今回、遂に奴の正体が判明します。
色々とあったが、南城邸での勉強会は無事に開始された。屋敷に上がった時こそ誰もが興奮した様子だったが、それでも彼ら彼女らの中には期末試験に対する危機感があるのか一度勉強を始めれば静かに真面目に勉強に臨んだ。広めの和室に置かれた机の上に各々勉強道具を広げ、教科書などを片手にノートに筆を走らせる。時に小声で話しているのは、分からない箇所を互いに聞き合っているからか。
この分なら大丈夫かと、千里も安心して自分のノートに目を落とす。
外は熱い日差しが差し、日の光がアスファルトをじりじりと焼き空気を温め風が吹けば熱い空気が運ばれてくる。だが屋敷の客間は涼しく快適だ。風に木が揺られ、蝉の鳴き声と混じって聞こえてくる。自然の音が集中力を高め、勉強を捗らせてくれた。
ふと千里は唯の事が気になり、ノートから視線を上げ女子の集団の中心に居る彼女の方を見る。
唯は静かにノートにシャーペンを走らせつつ、時折何やら質問に答えていた。流石に成績上位をキープしているからか、こういう部分でも頼られているらしい。
千里はそれを微笑ましく眺め、視線を再びノートに戻した。
その時、学友の1人が徐に立ち上がった。
「ちょっとトイレ。南城、トイレ何処?」
「あぁ、案内するよ。こっち」
口で言うより案内した方が早い……と言うのは建前で、本当は好き勝手な動きをされるとどうなるか分からないので一緒に行く。
千里が1人と共に部屋を出ると、それを合図にしたように勉強中特有の張り詰めた空気が弛緩した。波紋が広がる様に気を抜く溜め息やノートから顔を上げ、背骨を延ばそうと体を仰け反らせる動きが室内に広がる。
「ふぃ~……」
「あ~、つっかれた」
「ちょい休憩しようぜ」
「さんせ~い」
座りながら手足を伸ばす者や、畳の上に横になる者、持参した飲み物で喉を潤す者など、誰もが思い思いに休む。唯もまた、小さく溜め息を吐きながら凝った筋肉を解す様に肩を回した。その際に服の上からでも分かる豊満な乳房が強調され、一部の男子の視線を釘付けにする。
唯も気付かぬ内に数人の男子の視線が彼女の胸元に注がれる。と、彼らの視界を塞ぐ様に一冊のノートが唯の胸の前に掲げられた。
「「「あっ……!?」」」
「え?」
突然の事に男子は勿論唯も何事かとノートの持ち主の方に目を向ける。そのノートは里香の物であり、彼女は頬杖を突きながら片手でノートを持ち上げ男子達の視線を遮っていた。
「駄目よ。小鳥遊さんは南城君のだもの。そんな無遠慮に見つめたりするのは、ね」
里香の言葉で漸く唯は自分の胸に男子の視線が向けられていた事に気付き、顔を赤くしながら胸元を両手で隠した。羞恥と怒りに顔を赤く染め自分の胸を見ていた男子の方に鋭い視線を向けると、先程唯の胸元に注目していた男子達は揃って気不味そうに視線を逸らす。
彼らの視線が唯から離れたのを見て里香はノートを下ろした。すると今度は女子が唯に詰め寄った。
「ねぇねぇ? 小鳥遊さんって南城君の何処が好きなの?」
「えっ!?」
「知りたい知りたい! 何がどうして2人が付き合う事になったのかとか」
気が緩んだからか、それとも学校と言う閉じられた空間ではない開放感からか、女子達が唯にぐいぐいと迫る。唯は思わず里香や椿に助けを求めたが、里香は肩を竦め椿に至ってはそっぽを向いていた。
女子からの質問責めに唯はどう答えたものかと焦った。彼女が千里に惹かれる切っ掛けは、忍びとして戦う彼に助けられたのが始まりだからだ。当然ながらそれをホイホイと話す訳にはいかず、だが何かしら話さないと解放されない雰囲気に唯は目を回した。
するとそこに千里が戻って来た。彼はトイレに連れて行った男子と共に戻り、そして騒々しい室内の様子に目をパチクリとさせた。
「え? 何この状況?」
ただの休憩にしては異様な騒々しさ。しかも女子の大半が唯に群がる様に集まり、唯は千里に助けを求めるような視線を向けている。何がどうしてこうなっているのか分からず千里が困惑していると、学が状況を軽く説明してくれた。
「小鳥遊さんが南城のどこを好きになったのかで女子が群がってるんだよ」
「ん゛ッ!」
思わず千里も変な声を上げた。それは確かに彼自身も気になる所だからだ。唯は自分の何処を好きなのかと。
思わず女子に混じって唯に問い詰めたくなる気持ちを抑え、自分を律すると千里はもみくちゃにされる勢いで質問責めに合っている唯を助け出した。
「はいはい、そこまで。小鳥遊さん困ってるしさ、ね?」
千里により女子の群れから救出され、唯が安堵の息を吐く。千里が庇う様に背中に庇ってくれているので、唯は安心のあまり彼の服の裾を掴んで彼に身を委ねるように寄り添った。
その光景に学が何気なく口を開いた。
「なるほど、ああいうところに小鳥遊さんは惹かれた訳ね」
「えっ!? あ、や……これは……」
いつもの癖で唯を守る為に動いてしまったが、思えばこれは普段学校で見せている千里のイメージからはかけ離れた行動だった。指摘されて気付き、これはマズイかと千里も狼狽える。因みに唯は、千里の背に隠れた状態で額を彼の背に押し付けて顔を赤くしていた。
取り合えず何時までもこの状態なのはあれなので、もう多少強引にでもこの話題を終わらせようと千里は手を叩いた。
「はいはい、俺と小鳥遊さんの事はもういいだろ。この話はこれでお終い」
「え~?」
「はいは~い! それじゃあ最後に一個だけ!」
「何……?」
かなり無理矢理だったが何とか状況が収束しようとしていたその時、女子の1人が手を上げた。何だか嫌な予感を感じつつ、無視する訳にもいかないので何を聞きたいのかと発言を促した。
「聞きたいって言うか確認なんだけど、小鳥遊さんと南城君って正式に付き合ってるって事でオーケー?」
「「ッ!!」」
女子からの問い掛けに、千里だけでなく唯も雷に打たれた様に体がビクンと跳ねた。まさかこの場でこんなドストレートに問われるとは。
どうしよう……どうするべきか……付き合っているのは事実だが、それをこの場で認めるのはかなり勇気が要る。しかし否定は絶対したくないし……と、葛藤していた。
(とは言え、すんなり認めたりしたら絶対その事で弄られるしな……)
千里が悩んでいると不意に服の背中をクイクイッ、と引っ張られた。首を回して肩越しに後ろを見れば、顔を赤くしながら上目遣いでこちらを見てくる唯の姿があった。それだけでも凄まじい破壊力なのだが、問題はそこではない。
見上げながら彼女は、小さくもはっきりと頷いて見せたのだ。言葉は無くともそれが意味するところを理解し、千里は視線を周囲に彷徨わせ再び彼女の事を見た。その視線は本当に良いのか? と問い掛けていた。
確認する様に再び自分を見てくる千里の視線に、唯は再び頷いた。それだけ彼女の決意は固いと言う事らしい。この度胸は素直に見習うべきか。
肩から力を抜き、天井を見上げて息を吐く。そして覚悟を決めると、千里はクラスメート達を眺めながら口を開いた。
「あぁそうだよ。俺と小鳥遊さんは付き合ってる……これでいい?」
千里は唯と付き合っている事を認めた。すると聞いてきた女子は勿論、他の女子もその答えが聞きたかったと言う様に頷く。意外な反応に千里と唯は顔を見合わせた。正直、部屋が震える程の歓声が上がるのではと危惧していたのだが…………
「だって2人共、傍から見てて凄いラブラブなんだもん。見てれば分かるよ」
「「えぇっ!?」」
「だよね~。あの小鳥遊さんが南城君と寄り添い合って歩いてるところとか、もうお互い大好きオーラ駄々洩れだもん」
「「なぁっ!?」」
出来るだけ2人が付き合っている事は隠す方向で行動していたのだが、どうやらそれは無駄な努力だったと言う事にここで気付かされた。
呼び名を変えるのは2人の時だけ、スキンシップも最低限、学校では手も基本的に繋がないと決めていたのに、オーラだけで付き合っているのがバレるだなんて予想外にも程があった。と言うかオーラって何だと千里は叫びたい。んなもん出しとらんと否定したいが、周囲を見れば女子だけでなく男子も同意する様に頷いていたので、2人が付き合っているのは傍から見ていて物凄く分かり易かったらしい。
隠し事が全く隠せていなかった事を理解した唯は、恥ずかしさのあまり沸騰しそうなほど顔を赤くし千里の背中に抱き着き顔を埋めた。もう隠す意味がないと分かったからか大胆に千里に抱き着くその姿は、少し前までの厳格で色恋に五月蠅い彼女のイメージからは大きくかけ離れていた。
しかしそれを不快に思う者はこの場に居ない。この場に居るのは椿を除いて純粋に千里と唯の仲を見守りたいと思う事ができる者達だけであった。
恥ずかしさに唯だけでなく千里も顔を手で覆う中、学が2人に近付き千里の肩を優しく叩く。
「ま、お幸せにな、お2人さん」
「~~~~ッ、ありがとよ」
何だか物凄く叫びたい気分だったが、それをすると何だか負けた気分になりそうだったので感情を抑え無難な答えを返した。
しかし結局は言いようのない敗北感に苛まれ、千里はその場で肩を落とし項垂れるしか出来ないのだった。
***
一方その頃、卍妖衆の本拠地ではオボロの前に人志が跪いていた。何処かの城の天守閣のような場所で、忍び装束の上に鎧を身に着けたオボロが椅子に腰掛けている前に人志が跪き、ドクロがその隣に立っている。
人志は懐から1枚の写真と隠しカメラを一つ取り出した。それは先日女子バスケ部の部室に仕掛けられていた物の一つ。コガラシにより持ち出しが妨害されたと思っていたそれだが、彼は1つだけ何とか回収していたのである。そして彼はその中に収められていた写真のデータを抜き出し、写真として印刷しオボロに献上していた。
「オボロ様、こちらになります」
差し出された写真をドクロが受け取り、オボロに手渡す。
オボロは受け取った写真を眺める。写真に写っているのは着替え途中の唯の姿。ユニフォームを脱いで下着だけを身に着けた背中が露わとなった姿が写真に収められている。
一見するとただの変態にしか見えないが、しかしオボロは仮面の奥から真剣な表情で写真の中の
写真を見つめるオボロを、人志とドクロが緊張した面持ちで見ている。すると不意にオボロが小さく笑みを浮かべた。
「フッ……見つけたぞ」
オボロは一頻り写真を眺めると視線を上げ、直立不動のドクロを見た。骨と皮だけのような容姿の彼が直立不動で立っていると、まるで案山子が立っているように見える。
視線を向けられドクロは恭しく頭を下げる。服従の姿勢を見せる配下に、オボロは人志を一瞥しながら口を開いた。
「ドクロよ。こやつと共に、この娘の元へ向かうのだ」
「連れてくれば宜しいのですね?」
「そうだな……少なくとも殺しはするな」
「ハッ!」
オボロからの指示にドクロは返事をすると一礼してからその場を離れる。その際に人志の隣を通り過ぎると、彼も一度オボロに深く頭を下げてから立ち上がりドクロの後に続きその場を離れていく。
2人の後ろ姿を見送り、部屋に1人残されるとオボロはもう一度唯が写った写真に目を落とした。
「フフフッ……随分と育ったではないか。まさかこんな所に居るとはな」
静かに呟かれるオボロの言葉。その言葉の意味を知る者も、意味を訊ねる者も、この場にはいない。
***
あれから、騒動を何とか納め本来の目的である勉強会が再開された。千里と唯が付き合っていると言う事実に多少浮ついた雰囲気になりはしたが、それでも一度勉強が始まれば彼らは真面目に取り組んだ。多少ふざけはするが、この場に集まったのは誰もが真面目な学生なのだ。
時間が経ち、昼を過ぎた頃彼らはノートにペンを走らせる手を止め昼休憩にした。皆持参した弁当を取り出し思い思いの昼休憩を過ごす。
その時、窓辺に一羽の鴉が舞い降りた。鴉は閉じられた窓のガラスを嘴でコツコツと突く。
それを見た瞬間、千里の顔が一瞬険しくなった。だがそれを周囲に悟らせないよう直ぐに表情を戻すと、口に含んでいたオニギリをお茶で流し込み静かに立ち上がると部屋から出た。これが教室とかだったら一言何か言わないと不自然に映るが、ここは彼の家なので不審に思われる事は無い。精々トイレに行くのかと思われるくらいだ。
特に違和感を持たれる事も無く部屋から出た千里は、客間から離れた廊下に向かうとその近くにある窓を開けた。それを待っていたかのように先程の鴉が窓辺に立ち、千里はその鴉に懐から出した懐紙を差し出した。
懐紙が差し出されると、鴉はそれに飛び込んだ。これは目張の術で呼び出された式神なのだ。以前徹にこっぴどく叱られた事からちゃんと学習し、千里は目張の術で使う式神を鴉など何時見てもおかしく思われない鳥に変えていた。
尤もまだカッコよさへの拘りは捨てきれないのか、燕が飛ぶ季節には式神に燕を選んでしまったが…………
目張の術で呼び出した式神の鴉が懐紙に飛び込むと、鴉が墨に戻り懐紙に一つの絵を描く。それは見慣れた街の屋根の上を飛び石の様にして移動するドクロとヤンマクセジの姿。千里はそれがこの屋敷に向かってきているのだと言う事に気付き、今度こそ顔を顰めた。
「何でこんな時に……クソ」
思わず愚痴りながら千里は懐紙を畳み懐へと戻す。そして唯にこの事を伝えようと客間に戻る為振り返ると、そこには何時からそこに居たのか椿の姿があった。振り返った瞬間対面した彼女に、千里は一瞬心臓が飛び跳ねる程驚いた。
「うっ! おぉ……何だ長谷部さんか」
「敵でござるか?」
「敵でござる。ここに向かって来てる。この間のクセジとドクロだ」
驚きを紛らわせる為に椿の口癖を真似つつ状況を説明する。千里に口癖を真似された事に対し、椿は特に嫌な顔もせず肩を竦めた。
「やれやれ、こんな暑い日の日中にご苦労な事でござるな」
「全くだ。一緒に来てくれる?」
「元よりそのつもり。ドクロにはしっかり借りを返させてもらわねば、拙者の気持ちが収まらぬでござる」
そう言って椿は拳を握り締める。一見するとただ気合を入れているだけの様にも見えるが、しかし実際は見た目以上に力が籠っているのか、握り締められた拳は小さく震え指先は白く染まっていた。
並々ならぬ気合……いやこれは最早鬼気迫る雰囲気すら千里は感じたが、その事を敢えて指摘するようなことはせず話を続けた。
「よし、これで……とは言え、その間こっちはどうするか」
ヤンマクセジとドクロ、この2人を相手に短期決戦は難しい。どう考えても時間が掛かる。そして戦闘の為に長時間2人揃ってこの場を空けると、何も知らないクラスメート達に怪しまれる。長時間席を空けていたからイコール2人が忍者であると言う事がバレるような事は無いだろうが、邪推されてあらぬ関係を疑われる危険性はあった。千里にとっては勿論、椿にとってもそれは望ましくない。
「こっちは分身の術を残しておけば良いでござろう」
「それしかないか。となると問題はこっち側だな」
分身の術は当然分身元の本人と同じ思考回路で動くので、分身体をこの場に残しておけば学友達の目を誤魔化す事は出来る。ただ問題も無い訳では無く、もし本体が大きなダメージを受けたりすると最悪分身の術が解除されてしまう危険があった。隣で勉強している千里や椿がいきなり消えれば、その場に居る何も知らない一般人の学友達も異変に気付くだろう。そうなればアウトだ。
特に今回の相手には卍妖衆の上忍のドクロが居る。死者の遺骨を自在に操るあの忍びを相手に、可能な限りダメージを抑えて戦えと言うのは厳しい条件と言わざるを得ない。
とは言え、四の五の言ってはいられない。こうしている間にもドクロとヤンマクセジはこの屋敷に迫ってきているのだから。
「「執筆忍法、分身の術ッ!」」
【【忍法、分身の術ッ! 達筆ッ!】】
2人が書いた分身の文字が、そのまま2人自身となる。分身を客間に戻し、準備が出来た事に頷き合うと2人は迫る敵の忍びを迎え撃つべく縁側から屋敷を飛び出した。分身体の千里と椿は並んで歩き、唯達が待つ客間へと向かって行く。
その2人が通り過ぎた廊下の影から、1人の青年が姿を現した。千里の友人である学だ。
学は本物の千里と椿が出て行った縁側を一瞥し、そして離れていく分身体の2人の方に視線を向ける。すると次の瞬間、彼は音もなく分身体の2人に近付くと何時の間にか手にしていた
「「!?」」
分身体の千里と唯は何が起こったのかも分からぬ間に霧散し姿を消した。消えた分身体を尻目に、学は忍者刀を仕舞い客間へと戻っていった。
まだ暑い日差しが空から降り注ぐ中、2人は素早く建物の屋根を伝ってドクロ達が迫ってくる方に向かって行く。今年も容赦なく地上を照り付け地面を熱する日差しに、千里の額にも汗が浮かぶ。
「あっちぃ……くそ、アイツら。忍びならもっと忍んだ時間に来いよな」
せめて夜に来てくれれば日差しがない分まだマシだったのにと思いながら足を動かしていると、唐突に前方から無数の手裏剣が飛んできた。千里と椿はそれを空中で身を捩る事で回避する。
「っとぉ!? 早速かよ!」
「南城殿!」
「応ッ!」
「「執筆忍法、変身の術ッ!」」
【忍法、変身の術ッ! 夜の声、しのぎ削りし、忍ぶ者……コガラシッ! 達筆ッ!!】
【忍法、変身の術ッ! 微かな音無く、鋭く冷たく、忍ぶ者……ツララッ! 達筆ッ!!】
千里と椿は素早くコガラシとツララに変身する。忍者に変身してそれぞれ轟雷と四華を構える2人の前に、ドクロとヤンマクセジが唐突に姿を現した。
「フンッ、やはり気付いたか」
「こんな日中堂々と来ておいて何言ってんだ。せめて時間を選べよ」
「忍者なのに忍ぶ事をせぬとは、忍びの風上にも置けぬでござるな」
「そんな下らない事を言う為だけに態々来たのかい?」
苦言を呈す2人にヤンマクセジが挑発する様に問い掛ける。それに対し、2人は武器を向ける事で答えた。
「んな訳ないだろ」
「お主らの狼藉もここまで。ここで拙者らが始末してくれる」
「やれるものならやって見ろ」
「僕らに勝てるのならね!」
ヤンマクセジの言葉を合図に、コガラシ達がドクロ達とぶつかり合った。コガラシが轟雷の引き金を引き、放たれた銃弾をドクロ達が散開して回避したところにツララの四華が迫る。回転しながら飛んできた四華を、ヤンマクセジは急加速で回避しドクロは密集させた骨を盾に弾き返した。あらぬ方向に飛んでいく四華を、ツララは鉤爪の付いた縄で引き寄せ手元に戻す。
「この程度では挨拶代わりにもならぬか」
「なら、突撃あるのみ!」
コガラシが轟雷を鞘から引き抜き高速で飛行するヤンマクセジへと向かって行った。あの超高速で動き回り、姿も自在に消せる奴を相手にツララは少々分が悪い。あの手の輩は同じく速度に秀でたコガラシの方が向いていた。
「オォォッ!」
「チッ……」
突撃してくるコガラシに、ヤンマクセジは翅を高速で動かし空中を素早く動き回る。空を飛べないコガラシは、空中を縦横無尽に動き回るヤンマクセジを下から見上げるしか出来ない。
それでもコガラシはぼんやり眺めるなどと言う事はせず、轟雷を鞘に戻し下からの銃撃で撃ち落とそうと試みる。だがコガラシの銃撃は弾幕などと呼べるほどの密度は勿論なく、銃声を無駄に響かせ銃弾は夏の空へと消えていく。
下から上を見上げ空しい迎撃しか出来ないコガラシをヤンマクセジは見下し嗤った。
「ハハッ! 地べたを這いずるしか出来ない君じゃ、一生かけても僕を落とす事は出来ない!」
「なら、これでどうだッ!」
【忍法、風遁の術ッ! 速筆ッ!】
コガラシの放つ突風が下から吹き上げる風となってヤンマクセジに襲い掛かる。下から暴風のアッパーカットを喰らい、ヤンマクセジは大きくバランスを崩す。
「なんのっ!」
だがバランスを崩しはしたが、ヤンマクセジはコントロールを失うことなく逆に上昇気流を乗りこなし空中を縦横無尽に動き回る。その動きは目で捉えるのも困難な程で、コガラシの風遁は逆に相手を有利にしてしまった。
素早く空中を動き回りながら、ヤンマクセジは手近な木などから棒を手にし下に居るコガラシに向け投擲した。アキヅクセジの能力「投擲武器とする場合に限り棒状の物質であれば何でも強化される」を用いての空爆に、コガラシも風遁の術による攻撃を中断せざるを得なくなる。
「そら! それそれそれ!」
「くっ!? おぉっ!」
【忍法、風遁の術ッ! 速筆ッ!】
爆撃を受けながらも尚風遁の術での攻撃を止めないコガラシ。馬鹿の一つ覚えの様に風遁の術ばかり使うコガラシに、ヤンマクセジは滞空しながら鼻で笑った。
「ハハハッ! 無様だねコガラシ! 他に打つ手がなくて風遁ばかり、でもそれが僕を手助けしてるって気付かないのか!」
「いいや? これで良いんだよ」
「何?」
「気付かない?」
コガラシの言葉の意味が分からず首を傾げるヤンマクセジだったが、彼の言葉に周囲を見渡して漸く気付いた。さっきまで晴れやかだった空が、気付けば分厚い雲に覆われて薄暗くなっている。心なしか気温も下がってきているような気がする。
唐突に分厚い雲に覆われた夏空に理解が追い付かず困惑していると、上空の雲の中で雷鳴が轟き稲光が見えた。それが意味するのは、ただ一つしかない。
「こ、これは……!?」
ヤンマクセジが危機感を感じたその時、一際大きな雷鳴が轟き雲の中で強い光が放たれた。マズイと思いその場から離れようとするヤンマクセジだったが、その判断は些か遅すぎた。
次の瞬間、雲から落ちた雷がヤンマクセジの身を焼いた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
凄まじい電流にその身を焼かれ絶叫を上げる。それでも何とか耐えきり地上に降りようとするが、降下しようとしたと同時に今度は大粒の雨と共に下降気流が叩き付けられバランスを崩しそのまま地面に落下した。
「うわっ!? ぐぅっ!?」
地面に叩き付けられたヤンマクセジが雨に打たれながら立ち上がる。この突然の雷雨で一気に不利に立たされた。今の彼には先程まであった余裕が微塵もない。
そんな彼の前に、同じく雨に濡れながらもコガラシが納刀した轟雷の銃口を向けながら近付いた。迫るコガラシをヤンマクセジは忌々しそうに睨み付けた。
「コガラシィ……!? お前、さっきの風遁の術はこれが目的かッ!」
「気付くのが遅いんだよ、バ~カ」
先程コガラシが我武者羅な程に風遁の術を放っていたのは、ヤンマクセジを打ち落とす為ではなかった。彼の目的は風遁の術で地上の温められた空気を上空に送る上昇気流を作り出す事で、頭上に急激に積乱雲を発達させ雷雨を作り出す事にあったのだ。
「今日の気温は37℃、湿度は60%以上だ。これだけの条件が揃ってれば、後は少し気圧を弄ってやればあっという間に積乱雲は出来上がってゲリラ豪雨が降る。俺は昔から天気を見る事だけは得意だったからな、今日は絶好の雷雨日和だと思ってたぜ」
上空に居たヤンマクセジはコガラシを見下す為したばかりを見ていた。それが仇となり、上空から迫る驚異に気付く事が遅れたのだ。足元ならぬ頭上を掬われた形となる。まんまとしてやられた事に彼は怒りのあまり呻き声を上げずにはいられなかった。
「く、ぬぅぅぅぅ……!?」
「さぁ、観念して変異を解きな。今降伏すれば悪いようには――」
ヤンマクセジに降伏を促したコガラシだったが、それは突然飛んできたツララにより中断せざるを得なくなった。
「がはぁっ!?」
「な、ツララさん!?」
「ぐ、うぅ……」
ドクロと戦っていた筈のツララが、全身ボロボロの状態で吹き飛ばされてきた。それが意味する事に気付いたコガラシが彼女の飛ばされてきた方を見れば、そこには全身に骨を纏い二回り以上体を大きくしたドクロが迫ってきていた。
「フフフフフッ、無様だな万閃衆? やはりお前達の時代はもう終わったのだ」
「何をッ!」
【忍法、分身の術ッ! 速筆ッ!】
傷付いたツララの代わりにドクロを迎え撃とうと分身の術を駆使して一斉に攻撃を仕掛ける。四方八方のコガラシが持つ轟雷が一斉に火を噴き、ドクロの骨の鎧を打ち砕こうとする。
だが放たれた銃弾はどれも多少骨の鎧を砕きはしたが、完全に破壊することは叶わずそれどころか破損した骨が外れ落ちたかと思えばすぐに新しい骨が取りつき元通りの姿となった。その光景に言葉を失いつつ次々と銃弾を叩き込むが、ドクロは一向に堪えた様子を見せない。
それどころかドクロは銃撃を受けながらも複数人いるコガラシ達に襲い掛かり、一本一本が剣の様に鋭い爪を使って次々とコガラシを切り裂いていった。あっという間に分身が全て倒され残るは本体のみ。ドクロが本体に狙いを定め突撃し、コガラシは咄嗟に距離を取ろうとした。
「コガラシ殿、後ろッ!」
「ッ! がっ!?」
その時、突然ツララの警告がコガラシの耳に入った。それに彼が足を止めた次の瞬間、背後から何者かが彼を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされ吹き飛ぶコガラシを、待ち受けていたようにドクロが骨の巨椀で殴りつける。上から叩き落した骨の拳が、コガラシを地面にめり込むほどの力で叩きつけられた。
「死ねッ!」
「ガッ――――!?」
コガラシの体がドクロの骨で出来た巨椀に押し潰され見えなくなる。叩き付けた上で更に拳を一度押し込んでから持ち上げると、そこには押し潰されて体を投げ出す様に力無く倒れたコガラシの姿があった。
「がはっ、ぐ……ぁ」
変身こそ解除されていないが、それでも今のコガラシがこれ以上戦闘が出来るような状態でないのは一目瞭然だった。腕一本動かす事すら難しいのが見て明らかな様子の彼を、ドクロとその隣に降り立ったヤンマクセジが見下ろした。
「フフッ、マンダラを倒すほどの忍びと言えどまだまだガキ。一度崩してしまえば脆いものよ」
「トドメを刺しますか?」
「そうだな。あぁ、秘宝を回収するのを忘れるな」
「分かっています」
動かないコガラシの左腕に手を伸ばし、暁の硯を奪い取ろうとするヤンマクセジ。だが彼の手があと少しで硯に触れようとしたその時、不意にコガラシの体が震え出した。それだけではなく、口からは抑えきれないと言う様に笑い声が零れだした。
「くくく、ははははっ……!」
「ん?」
思わず硯に伸びようとしていた手が止まった。その瞬間、コガラシが仮面の奥で大口を開けて笑い出した。
「あっはっはっはっはっ!」
「何が可笑しい?」
「これが笑わずにいられるかって。お前らさ、俺が何の為に雨降らしたかとか考えなかったの?」
ドクロとヤンマクセジはコガラシの言葉の意味が最初分からなかった。特にこの雷雨で大ダメージを負う事になったヤンマクセジは、自分を叩き落す以外にこの雨に意味がると思っていなかったので彼の言葉に思考が停止した。
だがドクロの方は違った。こちらは直前まで相手をしていたのがツララだからだろうか。先程戦い、そして叩きのめした筈の彼女の
「何?…………ッ!? しまった、あのくノ一ッ!」
「執筆忍法、霜走りの術ッ!」
【忍法、霜走りの術ッ! 達筆ッ!】
コガラシの忍法は確かに一番の目的はヤンマクセジを上空から叩き落す事にあった。だがそれと同時に彼は共闘しているツララの支援の為にも雷雨を降らせたのだ。雨が降って周囲が水浸しになれば、それだけでここは彼女のフィールドになる。濡れた地面や降りしきる雨を伝う様に、氷が伸びてドクロ達を氷漬けにしようとする。
だがヤンマクセジは間一髪のところで飛び立ち、ドクロは骨の体を脱ぎ去り氷漬けにされる事を防いだ。作戦が失敗した事にコガラシとツララは悔しそうに歯噛みした。
「くそ、あそこから避けるなよ」
ドクロは勿論、ヤンマクセジも一筋縄ではいかない。起死回生を狙った一手を回避されたのは素直に悔しかった。
「残念でしたね。多少は頭を捻ったようですが――――」
今度こそ勝利を確信した様子のドクロとヤンマクセジ。だがその時、不自然なほどの数の落雷が一斉にドクロ達に襲い掛かった。雨霰と降り注ぐ文字通り雷の雨が、コガラシの前に佇んでいたドクロとヤンマクセジの身を焼いた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!?」
「なん、がぁぁぁぁぁっ!?」
「これは……?」
「まさか、忍法?」
コガラシが起こした雷雨だが、この落雷は明らかに不自然過ぎる。どう見てもドクロとヤンマクセジを狙って落ちてきた雷に、コガラシは知り合いの忍者で雷を操る事を得意とした者が居るのを思い出した。
「忍法、
「! イカズチ!」
今の雷は予想通り、イカズチの仕業だった。何時から来ていたのかは知らないが、彼がドクロとヤンマクセジに強烈な一撃を叩き込んでくれたのだ。今の一撃で今度こそドクロとヤンマクセジは手痛いダメージを受けてくれた。
流石にこれ以上の戦闘は厳しいのか、ドクロ達は撤退を決意した。
「くっ、今回はここまでか……」
「次は、次こそは……」
悔しそうに悪態をつきながらドクロ達が姿を消す。それを合図にしたかのように雨が止んで空が晴れ渡り、再び差してきた夏の日差しを受けながらコガラシとツララが立ち上がる。
傷付いた体を立ち上がらせる2人を見て、イカズチは小さく溜め息を吐くと踵を返した。
「あ、イカズチ……」
助けてもらったお礼を言おうとコガラシが呼び止めようとするが、イカズチはそれを意にも介さず姿を消した。残された彼は上げかけた手をゆっくりと下ろし、イカズチとあまり交流できなかった事に肩を落とした。
「な~んか、付き合い悪いって言うか……もうちょっと仲良くしてくれても……」
「拙者達は影に生きる忍びでござるよ? そんな事に現を抜かす必要などないでござろうに」
「いやそうかもしれないけどさ……」
ドライな付き合いのイカズチに対し、ツララはあまり抵抗がないようだった。まるであれこそが正しい忍びの姿と言わんばかりの物言い。実際彼女の言う通り、友情に現を抜かすくらいなら任務の事のみを考え余計な情など持たない方が良いのだろう。それを間違っていると断じる権利はコガラシにはない。
無いが、しかし不満を持つ事を止める気も毛頭なかった。人間らしさを失っては、助けられる人も助けられない。それが彼の持論だ。
夏の日差しは爽やかなのに、2人の間には何とも言えない居心地の悪さが漂う。
だがふとツララがある事を思い出して、そんな事を考える余裕もなくなった。
「…………ところでコガラシ殿? 拙者達、大分痛い目に遭わされたわけでござるが……」
「うん?」
「分身……大丈夫でござろうか?」
「…………あっ!?」
そう、ここに来る前2人は分身の術を用いて屋敷に残った何も知らない学友達の目を欺こうとした。だが分身に限らず、大体の忍びの術は術者が大きなダメージを受けると掻き消える。特に分身の術はそれが顕著であり、的確に本体を攻撃されると姿が消えてしまう。
分身体は自分達に変わって客間で勉強会をしている筈。それが突然消えてしまったりしたら…………
「ヤバい、急げッ!?」
2人は慌てて屋敷へと戻った。予定だとそろそろ勉強会が終わる頃だろうが、突然2人が消えたとなれば勉強どころではない。最悪、2人が忍者であると言う事がバレてしまう。
今までにない位肝を冷やしながら屋敷へと戻ると、屋敷の中から騒がしい話声が聞こえてきた。やはり突然2人の姿が消えて、クラスメート達も困惑してしまったか。
一瞬千里はそんな事を思ったが、耳を澄ませてよくよく皆の会話を聞いているとどうもそうではないらしい。普通に楽しそうに話している声が聞こえてきて、千里と椿は物陰に隠れながら顔を見合わせた。
「何か……思ってたのと様子が違う?」
「あれ程の攻撃を喰らえば、分身も消えている筈なのでござるが……」
2人が混乱していると、玄関から荷物を纏めたクラスメート達が出てきた。彼らは思い思いに話しながら、差して来る夏の日差しに目を細めつつ勉強で凝った体を解した。
「うぉ~、太陽が眩し~!」
「さっき雨が降ってきた時はどうなる事かと思ったけど……」
「直ぐに止んでくれてよかったね」
「んじゃ、南城! またな~」
クラスメート達が手を振る先には、隠れているのとは別の千里が手を振り返している。それだけではなく、屋敷から出た集団の中には椿の分身まで居るではないか。
これは一体どういう事なのか? 自分達が席を外している間に何が起こったのかと、千里は集団の最後尾に居る唯に近付き声を掛けた。
「ちょ、小鳥遊さん」
「あ、南城君? どうしたの?」
「どうしたのはこっちのセリフ。あのさ、途中で俺と長谷部さん消えなかった?」
「え? どういう事?」
今一千里の言葉が理解できない様子の唯に、彼は先程までの事を事細かに説明した。そこで漸く唯も、千里と椿が途中から偽物に入れ替わっていた事を知った。その事に最初驚いた唯だったが、彼女は直ぐに気を取り直すと千里達に取って驚くべき事を口にした。
「ん~、私ずっとあの部屋に居たけど、2人が消えるなんて事にはなっていなかったわよ?」
「えぇ?」
「誠でござるか?」
「うん」
正直意味が分からないと言うのが2人の意見だ。感覚的に、先程の戦闘で受けたダメージは分身体が消えてもおかしくないダメージだった筈。それが何事も無く最後まで勉強会に参加し続けているなど、俄かには信じがたい。
千里が悩んでいると、椿は徐に忍者刀を抜き千里の分身体へと接近。そして彼と唯が気付き止める間もなく分身体を切り裂いてしまった。
「あ、ちょっ!?」
「長谷部さん何をッ!?」
「こやつは恐らく何者かの差し金。自分の分身を作り出してその分身の姿を返させているのでござる。ならば、一撃喰らわせて化けの皮を剥いでやれば……」
椿の予想通り、攻撃を喰らった分身体の千里はその姿が歪んでいく。そして煙が霧散する様に千里の姿が掻き消え、その下に隠されていた分身体の素顔が露わとなった。
分身体が消える間際の瞬間、露わとなった素顔を見て千里は思わず言葉を詰まらせた。
「なっ!? お、お前……!?」
「嘘……!?」
一瞬だけ姿を現した、千里になりすましていた分身の素顔。それはこの場の誰もが知っている顔だった。
「山崎……!?」
千里に化けていた分身の素顔は、彼の友人でもある山崎 学のものであった。その事に彼だけでなく唯と椿までもが愕然としていると、唐突に近くで手を打ち鳴らす音が響いた。
3人が弾かれるようにそちらを見れば、一体何時からそこに居たのか学がいつもと変わらぬ様子でその場に佇み拍手をしていた。
と言う訳で第28話でした。
はい、イカズチの正体は序盤から千里の友人として登場していた学でした。この学=イカズチと言う構図はどうしようかと結構ギリギリまで悩みました。学にはこのまま千里の普通の友人として動いてほしいと言う反面、同じ忍者にしてしまえばその分出番も多くなると言う考えもあり。悩みに悩んだ末に、気安く接する事が出来る忍者仲間と言う立ち位置についてもらう為イカズチの正体と相成りました。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。