仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第二十三筆:隠れ潜み写す

 放課後、千里と唯の2人は七篠庵にて軽くお茶をしていた。ここ最近は唯の部活が終わると何時もここに来て、コーヒー片手に雑談するのが日課となっている。

 

 この日の話題は、やはりと言うか新任の担任教師である骨猪に関する事だった。あれから数日程経ったが、骨猪は教師としては良くも悪くも普通であった。

 担当する教科は孝蔵同様古文だったが、特別分かり易い訳では無くかと言って分かりにくい訳でもない。話を聞いて板書をしっかりしておけば、内容が理解できる程度の授業である。

 

 問題なのはやはりその風貌と雰囲気だ。まるで幽鬼の様なその風貌は、未だ慣れない生徒が居るのか時折悲鳴が聞こえてくるほどだった。骨猪と遭遇して悲鳴を上げた生徒が出る度、千里は何事かとその現場を確認する必要に駆られていた。

 

「も~、あの人勘弁してほしいよ。いきなり悲鳴聞こえると卍妖衆が何かやらかしたのかどうか分からないから焦るんだよ」

「お疲れさま、”千里”君。でも先生としては普通じゃない?」

「それはそうなんだけどさ~……」

 

 改めて辟易しながら千里は冷めたコーヒーを一口啜った。残ったコーヒーを飲み干し、大きく息を吐く千里の背を唯が優しく撫でる。

 

 因みに学校の外での2人の互いの呼び名は、『千里君』と『唯ちゃん』となっている。これは2人で話し合った結果であり、学び舎と言う籠から解き放たれてありのままで触れ合える事を意味する呼び方でもあった。

 唯の方は時折心の中とかで千里の事を名前呼びしていたが、千里の方は唯の方を下の名前+ちゃん付けで呼ぶ事に対して最初こそ恥ずかしさがあった。だが唯から期待するような上目遣いで見られた結果、根負けする様にそう呼ぶようになり今ではすっかり定着していた。

 

 閑話休題。

 

「確かに怪しいと言えば怪しいけど、それは見た目や雰囲気だけで危ない感じじゃないんでしょ?」

「まぁ、ね」

 

 実際千里も最初に骨猪を見た時、その雰囲気から危険人物ではないかと警戒して目張の術を使って監視したりもした。だが結果は白、怪しい所など何処にもない。ここ数日は警戒していたのだが、卍妖衆も騒ぎを起こす事も無く至って平和な日々が続いていた。

 

 尤もだからこそ不安も募ると言う部分はあった。また何か仕掛けようと卍妖衆が裏で暗躍しているのではないかと考えてしまう。未だ千里には気の抜けない日々が続いていた。

 

 そんな彼の労を少しでも労えればと、唯は彼の頭を抱き寄せると胸に抱き優しく撫でた。

 

「そんなに気張ってばかりだと疲れちゃうよ。ほら、リラックス」

 

 豊満な胸に抱かれて頭を撫でられ、千里は思わず顔を赤くした。柔らかな胸の感触と仄かに漂う唯の匂いに、千里は安心感と興奮を同時に感じていた。

 千里は頬を赤く染めているが、実は唯の方も顔を赤くしていた。彼からは見えないが、男の子の頭を抱き寄せて胸に当てて頭を撫でてやると言うのはやってみると想像以上に恥ずかしい。店内には他の客の姿が無いから出来る事だが、店の外では絶対にこんな事出来ない。

 

「ゆ、唯ちゃん……」

「ん……」

「も、もう大丈夫……大丈夫だから……」

「そ、そう?」

 

 とは言えこれによって千里も精神的には大分癒された。素直に甘える事が出来る相手が居ると言うのは良いものだ。

 千里は名残惜しさを感じつつも、これ以上唯に迷惑はかけられないと彼女から離れた。顔を上げると自分と同じく顔を赤くした唯の顔と対面し、お互い恥ずかしくて相手の目が見れなくなってしまう。

 

 甘酸っぱい雰囲気が暫し漂っていたが、そんな雰囲気を変える様に何時の間にかジェーンが近付いてきていた。

 

「相変わらず仲が良いわね~。お姉さん羨ましいわ~」

「わっ!? ジェ、ジェーンさん!?」

「す、すみません……」

「良いのよ~。仲が良いのは悪い事じゃないわ~。私としても2人が仲良くなってくれたのは嬉しい事だしね~」

 

 何時も通り間延びした喋り方で話しながら、ジェーンは空になったカップにコーヒーを注いだ。千里はそれを軽く頭を下げて受け取り、淹れたての湯気を立てるコーヒーを口に流し込んだ。

 

 彼が熱いコーヒーに一息ついたのを見て、ジェーンは少し真面目そうな表情で2人に問い掛けた。

 

「ところで~、一つ聞いても良いかしら~?」

「何ですか?」

「椿ちゃんは~、最近どうしたの~? ここの所~、姿を見ないけど~?」

 

 言うまでもないことかもしれないが、今この場に椿の姿はない。少し前までであれば椿も居て、近況の雑談などをしているのだが…………

 

「長谷部さんは、最近直ぐに帰っちゃって……」

「こっちから話し掛けてもあまり長く話さないんです。直ぐに何処かに行っちゃって」

 

 ここ最近、椿は殊更に付き合いが悪かった。学校で顔を合わせてもろくに挨拶もせず去っていき、声を掛けても2~3言葉を交わしただけで離れてしまう。そしてその雰囲気は、緊張感を漂わせた張り詰めたものになっていた。抜き身の刃の様な雰囲気に、千里ですら話し掛けるのを躊躇する程だ。

 

「長谷部さん、やっぱり……」

 

 千里と唯には椿の様子がおかしくなった理由に想像がついた。ついこの間、何を思ったのか分からないがS.B.C.T.と諍いを起こして、謹慎処分を喰らってしまった事が関係している事は間違いないだろう。普段飄々しているように見えて、万閃衆の忍びとして期待を背負っていると言うプライドを持っている彼女だ。判断ミスで謹慎を言い渡された事が相当堪えたに違いない。

 

 だがそれをジェーンに教える訳にはいかない。彼女は忍者の事情を何も知らない一般人だ。何も知らない彼女に忍びに関する事を教える事はご法度である。

 

 故に、椿が顔を見せない事の理由を知っている仕草を見せた2人に興味を持って来た彼女に対し、2人は何も言う事が出来なかった。

 

「なになに~? 2人は何か知ってるの~?」

「えっと~……は、長谷部さんは……その……」

 

 唯は何と言えばいいだろうかと千里に視線で問い掛けた。自分では言い訳が思いつかない。こういう時はその道のプロに任せるに限る。

 

 彼女からの視線に千里は目線だけで頷くと、首を傾げているジェーンに何てことはないように答えた。

 

「大した事じゃないですよ。ただ長谷部さん、最近ちょっと失敗しちゃって」

「失敗?」

「そそ。あれで結構プライドや責任感強い性質だから、ミスした自分が許せないみたいで。それで最近、ちょっと思い詰めちゃってて」

 

 嘘は言っていない。実際椿がミスをやらかして、若干塞ぎ込んでいる部分があるのは事実なのだから。相手を納得させる嘘をつく時には、ある程度の真実を織り交ぜるのが良いと唯も聞いた事がある。千里はそれを今この場で実践しているのだ。

 

 顔色一つ変えずに適当な事を言ってはぐらかす千里に唯が舌を巻いていると、ジェーンはずいっと彼に顔を近付けてきた。鼻先が触れ合うのではと言う程の至近距離から、赤い瞳が千里の目を覗き込む。

 いきなり顔を近付けてきたジェーンに千里は心臓が跳ねた。こうして間近で見ると改めて彼女が美人である事が分かる。加えて鼻腔を突く仄かに甘い香りに、彼は頭がクラクラするような気分になった。魔性の女とは彼女の為にある言葉なのではないかとすら思わせる。

 

「あ、の……ジェーン、さん?」

 

 何を考えているか分からない彼女に、千里は必死に言葉を紡いで問い掛ける。まさか本当の事を隠している事がバレたのかと肝を冷やしたが、しかし彼女は至近距離に顔を近付けたまま何も口にしない。赤い瞳が真っ直ぐ自分の目を見てくる。次第に千里はその瞳に吸い込まれる様な感覚に陥り――――

 

「ジェーンさん!」

「ッ、っと!?」

「あら~?」

 

 徐に唯に袖を引かれて抱き寄せられた。至近距離で見つめ合う2人に嫉妬したのか、千里を抱き寄せ胸に抱いた唯がジェーンを見る目は険しい。そんな彼女から向けられる視線に、ジェーンは一瞬キョトンとすると直後にクスクスと笑い始めた。

 

「フフッ、ウフフフフッ!」

「な、何が可笑しいんですかッ! って言うか、千里君に近過ぎですッ!」

「ん~ん、ごめんなさいね~。そうよね~、千里君は唯ちゃんのだもんね~」

 

 明らかに嫉妬している唯に、ジェーンが楽しそうに笑みを浮かべる。対する唯は、ジェーンに言われて少し恥ずかしくならなかった訳では無いが、しかし否定する理由も無かった為開き直ってより強く千里を胸の中に抱きしめながらジェーンを睨んだ。

 

「わ、悪いですか……」

「悪くは無いわ~。羨ましいわね~、そんなに愛されて~。でも~、そんなにギュッと抱きしめちゃって大丈夫かしら~?」

「へ?」

 

 ジェーンの言葉の意味が今一理解できず今度は唯の方がキョトンとする。首を傾げる彼女に、ジェーンは視線の動きだけで下を見てみろと教えてやった。訳が分からないながらも、唯が視線を胸元に下げていくと…………

 

「むぐぐ……むぅ……」

 

 そこでは唯に抱きしめられた千里が、彼女の豊満な胸に埋もれていた。彼をジェーンから引き剥がす事に必死になるあまり、彼の顔を胸に埋める形で抱きしめてしまっていたらしい。制服越しとは言え、形の整った同年代の中でも抜きん出た豊満な胸が千里の顔面を優しく包み込んでいる。

 男であれば誰もが憧れる状況であろうが、実際には顔を塞がれている為呼吸が儘ならない。顔を枕かクッションで押さえ付けられたも同然になっている千里は、抵抗こそ少ないが漏れ聞こえてくる声は明らかに苦しそうだった。

 

 彼の顔を胸で押さえ込んでしまっている事に漸く気付いた唯は、慌てて彼の頭を解放した。

 

「わぁぁぁっ!? 千里君大丈夫ッ!?」

 

 大急ぎで肩を押して彼の頭を胸から引き剥がす。解放された彼の顔は明らかに赤くなっており、唯は顔が赤くなるほど酸欠にさせてしまったかと申し訳ない気持ちで一杯になった。

 

「ゴメン千里君っ!? 私……」

「いや、良いんだ。唯ちゃんは悪くない、から。ホント……うん」

 

 本音を言えば、もう暫くあのままでも良かった。柔らかく張りがあって、暖かな胸に包まれていたあの時間は間違いなく至福の瞬間であった。

 勿論こんな事を馬鹿正直に彼女に告げれば、良くて幻滅最悪嫌われる。そういう下劣な話を唯が嫌う事は重々承知しているので、馬鹿な発言はしないようにと千里は言葉を濁すだけに留めた。

 

 それが功を奏したのか、唯は彼の頭の胸を押し付けてしまった事実のみに目を向け、自分が結構恥ずかしい事をしてしまっていた事に頬を赤く染めた。

 

「ホント、ゴメン千里君……」

「いいんだよ、大丈夫……」

 

 お互い顔を赤くしている2人の様子にジェーンはクスクスと声を上げて笑う。一頻り笑って満足したのか、一つ息を吐くと話を元に戻した。

 

「ま~、事情は分かったわ~。そう言う事ならじっくり待ってるから~、また何時でも来てねって椿ちゃんに伝えといて~」

 

 先程とは違う朗らかな笑みで告げるジェーンに、2人も何時もの調子を取り戻し頷いた。

 

 その後2人は代金を支払い、日が傾いた街を帰路に就くのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 翌日、学校で唯は早速椿と遭遇した。相変わらず雰囲気は険しく、今までとは違った意味で近付き難い。刺々しい雰囲気を放っている彼女に一瞬気圧されそうになった唯だが、何度か騒動に遭遇した事で度胸が付いたのか深呼吸一つで気を取り直す事が出来た。間近で見る戦闘の迫力や、自分に向けられる悪意に比べれば周りを威嚇するような気迫程度は十分耐えられる。元々唯はどちらかと言えば度胸はある方だったし、一度慣れてしまえば順応性は高かった。

 

「おはよう、長谷部さん」

「ん……あぁ、小鳥遊殿。おはようでござる」

 

 意を決して唯が椿に声を掛ければ、彼女は最初気付いていなかったかのように間を開けてから挨拶を返してきた。正面から近付いていた筈なのに、唯の存在に気付くのに時間が掛かった。眠っているかと思う程目が細いので分かり辛かったが、どうやら唯の事を見向きもしていなかったらしい。それだけ何かを深く考えていたと言う事か。はたまた、唯の事等路傍の石程度にしか思っていないのか。

 

 後者の可能性を頭から追い出し、唯は先日七篠庵に行った時の事を椿に話した。

 

「ジェーンさん、最近長谷部さんが来ない事を心配してたわ。偶には顔を出してあげたら?」

 

 そもそも自分と千里にあの店を紹介したのは椿の方なのだから、気安く話せる程度には常連だった筈だ。最近は気を張り詰めている様子だし、偶には気分転換も必要だろう。

 言外に椿に気分転換を進めてみると、彼女は小さく息を吐いてから素っ気無く答えた。

 

「……その内、お邪魔するとだけ伝えてほしいでござる」

 

 それだけ告げて椿はさっさとその場を離れてしまった。すれ違っていく彼女を唯は呼び止めようと手を伸ばす。が、あと少しで椿の腕に触れそうだったその手を唯は敢えて引っ込めた。今はあまり彼女に触れるべきではないと思ったのだ。同じ女だからだろうか、触れて良い時と悪い時が何となくだが分かる。

 

 今の椿は他者からの干渉を受け付けていない。

 

「長谷部さん……」

 

 離れていく椿の背を、唯は少し寂しそうに見つめていた。だが彼女はそんなに弱い女性ではないと、自分で自分に言い聞かせ教室へ向け歩いていく。

 焦る必要は無い。今日明日でどうにかなる訳では無いのだから、時間を掛けて彼女の心を解きほぐしていけばいいと唯は思い直しながら教室へと入った。

 

 教室に入ると既に数人の生徒が席に着いたり、席を離れて友達と雑談していたりする。見たところその中で風紀を乱す様な事をしている生徒の姿は見当たらない。ならば良いかと唯は特に気を張る事も無く自分の席に着いた。

 

 唯が席に着くと、それを待っていたかのように1人の生徒が近付いてきた。里香だ。少し前に千里を強く想うあまり、その気持ちをマンダラに利用されクセジになってしまった。

 そんな彼女は、今はあの時の事が嘘の様に普通の少女に戻っていた。あの何処か狂気を感じさせた姿は何処にもなく、大人しく真面目な生徒になっている。未だに千里に対しては未練がある様な仕草を時折見せるが、それでも彼が唯と付き合っている事が公然の秘密となると吹っ切れたのか唯に対しても普通に接してくるようになった。

 

 …………実は千里と唯が付き合い始めた直後、それを察した彼女は千里に今一度自分の想いを伝え、そしてきっぱり断られる事で気持ちの整理を付けているのだが唯はその事を知らない。

 

「おはよう、小鳥遊さん」

「間宮さん、おはよう」

 

 普段あまり自分から話し掛けてこない里香が自分から挨拶してきた事に、若干驚きながらも唯は挨拶を返した。

 

 一頻り挨拶を終えると、里香は何やら周囲を気にするような動きを見せた。辺りをキョロキョロと見渡し、何かを探す様な姿を見せる。

 最初千里を探しているのかと思ったが、そうではないらしく今度は顔を近付け声を抑えめにして話し始めた。

 

「小鳥遊さん、落ち着いて聞いてね?」

「う、うん……?」

 

 一体どうしたのかと首を傾げながら唯が頷くと、里香は持っていた鞄に手を突っ込み何かを取り出した。差し出されたそれを、唯は首を傾げながら覗き込んだ。

 

 それは1枚の写真。そしてその写真には、部活のユニフォームに着替える途中の自分の姿が写っていた。

 

「な゛ぁっ!?!?」

 

 予想外にも程がある写真に、思わず変な声を上げてしまったが直後に里香により口を塞がれ静かにと言うジェスチャーをされる。お陰でパニックを起こした頭が辛うじて冷静さを取り戻し、周囲に取り繕う為咳払いを一つしてからこれが何なのかを訊ねた。

 

「何これ? 何で私が着替え中の写真が?」

「一応言っておくと、私じゃないからね? これは偶々拾ったの」

「拾ったって、何処で?」

「今日学校に来た時、廊下に落ちてたわ」

 

 そう言うと里香は写真を唯の机の上に置いた。唯は自分のあられもない姿を周囲に見られないように、細心の注意を払いながら摘まみ上げた。

 

 一体何時こんなのを撮ったのだろう。アングルから見てどう考えても盗撮だ。写真に写る唯が少なくない汗をかいている様子と窓の外の景色から、部活終わりの着替えの最中を盗撮したものに間違いない。

 

 問題なのは誰が、何の目的で盗撮したのかと言う事。大体予想出来る気もするが、しかし真意は犯人にしか分からない。

 険しい顔で写真を見つめながら考え込んでいると、里香は千里の方を見ながら口を開いた。

 

「こういう事、南城君なら得意なんじゃない?」

「え?」

「だって彼、忍者だし? こっそり調べるのとか得意そう」

 

 なるほどと思う。人知れず動き調べ上げる事は、確かに彼ら忍者の専売特許と言える。

 ただ問題は、こんな私的な事で千里を頼ることにあった。彼の忍びとして鍛えた技能は世の為人の為のもの。それを、彼の正体を知っているからと言って、安易に頼っていいものだろうかと躊躇してしまう。

 

 難しい顔をして悩む唯の姿に、里香は小さく溜め息を吐くと呆れたような声で呟いた。

 

「小鳥遊さんってホント頭硬いよね」

「え?」

「もう2人は付き合ってるんだし、少しくらい頼っても罰は当たらないんじゃない?」

 

 何より、千里は唯が盗撮されていると聞いて黙ってはいられないだろう。絶対に犯人を見つけ出し、こんな事を止めさせようと動く筈。今は唯だけが被害に遭っているが、他の女子がこれから盗撮されたり既に盗撮されていないとも限らないのだ。彼女らの心に傷を作らないようにする為にも、千里に頼ることは決して悪い事では無かった。

 少なくとも里香はそう考えていた。

 

 千里に頼ることに納得した様子を見せ始めた唯に満足したのか、里香はその場から離れて自分の席へと戻っていく。その彼女の背に唯は声を掛けて呼び止めた。

 

「間宮さん、待って!」

「ん?」

 

 椅子を引き座る寸前だった里香が動きを止めて唯の方を見る。唯は彼女に、写真を指差しながら問い掛けた。

 

「何で、態々教えてくれたの? 私の事、恨んだりして無いの?」

 

 唯は里香にとっての恋敵であり、想い人を一足先に搔っ攫った憎い相手の筈だ。写経の術で忍術を仕込まれた事による影響が大きかったとは言え、あの時の里香の言葉には本心が混じっていたのは間違いない。少なくとも唯を好ましく思っていない事は確実だ。

 そんな相手に塩を送る様な行動が唯には理解できなかった。何か裏があるのではないかと、そう勘繰ってしまう。

 

 ちょっぴり警戒を露にする唯に、里香は何処か余裕を感じさせる笑みをクスリと浮かべてその質問に答えた。

 

「もう吹っ切れた。南城君にも思いっきり振られちゃったし。でも、奪ってほしいなら話は別だけど?」

「んなっ!?」

 

 そう言うと里香は分厚いレンズの眼鏡をズラし、同性であっても妖艶さを感じさせる顔で唯を挑発した。

 意外と熱しやすい性格の唯は、里香からの挑発に顔を赤くして言葉を失う。その表情に満足したのか、里香は小さく笑うとメガネを戻し改めて席に座った。教室内で他の生徒の目もある事などが手伝って何も言えなかった唯は、喉元まで出掛かった言葉を飲み込んで不貞腐れた様に席に座り直す。

 

 その直後骨猪が教室に入ってきて、それと同時に始業のチャイムが鳴った。

 

 朝のホームルームが始まり、骨猪が連絡事項などを話す中、唯の視線は机の上に置かれた自分の着替え中の写真に注がれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして放課後、唯は部活終わりに千里と合流していた。今日は事前に言って、千里にも学校で待て居てくれと頼んでいる。その理由を詳しく聞いていなかった千里だが、放課後になって彼女と合流しその理由を聞いて思わず憤った。

 

「唯ちゃ、いや小鳥遊さんを盗撮とは、ふざけた奴もいるもんだ。この手でとっちめてやる」

「千里君、今は2人だけだから名前呼びでもいいわよ」

「あ、そう?」

 

 すっかりやる気満々の千里。状況を分かり易く説明する為とは言え、仕方なしに見せた唯の盗撮写真が効果を発揮したのだろう。効果を発揮したと言っても、別に唯のあられもない姿にやる気を出した訳では無く彼女の恥ずかしい姿が卑劣な手段で撮影されてしまった事その物に対して憤ったと言うだけの話であり、他意は決してない。無いと言ったら無い。

 

 取り合えず2人は盗撮が起きた現場であるバスケ部の部室へとやってきた。既に部活は終わり、生徒が帰った後の部室は人気が無く、外が暗くなってきているのもあって室内は闇に閉ざされつつある。

 部室の鍵を開けて中に入り、灯りをつけると唯が自分のロッカーの前に立った。

 

「ここが私のロッカーよ」

「ん~、ここからこのアングルで写るには……」

 

 盗撮された写真を手に、千里が立ち位置を変えながらどの角度から撮られたのかを探す。あの写真を何度も見られるのは恥ずかしいが、千里が相手ならそれも我慢できた。

 

 唯にロッカーの前に立ってもらい、写真と見比べる事数分。千里は遂に写真が撮られた時のアングルを見つけた。

 

「ここだ……ここから撮られたんだ」

 

 写真と比べて、唯の姿が違う以外は全て一致する。そこから逆算してカメラが置かれていたのだろう位置を探すと、別の部員のロッカーとロッカーの隙間に隠しカメラが置かれているのを見つけた。

 

「コイツか……コイツが唯ちゃんの……」

「千里君、どうするの?」

「個人的にはぶっ壊してやりたいところだけど、大事な証拠だから……。コイツは、データを送信するタイプじゃなさそうだから、犯人が回収に来るかも」

「じゃあ、待ってればその内――――」

 

 犯人が戻って来るのではないか? そう思っていた時、突如部室の外で何かがぶつかり合うような音が響いた。驚きのあまり一瞬隠しカメラを落としそうになった千里だったが、何とか堪えると慌てて外に出て何事かと周囲を見渡す。

 

 するとそこでは、ツララが以前千里が倒したアキヅクセジと戦っているのが見えた。高速で動き回るアキヅクセジだったが、雪の結晶を使った幻影に翻弄され叩き落された。

 そして地面に叩き付けられたアキヅクセジを、ツララは足で踏み付けて押さえつけた。

 

「長谷部さんッ!? そいつは?」

「ん? 千里殿に小鳥遊殿? 何故ここに?」

「ちょっと、野暮用があって……それよりそのクセジは?」

「この辺をウロチョロしているのが見えたので」

 

 2人が会話している間も、アキヅクセジはツララの足から逃れようと藻掻いている。

 そのアキヅクセジの目が、千里の手の中にある隠しカメラを見た。

 

「ッ!? それを返せぇぇぇぇぇッ!!」

「うぉっ!?」

 

 突然激昂したアキヅクセジは、ツララの足を押し退け千里に向け加速した。目にも留まらぬ高速移動、常人であれば瞬きする間に近付かれて一巻の終わりだっただろう。

 だが生憎と千里は一般人ではない。日々忍びとして鍛え、今もなお成長している。その彼の目には、止まっているとは言わないまでもアキヅクセジの動きが見えていた。

 

 アキヅクセジが自分に向け突撃してきたのを見た瞬間、千里は唯に覆い被さる様にそれを避ける。そしてアキヅクセジのカメラを掴もうとした手が空振った瞬間、千里は下からアキヅクセジを蹴り上げた。

 

「うごふっ!?」

 

 千里に蹴られた事でコントロールを失ったアキヅクセジは、勢いのままにあらぬ方向へ飛んでいき部室棟の壁に激突した。壁から落ちて倒れるアキヅクセジ、その姿を見ながら千里は押し倒した唯に手を貸して立ち上がらせた。

 

「どうやらアイツが盗撮犯らしいな。小鳥遊さん、大丈夫?」

「う、うん……!」

 

 千里の手を借りて立ち上がる唯の顔は心なしか赤い。緊急事態とは言え、いきなり押し倒されて驚くと共にちょっと恥ずかしくも嬉しかったのだ。

 

 そんな彼女の姿に気付かず立ち上がった千里は、忍筆を取り出してアキヅクセジと戦おうとする。が、それをツララが止めさせた。横から突き飛ばす様にして千里を押し退け、アキヅクセジと対峙する。

 

「手出し無用。コイツは拙者の獲物でござる」

「は、え? どうしたのさ長谷部さん?」

 

 何と言うか今のツララには余裕がない。何時もの彼女ならこんな時、飄々としながら千里を挑発するものだが……

 

 ツララの姿に違和感を感じていると、千里により蹴り飛ばされたアキヅクセジが立ち上がった。その視線は未だ千里の手の中にある隠しカメラに向いているが、目の前で忍者刀を構えるツララの存在が奴に次の突撃を躊躇させた。流石に先程手も足も出なかった相手に、無策で突撃する程馬鹿では無いらしい。

 

 それでも隠しカメラは取り戻したいのか、悔しそうに何度も手を伸ばしては引っ込めるを繰り返している。逡巡が手に取るように分かったアキヅクセジは、悩んだ末にこの場は引き下がる事を選択し飛び立つと何処かへと向けて飛んでいった。

 

 勿論それを黙って見過ごすツララではなく、逃げようとするアキヅクセジの背に数枚の手裏剣を投げつけた。

 

「逃がさぬッ!」

 

 回転しながら飛んでいく手裏剣。そのままクセジの背に突き刺さり、撃ち落とされた挙句ツララにトドメを差されるだろうと千里は漠然と予想しながらその光景を眺める。

 

 だが次の瞬間、彼も予想だにしない光景を目にする事になった。突如アキヅクセジの姿が、空気に溶け込むように消えたのである。

 

「なッ!?」

「消えた?」

「千里君、あれも忍術?」

 

 手裏剣は空を切り、空しく落下していくのをツララは言葉を失って見ている。一方千里と唯は先程のあれが何らかの忍術によるものかどうかを考えていた。

 

「パッと見、隠れ身の術に見えなくもないけど……何だろう? 何かが違う気がする」

「あのクセジの能力?」

「アイツの能力は棒状の物を投げて武器にする事だった筈だけど……」

 

 真剣に議論する2人を他所に、ツララはアキヅクセジに逃げられてしまった事を心底悔しがる。直接戦って分かる事だが、あのクセジの戦闘力は大した事ない。ツララであれば欠伸をしながらでも余裕で勝てる相手だった。だがちょこまかと逃げ回られた挙句、まんまと取り逃してしまった。あの程度の相手に翻弄されたと、彼女のプライドはいたく傷付けられた。

 

 その苛立ちは凄まじく、思わず直ぐ傍にある木を殴り倒してしまう程であった。

 

「クソッ!?」

「わっ!? は、長谷部さん?」

「大丈夫?」

 

 明らかに不機嫌な様子のツララを心配する2人だったが、今の彼女には向けられる心配すら煩わしい。特にその相手が千里となると尚更だった。

 

 気付けばツララの口からは千里に対する罵倒が飛び出していた。

 

「千里殿、この姿の拙者はツララと呼べと何度言えば分かるでござるか? 頭がザルでもこれくらいは覚えられるでござるよ」

「お、おぉ……?」

「ちょっと長谷部さんッ!」

 

 忍びとして彼女の言っている事は間違っていないのだろうが、それにしたってその言い方はあんまりだ。思わず唯が食って掛かると、彼女も己の失言に気付いたのだろう。ハッと我に返り自分が千里に八つ当たりしてしまっていた事に気付くと、自己嫌悪に肩を落としながら素直に頭を下げた。

 

「……申し訳ない。今のは流石に拙者が悪かったでござる」

「いや、俺は別に……」

「今日はこれにて失礼するでござる。では」

【忍法、隠れ身の術ッ! 達筆ッ!】

 

 ドロンと姿を消すツララ。

 

 後に残された2人は先程の彼女の様子に、本当に大丈夫かと心配になっていた。今の彼女からはどこか危うい何かを感じずにはいられない。

 

「長谷部さん、どうしたんだろう?」

「明日、聞いてみようか?」

「そうだね」

 

 とにもかくにも、顔は分からずとも犯人の存在は分かった。これは大きな進展だ。

 

 千里と唯は椿の事を心配しながら、盗撮事件の今後を考えつつ帰路に就くのであった。




と言う訳で第23話でした。

千里と唯は仲が進展した事もあって互いを名前呼びしています。ただしそれは学外に居る時か2人だけの時に限りです。そこら辺はしっかりメリハリをつけるのがこの日たりの特徴です。

今回起きる事件は盗撮。盗撮をネタにした話は何時かやりたいと思ってました。早速犯人らしきクセジが出現しましたが…………

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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