仮面ライダーコガラシ   作:黒井福

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第二十六筆:潔白を晴らして

 夕日に照らされた高校敷地内、部室棟の外で対峙するコガラシ・ツララとヤンマクセジ。

 

 先に動いたのはヤンマクセジの方であった。一際強く翅を動かしたかと思ったら、次の瞬間その姿が2人の視界から掻き消えた。

 

「ッ! また姿を隠して……」

「違う、そこだッ!」

 

 一瞬またカゲロウクセジ譲りの迷彩能力で姿を隠したのかと思ったツララだったが、風を読んで敵の位置を知ることが出来るコガラシは奴の存在を鮮明に捉えていた。

 あの一瞬で、ヤンマクセジは2人の頭上に移動していたのである。最早瞬間移動にも等しい速度での移動。ツララが見失って姿を消したと勘違いするのも無理はない。その姿を風により捉えていたコガラシでさえも、移動中のヤンマクセジの姿自体は捉える事が出来ず移動後の滞空状態の姿を捉える事しか出来なかったのだから。

 

 コガラシが見上げた先では、ヤンマクセジが数本の木の棒を投げ下ろそうとしている姿があった。やられる前にやれとばかりに、コガラシは咄嗟に轟雷の銃口を上に向けると正確な狙いを付ける前に引き金を引いた。威嚇目的で相手を怯ませる為だけの射撃。だが直ぐ近くを銃弾が通り過ぎたにも拘らず、ヤンマクセジは気にした様子もなく木の棒を投げ下ろしてきた。

 

「散れッ!」

「くっ!?」

 

 あれの威力は一度別の個体と相対した事のあるコガラシが良く知っている。彼はヤンマクセジが投げるモーションに入った瞬間に警告と共にその場を離れた。遅れてツララが転がる様に避けると、先程まで2人が居た場所が小型の隕石でも落下してきたかのように抉れた。

 

 あんなのを何度も使われては堪ったものではない。ツララは反撃とばかりに四華を空中のヤンマクセジに向け投擲した。風を切り、見た目の割に高速で飛んでいく巨大手裏剣である四華。だが空中でオオスズメバチすら捕食するオニヤンマの能力を持つ、ヤンマクセジからすればその速度は止まっているように見える程遅かった。

 まるで遊んでいるかのようにゆらりゆらりと飛んでくる四華を回避する。

 

 その様子を見てツララは仮面の奥でほくそ笑んだ。

 

「油断大敵でござるよ」

「ん?」

 

 ツララの言葉の意味が分からず首を傾げていると、先程四華が通り過ぎた軌跡に無数の氷柱が出現。空中で大きく鋭くなっていく無数の氷柱が、全てヤンマクセジに狙いを定めていた。

 

【忍法、刃雪氷嵐の術ッ! 達筆ッ!】

「四方八方から放たれる氷の刃! これならどれほど素早く動けても避ける事叶わぬでござろう!」

 

 ツララのその言葉を合図に一斉にヤンマクセジに氷柱が襲い掛かる。

 どれも当たれば大ダメージ確実な一撃。傍から見ていたコガラシが同じ状況に追い込まれたら、思わず絶望し諦めの感情すら浮かんでしまいかねない。

 

 だがこんな状況でも、ヤンマクセジは余裕であった。

 

「……フン」

 

 氷柱が動き出した瞬間、ヤンマクセジは鼻で笑うと一瞬残像でその姿が増えたかと思う程の速度で動き回り、全ての氷柱を回避してしまった。

 その光景にツララは仮面の奥で表情を凍り付かせる。

 

「な、馬鹿な……!?」

 

 彼女が言葉を失ったのは、ただ単に氷柱が全て回避されたからと言うだけの話ではない。

 実なあの中には、目には見えないが細かな氷の刃も無数に混じっていた。氷柱は云わば相手の目を引き付ける囮であり、本命は氷柱に紛れて飛んでいく無数の氷の刃であった。この氷の刃が敵を切り裂き、更に突き刺さった氷の刃がそのまま氷晶雪塵の術にも繋がり相手を動けなくする。あれはそういう技だったのだ。

 

 ヤンマクセジが何故氷柱だけでなく氷の刃まで回避できたのか? その秘密は奴の頭部にあった。

 

 一見すると大きなレンズを付けたヘルメットの様に見えるその顔にあるのは複眼であった。複眼とは昆虫などの節足動物の多くが持つ目の構造であり、小さな個眼の集合体である。その一つ一つで別々の対象物、対象物の別の部分を映し出し一つの脳に集約し一つの映像にしていた。その為蜻蛉等が目から取り入れる事が出来る情報量は非常に多く、しかもその視野は非常に広い。オニヤンマが見渡せると言われる視野は実に270度と言われており、その視界には隙がほぼ無い。

 

 しかも蜻蛉の視界世界は非常に鮮やかだった。色を感じるオプシン遺伝子と言うものを人間は赤・緑・青を感じる3種類持っているが、蜻蛉の場合その遺伝子の数はなんと15~33もある。つまりそれだけ多くの色を感じ取る事ができ、蜻蛉は非常にカラフルな視界世界の中で生きているのだ。おまけに蜻蛉の視界は人間では捉える事の出来ない紫外線領域の波長の光をも捉える事が可能であった。

 

 つまり、ヤンマクセジには先程の攻撃の中で、氷柱と共に放たれていた小さく見え辛い氷の刃も全て見えていたのである。

 

「子供騙しだなッ!」

 

 ヤンマクセジはツララを嘲笑うと、一瞬で彼女の背後に移動した。上を見ていた彼女は、自分の背後にヤンマクセジが来ている事に気付かない。

 

 奴の存在にいち早く気付けたのは、やはり風を読む事で相手の位置を知る事ができるコガラシの方であった。

 

「ツララッ!」

 

 咄嗟に晴嵐の筆を取り出し術でツララを助けようとするコガラシだったが、一歩遅く先にヤンマクセジの蹴りが彼女の背に突き刺さった。

 

「がぁっ?!」

 

 ツララがヤンマクセジに蹴り飛ばされ、何度か地面を跳ねながら力無く倒れる。カゲロウクセジの迷彩能力にアキヅクセジの投擲能力と特殊能力に目が行きがちだったが、コイツはそれらを総合した上で基本的な能力も高い。完全な上位互換のクセジだった。

 

 咄嗟に倒れたツララの手助けに向かいたかったコガラシだったが、高速移動が出来るヤンマクセジの前で集中力を乱すのは自殺行為。己を律し、今自分が為すべき事に全力を注ぐべくコガラシは極限の集中力を維持し続けた。

 

(一瞬でも見失ったらやられる……!)

 

 集中と共に緊張感を維持し続けるコガラシの前で、ヤンマクセジは悠々と右へ左へと歩く。相手もこの状況を理解しているのだ。コガラシも一歩間違えば自分を見失い、攻撃に対処できなくなってしまうのだと言う事を。

 

 西部劇の早撃ち直前のような緊張感が両者の間に流れる。どちらが先に動くか、仮面の下で千里が汗を流した。

 その時、倒れていたツララがヤンマクセジに向け苦無を投擲した。

 

「拙者を忘れるなッ!」

「ッ!?」

 

 ツララからの攻撃は予想外だったのか、ヤンマクセジは僅かに反応が遅れオーバーな動きで回避するも苦無は表皮を浅く切り裂いた。それはダメージとしてカウントする程ではない小さな傷。

 だがその攻撃によりヤンマクセジの集中力が途絶えた事は大きな意味を持った。ツララの攻撃により相手の意識が自分から離れたのを感じ取ったコガラシは、その瞬間筆を振り術を使っていた。

 

「執筆忍法ッ!」

「しま――」

「風遁の術ッ!」

【忍法、風遁の術ッ! 速筆ッ!】

 

 コガラシが風遁の術で起こした風は体勢を崩したヤンマクセジを飲み込み空中でシャッフルした。まるで扇風機の中に放り込まれた様に暴風にもみくちゃにされ、自慢の飛翔能力も活かせずヤンマクセジは振り回された挙句地面に叩き付けられた。

 

「ガハッ!?」

 

 致命的と言う程のダメージは受けていないが、今のヤンマクセジは風と地面への叩き付けで満足に動けないほどのダメージを受けている。

 また超高速で動き回られたり、姿を消されたりしたら面倒だ。体勢を立て直したツララは四華を手に、一気に突撃し倒れたヤンマクセジにトドメを刺そうとした。

 

「悪漢、覚悟ッ!」

 

 冷気を纏いながらツララがヤンマクセジに接近していく。纏う冷気が空気中の水分を瞬時に凍らせ、彼女が通り過ぎた所に瞬間的に雪の結晶が舞う。夕日に照らされキラキラと輝く軌跡を残しながら、ツララがヤンマクセジに四華を振り下ろした。

 

 が、彼女の刃はヤンマクセジを捉える事は無かった。彼女が振り下ろした刃は、突如地面の下から飛び出した無数の骨により受け止められたのだ。

 

「何ッ!?」

「これはッ!?」

 

 まるで木が急速に生えた様に、無数の骨が寄り集まってできた柱がツララの攻撃を受け止める。突然の事態に呆気にとられるツララだったが、コガラシはこれと同じ術を使う相手を以前見た事があるので下手人の存在にすぐ気付いた。

 

「ドクロッ!」

「その通り」

 

 コガラシの声に反応する様に、骨の柱から白い忍び装束の卍妖衆忍者ドクロが姿を現した。ドクロは骨の柱から出てくると、眼下のコガラシとツララを鼻で笑った。

 

「コイツはなかなか使える、将来有望な奴なんでな。悪いがこんな所で倒されるのは困る」

 

 ドクロはそう言ってツララに向け骨で出来た刃を投擲した。ツララは四華を引っ込めるようにして後方に飛び回避すると、先程まで彼女が居た場所に鋭い骨が何本も突き刺さった。その威力は鉄の苦無や手裏剣と大差ないように見える。

 

 マンダラは噴血槍の術で血の槍を放ってきたが、ドクロは自分の支配下に置いている骨を武器として使う。マンダラの血遁と違って風遁の術の竜巻で遠心分離させると言う方法が取れない事に、コガラシはどう攻略すべきかと頭を働かせる。

 

「くそ、骨を操るってのは面倒だな。単純だけどその分付け入る隙がない」

 

 材質が骨なだけで、やっている事は鉄などを使っているものと大差ない。いや、骨を組んで即席の兵士にして嗾けてくる分、やはりドクロの方が面倒かもしれない。

 ホムラであればその火力で骨を消し炭になるほど焼き尽くす事も可能だったが、生憎とコガラシの火遁の術はそこまでの火力は出せない。こんな事ならもっと火遁の術を極めておくべきだったと彼は後悔した。火遁の術は遁術の中で基本中の基本。過去にはホムラ以外にもこの術を極めてただの火遁の術が必殺クラスの威力を持っていた忍者も居たと聞いた事がある。

 

 今更ながら、いやこんな状況だからこそ、コガラシは得意な風遁にばかりかまけていた事を悔いていた。

 

 しかし後悔先に立たず。今更悔いても仕方ない。コガラシは今使える術を駆使して何とかドクロを倒そうと身構えるのだが、そんな彼に攻撃を仕掛けたのがヤンマクセジだった。ドクロの乱入によりコガラシ達の攻撃が中断していた間に、体力を回復させ体勢を立て直していたのだ。

 

「僕を忘れてもらっちゃ困るな!」

「くっ!?」

 

 翅を羽搏かせ接近してきたヤンマクセジが、鋭い爪の生えた手で切り裂いて来た。風によりその攻撃を直前に察知していたコガラシは、寸でのところでその攻撃を防ぎ追撃に備えて身構えた。

 

「っとと! そうだったよな、お前がまだ残ってた。印象薄いから忘れてたぜ」

「フンッ、減らず口を……!」

 

 そのままコガラシとヤンマクセジが戦闘に突入する。投擲能力と迷彩能力、そして高速移動を駆使して戦うヤンマクセジ。対してコガラシは風遁の術を上手く使って敵を寄せ付けず、敵の動きを読んで風の様に素早く戦った。

 

 風を纏うコガラシの斬撃がヤンマクセジに襲い掛かるが、相手は攻撃と共に襲い掛かる暴風に抗った。先程飲み込まれた暴風に比べれば、コガラシ本人の動きを阻害しない程度の風などそよ風にも等しい。無論その風も決して弱い風ではなく、ともすれば容易に煽られ少しでもバランスを崩せば吹き飛ばされてしまいかねないものであった。

 だがヤンマクセジは翅を羽搏かせ僅かに宙に浮く事でその風に上手く乗り、風に舞う風切り羽のようにコガラシの攻撃をのらりくらりと躱していた。

 

「くそ、ちょこまかと!」

「頭の悪い力押しで僕は捉えられない!」

「なら、これでどうだ!」

 

 ヤンマクセジが風に乗ってこちらの攻撃を回避すると言うのなら、その回避に利用している風にも攻撃力を持たせればいい。コガラシは纏う風をただの風ではなく、微粒子を含んだ風の刃に変えた。高速で砂などの微粒子が通り過ぎれば、その部位は鋭く切り裂かれる。しかも微粒子を含んでいても風は目に見えにくい。目が良いヤンマクセジもこれには攻撃の手を緩めざるを得なかった。

 

 コガラシがヤンマクセジと一進一退の攻防戦を繰り広げている横で、ツララはドクロを相手に苦戦を強いられていた。

 骨の柱から出てきたドクロはそのまま骨で巨大な腕を作り出し、それでツララを攻撃してくる。骨で作られた巨椀が振るわれる度に壁や地面が大きく抉られた。幸いな事に直撃は喰らっていないが、いくつかの攻撃はツララの体を掠めその度に彼女は肝を冷やした。

 

 だが攻撃が体を掠ったからと言って怯む様な柔な精神を彼女はしていない。

 

(猛攻を仕掛けてくる敵との戦いに於いて、最も安全な場所は敵の懐! 離れるのは悪手。とにかく前へ!)

 

 ツララは楓からの教えを胸に、ドクロの攻撃をやり過ごし接近する隙を伺った。振り下ろされる巨椀を回避し、迫る爪を紙一重で回避する。その度に忍び装束の端が削れていくが、ツララは精神力でそれを堪えチャンスを待っていた。

 

 そして遂にそのチャンスが訪れる。ドクロが大振りの攻撃を外し、リカバリーに時間を掛けていた。常人であれば隙とも思わぬレベルの時間でしかなかったが、鍛えられたツララにとっては十分すぎる程だ。

 

「フッ!」

 

 ドクロが振り下ろした腕を引き戻して構え直そうとしている所に背後から襲い掛かってくるように四華を投げた。弧を描いて飛んだ四華は大きくカーブしながらドクロの背を狙って飛来する。それに気付いたドクロは巨椀を振るって迫る四華を弾き飛ばした。

 

「甘い……!」

 

 大きく弧を描く様に飛んでくる巨大手裏剣など、遊んでいると思われても仕方のない攻撃だった。ドクロは容易く四華を弾き飛ばし、弾かれた四華は明後日の方向に向け飛んでいく。

 

 その隙にツララは腰の後ろから忍者刀を抜き、一気にドクロに接近し切り裂こうと刃を振るった。ドクロはツララに背中を向けており、まだ彼女の攻撃を捉えられていない。

 

(貰った!)

 

 会心の一撃を確信して攻撃を放つツララだったが、突然何かに掴まれて動きが止められる。

 何事かとそちらを見れば、そこには骨の兵士がツララの腕を掴んで止めていた。

 

「なぁっ!?」

「馬鹿め、その程度の攻撃など予想するのは容易い。お前は自分から火の中に飛び込んだのよ」

 

 見ると骨の兵士は1体ではなく、地面から這い出る様に出現した骨の兵士が数体掛りでツララの手足を掴んで彼女を拘束していた。見た目肉も皮も無い骨だと言うのに、その力は万力の様に強く手足を掴まれたツララは身動きが取れない。

 

「くっ!? こ、のぉ……!? 離せッ!」

「誰が離すか」

 

 藻掻くツララの前で、ドクロは何時の間にか巨椀を納め代わりに一本の棒を握っていた。身の丈ほどもある薄汚れた白い棒。一見ただの棒にしか見えないそれを、ドクロが振るうと間を鎖で繋がれ三分割された。あれはただの棒ではなく三節棍だったのだ。

 

 ドクロはそれを動けないツララに向け振り下ろす。遠心力を乗せた鎖で繋がれた棍が、勢いよくツララの体を打ち据える。

 

「がっ!?」

「そらそら、まだ行くぞ!」

 

 動きを拘束されたツララにドクロの三節棍が何度も振り下ろされる。硬い棍が何度も体を打ち据え、骨を砕くほどの威力が体を突き抜ける激痛にドクロが棍を振り下ろす度にツララの口から悲痛な悲鳴が飛び出した。

 

「あぐっ!? がぁっ!? か、はぁ……!? ぐぅっ!? あぁぁっ!?」

 

 忍び装束は見た目以上に頑丈で多少の攻撃なら無力化するだけの防御力があるが、ドクロの一撃はどれもその防御力を容易く貫いてくる。ダメージがツララから体力を食い千切る様に奪っていき、次第に膝がガクガクと震え始めた。自力で立つだけの体力すら失われつつあるのだ。

 だがドクロは彼女を解放しない。寧ろもっと悲鳴を上げろと言わんばかりに棍による打撃の連打を彼女に浴びせた。

 

「ぐふっ!? あがっ!? ぐぇっ!? いぎっ!? が、ぁぁ……!?」

 

 段々とツララから上がる悲鳴に力が無くなっていく。何度も打ち据えられた結果、動きを拘束されていると言うより骨の兵士に体を支えられて立っているような状態になっていった。

 

 遂には悲鳴も上がらなくなり、ドクロが殴っても体を揺らすだけになる。

 

「う゛……ぐ、うぅ……」

「ん~? もう限界か、情けない」

 

 ドクロはつまらなそうに溜め息と共に呟き、骨の兵士に手を放させる。支えを失ったツララが力無くその場に倒れ込み――――

 

「――――そこぉっ!」

「ッ!?」

 

 刹那、ツララの手が素早く動き忍者刀の切っ先が無防備なドクロに迫った。鋭い刺突が迫る事に、ドクロが一瞬言葉を失う。

 が、その一撃は致命傷となり得なかった。ツララが不意打ちを放った瞬間、骨の兵士の1体が2人の間に割って入り刃を防いだのだ。胸元を狙った忍者刀の刃が、骨の兵士の肋骨の隙間に入り受け止められる。

 

「チィッ!」

 

 ズタボロにされながらもタイミングを見計らい放った不意打ちが失敗に終わり、ツララの口から苛立ちの籠った舌打ちが零れた。

 そのまま一旦距離を置こうとしたツララだったが、そうはさせずと骨の兵士が彼女の行く手を阻む。後ろだけでなく左右も骨の兵士に囲まれ、逃げ場が奪われた。

 

「ふざけた真似をしてくれたな、忍者ツララ?」

「くっ、骨の兵隊にばかり任せる軟弱者に言われたくはないでござるな」

「何とでも言え。どの道負け犬の遠吠えだ」

 

 絶体絶命の窮地に、ツララはせめてもの抵抗で小馬鹿にして挑発した。しかしドクロは気にした様子もなく、骨に兵士達に指示を出してツララを嬲り殺しにしようとした。

 

「……やれ」

「くぅっ……!」

 

 忍者刀を構え、四方八方から迫る骨の兵士からの攻撃に備えるツララ。

 

 だが骨の兵士達が動き出そうとした瞬間、上空から幾つもの稲妻が降り注ぐ。暗くなりつつあるが、空は雲も無く晴れ渡っている。にも拘らず降り注いだ雷は、その衝撃で骨の兵士達を粉砕し木端微塵にした。

 

「何ッ!?」

「この雷は……!」

 

 明らかに自然の物とは違う雷にツララが周囲を見渡すと、近くの気の上に1人の忍びの姿を見つけた。黄色を基調とした忍び装束をツララは見た事がないが、只者ではない佇まいは察する事ができる。

 こうして直接目にするのは初めてだったが、それでも彼女には分かった。先日の卍妖衆のアジト襲撃作戦にて、謹慎を喰らった自分の代わりに作戦に参加してコガラシをサポートした腕利きの中忍。

 

 その名は…………

 

「お主、イカズチでござるか?」

 

 ツララが問い掛ければ、イカズチは無言で頷いた。そして木の上から飛び降りると、同時に取り出していた忍筆で文字を書いた。

 

「執筆忍法、口寄せの術」

【忍法、口寄せの術ッ! 達筆ッ!】

 

 イカズチが空中に文字を書き、その中に手を突っ込んで取り出したのは二つ一組のトンファーと呼ばれる武器。ただし基本トンファーと言えば打撃武器と言うイメージだったが、イカズチが取り出したそれは本来打撃用に用いる筈の部位が刃となっていた。肉厚な刃に取っ手が付いた様なデザインの武器、これがイカズチの専用武器である『渦雷(からい)』だ。

 

 取り出した渦雷をイカズチは手に馴染ませるように取っ手の部分で回転させる。油断なくドクロを見つめながらのその動きを見るだけで彼の実力の程が伺えた。

 

 武器を構えるイカズチを前に、ドクロも三節棍を通常の棍に戻して対峙する。

 

 そこにコガラシと戦っていたヤンマクセジが吹き飛ばされるようにやってきた。

 

「うぉっ!? っとっとっと、ふぅ……」

「何をしている?」

「ああ、すみません。アイツなかなか素早くて」

 

「そりゃこっちのセリフだ」

 

 肩を竦めながらぼやくヤンマクセジに、コガラシがイカズチの隣に降り立ちながら返した。

 

「よ、イカズチ。来てくれたんだ?」

「上忍の姿が見えたんでな。あのクセジは?」

「今回の事件の真犯人。今までのクセジとは明らかに違う、気を付けろ」

 

 コガラシから齎された情報に、イカズチも敵の戦力を上方修正したのか構えに力が籠る。傷付いたツララが見守る前で、一触即発の空気が流れるかと思われた。

 が、その時突如フッとヤンマクセジが肩から力を抜いた。それを表す様に奴は小さく息を吐き、首筋を解す様に肩を回して首を回した。

 

「止めましょう、ドクロ様。これ以上はこっちが無駄に消耗するだけです」

「ふむ……そうだな」

「何?」

 

 突然戦う意思を失ったドクロとヤンマクセジに、コガラシが仮面の奥で訝しげな顔をする。イカズチも顔は見えないが、手元や首の動きで僅かに困惑しているのが見て取れた。

 

 思わずどう言う事かと顔を見合わせるコガラシとイカズチだったが、それで納得できないのがツララだった。彼女は傷付いた体を引き摺って2人を割る様に前に出ると、感情を抑えきれないと言わんばかりに声を上げた。

 

「どういうつもりでござるか! お主ら一体何を企んでいる!」

「どう言う事も何も、そのままの意味だ」

「こちらの目的は既に達せられたんでな」

「目的?…………! しまった、隠しカメラッ!?」

 

 そう言えば、人志から回収した筈の隠しカメラが入った袋。戦いが始まる際に邪魔だからと適当な所に置いてきたそれが、今見るとその場から消えていた。どうやら卍妖衆の下忍か影忍が回収していったらしい。

 

 と言う事は今回の盗撮事件は人志1人の独断ではなく、卍妖衆の思惑が絡んでいると言う事。しかし卍妖衆が何故、女子バスケ部の盗撮写真など欲しがると言うのか?

 

「お前らそれ何に使うつもりだ!」

「さあ? それは僕には関係ないし興味もない話だよ。それじゃ……」

 

 またカゲロウクセジの能力で姿をけそうとするヤンマクセジを見て、コガラシは咄嗟に筆を走らせた。

 

「逃がすかッ!」

【忍法、鎌鼬の術ッ! 速筆ッ!】

 

 目には見えない空気の刃が素早くヤンマクセジの元へと飛んでいく。幾ら目が良くても大気と言う目には見えないものへの反応は難しく、真空刃が目前まで迫った事に奴は気付くのが遅れた。

 

「くっ!?」

 

 鎌鼬により全身を切り裂かれるヤンマクセジだったが、術の威力が低かったのかそれともヤンマクセジが頑丈だったのか、致命的なダメージは与える事ができず全身を浅く切る程度しか出来なかった。

 だがそれで十分だった。今のコガラシの目的はヤンマクセジを倒す事では無く、隠しカメラを持って行かせない事にあった。

 

 ヤンマクセジの体は浅く切り裂くしか出来なかった空気の刃も、ただの袋であれば容易に切り裂く事ができる。切り裂かれた袋からは小さな隠しカメラがボロボロと零れ落ちた。

 

「なっ!? クソッ!」

 

 コガラシの狙いにヤンマクセジは一瞬彼の事を睨み、そして落ちた隠しカメラを回収しようとした。だがそこで今度はイカズチの雷遁の術が飛んでいった。

 

【忍法、雷遁の術ッ! 達筆ッ!】

「ぐあぁっ!?」

 

 放たれた雷撃は地面に手を伸ばしたヤンマクセジを吹き飛ばした。それのみで終わらず、雷撃の余波により感電した全ての隠しカメラから火花が上がった。雷撃の電流が隠しカメラの内部を焼いたのだ。あれでは写真のデータも消えているだろう。

 

「チッ!?」

 

 もうあの隠しカメラに意味はない。そう考えたヤンマクセジは、舌打ちして踵を返しその場から離れた。無駄な戦いはしないのだろう。引き際を弁えている、なかなかに面倒な奴だ。

 

「逃がさぬッ!」

【忍法、氷遁の術ッ! 達筆ッ!】

 

 ツララが逃げていくヤンマクセジの背に向けて氷柱を放つが、素早く動く奴には当たらず虚空を貫くだけであった。そしてその間にヤンマクセジは姿を消してしまった。

 

 傷付いたツララが追撃しようとしている中コガラシとイカズチが何をしているかと言うと、彼ら2人はこの場に残っているドクロを警戒していた。ヤンマクセジが逃げる中、ドクロはその場を動かずにジッとしている。追撃しようとした瞬間の隙を狙っているのだ。事実奴はヤンマクセジに追撃しようとしたツララを攻撃しようと身構えた。コガラシとイカズチが警戒していたのでその攻撃は実行に移さなかったが、少しでも隙を見せれば奴は直ぐに攻撃を仕掛けてくる。その緊張感がコガラシ達の動きを阻害していた。

 

 だがそれも長くは続かなかった。ツララがヤンマクセジを逃がした事に地団太を踏むと、これで終わりとドクロも撤退に入ったのだ。

 

「今日はここまでだな。次に会う時を楽しみにしていろ」

【忍法、隠れ身の術ッ! 達筆ッ!】

 

 こちらは隠れ身の術で姿を消すドクロ。コガラシとイカズチはそれを黙って見送り、気配が消えるとその場で大きく息を吐いた。

 

「はぁ~……結局逃げられたな」

「だが奴らの目論見は防いだ。それを成果にしよう」

「それもそうか」

 

 ドクロどころかヤンマクセジにも逃げられた事に、残念そうにするコガラシをイカズチがフォローする。寡黙な奴だが仲間をいたわれるだけの思い遣りは持っていた事に、コガラシは親近感の様な物を感じて肩から力を抜く。

 

 そう言えば、イカズチとは前の任務で初めて知り合ったが彼の正体は誰なのだろうか? 今回もいきなり出てきたが、実は学校の関係者だったりするのか?

 

「なぁ? お前の素顔ってどんな――――」

 

 思わずイカズチの正体を訊ねようとしたコガラシだったが、地団太を踏みながらも周囲を警戒していたツララが近付いてくる何者かの気配を感じ取り彼らに警戒を促した。

 

「誰か来るでござるッ!」

「「ッ!?」」

 

 ツララの言葉に対する行動はコガラシとイカズチで違った。コガラシは変身を解いて物陰に隠れ、一方でイカズチとツララは隠れ身の術を使って姿を消した。

 

【【忍法、隠れ身の術ッ! 達筆ッ!】】

 

 仲間の忍者達が素直に姿を消す中、千里が変身を解いて隠れたのには理由がある。

 

 物陰に隠れて暫く待っていると、ツララが感じ取ったのだろう何者かがやって来た。日が沈んで大分周囲が暗くなっているが、夜目も利く千里の目はそれが誰なのかを鮮明に捉えていた。

 

「宇賀八先生?」

 

 それは新しい千里達の担任である宇賀八 骨猪であった。校舎の影から出てきた彼は戦闘の余波により荒れ果てた周囲に険しい目をして、そして地面に落ちた隠しカメラを見て近付いていった。

 

 隠しカメラに近付いていく骨猪の姿に、千里も物陰から飛び出し近付いていった。

 

「先生ッ!」

「君は……南城君? もう放課後なのに何故ここに?」

 

 当然の疑問だ。千里は部活に入っていないので、放課後はさっさと帰らなければならない。教師として、無意味に校舎に残る事は見過ごせないのだろう。

 そんな担任教師からの厳しい目に、千里は怯まず相対した。

 

「ちょっと、例の隠し撮り事件が気になって……。それより先生! 鎌田は犯人じゃありません! 別の奴が犯人です!」

「それは、この状況と関係が?」

 

 荒れた周囲の中に落ちている壊れた隠しカメラはどう考えても普通ではない。骨猪が訊ねると千里は自分の正体を隠した上で、起こった事を彼に告げた。

 

「そうです。隠し撮りしてたのは……何か、蜻蛉みたいな見た目した変な奴だったんです。そいつが女子バスケ部の部室から隠しカメラの入った袋を持って出てくるのを確かに見ました」

 

 一瞬人志の名前を出そうとした千里だったが、途中で信じてもらえるか自信が無くなったのでクセジの事だけ話した。仮に人志がクセジになった事を話した場合、それを証明しなくてはならない。そうなると芋づる式に自分の正体も晒す事になるリスクが発生する。最悪自分の正体がバレるのは良いとして、バラしてもそれと人志=クセジと言う事を証明する証にはなり得ない。後日問い詰めても、すっ呆けられたらそれで終わりだ。

 

 結果、今の千里に出来る事は太郎とは別に犯人が居て、その犯人がこの状況を作り出した原因であると言う事を告げる事だけであった。

 

「ふむ……しかし犯人が怪物だったとして、逃げるのにこんな状況を作るのかね?」

「それは仮面ライダーが来たからです」

「仮面ライダー?」

「はい。隠しカメラもって逃げようとする怪物を、仮面ライダーが食い止めようとしたんです。怪物には結局逃げられちゃいましたけど、隠しカメラはこうして……」

 

 尤もこれも全て壊れてしまったので、何を撮る為に使われたのかと言う事は分からなくなってしまった。証拠品として使えなくなってしまったので、苦しい状況である事に変わりはないが仮面ライダーと言う単語は大きな力を持っていたようだ。骨猪は暫し考え込むと、数回頷いて納得した様子を見せた。

 

「……分かった。君を信じよう。後の事は私がやっておくから、君はもう早く帰りなさい」

「はい。それじゃ先生、さようなら」

 

 踵を返してその場から離れていく千里を、骨猪は姿が見えなくなるまで見送っていた。千里の姿が見えなくなると、骨猪は改めて足元に散らばる隠しカメラに目を向けた。そして徐にその一つを手に取り、持ち上げて色々な角度から眺めた。

 

 落ち窪んだ目がジロジロと隠しカメラを見る。その胸の内で何を考えているのかは、例え千里がこの場に残っていても伺い知ることはできなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、太郎による盗撮疑惑は紆余曲折あったものの晴れることとなった。千里の証言と卍妖衆の襲撃もあり、太郎が盗撮に手を貸したのは脅迫され強要されたからと言う事で落ち着いたのだ。

 盗撮に関わっていたと言う事で影で色々と言われていたが、それも千里や唯が奔走してフォローした結果次第に風化していった。

 

 太郎の身の潔白を証明する為あちこち駆け回っていた時、千里はその本人からいたく感謝された。

 

 曰く、もう全て終わりだと諦めていたところを助けられた、と。

 

「僕に出来る事なんて何もないだろうけど、それでも言わせてくれ。本当にありがとう」

 

 別に千里は感謝されたくてやっている訳では無かった。だがそれでもやはりこうして感謝されるのは悪い気分ではない。

 

 そうして太郎の身の潔白も何とか証明され、めでたしめでたし…………とはならなかった。

 

 あの戦いの後、人志が姿を消したのだ。後日、改めて人志を卍妖衆に与していた人物として捕らえようとしたのだが、彼が学校に来る事は無かった。それだけでなく、その後音信不通となってしまったのだ。

 

 妖忍として優れた力を持っていた人志が姿を消した。その事に千里は一抹の不安を感じずにはいられないのだった。




と言う訳で第26話でした。

今回はまだ正体不明なイカズチの専用武器が登場です。トンファーと言えば打撃武器と言うのが基本ですが、イカズチが扱う渦雷は棍の部分が刃になっている為打撃ではなく斬撃武器となります。実は他にも渦雷には隠された機能があるのですが、それはその内披露する事になるでしょう。

戦いが終わってから姿を現した宇賀八先生。何とも怪しいタイミングで姿を現した彼。こういうのもお約束ですよね。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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