鳥遊さんは着替えさせた方が良いと思うんですけど……?」

「んぉっ!? あ、そうだな……えっと、誰か……」

「あ、はい!」

 

 女子の1人に付き添ってもらいながら、唯がその場を離れていく。千里はそれを見送り、踵を返す最中クラスメートをジロリと見渡した。

 

 果たして、見覚えのある顔の一つが離れていく唯にニヤニヤと笑みを向けているのが見えた。その様子に千里は目を細めつつ、クラスメートの輪の中に戻っていくのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 学校が終わると、千里は速やかに家に帰り徹に事の次第を話した。昨日まで忍術の”に”の字も知らない様な輩が、今日になって明らかに忍術を駆使して1人の女子を貶めようとしている。今はまだ相手に恥をかかせたり驚かす程度で済んでいるが、これが続けばエスカレートしていき、今以上の辱めを受けたり最悪命が奪われる事態にもなりかねない。

 

 千里の話を徹は腕を組んで口に火の付いたタバコを咥えながら聞いていた。そして一頻り話を聞くと、紫煙を一つ吐いて口を開く。

 

「うむ……間違いなく卍妖衆が関わっているな。恐らく”写経の術”を使われている」

「やっぱり……」

「術を使われた相手に目星はついているんだな?」

「うん。コイツだよ」

 

 そう言って千里がノートの白紙のページを開きながら口笛を吹くと、何処からともなく燕が一羽飛んできた。こんな時期に燕とはと思う間もなく、燕は白紙のノートの上に乗りその体を崩し墨になると1枚の絵を描いた。描かれた絵は、今朝唯を忍術で惑わし体育の授業中に”鎌鼬の術”で体操服を切り裂いた生徒の似顔絵だ。

 

「……クラスメートか?」

「そう。名前は黒鉄(くろがね) (さとし)、まぁ……普通にヤンチャが過ぎる奴だよ」

 

 聡は決して不良と言う程の生徒ではない。ただちょっとヤンチャが過ぎる時があるだけの普通の生徒だ。だが徹曰く、そう言う一見普通の奴の方が危ないのだとか。強くはない箍が突然強い力を与えられ、弾けるように箍が外れ暴走しやすいのだと言う。

 そして卍妖衆は、そう言うちょっと背中を押してやれば簡単に箍が外れそうな輩を狙って忍術の一部が使えるようになる禁術『写経の術』を施すのだ。

 

「これ以上野放しにしては取り返しのつかない事態になりかねないな」

「分かった。直ぐに「だが、その前に、だ……」……え?」

 

 突然徹の雰囲気が変わった。まだ何も言われていないのに、雰囲気だけで千里の体の芯が震えあがる。本能が盛大に警報を鳴らし、今すぐこの場から逃げろと訴えている。何だか分からないが、千里は徹を怒らせてしまったようだ。

 

「な、何? 俺、何かした?」

「……さっきの燕、”口寄せ・目張(めはり)の術”だな?」

「そ、そうだよ? 別にそんなお粗末な出来じゃなかったと……」

「この馬鹿者がッ!!」

 

 雷の様な拳骨が千里の脳天に叩き付けられた。強烈な一撃に千里は目から星どころか眼球そのものが飛び出したような錯覚に陥り、脳天から股下に突き抜ける激痛にその場でのたうち回った。

 

「イッテェェェェェェッ?! 何すんだよッ!? おかしなところなんて無かったじゃんッ!?」

「お前の目は節穴かッ!? 今の時期に燕なんて飛んではいないッ!? 何故鳩や雀ではなくよりにもよって燕を選んだッ!!」

「いや、それは……その……」

 

 『口寄せ 目張の術』とは、自分の目の代わりとなる式神を作り出し、式神が見たものを紙などに描く術だ。式神の姿は術者の自由で、時と場合によりどんな生き物の姿にも出来る。

 

 本来であれば日常の中で目にする動物に擬態させて、誰に怪しまれる事も無く情報を集めるのが正しい使い方だ。にも拘らず、千里は燕と言う今の時期飛んでいない鳥を選んでしまった。多くの者は気にしないが、中には違和感を持つ者が居るかもしれない。そして忍びにとって、その違和感は致命的となる場合がある。徹はそれで怒っているのだ。

 

「その……燕の方が、カッコイイから…………」

 

 今更ながらに徹の言いたい事を理解した千里は、免罪符を口にするように少しぼそぼそと燕を選んだ理由を口にした。それを聞いて、徹は青筋を立てると忍術を行使する際に使用する筆『忍筆』を取り出した。

 

「お前のそう言うところが……まだ未熟者だと言うのだッ!!」

「ま、待った待った!? 小鳥遊さんに危険が……!?」

「そんなものはとっくの昔に俺の式神が監視に向かったわッ!? 何かあればすぐに分かるッ!!」

 

 因みに徹が唯の元に向かわせた式神はちゃんと怪しまれたりしないように、鴉に擬態させていた。鴉であれば少し離れた所から人を観察しても不審に思われる事はまずない。

 

「お前が今心配すべきなのはッ! これからの折檻と自分の身の心配だけだッ!!」

【忍法、雷遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 空中に書かれた雷遁の文字から電撃が放たれる。千里も速さには自信があるが、生身で雷の速度を振り切れるほどの速度は出せない。

 

 結果、徹の放った電撃に千里は全身を焼かれる事になった。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 広い日本家屋の一室に、千里の悲鳴が響き渡る。

 悲鳴は屋敷の外にまで聞こえるほど響いたのだが、近隣住民は何時もの事と気にすることなく日常を過ごすのであった。

 

 因みに警戒していたが、この日は唯に何らかのアクションが起こされる事は無く終わったそうな。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 翌日、千里は朝から聡を警戒していた。昨日は唯に恥をかかせる為とは言えエロ本を教科書に見せただけではなく授業中に体操服を切り裂いた。味を占めてさらに過激な事をしないとも限らない。

 そして何より、聡に施された写経の術はある厄介な性質を持っていた。それは忍法を使う際に殆ど予備動作を必要としない事。この術は他人に予め術をストックさせ使えるようにする為の呪文。なので、ストックされた術以外は使えないが、一度ストックされてしまえば何度でも予備動作無しで術が行使できるのだ。

 

 そんな理由もあって千里が何食わぬ顔で聡に警戒の目を向けていると、徐に唯が近付いて来た。意識を聡に向けていた千里は、唯が目前に来るまで気付かなかった。

 

「南城君……」

「んぉっ? 何、小鳥遊さん?」

「これ……」

 

 そう言って渡されたのは、昨日唯の裸体を隠す為に千里が被せたジャージの上着だった。そう言えばあのまま貸してそれっきりだった事を思い出す。どうやら唯はそれを持ち帰って洗って乾かしてくれたらしい。

 

「昨日は、ありがとう」

「気にしなくていいのに」

「そんな訳にもいかないわ」

 

 几帳面な唯らしいと、千里は内心で微笑みながらジャージを受け取った。

 

…………聡はちょっと悪い事に手は出しても、不良と言う程ではなく度胸や能力は平均的な青年であった。だから普段であれば、千里は彼が少しでも不審な動きをすれば直ぐに気付く事が出来る。

 だがこの瞬間、千里は僅かな時間だが意識を聡から唯に向けてしまっていた。それは本来、あってはならない大きな隙。

 

 それを狙った訳ではないだろうが、聡はこのタイミングで動いた。

 

 聡を中心に影の様な物が広がり、そこから黒衣の忍者……”影忍”が次々と出現した。影忍達は姿を現すと、忍者刀や熊手を取り出し机や椅子を蹴倒した。

 

「えっ!?」

「ッ!? 小鳥遊さんッ!?」

 

 千里は咄嗟に唯を抱き寄せ、可能な限り影忍達から彼女を遠ざけた。

 一方、他の生徒達は突然現れ暴れ始めた影忍達に恐怖し、パニックを起こしながら我先にと教室から逃げ出した。

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

「きゃぁぁぁぁっ!?」

「皆っ!?」

「小鳥遊さん、駄目だッ!」

 

 逃げるクラスメート達について行こうとする唯を千里は押さえた。影忍達は千里と唯を囲むように動いている。この状況で教室の外に出ようとすれば、影忍達の壁に阻まれるのは火を見るより明らかだった。

 

 千里が唯を守るよう、窓際に下がりながら周囲を警戒している間に教室からは生徒が全員居なくなっていた。千里と唯、そして聡の3人を除いて。

 その聡は、他の生徒が教室から出て行くと影忍の波を割って千里と唯の前にやって来た。

 

「黒鉄君、どうして!?」

「キキキ! ケケケケケ!」

 

 唯からの問い掛けに、聡は奇妙な笑いだけで答えた。その様子は明らかに普通ではない。

 千里はその様子から今彼がどういう状態なのかを推察した。

 

(迂闊だった……写経の術だけじゃない、遅効性の”乱心の術”まで掛けられてる。多分時間が経つか何かを切っ掛けにして発動する様に仕込まれてたんだ)

 

 こうなると厄介だ。乱心の術は文字通り人の心を乱し、正気を失わせる。ああなった聡は心が落ち着くまで本能のままに動く事を止めない。

 唯が先程から聡に必死に呼びかけ交渉しようとしているが、無駄に終わるのは目に見えていた。

 

 その様子を見て、千里はチラリと周囲を見渡した。今室内には3人以外には影忍しかいない。脅威が影忍だけならまだ何とかなるか? そんな事を考えていた矢先、聡に更なる変化が起こる。

 

「にに、忍法……妖蟲変化の、術……」

「げっ!?」

 

 体を震わせながら聡が呟くと、彼の体から”妖”と”蟲”のに文字が飛び出す。その二文字が混ざり合い、形を変え”蟷螂”と言う文字を作り出すと再び聡の体の中に入った。

 

 すると聡の体から墨の様な黒い液体が噴き出し、彼自身の体を包み込むとシルエットが変化。両手に蟷螂の鎌の様な剣を持った、二足歩行の異形な蟷螂がそこに居た。

 

「ひぃっ!?」

 

 異形と化した聡に唯が思わず悲鳴を上げる。千里はそんな彼女を安心させるようにそっと肩に手を置きつつ、状況を冷静に判断しようと努めていた。

 

(クソ、妖蟲変化まで使うか……敵は影忍複数にクセジまでお出ましとは……)

 

 中でもクセジ……トウロウクセジは厄介だ。素の身体能力も高い上にある程度なら忍術も使いこなす。唯を守りながらコイツの相手までするのは難しいと言わざるを得なかった。

 

 可能性があるとすれば…………

 

「~~~~、うわぁ~…………」

「ど、どうしたの南城君?」

 

 突然千里は頭を抱えてその場に蹲った。唯が何事かとしゃがんで彼に目線を合わせると、彼は眼鏡を外して目元を抑えながら嘆いた。

 

「最悪だ~、今回はしばかれるなんてもんじゃ済まない。最悪後で殺される~……」

「な、何言ってるのこんな時に――――」

 

「でも……」

 

 一頻り嘆いた千里は、眼鏡を掛け直して顔を上げた。その顔には先程まで嘆いていた時の情けない様子は微塵もなく、ただ揺ぎ無い決意だけが瞳の奥で燃え上がっていた。

 

「ここで逃げるなんて事は絶対にしたくない。後でぶちのめされるだけで人一人が助けられるなら安いもんだ……!」

 

 立ち上がった千里の手には、既に忍筆が握られている。右手に持った忍筆を構え、左手で唯を後ろに下がらせた。

 

「小鳥遊さん、これから見るものに関しては他言無用でお願いね」

「うん……って、だから何を……?」

 

 その答えを千里は行動で示した。

 

 懐から緑の古めかしい巻物を取り出し、紐を解いて広げた。それには何も書かれておらず、一見しただけではただ白紙の巻物でしかない。

 その巻物に、千里は文字を書いた。隠してきた力を露にする為の文字を…………

 

「執筆忍法、変身の術ッ!」

 

 空中に向けて筆を振るうと、何もない空中に”変身”の文字が描かれる。その文字が吸い寄せられるように巻物に張り付くと、今度は文字が変形し文字から中央に水晶をはめ込まれた銀色のベルトの形になった。変身の文字がベルトの形になると、次の瞬間ドロンと煙を上げながら巻物が本当にベルトになり、千里はそれを腰に巻き次の文字を書いた。

 

「コガラシ、変身ッ!!」

【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】

 

 空中に描かれる”凩”の文字。それがベルトの水晶に吸い込まれると、ベルトを中心に全身に緑色の布が広がり千里の姿を覆い隠す。布は衣服となり、その上に墨が浮き出るように手足と両肩、胸に鎧が纏われていく。額には銀色の額当てが装着され、二本の角が突き出る。口元には銀色の口当てが付き、額当てと口当ての間からは赤い複眼が覗いていた。

 

 その姿は紛う事無き忍者。緑の装束の忍者の姿に、唯は見覚えがあった。

 

「あっ! 一昨日の夜に助けてくれた忍者ッ! あれって南城君だったの!?」

「まぁね。それより……よっ、と!」

「わっ!?」

 

 千里改め、緑の忍者コガラシは唯を横抱きにして持ち上げると既に開いている窓の縁に足を掛けた。それだけで唯は彼が何をしようとしているのかを察して、顔を青褪めさせた。

 

「ちょちょっ!? ちょっと待って南城君ッ!? あなた何をしようとしているのッ!?」

「こんな所じゃ満足に戦えないんでね。悪いけどちょっとの間だけ我慢して」

「待って!? 待っ――――」

「口閉じてないと舌噛むよッ!」

 

 唯の制止を振り切って、コガラシは窓から飛び降りた。ここは地上3階に位置する。その高さから飛び降り、訪れる無重力の感覚に唯は恐怖からコガラシに抱き着きながら悲鳴を上げた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 唯の悲鳴を聞きながら飛び降りるコガラシ。あっという間に地上が迫って来るのを彼は冷静に眺め…………

 

「ッ!!」

 

 着地の瞬間、足腰に力を籠める。校庭に唯を抱えたコガラシが降り立つ。その様子は3階という高さから飛び降りたとは思えないほど静かな着地だった。

 無事に着地できた訳だが、意図せず体験したフリーフォールに唯がまだ落下時の感覚が残っているのか青褪めた顔でコガラシにしがみ付いていた。コガラシはそんな彼女を優しく地上に下ろす。

 

「よいしょ、と。小鳥遊さん、大丈夫?」

「あ、あぁぁ…………死ぬかと思った、死ぬかと思った……!?」

 

 足の裏に感じる地面の感触に、漸く自分が無事に着地できたのだと実感し腰が抜けた様にその場にへたり込む。仕方がない事とは言え、彼女に怖い思いをさせてしまった事にコガラシは罪悪感を感じないではなかった。

 

 だが謝るのも全ては事が終わってから。窓から飛び降りた2人の後を追う様に、トウロウクセジが影忍と共に飛び降りてきた。

 

 再び取り囲まれる2人。周囲を影忍に取り囲まれ、唯は別の意味で顔を青褪めさせる。

 

「あっ……!?」

「大丈夫」

 

 恐怖に顔を引き攣らせる唯を、背に庇う様にコガラシが立ち塞がる。その背に唯は、一昨日助けられた時の事を思い出し顔から恐怖の色が抜けていった。

 

「安心して。小鳥遊さんには指一本触れさせないからさ」

 

 肩越しに振り返ったコガラシの顔は覆面で隠れていて見えない。だが唯には、振り返った彼が微笑んでいるのが見えたような気がした。

 

 唯の視線を背中に受けながら、コガラシは腰の後ろから忍者刀を抜き構えた。

 

「さぁ来い! 一筆書きより簡単に終わらせてやる!」

 

 挑発にも取れるコガラシの一声を合図に、影忍達が一斉に襲い掛かる。手に持つ忍者刀や熊手で斬りかかり、離れた所から手裏剣を投げつけた。

 

「ハッ! ヤッ!」

 

 斬りかかってきた影忍をコガラシは忍者刀で捌き、合間を縫って飛んでくる手裏剣を刃や手甲で弾く。そして反撃の斬撃や蹴りで返り討ちにし、影忍達を次々と薙ぎ払っていった。

 

「セイッ! そらぁっ!」

 

 コガラシの一撃は突風を纏いながら放たれる。斬撃は無数の鎌鼬を纏って放たれるので一振りで相手は何度も切り付けられ、蹴りは見た目以上のリーチを持って敵を薙ぎ払う。

 

 あっという間に影忍達は全て倒され、残るは聡が変異したトウロウクセジのみ。

 そのトウロウクセジは、仲間の影忍が全て倒されると満を持して自分で動いた。

 

「シャァッ!」

「っと!」

 

 接近してきたトウロウクセジが両手に持った剣を振り下ろしてくる。コガラシはそれを手に持つ忍者刀一本で捌く。トウロウクセジは二刀流と言うアドバンテージを活かし、素早い連撃でコガラシを責め立てる。コガラシは右手に逆手で持った忍者刀一本で捌かなければいけないので、必然的に苦戦を強いられていた。

 それでもコガラシは何とか一撃も貰う事無く堪えていた。だが唯から見てコガラシは劣勢であった。それ故唯はコガラシの戦いを手に汗握って見守っている。

 

「南城君……!?」

 

 唯が見守る先で、コガラシとトウロウクセジが激しく切り合う。

 

 その時、一瞬の隙を突いてコガラシがトウロウクセジから距離を取る。当然トウロウクセジはコガラシを追うが、接近される前にコガラシは右腰のホルダーから忍筆を取り出し忍法を使った。

 

「執筆忍法、隠れ身の術ッ!」

【忍法、隠れ身の術ッ! 達筆ッ!】

 

 発動した忍法により、コガラシの姿が煙と共に消えた。その直後にトウロウクセジの剣が振り下ろされ空を切る。

 

「ッ!?」

「消えたッ!?」

 

 突如姿を消したコガラシに、トウロウクセジのみならず唯も彼の姿を探した。剣を構えつつ、油断なく周囲に目をやる。

 

 だがコガラシは警戒するトウロウクセジを嘲笑う様に、背後に姿を現して無防備な背中を切り裂いた。

 

「ハァッ!」

「シャァッ?!」

 

 突然の背後からの奇襲に、トウロウクセジはもんどりうって倒れる。それでも何とか即座に体勢を立て直すトウロウクセジだったが、戦いの流れは既にコガラシに握られていた。

 

 体勢を立て直したトウロウクセジの手元を狙って投擲されるコガラシの手裏剣。狙い違わず放たれた手裏剣がトウロウクセジの剣を片方弾き飛ばす。

 

「ギッ!?」

「隙ありッ!」

「ガッ!?」

 

 剣を弾かれて隙を晒したトウロウクセジにコガラシの追撃が迫る。忍者刀の連撃がトウロウクセジの体を切り裂いていく。

 

 素早いコガラシの攻撃にトウロウクセジはあっという間にボロボロになっていく。そしてダメ押しに蹴り飛ばす頃には、残りの剣もどこかに消えトウロウクセジも立つのがやっとと言う状態となっていた。

 

 そのクセジの様子に、コガラシはトドメの一撃を放つ。

 

「書かせてもらうぜ、俺の勝利を! 執筆忍法、疾風激烈脚ッ!」

【必殺忍法、疾風激烈脚ッ! 達筆ッ!】

 

 空中に描かれた”疾風激烈脚”と言う文字がコガラシに吸い込まれる。するとコガラシの右足に目視できるほどの風が集まっていき、右足が小さな竜巻の様になる。その状態で彼はトウロウクセジに向けて飛び蹴りを放つ。

 

「タァァァァァァッ!!」

 

 コガラシが小さな竜巻となってトウロウクセジに飛んでいく。立つのがやっとのトウロウクセジにはそれを回避するだけの余裕がない。

 

 竜巻と化したコガラシの蹴りがトウロウクセジに突き刺さり大きく吹き飛ばした。

 

「ギャァァァァァァァッ?!?!」

 

 トウロウクセジが悲鳴を上げながら吹き飛ばされ空中で爆散した。そして爆炎の中から、変異の解けた聡が出てくる。衝撃で意識を失った聡を、コガラシが落下する直前にキャッチした。

 

 今だ空中に残る爆炎を背に、気を失った聡を抱えて佇むコガラシ。その姿を唯は魅入られた様に見つめていた。

 

 そしてもう1人、そんな彼を見つめている者が…………

 

「忍者コガラシ……相手にとって不足無し…………!!」

【忍法、影潜りの術ッ! 達筆ッ!】

 

 コガラシを見て呟くのは、紫の装束を身に纏った忍者だった。黄色い複眼でコガラシを遠目に睨んでいた紫の忍者は、忍術を使って影の中に潜り姿を消すと影を伝う様にしてコガラシへと近付いていく。

 

 一方のコガラシは迫る忍者に気付かず、気を失った聡を連れて唯の元へと向かう。手頃な物陰に聡を下ろし、唯が安否を確認する。

 

 その時、コガラシの背後の影の中から紫の忍者が飛び出した。警戒を解いていたコガラシは、紫の忍者の出現に反応が遅れた。

 

「なッ!?」

「南城君ッ!?」

 

 紫の忍者は影から飛び出すと同時に、抜いた忍者刀をコガラシに向けて振り下ろされた。




tips
・口寄せ 目張の術:千里達忍者が使う偵察用の式神を召喚する術。鳥などの動物や虫などの姿の式神を飛ばして偵察し、式神が見たものを適当な紙に描く事が出来る。式神の形状は術者の自由自在。

という訳で第2話でした。

千里の家では彼が何かやらかす毎に徹から折檻されるので、叫び声がよく上がります。なのでご近所さんはもう慣れっこです。

今回で本作の怪人枠である妖忍が登場しました。本作の怪人はこんな感じで、人が怪人に変異するスタイルでやっていきます。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。