仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第二十五筆:真実を見抜け

 夜の街、月明りの下を何かが飛び去っていく。

 

 もしこの時、夜空を見上げる者が居れば、その人物は月の下を高速で過ぎ去っていくそれの姿を見る事になっただろう。だが恐らく、何かが通り過ぎた事は分かっても何が通り過ぎていったのかまで分かる者は居ない。

 飛び去ったそいつ……全身が刺々しくなったアキヅクセジは目にも留まらぬ速度で飛び去ったのだから。

 

 コガラシとツララにより倒されたカゲロウクセジに変異していた盗撮犯の学生を回収したそいつは、2人の目を逃れてここまで逃れていた。

 空中を飛びながら、アキヅクセジは頭部の複眼で周囲を見渡す。そしてあるビルの上に目的の人物を見つけると、そちらに向け加速。あっという間にそのビルの屋上に降り立つと、抱えていた盗撮犯を乱暴に下ろして自分はその場に跪く。

 

「うげっ!?」

 

 投げ捨てる様に屋上に下ろされた盗撮犯が潰れたカエルのような悲鳴を上げるのも気にせず、アキヅクセジの前に立った人物は口を開いた。

 

「良く戻ったな」

「いえ、この程度どうと言う事はありません……ドクロ様」

 

 アキヅクセジが跪く相手は、卍妖衆が上忍のドクロ。今は忍び装束を纏っておらず、骨と皮だけの姿を晒している。ドクロは目的を果たしたアキヅクセジを素直に称賛すると、次いでぶっ倒れたままの盗撮犯を蹴って叩き起こした。

 

「何時まで寝てるつもりだ、起きろこの愚図」

「ぐぇっ!? な、何だ? 何が……ゲッ!?」

 

 盗撮犯はいきなり叩き起こされて困惑した様子だったが、ドクロの姿を見た瞬間顔から血の気が引き慌てて起き上がるとアキヅクセジ同様跪いた。いやそれは、跪くと言うよりは土下座と言った方がしっくりくる。とにかく彼はドクロ相手に頭を下げる事に夢中で自分がどんな格好になっているかにまで意識が向いていなかった。

 

 それは即ち、ドクロがそれだけ恐れられる存在だと言う事に他ならない。

 

 自分を恐れる盗撮犯に頭を、ドクロは踏み付けて屋上の床に押さえ付けた。割と容赦なく頭を踏みつけられ顔面が床に叩き付けられ、潰された鼻から血が噴き出した。

 

「ぶふっ!?」

「全く、お前は役に立たないな。臆病なお前の性格に合わせてアキヅクセジの能力に手を加えてやったと言うのにこの様か」

「ず、ずびばぜ……ゆるじでくだざ……」

 

 頭を踏み躙られながらも盗撮犯は必死に謝罪の言葉を口にする。一方アキヅクセジはそんな彼を一瞥する事も無く頭を下げ続けていた。

 尤も広角に物を見る事が出来る複眼を持つアキヅクセジならば、態々振り返る必要もなく見えているのだろうが。

 

「お、おねが……ゆるじで……なんでもじばずがら……!」

 

 盗撮犯はいっそ哀れに思えるほど怯え、必死に許しを乞うている。無様に鼻血を流しながら土下座し懇願している彼の姿に、気が済んだのかドクロは頭から足をどけ鼻で笑うとアキヅクセジの前に立った。

 

「万閃衆の若造共は案外やるようだ。お前には期待しているが……」

「お任せください。私は必ずや任務を遂行してみせます」

「そうか。なら期待させてもらおうか」

 

 ドクロはアキヅクセジの言葉に満足そうに頷くと、2人に背を向けてその場を去ったいった。月明りの下で行われる2人のやり取りを、足蹴にされていた盗撮犯は震えながら見ていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 翌日、千里は唯と共に登校し教室に向かっていた。その表情はどちらかと言うと少し険しい。理由は言わずもがな、盗撮犯をあと一歩のところまで追い詰める事が出来たのに捕まえる事が叶わなかったからだ。

 

「はぁ……」

「南城君、また溜め息?」

「ん? あぁ……まぁね。昨日のアイツを捕まえられなかった事で、ちょっと……」

 

 普通に考えて、あれだけ痛めつけられておきながら自力で逃げられる訳がない。まず十中八九アイツには仲間が居た。どんな奴かは分からないが、あんな輩の仲間なのだからきっと同類なのだろう。つまりそいつも盗撮に加担していた可能性はある。それを考えると今後も盗撮が行われるのではないかと言う不安が脳裏を過るのだ。

 

 また唯のあられもない姿がこっそり盗撮されるのかと考えると、どうにも気分が悪い。落ち着かない。出来る事なら今すぐ学校中駆けずり回って、昨日見た盗撮犯を探し出してとっちめてやりたいとすら思っていた。

 

 しかし忍びとして動いている時はともかく、今の彼はただの学生の南城 千里。そんな目立つような真似をする訳にはいかない。ましてや忍術を使うなど以ての外だ。

 

 結局今の彼に出来る事は、周囲を警戒しつつ唯の身を守る事だけであった。

 

 そんな彼の抱えている苦悩を理解しているからか、唯は努めて彼を元気づけようと少し積極的に彼に触れた。学校の中なのでイチャつく訳にはいかないが、出来る限りでならと言う事で肩と肩が触れ合うほどの距離に近寄った。

 

「元気出して、南城君。大丈夫、南城君ならきっと今度こそ犯人を捕まえられるから」

「ん……うん」

 

 すり寄ってきた唯から香るどこか甘い香りに、千里は心臓が跳ねるのを感じつつ頷いた。お互い恋仲となったとは言え、この距離のスキンシップにはまだ慣れない。嫌と言う訳では無いのだが、どうにも落ち着かなくなってしまう。

 落ち着かないのは唯も同様だった。恋愛ど素人の彼女は異性との接し方が手探りも同然。最近はそういう方面の雑誌を読んだりして勉強しているのだが、元来異性に慣れていないのもあって千里と触れ合うとどうしても恥ずかしさのあまり頬が赤くなるのを止められない。

 

 それでもお互い居心地の悪さを感じないのは、相手を心の底から愛しているからだろう。ここが学校でなければ手を繋いだり腕を絡め合ったりは普通にしていたかもしれない。

 尤も周囲の者達はそんな2人の慎みなど関係なく、口の中に甘い何かが込み上げてくるのを感じずにはいられなかったのだが。

 

「……ん?」

「どうしたの?」

 

 唯と寄り添い合って歩く時間を楽しんでいた千里だったが、ふと前方に見えた人影に表情を険しくさせた。雰囲気を変えた千里に唯がやや不安そうな顔をするが、彼は廊下の先に見えた生徒の姿を凝視していた。

 

 そこに居たのは、先日カゲロウクセジに変異していた盗撮犯の生徒だったのだ。その姿を見た瞬間、千里は掛けていたメガネを指で押し上げ忍びモードのスイッチを入れた。

 

「アイツ……!」

「いぃっ!?」

 

 千里は盗撮犯に近付くべく足早に近付いて行こうとする。すると向こうも千里の存在に気付いたのか、顔を引き攣らせて踵を返し走って逃げていこうとした。ここで逃がす訳にはいかないと、千里も遅れて駆け出した

 

「ひぃぃっ!?」

「待てッ!」

「南城君ッ!?」

「小鳥遊さんゴメン! 説教は後で受けるからッ!」

 

 風紀委員の前で廊下を走るなどご法度中のご法度だが、この際仕方ない。千里は唯をその場に残して盗撮犯を追った。他の生徒達を押し退けて逃げる盗撮犯を、千里は流れるような動きで他の生徒を回避しながら追いかける。2人の距離は見る見るうちに縮んでいき、あと少しで千里の手が彼に届きそうになった。

 

 その時、2人の前に骨猪が通せんぼする様に姿を現した。

 

「君達……何をしている?」

「うぉっ!?」

「ととっ、宇賀八先生……?」

「廊下を全力で走るなど……非常識極まりないにも程がある。い、一体……どうしたと、言うのかね?」

 

 落ちくぼんだ骨猪の目が2人をジロリと睨む。不気味な風体の彼に睨まれると、思わず背筋が震えあがるような怖さを感じずにはいられない。

 気味の悪さに竦み上りそうになるのを堪えて、千里は事の経緯を説明した。

 

「実は……」

 

 忍者関係の事は伏せて、千里は先日発覚した盗撮事件を骨猪に説明した。その説明の最中、盗撮犯の生徒は何度か逃げようと画策していたようだが、察した骨猪が睨む事でそれは牽制された。

 暫く千里の話を聞いていた骨猪だったが、話が終わると何度か頷き口を開いた。

 

「事情は……分かった。確かに女子の着替えの盗撮など……許される事では無い。しかし南城君……君は、まず最初に他の教師に相談するべきだった」

「う……は、はい」

「もし盗撮犯が外部から入り込んだ何者かだったらどうするのかね? 犯人が暴れて怪我をするかもしれない。生徒の力だけで全てを解決しようとするなど……危険極まりない」

 

 降り注ぐ骨猪からの説教に千里は何も言い返せない。実際にはこの盗撮事件は卍妖衆が関係していたので、ただの事件と言う訳では無く他の教師の力を借りても無意味どころか被害が増える可能性すらあった。だがそれは裏の事情を知っているが故の事。忍者の事など何も知らない骨猪からすれば、字面の出来事から判断するしかない。

 

 結局今の千里に出来る事は、説教が頭上を通り過ぎていくのを待つ事だけであった。

 

「それで……南城君?」

「はい?」

「押収したと言う……隠しカメラは?」

「こ、これです」

 

 ここは逆らうべきではないと千里は最初に回収した隠しカメラを骨猪に渡した。これ自体は別に卍妖衆と何か関りがある訳では無いので、千里としては渡す事に抵抗は無い。

 尤もこれの持ち主である盗撮犯の方はそうではなかったようで、千里が隠しカメラを骨猪に渡すと焦ったような顔をしていたが。

 

「ふむ……では南城君はもう行きなさい。君……鎌田(かまた)君は私と一緒に来るように」

 

 骨猪はそう言って盗撮犯である鎌田 太郎(たろう)を伴ってその場を離れていく。

 

 その事に千里は焦りを感じた。カゲロウクセジは一度倒した。写経の術は強いダメージを受ければ解けてそれまで仕込まれた術も消えるが、彼は倒した直後に姿を消している。仲間に連れられて逃げたのだろうと考えていたが、その間に再び写経の術で妖蟲変化の術などを仕込まれていた場合骨猪の身が危ない。

 

「あ、あの先生……!」

「ん? どうかしたかね、南城君?」

「あ、あ~……えっと……」

 

 思わず引き留めてしまったが、馬鹿正直にクセジの事などを話す訳にはいかないのでこの後何と言おうかと千里は言葉を詰まらせた。勢いで声を掛けてしまった自分の迂闊さを呪いながら、どうやって骨猪の考えを改めさせようかと頭を回転させる。

 

「お、俺も一緒に行かせてください。コイツから話を聞きたいんで」

 

 苦しい言い訳だが、今は他に最適な言葉が思い浮かばなかった。案の定骨猪は訝しんでいる様に千里の顔をジッと見つめてくる。正直彼の顔でそんな風に見つめられると物凄く居心地が悪いので顔を背けたくて仕方ないのだが、ここでそれをすると何かやましい事があるのではないかと怪しまれそうなので気合で堪えた。

 

 暫し見つめ合う千里と骨猪だったが、先に口を開いたのは骨猪の方だった。

 

「駄目だ」

 

 思わず千里はがっくりと肩を落とす。予想はしていたが、やはりこんな言い訳では納得してもらえなかったようだ。

 

「ど、どうしてもですか?」

「事は警察の補導も……視野に入れるべき問題だ。関係者とは言え……いやだからこそ、事情の聞き取りに余人を入れる訳にはいかない。君からは後で別個に話を聞くから……そのつもりでいてくれ」

 

 そう言って骨猪は太郎を連れてその場を去っていった。流石にこれ以上食い下がると逆に怪しまれる。已む無く千里は去っていく2人の後ろ姿を見送るのだった。

 

 

 

 

 教室に戻った千里は、机の上で突っ伏しながら溜め息を吐いた。

 

「あ゛~……どうすっかなぁ~……」

 

 正直、色々と心配だった。太郎と2人きりになった骨猪が逆上してクセジに変異した彼に襲われないかとか、先日太郎が逃げるのを手引きした何者かが襲撃を掛けたりしないかとか。

 そもそも本当に太郎に協力者が居るのか、居たとしてそいつはどんな奴なのかも分からず、言いようのない気持ち悪さを感じずにはいられなかった。

 

 取り合えず目張の術で式神を飛ばして監視しているが、事が起きた時果たして間に合うかと言う不安は拭えない。目張の術はリアルタイムの状況を教えてくれる訳では無いのだ。

 

 突っ伏していた千里。その時何者かが近付いて来るのを感じ、相手を確認しようと顔を上げた。風を読む術を学んでからは、今まで意識していなかった目に見えない世界も手に取るように分かるようになった。この近付いてくる気配は、学友の学のものだ。

 

「……何か用?」

「おぉ! 南城、お前最近勘が鋭くなってないか?」

「放っといてくれ。それで? 何か用があって来たんじゃないの?」

 

 千里と学は席が近いが、こうして近付いてくる時は大抵彼が何か用事がある時だと経験で知っている。

 

 確信を持って訊ねれば、学は楽しそうな笑みを浮かべて椅子に座り話し始めた。

 

「へへっ、まぁな。お前さ、鎌田 太郎って知ってる? 隣のクラスの写真部員なんだけど」

 

 思わぬところから太郎の名前が出てきた事に千里の好奇心が刺激される。知っているも何も、ついさっき捕らえようと追い掛け回したばかりだ。

 一体学が何故突然太郎の名前を口にしたのか分からず、興味をそそられた千里は体を起き上がらせ向きを変えて彼と向き合った。

 

「知ってるよ。昨日、女子バスケの部室で盗撮してた奴だろ?」

「おっと、そこまで知ってたか?」

「ってか当事者。昨日、あいつとっ捕まえようとしたばかりだよ」

 

 その後に小さく逃げられたけど、と苦々しく付け加えた。椿が一緒に居ながら、あと一歩のところで逃げられたのだ。唯の着替えを盗撮した輩を、逃がしてしまった事は悔しくて仕方ない。

 

 しかし忌々しそうに呟く千里に対し、学はその事に納得がいっていないような顔をしていた。

 

「ん~、その事なんだけどさ? お前から見て鎌田ってどんな奴だった?」

「どんな、って……見た目通りだろ? 不健康な小太りで……」

 

 そのまま太郎の悪口が千里の口から出てきそうになるが、それを学が手を上げて止めた。

 

「あぁ、まぁ……言いたい事は分かる。アイツって所謂オタクっぽい雰囲気あるよな。それは分かるよ」

「違うのか?」

 

 訝しんで訊ねれば学は椅子の背凭れに体重を預けて体を仰け反らせ、明後日の方を見ながら自分が持つ太郎に関する情報を口にした。

 

「俺これでも顔は広い方だから、アイツの事も少しは知ってるんだ」

 

「その俺から言わせてもらえば、アイツは見た目通りの奴じゃないんだよ」

 

「確かに小太りで如何にもオタクって感じの雰囲気あるけど、あいつ自身はただ写真撮るのが好きないい奴なんだ」

 

「その写真ってのも、風景だったり動物だったりで、人はあんまり撮らないんだよな」

 

「だからそんな奴がいきなり盗撮した、なんて正直信じられなくってさ」

 

 学の話に千里は困惑を隠せなかった。あまりにも先日椿と共に捕らえようとした太郎の印象と異なる。

 特に気になるのが人をあまり撮らないと言う事。話を聞く限りにおいて、太郎は風景画などが好きで人の写真は撮りたがらない男なのだろう。そんな輩が、盗撮などをするだろうか? それも態々隠しカメラを幾つも購入して?

 隠しカメラだって決して安くはない。見つかったカメラの数は結構あったようで、それらは後で盗撮の証拠品として提出すべく今は女子バスケ部の空いてるロッカーに纏めて収められている。全部合わせればかなりの値段になるだろうそれを、果たして人間相手の写真に興味が無い者が盗撮の為に買ったりするだろうか?

 

 千里は何やら重大な勘違いをしているような気になってきた。とても大事な事を見逃している気がする。

 

 そこで千里は、ある事を思い出した。あの時、太郎の前に早とちりで捕まえてしまった人志が撮影したと言う燕の雛の写真。

 それを思い出した瞬間、千里はハッとして立ち上がると急いで教室を後にした。

 

「えっ? ちょ、おい南城ッ!?」

 

 呼び止めてくる学の声を無視して、千里は部室棟まで向かい裏手に回り込んで女子バスケ部の部室まで向かう。そして上の方を見上げ、先日見つけたツバメの巣を見ると持ち前の身体能力で飛び上がり壁に張り付いてその巣を覗き込んだ。

 

「ッ! やっぱり……」

 

 その巣の中を見て、千里は確信した。本当の犯人は別に居る。

 

 壁から降りた千里はスマホを取り出し、急いで椿に連絡を取った。

 

「……長谷部さん? 大変だ、本当の犯人は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後、写真部の部長である人志は1人校舎の中を歩いていた。向かう先は部室棟。これから写真部の部活動の為に向かうのだろうと普通の人なら思うのだろうが、部室棟に入った彼は写真部のある上の階ではなくそのまま階段を上らず部室棟の奥へと進んだ。

 その先にあるのは女子バスケ部の部室。今は着替え終わった部員達が部活動に力を入れている為、更衣室を兼ねた部室は誰も居らず静かだった。

 

 部室の前に立った人志は、一度周囲を見渡し誰も居ない事を確認すると鍵の掛った部室の扉に触れた。すると触れた部分から墨汁の様な物が扉全体に広がり、次の瞬間カチャリと音が鳴って鍵が開いた。

 人志は鍵の開いた扉を開け、中に入ると室内を見渡し名札の付いていない空いているロッカーを見つけるとそれに近付き開ける。中には押収して後で提出する予定だった隠しカメラが入っている。それを彼は持っていた袋に次々と放り込み、全て入れ終わると満足そうに頷き部室から出た。

 

「待ってたよ、盗撮犯さん?」

「ッ!?」

 

 扉から出た人志に声が掛けられる。部室の中からは死角になる所に居た千里が、窓から出た人志に声を掛けたのだ。人志は驚愕に目を見開き千里を見ると、咄嗟にその場から逃げ出そうとした。だがそれより先に反対側に隠れていた椿が彼を取り押さえた。

 

「逃がさぬでござるよ」

「うわぁっ!?」

 

 椿が人志の片腕を抑え、振り回して壁に叩き付け首を腕で抑えつける。腕と首を抑えられ、動けなくなった人志は困惑した顔で自分を抑え付けている椿と睨んでくる千里を交互に見る。

 

「な、何で……!?」

「アンタ、俺と長谷部さんが捕まえた時燕の写真撮ってたって言ってたよな?」

「あ、あぁ……」

「でもあの巣の中、とっくの昔に空っぽだったんだ」

 

 この時期、燕の雛はある程度育って巣立ち始める。勿論個体によって産卵の時期は異なるだろうから雛の成長具合に違いはあるだろう。だがこの時期の燕の雛としては、あの時人志のスマホに写っていた雛は小さすぎた。

 まさかと思い巣を見に行ったら、案の定巣はとっくの昔に雛が巣立っておりもぬけの殻となっていた。つまりその時点で人志のアリバイは崩れたと言う事になる。

 

「ついでに言えば、あの鎌田って奴にも詳しい話を聞いたよ。お前、卍妖衆とつるんでるんだってな?」

 

 千里が太郎の元へ向かうと、彼は多目的教室の真ん中で骨猪と向かい合う形で椅子に座っていた。腕を組んで座る骨猪の前で、太郎は汗を流して震えていた。犯罪がバレた……と言うにしては何か様子がおかしい事に千里は理由を付けて彼を連れ出し、彼から詳しい話を聞こうとした。

 が、彼は千里に対しても何も語らない。

 

 だがそれは口を割らないのではなく、割る事を許されなかっただけなのだ。

 

「お前、アイツに自決用の忍術を仕込んでたんだな」

 

 自決用の忍術とは、本来機密保持の為に特定のワードを口にすると本人が死に至る恐るべき術である。もし敵に掴まり拷問などで口を無理矢理割らされた時に、それ以上情報が洩れる事が無いようにと作られた術と聞いた事がある。

 尤もそれは今以上に殺伐としていた時代の産物であり、今となっては使う物など誰も居ない。使う必要のない廃れた忍術の筈だったのだが、卍妖衆はそれを脅しの道具として使ったのだ。

 

 千里が太郎にその術の存在を明かした瞬間、彼は助けを受けたと言う様に泣き出した。そう、彼も被害者の1人だったのである。

 

「なるほど……あの小太りの男はただの回収係り兼囮。本命はこの優男だった訳でござるか」

「その回収係りが捕まったから、代わりに自分でカメラを回収しに来たって事だろ」

 

 千里は隠しカメラが入った袋を持ち上げる。それを人志は忌々し気に睨んでいた。もう彼が今まで被っていた、柔和で人畜無害な仮面は完全に剥がれ落ちた。

 

 だがここまで来ても千里には分からない事がある。人志は何故卍妖衆とつるむ事が出来ているのか、だ。確かに卍妖衆は人の心の弱い部分につけ込み誑かし、術を仕込んで騒ぎを起こす。それは殆どの場合ほったらかしであり、基本的に卍妖衆は一度術を仕込んだ人間にはそれ以上の接触をしない。人志の様に、他の物を巻き込む為に協力に近い関係を築く事は千里からして初めての出来事であった。

 

 千里の鋭い視線が人志に突き刺さる。

 

「お前……何企んでる?」

 

 千里が問い掛けると、椿が彼の首筋に苦無を当てる。虚偽やだんまりは許さないと言う様子に、しかし人志は汗を一つ流しながらも不敵な笑みを浮かべていた。

 

「く、くくく……ここまで嗅ぎ付けられたら仕方ない。ま、それなりに楽しめたよ」

「何……?」

「戯言は十分でござる。後は連れて行って――」

 

 人志と卍妖衆の関係、そして卍妖衆の情報を聞き出す為に連れ出そうとしたその時、周囲の物陰から卍妖衆の下忍、否、人志が召喚した影忍が姿を現し2人に襲い掛かった。

 突如姿を現した影忍に千里は一瞬驚きながらも格闘で対抗し、椿も咄嗟に持っていた苦無を近付く影忍に投げつけた。

 

 椿の意識が一瞬人志から逸れた。その瞬間彼は自分を押さえつけていた椿を振り回す様に振り払い、ダメ押しで腹に蹴りを放ち引き剥がした。

 

「ぐぅっ!?」

「長谷部さんッ!」

 

 腹を蹴られ蹲る椿を千里が支える。その間にも影忍は迫ってきたが、それは椿が咄嗟に使用した氷遁の術で薙ぎ払われた。

 だがその間に人志は完全にフリーになってしまった。自由を手にした彼は、椿に押さえ付けられていた方の腕を肩から回して解した。

 

「さ~て……本当はお前ら纏めて蹴散らしてやりたいところだけど、今回は忙しいんでな。こいつらの相手でもしててくれ。じゃあな」

 

 そう言って人志は2人の相手を影忍に任せて部室棟の外へと出て行く。逃げる彼の背に2人は立ち向かってくる影忍を薙ぎ払いながら忍筆を取り出し変身した。

 

「ちっ! 長谷部さん!」

「言われなくとも!」

 

「「執筆忍法、変身の術ッ!」」

 

 巻物に文字を書き、変化したベルトを腰に巻く。その間も影忍は絶えず2人に攻撃を仕掛けてくるので、それを迎え撃ちながら2人は忍者に変身した。

 

「コガラシ、変身ッ!」

「ツララ、変身ッ!」

 

【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】

【忍法、変身の術ッ! 微かな音無く、鋭く冷たく、忍ぶ者……ツララッ! 達筆ッ!!】

 

 2人が変身する際に吹きすさぶ風と吹雪により、周囲の影忍は軒並み吹き飛ばされた。邪魔者が居なくなった2人は、一気に部室棟の外に出て逃げた人志の姿を探した。

 

「奴め、何処に……?」

 

 ツララは四華を手に、周囲に油断なく目を走らせた。しかし夕日に照らされた外に、2人の忍び以外の人影は見当たらない。近くに隠れている様子もない為、どうやら逃げられたらしいと言う判断を下した。

 逃げ足の速い奴めと、ツララは肩から力を抜き構えを解いた。

 

 直後、背後からコガラシの轟雷の銃声が数発響いた。

 

「ツララ、後ろだッ!」

「なっ!?」

 

 振り返るとコガラシが何も無い筈のツララの後ろの空間に向けて発砲している。何事かと思っていると、コガラシが銃口を向けている先の空間が陽炎の様に揺らめきこれまでに見たアキヅクセジよりも刺々しい見た目のクセジが姿を現した。

 

「また姿を消す輩かッ!」

「チィッ! まさか気付かれるとはな……!」

 

 刺々したアキヅクセジは、背中の翅を使って空中を素早く飛び回って轟雷の銃弾を回避。その最中に近くの木の枝を数本へし折って木の棒を手に入れると、それをお返しとばかりにコガラシに投擲してきた。

 

 迫る数本の木の棒。普段であれば悪足掻き以下の印象しか抱けないそれに、しかしコガラシの本能は最大限の警鐘を鳴らした。銃撃を中断し、彼は一も二も無くその場を転がって回避する。

 すると先程まで彼が居た場所に木の枝が数本、轟音を立てて突き刺さった。ただの木の棒にあるまじきその威力は、アキヅクセジ固有の棒状の物なら何でも投擲武器に出来ると言う能力によるものである。

 

「コイツ、鎌田のカゲロウクセジの能力だけじゃなく、アキヅクセジの投擲能力までッ!」

「これは最早、アキヅやカゲロウの範疇に収まらぬ……!」

 

 それは言うなれば蜻蜓(ヤンマ)……昆虫界最強とも呼ばれるほどの高い飛翔能力を有し、あのオオスズメバチすら捕食する昆虫界の空の王者オニヤンマ。

 蜻蛉系のクセジの能力を全て兼ね備えた、強敵が今2人の前に立ち塞がっていた。

 

 背中の翅を羽搏かせ空中に滞空し、地上の2人を見下ろすヤンマクセジ。

 

 対するコガラシは静かに轟雷の銃口を向け、ツララは四華を構え直し相対するのであった。




と言う訳で第25話でした。

前回登場したカゲロウクセジの中身は脅されてやらされていただけで、真犯人は別に居ました。言わば彼も被害者ですね。勿論それで盗撮に加担する事が許される訳ではありませんが、情状酌量の余地はあると思います。

そして本命はまたしても蜻蛉系のクセジ、その名もヤンマクセジ。スズメバチすら捕食する、オニヤンマの如き強さが次回コガラシ達に襲い掛かります。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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