仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第二十四筆:儚く揺らめく

 ツララから逃れたアキヅクセジは、夜の空を飛んであるマンションの屋上に降り立った。もう追手を完全に撒いた事を確信すると、安堵し息を吐き変異を解き元の姿に戻る。

 

「ふぅ…………クソッ!?」

 

 一先ず安全を確保できたが、そうすると心に余裕が出来たからか隠しカメラを千里に回収されてしまった事に対する焦りが湧いてきた。あの隠しカメラが見つかり回収された事は大きな痛手だ。何しろあの中に入っている写真のデータはとても重要な物。それを回収されたのはお宝を横取りされたと言う意味でも、また自分の行動がバレたと言う意味でも問題だ。

 

 しかし焦りと苛立ちもすぐに静まった。何しろあの更衣室に仕掛けた隠しカメラは1つだけではない。

 

「大丈夫……大丈夫……」

 

 アキヅクセジだった男はそう自分に言い聞かせると、何時までもここに居る訳にはいかないと踵を返しその場を去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから翌日、千里は唯だけでなく椿と共に七篠庵に訪れていた。理由は先日ジェーンに頼まれて椿を連れてくる……と言うだけでなく、先日のアキヅクセジに対する対策を考える為でもあった。

 

 控えめな音量のジャズが流れる店内の、最早お決まりの席に座った3人の前にはテーブルの上に置かれた1枚の写真がある。言わずもがな、盗撮された唯の写真だ。

 椿は着替え途中を盗撮された唯の写真を摘まみ上げ、それを繁々と眺めた。

 

「ふむ……なるほど。つまりあのクセジこそがその盗撮犯であると」

「あぁ。アイツ、この写真を撮るのに使われた隠しカメラを奪い取ろうとしてきた。まず間違いなくこれの持ち主がクセジだ」

 

 そう言って千里はテーブルの上に回収した隠しカメラを置いた。写真を置いた椿は、隠しカメラを掴み上げ色々な角度から眺めた。

 

「ほぉ……これが。因みにこれ、中身は見たのでござるか?」

「まぁ……ね」

 

 持ち主に繋がる何かもあるかもと思い、念の為記録されている写真のデータを千里は確認している。だがやはりと言うか、記録されているのはどれも盗撮写真ばかり。しかもその多くは当然と言うべきか唯が多かった。他の生徒の姿もあったが、角度的に明らかに唯を狙った隠しカメラには唯のあられもない姿が多く収められていた。中にはかなり際どい写真もあり、千里は調査の為とは言え物凄い罪悪感に苛まれた。

 一応唯には、カメラの中のデータを調べるに当たってそう言う写真も見てしまう可能性が高い事を告げ、その事に関しては了承を得ている。唯としても第3者に見られるくらいなら、千里に見られた方がずっとマシだと考えていたのだ。それに、まぁ…………まだその覚悟はないが、何時かは()()()()()が来るのだし、それなら盗撮された写真程度なら我慢できる。

 

 とは言え恥ずかしいものは恥ずかしい。気不味そうに顔を赤くしている千里と同じく、唯も気恥ずかしさに頬を赤く染める。

 そんな2人の様子に椿は溜め息を吐いた。この2人、互いに恋仲になったからか油断しているとすぐに自分達の世界に入り込む。本人達は自覚はないだろうが、学校でもふとした瞬間に甘い雰囲気を垂れ流しているのだから周りからすれば堪ったものではない。

 

 まぁそれをわざわざ指摘するのも野暮と言うものなので、椿は敢えてその事には触れず咳払いを一つして話題を変えた。

 

「んんっ!……しかし、そうなると気になるのは隠しカメラがこれだけなのか、と言う事でござるな」

「え?……あ!」

「そっか、確かに……!」

 

 考えてみれば隠しカメラから撮れるアングルは1つしかない。犯人がどんな写真を求めているのかは分からないが、しかし色々なアングルからの写真を求めているのであれば隠しカメラは他にもある筈。何より犯人の狙いが唯1人とは限らない。あの部室は当然ながら唯以外の女子バスケ部の部員も使用するのだ。彼女らも犯人に狙われている可能性は十分あった。

 

「小鳥遊殿、明日部活に向かう際には他の部員の方々に盗撮された件を話すのが良かろう。そして手分けして部室内に他にカメラが隠されていないか探すのでござる」

「うん」

「そして千里殿。恐らく犯人は急いで隠しカメラの回収に赴く筈でござるから、明日から拙者と共に警戒を」

「分かった」

 

 椿がテキパキと指示を出していく。一見すると普段の彼女に戻ったように見えるが、纏う雰囲気は未だに何処か険しい。思い詰めていると言う程ではないが、しかし肩には力が入りっぱなしである事が伺えた。そんな彼女を心配しつつ、しかしどう言葉を掛ければいいか分からず千里と唯は相槌以外の言葉を口にする事が出来なかった。

 

 しかし彼女は違った。椿の来訪を心待ちにしていた彼女は、何処か嬉々とした様子で3人が居るテーブルに近付きからのカップに新しいコーヒーを次に来た。

 

「皆~、コーヒーのお代わりは要るかしら~?」

「あ、それじゃあ」

「私も」

(かたじけな)い」

 

 気付けば空になっていたカップを3人が差し出すと、ジェーンはポットから淹れたてのコーヒーを注いでいく。湯気と共にコーヒーの香ばしい匂いが漂い、その香りに心が安らぐのを感じた。

 各々コーヒーを楽しむ3人の姿に、ジェーンは満足そうな笑みを浮かべている。

 

「うふふ~、椿ちゃん久し振りに来てくれて嬉しいわ~」

「ん……まぁ、その……色々とあり申して……」

 

 久し振りに七篠庵に顔を出し、ジェーンに心配されていた事を理解し流石の椿も申し訳なさそうにした。その理由が自分のミスで謹慎処分を喰らったからだったり、その事が後を引いて訪れる気になれなかったりだったので話す訳にもいかない事も関係しているのだろう。親しい相手に本当の事を言えないのは心苦しい。

 しかしジェーンは椿が来店してくれた事を純粋に喜ぶのみで、その理由までは問い詰めようとしない。客との間にはちゃんと一線を引いてくれるのだ。こういうところを見ると、なるほど確かに隠れた名店的な店と言われても頷けた。

 ジェーンの人柄に慣れるまでが大変だろうが。

 

 ともあれここ最近険しい雰囲気を纏っていた椿も、ジェーンのペースに乗せられてか柔らかな雰囲気を纏うようになった。その姿に千里と唯はこっそり顔を見合わせ安堵に微笑み合うのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 翌日、千里と椿、そして唯による盗撮犯捕縛作戦は決行された。

 

 部活の時間、唯は先日の話し合い通りに部員達に状況を説明。自分の盗撮された写真と隠しカメラを片手に、部室内に他にも隠しカメラがあるかもしれない事を告げ隈なく捜索し、案の定複数の隠しカメラを発見する事になった。

 

 一方部活棟の外では千里と椿の2人が隠れて周囲を警戒していた。流石に相手はただの人間、それも学生だろうと言う事で変身はしていないが、それを抜きにしても忍びとして培った隠形術は2人の姿を見事に隠してくれていた。

 

 バスケ部の部室の中からは何時も以上に騒ぐ女子バスケ部の部員の声が響いた。今まで自分達が着替えてきた部室の中に隠しカメラがあった事に対する嫌悪や恐怖からくる声だろう。阿鼻叫喚とは言わないまでも、その騒がしさはただ事ではなかった。

 

(もうちょっと静かにしてもらった方が良かったな……)

 

 隠れながら千里はぼんやりとそんな事を考える。これ以上の盗撮を許さないようにする為の処置だったが、明かすタイミングは犯人を確保してからで良かったかもしれない。こう騒がしいと、隠しカメラを回収しに来た犯人が警戒して姿を現さない可能性もあった。

 

 不安を抱く千里だったが、彼の懸念は杞憂に終わった。千里の鋭敏な感覚が、部室棟の裏手に近付いてくる何者かの気配を感じ取ったのだ。

 

(ッ! 来た……)

 

 こんな時間に部室棟の裏手に近付く人間など普通居ない。しかも2人以上であれば何か秘密の会話と言う可能性もあるが、近付いてくる気配は1人だけだ。まず間違いなく盗撮犯に間違いない。

 

 恐らく椿も近付く気配に気付いているだろう。千里は何時でも犯人を取り押さえられるようにと身構えた。

 

 次第に気配はハッキリと捉えられるようになり、雑草を踏む足音がハッキリと聞こえてくるようになった。物陰に隠れている為相手の姿は伺えないが、真っ直ぐこちらに近付いてきているらしい。

 ふと千里はバスケ部の騒がしさから犯人が隠しカメラ発見を察して逃げ出さないかと内心冷や汗を流したが、近付く足音は部室内から響く喧騒を特に気にした様子もなく千里の直ぐ傍までやってきた。それに意識を部室の方に向ければ先程に比べて喧騒が静まっている。粗方隠しカメラを見つけ終え、落ち着きを取り戻したのだろう。耳を澄ませば部室内からは興奮冷めやらぬ様子で談笑する女子バスケ部員たちの声が聞こえてきた。隠しカメラの事は顧問に知らせ、自分達は何時も通り部活に勤しむつもりなのだ。

 

 千里が部室内の様子を探っていると、犯人と思しき気配はそこで立ち止まり何やらゴソゴソと動いていた。何をしているのかと千里が覗き込もうとしたその時、彼の耳に明らかなシャッター音が聞こえてきた。

 まさか、隠しカメラを発見されたから直接隠し撮りするつもりか? そう考えた次の瞬間には、彼は物陰から飛び出し気配の主に飛び掛かっていた。

 

「この野郎ッ!」

「うわぁっ!?」

 

 いきなり千里が飛び出し組み付いてきた事に、相手は心臓が飛び出るほど驚きながら押し倒される。そこに椿も加わり、2人掛りで盗撮犯を取り押さえた。

 

「捕まえたでござるよ」

「観念しろ、この盗撮野郎ッ!」

「ま、待って!? ちょっと待って!?」

「言い訳とは見苦しいぞ!」

 

 取り押さえられた盗撮犯は必死に何やら弁明しようとしているが、千里と椿は聞く耳を持たない。ここが女子バスケ部の更衣室である事は学校の関係者であれば誰でも知っている事。そこでシャッター音を響かせているのだから、コイツが犯人で間違いない。

 

 千里と椿が犯人を取り押さえ、犯人がそれに抵抗する騒ぎは部室内にも聞こえたのだろう。唯が部室の窓を開け外の様子を確認すべく顔を出した。いや、唯だけでなく他の女子バスケ部員も唯の後ろから頭を捩じ込むようにして外の様子を確認しようとしている。

 

「南城君ッ!」

「ほら、大人しくしろ!」

「ちょっ!? だから待ってって!」

 

 尚も抵抗する犯人と思しき生徒。

 一見すると柔和と言うか優男と言う風体だ。爽やかと言う程ではないが、清潔感がありあまり悪い事に手を染めるようには見えない。とは言え人間見た目だけでは判断できない訳で、見た目が悪くても性格の良い人間も、その逆の人間も存在する。だからこの生徒が盗撮犯であっても何ら不思議はない。

 

 千里と椿が男子生徒を取り押さえる様子を見ていた唯は、その近くに自撮り棒に取り付けられたスマホが落ちているのを見つけた。千里と椿が持っている訳が無いので、これは必然的に2人に取り押さえられている男子生徒の物と言う事になる。

 その事に唯は違和感を覚えた。仮に彼が盗撮犯であったとして、その為にあんな物を使うだろうか? 態々自撮り棒で高さを稼がなければならないような、そんな位置から撮影が出来るようなポイントなどこの部室の外にはない。

 

 気になった唯が外に出てスマホを回収し、画面を覗き込む。恐らくは取り押さえられる直前に撮影したであろう写真が表示された画面を見て、唯は彼が何を撮ろうとしていたのかを知り慌てて千里達を宥めた。

 

「南城君、長谷部さん! 2人ともちょっと待って!」

「え?」

「小鳥遊殿?」

「これ! これを見て!」

 

 そう言って唯が見せた男子生徒が持っていたスマホの画面。そこに映っていたのは、巣の中に居る燕の雛達だった。

 それを見た瞬間千里と椿の動きが固まる。

 

「は、え?」

「これは……」

「ねぇ教えて? あなたが撮ろうとしたのって……」

 

 念の為確認する様に唯が訊ねる。訊ねながら唯は取り押さえられていた生徒を解放し立ち上がらせると、彼はあちこちに付いた土を払い落しながら女子バスケ部の部室の上の方を指差した。

 

「そうだよ。僕が撮りたかったのは、あっち」

 

 彼が指さした先には壁に張り付く様に作られた燕の巣があった。

 

 遅れて立ち上がった千里と椿は自分達の勘違いに盛大に冷や汗をかいた。つまりは2人の早とちりで、彼は犯人の汚名を着せられ取り押さえられたのだ。弁明の余地なく千里達の方が悪い。

 千里達からすれば、女子バスケ部の部室にこっそり近付くなど怪しいにも程があると反論する事も出来た。だが部室はカーテンが閉められ外から中の様子が見えないようになっている。外から中の盗撮は難しいだろう。それにこっそり忍び寄ったのも、燕の雛や親鳥を刺激しないようにと言う意図があった。仮に千里達が多少のリスクを承知で隠れながら彼の姿を確認しようとしていれば、或いは気付けていたかもしれないのだ。

 

 桃の木の下で帽子を直すなとは言うが、それにしたってどちらの方が悪いかと言われれば今回は話も聞かず早とちりした千里達の方が悪い。2人は物凄く申し訳なくなり、その場に膝をつく勢いで彼に謝った。

 

「「ご、ごめんなさい!」」

「あ、あはは……分かってくれればいいよ」

 

 必死さを感じる程謝って来る2人に、男子生徒もそれ以上文句を言う気は無いのか2人を許した。

 

 この男子生徒の名は五十鈴(いすず) 人志(ひとし)。写真部の部長だ。決して賑やかな部活ではないが、それでも彼個人はいくつかのコンテストに参加しささやかながら賞を取った事もあるらしい。

 

「本当にごめんなさい。何と言って謝ればいいか……」

「拙者も申し訳ない。完全に早とちりを……」

「もういいって。分かってくれればそれで十分だからさ」

 

 千里と椿は改めて彼に謝った。何も悪くはない彼を、2人は勝手に犯人と思い込み迷惑をかけてしまった。本来であれば憎まれ口の一つや二つ吐かれてもおかしくはないのに、彼は2人を許してくれるのだ。聖人君子かと思わずにはいられない。

 

 その後人志は目的の燕の雛の写真を満足するまで撮影し去っていった。去り際の彼にもう一度謝った2人は、この失敗にどうしようかと話し合う。

 

「振出しに戻ったな……」

「考えてみれば、犯人が回収しにくるにしてもその時間は部室内に人が居なくなる部活動中か部活後の筈。今回は拙者達の思慮が足りなかったでござる」

「確かに……」

「で、どうするの?」

 

 話し合いをする2人に唯が参加する。他の部員は部活に戻らせ、唯は今後を話し合う為にその場に残った。

 唯からの問い掛けに千里と椿は顔を見合わせて唸り声を上げる。と言っても、こうなれば出来る事は1つしかない。

 

「待ち伏せ作戦は継続。ただし、今度は……」

「うむ。決定的瞬間を抑える事でござるな」

「また早とちりなんて事になったら堪ったもんじゃないからな」

 

 方針を決めた2人は改めて隠れた。部活で部室に人が居なくなったタイミングで来るかもしれないのだ。懸念があるとすれば先程の騒動を見られていないかと言う事だが、そこは千里が事前に風を読んで確認している。先程のやり取りは女子部員を含めたあの場に居た者しか知らない。

 

 部活が始まり部室棟周辺が静かになってから暫く。千里と椿は静かに物陰に隠れていた。今の時期は春も過ぎつつあり夏の足音が聞こえ始めている。草木は青々と茂り、虫も活発に動き始めていた。

 今も隠れている千里の周りを羽虫が待っている。まだ蚊の出る季節でないのが幸いだ。ただの羽虫程度なら煩わしいとは思うが気にしなくても何とかなる。これが蚊だった場合、潜伏も苦痛の時間に早変わりだ。

 

 時折顔の周りに近付く羽虫を手で払いのけながら待つ事数分。千里の感覚がこちらに接近する何者かの存在に気付いた。

 

「ッ! 来た……」

 

 人志は先程燕の雛を写真に撮る為に足を運んできたが、態々部室棟の裏まで燕を探しに来る者はそういないだろう。そもそもこんな所に燕の巣があるかどうかを探しに来る物好き自体珍しい。そして今千里が感じている気配は人志のものではない。

 

 人志ではないのに、部室棟の裏……それも女子バスケ部の裏に近付いてくる者の目的など、考えられるのは1つしかない。

 

「(長谷部さん!)」

 

 千里は近付いてくる何者かに気付かれないように合図を送った。彼の居る場所からは彼女の様子が伺えないが、合図が届いた事を信じて近付いてくる者の動向を伺う。

 

 数分と経たずその者の姿が見えるようになった。現れたのは人志とは似ても似つかない、小太りで清潔感に欠けた男子生徒だ。その生徒は異様に周囲を警戒しながら女子バスケ部の部室の傍まで近づくと、中に誰か残っていた場合を想定してか窓から中をそっと覗き込む。現在女子バスケ部は部活の真っ最中で部室には誰も居ない。その事を確認するとそいつは満足げに頷きそこから移動した。

 

 千里と椿は気付かれないようにこっそりついて行くと、彼は部室棟の中に入り女子バスケ部の部室前にやってきた。そしてドアノブに手を掛け、鍵が掛けられている事を確認すると唸り声を上げながら針金を取り出し鍵を開けようとし出した。

 

 その瞬間を待っていた。鍵の掛った女子の部室を針金で無理矢理開けようとする明らかな怪しい動き。言い逃れが出来ない程の犯罪臭は、例え早とちりだったとしても取り押さえる理由として十分だろう。

 

「そこまでだッ!」

「げっ!?」

 

 物陰から飛び出した千里が生徒に近付くと、彼の存在に気付いた生徒はピッキングを途中で放り出し逃げ出した。足を必死に動かして逃げるそいつだが、忍びとして鍛えている千里に比べると悲しい程足が遅い。贅肉が重い上に動きを阻害しているのだ。この様子なら千里1人でも十分に捕らえることはできるだろうが、ここは確実に捕らえたいと言う事で回り込んだ椿がそいつの前に躍り出た。

 

「ここは通行止めでござるよ」

「な、ぁ……!?」

「もう逃げ場はないぞ」

「う……!?」

 

 後ろに千里、前に椿と2人に取り囲まれた盗撮犯と思しき生徒は前後の2人を忙しなく交互に見る。何とかして逃げる方法は無いかと模索しているようだが、今状況はどう考えても詰んでいた。例え千里達が忍びである事を知らなかったとしても、部室棟の廊下の前後を挟まれては逃げるのは難しいだろう。運動部の部員であればワンチャンあるかもしれないが、微塵も鍛えていない彼にとってこの状況は絶望的だ。

 

 盗撮犯を取り押さえるべく千里と椿がじりじりと距離を詰める。すると次の瞬間、彼はその身を悪意で塗りつぶし怪人に変異させた。

 

「こうなったら……妖蟲変化の術ッ!」

 

 盗撮犯の生徒の姿が墨汁で塗り潰され、その姿が先日ツララと戦闘したアキヅクセジのものになる。薄々予想はしていたが、やはり彼はクセジの正体だったのだ。

 

「そんなこったろうと思ったよ。長谷部さん!」

「承知!」

 

「「執筆忍法、変身の術ッ!」」

 

「コガラシ――」

「ツララ――」

 

「「変身ッ!」」

 

【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】

【忍法、変身の術ッ! 微かな音無く、鋭く冷たく、忍ぶ者……ツララッ! 達筆ッ!!】

 

 千里と椿の姿が変化し、忍び装束を纏った忍者となる。廊下の前後に立ち塞がる2人が揃って忍者となった事に、しかしアキヅクセジは怯む事無くツララの方へと突撃した。彼女の後ろに部室棟への入り口があるのだ。

 

「退けぇぇぇぇッ!!」

「相変わらず素早い……だが!」

 

 この狭い廊下で四華は使えない。ツララは腰の後ろから忍者刀を抜き、滑らかな身のこなしで突っ込んでくるアキヅクセジの攻撃を紙一重で回避しつつすれ違いざまに忍者刀で切り裂いた。

 

「フッ!」

「ぎゃぁっ!?」

 

 腹を切り裂かれてアキヅクセジの口から悲鳴が上がる。変異前の姿を想像すれば分かるが、元々痛みに強いタイプの人間では無いらしい。実際には致命的でもないにも拘らず、口から飛び出た悲鳴は断末魔にも等しい程の力が籠っている。

 

 滑空しながら接近していたからか、ツララに切り裂かれバランスを崩して勢いそのままに転がっていく。

 転げながらも、体は着実に出口に近付いている。アキヅクセジは後方の2人を恨めしそうに睨みながらも今は逃げる事を優先させてそのまま外に出ようと翅を広げた。

 

 その翅をコガラシの轟雷が打ち抜いた。

 

「なぁっ!?」

 

 このまま外に出られたらまた逃げられる。それにこのフィールドなら接近するより狙撃した方が早い。コガラシに翅を撃ち抜かれた事でアキヅクセジは自慢の機動力を完全に削がれた。それに周囲に棒状の物はない。何より変異している人間が大した事のない人物、もう恐れる事は何もなかった。

 

 その筈なのだが、翅を撃ち抜く際アキヅクセジをよくよく見てコガラシはある事に気付いた。姿が以前見たアキヅクセジと微妙に違う。前に見たアキヅクセジは青い体色をしていたが、今彼らの前に居るアキヅクセジは黒い縞模様があった。

 言ってしまえばその程度の違いでしかないのだが、何故だかコガラシはその変化をただの色違いと言う言葉で片付ける事は出来なかった。

 

 その彼の不安は正しかった。翅を撃ち抜かれてもんどりうって倒れたアキヅクセジにトドメを差そうとツララが近付く。そしてその手に持った忍者刀を振り下ろして切り裂いた。

 しかし刃がアキヅクセジを切り裂いたと思った瞬間、その体は空気に溶ける様に消えてしまった。先日取り逃がした時と同じ消え方だ。

 

 またしても姿を消された事に、ツララもコガラシも言葉を失った。

 

「あ……!?」

「まただ!」

 

 コガラシもその場に近付き、轟雷の銃身で先程までアキヅクセジが居た場所を探る。足元に落とし穴が無いか探る様に銃身で床を突くが、やはりアキヅクセジの姿は影も形も無い。

 この不可解な事態に、2人の忍びは頭を抱えた。

 

「アイツ、写経の術で隠れ身でも教え込まれていたでござるか?」

「いや……そういうのとも違う感じだけど…………そもそもアイツアキヅクセジなのか?」

 

 前見た時と微妙に見た目が違うから段々と自信が無くなってきた。困惑するコガラシに対し、ツララは敵の正体に焦点を当てて考えた。

 

 外見から蜻蛉をモチーフとしたクセジである事はまず間違いない。だが蜻蛉に姿を消す能力はないし、蜻蛉と言う漢字の意味にも姿を消す様な事に繋がるものは無かったと記憶している。

 脳内で蜻蛉と言う漢字を思い浮かべるツララ。しばらく考えていた彼女はそこである事に気付いた。蜻蛉(とんぼ)と言う漢字には複数の読み方がある。

 

「カゲロウ……」

「え?」

「そうか……拙者達は重大な勘違いをしていた。奴の名はアキヅクセジではない、カゲロウクセジでござる!」

 

 蜻蛉(とんぼ)と言う漢字はそのまま読み方の一つに蜻蛉(かげろう)と言う読み方がある。カゲロウと言う名前にはこれ以外に蜉蝣と言う漢字もあるが、問題なのはそこではない。

 

 カゲロウと言う言葉の感じには上記二つの他に、陽炎と言うものもあるのだ。

 

 陽炎……春や夏の日差しで熱せられた空気がゆらゆらと炎の様に立ち上る現象である。光の屈折現象の一つであり、それは有名な自然現象の一つである蜃気楼に通じるものがあった。

 

「つまりアイツは……」

「光の屈折現象で、自分の姿を自在に隠す事が出来る」

 

 隠れ身の術の様に姿を自在に消せていたのはそれが理由だった。光の屈折を利用して自分の姿を別の場所に投影し、相手の目をそちらに向けさせた上でまんまと逃げおおせたのだ。だがタネが割れてしまえば分かり易い。

 

 コガラシは外に出て神経を研ぎ澄ませ風を読む。如何に光の屈折だろうと、風の動きを誤魔化す事は出来ない。

 果たしてコガラシは這う這うの体で逃げるアキヅクセジ改めカゲロウクセジの姿を見つけた。距離は離れていないが、光の屈折を使って姿を隠している。しかしその姿はコガラシからは手に取るように分かった。

 

「あそこだ!」

 

 コガラシは見つけたカゲロウクセジに轟雷の銃口を向け躊躇なく引き金を引いた。まさか見つかるとは思っていなかったのか、轟雷に撃ち抜かれたカゲロウクセジは透明化を維持できず姿を現してひっくり返った。

 

「ぎゃあぁぁっ!?」

「ツララさん!」

「執筆忍法、氷河破砕蹴ッ!」

【必殺忍法、氷河破砕蹴ッ! 達筆ッ!】

 

 無様にひっくり返ったカゲロウクセジに、ツララの必殺技が突き刺さる。吹雪を纏った両足が直撃したカゲロウクセジは、大きく吹き飛びながら体を凍らせていく。そのまま凍った体で地面に落下したカゲロウクセジは、地面に激突した衝撃で砕け散る様に爆散した。

 

 コガラシの手を借りてとは言え、自分の手で今回の騒動の原因を仕留められた事にツララは口から満足そうな息を吐く。

 

「ふぅ……」

「ツララさん、お疲れ」

 

 着地の衝撃を緩和する為地面に膝をついたツララにコガラシが手を差し出す。彼女はその手を取らず自力で立ち上がると、倒したカゲロウクセジの中身を確保すべくその場所へと向かって行った。差し出した手を無視されたコガラシは小さく肩を竦めながらもそれに続く。

 

 だが2人が近付いた時、そこには爆発の跡と飛び散った氷の欠片はあるが肝心の盗撮犯の姿が何処にもなかった。その事に2人は思わず顔を見合わせる。

 

「アイツ……何処に?」

「ふむ……あのダメージで動けるような根性のある輩には見えなかったでござるが」

 

 考えられるとすれば、アイツには協力者か仲間がいる。アイツに妖蟲変化の術を仕込んだ卍妖衆の忍びと言うのが可能性としては一番高いが…………

 

 念の為コガラシが風を読むが、彼の感覚は犯人の姿を捉える事が出来なかった。完全に逃げられてしまったらしい。その事にコガラシは悔しそうに地団太を踏む。

 

「クソッ! あと少しでアイツを捕まえられたのに……」

 

 悔しがるコガラシを一瞥し、ツララは油断なく周囲を見渡した。が、当然と言うかその目は犯人はおろか怪しい者の姿を捉える事もなかった。

 

 何時までもここに居ても仕方がないと、変身を解いてその場を離れる千里と椿。

 

 その2人の様子を上空から見下ろす者が居た。姿はアキヅクセジやカゲロウクセジとよく似ているが、あれらよりも更に刺々しい姿をしている。

 小脇に盗撮犯の生徒を抱えたそのクセジは、暫く2人の様子を上空から眺めていたが唐突に興味を失ったように飛び去っていく。

 

 下に居る2人が気付かぬ内に、クセジは盗撮犯を抱えて夕焼け空に消えていくのだった。




と言う訳で第24話でした。

前回から登場していたクセジはアキヅクセジではなくカゲロウクセジでした。蜻蛉と言う漢字にはカゲロウと言う読み方もあるのでこうなりました。そしてカゲロウは陽炎とも読めるので、転じて揺らめき姿を消す能力を身に着けたと言う訳です。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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