マンダラは、少し離れた所から南城家の縁側に座る唯を見ていた。その視線には、獲物を狙う捕食者の色が含まれている。
「奴の情報通り、か。しかしあそこは少し面倒だな……」
彼も南城 徹の変身する忍者・ホムラの存在は知っている。現行最強の地位に立つ万閃衆の忍び。戦った場合、負けるつもりはさらさらないが相応の被害は覚悟しなければならなくなる。特に折角ストックした血を全て消費してしまう危険があった。そのリスクは出来れば避けたい。
さてどうするべきか。マンダラの狙いは唯を攫って行き、そしてコガラシの前で捕らえた彼女を見せつけ彼の動きを封じる事にある。
別に普通にコガラシと相対しても、今度は負けるつもりは無い。だが一度辛酸を舐めさせられた手前、普通に勝ったのでは腹の虫が収まらない。これ以上ない程の屈辱的敗北を彼に刻まなければ気が済まなかった。
悩んだところで、ふとマンダラは思いついた。逆の発想ならどうだろうか? つまり、唯をコガラシの前に連れていくのではなく、コガラシにこっちに戻ってきてもらうのなら…………
マンダラは徐にスマホを取り出すと、何処かへと電話を掛けた。数回ほどコールした後、目的の相手は通話に出て呼び掛けに応えた。その声色は面倒臭いと言う雰囲気がありありと感じ取れた。
『何だ、今こっちも忙しい』
「ドクロ、南城邸に来い」
『はぁ?』
「万閃衆の邪魔者、コガラシを始末する為だ」
ここで騒ぎを起こせば、コガラシは大慌てでトンボ返りして来る筈。そこで唯を人質に取り、コガラシの動きを封じて始末するのだ。邪魔になるホムラはドクロに相手をさせればいい。
(ホムラは火遁を極めた炎の忍者。ドクロとは相性が悪い筈。奴が相手なら、ホムラと言えども手を焼くだろう)
マンダラは己の作戦に不備はないと確信し、仮面の奥で笑みを浮かべるのであった。
***
時は遡り、コガラシ達が突入したビルの下の方の階では、S.B.C.T.δチームと卍妖衆との激しい戦いが行われていた。S.B.C.T.側は屋内と言うフィールドを活かし、弾幕を張って下忍達の機動力を封じ下の階から確実に制圧していった。
「このぉッ!」
弾幕を突破してきた下忍が、ライトスコープと接近戦になる。接近を許したライトスコープは、銃撃は無理だとガンマソードを抜き下忍が抜いた忍者刀とぶつけ合った。パワー自体はライトスコープの方が上回っているのか、鍔ぜり合うと下忍の方が逆に押されていく。ライトスコープはそのまま押し切ろうと剣を持つ手に力を込めた。
だが技巧では下忍の方に分があるらしく、僅かに軸をズラされてライトスコープはバランスを崩された。
「おわぁっ!?」
バランスを崩されて倒れたライトスコープに、下忍が追撃を掛けようと忍者刀を振り上げる。それを横合いからδ5が銃撃する事で攻撃を妨げ、追撃しようとしていた下忍を後退させた。
「δ5ッ!」
「δ4、大丈夫かッ!」
「大丈夫だ、すまん!」
δ5の援護を受けて、δ4も体勢を立て直し立ち上がる。これ以上の追撃は無理と下忍が後退しようとしたが、隊長のスコープからの攻撃を受けてもんどりうってひっくり返った。
「このフロアは制圧したな?」
「はいッ!」
「よし、このまま上の階に向かうぞ!」
今のところ順調に作戦が推移している事に、隊長のスコープは安堵と同時に不安を感じずにはいられなかった。
そもそも彼らがここへ襲撃をかける事にしたのは、匿名で情報のタレコミがあったからだ。曰く、このビルを忍者が拠点にしている……と。
最初は半信半疑だったが、様々な方面から情報を整理していくとここに忍者が頻繁に出入りしているのは間違いないと言う結論に達し、急遽このビルへの制圧作戦を決行。こうして襲撃をかけ、着実に制圧していったのであった。
そのまま部下と共に階段を駆け上り、次の階の制圧へと乗り出そうとしたその時…………
「うわっ!?」
「ぐはぁぁっ?!」
「何ッ!?」
先行した隊員が何かに攻撃を受け吹き飛ばされてきた。吹き飛ばされた隊員の看護を部下に任せ、隊長は室内にガンマライフルの銃口を向けた。
その銃口の先には、死神の様な大鎌を肩に担ぐ様に持った忍者が居る。
「貴様は何者だッ!」
「お前が隊長さんか?」
「誰だと聞いているッ!」
「へっ……ゲッコウ、さ!」
室内で待ち受けていた忍者……ゲッコウは隊長からの質問に答えると同時に突撃し、手にした三日月を振るった。隊長を始め部下のライトスコープも一斉に射撃し迎え撃つが、大型の武器を持っているとは思えない軽快な動きで室内を縦横無尽に動き回るゲッコウにはまるで当たらない。床や壁どころか天井まで蹴って三次元的に動き回るゲッコウに、S.B.C.T.は完全に翻弄されていた。
「オラァッ!!」
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ?!」
「がっはぁぁっ?!」
「くっ!?」
そうして接近を許したS.B.C.T.は、ゲッコウが振るった三日月の一撃で多くの隊員が部屋から追い出された。壁に叩き付けられたり階段から転げ落ちたりして、その多くが戦闘不能に追い込まれる。
残されたのは隊長のスコープを始め運良く攻撃の範囲から逃れたり回避に成功した僅かな隊員のみであった。
ゲッコウは思いの外多くの隊員が残った事に素直に感嘆の声を上げた。
「ほぉっ! 意外と頑張るじゃねえか」
「フンッ! S.B.C.T.を舐めるなよ、動ける者は陣形を組めッ!」
感心するゲッコウを他所に、隊長の声で動けるライトスコープが体勢を立て直す。動ける3人の隊員、δ3・5・9がスコープの周りに集まり陣を組む。密集した隊員達が自分に銃口を向ける光景を前に、ゲッコウは楽しそうに三日月の柄で肩を叩いた。
「いいねぇいいねぇ、楽しくなって来たぜ……!」
「撃てぇッ!」
一斉に銃口が火を噴き無数の銃弾がゲッコウに向かう。ファッジが相手であれば逃げる間もなく蜂の巣にされるであろう弾幕を、しかしゲッコウは影の中に入り込む事によって回避した。
人間が影の中に入ると言う本来であればあり得ない現象を前に、S.B.C.T.の隊員達は思わず狼狽える。
「なっ!? ど、何処に……?」
「狼狽えるなッ! 周囲を警戒しろ、どこから来るか分からんぞッ!」
円陣を組み何処から攻撃をされても対抗できるように備えるスコープ達。だが彼らは忍術に対してあまりにも無知であった。いや、例え忍術を知っていても、ゲッコウの影遁の術を知っていなければ対処は難しかったかもしれない。
ゲッコウは影を伝い、円陣を組んだS.B.C.T.の隊員達の陣形の中心に潜り込む。運良く影が上手い具合に彼らの足元まで繋がっていたのだ。
誰に気付かれる事も無く、ゲッコウは4人の隊員の輪の中へと入り込む事に成功した。一度影の中に入ってしまえば、例え相手が忍びであっても彼の動きを感知する事は不可能。
そして、タイミングを見計らってゲッコウは影から飛び出し、円陣の真上に出現するとそこで三日月を振るった。
「はっはぁっ!」
「うわっ!?」
「ぐふっ!?」
「うぉっ!?」
「ちぃっ!?」
振り回された三日月の刃がS.B.C.T.の隊員達に襲い掛かる。その餌食となったのは反応が遅れた2人のライトスコープのδ3とδ9。δ5はギリギリのところでガンマカービンを犠牲にする事で難を逃れ、スコープは咄嗟に盾を構える事で直撃を免れた。
更に戦力が激減した事に歯噛みする隊長の前で、ゲッコウが悠々と着地する。振り返り残ったのが2人であると確認するゲッコウを睨んでいると、ヘルメットに搭載された通信機からオペレーターの切羽詰まった声が響いてきた。
『隊長! 戦力の消耗がもう限界です、ここは一度撤退をッ!』
「ぬぅ、だが……」
『幸いな事に隊員に死者はまだ出ていません、ここは後退するべきです。隊長ッ!!』
オペレーターの言う通り、動けるのはδ5と自分の2人のみ。戦力は壊滅的だ。ここで粘って死者を出すくらいなら、後退して態勢を立て直した方が利口と言える。
だがその場合忍者達にも体勢を立て直す時間を与える事になる。逃げられるだけならまだいい。だがS.B.C.T.が態勢を立て直している間に、奴らがこのビルの中に罠を張って迎え撃つ準備をしていたら? 今回は奇襲に近い形で襲撃をかけたからこの程度の損害で済んだと言える。これで敵が迎え撃つ準備をしていた場合、果たして損害はどれ程になるのか?
隊長が頭の中で損得の算盤を弾いていると、徐にδ5が前に出た。破壊されたガンマカービンをゲッコウに投げつけ、それに気を取られている間にガンマソードを抜き接近戦を仕掛けた。
「オォォォォッ!」
「ッ!? δ5、待てッ!?」
隊長が止める声も空しく、δ5はゲッコウに接近しガンマソードを振り下ろした。振り下ろされた刃は容易く受け止められ、逆に押し返された。
「ほぉ? この状況で俺に向かってくるたぁ、お前なかなか根性あるじゃねえか?」
「チッ、このッ!」
その後もδ5はガンマソード1本でゲッコウに挑む。短剣であるガンマソードでは心許なく思えるが、δ5は床を転げまわったりして動き回り、兎に角ゲッコウに張り付いて対抗していた。柄の長い三日月が攻撃の届かない遠距離を相手にする時以外で唯一苦手とする超至近距離での戦闘。δ5はその距離を保つ事で勝機を見出そうとしていたのである。
それは同時に、味方が後退する時間を稼ぐ為の殿としての戦いでもあった。勝てはせずとも、味方を逃がす事が出来れば…………
「くっ、総員後退ッ! 動ける者は動けない者に手を貸し、この場から撤退する!」
隊長の命令に、意識のある隊員の中で何とか動ける者は立ち上がり、動けなかったり意識を失っている隊員に肩を貸したり引き摺ってビルから出て行く。
仲間が後退している間も、δ5はギリギリの戦いをゲッコウに仕掛け、見ていて肝を冷やすような戦いを続けていた。
***
階下で激しい戦いが行われている頃、屋上から入り込んだコガラシ達は違和感を感じていた。徹の話だと、ここには秘宝が隠されている筈。なのに、探せど探せど肝心の秘宝は勿論、卍妖衆に関する情報も何も無いのだ。上層階には責任者が控える為の物だろう部屋もあったのだが、めぼしいものは全く存在しない。
「どうなってるんだ? ここは卍妖衆のアジトの一つだったんじゃないのか?」
思わず探索の手を止めてイカズチに問うが、彼も訳が分からないのか肩を竦めるだけで答えた。
その間にも下の方からは激しい戦闘の音が聞こえてくる。だが先程に比べて銃声は減り、少し静かになってきたように思える。
そこでコガラシは思いついた。風を読んで内部を走査すればいいのだ。目には見えなくても、風を読めばわかる事もある。何よりここから下の様子が分かるのは大きい。
精神を集中させ、構えを取り風を読む。コガラシの精神が研ぎ澄まされた事に気付いたイカズチは、彼の集中を乱さないようにと余計な動きは止め見守りつつ周囲を警戒した。
(……やっぱり、ここはもうもぬけの殻なのか?)
風を読んだ結果分かった事は、この部屋は勿論周囲の部屋も軒並みめぼしいものは何も残っていないと言う事だった。人っ子一人いない。下忍らは恐らく下の迎撃に向かっているのだろうが、その迎撃に向かった下忍もS.B.C.T.との戦闘で倒れている。
少し意外だったのは、下の方でゲッコウとライトスコープが接戦を繰り広げている事だった。ライトスコープはかなり際どい場面が多々見られたが、それでもゲッコウと言う実力者を相手にかなり食らい付いている。
その戦闘の音が邪魔で少し分かり辛いが、下の方の階にもこれと言って目を引くものはなさそうだ。地下の存在も疑ったが、ここに地下は無いらしい。
一頻り走査を終え、風読みを止めたコガラシは一息つく。下の方でゲッコウとライトスコープが戦っている事以外はこれと言って目を引く情報が無かった。その事に落胆を隠せない。
「駄目だ、ここはもう空っぽだ。卍妖衆の連中、俺達の動きを読んで一足先に逃げたんじゃないのか?」
「……可能性はある」
このアジトの場所の特定などの為に、万閃衆は大量の下忍を動かし捜索させた。彼らも隠密のエキスパートであり、普通の人に紛れて物や人を探すのはお手の物だ。が、相手が同じ忍びとなると話は違ってくる。同じ視点で物を見る事が出来る故に、僅かな挙動などから周囲をうろつく下忍の存在に気付けても不思議ではなかった。
こうなるともうこの場に居る理由はない。秘宝を奪還出来なかったのは残念だが、コガラシ達に非は無いのだから後ろめたく思う必要も無かった。
イカズチと共に屋上に出て屋敷へと戻ろうとした、その時…………徐に2人の傍に下忍が何やら慌てた様子で近付いて来た。
その彼から驚くべき情報が告げられる。
「報告します! 現在、南城邸が卍妖衆からの攻撃に晒されている模様ッ!」
「はぁっ!?」
「……攻撃の規模は?」
下忍からのまさかの報告にコガラシは一瞬頭の中が真っ白になる。ただ家が戦場になったと言うだけの話ではない。今あそこには唯が居るのだ。彼女が危険な目に遭っているかもしれないと思うと、彼は居ても立ってもいられなかった。
「敵戦力は上忍が2人、容姿からマンダラとドクロと思われます」
「上忍が2人……コガラシ」
急いで戻ろうとイカズチが提案するよりも前に、コガラシは動いていた。下忍からの報告も聞かず、文字通り風の様にあっという間にその場から姿を消し唯の居る屋敷へと戻っていった。
先程までコガラシの居た場所を風が吹き抜け砂埃を吹き飛ばす。その光景にイカズチは肩を竦めて小さく溜め息を吐くと、残った下忍達にも撤退の指示を出しコガラシの後を追うのだった。
***
その頃、南城邸の庭では徹が変身したホムラが襲撃してきた卍妖衆の上忍2人、マンダラとドクロの2人を同時に相手取っていた。
「くっ、まさかこっちに襲撃をかけてくるとはな」
ホムラは忍者刀を手に、マンダラ達と相対する。唯は屋敷の奥に避難させ、必要とあればすぐに逃げるよう指示していた。伝令は既に動かしているので、この事は直ぐにコガラシとイカズチにも伝わり彼らが戻ってくる。こちらの頭数が増えれば、向こうもこれ以上の被害を避ける為後退するだろう。
尤もホムラはコガラシ達の到着を待つつもりは無い。彼は己1人でこの上忍2人を退けるつもりだった。否、退けるなど生温い。この場で仕留めて敵の戦力を大きく削ぐ事すら考えていた。
「執筆忍法、火遁の術ッ!」
【忍法、火遁の術ッ! 達筆ッ!】
空から降り注ぐ隕石か、火山の火口から飛び出す炎かと思う様な劫火の火球がマンダラとドクロに向けて放たれる。ホムラは炎の忍術を得意とする炎の忍び。例え基本技の火遁の術だろうと、彼の手に掛れば必殺の一撃に匹敵する技となる。通り過ぎただけで空気を焼き尽くし、触れれば骨まで残さないと思わせるほどの一撃がホムラとドクロに襲い掛かった。
だが骨すら残さないと思われたその一撃は、ドクロの前に飛び出した骨の壁により防がれてしまった。
「何ッ!? 馬鹿な……」
火葬で骨だけが残るので骨は火に強いと勘違いされるかもしれないが、実際問題そんな事は無い。火葬場で骨だけが残るのは火葬屋が火力を調整しているからであって、本気で高温の炎に晒されれば骨だって灰になる。
だからホムラの火炎も、骨の壁など焼き尽くしてしまえる筈であった。
「クククッ……骨で炎を防げているのがそんなに不思議か?」
「ッ!?」
ホムラがあり得ない事態に困惑していると、ドクロが嘲笑いながら口を開いた。ドクロはその名の通り頭蓋骨の様な仮面の黒い双眸でホムラを射抜き、足元から土を突き破って出てきた人骨を撫でながら言葉を続けた。
「何、簡単な話だ。お前の炎は確かに俺の骨を焼いている。ただ俺は骨が焼き尽くされて灰になる前に次の骨で壁を作っているだけの話だ」
ドクロの用いる忍術・骨遁の術はマンダラの用いる血遁に並び禁術とされている。それは術の使用に人骨を対価とするからであり、その骨は当然本人の物でなくても構わない。他者の骨を媒介にして術を使える非人道的忍術は、その危険性もあって封印された筈であった。
ただ彼の場合媒体とする骨はある意味で血よりも集めやすい。何しろ骨はなかなか分解されない為、その気になれば自殺の名所などに行けば死にたてから人知れず死んで残る骨まで取り放題だからだ。それに嘗て土葬が行われていた地域に向かえば、地面を掘れば昔の遺体の骨が出てくることもある。
そうした事情もあり、ドクロは術で使う骨を大量にストックしておりその骨を潤沢に使ってホムラの炎を防いだのだ。
しかもドクロは、己の支配下にある骨に水分を含ませていた。木材もそうだが、水分を含んだ物質は簡単に燃え尽きる事は無い。ドクロは骨に水分を含ませる事で、ホムラの炎に対する耐性を取得していたのだ。
「それより、何時までも俺に構っていていいのか?」
「何だと?…………ハッ!?」
気付けばドクロの傍にいたマンダラの姿が無くなっている。先程ホムラの火遁を骨の壁で防ぐ際に姿が隠れた隙に、まんまと屋敷の中に入り込まれてしまったらしい。
この状況で屋敷に襲撃し、そしてホムラの足止め以外の目的となると考えられるのは1つしかない。
「いかん、小鳥遊さん……!」
「おっとぉ!」
【忍法、
急いで屋敷の中に入り唯を守ろうとするホムラであったが、その彼の周りに武装した骨の兵士が何体も地面から出てきた。まるでゲームに出てくるスケルトンの様な姿だ。飛び出してきた骨の兵士をホムラは邪魔だと言わんばかりに蹴りで粉砕するが、バラバラになった骨の兵士は骨が集まり何事も無かったかのように再び立ち上がった。
「くぅっ、面倒な……!?」
「ヒヒヒッ! 現行最強の忍びと言うのも存外大した事無い。いや? 繰り上げで手に入れた最強の座など所詮その通りと言う事か」
現行最強と謳われるホムラを手玉に取れている状況にドクロが気分良く口走るが、それは余計な一言と言うものであった。奴は気付かず、ホムラの地雷を踏み抜いてしまったのだ。
「……俺は確かに、繰り上げで最強の座についた。それを否定するつもりは毛頭ない…………だがな」
次の瞬間、ホムラの周辺が紅蓮の炎に包まれる。その炎の火力は骨をも一瞬で焼き尽くすほどであり、彼の周囲に居た骨の兵士は一瞬で灰になってしまった。
「うっ!?」
【忍法、火遁
「……貴様にそれを嘲笑われる謂れはない」
炎は消えたと言うのに、肺が焼けそうなほどの熱波がドクロを襲う。いや、熱波だけではない。汗が噴き出て蒸発する程熱いのに、体の芯は極寒の吹雪の中に放り込まれた様に震えあがっていた。ホムラの怒りを前に、ドクロの本能が危険を訴えているのだ。その佇まいは間違いなく最強と謳われるだけのものを持っていた。
「俺が大した事無いか……その身で味わえ」
口寄せの術でホムラが一本の刀を取り出す。鞘から抜かれたその刀は、ホムラの熱波に当たったからか抜刀直後に刀身に炎が灯り燃え上がる。燃える刀を前に、ドクロは自分が虎の尾を踏んでしまった事を理解した。
その頃、唯は屋敷の奥で不安に体を縮こませていた。
まさか千里の家が戦場になるなど思ってもみなかった。マンダラとドクロの姿を見た瞬間、徹はホムラに変身し分身の術で生み出した分身体に唯をこの部屋へと連れて行かせた。
この部屋は屋敷の奥の方にあり、唯も今まで入った事がない。ここへの道中には多数の罠があるので、唯が1人でも暫く持ち堪える事が出来る筈だった。
「南城君……」
屋敷の外からはホムラが卍妖衆の上忍と戦う音が響いてくる。腹の芯に響くような音が聞こえてくるたびに、唯は肩を震わせそれを押さえるように自分で自分の肩を抱いた。
不安に震えながら考えるのは任務で離れている千里の事。今この場に彼が居ればどれほど頼もしいかと、彼女は彼の帰還を只管に願った。
千里と言えば、結局お互いに正式に告白をしていなかった事を思い出す。唯はハプニングによりうっかり想いを口にしてしまい、千里は唯が寝ていると思ってその胸の内を明らかにした。
お互いに相手が自分の事を思ってくれている事は理解している。ただ、正式な形で想いを打ち明ける事をしていないだけ。
この騒動が過ぎたら、告白するだけの余裕が出来るだろうか?
そんな事を考えていると、屋敷内の離れた所から何かが破裂するような音が聞こえてきた。明らかに屋敷内で発生した音に、唯はビクンと震えて音のした方を見る。
(だ、大丈夫……大丈夫……南城君のお父さんが頑張ってくれてるから……)
徹のホムラを信じて冷静さを保とうとする。が、その後立て続けに破裂音や何かが崩れる音、破壊音などが段々と近付いてきている事に恐怖し動悸が激しくなった。
「はぁ……! はぁ……!」
恐怖に慄いた顔で音の発生源から出来るだけ離れようとしたが直ぐに壁に阻まれる。これ以上下がれないと背後の壁を見た、次の瞬間目の前の障子を突き破ってマンダラが部屋に入って来た。
「ヒッ!?」
「見つけたぞ……ここに居たか!」
「いや、来ないでッ!?」
逃げようとする唯だったが、部屋の角に追い込まれ直ぐに手を掴まれる。そして何時ぞやの様に片腕で吊り下げられ、腕に走る痛みに顔を顰めた。
「あっ!? うぅぅ……!? い、痛い…………!?」
「クククッ……こいつで、コガラシの奴を――――」
唯を人質に取り、コガラシの動きを制限させる算段を考えるマンダラを唯は思わずキッと睨んだ。だがそれでこの状況がどうにかできる訳もなく、彼女の視線は逆にマンダラを悦に浸らせるに留まる…………かに思われた。
だが次の瞬間、唯の腕を掴んでいるマンダラの腕が何かにより撃ち抜かれた。
「うがぁっ!?」
「わっ!?」
腕を撃ち抜かれた事により、唯の腕を掴んでいる事が出来なくなり彼女を落とすマンダラ。唯は突然落とされ、思わずその場に尻餅をつきそうになる。
が、そうはならなかった。尻に走るだろう痛みを警戒して目を瞑っていた唯が感じたのは、自分を包む優しい風と優しく抱きとめる力強い腕の感触。
そして、今一番聞きたい青年の声だった。
「小鳥遊さん、大丈夫?」
「ッ! 南城君ッ!!」
彼女を助けたのは言うまでも無くコガラシだった。下忍からの報告を受けた彼は大急ぎで屋敷へ戻り、そこでドクロを圧倒しているホムラと遭遇。息子の帰還にホムラは屋敷の奥に唯が居て、マンダラがそこに向かっている事を聞いたのだ。
広い屋敷だが、マンダラの居る場所は直ぐに分かった。屋敷の中に張り巡らされた罠の一部が作動し、破壊された後を辿っていけばいいだけだ。忍者屋敷でもある南城邸はあちこちに罠が配置されている。本来であれば大急ぎで移動する場合もそれら罠に注意しなければならないのだが、皮肉な事にそれらをマンダラが薙ぎ払って進んでくれた事でコガラシは彼の居場所が分かると同時にスムーズに唯の元へ辿り着く事が出来たのだ。
唯が無事である事に安堵したコガラシだったが、顔を上げれば血を流す腕を押さえたマンダラが鋸剣を手に殺意の籠った目を向けてくるのを見て顔を顰めた。
「コガラシィ……!?」
「ったく、空気読めよな」
折角唯とちょっといい雰囲気だと言うのに、マンダラが居てはそれも台無しだ。とは言え、じゃあさっさと帰れと言う訳にもいかない。ここで奴を逃がせば、奴はまた人を襲って術に使う血を集める。もうそんな事はさせない、ここで今度こそ倒す。
「小鳥遊さん、離れてて」
「うん!」
コガラシは唯を離れさせると、轟雷を抜刀し切っ先をマンダラに向ける。対するマンダラは、撃ち抜かれた腕を血で包み使えるようにした。
「コガラシ、貴様はここで必ず仕留めるッ! 貴様を、貴様だけでも……!」
マンダラがここまでコガラシに拘るのには理由がある。ここ最近、彼が担当する任務に於いてケチが付く場合が多かった。特に晴嵐の筆の確保失敗は大きく、あの事が原因で卍妖衆首魁オボロからは睨まれていた。
これ以上失敗を重ねては文字通り命に係わる。ここらで何か成果を上げなければと考えた時、彼が真っ先に考えたのがコガラシの始末だった。晴嵐の筆を巡る戦いでの彼の戦いは卍妖衆上層部でも注目されており、コガラシと言う名はブラックリストに載っている程だ。そのコガラシを仕留めたとなれば、組織内での評価も上がる。仮に上がらずとも、汚名を返上する事は可能だった。
加えて先日の雪辱を果たせるし、そもそもコガラシ自身はまだ未熟な中忍。マンダラが本気を出せば勝てない相手ではない。
そう言った思惑もあり、マンダラはコガラシ討伐に拘っているのだ。本人からすれば堪ったものではないだろうが。
「おぉぉぉぉぉぉっ!!」
マンダラが鋸剣を構えて突撃してくる。コガラシはそれを轟雷で受け流そうとするが、マンダラの勢いは凄まじく彼はそのまま屋敷の外まで押し出されてしまった。
「うわぁっ!? くっ!」
「コガラシ……貴様は、ここで仕留めるッ!!」
「チッ、やれるもんならやってみろよッ!」
互いに武器を構えて対峙するコガラシとマンダラ。そこにホムラとドクロも合流した。ホムラはコガラシの隣に、ドクロはマンダラの隣に立つ。
「父さん、大丈夫?」
「心配無用だ。それより、気を抜くな。どちらも手練れだ」
「分かってる!」
万閃衆と卍妖衆、二つの組織の忍び達が互いに睨み合い、張り詰めた空気になる。
その様子を唯が半壊した屋敷の中から見守っていた。
と言う訳で第20話でした。
本当はホムラの変身シーンも描こうかと思っていたのですが今回は見送りました。一応前半の山場の一つですが、ホムラの変身シーンはまた別の盛り上がるタイミングでと言う事で。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。